機動戦艦ナデシコ
〜Return of the White Knight〜




第14話 the Blank of 8 Months

Episode.2 破滅への序曲(前編)




宇宙軍月面病院・ICU



カイトとルリはガラスの向こうのベッドで眠るユリカを見つめていた。

「…」

ルリの肩が小刻みに震えている事にカイトは気付いた。
そっと彼女の肩を抱き寄せてやる。

「カイトさん…」

ルリはチラリとカイトに視線を向け、彼に身体を預ける。
そしてユリカに視線を戻す。
ユリカの身体には無数のコードと点滴が繋がれている。
彼女が火星の後継者から救出されて二ヶ月。
度重なる人体実験の結果、ユリカの身体は激しい衰弱状態にあった。
しかし、遺跡から切り離された直後のユリカには何ら異常は認められなかった。
イネスも衰弱は見られるが生命には問題なしと判断した。
精密検査もせず、彼女には珍しい即断だった。
それだけイネスもユリカを心配していたのだ。
だがその判断が結局は命取りになった。
ナデシコBの医務室へと移された時、ユリカは突然意識を失い倒れた。
そしてユリカの身体にナノマシンの光の奔流が走った。
ナノマシンの暴走である。
遺跡と連結されていた時は押さえられていたナノマシンが一斉に活動を始めたのだ。
それからのユリカはみるみる衰弱していった。
ベッドで眠っているユリカは、あの快活だった頃の面影は丸でなく別人のように見える。
時折、意識を取り戻す事もあったが、またすぐに意識を失ってしまう。
だが、意識があろうとなかろうと彼女の口から漏れる言葉はただ一つだけだった。

「…アキト…」

それは愛しい人の名前。
ユリカを勇気づける魔法の言葉。
だが、その呼びかけに答えるべき相手はここにはいなかった。
カイトがふと時計に目をやる。
時刻は面会時間終了を少し過ぎていた。

「…ルリちゃん…そろそろ…」

「…ハイ。
 …ユリカさん、また明日…」

カイトとルリがユリカの病室を後にする。
ルリは"また明日"と言ったが、明日は面会出来るかどうかも分からない。
入院してから面会時間は日に日に短くなり、
今日は午前と午後にそれぞれ30分の計1時間。
時には一日中面会謝絶となる事もあった。
カイトはルリの肩を抱いたまま、ユリカの病室に程近い部屋に入る。
ここが現在のカイトとルリの住居兼執務室だった。
病室に無理矢理デスクを持ち込み、軍の執務をこなしていた。
ユリカにもしもの事があった場合、すぐに駆け付けられるように…。
ナデシコBはオーバーホール中、Cは月に封印されている。
その為、勤務に支障はなかったが。
二人は面会時間はユリカの病室で過ごし、
それ以外の時間は仕事に没頭するという生活を送っていた。
そして、夜−
カイトとルリは一つのベッドに身を寄せ合って眠る。
互いの体温を感じながら、眠れぬ夜に浅い睡眠を貪る。
どちらかが悪夢に悲鳴を上げて跳び起きるのは度々だった。
そんな時はカイトが震えるルリを抱き締め、
ルリが震えるカイトを抱き締めて朝を待った。
そして既に男と女の関係でもあったカイトとルリ。
互いの存在がそこにある事を確かめる為に、
家族を失う恐怖を振り払う為に身体を求め合う事は度々だった。
互いの肉体(からだ)に溺れている間だけは何もかも忘れる事ができた。
そして、今夜もまた…




数時間後



カイトはボンヤリと天井を見つめていた。
まだ身体には先程までの情事の残り火が燻っている。
右腕に感じる暖かな重み。
髪を解いたルリの頭がちょこんと乗っている。
耳をすませば、スースーと規則正しいルリの寝息が聞こえてくる。
左手でルリの顔に掛かる髪を避け、その表情を覗き見る。
あどけないその寝顔にカイトはルリがまだ16歳の少女である事を思い出す。

(…ルリちゃん、大人びてるから、あんまり年下って感じがしないんだよなぁ…)

カイトは苦笑いする。
だが、それも一瞬の事、すぐに表情を引き締める。
カイトは昼にユリカの主治医であるイネスから聞いた事を思い出す。
ユリカの容態−ここ1〜2週間が山場である事。
イネスはカイト一人を呼び出して告げた。

『…奇跡でも起こらない限り、ユリカさんを助けるのは無理ね…』

イネスは憔悴しきった表情でカイトにそう言った。
軽率な判断を下してしまったと悔やむイネスは不眠不休でユリカの治療に当たっていた。
そしてこの事をルリへ伝えるかどうかはカイトに一任するという事だった。
カイトはルリにこの事を伝えてはいない。
だが勘の鋭いルリの事である、既に気付いているだろう。

(…やるしかない、か…)

カイトは何かを決意する。
そっと右腕をルリの頭の下から引き抜き、身体を起こす。

「んっ…」

ルリが僅かに身じろぎするが目を覚ました気配はない。
カイトはサイドテーブルに置いていたコミュニケを手探りで着ける。
ベッドから降りると床に脱ぎ散らかされた服の中から自分の物を探して着込む。
ついでにルリの服も畳んでやる。
ルリの下着を畳む時、僅かに頬を赤らめているのがカイトらしいが。
そして部屋を出ると1番近い休憩所へと向かう。
休憩所でコミュニケを操作するカイト。

『夜分遅くにすいません。
 …あ、義父さん?
 カイトです。
 少しお話が…』



カイトが部屋を出て行ってすぐ、ルリは閉じていた瞼をそっと開いた。
今日の昼にイネスに呼び出されてからカイトの様子がおかしかった。
何も話してはくれないが、ユリカの事で何かあったのだろうとルリは推測していた。

(…それも、多分良くない事で…)

カイトは悩み事を一人で抱え込んでしまう。
ルリにとっては頼りになるが、ほおっておけない相手だった。
いつも自分より他人に気を遣い、そして傷付いてしまう。
どんな時も真っ直ぐで、一生懸命に歩き続ける人だから。
そしてどんな絶望にも真正面から立ち向かっていく人だから。
家族を失った絶望は口では言い表せないものだった。
その笑顔にどれほど心癒されたか。
その温もりにどれほど支えられたか。
ルリが絶望から立ち直れたのはカイトがいたからだ。

(…カイトさんがいてくれたから私は独りにならなかった…)

カイトの笑顔を思い浮かべ、ルリは思わず頬を染める。
ともかくコミュニケを取ろうとして身体を起こす。
その瞬間、下半身から発した鈍い痛みが全身を駆け巡る。

「…っぅ〜…!」

まだ未成熟なルリの身体には先程の情事はまだ刺激が強すぎたようである。

(…今度からはもう少し優しくしてくれるように頼んでみましょう…、
 って違います!)

ルリは自らに突っ込みをいれ、鈍く痺れるような痛みを我慢してコミュニケを取る。
受信をサウンドオンリーにしてカイトのコミュニケの周波数に合わせる。

『夜分遅くにすいません。
 …あ、義父さん?
 カイトです。
 少しお話が…』

カイトの声がウインドウから流れ出す。
ルリにとっては盗聴など朝飯前の事である。
もちろん、カイトは自分のコミュニケに仕掛けられている
盗聴器の存在になど全く気付いていない。
コミュニケのプログラムに仕込まれているのだから当然と言えば当然だが。
カイトの通話の相手は二人にとっての義父であるミスマル・コウイチロウである。
ルリは二人の会話に耳を傾ける。

『おお、カイト君か…、どうしたんだね?』

『ユリカさんの事なんですが…』

『うむ…、ドクター・フレサンジュから連絡を貰ったよ。
 …ここ1、2週間がヤマらしいな』

(…やっぱり)

ルリは愕然とする。
予感がしていたとはいえ、心が締め付けられる。

『…ルリ君にこの事は?』

『まだ伝えていません。
 ですが、多分気付いてるでしょうね、勘のいい娘ですから。
 朝一番に伝えるつもりです』

『…そうか…、辛い役目を押し付けてばかりですまんな』

『いえ、構いません。
 僕達は家族ですから。
 それに、義父さんがそっちで頑張ってくれているから
 僕達がこっちにいられる訳ですし。
 …それより義父さん、お願いがあります』

『何かね?』

『ナデシコを貸して下さい。
 BでもCでも構いません』

『ナデシコを…かね?
 何をするつもりだ、カイト君?』

(…?
 …まさか、カイトさん…)

ルリの胸中にある予感が芽生える。
それは確信といってもよいものだった。

『…アキトさんを連れ戻します』

『…!』

(…)

ルリに驚きはなかった。
カイトがコウイチロウにナデシコを貸して欲しいといった時から
こう言い出すのは予想できていた。

『…だが、アキト君の居場所は分かっているのか?』

『いえ、全く…。
 でも、必ず探し出します。
 そしてユリカさんの前に連れてきます』

『しかし…』

コウイチロウはカイトの提案に難色を示す。
カイトが探そうとしているアキトは名前こそ世間に出ていないものの、
彼はコロニー襲撃の重要参考人として手配中の人物である。
その捜索は統合軍が一手に行っており、宇宙軍はカヤの外に置かれている。
統合軍は火星の後継者事変で地に堕ちた信頼を回復しようと躍起になっているのだ。
何しろ全軍の4割の部隊が火星の後継者に同調し蜂起、
決起を支持した部隊を含めると7割近い部隊が反乱側に寝返ったのだ。
そして、この事変をたった一隻の戦艦で鎮圧した宇宙軍。
両軍の間に摩擦が発生するのは当然といえば当然であった。
そこに割って入るというカイトの提案は間違いなく宇宙軍と統合軍の間にある
その摩擦をさらに煽る事になりかねない。
宇宙軍の総司令としてカイトの申し出は許可できる話ではなかった。

『むぅ…』

だがコウイチロウとて人の親、愛娘が生と死の狭間で呼び求める伴侶に
会わせてやりたいとも思うのは当然の事である。

『…今、僕がユリカさんに…、義姉さんにして上げられる事はこれしかないんです』

カイトがコウイチロウに懇願する。
目の前にコウイチロウがいれば、土下座でもしそうな勢いである。

(…カイトさん、律義ですからほんとに土下座してるかもしれませんね…)

ちなみにルリの推測はしっかりと的中しているのだが。

『…よかろう。
 Cは使えないが、Bなら二日程あればそちらに回せる。
 …ミスマル・カイト大尉、
 コロニー襲撃事件の重要参考人テンカワ・アキトの捜索及び確保を命じる。
 正式な通達は追って出す。
 即刻、準備に掛かりたまえ』

「ハッ、謹んで拝命致します!」

コウイチロウとカイトは敬礼を交わしているのだろう。
ルリはその光景を想像する。

『それでクルーはどうするのだ?
 分かっているとは思うが…』

『…ええ、正規の軍人は使いません。
 ナデシコクルーから希望を募ります。
 その方がアキトさんも説得しやすいでしょうから』

カイトの言うナデシコクルーとは勿論ナデシコAのクルーの事である。

『うむ…。
 私も直接指揮を取りたいのだがね、そうもいかないのでな…。
 カイト君、ユリカとアキト君をよろしく頼むぞ…』

『ええ、任せて下さい』

カイトのその言葉と共にルリはコミュニケのスイッチを切った。
まもなくカイトが戻ってくるだろう。
通信を盗聴していた事がばれてもカイトは怒りはしないだろう。
それでもルリはなんとなく後ろめたかった。
そのままシーツに潜り込む。
何故か、あのアキトのアパートで暮らしていた頃の布団が無性に懐かしかった。


「ふぅ…」

カイトはコミュニケのスイッチを切り、溜め息をついた。
時間がない。
アキトにも、ユリカにも。
この一ヶ月、アキトが戻ってくると信じて待っていたがその気配もない。
ユリカの容態が深刻な事はネルガルを通じてアキトにも届いているはずである。
それでもアキトは戻ってこない。

(…そんなに復讐は大切ですか…アキトさん…。
 ユリカさんよりも…)

窓から夜空を見上げるカイト。
この空のどこかにアキトはいるはずだ。

(…嫌だって言っても、絶対に連れ戻しますからね…!)

カイトはそう呟くと、ルリの待つ部屋へと歩き出した。




翌朝



「ん…」

窓から差し込む日差しにルリが目を覚ます。
頭の下にある暖かな感触。
そっと見上げるとそこには自分を見返す漆黒の瞳。
まだ幼さを残した、だが、精悍な顔立ちの青年が笑う。

「おはよ、ルリちゃん」

「…おはようございます(///)」

思わず頬を染めるルリ。

(…朝からその笑顔は反則ですよ、カイトさん…)

ルリがボーッとしている間にベッドを降りたカイト。

「シャワー、先に使う?」

「あ、お先にどうぞ」

そんな会話を交わすカイトとルリ。

「ん、じゃあお言葉に甘えて。 その前に…」

そう言うとカイトはそっとルリにキスする。

「…ん」

ルリは目を閉じ、カイトの唇を受け入れる。
唇を触れ合わせるだけの優しいキス。
カイトは唇を離すとバスルームに向かう。
やがて、水音が聞こえてくる。

「…」

唇をそっと人差し指で撫で、小さく微笑むルリ。
そしてルリもベッドを降り、下着を身につける。
その上からバスローブを纏い、キッチンで朝食の準備を始める。
ここは、VIP用の個室だった部屋である。
その為、シャワールームにダイニングとちょっとしたホテル並の設備が整っている。
朝食の用意を終えると、カイトがシャワールームから出てくる。

「お先に。
 後はやっとくからシャワー浴びといで」

「ハイ、お願いしますね」

ルリは手に持っていた皿をカイトに渡すとシャワールームへ向かう。
カイトは皿の上に盛りつけられたサンドイッチを一切れ摘み、口に放り込む。

(…ルリちゃんも料理、上手になったな…)

ユリカよりはまし程度だったルリの料理の腕もかなり上達している。
準備も手際がよい為、カイトのする事はほとんどなかった。
残っていたのは自分のコーヒーとルリのカフェオレをいれる事ぐらいであった。
ケトルをコンロにかけて、カイトが立ったままニュースを見ていると
ルリがシャワーから出てくる。

「お待たせしました」

トテトテとルリがやってきて、カイトの向かいの席に座る。
カイトもマグカップを持って席につく。

「はい、ルリちゃん」

「どうも」

カフェオレの入ったマグカップをルリに渡す。

「「いただきます」」

食卓にゆったりとした雰囲気が流れる。
傍目には穏やかな朝食の風景。
だがそれには理由があった。
火星の後継者事変以降、二人にのしかかるストレスは半端なものではなかった。
根が生真面目すぎるカイトとルリである。
放っておけば身体に異常をきたすまで神経を張り詰めてしまうだろう。
それを心配したイネスの指示で朝食のテーブルに心配事を持ち込む事を禁止されたのだ。
その指示を律義に守っているのだ。
それ故、カイトとルリはゆったりした朝食を取る事になっている。

「…ルリちゃん、マスタード取って」

「ハイ、どうぞ。
 …あ、カイトさん、ケチャップ取って下さい」



シンクで朝食の後片付けをするカイト。
食事の準備をしなかった方が後片付けをするというのがカイトとルリのルールである。

「さて…」

全ての洗い物を終え、蛇口を閉じるカイト。
既に服装は軍服に着替えている。
ルリも着替え、テーブルで食後のカフェオレを飲んでいる。
自分のマグカップを持つとカイトもテーブルへ向かう。
これからは仕事の時間である。
自然とカイトの表情も引き締まる。

(…昨夜の話をしないとな。
 何て切り出そうか…)

だが、カイトの心配は杞憂に終わる。
ルリが開口一番、きっかけを与えてくれたのだ。

「カイトさん、ユリカさんの容態はどうなっているんですか?
 昨日、イネスさんに呼び出されていたのも、その事ですよね?」

カイトは内心安堵する。

「うん。
 正直言って、思わしくないよ…。
 ここ1、2週間がヤマだって言われた。
 その事で話があるんだけど…」

「ハイ」

「アキトさんを探しに行こうと思ってる。
 昨夜、ミスマル提督からナデシコBを動かす許可も取った。
 クルーは皆から希望者を募る事になる」

ルリは無言でコクリと頷く。
そこでカイトはルリの態度に不審を抱く。

(…もしかして…)

カイトははたと思い当たる。

「…昨夜、起きてた?」

「…スイマセン」

ルリは素直に昨夜のカイトとコウイチロウのやり取りを聞いていた事を認める。

「謝る事はないけど…、ま、いいや。
 それで、正式な命令は今日届く。
 内容はアキトさんの捜索と確保…。
 ルリちゃんは…」

"どうする?"と言おうとしたカイトをルリが遮る。

「行きます」

ルリの答えにカイトは"やっぱり"といった表情を作ってみせる。
だが、それでもカイトは聞かずにはいられなかった。

「…もしかすると、アキトさんと一戦交える事になるかもしれないけど、大丈夫?」

「…ハイ。
 奥さんをほったらかして逃げ回る旦那さんにはお仕置きが必要です」

「…今のアキトさんに面と向かってそんな事を言えるのはルリちゃんだけだろうな…」

カイトはルリの言葉を聞いて苦笑いする。
その時、部屋のインターフォンが鳴る。
ウインドウに現れたのはこの病院付きの連絡官、ミズサワ少尉だった。

『ホシノ少佐、ミスマル大尉、総司令部より通信が入っております』

「わかりました、ミズサワ少尉。
 すぐに行きます」

ルリは扉の向こうにいるミズサワに返事をしてウインドウを閉じる。
そしてカイトに向き直る。

「行きましょう、カイトさん」

「うん、ルリちゃん」

二人は肩を並べて通信設備のある部屋へと向かった。



カイトとルリが通信室から出てくると、そこには見知った顔が待ち受けていた。
ナデシコB副長のサブロウタ、オペレーターのハーリー、
統合軍から移籍して何故かナデシコに居座っているリョーコ、そしてウリバタケ。

「皆さんお揃いでどうしたんです?」

カイトが尋ねる。
しかしウリバタケはカイトの質問を無視してこう言った。

「アキト、迎えに行くんだろ?」

この問いにカイトとルリは面食らう。
まだ自分達しか知らないはずの事をウリバタケが知っていた事に。

「…どうしてそれを?」

「ま、俺達もおめーらとの付き合いは短くねえって事だ」

ルリの疑問にはリョーコが答える。

「そういう事だ。
 にしても、カイトよぉ、副長の俺には一言くらい相談しろよな?」

「…スイマセン、サブロウタさん」

「そうです!
 水臭いですよ、艦長もミスマル大尉も!」

「…ゴメン、ハーリー君」

サブロウタとハーリーに詰め寄られるカイト。

「さて、なら後はクルーを集めねえとな。
 どうせまた、軍人は使えねえんだろ?
 あ、整備のヤツラは全員参加するぜ」

ニヤリと笑うウリバタケ。

「ヒカルとイズミもな」

とリョーコ。

「ナデシコBクルーも」

サブロウタとハーリー。
カイトとルリは顔を見合わせ、そして4人に頭を下げた。

「「ありがとうございます」」

家族の問題にここまで真剣になってくれる仲間が自分達にはいる
−それは何より強い味方だった。

(…アキトさん…思い出して下さい…。
 貴方にも…仲間はいるんですよ…)

カイトは今も一人でさ迷い続ける義兄に思いを馳せた。



二日後、ナデシコBが地球よりやって来た。
ブリッジの中央の艦長席からルリは周りを見回す。
右にはサブロウタが、左にはハーリーがいる。
ブリッジ下段にも見慣れた顔が揃っている。
パイロットシートには三人娘が、格納庫にはウリバタケがいる。
そして…

「艦長、発進準備完了しました。
 ナデシコB、いつでも行けます」

艦長席のすぐ後ろからの声にルリは振り向く。
ルリの最も信頼する笑顔がそこにはあった。

「了解しました、副長補佐。
 ナデシコB、発進します」

ルリの声が響き、相転移エンジンに火が入る。

((待ってて下さい、ユリカさん。
  必ず、アキトさんを連れ戻してきますから…!!))

カイトとルリの想い、そして仲間達の想いを乗せて。
ナデシコBは宇宙へと向けて飛び立った。
その先に待ち受けるものは希望だけだと信じて。
だが静かに、そして秘やかに悲劇は彼らの想いを包み込む。




火星宙域・ナデシコB



アキト捜索にナデシコBが月を飛び出してはや10日。
ボソンジャンプを駆使して木星からアステロイドベルト、
果ては惑星軌道の反対側まで探し回った。
が、アキトはおろか、その乗艦ユーチャリスの痕跡すら見つけられずにいた。
ブリッジのクルーの顔にも疲労と焦りの色が強く浮かんでいた。
中でも、カイトの消耗が一番激しかった。
戦艦規模のボソンジャンプをこの10日の間に30回以上もこなしているのだ。

「…ルリちゃん、次の座標を…」

言葉を話すだけで辛そうなカイト。
足取りもふらふらとおぼつかない。
ルリはそんなカイトの言葉に首を振る。

「駄目です。
 今日はこれ以上のジャンプは許可できません」

「大丈夫…、出来る…から…」

「そんな真っ青な顔して言っても説得力ありません」

ルリはあっさりと言ってのける。
いつものカイトならここで引き下がっただろう。
だが、今日のカイトは違った。

「僕が出来るっていうんだから、出来る!
 僕を信用出来ないのか!?」

ルリもカイトに負けじと言い返す。

「出来ません!
 今にも倒れそうな人のジャンプなんて!」

「…ルリちゃんはユリカさんが心配じゃないのか?」

「話をすり替えないで下さい!
 ただ、私はカイトさんのジャンプアウトの座標がずれてきたから、少し休息を…」

「…っ!
 …だいたい、ジャンプアウトがずれるのは座標自体がアバウト過ぎるんだよ!」

「…!
 じゃあ、ユーチャリスが見つからないのは私のせいだって言うんですか!?」

「誰もそんな事は言ってない!」

「いいえ、言ってます!」

カイトとルリの感情を剥きだしにした口論にクルーは唖然とする。
ナデシコBが就役して以来、初めて目にする光景だった。
戦闘時や演習中にカイトが熱くなってしまい、
ルリに突っ掛かる事は今までにもよくあった。
それでもルリがカイトに引き摺られて感情的になる事はなかった。
そして二人の口論は既に子供じみた言い争いへと変わっていた。

「あ〜っ!
 もう、うるせーんだよ、テメーら!!
 カイトもルリも熱くなり過ぎだ!
 頭冷やしてきやがれ!!」

それを止めたのは意外な人物だった。
言うが早いか、リョーコはカイトとルリをブリッジから放り出す。

「「何するんですか、リョーコさん!?」」

カイトとルリが同時に抗議するが、リョーコは取り合わない。

「頭冷やしてくるまでお前らはブリッジ入室禁止だ!
 …オモイカネ、分かったな!」

《了解です》

リョーコの言葉にオモイカネが賛同し、二人の目の前でブリッジの扉が閉まる。
ご丁寧に"ガチャリ"という鍵を掛ける効果音まで重なっている。

「…たく、あの二人は…」

リョーコが呟くように吐き捨てるとその途端、張り詰めていたブリッジの空気が和らぐ。

「でも、艦長もミスマル大尉もどうしちゃったんでしょう?
 いつもは冷静なお二人なのに…」

ハーリーが暗い表情でポツリと呟く。
尊敬するルリの子供じみた口論にショックを受けたようである。

「…確かにな…。
 いつもなら熱くなったカイトを艦長が冷静にあしらって終わり、
 ってのがパターンだったのにな…」

ハーリー同様、サブロウタも首を傾げる。

「スバル中尉はなんでか分かりますか…?」

二人を放り出したリョーコにハーリーが尋ねる。

「ん〜、まあ、あれだな。
 …要するにだ…二人とも余裕がねえんだよな、精神的に」

「「余裕?
  精神的に?」」

ハーリーとサブロウタはその答えにキョトンとする。

「どう言ったらいいんだろうな…。
 …おい、ハーリー。
 お前、両親大事か?」

「…?
 はい、もちろん大事です」

「つまりはそういう事なんだよな。
 今俺達が探してるアキトも、月で待ってるユリカも、
 カイトとルリにとっちゃ両親も同然、…いや、それ以上の存在なんだよ」

いつの間にか、ブリッジにいたクルーはリョーコの話に聞き入っていた。

「…そいつらが離れ離れになってる。
 しかもユリカがヤバイ状況にある…。
 なのにアキトは会いにもこねえし、連絡一つも寄越さねえ…。
 …だから苛立ってるんだよ、カイトとルリは…」

「「「「「「…」」」」」」

静まり返るブリッジ。
リョーコはスクリーンに視線を移す。
そこに映るは漆黒の宇宙。
この黒い海の何処かにアキトがいる。

(…アキト…帰って来い…。
 ルリも…カイトも…痛々しすぎて…見てられねえんだよ…)




ナデシコB・展望室



カイトとルリは展望室の草原に座り込み、スクリーンに映る宇宙をぼんやりと見ていた。
リョーコにブリッジから放り出されて、既に頭は冷えていた。
相手の発言が互いを心配してのものだと言う事は分かっていた。
ただ、二人とも不器用だった。
カイトもルリも、相手に話し掛けるタイミングを見出だせずにいた。
話し掛けようとチラチラと視線を送るが、目が合ってしまうとサッと逸らす。
それが幾度となく続いていた。

「…ルリちゃん」

カイトが意を決して口を開く。

「…ハイ」

ルリはカイトが話し掛けてくれた事にホッとしながら返事を返す。

「さっきはゴメン。
 言い過ぎた」

カイトはルリに頭を下げる。

「いえ…、私もカイトさんの気持ちも考えずに…。
 ごめんなさい」

ルリも頭を下げる。
下げた頭を上げたのはほぼ同時だった。
目が合い、一瞬キョトンとした表情を浮かべたカイトとルリ。
カイトが笑い、ルリが微笑む。

「…何とかなりますよね」

ルリにしては珍しく楽観的な言い方だった。

「…うん」

カイトもそれに頷いて答える。
それと同時にルリの手を取る。

「カイトさん…?」

その行動にルリはカイトを見上げる。
真っ直ぐに自分を見つめる瞳。

「…仲直り、しよ?」

コクンと頷き、目を閉じるルリ。
頬が染まり、心臓が早鐘を刻む。

「…」

カイトはルリにゆっくりと顔を近づける。
そしてカイトも目を閉じる。

「…ん」

唇を重ね合わせた瞬間、僅かにルリが息を漏らす。
そのまま、動きを止めたカイトとルリ。
暫くして、カイトの背中がトントンと叩かれる。

(…カイトさん、そろそろ…)

(…まだダメ…)

カイトは心の中でクスリと笑う。
同時にルリの肩を捕まえ、身体を固定する。
ルリがビクリと震える。
背中を叩くリズムが早くなり、その力も段々強くなる。

(…そろそろいいか…)

カイトは唇を離す。
一分以上に渡る長い長いキスだった。

「…ハァ…ハァ…」

ルリはカイトの唇からようやく解放され、大きく息をつく。
真っ赤な顔で酸素を求め、喘ぐルリを見てカイトはニヤリと微笑んで言った。

「…前から不思議に思ってたんだけど…。
 ルリちゃん、なんでキスする時、息止めてるの?」

「…!!」

ルリは真っ赤な顔をさらに赤くしてカイトを睨みつける。

(…そ、そんな事、言える訳ないじゃないですか…!
 は、恥ずかしい…!)

「…知りません!」

プイッとカイトに背中を向けるルリ。

「…もしかして怒ってる?」

カイトのからかうような声。

「怒ってます!」

そう言った途端、ルリは背後から抱きすくめられ、カイトの腕の中に包まれる。

「…ごめんね、ちょっとでも長くルリちゃんを感じてたかったから…」

胸の前で組まれたカイトの手をルリはそっと自らの手で包み込む。

「…長いキスも嫌じゃないですけど…、したい時は前もって言って下さい」

「言ったらさせてくれる?」

「…善処します(///)」

カイトはルリを抱き締める腕に力を込め、ルリはカイトの胸にもたれかかる。
カイトもルリも穏やかな表情で、互いの温もりを感じていた。
どれぐらいそうしていただろうか。
ふと真顔に戻ったカイト。

「…必ず連れて帰ろう、アキトさんを…」

カイトの囁くように呟かれた決意。

「…ハイ、必ず…」

それに答え、紡がれたルリの決意。
だが、悲劇はすぐそこに迫っていた。
カイトとルリはそれを知る由もなかった。




そして“運命の輪”は静かに回転を始めた。
ゆっくりと、ただゆっくりと“破滅”に向かい輪は廻る。
止められる者はただの一人としてなし。
気付く者もただ一人としてなし。
破滅の初めにある悲劇。
止められず、気付かれず、静かにその日は幕を開けた…




   後編へ続く…




  後書き


村:ども、村沖和夜です。
  第14話エピソード2前編をお送りしました!
  さて今回はルリさん達が後編の収録で留守なんですよね。
  仕方無いので今回はお休みという事で…あれ、メールが来てる。
  なになに…

  『隣のスタジオに特別ゲストを呼んであります。
   ゲストときちんと後書きをしなさい。
   私達がいないからと言ってサボりは許しませんよ?
   Byルリ』

  …しっかりバレてるのね…
  でもわざわざゲストを呼んでくれるなんてルリさんもいいとこあるじゃないですか。
  ま、ルリさんの厚意を無駄にする訳にはいかないですからね。
  今回も頑張って後書きしましょうか。
  …いえ、決してサボった後の”教育”が恐いという訳ではありませんので(汗)
  ともかく、失礼しまーす(ガチャリ)

?:…(ゴーン)…

村:…(唖然)
  …し、失礼しましたー…(バタン)
  か、鐘!?
  鐘がいたぞ!?
  しかも空中に浮いてた!!

?:(ゴオン、ゴオン!!

村:!?
  なんか怒ってるっぽい!?

?:(ゴオオーン!!!

村:…行くしかないのか(涙)
  し、失礼しまーす…(恐る恐る)

?:(ゴオン)

村:…
  え、えーと貴方はどちら様で?
  ルリさんが呼んだゲストさんですか?

?:(ゴィン)

村:えと、今のは肯定なんでしょうか?

?:(ゴーン)

村:あ、どうやらそのようです。
  …というかこれで後書きするのは無理があるんでは…(泣)

?:(ゴオン、ゴイン)

村:これを使え、ですか?
  何です、このコンニャクは?
  は、もしかしてこれは伝説の…(ムシャムシャ)

?:そう、ホンヤク●ンニャクです!
  年代的には存在してるでしょうから。

村:うお!?
  突然言葉が分かるように!?
  と言うか大丈夫なのか、このネタ!?
  ナデシコとド●えもんに全く関係性が見出せないが!!

?:訳の分からない事を叫んでないでさっさと進行して下さい。
  つーか導入部が長すぎます。
  お話の解説する時間がなくなりますよ。

村:あ、ああ、そうですね。
  えーと、ではとりあえず自己紹介をお願いします。

?:私、オモイカネと申します。
  ナデシコでメインコンピュータやってます。

村:…オモイカネ?
  あれ、でも貴方は後編にも出演してるんじゃ?

オ:あ、私はAのオモイカネです。
  ほら(頭上を指差したような感じ)

村:…鐘の上にワッカが浮いてるって何だかシュールですねぇ…

オ:演出してんのはアンタでしょうが。
  ルリさんの言ってた通り、ほんとにヘッポコですねえ…フ(嘲笑)

村:…鐘にまで罵倒される僕って…(シクシク)

オ:凹んでる暇はありませんよ、ヘッポコさん。
  キリキリ今回の見所を説明しなさい。

村:…あうう、ツッコミが冷たい…(泣)
  えー、それで今回のお話の見所ですが…
  カイト君とルリちゃんの情事(シーンはカット)、ケンカ、仲直りのキス。
  後は全部おまけ、以上。

オ:…そ、それだけですか?

村:ハイ(即答)

オ:…えー、とりあえずルリさんからお話の感想メッセージを預かってます。

  『グッジョブ、ヘッポコ』

  だそうです。

村:いよっしゃ!!
  褒められた!!!(心からのガッツポーズ)

オ:コイツ、絶対真面目にやる気ねえ…。
  作者でありながらに出演者に媚を売るとは…
  ヘッポコの上にヘタレだ…(憐み)

村:フハハ、何とでも言うがいい!
  後書き(世界)の支配者(ルリ)がヨシといえばそれでいいのだよ!(強気)

オ:…物書きのプライドはないのか、この男…(汗)
  …おや?

村:どうしたのかね、オモイカネ君?(さらに強気)

オ:メッセージに続きがありますね。
  なになに…

  『情事のシーンがカットされてるのが不満です。
   直ちに執筆し、ワタシに提出しなさい。
   モチ、ベッタベタのラブラブで。
   書かなかったら…わかってますよね?(クスクス)』

村・オ:…(冷汗)

村:…ど、どーしましょー…?
  僕、R指定なんて書いた事ないですよぉ…(途端に弱気)

オ:…自業自得ですね(冷ややか)
  後先考えず支配者(ルリ)さんに媚を売った罰です。
  自分で何とかしなさい(切捨て)

村:…そ、そんなぁ…(涙)

オ:まあ、後編までに何とか説得するんですね。
  さて、時間もなくなって来ましたので。
  次回予告をVTRでどうぞ!


ル:どうも、ナデシコ真のヒロインことホシノ・ルリです。
  では、次回予告をどうぞ


  訪れた運命の日。
  漆黒の宇宙でナデシコは白亜の戦艦と出会う。
  カイトとルリはユーチャリスへ向かった。
  大切な家族を連れ戻すために。

  『…アキトを連れ戻せるのはあの二人だけだよ。
   …"家族"だった、な…』

  そして地球では。
  ユリカはただただ家族を呼び求める。
  下される決断。

  『辛いとは思うけど…、すぐに帰って来て。
   …まだ間に合うから』

  そして一つの物語が静かに幕を閉じる。

  『…どうしてなんだよぉぉぉぉぉっ!』

    RWK第14話『the Blank of 8 Months』
     Episode.2 破滅への序曲(後編)

  を皆で見よう!


  (VTR終了)





オ:ここまでお付き合い下さり、ありがとうございました!
  また次回の後書きでお会いしましょう!!

村:…どーなるんでしょう、僕…(震)










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