機動戦艦ナデシコ
〜Return of the White Knight〜




第13話 運命を背負いし者達の詩(中編)





アトモ社・会議室


「木星トカゲがチューリップで一種の瞬間移動…、
 私達はボソンジャンプと呼んでるけど。
 それによってほぼ無尽蔵の攻撃を仕掛けている事は知ってるわよね?
 ネルガルでは軍とは別個にこのシステムの解明を行っているの」

スクリーンの明かりのみが光源の会議室で向かい合う科学者達とアキト。
アキトの隣にはエリナが座っている。
そして科学者のリーダーの女が口を開く。

「木星トカゲは最初から無人兵器…、
 火星で発見されたクロッカスのクルーは全滅…。
 何故、ナデシコだけが生命を無事にジャンプさせられたのか…」

「その原因がアキト君にあるという訳ね」

科学者の女の言葉に答えたのは暗がりから響いた新たな声だった。

「イネスさん…?」

白いスーツを纏ったイネスが暗がりから会議室に姿を見せる。

「私達の実験に興味を持って下さってね」

「貴女達の実験に、というより"M"レポートに、かしらね」

イネスがエリナにくすりと微笑む。

「"M"レポート…?」

アキトがイネスに聞き返す。

「…ネルガルが保有するボソンジャンプの詳細が記されたレポートよ」

エリナがアキトの呟きに答える。

「…でも、Mレポートには生体ボソンジャンプに関する事は殆ど記されてはいない…。
 僅かに記されていたのは"人類の手には過ぎたる技術"という言葉…」

「…!」

イネスの言葉にアキトが息をのむ。
だが、科学者の女はイネスの言葉を無視するように淡々と言葉を放つ。

「木星トカゲもいまだ生命をジャンプさせる事には成功してはいない…。
 彼等がその技術を得る前に我々がそれを得なければならないのだ。
 そんな文句に拘っていられる暇は我々にはない」

「地球には木星トカゲのような優れた無人兵器を作る技術はないものね…。
 生体ボソンジャンプでしかこの戦争の活路は開けない…という事ね」

イネスが科学者の言葉を補足する。

「そういう事よ。
 地球から火星や月にジャンプを利用して
 戦力の大量投入が出来れば、戦局は大きく変わるわ。
 それには貴方の力がどうしても必要なの!」

勢い込むエリナにアキトは俯く。

「…でも、なんで俺なんすか?
 俺はただのパイロット…いえ、コックですよ」

アキトがボソリと呟く。

「貴方には不思議な力があるの。
 …これ、見た事ないかしら?」

エリナが懐から青い水晶を取り出してアキトに見せる。

「これはCC…、チューリップ・クリスタル。
 チューリップと同じ組成で出来た石よ」

「…!」

CCを見たアキトの顔色が変わる。

「…これ…、父さんの形見…」

「やっぱり見た事あるのね…。
 それ、どうしたの?」

エリナの目が怪しげな光を放つ。

「どうって…、火星から地球に来てた時…、気付いたら失くなってて…」

「…やっぱりね」

エリナはニヤリと笑うと席を立つ。

「ついてきて。
 貴方に見せたい物があるわ」

そう言って歩き出したエリナをアキトは慌てて追い掛ける。
イネスや科学者達もそれについていく。
そしてエリナがとある部屋の扉を開く。

「見て」

エリナの声と共に部屋に明かりが燈る。

「これは…!」

イネスが短い言葉を発し、息をのむ。
その部屋には所狭しとCCの入ったケースが並べられていた。

「…父さんの形見がこんなに…?」

アキトとイネスはその光景に目を奪われていた。
エリナはそんな二人の様子を見て、ニンマリと笑う。

「Mレポートには、CCはボソンジャンプの鍵と記されているわ。
 そして、CCを使用したボソンジャンプを発動するには
 一定の条件を満たす必要がある、と」

「…その条件を満たせる人物がアキト君…?」

イネスが呟く。

「そう!
 アキト君、貴方はあの日、跳んだのよ。
 火星から地球へと。
 貴方のお父様の形見のCCを介してね。
 で、地球に来た時にはCCは消えていた…。
 ジャンプ後にはCCが消滅するというのもレポート通り!
 そう、貴方はジャンプできるのよ!」

「…でも」

口ごもるアキトの手を取り、エリナが言葉を繋げる。

「ね!
 お願い!
 実験に協力して!
 貴方なら出来るわ!
 貴方やイネスさんの貴重なデータが人類の未来を切り開くの!!」

「…」

戸惑うアキトであったが、何かを決意したような表情で口を開こうとする。
しかし、それを遮る者がいた。

「…エリナ・ウォン。
 ちょっと…」

しきりに何処かと連絡を取っていた科学者の男が何かをエリナに耳打ちする。
その瞬間、エリナの顔がさっと青ざめる。

「ごめんなさい!
 少し待ってて!」

そういうとエリナと科学者達は慌てて部屋を出ていく。
取り残されたアキトとイネス。

「…何かあったようね…。
 アキト君、私達も行きましょう」

イネスはそういうとエリナ達を追って部屋を出ていく。

「え?
 イ、イネスさん?」

アキトも慌ててイネスの後を追いかける。




ボソンジャンプ実験ドーム


チューリップからエステバリスが吐き出される。
そしてドームの床に叩き着けられる。
グチャグチャに潰れ、もはや原型を留めぬ鉄クズと成り果てた
そこには生命の痕跡は残っていなかった。

「…そんな」

その光景にエリナは思わず息をのむ。

「…なるほど、既に生体実験をしていた訳ね」

「…っ!?」

イネスの声に慌てて振り向くエリナ。
そこには冷めた目でドームに横たわるエステバリスを見つめるイネスと
険しい目をして肩を震わせるアキトがいた。

「でも、この様子じゃ実験成功には程遠いようね…」

「アキト君!
 これはね…」

エリナが笑顔でその場を繕おうとするがアキトの険しい言葉がそれを遮る。

「…そういう事かよ。
 俺やイネスさんをモルモットにしようって事かよ…。
 汚ねえよ、ネルガルは!」

その言葉にエリナの顔色が変わる。

「モルモットですって!?
 …いいじゃない!
 どうせアンタ、半端なんでしょ!?
 人類の為よ、モルモットの方が立派よ!」

「…クッ」

エリナに反論できず俯くアキト。
その視線の先にはドームに横たわるエステバリス。

(…それが…アレかよ…)

エリナがアキトの手を取る。

「貴方なら大丈夫!
 きっと成功するわ!
 協力して!
 ね?」

「…っ!」

エリナの手を振りほどき、きびすを返すアキト。

「…失礼します」

そしてアキトはそのままアトモ社を後にする。

「止めないの?」

それを見送ったイネスがエリナに尋ねる。

「戻ってくるわよ、必ず。
 あの子、あのままじゃホントに半端になっちゃうから。
 カイト君と同じ才能を持ってるのにね」

「…アキト君、カイト君に憧れている節があるものね…。
 そしてそれが同時にコンプレックスにもなっている。
 つまり、それを解消してあげたいって事?
 …随分入れ込んでるのね」

「な、何言ってるのよ!?」

イネスのからかいに僅かに頬を染めるエリナ。
そんなエリナにクスクスと笑うイネスだったが、ふと真面目な顔に戻る。

「…それより、Mレポートなんだけど…。
 アレ、書いたのカイト君なんでしょう?」

「…!」

エリナの瞳が驚きに見開かれる。

「図星のようね…。
 ならカイト君に実験を頼めば良かったんじゃなくて?
 彼、自分の意思でジャンプ出来るんでしょう?」

「…協力してくれないのよ。
 『危険だ』の一点張りで」

エリナが肩をすくめてみせる。

「…そう、やっぱりね。
 何故、カイト君が生体ジャンプ実験を戒めていたか、分かる?」

「…え?」

「…もし、あのエステバリスが敵の母星に到達していたら?」

「!」

「当然、気付くわよね。
 地球のジャンプ実験に」

そしてそのイネスの言葉に答えるかのようにチューリップの周囲で爆発が起きる。

「フィールド・ジェネレーター破壊!」

「チューリップ内部よりディストーション・フィールド発生!」

オペレーターの叫ぶような報告が響く。

「そうなれば敵の考える事は実験の妨害…、そして破壊」

「…」

「…来るわ」

チューリップの中からゆっくりと迫り出してくるジンタイプ。
辺りが閃光に包まれる。

「…そんな…」

「カイト君は貴女や研究者の身の安全を考えて実験を戒めていた…。
 その気遣いも無用になったみたいね…」




ナデシコ・食堂


ナデシコ食堂ではクリスマス・パーティーの真っ最中であった。
朝、軍人となる事を突然告げられたクルーだったが、そこはナデシコクルー。
まずはとにかくパーティーを楽しめ、という訳で大騒ぎである。
クルーの何人かはコスプレまでしている。
その中の一人リョーコは20世紀の伝説的な映画俳優、
ブルース・リーのコスプレをしている。
公開から200年以上経つ古典だが、彼の人気はいまだ衰えていない。
カメラ小僧と化した整備班員を最初は煙たがっていたリョーコだったが、
興に乗ってきた今は要求に応えて構えを取ってみせている。

アチョーッ!!

「「「「「オオーッ!!」」」」」

…彼女の蹴りを喰らった整備班員が何故か嬉しそうに吹っ飛ぶのは気にしないでおこう。
そして、イズミのコスプレは『ヤツハカムラ』。
こちらも公開から200年以上になる古典だが、リメイクが重ねられている作品である。
つい先日
ビレッジ・オブ・ヤツハカ2197』(スペースオペラ風味)
が封切られたばかりである。
だが、どれだけリメイクされようともこの話の押しも押されぬ名シーン

祟りじゃ〜!

の部分は原作がそのまま使われている。
こちらでは玩具の刀と猟銃を持ったイズミにこれまた整備班員が追い掛け回されている。
逃げ惑う彼等の表情には鬼気迫るものがある。

「「「誰か助けてくれぇ!!」」」

…勿論助ける者など皆無である。
誰だって今のイズミに追い掛けられたくはないだろう。
一方ヒカルはゲキガンガーのナナコさんのコスプレをしていたが、
普段と違和感がない為、誰も気付いていないかもしれない。

「…いっそアキラ当たりのコスの方がよかったかな…」

そしてエステバリスのコスプレをしたユリカ。
だが、その表情はアキトの下船以来、重く沈んだままである。
誰かに話掛けられれば、ユリカはいつもの明るい笑顔で応対する。
しかし、その笑顔はどこか痛々しいものだった。
皆がその理由を知っている為、ユリカに必要以上に構う事はしなかった。
その他にも思い思いのコスに身を包んだクルー達。
当初、別会場で女性クルー限定のパーティーを企画していたアカツキも急遽合流し、
殆どのクルーが参加する賑やかなものとなっていた。
この場にいないのはヨコスカの街でデート中のカイトとルリ、
ナデシコを下船したアキト、そして仕事で出掛けているイネスとエリナだけだった。
パーティーのプログラムはつつがなく進行し、
特設ステージではカラオケ大会が行われていた。

「では3番、アサミ・ミドリヤマ、『レッツゴーゲキガンガー3』いきます!」

「「「「「「うぉぉぉぉぉっ! 待ってましたァァァァァッ!」」」」」」

整備班の地鳴りのような歓声に手を振って応え、アサミがステージに上がる。

「夢が明日を呼んでいる〜♪」

「「「「「L・O・V・E・ア・サ・ミ〜!!」」」」」

「魂の叫びさ、レッツゴー・パッション♪」

「「「「「パッション♪」」」」」

朝、ナデシコに合流したばかりだというのに既に馴染んでいるアサミ。
整備班の新たなアイドル誕生である。
そして盛り上がるステージを食堂の隅から見つめる二人。
ゴートとミナトである。
ミナトが手に持っていた紙を破り捨てる。

「…いいのか?」

「…いいのよ」

どこかすっきりした表情を浮かべるミナト。
そしてステージで熱唱するアサミを見ていたミナトがポツリと呟く。

「…あの娘、何処か似てるわね…」

「…?」

その呟きを耳にしたゴートがミナトに視線を向ける。
ゴートの視線に気付いたのか、ミナトはアサミを見つめたまま言葉を続ける。

「…カイト君に、ね。
 同じ雰囲気を持ってるというか…」

「…そうか?
 俺には全く違うように思えるが…」

「女の勘ってヤツよ」

「むぅ…」

ゴートは呻くように呟くと視線をアサミに戻す。
ステージではアンコールに応えたアサミが
ゲキガンガーのエンディングテーマを歌い始めていた。

(…ホント、そっくりよ…。
 二人とも笑顔の裏に何かを隠してるみたいで…)

ミナトは心の内でそう呟くと、軽く頭を振ってその考えを振り払う。

「行きましょ、ゴート。
 私達もパーティーを楽しみましょう?」

「む…」

ミナトはゴートの袖を引っ張り、パーティーの狂乱の中へと入っていった。




ヨコスカ・某レストラン


「メリー・クリスマス♪」

テーブルを挟み、向かい合って座るカイトとルリ。
言葉と共にカチンとグラスを触れ合わせる。
二人とも未成年なのでグラスの中身はカクテルジュースではあったが。

「…ルリちゃんと過ごすクリスマスに乾杯…なんてね♪」

「クス、カイトさんと過ごすクリスマスに乾杯…です♪」

微笑み合うカイトとルリ。
そしてカクテルジュースを飲み干す。
カイトは手に持っていた綺麗にラッピングされた箱をルリの前に置く。

「これ、クリスマスプレゼント♪」

デートの途中で1時間だけ別れ、互いのプレゼントを買っていたのだ。

「あ…、ありがとうございます…。
 開けてもいいですか?」

「うん。
 気に入って貰えるといいんだけど」

丁寧にラッピングを剥がすルリ。
包装紙の下から出てきたのは青い小箱。
そこには金糸でとあるジュエリーショップのロゴが刺繍されている。

(…もし、指輪とかだったらどうしましょうか…)

小箱を開けるルリの指が微かに震える。
チラリとカイトを見ると、いつも通りの笑顔を浮かべている。
意を決して小箱を開くルリ。
中身を見て、僅かに瞳が見開かれる。

「…綺麗」

ソレを摘み上げ、店内の照明に透かしてみる。
キラキラと光を反射する自分と同じ名を持つ蒼い石に見入るルリ。
自然と顔が綻ぶ。

「瑠璃石のイヤリング…、気に入って貰えたかな?」

前の時間でルリがしていたイヤリングに良く似たデザインのものである。
おおかたホリカワ准尉あたりからのプレゼントだったのだろう。
ルリによく似合っていた。
プレゼントを探していた時、これを見つけたカイトは迷う事無く購入していた。

「はい、とっても!
 あの、つけてみていいですか?」

「もちろん」

イヤリングをそっと耳元へ運ぶ。
そして反対側の耳にも。

「…似合いますか?」

「うん。
 …綺麗だよ、ルリちゃん(///)」

「あ、ありがとうございます…(///)」

頬を染めて微笑むルリ。
カイトの顔も僅かに紅潮している。
そしてルリもカイトの前にラッピングされた細長い箱を置く。

「これ、カイトさんにクリスマスプレゼントです。
 カイトさん程、気の利いたモノじゃありませんけど…」

「ありがと♪
 開けてもいいかな?」

「ハイ」

ラッピングを剥がすカイト。
ルリと違って包装紙が少し破ける。
包装紙を剥がすとシックな黒いケースが出てきた。
カイトはゆっくりと蓋を持ち上げる。

「…へぇ」

ケースの中身を見てカイトは感嘆の声を上げた。
この時代では滅多にお目にかかれなくなったものがあった。

「…気に入って貰えましたか?」

ルリが不安げな声でカイトに尋ねる。

「うん。
 ありがとう、ルリちゃん♪
 大切にするよ」

そう言うとカイトはケースの中身−白銀の懐中時計−を取り出した。
鎖を指に絡めて嬉しそうに時計を眺めている。

「…良かった」

そんなカイトをルリは安堵の表情を浮かべて呟いた。
プレゼントを探して立ち寄ったアンティークショップで一目見て気に入った懐中時計。
シンプルなデザインとその色がカイトに似合っていると思った。
勿論値は少々張ったが、そんな事は気にならなかった。

「…あれ?」

蓋を開いたカイトは裏側に文字が彫られている事に気付いた。

『2196.10.1』

それはナデシコ出航の日付だった。
そしてその下に刻まれた短い英文。

『Thanks to meeting』

カイトの胸の中に暖かい何かが満ちてくる。
ルリは僅かに頬を染めて、優しい眼差しでカイトを見つめていた。

「…ありがとう、ルリちゃん…」

この言葉だけで報われたと思えた。
ルリから貰ったこの言葉だけで時を越えた意味があったと思えた。

「…別に…それ程でも…(///)」

だからこの言葉を胸に刻みつけておこう。
カイトはそう心の中で誓った。
暫くすると料理が運ばれてくる。
普段からホウメイの料理を食べていて、知らず知らずに舌の肥えている二人ではある。
が、このレストランはホウメイの紹介という事もあり、十分満足できる料理であった。
最初こそ、出される料理に舌鼓を打ちながら談笑していたカイトとルリだったが、
徐々にルリの口数が減っていく。
それに気付いたカイト。

「…ルリちゃん、もしかしてあんまり美味しくない?」

カイトが僅かに声をひそめてルリに尋ねる。
その言葉にハッとなるルリ。

「あ、いえ、そんな事ないですよ」

「そう…?
 ならいいんだけど。
 …何か辛そうな顔してたから」

「…そんな顔、してましたか?」

「うん」

カイトが頷くとルリはナイフとフォークを皿に置く。
そして、周りのテーブルで自分達と同じ様に
食事をしながら談笑する恋人達や家族を見回す。

「…カイトさん。
 今、地球は戦争してるんですよね…?」

「うん」

カイトもルリに習ってナイフとフォークを皿に置く。

「…私達、何度も危ない目に遭いました。
 カイトさんなんか特に…」

「…うん」

「…なのに、何でここはこんなに平和なんですか?
 みんな、戦争なんて遠い世界の事みたいに…」

「…」

ルリが俯いて小さな肩を震わせる。

「…私達、何の為に戦ってるんですか…?」

「…ルリちゃん…」

「…私は7歳より前の記憶がありません。
 研究所にいた頃の記憶は思い出とも呼びたくないものばかりです。
 ナデシコに乗ってから…、
 カイトさんに私も"ヒト"だと言って貰ってからが私の大切な"思い出"…。
 それすらも戦争に埋め尽くされてます…」

カイトはただ黙ってルリの吐き出す慟哭を聞いていた。

「…どうして…みんな…」

"知らない振りできるんですか?"という言葉を飲み込むルリ。
カイトにはルリの慟哭の理由に思い当たりがあった。
ルリは強い。
心の闇を一人で抱え込み、それを処理してしまえる力を持っている。
だが、それは時に両刃の刃となる。
自らの処理能力を上回る問題を抱えても、それを外へ出せずに心へ溜め込んでしまう。
その果てにあるものは心の決壊。
ルリの慟哭は処理しきれない闇を抱え込み、心が軋む音だった。

(…その想い、一緒に背負うよ…)

簡単な事だった。
一人でどうしようもなければ、二人でどうにかすればいい。
だが、ルリはまだ知らないのだ。
悲しみや苦しみは誰かと分かち合えるものだという事を。
ならば、それを教えてやればいい。
そして、その"誰か"はすぐ傍にいる事も。
カイトはゆっくりと微笑み、口を開く。

「…皆も同じだよ」

「…え?」

「今、周りで笑ってる人達も皆戦ってる。
 好きな人と一緒にいたい…、家族で笑っていたい…。
 皆、一生懸命に自分の傍にある幸せを守る為に戦ってる。
 当たり前の幸せが、当たり前であるように戦ってるんだ」

「…」

「僕もルリちゃんと同じだよ…。
 ナデシコに乗ってからが僕のヒトとしての大切な思い出。
 僕はそれを守る為に戦ってる。
 例えそれが戦争に埋め尽くされていようとも。
 ナデシコというかけがえのない思い出を守る為に戦ってる。
 それはルリちゃんも同じじゃない?」

「…かけがえのない…思い出…。
 ナデシコ…」

カイトの言葉を反芻するように呟くルリ。

「…前に進む事が辛くなったら足を止めて振り返ればいい。
 僕は何時でも、どんな時でもそこにいるから」

「カイトさん…」

「君が悲しみに押し潰されそうになったら、それを一緒に背負うから。
 二人でいれば、嬉しい事や楽しい事は2倍になる…。
 そして悲しい事や辛い事は半分になるから…」

いつになく真剣な眼差しでルリを見つめるカイト。
その眼差しにルリの頬が僅かに紅に染まる。

「…私は貴方に頼ってもいいんですか…?」

カイトがコクリと頷く。
心がスッと軽くなるのを感じたルリ。

「…すいませんでした。
 変な事言っちゃって。
 もう大丈夫です」

ルリはそう言ってペコリと頭を下げる。
そして、顔を上げる。

「…」

そこには極上の微笑みを浮かべたルリがいた。
その微笑みに思わず見とれるカイト。

「…カイトさん?」

「…ハッ!?」

ルリの呼び掛けでカイトが戻ってくる。

「アハハ…、ルリちゃんが元気になってくれたならそれでいいよ」

ごまかし笑いをするカイト。

「クス…、ありがとうございます、カイトさん」

そして微笑み合う二人。
だが、暖かい時間は突如終わりを告げる。

緊急警報! 緊急警報!

それまでクラシックを流していた店のスピーカーから警報が鳴り響く。
店にいた全ての人間の目と耳がスピーカーに集中する。

《ヨコスカ市内アトモ社付近に木星トカゲが出現しました。
 A−8地区からD−4地区の市民の皆様は軍の誘導に従い、直ちに避難して下さい。
 また、その他の地区の皆様も緊急車両の通行の妨げとなりますので、
 車での移動はお控え下さいますようお願い致します。
 繰り返します…》

「「!!」」

はじかれたように立ち上がるカイトとルリ。

「行くよ、ルリちゃん!」

「ハイ!」

カイトはルリの手を引いて走り出す。
レジに支払いを叩きつけるように置くと一目散に店を飛び出す。

(…エリナさん、生体ジャンプ実験をやってたな…!
クソッ…もっと慎重な人だと思ってたのに!)

アトモ社の方角から黒煙が上がっているのが見える。
エリナのボソンジャンプに対する執着心を見誤っていたカイト。
データがあるからといって納得するような相手ではなかった。
カイトが知っていた前時間のエリナは"ナデシコ"のエリナであり、
この時間のエリナは"ネルガル"のエリナだったのだ。
心の中でエリナに毒付くと、突然ルリを抱え上げる。

「キャッ」

ルリが小さく悲鳴を上げるが、カイトはそれを無視する。

「スピード上げるよ!
 ルリちゃん、しっかり捕まってて!」

「…!」

コクリと無言で頷くルリ。
首筋に回された腕にギュッと力が込められる。
カイトはそれを確認するとナデシコの停泊しているドッグではなく
エリナがいるであろうアトモ社へと足を向けた。

(…最悪、僕がジャンプさせるしかないか…。
もっと有効な手を打っておくんだった…!)

カイトの行動は激戦区に生身で飛び込む事を意味していた。
そんな所へルリを連れていくのは気が引けたが、
ナデシコまで戻っている余裕はなかった。

(…ラピス、ナデシコのオペレートは任せるぞ!)

今頃、ナデシコも慌てて発進準備をしている事だろう。
カイトは緊急発進に四苦八苦しているであろう義妹に心の中でエールを送る。
悲鳴と怒号、そして爆音が轟くヨコスカをカイトが駆け抜けていく。
交差点を曲がろうとした時、カイトの嗅覚がある臭いを嗅ぎつける。
それはカイトにとって嗅ぎなれた臭いだった。

(…ッ!
…血の臭い…。
それに…タンパクが焦げた臭い…)

「…ルリちゃん…、目、つぶってて…」

「…ハイ」

素直に目を閉じるルリ。
ルリとて辺りに漂うこの臭いが何を意味するかは知っていた。
初めて間近に感じる戦争。
そして、死の恐怖。
ルリは込み上げてくる涙と吐き気を必死にこらえる。

(…怖い…怖い…怖い!)

感じた事のない恐怖に柔らかなルリの心が蹂躙される。
マシンであった頃のルリならば、死をこれほど恐ろしいと思う事はなかったろう。
だが、ヒトとなった今のルリにとって生命の喪失はこのうえなく恐ろしいものだった。

(カイトさん…カイトさん…!)

心の中でカイトの名前を魔除けの呪文のように唱え続ける。
ルリはしがみつく腕にさらに力を込め、カイトの胸に顔を押し付ける。
その想いに応えるかのように、カイトが口を開く。

「…大丈夫だから…、ルリちゃんは必ず守るから…」

震えるルリの身体を一層強く抱き締め、カイトは走り続ける。
カイトにはヨコスカの街が前時間で自らが滅ぼした
火星のコロニーの廃墟にダブって見えていた。

崩れ落ちる建物。
炎を噴き上げる車。
ヒトの形を留めぬ亡骸。
動かなくなった母親にしがみつき、泣き喚く子供。
有史以来、戦争で一番悲惨な被害を受けるのは決まって一般市民である。

それらを目の当たりにしたカイトの表情が険しくなる。
憎悪が篭められた眼差しで、ヨコスカを蹂躙する2体のジンタイプを睨みつける。
が、カイトはすぐにかぶりを振って呻く。

(…でも…、僕に彼等を憎む資格なんてない…!
僕だって…、復讐の名の下に…あの時、同じ事をした…!)



火星のコロニーでは逃げまどう市民を撃ち、
必死の命乞いをする民間船を叩き落としたカイト。
戦場という地獄に更なる絶望をもたらし、駆け抜ける"白"。
カイトは"白"のコクピットの中で薄笑いを浮かべてトリガーを引き続けていた。
そこには、いつしか殺戮に酔いしれるカイトがいた。
心の深奥に巣くう闇を恐れ、壊れていく自分に恐怖し、
ユーチャリスの中で声を上げて泣いた事も一度や二度ではなかった。
そして泣いた後に必ず訪れる耐え難いまでの"絶望"

−"ルリがいない"−

それが心に刻み込まれる度に、カイトの心は闇に侵食されていった。
カイトはその現実に背を向け、また"白"のコクピットに向かう。
そして薄笑いを浮かべ、トリガーを引き続ける…


その連鎖の果てにカイトの中に生み出された修羅。
黒と紅の憎悪の焔を背負いし白き復讐者。



(…皆殺シニシテヤロウカ…)

ゾワリ、と心の奥で"闇"がうごめく。

(…駄目だ…。
"お前"にはこの世界で生きる場所はないんだ…)

自分の内側で暴れ回る破壊衝動を必死に押さえ付けるカイト。
ギリ…、と噛み締めた歯が唇を裂き、そこから血が流れ落ちる。

「…?」

ルリは唇に落ちてきた生暖かい水滴に気付く。
そして半ば無意識に舐め取ったその水滴。
それは苦い鉄の味がした。

(…これは、血…?
…もしかして…カイトさん、怪我を!?)

恐る恐る閉じていた瞳を開く。
そこにはキツく唇を噛み締め、口元から血を流すカイトがいた。
険しい表情のカイト。

(…カイトさん…、怒ってるの…?
…違う…、これは…悲しみ…?)

カイトから伝わる激情の波。
ルリにはそれがに言いようのない悲しみに見えた。

『…君が悲しみに押し潰されそうになったら、一緒にそれを背負うから』

『二人でいれば嬉しい事は2倍に、悲しい事は半分になる』

カイトの言葉がルリの脳裏をよぎる。

(…私も同じ気持ちです…。
だから…、貴方のその悲しみ…分けて下さい…)

ルリはそっと手を伸ばし、カイトの唇に指先を触れさせる。
そして流れる血を拭う。

「…ッ!?
 ルリちゃん!?」

突然唇に触れられ、驚くカイト。
思わず足を止め、腕の中のルリへと視線を落とす。
真っ直ぐに自分を見つめ返す金色の瞳。
しばしの沈黙の後、ルリが口を開く。

「カイトさん…。
 私には貴方を襲う苦しみや悲しみから貴方を守ってあげる事は出来ませんけど…、
 貴方と一緒に苦しむ事くらいなら私にも出来ます…。
 だから、そんなに悲しい顔、しないで下さい…。
 二人でいれば悲しみは半分になる…、ですよね…」

そう言ってルリは微笑む。
多少、その笑顔は引きつってはいたが。

「…ありがとう」

初めて戦場の真っ只中に出てきたルリ。
顔色は真っ青で、身体もまだ震えている。
怖くないはずがないのだ。
それでもルリはカイトに微笑んで見せた。
己の心の闇と戦っていたカイトにとって、これ程心強い味方はなかった。


−"ここには希望(ルリ)がいる"−


(…なら僕は闇などに呑まれはしない…。
この娘が傍にいてくれるなら…)

カイトは腕の中のルリをギュッと抱き締める。

「…んっ」

ルリが僅かに身じろぎし、声を漏らす。
だが、首筋に回されたその手から力は抜けていない。
逆に抱きしめる手に力を込める。

(私は貴方の傍にいますから…)

そんな想いを込めてルリはカイトを抱き締める。
その小さな手から暖かなルリの想いを感じるカイト。
交わす言葉は無くとも想いが通じ合った二人。

(ありがとう、ルリちゃん…)

カイトはルリを抱え直すと再び走り出した。




ヨコスカ市街・戦闘区域


パーティー会場に警報が響いてからものの数分で戦闘体制に移行したナデシコ。
この切り替えの速さもクルーの非凡さを示していた。
しかし、今回の戦場はヨコスカ市街のど真ん中。
ナデシコに出来たのはエステバリス部隊を発進させる事ぐらいだった。
そのエステバリス部隊も敵の新型に苦戦を強いられていた。

「何あれ!?
 ゲキガンガー?」

エステバリスの有に数倍はある巨体でヨコスカの街を暴れ回るジンタイプ。

たぁーっ!!

リョーコが先陣きって砲戦フレームを突っ込ませる。
しかし、分厚いディストーション・フィールドによって突進は阻まれる。

「クッ…、まだまだぁーっ!
 喰らえっ!!」

フィールドにライフルの銃身を突き刺し、撃つ。
だが、砲弾が届く前にジンタイプの姿が消える。

「何ぃ!?」

そしてリョーコ機の背後に現れるジンタイプ。

うわぁぁぁぁぁっ!

再度展開されたフィールドにリョーコ機が弾き飛ばされる。

「リョーコ!」

ヒカルが援護射撃を加えるが、それもフィールドに弾かれる。
そして再び姿を消す。

「ヒカルさん、後ろ!」

「…!」

突然響いたその声にヒカルが慌ててエステバリスをダッシュさせる。
ジンタイプの胸から発射されたレーザーがヒカルが数秒前までいた場所をなぎ払う。

「何よ、訳わかんないよ〜!
 なんで消えるの〜!?」

「ヒカル、援護するぜ!
 …喰らえ!
 ガァイ…(略)…ナッパーァァァァァッ!」

だが、ガイの一撃もフィールドに阻まれる。

「何の!
 もう一丁!
 ガァイ…(以下略)!」

ガイ機がフィールドを突き破って、ジンタイプに迫る。
しかし、その拳は空を切る。

「んなっ!?」

「ヤマダ君!
 後ろだ!」

空戦フレームに乗り、戦場を俯瞰していたアカツキの指示が飛ぶ。

「お、おう!
 …それとな、ナガレ!
 俺様の名前は…」

「あ〜、分かった、分かった!
 ダイゴウジ・ガイ君だったね…」

「てめーら、ちったぁ状況を考えやがれ!!」

いつものように軽口を叩き合ってはいたが、
ジリジリと追い詰められていくエステバリス部隊。
既に攻撃は諦め、今は回避に専念していた。
連合軍の地上部隊は既に全滅しており、
ヨコスカを守る盾はナデシコのエステバリス部隊だけとなっていた。
ブリッジにも重たい沈黙が流れる。
流石のユリカも、市街地−すなわち市民−を盾にとり、
暴れ回るジンタイプには手をこまねいていた。
そしてアキトもまだヨコスカにいるかもしれないのだ。

(…どうしたらいいの…?)

「艦長!
 カザマを呼び戻しなさい!
 アイツならあんなヤツ、簡単にやっつけられるでしょ!?」

ムネタケが叫ぶ。
それに答えたのはメグミだった。

「さっきからやってます!
 …でも、繋がりません!」

「ルリちゃんは!?」

「同じです!」

「…そんな…まさか…」

ユリカだけでなく、ブリッジが静まり返る。
そこへ不意に通信が飛び込んでくる。

『皆さん、落ち着いて下さい。
 私が前に出ます』

「「「「「「…え?」」」」」」

その声はカイトではなかった。
だが、カイトと同じく場を安心させる響きを持った声。
アサミだった。

「アサミちゃん!?」

後方からの援護射撃に徹していた藍色のエステバリスが通信と共に猛然とダッシュする。
ジンタイプがレーザーで迎撃するがそれを避けると
フィールドの切れ目へと飛び込んでいく。
肉薄すると左腕のギミックからワイヤーを撃ち出し、ジンタイプに取り付く。
そして頭部に向けてライフルを連続で叩き込む。

『…繋がっていれば、いくら"跳躍"しようとも同じ事です!』

そしてアサミ機を張り付けたまま、三度姿を消すジンタイプ。
そして出現したジンタイプは地響きを立てて倒れ込む。
ジンタイプの胴体にめりこんだ藍色のエステバリス。
アサミ機はゆっくりと剥がれ落ち、地面に叩き着けられる。
その光景がスローモーションのようにリョーコ達には見えた。

「新入りーっ!
 おい、新入りーっ!!
 返事しろ、アサミーっ!!!」

「…無理よ。
 コクピットがえぐられてる…」

「そんな…」

コクピットやブリッジから音が消える。

「…コクピットに生命反応なし…」

ラピスの報告が冷たく響く。
表情こそ変わらないものの、ラピスの瞳からも一筋の涙が零れる。
それがナデシコに初めての"戦死者"が記録された瞬間だった。



その頃、カイトとルリはビルの隙間を縫ってアトモ社を目指していた。
そしてアトモ社まで後僅かと迫ったところで
道端に座り込んでいた見知った顔を見つける。

「…テンカワさん?」

「…ルリちゃん?
 それにカイト…?」

ルリの声にアキトが顔を上げ、力なく二人の名を呟く。
カイトはアキトがここにいる事でおおよその事情を悟っていた。
前時間と同じようにエリナがアキトを生体実験に誘ったのだという事に。

「テンカワさん、ここは危険ですよ?
 早く逃げて下さい」

「カイト達はどうするんだよ?」

「この先にネルガルの子会社のアトモ社があります。
 そこの実験ドームがシェルターにもなってますから。
 ルリちゃんを預けたら、そこのエステで出撃します」

言葉の中にキーワードを交えて話すカイト。
それに気付いたのかアキトの目が見開かれる。
その時、一際大きな破砕音が当たりに響く。
ハッとなって振り向く三人。
視線の先にはジンタイプにめり込んだ藍色のエステバリスが映る。

「…アサミさんが…」

呆然と呟くアキト。

「アサミさん?」

不思議そうな表情を浮かべるルリ。

「今日配属になったパイロットだよ。
 …あの機体に乗ってたみたいだね…」

僅かに表情を歪めるカイト。
そしてこの場に現れた第4の気配にも同時に気付いた。

(…やっぱり、ここに来てたんだな…)

ルリもカイトと同じように表情を歪める。

「…俺の代わりになって…」

沈痛な表情で俯いてしまうアキト。

「俺は…、俺は何でいつも大事な時に何もできないんだよ…」

ガックリと膝を落とし、地面に拳を叩きつけるアキト。

「…顔を上げて下さい、アキトさん」

カイトの静かな声が響く。
その声にアキトが顔を上げる。
ルリもカイトを見上げる。

「…ここまで来る途中、たくさんの人が死んでるのを見ました。
 死んだ母親に泣いて縋る子供にも…」

「…!」

ビクリと肩を震わせるアキト。

「貴方がユートピア・コロニーで最後に見た光景もこんな感じだったんでしょう…」

「…何が…言いたいんだよ…?」

「…ユートピア・コロニーの惨劇を繰り返すつもりですか?」

「…でも、俺には…」

アキトの言葉をカイトが遮る。

「…大丈夫。
 貴方には力がある。
 そしてその力でしか出来ない…、いえ、やらなければならない事がある」

「…カイト…お前…何でそんな事を…?」

そのアキトの問い掛けに答える事なくカイトは夕焼けの空を見上げる。
街を包む炎の紅と混じり、泣きたくなるほど綺麗な"朱"だった。

「…時間がありません。
 決めるのはアキトさん、貴方です。
 貴方が力を示せば、救える生命はまだたくさん残ってます」

アキトを決断させたのはその一言だった。
両親を失い、アイちゃんを失い、そしてナデシコまでも…。
そこへ差し込んだ一条の光。

『まだ自分にも誰かを救う事が出来る』

カイトの言葉はアキトの心をしっかりと捉えた。
アキトは顔を上げる。

「うん、その表情(かお)の方がアキトさんらしいですね」

カイトが微笑み、アキトもそれに応える。

「…俺、行ってくるよ」

「ええ、よろしくお願いします。
 …あ、それとルリちゃんを連れていって貰えますか?」

「え!?
 カイトさん?」

ルリが狼狽した声と表情でカイトを見る。
一緒にアトモ社へ向かうものだとルリは思っていたが、
カイトには何か別の思惑があるようだった。

「…頼みましたよ、アキトさん」

ルリの抗議を無視するとカイトはアキトの自転車の荷台にルリを座らせる。
最もルリは握り締めたカイトのコートを離す事はなかったが。

「…わかった。
 任せてくれ」

カイトの瞳からその決意を読み取ったアキト。

(…この目をしたカイトは止めちゃいけない…)

アキトの視線の先ではルリがカイトに詰め寄っていた。

「ルリちゃん、手を離すんだ」

「嫌です!
 …カイトさん、また何か無茶するつもりです!
 連れて行ってくれないなら、私、絶対離しません!
 もし、カイトさんが帰ってこなかったら…私は…」

「…ごめんね」

カイトはジャケットを握り締めるルリの指を丁寧に外していく。
ルリも離すまいと指に力を込めるがカイトと力の差は歴然としている。
いとも簡単に引き剥がされてしまう。

(…カイトさん…)

ルリは唇を噛み、俯く。
その小さな肩が震える。
カイトの無茶を止められない自分が情けなかった。

(貴方の力になりたいのに)

だがカイトはルリを置いていこうとする。
そんなルリの想いを見て取ったカイトはルリの肩にそっと手を置く。

「…?」

ルリが顔を上げるとカイトの優しい笑顔がそこにはあった。

「前にも言ったよね?
 何があっても僕は必ずルリちゃんのところへ帰ってくるよ。
 …僕の帰る場所はルリちゃんの隣だけだから」

カイトはそう言うとルリの額にそっと口付ける。

「…あ(///)」

何が起きたのか分からず、一瞬硬直するルリ。
そしてカイトの行為とその意味を理解した時、頬が紅潮する。

「…カ、カイトさん!?
 な、何を…!?」

「…約束の証」

笑うカイトの頬にもやや赤みがさしている。
が、すぐに真顔になりアキトに視線を向ける。

「…行ってください、アキトさん」

「…!?
 お、おう!
 ルリちゃん、しっかり掴まってててね!」

心なしかアキトの頬も赤い。
ルリが腰に手を廻した事を確認するとアキトは自転車をこぎ始める。

「…カイトさん」

ルリが荷台でポツリと呟く。
アキトからルリの表情を伺う事は出来ないが、
どんな想いで小さくなるカイトを見つめているのかは容易に想像できた。

「…大丈夫だよ」

「え?」

「…カイトが帰ってくるって言ったんだ。
 だったら、絶対帰ってくるよ」

「…そうですね」

アキトの言葉にルリの声もいつもの調子に戻る。

(でも、何でボソンジャンプの事をカイトは知ってたんだ…?
 カイト…、お前は一体何を知っているんだ…?)

アキトはカイトの言葉を思い出しながら自転車を漕ぎ続けていた。




  後編に続く



  後書き


村:ども、村沖和夜です。
  RWK第13話『運命を背負いし者達の詩』(中編)をお送りしました!

ユ:皆さん、こんにちはーっ!
  テンカワ・ユリカでっーす!
  今回から後書きのメインキャスターになりました!
  応援よろしくっ♪ ぶいっ!!

村:おお、ユリカさん…(感涙)
  …ん、待てよ…?(疑惑)

ユ:ほぇ?
  作者さん、どーしたの?
  そんなに見つめられたらユリカ、照れちゃうな〜(///)

村:…ホントにユリカさん?
  まさかルリさんの変装とか…

ユ:あ、作者さん疑ってる〜!

村:(じぃ〜)…怪しい…証拠は?

ユ:…もう!
  いい加減にしないと怒るよ!(怒)

村:…ぅ(怯)
  でも…

ユ:“でも”も“へちま”もないの!
  しつこい男の人は嫌われるよ!

村:…はい(渋々)

ユ:ん、よろしい♪

村:(…よく考えたらルリさんがあんなにスタイルいいはずないか)

ユ:…作者さん、女の子の胸とかお尻とか凝視する人はもっと嫌われるよ…(軽蔑)

村:…ご、誤解ですよ!
  ただ僕はユリカさんはスタイルいいなー、とか思ってただけで!
  決してやらしい目で見ていた訳では!(焦)

ユ:やっぱり見てたんだね

村:…スイマセン(土下座)

ユ:今回は見逃すけど次はないからね!
  私の胸とかお尻を見ていいのはアキトだけ!
  だって私の全てはアキトのものなんだから♪(はぁと)

村:ルリさんと違って健気だなぁ…(再び感涙)
  ルリさんならカイト君の所有宣言したあげく、
  問答無用でブッ飛ばされるからなぁ…(しみじみ)

ユ:あ、作者さん!
  そろそろお話の内容にいかないと!
  時間なくなっちゃうよ!

村:そうですね。
  では、今回のお話のキーパーソンについてから話しを始めましょう。

ユ:13話のキーパーソンと言えば…やっぱりアサミちゃんだね!
  行動自体は前の”彼女”と同じなんだけど…

村:ボソンジャンプに巻き込まれるとこまで一緒ですな。
  彼女の正体は後編で明かされます。
  …スイマセン、もうバレバレだとかは言わないで…(哀願)

ユ:…アハハ、作者さんガンバ!
  でも、中編でも彼女の正体の手掛かりはちょっと出てるよね。
  アレはワザと?

村:ワザとです。
  そういう書き方がカッコイイかなって。
  …スイマセン、重ね重ねもうバレバレとか言わないで…(哀願+土下座)

ユ:…あらー、そんな事してたら時間なくなっちゃった…。

村:むぅ…、では次回予告をお願いします。

ユ:ん、わかった。
  それでは次回のRWKは!

   『運命を背負いし者達の詩』(後編) !

    『…それでも僕はあの娘を…、ルリちゃんを愛している…』

  をお送りします!
  わ、カイト君、ついに告白するのかな?

村:それではここまでお付き合い下さった皆さんに感謝しつつ…

村・ユ:後編でお会いしましょう!











村:…(キョロキョロ)

ユ:どしたの?
  急にソワソワしたりして。

村:いえ、いつもならこの当たりでドッカーン、もしくはユラ〜リと…

ユ:???



(15分経過)



村:…何も出ない…、平穏無事に過ごせた…(三度感涙)



   さて作者の平穏は後編も続くのか…








[戻る][SS小ネタBBS]

※村沖 和夜さんに感想を書こう!
メールはこちら[kazuya-muraoki.0106@hotmail.co.jp]! SS小ネタ掲示板はこちら


<感想アンケートにご協力をお願いします>  [今までの結果]

■読後の印象は?(必須)
気に入った! まぁまぁ面白い ふつう いまいち もっと精進してください

■ご意見・ご感想を一言お願いします(任意:無記入でも送信できます)
ハンドル ひとこと