機動戦艦ナデシコ
〜Return of the White Knight〜




第13話 運命を背負いし者達の詩(後編)





ヨコスカ・戦闘区域



「クソッ…、このヤロー…!!」

「このままじゃじり貧だよぉ〜っ!」

アサミの犠牲で1体は倒したが、もう1体のジンタイプはまだ暴れ回っている。
アサミを失った悲しみに暮れる間もなく、
リョーコ達は残りのジンタイプとの戦闘を続けていた。
しかし、ブリッジにはまだ重苦しい雰囲気は漂っていた。
それを打ち破ったのは意外な人物の声だった。

「…ユリカ、しっかりして。
 まだ、戦闘は終わってない」

「「「「「え?」」」」」

ブリッジにいた全員がその声の持ち主に注目する。
彼女はスクリーンを見つめたまま続ける。

「…アサミがいなくなったのは私も悲しい。
 …でも、今はやらなきゃいけない事がある」

「ラピスちゃん…」

ラピスの言葉に暫くほうけていたユリカだったが、
目元に浮かんだ涙を拭うと凛とした表情になる。
先程、ラピスが流した一筋の涙をユリカは見ていた。

(…私はナデシコの艦長さんなんだから…!)
「そうだよね、今は泣いてる場合じゃないよね」

ユリカのその言葉を聞いたラピスは僅かに口元を緩める。

「ウン♪」

ユリカが立ち直った事により、ブリッジの雰囲気も幾分和らいだものになるが、
瞬間移動を繰り返す相手に対して有効な手段が見つかった訳ではない。
苦戦する戦況には未だ変化はない。

(…あれ?)

その時、ユリカが何かに気付く。

「…」

戦術スクリーンをジッと見つめているユリカ。

「ちょっと、艦長!
 ボケッとしてんじゃ…ムグッ」

「提督、お静かに!
 …ああなった時のユリカ…いえ、艦長は凄いですよ」

騒ぐムネタケの口を塞いだのはジュンだった。

「…さっきはココ…3秒…次はコッチ…5秒…」

ブツブツと何かを呟くユリカ。
その時、ジンタイプの姿が再び消える。

(3秒後…出現点はココかな?)

疑問系だが絶対の確信を滲ませたユリカの呟き。
そしてジンタイプはユリカの予測したポイントに寸分違わず現れる。
ユリカの口元にニヤリとした笑みが浮かぶ。

「お待たせしました、パイロットの皆さん。
 ここからは私達の攻撃フェイズです!」

「「「「「「「…は?」」」」」」」

突然通信を送られたパイロットは言うに及ばず、ブリッジのクルー達も目を丸くする。
ただ、その中でユリカの意図を見抜いていたラピスだけが即座に動き出す。
戦略戦術に関してユリカに匹敵する才能を持つカイトと過ごす間に
ラピスはその才を知らず知らずのうちに会得していたのだ。
ジャンプに一定のパターンがあると見抜いていたのはユリカより早かった程である。

「…全エステバリスに共通マップ送信…ユリカ、準備できたよ」

「ほぇ?
 ありがと、ラピスちゃん!」

ユリカがラピスにVサインを送る。

「…?
 …ぶい?」

首を傾げながらもユリカを真似るラピス。

「…艦長、何をなさるおつもりですかな?」

「はい、敵の瞬間移動はただ一定のパターンに則って行われています」

『なるほど!
 パターンさえ読めればそこに攻撃を集中すればいい訳か!』

頭の回転は速いアカツキは即座にユリカの意図を理解する。

『そのパターンの解析は?』

3人娘の中では最も冷静な頭脳を持つイズミ。
寒いギャグが渦巻いているだけ、とはリョーコの弁

「出来てます。
 その為に共通マップを表示してます。
 今後の指示はそのマップに従って出しますので」

『『『『了解!』』』』

パイロットの返事が重なる。

「では、行きます!
 目標、敵、ゲキガンタイプ!
 アカツキさん、アタック!」

『了解!
 …ところでゲキガンタイプって…?』

アカツキの疑問に頷くクルー一同。

「なんとなくゲキガンガーっぽいからです!」

『あ、そう…』

ユリカのネーミングセンスに脱力するアカツキ始めクルー一同。
そのユリカに一生付き合うであろう名前にあろう事か
"犬"の名を付けられた青年がいる事はアカツキ達は知るよしもなかったが。

『…っと、ゲキガンタイプ、ロック!
 …アタック!』

アカツキの空戦フレームからミサイルが放たれる。
ジンタイプは予想通りジャンプする。

「…3秒後、ポイントD−7!」

『『『『了解!』』』』

そして3秒後、オモイカネの予測した地点が輝き、その光の中からジンタイプが現れる。
ジャンプ後の僅かな硬直時間−1秒に満たない時間。、
ジンタイプがフィールドを展開できないそのタイミングを見計らい、
リョーコ、ヒカル、イズミ、ガイ機から集中砲火を浴びせる。
突然の攻撃に慌てて姿を消すジンタイプ。

「…5秒後、ポイントA−2!」

再び出現直後に集中砲火。
ジンタイプの胸部装甲が剥がれ落ちる。
それと同時に地面へと倒れ込むジンタイプ。

「よっしゃあっ!
 貰ったぁっ!!」

リョーコ機がすかさず詰め寄り、ライフルを構える。

「…待って下さい!
 ゲキガンタイプに高エネルギー反応!」

メグミの報告がブリッジに響く。

「…ユリカ、ゲキガンタイプの相転移エンジンが暴走してるみたい。
 …臨界値まで後7分」

ラピスの報告がそれに続く。

「…え?
 …もし臨界したらどうなるの?」

「…ドッカーン…」

幼い表現だが非常に分かりやすいラピスの表現だった。

「…それって何だかヤバくない?」

ミナトの呟きがクルー全員の思いだった。



アトモ社


「まずいわね…」

双眼鏡で戦闘を観察していたイネスがボソリと呟く。

「まずいって、何が?」

「…自爆するつもりよ、あのロボット。
 最初からそうプログラミングされていたかはわからないけど…。
 相転移エンジンを暴走させてね」

エリナに双眼鏡を放り投げてイネスが答える。

「規模は?」

「そうね…、少なく見積もってもこの街が消し飛ぶ事は保証できるわね」

「…そう」

イネスは少し脅かしてみたつもりだったが、エリナの態度は冷静そのものだった。

「…冷静なのね。
 私達も爆発に巻き込まれるっていうのに」

「多分大丈夫じゃないかしら。
 …ほら」

エリナの視線を辿るとイネスのよく知る人物がそこにいた。

「アキト君…、それにホシノ・ルリ…」

肩で息をするアキト。
ルリはその背中を摩って呼吸を落ち着かせようとしている。
そしてアキトが険しい表情でエリナとイネスを見据える。

「…CCを…俺に…」



ヨコスカ・戦闘区域


でやぁぁぁぁぁっ!

オラオラオラオラァッ!

真っ直ぐに街の中心部に向かっていくジンタイプを止めようと
エステバリス部隊が攻撃を仕掛ける。
しかし、全ての攻撃は視認できる程の出力で展開されたフィールドに弾かれる。
暴走した相転移エンジンから供給されるエネルギーは
全てフィールドにまわされているようである。

「臨界値まで後3分…」

ラピスの報告が静まり返ったブリッジに響く。
クルーの顔も真っ青になっている。
口を開く事が出来る者はいなかった。
いや、一人いるにはいたが。

「そうよ、グラビティブラストよ!
 グラビティブラストならフィールドごとぶっとばしちゃえるでしょ!?
 カザマの妹!
 チャージは出来てるんでしょ?
 撃ちなさい、提督命令よ!!」

「…チャージは出来てる。
 けど…、ダメ」

フルフルと首を振るラピス。

「何でよ!?」

「…グラビティブラストの衝撃で一気に臨界を迎えるかもしれない…」

ラピスの言葉にムネタケが凍りつく。
だが、そのやり取りを聞いていたユリカの顔付きが変わる。

「ラピスちゃん、ゲキガンタイプのフィールドを貫ける
 最低出力でグラビティブラストスタンバイ」

「ユリカ…?」

「…ゲキガンタイプの相転移エンジンをグラビティブラストで狙撃します」

「「「「「「「!」」」」」」」

ユリカの出した策にブリッジがどよめく。

「…艦長、それは…」

「相転移エンジンの炉心ではなく、機関部を破壊出来れば暴走は止まるはずです」

プロスの言葉を遮り、ピシャリとユリカが言い切る。
それは余りに分の悪い賭け。
だが、今のナデシコが取れる手段はそれ以外にないのもまた事実だった。

「…これしかない、か…」

ゴートのその呟きが全てのクルーを代弁していた。

「ミナトさん、狙撃ポイントへの移動と静止状態の維持をお願いします。
 メグちゃんはパイロットの皆を退避させて」

「「了解!」」

「ラピスちゃん、照準と発射のタイミングよろしく。
 それと…」

一瞬、口ごもるユリカ。

「…トリガーを私へ」

その言葉に反応したのはジュンだった。

「ユリカ!?
 何を言い出すんだ!?」

ジュンの反応も最もだった。
ただでさえ精度の要求される策である。
ならばオモイカネと同調できるラピスがトリガーを引いた方がいい。
それが分からぬユリカではない。

「…でも、ユリカはナデシコの"艦長"さんだから、ね。
 責任は私が取るよ」

そう言ってユリカは微笑む。
彼女の言う責任とは狙撃が失敗した時の事。
失敗すればヨコスカの街が消し飛ぶ事になる。
当然、その責任は重いものになるだろう。

「…ユリカ…」

ユリカが透き通るような微笑みにジュンは絶句する。

「ラピスちゃん、発射したらフィールドを最大出力で安定させる事に集中してね?」

「…了解」

ユリカはラピスの返事にニッコリ笑うと、キッとスクリーンを見据える。
そこには相変わらずのジンタイプが映し出されている。
ゆっくりとナデシコが狙撃ポイントに向けて移動を開始する。
それに併せて、エステバリス部隊もナデシコのフィールド内に戻ってくる。
リョーコはコクピットの中で苦笑いしていた。
グラビティブラストによる狙撃−そんな事を考える奴は天才か馬鹿のどちらかである。
しかも究極の。

(ウチの艦長はどっちだろうな…?)

その判断はリョーコにはつかなかった。
だが、一つだけ分かっている事がある。

(…信じられるって事だな…。
ユリカが出来るって言うなら出来るんだろ…)

そんな事を考えていたリョーコ。
その視界の隅を人影が過ぎる。

(…ん?
今のは…)

その方向へ機体を向けて、カメラアイをズームアップする。
そこで見つけたのは、意外な人物であった。

「…アキト!?」

それはアタッシュケースを抱えてジンタイプに向かい、ビルの屋上を走るアキトだった。
アキトが何かしようとしている。
直感でそう悟ったリョーコはブリッジに繋がっていた回線に向かって叫ぶ。

「艦長!
 攻撃中止だ!
 アキトが、アキトがいる!!」



「ハアッ…ハアッ…」

アキトは走りながら、エリナから聞いたボソンジャンプの実行方法を思い出していた。

『CCをあのロボットのディストーション・フィールドに張り付けるの。
 それで、どこか遠く…、例えば月とかね。
 そこをイメージして。
 それで上手く行くはずだから』

崩れかけたビルの屋上の端に立ったアキト。
目の前をジンタイプがゆっくりと横切っていく。
アキトを攻撃しないのは気付いていないのか、あえて無視しているのかは分からない。
キッとジンタイプを睨みつけるアキト。
その脳裏をカイトの言葉がよぎる。

『…貴方には力がある。
 そしてその力でしか出来ない…、いえ、やらなければならない事がある』

アキトがアタッシュケースの鍵を外し、ジンタイプに投げつける。
空中でアタッシュケースが開き、CCが外へ撒き散らされる。
そしてCCは見事ジンタイプのフィールドに張り付き、光を放つ。

「…カイト…、俺は本当に何かが出来るんだろうか…?」

その光に呼応するかのようにアキトの身体にナノマシンの紋様が現れる。

「…俺は皆を救う事が出来るんだろうか…?」

ジンタイプとアキトの頭上の空間に穴が開く。

『出来ますよ』

「…!?」

アキトはカイトの声がしたように感じて、辺りを見回す。
だが、カイトの姿は傍にはない。
フッと口元を緩め、うっすらと微笑みを浮かべるアキト。

「…そうだな。
 じゃ、やってみるよ、カイト…」

エリナの指示通り、遠い所−月を思い描く。
まだ両親が健在だった頃に連れていって貰った月面極冠コロニーを。

(…ジャンプ!!)

ジンタイプが頭上の穴に吸い込まれていく。

「ウワァァァァァッ!!」

そしてアキトも。
アキトの姿がその穴の向こうに消えた時、光が弾ける。
光が弾けたそこにはジンタイプは残っていなかった。

「…ゲキガンタイプ、消滅…」

だが、ブリッジもエステバリスのコクピットも静まり返ったままだった。
そしてラピスが再び口を開く。

「…テンカワ・アキトの反応、市街地に無し…」

ユリカの顔が真っ青になる。

…イヤァァァァァッ!
 アキトォォォォォッ!!


その報告に泣き崩れたユリカ。
ユリカの悲鳴がナデシコに響き渡った…



ヨコスカ・市街地


カイトは走り去るアキトとルリを見送り、
そしていつの間にか背後に現れていた気配に声をかける。
それは懐かしい気配だった。
悲しい別れをしたあの時のままに。

「…そこにいるんだろ?」

「あら、ばれてたの?」

悪びれた様子もなく物陰から姿を見せたのはアサミだった。

「アサミ・ミドリヤマ少尉…。
 いや、イツキ・カザマ…でいいのか?」

「ええ、そうよ。
 …久しぶりね、ミカズチ・カザマ」

あっさりとイツキである事を認めるアサミ。
廃墟となったヨコスカの街並。
それはどこかあの木星のゴーストプラントに似ていた。
その中で向かい合うカイトとイツキ。
イツキの顔には微笑みが浮かぶが、
カイトの顔には表情らしきものは何も浮かんではいない。

「…貴方も地球に来ていたなんてね。
 軍のデータベースで貴方の名前を見つけた時は驚いたわ。
 何時から地球に?」

「…一年と少し前から…」

イツキはカイトに向かって歩き出す。

「そうなの?
 私とほとんど変わらないじゃない。
 そんなにすぐに来れるなら一緒に来れば良かったのにね?」

会話を交わす間にもカイトとイツキの間の距離は縮まっていく。

「…アサミ・ミドリヤマっていうのは…?」

「一応偽名かな。
 潜入任務なんだからそうした方が気分でるかなって。
 それに貴方も"カイト"って名前でナデシコに潜入してたじゃない?」

"変な名前だけどね"と付け加え、イツキは微笑む。
すぐにイツキがカイトの目の前にやってくる。
イツキはカイトの首に腕を回し、優しく抱き締める。

「ああ…、やっと会えたね…。
 私の…ミカズチ…」

頬を染め、カイトに体重を預けようとするイツキ。
だが、カイトの言葉がそれを遮る。

「…僕の名前は…ミカズチじゃない…」

「…どうしたの、突然?
 長く地球にいて、自分の名前忘れちゃった?
 貴方はミカズチ・カザマ…、私の大切な人よ…」

イツキはからかうような微笑みを浮かべる。
だが、カイトは表情を変えずイツキに告げる。

「僕の名前はカイトだ。
 …ミカズチ・カザマじゃない…」

「…ミカズチ?」

怪訝そうな表情を浮かべたイツキがカイトから離れる。
イツキもようやくカイトの様子がおかしい事に気付く。

「イツキ…、僕は君の知っているミカズチ・カザマじゃない…。
 君の半身たるミカズチはここにはいない」

「何を言ってるの…?
 貴方は…!」

イツキの表情が歪む。

(どうしちゃったの!?
ミカズチが、こんな事いうなんて…)

狼狽したイツキが叫ぶ。

「貴方は、優人創出計画試作番号0070!
 跳躍戦士、ミカズチ・カザマよ!
 それ以外の何者でもないわ!」

「違う…、僕はカイトだ…。
 君が求めているミカズチじゃない…」

「ミカズチ…やめて…」

イツキの瞳から涙が零れ落ちる。

「…どうしちゃったっていうのよ…、何でそんな酷い事いうの…」

「…ゴメン」

ポロポロと涙を零すイツキにカイトはただ謝る事しかできなかった。

「…貴方は地球に影響されすぎたのね…。
 帰ろう、ミカズチ…?
 私達の故郷へ…そうすれば、全部元通りになるわ、ね?」

「…イツキ…、僕はあのプラントに戻るつもりはないよ…。
 僕の帰る場所はナデシコだけだ」

「…ミカズチ」

イツキはハッとなる。
先程みた光景が頭を過ぎり、最悪の予想が頭をもたげてくる。

「…あの娘の為なの…?
 貴方が地球に残るなんて言い出すのは!?」

先程まで、彼の隣にいた銀の髪を持つ少女。
彼がその少女に見せた笑顔、与える優しさは全てが自分の物であったはず。
そしてそれを与えられた少女は嬉しそうに微笑んでいた。
物陰からカイトとルリの様子を伺っていたイツキはそれを潜入工作だと思っていた。

(あれは演技じゃなかったの…?
どうして…どうして、ミカズチ!)

イツキの叫ぶような詰問にカイトはゆっくりと頷く。

「どうして!?
 何故、人であるあの娘に心奪われたの!?
 貴方を愛せるのは私だけよ!
 そして貴方が愛せるのは私だけ!
 …私達は人の姿をした人でなき存在、世界の理から外れた存在…」

「…」

「貴方も分かってるんでしょう…?
 貴方と私の居場所は互いの隣にしかない事くらい…」

イツキの涙混じりの叫びがカイトの心に突き刺さる。

「貴方の居場所はナデシコじゃない!
 あの娘の所なんかじゃない!
 お願い…ミカズチ…私の所へ帰って来て…」

イツキが必死に訴える。
だがカイトはゆっくりと首を振り、
決意の、そして別離となるであろう言葉を口にする。

「僕はここにいるべきではない存在…、そうかもしれない。
 でも、そんなの関係ない…。
 僕はここに、ナデシコに残ると、そう望み、そう決めた。
 他ならぬ僕自身が。
 だから僕はナデシコに残る」

「…ミカズチ」

イツキはその言葉に俯き、流れる涙がその量を増していく。

「…イツキ、ナデシコの皆は僕達のような存在でも、きっと受け入れてくれるよ。
 君さえよければ…一緒に来ないか…?」

カイトの言葉にイツキは首を振る。

「…貴方があの娘に微笑むのを傍で見てろというの…?
 そんなの私は耐えられない!」

イツキが叫ぶ。
その姿はカイトに"あの時"を思い起こさせる。

(また…僕は…繰り返すのか…。
前と同じように…)

木星のプラントで、ルリを守る為にイツキを撃った時を思い出すカイト。
その時の感触は今もカイトの心と手に悲しみと共に刻み込まれている。
その記憶がなかったとはいえ、自分を待ち続け、そして愛してくれた少女。
結果として、カイトはイツキを裏切ってしまった。
そして、自らの半身を手にかける事になった。
イツキが、カイトが、もちろんルリが悪かった訳ではない。
それでもカイトは自分を待ち続けた女性を
手に掛けたという苦しみに押し潰されそうになった。
そんな時、ルリはただ黙って傍にいてくれた。
ルリの存在にどれほどカイトの心は癒されたか。

「…ミカズチ、貴方はいつか必ず後悔するわ。
 人でなき者が人を愛した時、傷つくのはあの娘、
 そしてそれ以上に傷つくのは貴方よ…」

そしてカイトは裏切りの言葉を再び口にする。

「…それでも僕はあの娘を…、ルリちゃんを愛している…」

だからこそ、ルリを守ると誓い、カイトは時を越えたのだ。

「そう…、分かったわ…。
 もう時間がない…。
 でも、覚えていて?
 私はいつか貴方の心を取り戻してみせるわ…」

「…僕の心はルリちゃんのものだ…」

イツキがカイトをキッと睨む。
カイトはただ黙ってイツキの視線を受け止める。
イツキの瞳に浮かぶのは嫉妬か憎悪か。
あるいはその両方か。
それはカイトに向けられたのか、それともルリに向けられたのか。
カイトにはイツキの想いを読み取る事は出来なかった。
そしてカイトとイツキが同時に空を見上げる。
二人の視線の先ではジンタイプがアキトの形成するジャンプフィールドに包まれていた。
イツキの身体がボソンの光に包まれる。

「…」

「今はこれでお別れね…。
 また会いましょう、私のミカズチ…」

(…イツキ…)

光が弾ける。
そこには僅かなボソンの煌めきだけが残されている。
遥か向こうにあったジンタイプもその姿を消していた。
アキトのジャンプが成功したのだろう。
今頃は二週間前の月で大爆発を起こしているはずだ。
一人、廃墟に佇むカイト。
そして己の心に問い掛ける。

(…もし、イツキがルリちゃんに再び銃を向けたなら…その時、僕はどうする…?
もう一度…、イツキを撃てるのか…?)

カイトの問いに答えられる者はいなかった。
そして、カイトは夕闇の空を見上げる。
夜の青に侵食される空、
遠くに僅かに残った夕日を弾き返すナデシコの白い船体が見える。

「…ルリちゃん、迎えに行かなきゃ…」

カイトはアトモ社までジャンプしようとレトロスペクトを集める。
だが、途中でそれを拡散させる。

「…僕は…ヒトでありたいんだ…」

そう呟き、カイトはルリが待つアトモ社へ向けて走り出す。
先程の戦闘で廃墟と化したヨコスカの街をただひたすらに疾駆するカイト。
その速度は恐ろしく速い。
身体能力も常人以上に強化されているのだ。

「…ハァッ…ハァッ…」

いくら強化体質とはいえ、全力疾走を何分も続ければ疲労する。
だが、カイトはその疲労が嬉しかった。
ヒトは身体を動かせば疲労する。
自分もそうである事がたまらなく嬉しかった。



ナデシコ・ブリッジ


ブリッジには重苦しい雰囲気が漂っていた。
ナデシコは就航以来、初の犠牲者を出してしまった。
戦いに犠牲はつきもの−そんな言葉で納得できるナデシコではなかった。

「…テンカワ君、最後の最後で戦士になったね…」

アカツキがポツリと呟く。

「…違うよ、バカ…。
 帰ってこなくちゃ意味ねぇだろうが…」

「…そうだね」

アカツキとリョーコは主のいない指揮卓を見上げる。
ユリカはあれ以来、部屋に引きこもったままである。
そこへエリナとイネスがブリッジへとやってくる。

「皆、準備して!
 次の目的地が決まったわよ!
 …って、艦長は?
 まだ引きこもってるの?
 全く、艦長の自覚あるのかしら…?」

「おい!
 そんな言い方ねえだろ!
 ユリカはアキトが…」

エリナの言葉にリョーコが食ってかかる。

「アキト君…?
 心配しないでいいわよ。
 …ほら」

エリナに促されて振り向くリョーコ。
いつの間にか砂嵐のスクリーンが開いている。

『ナデシコ〜?
 おーい、ナデシコ〜?
 聞こえてたら返事してくれよ〜!』

ノイズがひどいが確かにそう聞こえてくる。

「…この声!」

「もしかして…!」

そしてスクリーンがようやく画像を結ぶ。

『やっと繋がった!
 もう二週間も通信してたのに、全然繋がらないんだもんな、心配したよ!』

驚くクルー、その直後には爆発的な歓声がナデシコに響く。
そしてイネスは質問責めにされるアキトを見て、うっすらと微笑む。

「…アキト君は無事に飛んだのよ…。
 二週間前の月へとね…」



ナデシコ・展望室


草原を模した展望室に寝転がり、ブリッジのやり取りをウインドウで見ているカイト。
その横からルリがウインドウを覗き込んでいる。

「…カイトさんの言ってたテンカワさんにしか出来ない事って
 こういう事だったんですね」

「…まあね」

そう言って笑うカイト。
コミュニケの呼び出し音が鳴る。

「はい、こちらカイト…」

『カイト?』

通信の相手はアキトだった。

「アキトさん。
 お帰りなさい、…ってのはまだですね」

『ハハハッ、そうだな』

ひとしきり笑うアキトとカイト。
そしてふと真顔になるアキト。

『お前に礼を言いたかったんだ。
 あの時、お前が背中を押してくれたから俺は…』

「ストップ。
 僕より先に話しなきゃならない人がいるでしょう?」

『…え?』

「ユリカさん、泣いてます。
 アキトさんを犠牲にしてしまったって…」

『…ユリカが…』

「…声、掛けてあげて下さい。
 ユリカさんに涙は似合わないですから」

『…そうだな、分かった。
 …でも何て言えばいいんだろ?』

「今日はクリスマスですからね…。
 メリー・クリスマスって言うだけでいいんじゃないですか?」

ルリが口をはさむ。

『ん…、そうだよな。
 分かった、二人ともありがとう』

そう言い残し、アキトのウインドウが消える。

「やれやれ、手間の掛かる人達だ」

「クス、そうですね」

そしてカイトは窓から外を見る。
そこには無限の星空が広がっていた。

(今頃、ウリバタケさん達がダイテツジンを分解している所か…)

まもなくダイテツジンのコクピットを発見する事だろう。
木星トカゲの正体が人類
−100年前の月独立派の末裔−だと露見するまで後僅かである。

(…そして、この戦いは"戦争"になる。
人間と人間が殺しあう、本当の意味での…)

もう一つ、カイトが気になっていたのはイツキの事。
彼女が本国に戻れば自分の事を報告する事は間違いない。
イツキはカイトを知っていた。
『いつ地球に来たの?』とも言っていた。
それはつまり木星もカイト
−ミカズチ・カザマとしてだが−の存在を知っているという事。
禁忌の技術によって造り出したミカズチが木星を裏切り、地球に与している。
それを知った木連はどう動くのか。
もちろん最初からただで済むとは思ってはいない。

(抹殺か…?
それとも捕縛か…?
どちらにしても穏やかにはいかないだろうな…。
…もしかすると"アイツ"が出てくるかもしれないな…)

このカイトの予測は後に的中する事になる。
そこでカイトは自分を見つめる視線に気がついた。
今、展望室にはカイトとルリの二人きりだ。
自分に視線を送る事が出来るのはルリ以外にはいない。
ルリは心細げな表情でカイトを見つめている。
黙って考え事にふけっていた自分を心配してくれているのだろう。
"大丈夫だよ"と言う代わりに微笑み、ルリの頭を優しく撫でるカイト。
頬を染め、俯くルリ。

「…さて、そろそろ行こうか。
 今日はラピスにオペレートを任せっきりだったからね」

「ハイ、交替して休ませてあげましょう」

カイトが立ち上がり、ルリもそれに習う。
並んで展望室を後にする二人。
チラリと後ろを振り向くカイト。

『ずっと待ってたんだよ…、私のミカズチ…』

イツキの声が聞こえた気がした。

(…ゴメン、僕はこの娘を護ると決めたんだ…)

カイトは隣を歩く少女を見る。
彼女も自分を見ていたようで視線がぶつかる。
そして微笑み合う。

(…だから、僕は君と一緒には行けないよ、イツキ…)

カイトは前を向く。
気付かないうちに立ち止まっていたようだ。
ルリに僅かにおいていかれている。
隣にカイトがいない事に気付いたルリが振り向く。

「カイトさん、早く来ないとおいてっちゃいますよ?」

「…今、行くよ」

イツキの幻影を振り切り、カイトは歩調を早める。
そしてルリの隣へと向かう。
カイトがカイトである事ができる唯一の場所へと。





そして歴史は大きく舵を切る。
ゆっくりと、ただゆっくりと。
"前"とは違う結末へと向かって。
だがこの時はまだ誰一人として気付いていなかった。
後に繰り返される『新たな黒い王子様』の物語。
その悲劇の開演を告げるベルが鳴り響いていた事を…



続く…





  後書き


村:ども、村沖和夜です!
  RWK第13話『運命を背負いし者達の詩』(後編)をお送り致しました!
  いや、ついに第1クール終了です!

ユ:皆さん、こんにちはーっ!
  テンカワ・ユリカですっ!
  作者さん、まずは折り返し地点到達ご苦労様!

村:…ぅぅ…ありがとう、ユリカさん…(感涙)
  いきなり労いの言葉を頂けるとは…

ユ:えへへー、頑張った作者さんにご褒美を用意しちゃいました!

村:おお!
  それは光栄至極!
  (そうだよ、僕は作者なんだからこういう風に大事にされるべきなんだ!)

ユ:今日は作者さんの大好きな人をゲストに呼んだの!
  ゲストさん、どうぞ〜♪

村:ワクワク(期待)

?:(ガチャリ)
  どうも、ゲストです。

村:…え?(滝汗)

?:どうしたんですか?
  顔が悪い…いえ、顔色が悪いですよ、へっぽこ(ニヤ)

村:…ぁぅぅ…(さらに滝汗)

ユ:あは、作者さん感激の余り固まっちゃいましたー♪(素晴らしき勘違い)

村:イヤァァァァァッ!(絶望の叫び、略して絶叫)

ユ:あー、お叫びまであげちゃって♪
  よっぽど嬉しかったんだね、ルリちゃんに会えて(ニコニコ)

ル:皆さん、お久しぶりです。
  ナデシコの真のヒロインにして元後書きメインキャスター、ホシノ・ルリです。

村:…こ、殺される…(確信)

ル:さて、へっぽこ。
  まさか本当にキャスター変更という愚挙に出るとは思いませんでした。
  私はどうやら貴方を見くびっていたようです。

村:…いえ、そんな事は…(震)

ル:お黙りなさい。
  二度とそんな気が起きないよう“粛清”してあげます(クスクス)

村:…ヒィィ…(滝涙)

ユ:ルリちゃん、ちょっと待って!

ル:何ですか、ユリカさん(不機嫌)

村:…す、救いの女神か…(期待)

ユ:“そんな事”は後回し、後回し!
  後書きなんだからこのお話の解説しないと!

ル:…確かにそれはそうですね。
  よかったですね、へっぽこ。
  寿命が3mm程延びましたよ(邪悪な笑み)

村:…3mm…

ユ:さて、今回のお話なんだけど…アサミちゃん、やっぱりイツキさんだったんだ…

ル:まあ、バレバレでしたけどね。
  作者がへっぽこなので仕方ないですが。

村:…

ユ:それに前回予告のセリフ、告白じゃなかったんだ…

ル:私としてはもう少しロマンチックなセリフで告白してほしいものです。

ユ:それと最後のモノローグ、『新たな黒い王子様』…?
  ねぇねぇ、ルリちゃん。
  これ、どういう事かなぁ?

ル:へっぽこ、説明責任を果たせ

村:…こういう扱いですか…(諦)
  とりあえずRWK執筆開始時から考えてたんですがね。
  RWKの設定使って劇場版をやろうかと。
  勿論完結後にですが。

ル:…完結させられるんですか?(疑惑)

村:失敬な!
  プロットは一応練れてます!

ユ:おおー、作者さんが強気に出た

ル:…フ、あまり大口叩くと後で後悔しますよ(ニヤ)

村:…クソ、見てろよ…この幼児体型…(ボソリ)

ル:(ブチ)
  何か言ったか、この○○野郎!

村:(ドゴォォォォォン!)
  ギャアァァァァァッ!

ユ:あー、作者さん黒焦げ…。
  相変わらず学習能力ないなー(他人事)

ル:さ、へっぽこも始末した事ですし、次回予告にいきましょう

ユ:そうだね!
  それでは次回のRWKは第14話!
  皆さんお待ちかねの!

  『the Blank of 8 Months』
    Episode.1 我が名はミカズチ

    「…生きてる限り、人生に負けはねえんだ」

   をお送りします!

ル:カイトさんは何故ラピスを連れていたのか?
  リリン・プラジナー、アリシア・バイアステンとの関係は?
  妖精の白騎士はいかにして生まれたのか?
  “空白の八ヶ月”、その謎がついに明かされます!

ユ:なんと全6部(予定)の大作です!
  皆さん、お楽しみに!

ル・ユ:それでは第14話でお会いしましょう!









村:…僕の存在って…何…?







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