機動戦艦ナデシコ
〜Return of the White Knight〜




第9話 白クマ救出大作戦(後編)



ナデシコ・食堂


「…落ち着いたかい?」

ホットミルクを飲み終え、
マグカップをテーブルに置いたラピスにホウメイが声をかける。

「…ウン」

コクリと頷くラピス。
だが、また直ぐに俯いてしまう。

「お代わり、いるかい?」

「…ウン」

「あいよ、ちょっと待ってな。
 直ぐに持ってくるから」

ホウメイは微笑み、ラピスの頭を優しく撫でると席を立つ。
ラピスは義兄と義姉とは別種の優しさを持つホウメイが好きだった。
ナデシコにやって来た後、カイトとルリに連れられて艦内を回っていた時、
食堂で引き合わされたラピスとホウメイ。

「おう、カイトにルリ坊!
 …その子かい、新しく来たカイトの義妹ってのは?」

「ええ。
 …ラピス、自己紹介」

「…ラピス=ラズリ・カザマです。
 …よろしくお願いします」

「よろしくね!
 アタシはホウメイ。
 ナデシコ食堂の料理長をやってる。
 ところでラピ坊、アンタ出身は何処だい?」

「ラピ坊…?」

耳慣れない呼び名にキョトンとするラピス。

「アンタの事だよ。
 …嫌だったかい?」

フルフルと首を振るラピス。

「ならそう呼ばせて貰うよ。
 で、アンタの出身地は?」

「…知らない」

その時のカイトとルリの表情を見て、
聞かない方がいい質問だった事を理解したホウメイは質問を変える。

「なら、好きな食べ物はあるかい?」

「好きな食べ物…?
 カイトの作った料理は全部好き」

「おやおや…。
 カイト、ルリ坊の他にこんな子まで引っ掛けて来たのかい?」

ホウメイのからかうような言葉にカイトの頬がサッと紅潮する。
隣にいたルリも同じように頬を染めるが、カイトを見る視線は冷たい。

「ホ、ホウメイさん…」

「アハハハッ!
 いいじゃないか、カイト!
 好きな食べ物に自分の料理を上げて貰えるなんて料理人冥利に尽きるじゃないか!」

豪快に笑うホウメイ。
何故かホウメイの中ではカイトは料理人になっている。
カイトとルリもつられて微笑む。
周囲を知らず知らずに温かい雰囲気に出来る人。
言葉にすれば陳腐だが、実際にそれを出来る人物は数少ない。
その数少ない実例がこのホウメイだった。

「…?」

話の展開に着いて行けずに、キョトンとした表情で視線をさ迷わせるラピス。

「…ラピス、アンタにも好きな人が出来れば、
 手料理くらい教えてやるからいつでもおいでよ?」

コクリと頷くラピス。

「好きな人…」

チラリとカイトに視線をやり、ラピスが僅かに頬を染める。

「おやおや!
 ルリ坊、ライバル登場だね!」

それを見たホウメイが面白そうに笑う。

「…知りません」

頬を染めてそっぽを向くルリ。

「…え?何?
 どーしたの、ルリちゃん、ラピス?」

今度はカイトが視線をさ迷わせる。

「アハハハッ!
 ルリ坊もラピ坊もこんな朴念仁が相手じゃ大変だ!」

裏表を感じさせない豪快で温かな笑顔が印象的だった。
その大きくてゴツゴツした手で頭を撫でて貰うのが好きだった。
ラピスがホウメイとの最初の出会いを思い出していると
ホウメイがホットミルクのお代わりを持って戻ってくる。

「お待たせ、ラピ坊」

「ありがとう、ホウメイ」

再びマグカップに口を付ける。
そしてマグカップを置いた事を見計らい、ホウメイがラピスに話し掛ける。

「…で、何があったんだい?」

「ウン…」

そしてポツリポツリと先程の出来事を話し始めるラピス。
その間に堪えたはずの涙がまた溢れ出す。

「なるほどねぇ…、で、ラピ坊は二人に嫌われたんじゃないか、と思った訳だ」

「ウン…」

「…安心しなよ、あの二人がアンタの事、嫌いになるはずないじゃないか」

「でも…二人とも何も言ってくれないし…」

ラピスがそう呟き、俯く。
そんなラピスを優しい目で見つめるホウメイ。
その時、食堂の入口に立っている男女の姿に気付く。
その二人にも聞こえるよう、少し大きな声でラピスに話し掛ける。

「…それにね、ラピ坊。
 カイトとルリ坊もアンタが二人を好きなのと同じくらい、
 アンタの事が好きなんだよ。
 …後ろ、見てみなよ」

ホウメイの言葉を不思議に思い、振り向くラピス。

「…?
 あ!」

食堂の入口には僅かに頬を紅潮させたカイトとルリが立っていた。

「カイト…、ルリ…」

二人がラピスの元へ歩み寄る。

「「ごめん(なさい)」」

二人がラピスに頭を下げる。

「ラピスがそんな風に思ってたなんて知らなかった。
 ごめんな、ラピス」

「私もです。
 ごめんなさい、ラピス」

頭を下げるカイトとルリに戸惑うラピス。

「ラピ坊、アンタも言う事あるんじゃないのかい?」

ホウメイの言葉にハッとなるラピス。

「…ごめんなさい」

ラピスも頭を下げる。
そして頭を上げ、一番聞きたかった事をたずねる。

「カイトとルリは私の事…」

「…好きだよ、ラピス」

「…私も好きですよ」

二人の言葉を聞いたラピスが顔をパッと輝かせる。

「カイト!ルリ!」

ラピスが二人の間へ飛び込む。

「おっと…」

カイトがラピスを受け止め、ルリも二人を支える。
また泣き出したラピスの頭を撫でるカイトとルリの様子を見たホウメイが優しく微笑む。
そしてハタと気付く。

「そういや、アンタ達、待機はいいのかい?」

「はい、ユリカさんがラピスの所へ行ってこいと…」

「出撃までは待機を免除して貰いました」

カイトとルリがそれぞれ答える。

「そうかい…、ならアンタ達も座りな!
 何か作ってやるよ」

「「ありがとうございます」」

そう言って微笑むカイトとルリ。
その間で嬉しそうに笑うラピス。

「フフッ、そうしてると兄妹というより家族みたいだね、アンタ達」

カイト17歳、ルリ12歳、ラピス7歳。
年齢や外見には随分無理があるが、身に纏った雰囲気からはそう見えない事もない。
ホウメイの言葉にサッと頬を染めたカイトとルリ。
食堂へ来てから、何度も赤くなった二人ではあったが、
今回はトマトのように盛大に真っ赤になっている。

「アハハハッ!
 ゆっくりしてっておくれよ!
 カザマファミリー!」

「「…」」

「…?」

厨房へと消えていくホウメイ。
それを無言で見送るカイトとルリ。
ホウメイの言葉の意味を理解できずキョトンとするラピス。
その後、食堂で談笑する3人にホウメイやホウメイ・ガールズが加わり、
騒がしい時間を過ごす事になった。
その間中、3人は散々からかわれる事となったが…



ナデシコ・ブリッジ


当然と言うべきか、東側の水道にもトカゲはいた。
ただし、戦艦が待ち構えていた西側水道とは違い、
バッタで構成される無人兵器群ではあったが。

「現状報告お願い」

「本艦は岩礁地域に進行中」

ユリカの要求にルリが答える。

「…こんなトコで足止め食ってる場合じゃないのよ。
 親善大使が飢え死にしないように急いで頂戴」
ムネタケがボソリと呟く。

「んも〜、そんな事言ったって…」

「その前に燃料とかなくなって凍え死んじゃうんじゃないですか?」

ミナトとメグミがムネタケの呟きに不満げな声を漏らす。

「…ああ、その心配はないわね」

「「「「「「「え?」」」」」」」

ムネタケの呟きにブリッジクルーの目が集中する。

「と、とにかく急ぐのよ!」

自らの失言に気付いたムネタケが声を張り上げる。

(…クマですし、確かに凍え死ぬ心配はないですね…)

ムネタケとカイト以外に唯一大使の正体を知るルリは心の中で呟く。
その時、セフィランサスで待機していたカイトがブリッジにウインドウを開いてくる。

「ユリカさん、大使の島の座標を教えて下さい。
 包囲網を突破して大使を救出してきます」

「カイト…」

それまで、自分のシートでルリのサポートをしていたラピスが始めて声を発する。

「…座標はマップA−13を参照。
 他6機はカイト機の突破を援護!」

カイトのセフィランサスならば重力波ビームの圏外に出ても探索が可能である。
どういった形になっても大使捜索はセフィランサスが
鍵になると考えていたユリカは即座に決断する。

「「「「「「了解!」」」」」」

次々とエステバリスがハッチを飛び出し、最後にセフィランサスが飛び立つ。

「カイト!
 無茶はするなよ!」

バッタの包囲網を突き抜けていくセフィランサスにアキトが通信を送る。

「アキトさんも!
 ナデシコをお願いします!」

「おう!」

セフィランサスは瞬く間にナデシコから遠ざかっていく。

「メグちゃん、セフィランサスに通信開いて」

「…?
 あ、そうか♪
 はい!」

通信可能範囲ギリギリのところでユリカがメグミに指示を出す。
一瞬怪訝そうな表情を浮かべるメグミだが、
すぐにユリカの意図に気付き笑顔になる。
ミナトもその意図に気付き笑う。
プロスやジュンもその意味が分かったのか笑みを浮かべる。

「「…?」」

ユリカの意図を理解できていないオペレーター姉妹。
微笑むブリッジクルー達を見て?マークを浮かべる。

「ナデシコ、こちらカイト。
 どうかしたんですか?」

ルリとラピスの前にカイトのウインドウが現れる。

「…って、ルリちゃんにラピス?」

ルリとラピスが現れた事に驚くカイト。
ユリカかメグミ辺りからの作戦に関する通信だと思っていた為である。
ルリはそこで皆の笑顔の意味を知る。

「ラピス、カイトさんに」

「ウン。
 …カイト、気をつけて…」

ルリに促され、ラピスがおずおずと言葉を紡ぐ。

「…ラピス」

「カイトさん、くれぐれも無茶はしないで下さいね?
 無茶したら…"お仕置き"です」

ルリの言葉にカイトの笑顔が凍りつく。

「…ハハハ、了解♪
 必ず大使を連れて帰るよ」

ウインドウ越しにもはっきりと見て取れる程の冷や汗を流すカイト。
今や地球圏最強のパイロットであり、"妖精の白騎士"の二つ名を持つカイトが
最も恐れているのが、ルリの『お仕置き』だという事はナデシコクルーの間では
公然の秘密になりつつあった。
その後、他のブリッジクルーの激励を受けた後、カイトとの通信が切れる。

「カイト機、通信圏内から離脱しました」

「…大丈夫なの、アイツに任せて…?」

ムネタケの呟きにユリカが能天気な声で答える。

「大丈夫です!
 アキトも助けて貰ったし、大使さんもきっと助けてくれます!」

「…?」

月宙域でのアキト救出の顛末を知らないムネタケは怪訝そうな表情を浮かべるが、
それ以上は何も聞いてこなかった。

(…確かにそうですが…。
艦長、今の発言、テンカワさんをクマと同列にしましたよ?)

ルリの心の呟きを余所に船外ではエステバリス部隊とバッタの戦いが続く。

「テンカワ君、そっちに行ったぞ!」

「了解!
 このヤローッ!」

ガァイ・トルネェェド・ハァリィケェェェン・ナッパァァァァッ!!

アキト、ガイ、アカツキは上空のバッタを迎え撃つ。
ガイの必殺技が新しくなっていたが、以前と何が違うのかその見分けは誰にもつかない。

「ガイさん、新しい技ですね♪」

ただ一人、メグミが歓声を上げる。

「あ、あのメグちゃん…?
 おねーさん、何処が違うのかよく分からないんだけどな…?」

ミナトが額に汗を張り付けメグミにたずねる。

「…?
 『ガイ・スーパー・アッパー』と『ガイ・トルネード・ハリケーン・アッパー』
 の違いですか?」

(((((フルネーム言っちゃったよ、この人…。しかも両方…)))))

ブリッジがある意味どよめく。

「『ガイ・スー…(以下略)』は技に入る時の構えがこうで…」

ポーズの実演をして見せるメグミ。

(((((…何でポーズまで出来るんだ?)))))

「『ガイ・トルネー…(以下略)』はこうです!」

ビシリ、と先程と変わりないポーズを決めるメグミ。

「…そ、そぉなんだ。
 ハハ…おねーさん、良く分かったわ…」

ミナトが乾いた笑顔を浮かべる。

(((((…だから、どこが違うんだ…?)))))

だが、その疑問をぶつけてしまえばイネスも真っ青の説明地獄が始まるに違いない。
そう直感した皆は黙り込む。

「あ、第3の必殺技も近日公開だって言ってましたよ♪
 …どんなのだろう?
 楽しみだな♪」

メグミの満面の笑顔とその言葉にブリッジの空気が凍る。

(((((…もう勘弁して…)))))

ブリッジクルーの切なる願いだった。

「ねえねえ、ジュン君。
 メグちゃんて趣味変わってるよねえ…?」

ユリカが隣のジュンに小声で話し掛ける。

「ハハ…、そうかもしれないね…」

(ユリカの趣味も十分変わってると思うけど…。
アキトもフィールド・アタックの時、『ゲキガン・フレア』って叫ぶし…)

などとはおくびにも出さず、乾いた笑みを浮かべるジュン。

「やっぱそう思うよねえ」

賛同者を得た事で満足したユリカがウンウンと頷く。

「「…バカばっか」」

オペレーター姉妹の呟きが誰の耳に届く事なく、この一件を総括する。
ところ変わって海中では、ブリッジで交わされる会話には気付かず、
リョーコ、ヒカル、イズミの3人が戦闘中だった。

「行くぜ、フォーメーション金鳳花!」

海中に潜むバッタの群れの周囲を3機のエステバリスが高速で周回する。
その水流に巻き込まれ、空中に噴き上げられたバッタを
フィールド・アタックで撃破する。

(名前を付けるならこういうのだと思いますけどね…。
あ、『金鳳花』って名前かな…)



A−13区域


ブリッジでメグミによるガイの必殺技の講義が行われていた頃、
カイトはA−13区域に到達していた。

「…大使、大使っと…」

ブリザードの中、ビーコンの信号を頼りに大使を捜すカイト。

「…ん?」

センサーに赤い光点が一つ、猛スピードでこちらにやってくる。

(…バッタにしちゃ速いな…)

そのスピードからヘッドオンでの撃破は無理と判断し、
セフィランサスを衝突軌道から避けさせる。

(新型…!?)

すれ違い様に見たその機影はバッタより幾分大きい。
カイトは急制動から反転、レールキャノンを構える。
カイトがロックした時、新型バッタはまだターンを始めたばかりだった。

「貰った!
 …ッ!」

トリガーを引こうとした瞬間、機械特有の無機質な殺気を全身に感じるカイト。
その直感に従い、セフィランサスに回避行動をとらせる。
軌道をずらした瞬間、セフィランサスが直前までいた場所を
赤いレーザーが通り過ぎる。

「大口径レーザー!?」

その膨大なエネルギーに焼かれた大気がセフィランサスを震わせる。
戦艦クラスに搭載されるレーザーを新型バッタは積んでいたのだ。
直撃を貰えば、さすがにセフィランサスの装甲でも易々と切り裂かれるだろう。

「トリガー引いてたら、やられてたな…」

カイトはポツリと呟くと新型バッタを見据える。
再び突進を開始した新型バッタ。
今度はバルカン砲を撃ちながら向かってくる。

(レーザーは連射無しか)

その事実にカイトは安堵する。
あのレーザーを連射されれば負けるつもりは毛頭ないが、カイトでも苦戦は免れない。
第1射を避けた後、すぐさま第2射があれば撃墜されていたはず。
にも関わらず新型バッタはバルカン砲で攻撃してくる。
その事実がカイトの推測を裏付けていた。
連射不可能に見せ掛けているという可能性も否定できないが、
無人兵器の習性上、その可能性は低い。
質より量の制圧兵器であるバッタは常に全力攻撃を行う物。
この時間軸でもそれは既に常識として定着している上に、
前時間軸でサブロウタからもそのように聞いている。

(…ならば問題は再発射までの間隔!)

カイトはイミディエット・ナイフを抜き放ち、投げつける。
それと同時に機体をスライドさせ、レールキャノンをロック、
すぐさまトリガーを引く。
これだけの行動をコンマ以下でやってのける当たり、
カイトの非凡な才能を示している。
バッタからは再びレーザーが放たれるが、
それはフェイクのナイフを蒸発させるだけに終わった。
その僅か横を飛ぶレールキャノンの弾丸は焼かれた大気によって
僅かに軌道を変えるがバッタに吸い込まれる。
そして次の瞬間、バッタが大爆発を起こす。
大口径のレーザーを放つ出力を確保するために
エンジンが大型化していたのが新型バッタが大きかった理由のようだった。
そして辺り一面が大火球に包まれる。



ナデシコ・ブリッジ

カイトがバッタを撃破し発生した火球はブリッジからも視認できる程、
大規模な物だった。

「あれは…」

その様子を見ていたメグミが呆然と呟く。

「カイト君…」

ユリカもスクリーンを見つめたまま呟く。

「カイト君…女の子泣かしちゃダメよ…」

ミナトが呟く。

「カイトはっ!?」

格納庫に収容されたエステのコクピットから姿を表したアキトが叫ぶ。

「まだ、見つかってねえよ…」

ウリバタケの表情は暗い。
優秀な技術屋だけに分かってしまう事。
バッタを撃破したぐらいではあれ程の規模の火球は生じない。
最低でもカトンボ級、
もしくはセフィランサスの外部エンジンパーツが爆発しなければ…。
それが分かるだけにウリバタケの表情が曇る。

「そんな…カイト…」

ウリバタケの表情から最悪の事態を予想したアキトの力無い呟きが格納庫に木霊する。


「電波障害クリア、無線使用可能です…」

メグミがセフィランサスの周波数をコールするが、返事は返ってこない。
セフィランサスが単独行動可能機とはいえ、時間が余りに経ち過ぎている。

「…ああ…、親善大使が…ハッ!」

「「「「「「「…」」」」」」」

誰もがカイトの無事を願う中、
空気を読まない発言をしたムネタケにクルーの視線が突き刺さる。
慌てて縮こまるムネタケ。

「…ルリルリ…」

ジッとコンソールを見つめたまま、動かないルリを気遣い、ミナトが声を掛ける。

「…カイトさんは帰ってきますよ…」

「…え?」

「カイトさんは帰ってきます。
 そう約束してくれました。
 だから…必ず帰ってきます」

顔を上げたルリ。
ミナトはルリの顔を見て驚く。
ルリは微笑みを浮かべていた。
必ずカイトが帰ってくると微塵の疑いも持たずに。

(…ルリルリ…強くなったんだ…)

ミナトは目を細めてルリを見つめる。
自分なら、こんな時どうするだろうか?
想いを寄せる相手が生死不明となった時、
ルリと同じように帰りを信じて微笑めるだろうか?

(…私には無理かもね…)

11も年下の少女の持つ純粋で強い想いを眩しく思うミナトであった。
その時、センサーが青い光点を画面の端に捉らえる。
それにいち早く気付いたのはラピスだった。

「…前方に味方機確認…」

「「「「「「「…え?」」」」」」」

「ラピス、識別信号を送って下さい」

固まってしまったユリカ達に代わり、ルリがラピスに指示を与える。
ラピスもまた、カイトの帰還を疑っていない一人だった。

「…識別コード確認。
 S−001、セフィランサス。
 パイロット、ミカズチ=カザマ…」

ラピスの報告が静まり返ったブリッジに響く。

「「「「「「「やった〜!」」」」」」」

ブリッジから歓声が上がる。
続いて格納庫や食堂でも。
その騒ぎの中、ルリとラピスは顔を見合わせ、微笑みを交わす。
だが、すぐにお祭り騒ぎのクルーの中へ引き込まれる。
暫く騒ぎが続いた後、ふとリョーコが疑問に思い当たる。

「…でも、カイトのヤロー、なんで何も言ってこねえんだ?」

ピタリと騒ぎを止めるクルー一同。
改めてスクリーンに目を遣る。
セフィランサスの反応はゆっくりとナデシコに
近付いてきているがその速度は余りに遅い。
飛んでいるとは思えない速度である。

「まさか…漂流…」

ユリカが呟く。再びクルーの表情が曇る。
誰もが口にはしなかったが最悪の可能性を予感する。
コクピットの中でパイロットが息絶えていても、
アサルトピットから信号が発し続けられていたという事例は珍しくない。
誰もが固唾を飲んでスクリーンを見つめる中、その瞬間は唐突にやってきた。

「あ〜、やっと繋がった…」

いつも通りの笑顔を浮かべたカイトがウインドウに現れる。

「「「「「「「…」」」」」」」

そのいつもと変わらぬカイトを見て唖然とするクルー。
その様子に気付いたカイトが怪訝な表情を浮かべる。

「どうしたんです?
 皆さん、幽霊でも見たような顔して…。
 ハッ、まさか僕の背後に霊が…!?」

お約束なボケをかまし、慌てて振り向くカイト。

「…何もいないじゃないですか…。
 驚かさないで下さいよ…」

「カイト君…だよね?
 幽霊さんじゃないよね…?」

本人は自覚していないが普段から奇行に走る事の多いユリカ。
それゆえ、復活も早かった。

「はい、カイトです。
 ちゃんと生きてますよ。
 足もあります」

ウインドウに映るよう、器用に足を上げるカイト。
そんなカイトを見て、ようやくクルーの顔に安堵の表情が戻る。

「…ひょっとして、皆さん僕が死んだと思ってなかったですか?」

カイトが批難の眼差しを向ける。

「「「「「「「…」」」」」」」

露骨に目を反らすクルー一同。

「…薄情者…」

カイトが呟くが、意外な所から反撃の火の手が上がる。

「…カイトさんの場合、火星で前科がありますから、
 私達を批難する資格はありませんね…」

「…ぅ」

それを言われると弱いカイト。
しかもルリに言われては反論も出来ない。

「「「「「「「そーだ!そーだ!」」」」」」」

ルリの攻撃に勢いを得たクルーが一斉にカイトを攻撃する。

「…結局こうなるんですね…」

泣きそうな表情になるカイト。

「でも何で連絡寄越さなかったんだよ?
 センサーに引っ掛かってから大分時間経ってたのに」

アキトが改めてカイトに問い掛ける。

「あー、実はあの爆発に巻き込まれて
 セフィランサスの通信装置が壊れちゃいまして…。
 コミュニケの通信範囲に入るまで待ってたんです」

考えてみれば単純な理由だった。
ナデシコ本体の通信機器に電波障害を発生させる程の爆発。
それを至近距離で受けたセフィランサスの通信装置が無事で済むはずがない。

「…ならゆっくり移動してるのは何でだよ?」

「…」

ガイが第2の疑問を口にするが、カイトは黙り込む。

「…カイト。
 貴様、まさか機体ぶっ壊してねえだろうな…」

ウリバタケがウインドウに詰め寄る。

「…こ、壊してないですよ?」

ウリバタケのアップに怯むカイト。

「…なら、どうしてだい?」

アカツキが不思議そうにたずねる。

「…それは、その…、晴れて来たじゃないですか…」

「「「「「「「はぁ?」」」」」」」

突然、訳の分からない事を言い出したカイト。

「…北極来るの初めてだったんで…。
 その…綺麗な景色だなー、なんて…」

景色を眺めたいが為にのんびり飛んでいたと言い出したカイト。
クルーの放つオーラが呆れを通り越し、怒りに染まる。

「「「「「「「…」」」」」」」

(((((((…心配して…損した…)))))))

「…あの〜…」

黙り込み、殺気の篭った眼差しで自分を見つめるクルーに
恐る恐るカイトが呼び掛ける。

「カイト君っ!」

「は、はいっ!?」

「大至急ナデシコに戻って来なさ〜いっ!
 これは"艦長命令"ですっ!!」

「イ、 イエッサー!!」

「私、女の子!」

「ご、ごめんなさ〜い!」

大慌てで敬礼し、通信を切るカイト。
直後、スクリーンの光点の移動速度が目に見えて上昇する。

「「「「「「「全く…」」」」」」」

その様子を見て、呆れたような口調で呟くクルー一同。
しかし、その顔には一様に微笑みが浮かぶ。
なんだかんだ言っても仲間を失わずに済んだ事が嬉しいのだ。

「フフッ、カイト君が帰って来たら、パーティーしましょう!」

「「「「「「「おー!」」」」」」」

ユリカの号令に拳を突き上げるクルー一同。
なんとラピスも一緒になって拳を突き上げている。
ルリも拳を突き上げるとまではいかないが嬉しそうにしている。

(…さて、カイトさんを迎えに行きますか)

パーティーの相談に騒ぎ続けるブリッジを抜け出し、格納庫へ向かうルリ。
ルリの行動に気付く者はいなかった。
いや、いるにはいた。
その人物はブリッジを出ていくルリの後ろ姿を微笑み、見送るだけだった。

(…フフ、ルリルリ、頑張ってね♪)



ナデシコ・通路


カイトがトボトボと歩いている。
いつもなら皆が格納庫まで迎えに来ているが、今日は誰もいなかった。
それどころか常駐しているはずの整備班すらも。

(…皆、もの凄く怒ってるのかな…)

その歩調がだんだんと重くなる。
やがてその歩みが止まる。

「ハァ…」

俯いて溜め息をつくカイト。
それゆえ、彼女の接近に全く気付かなかった。

「カイトさん」

突然声を掛けられ、ビクッと身体を震わせるカイト。
恐る恐る顔を上げるとルリが立っていた。
その表情から感情を読み取る事はできない。

「あの…えっと…」

しどろもどろに言い訳を探すカイト。
慌てるその姿を見て、ルリはクスリと笑みを漏らす。

「ル、ルリちゃん…?」

「カイトさん、私は別に怒ってないですよ?」

そう言って微笑むルリ。

「ちゃんと約束…守ってくれましたから…。
 私の…、私達の所へ…戻ってきて…くれましたから…」

だが、話しながらルリの瞳からポロポロと涙が零れ落ちる。

「信じて…ましたから…。
 絶対…帰ってきて…くれるって…」

ルリの表情が歪む。
カイトは必ず帰ってくるとミナトやユリカの前では微笑んでみせた。
それでもカイトの顔を見ていると、押さえ付けていた想いが溢れ出てくる。
カイトの帰還を信じていたとはいえ、
胸中は心が押し潰されそうな不安に支配されていたルリ。
張り詰めていた想いが弾け、涙となって溢れ出す。

「私は…、私は…ヒック…エグッ…」

言葉を紡げず、ただしゃくり上げるだけになるルリ。

「…ルリちゃん」

カイトはルリをそっと引き寄せる。
震える小さな肩に手を置き、涙に濡れる金色の瞳を覗き込む。
守ってあげたい、いや守らなければならない。
この時代にやってきて、ルリを戸惑わせてはいけないと、
押さえ込んでいた想いが狂おしいまでに暴れ出す。
カイトはそっとルリの頬に手を添える。

「…カイト…さん…」

ルリはカイトの名を呼び、そっと瞳を閉じる。
カイトが何を望んでいるのか。
そして、これから何が起きようとしているのか知識がない訳ではなかった。
だが、まさか自分にそのような事が起きる日が来るとは思ってはいなかった。
そして、そうなる事を嬉しく思う自分がいるという事も。
ルリは体内で狂ったように暴れる鼓動だけを感じて、
間もなく訪れるであろうその時を待っていた。
自分の行動に瞳を閉じたルリを見て、カイトはルリの気持ちを確認した。
ふいに初めてのキスを思い出す。
二人の初めてのキスは木星のプラントでの悲しい別離のキスだった。
ルリは最後の望みにカイトにキスをねだった。
それをルリはキス一つで戦争を終わらせた義兄と義姉の真似事だ、と言った。
ルリの哀しい想いを触れ合った唇から
感じ取ったカイトは自らの運命を変える事を決意した。
自分は兵器として造り出された忌むべき存在。
世界に存在を許されぬ異端。
戦闘生命体として造られた自分ではあった。
だが、そんな自分をヒトとして、ルリは愛してくれた。
だからルリを精一杯にヒトとして愛そうと誓った瞬間だった。
しかし、その想いは無残にも打ち砕かれてしまった。

(今度こそ…、今度こそ君を幸せにしてみせるから…)

今再びルリを前にして、カイトは誓う。
今度こそ守ってみせると。
カイトは目を閉じ、ゆっくりと自らのそれをルリのそれに近づけていく。
ルリは爪先立ちになり、カイトは体をかがめる。
漆黒と銀の前髪が絡み、互いの吐息を頬に感じるようになる。
二人の距離が0になろうとしたその時…

「ルリちゃ〜ん、どこぉ〜?」

突然ユリカの声が響き、ウインドウが現れる。

「「…!」」

神速で身体を引き離すカイトとルリ。

「か、か、艦長!?」

頬を盛大に染めるルリ。
それに気付かず、ユリカは能天気な声を上げる。

「あ、隣にカイト君もいるんだね♪
 パーティーの準備出来たから食堂に連れてきてねぇ〜♪」

「は、はい!」

「…ん?
 ルリちゃん、なんか顔が紅いよ?」

「き、気のせいです!
 すぐにカイトさん連れてきます!
 …で、では!」

「あ、ルリちゃ…」

何か言いたげだったユリカを無視し、ウインドウを閉じるルリ。
互いに明後日の方向を向いていたカイトとルリ。
頬はまだ紅いままである。
チラチラと視線を送りあっていたが、その目が合う。

「「…!
  …フフフ…」」

一瞬の沈黙の後、どちらからともなく笑い出す。

「「アハハハッ♪」」

ひとしきり笑った後で顔を見合わせる。

「…また今度、だね♪」

「…そうですね♪」

自然に二人は手を繋いで歩き出す。

「そう言えば、パーティーって?」

ユリカの言葉にあった気になる言葉をルリに聞く。

「カイトさんの帰還…もとい大使の救出成功パーティーです。
 クルー総出で準備してましたから、凄い事になってると思いますよ?」

「…それで格納庫にも誰もいなかったのか…」

ようやく合点がいったカイト。

「はい。
 でも皆さん、殺る気満々ですから気をつけて下さいね?」

「…ルリちゃん、ヤる気の字が違うような気がするんだけど…」

「………気のせいです」

「今の間は何…?」

繋いだ手から互いの想いを感じ、食堂の方向へと歩み去るカイトとルリ。
二人の想いは同じだった。

((この人と一緒に歩いて行こう。
 この人となら、何があっても乗り越えていける…))

ブリザードが吹き荒れる北極海。
だが、カイトとルリの周りには暖かく、優しい風が吹いていた。

ちなみにパーティー会場には手を離して入ったカイトとルリ。
しかし、カイトを迎えに行ったルリの頬が真っ赤だったという事が
ユリカによって既に暴露されており、
二人してクルーの総力を結集した厳しい尋問を受ける羽目になった。
そして、それを聞いて暴れ出したラピスをなだめるのにカイトとルリが
費やした労力は今回の作戦以上の物となった事を付け加えておく。



  余談

パーティーの席上でカイトとルリによって
親善大使の正体が『クマ』であった事が暴露されてしまう。
唖然とするクルーに対し、ムネタケは必死の言い訳も空しく轟沈。
その後、クルー一同から苛烈で過酷な任務成功祝いを強要された。
その様子を見ていたルリが呟く。

「やっぱり…バカ」


  第10話に続く…



   後書き

村:ども、村沖和夜です。
  RWK第9話『シロクマ救出大作戦』をお送りしました!
  あ、前編はお休みした対談が復活です!

ユ:どもども〜、テンカワ・ユリカです♪ぶいっ!!

村:ユ、ユリカさん…(感涙)

ユ:ほえ?
  作者さん、どーしたの?
  涙ぐんじゃったりして?

村:…妖精姉妹にヒドイ目に遭わされないで済むと思うと嬉しくて…
  あいつら、絶対妖精のフリした悪魔だ…(号泣)

ユ:あ、あははー♪(何故か引きつった笑顔)
  …ごめんね(ボソリ)

村:…え?
  ごめんね、ってどういう…
  (ドゴォォォォォン!!
  (ザシュ!ザクッ!!ザクッ!!
  ギャァァァァァァァッ!!!!

ル:私を悪魔よばわりとはいい度胸ですね、へっぽこ。

ラ:…クスクス…、丸焦げ…

村:…いたんですか…

ユ:ごめんね、大勢の方が楽しいと思って。

村:ははは、そーすっね…。
  …二人が同時に…もう…ダメだ…(絶望)

ユ:あー、作者さん凹んじゃった…
  ルリちゃん、どうしよう?

ル:ほっときましょう(即答)

ラ:賛成(即答)

ユ:…いいのかな?

ル:さて、今回のお話ですが…。
  ラピス、どう思います?

ラ:…私、あんなドジしない…

ル:そうですね。
  作者の”遺言”によると…
  カイトさん、私、ラピスの絆のシーンの前フリだったとしています。

ユ:食堂のシーンだね!
  予告のセリフ、ホウメイさんだったんだ…

ル:…突っ込むのはそこじゃないと思いますが…(汗)
  この回で一番大切なのはラストですよ、ラスト!

ラ:…キノコ?

ル:違いますっ!!
  私とカイトさんの……シーンです(///)

ユ:未遂、だけどね。

ル:ユリカさんが乱入してこなければ…ちッ!!

ユ:…ルリちゃん、顔が恐いよ…

ラ:…(コクコク)…

ル:まあ、いいでしょう。
  RWK・BSシリーズで私とカイトさんはラブラブですから(///)

ラ:『例えばこんな日』シリーズは?
  「My dear sister」は違うよね?

ユ:私とカイト君がラブラブ?

ル:…最後は違ったからいいんです!!

ユ:さて、時間がなくなってきたから締めようか?
  ラピスちゃん、予告お願いね!

ラ:わかった。
  次回、RWK第10話 『南の島の聖少女?』

   「お前達はルリちゃんを傷つけた…。その罪、死をもってでも購って貰う…」

  を、お送りします…

ユ:それでは、ここまでお付き合い下さった皆様に感謝しつつ…!

ユ・ル・ラ:第10話でお会いしましょう!!













村:…僕って本当に作者なんですか…?




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