機動戦艦ナデシコ
〜Return of the White Knight〜




第9話 白クマ救出大作戦(前編)



火星・赤道付近


赤い大地に獲物を追って純白の機動兵器が疾駆する。
その左腕に装備されたリニア・レールキャノンが時折火を噴く。

「…目視じゃなかなか当たらないか…」

純白の機動兵器を操るのは連合宇宙軍第4艦隊所属試験戦艦ナデシコBの副長補佐、
ミスマル・カイト大尉。
宇宙軍最強の呼び声高いエステバリス・パイロットにして、
先の火星極冠事変を鎮圧した功労者の一人である。
火星赤道付近で捕捉された火星の後継者残存艦隊の制圧作戦の真っ只中だった。

「貰った!」

スクリーンに表示した照準が獲物を捕捉、即座にトリガーを引く。
レールキャノンが火を噴き、獲物が1機爆散する。

(後2機か…でも様子がおかしい…)

仲間が撃破されてもおかまいなしに逃げ続けている。
思えば、最初からこの部隊はおかしかった。
無警戒に姿を現し、ナデシコに発砲するとその後はただ逃げ続けている。
普段ならどうという事のない相手だったが、強力なジャミングに守られており、
リニア・レールキャノンもなかなか当たらない。
とはいえ、相手は発砲してこず、機体性能にも差がある為、
距離も徐々に詰まりつつある。
接近戦で無類の強さを誇るカイトは逃げるだけ逃げさせ、
追い詰めてから仕留めるつもりだった。

(…ひょっとして、罠…か?)

不意にそんな考えが頭を過ぎる。
だが、それでも心配ない。
母艦であるナデシコBを守るのは防衛戦闘のスペシャリスト、
ナデシコB副長のタカスギ・サブロウタ大尉。
防衛戦闘にかけては宇宙軍随一、いや統合軍を含めても右に出る者はいない。
だからこそ、カイトは安心して飛び出して来た。

(…でも、ルリちゃんにはまた怒られちゃうかな?)

最愛の少女が眉をひそめる表情を思い出し、口元に微笑みを浮かべる。
笑顔も泣き顔も怒った顔も、その全てが愛おしい。
出来る事ならば、常に心からの笑みを浮かべていて欲しいと願うが、
その願いは二度と叶う事はないと知っている。
そして自分もまた、この先、心からの笑みを浮かべる事は二度とないという事も。

(アキトさんとユリカさんの仇…、絶対に許さない!)

緩んだ口元を引き締め、逃げる機動兵器を見据える。
もう間もなく追い付くという時に、通信が入る。
ジャミングの為、映像は出ないが音声のやり取りは問題なくできる。

「こちら、カイト。
 サブロウタさん?」

いつも戦闘中に無駄口を叩き合う気心の知れた同僚の名を呼ぶ。

『ミスマル大尉!?
 良かった…繋がった…。
 早く、早く帰ってきて下さい!』

「ハーリー君!?
 どうしたんだ!?」

だが通信を送って来たのはその彼ではなく、
オペレーター補佐のマキビ・ハリ少尉だった。
切羽詰まったハーリーの声に一抹の不安を覚えるカイト。
自分より10歳も年下の少年だが、
作戦行動中に彼からこれほど慌てた通信を受けた事は記憶になかった。

「至急ナデシコに戻って来て下さい!
 敵の集中攻撃を受けていて…ウワァァァァァッ…!

「ハーリー君!
 …状況を詳しく教えてくれ!
 サブロウタさんはどうしたんだ!?」

「…グスッ…サ、サブロウタさんは敵の機動兵器にやられて…
 脱出した形跡も…見られなくて…
 ウワァァァァァン!

「…!」

(サブロウタさんが落とされた…?)

「…ミスマル大尉…早く、早く戻って来て下さい…。
 僕一人じゃ…どうしていいか…分からなくて…」

ハーリーのその言葉にカイトの頭が急速に冷却されていく。

「…ハーリー君…、ルリちゃんは…艦長はどうした…?」

「…!
 艦長は…、艦長は…グスッ…ヒック…」

答えろ、マキビ少尉!

思わずハーリーを怒鳴り付けるカイト。
だが、それが効を奏したのか、ハーリーの泣き声が止む。

「ハ、ハイッ!
 …艦長は初撃で負傷され、医務室で治療中でありますっ!」

だが、その言葉でルリの怪我が命に関わる重傷である事をカイトは悟ってしまう。
責任感の強いルリが少々の怪我で指揮をハーリーに任せるはずがない。
ナデシコが危機に陥り、副長のサブロウタが生死不明の現状ならば、それはなおさら。
だが、カイトは僅かな可能性に縋り、言葉を搾り出す。

「…それで、艦長の容態は…?」

「意識不明の重体です…」

「…!」

カイトの視界が急速に闇に閉ざされていく。

(…嘘だ…嘘だ…ルリちゃんが死ぬなんて…)

「…ウワァァァァァッ!
 ミスマル大尉!
 助けて!助けて下さい!
 また敵の攻撃が…!」

「…ッ!
 ハーリー君、10分で戻る!
 僕が戻るまで、絶対にナデシコを沈めるなっ!」

「ハ、ハイッ!」

とっくに機体は反転させていた。
それでもナデシコに戻るまでに最短でも20分はかかってしまう。
カイトは元来た道を全力で駆け戻る。

(クソッ!
やっぱり罠だったんだ!
僕が引っ掛かったせいでナデシコが…)

カイトはようやく敵の作戦の全貌を悟っていた。
敵はサブロウタやカイトに匹敵するパイロットを擁していたのだ。
二人を同時に相手には出来ないが片方だけなら何とかなる、
そう踏んで戦力の分散に出たのだ。
そしてナデシコから引き離すのに選ばれたのはカイト。
目の前の戦闘にのめり込んで周囲の状況が見えなくなるという悪癖を持つカイトが。
指揮官としてルリを上回り、
ミスマル・ユリカに匹敵する指揮能力を持つと言われていたカイトが
いつまでも副長補佐でいるのはその悪癖のせいだと陰口を叩かれていた。
カイトにしてみれば、そんな陰口は、ルリと一緒の艦に乗っていられるなら、
と気にもしていなかった。
そしてルリもまた、カイトをいざという時に制御できるのは自分だけだという自負、
ルリ自身の想い人でもあるカイトを傍に置いておきたいという想いから
その悪癖を直す事をしていなかった。
それが今回は裏目に出てしまった。
そしてカイトがナデシコに帰りつく。
そこでカイトが見たものは…
あちこちから火を噴き出し、火星の大地に無残に横たわるナデシコBの船体だった。
カイトとハーリーが最後に言葉を交わしてから、15分が経っていた。



「ウワァァァァァッ!」

布団をはねのけ、起き上がるカイト。

「ハァッ…ハァッ…ハァッ…
 ゆ、夢か…」

暴れる鼓動を押さえ込もうとするように胸に手をやり、
寝巻がわりのシャツを握り締める。
シャツは汗でグッショリと濡れており、夢見の悪さと共に不快感を増大させる。
ふと横を向くとサイドテーブルを挟んで置かれた子供用のベッドで
スースーと静かな寝息をたてるラピスの寝顔が目に入る。

「…ムニュ…カイト…遊んで…」

(フフッ…どんな夢を見てるのやら…)

ラピスの無邪気な寝顔にささくれだっていた心が急速に癒されていく。
隣で眠るラピスの存在が先程見た光景が夢であり、今が現実であると認識させてくれる。
しかし、先程の夢は確かに自分が経験した未来−
いや、過去である事も変わりない事実だった。
そう思うと、また胸の奥底がざわめき、不快感がこみ上げてくる。

(…大丈夫…あれはまだ見ぬ未来の可能性…
"ここ"にはルリちゃんがいてくれる…)

隣の部屋で眠っているであろうルリに想いを馳せ、心を落ち着ける。
最近よく見せるようになったはにかんだルリの笑顔を思い浮かべると
自然に頬が緩むのを感じるカイト。
サイドテーブルに置いた時計に目をやると
オレンジの淡い光の中に[4:25]と緑の数字が浮かび上がっている。
フラフラと立ち上がり、部屋に備え付けのシャワールームに向かう。
洗面台の前でシャツを脱ぐと鏡の中の自分と目が合う。

(酷い顔だ…)

自嘲するように笑い、シャワールームにその身を滑り込ませる。

(…ルリちゃんが起こしにくるまで後2時間半…それまでに顔を元に戻さないとな…)

いつもより熱めのシャワーを浴びながら、カイトはボンヤリとそんな事を考える。

(さて、何をして時間を潰そうか…)

シャワーを浴び終えたカイトはラピスの同居でいささか少女趣味になった部屋を見回す。
眠れそうにないし、眠りたくもない。
ただボケッとしているのも先程の夢を思い出してしまいそうだな、と思うカイト。

(…漫画でも読むか)

ラピスの為に買い与えた少女漫画。
余程気に入ったのか、それを並べた本棚をラピスはナデシコに持ち込んでいた。
カイトはその中の一冊を手に取ると、ベッドに寝転がり、
読書灯の明かりを頼りに少女漫画を熱心に読み耽る。
そして、朝7時。
2人を起こしに来たルリは少女漫画を手に、涙ぐむカイトの姿を目撃することになる。



ナデシコ・ブリッジ

「いきなりで悪いけど、命令よ」

クルーをブリッジに集めたムネタケがおもむろに口を開く。

「提督」

「なぁに、艦長?」

「ネルガルが軍と協定を結んだとはいえ、
 命令いかんによっては我々に拒否権が認められています」

「まあ、一応はね」

「本艦クルーの総意に反するような命令に対しては、
 このミスマル・ユリカが艦長として拒否致しますのでご了解下さい」

「…戦うだけの手駒にはならないって事ね」

ユリカが決意を宿らせた眼差しで頷く。

「おあいにくさま、アナタ達への命令は戦う事じゃないわ」

「はぇ?」

無理難題を押し付けられると思っていたユリカ。
思わずキョトンとした表情を浮かべる。

「今回の任務は、敵の目をかいくぐって救出作戦を成功させる事よ」

扇子を開きながら命令の内容を伝えるムネタケ。

「「救出作戦?」」

ジュンとゴートの声が揃う。

「木星トカゲからの攻撃がなくとも尊い命を守るというナデシコの使命は…、
 ま、果たさなきゃダメよねぇ…」

そう言って戦術スクリーンを表示させる。

「このように現在2637個ものチューリップが地球上にはあるのよね」

世界地図の上に赤の光点でチューリップが示される。

「で、北極海域ウチャツラワトツスク島…
 ここに取り残された某国の親善大使を救出するのがアタシ達の仕事」

「質問」

「今度はなぁに、艦長?」

「なんでこんな所に取り残されたんですか?」

ユリカの隣でジュンが最もだ、というように頷く。
ムネタケは扇子を口元に当て、わざとらしい悲しげな声で呟く。

「大使は好奇心旺盛な方でねぇ…、
 北極海の気象データ、漁場諸々を調査していたならば、バッタに襲われ、さあ大変」

「はぁ」

「ウチャツラワトツスク島付近の海域は今の時期、
 毎日のようにブリザードに覆われていて通り過ぎるだけでも大変なのよ」

余談ではあるが、ムネタケの言葉に合わせてスクリーンを操作しているのはカイトである。

『『あのキノコ(さん)、嫌い(です)(…)』』

ルリとラピスがムネタケのオペレートを拒否した為である。

「いいかしら?
 他に質問はないわね?」

そんな事には全く気付かず、ムネタケがクルーを見回す。
皆、救出作戦なら仕方ない、といった表情を浮かべている。

(…ま、クマなんだけどね。親善大使って)

事情を知るカイトは思わず苦笑いを漏らす。

「…何よ、アンタなんか文句でもあるの?」

その表情を見て取ったムネタケがカイトを睨みつける。
その膝はガクガクと震えていたが。

「…いえ、別に何も。
 ただ、"彼"を救出するのにナデシコとは、いささか大袈裟ではないかなー、
 なんて思っただけです」

ニッコリと笑うカイト。
その笑顔にムネタケの表情が凍りつく。

(カイトさんとキノコさん、何か隠してますね…)

ルリは隣のサブオペレーターシートに座るカイトにチラリと視線をやる。
ちなみにラピスの乗船により、
ルリとカイトのシートの他にもう一つオペレーターシートが増設され、
ラピスはそこに座っている。
メインオペレーターのルリ、サブオペレーターのカイト、
そしてオペレーター見習いのラピス。
ナデシコはオペレーターを3人も擁する非常に贅沢な布陣を敷いていた。

「と、とにかく!
 いいわね!
 作戦を始めるわよ、艦長!」

「は、はい!
 やりましょう!」

カイトが余計な事を言い出さないうちにユリカを促すムネタケ。
ユリカの指示でクルーが持ち場に散っていく。

「カイトさん、何か知ってるんですか?」

ルリが小声で隣のカイトに囁く。

「…ん、何?」

「この救出作戦の事です。
 カイトさんとキノコさん、何か隠してますね?」

「…鋭いね」

カイトは小さく笑う。

「はぐらかさないで下さい。
 もし、カイトさんがまた危険な事をしようとしてるならどんな手を使ってでも…」

"止めてみせます"と言おうとしたルリ。
しかし、カイトの笑顔に言葉を飲み込む。

「…大丈夫だよ。今回は」

「…信用できません」

「ハハ…」

確かに心配するルリに大丈夫と言いつつ、いつも危険にその身を晒してきたカイト。
思わず苦笑いを漏らす。

「…ただ、この任務の実際が余りに下らない内容だからね」

「…カイトさん、救出作戦なのに不謹慎です」

ルリが軽い非難の視線を向けるがカイトは気にした様子もない。

「…そうかな?
 …まあ、そうかも知れないね。
 でも…」

「…」

笑っていたカイトの瞳が急に真剣味を帯びる。

「下らない任務だけど、幾らかは点数稼ぎにはなる、か…」

「点数稼ぎ?
 …どういう事です?」

「ナデシコの、さ。
 はっきり言ってこの任務はほとんどの艦が拒否した任務なんだ。
 困難な、という訳じゃなくて、その内容と大使の正体を見てね。
 こういう任務を回されるのは、軍にとってナデシコは
 捨て駒程度にしか考えられてないって事。
 今回はなかったけど、いきなり玉砕覚悟の作戦に
 投入されても不思議じゃない訳だし」

「あ…」

「幾らか価値のある艦ならいきなりそういう事はされないだろうからね。
 だから点数稼ぎにはもってこいかな、なんて。
 そう考えれば確かに不謹慎だったね」

そう言ってカイトは笑う。
ルリはカイトの言葉に疑問を感じ、質問する。

「…あの、親善大使の正体って…?」

「んー、まあルリちゃんになら教えてもいいかな?
 実はね…」

ルリに大使の正体が実験用のクマである事を耳打ちするカイト。

「…ホントに下らないですね…」

クマの救出作戦と聞き、呆れかえるルリ。

「とりあえず、皆には黙っててくれる?
 さっきも言ったけど、こんな任務でも成功すればナデシコの功績にはなるから、
 皆の士気を下げる訳にはいかないし」

「ハイ」

ルリとカイトの溜め息を乗せ、ナデシコは進路を北極海へ向けて飛び立った。


ブリザードの中、ベーリング海を飛ぶナデシコ。

「…ファ…」

ブリッジで一人留守番をするラピスが小さく欠伸を漏らす。
他のブリッジクルーは昼食を摂る為、皆席を外している。

「…退屈…」

自分のサイズに合わせて作られたシートではなく、
カイトのシートに座って足をブラブラさせながら呟くラピス。
ラピスが一人で留守番をしているのには理由がある。
それは30分程前のブリッジでの出来事だった。


「大使のビーコン、捉らえました!
 座標はマップA−13です」

ソナーが大使のビーコンから発せられた救難信号を捉らえる。

「ルリちゃん、そのポイントまでどれくらいかかるかな?」

「ハイ、早ければ2時間半、遅くとも3時間です」

ユリカの前に詳細を示したウインドウを開き、質問に答えるルリ。

「そっか。
 …ルリちゃん、オートパイロットに切り替えて」

「了解。
 …座標設定終了、オートパイロットに切り替えます」

やや間をおいてオモイカネが
《自動航行に移行!ミナトさん、お疲れ様!》
とウインドウを表示する。

「ありがと、オモイカネ♪
 ん〜、計器飛行ってやっぱ疲れるなぁ」

スクリーンと計器にかじりつき、操艦していたミナトが延びをする。

「ミナトさん、ご苦労様でした。
 休憩して下さい」

「サンキュー、艦長♪
 じゃあ、そうさせて貰うわね。
 皆、お先に〜!」

ミナトがブリッジを出ていく。

「皆さんも時間あるうちに休憩取っちゃって下さい」

ミナトを見送ったユリカが、ブリッジクルーに告げる。

「留守番はどうしますか、艦長?」

メグミがユリカにたずねる。

「なら、僕が残りますよ」

「いいの、カイト君?
 じゃ、お願いしていいかな?」

ユリカがカイトに確認を取った時、意外な人物の声が上がる。

「…私、留守番する…」

ラピスだった。

「じゃ、一緒に留守番するか」

カイトがそう声をかけるがラピスはフルフルと首を振る。

「…一人でいい」

「駄目ですよ、ラピス。
 私か、カイトさんが一緒でなければ」

ルリの言葉にもラピスは耳を貸さない。

「イヤ。
 一人で留守番、出来る」

「…ラピス、何か理由があるのかい?
 理由もなく、ラピス一人で留守番させる訳にはいかない」

カイトが膝をつき、ラピスと視線を合わせてたずねる。
暫くカイトをジッと見つめていたラピスだったがおもむろに口を開く。

「…お手伝い」

「…え?」

「カイトもルリも、いつも当番があるって言ってる。
 だから私も、当番したい」

「…ラピス」

確かに、ラピスはブリッジ待機の当番には入っていない。
まだラピスのオペレート技術が未熟な為、当然の措置ではあったが、
カイトは「手伝いたい」というラピスの気持ちが嬉しかった。

「…ダメ?」

ラピスが悲しげな表情を作り、カイトにたずねる。

「…」

(…どうしよう?
 ラピスがこう言ってるんだし、やらせてあげたいけど…。
 こればっかりはなあ…)

ブリッジ待機は重要な役目であり、その間、艦を守るという責任も伴う。
当然、ラピスにその事が分かっているとは思えない。
ただ、自分やルリの手伝いをしたいという気持ちから言っているのだ。

「いーよ♪」

カイトの思考を断ち切ったのは能天気なユリカの声だった。

「ユリカさん!?」

「昼食休憩1時間の間、ブリッジ待機当番はラピスちゃんに命じます!
 ラピスちゃん、ナデシコをよろしくね?」

「…♪」

ユリカの言葉にラピスはパッと顔を輝かせる。
小さくユリカに敬礼すると、自分のシートに走っていく。

「ちょ、ちょっと艦長!
 何考えてるの!?
 7歳の子供に待機当番させるなんて!」

エリナが猛然とユリカに食って掛かる。

「艦長、私もそう思います。
 せめて、誰か付き添いをつけた方がいいと思います」

ルリもエリナに同調する。

「大丈夫ですよ、エリナさん、ルリちゃん。
 ラピスちゃんのコンソールからじゃ、
 オートパイロットの解除とかは出来ないですし。
 …それに、折角、自分からお手伝いするって言ってくれたんです!
 その気持ちは大切にしてあげないと!」

「…ユリカさん、ありがとうございます」

カイトは、ラピスの気持ちを大事にしてくれたユリカに深々と頭を下げる。

「いいよ、カイト君。
 …でも、ラピスちゃんにはちゃんと注意事項だけは伝えておいてね?
 後、何かあったらすぐブリッジに駆けつけられるように」

「はい」

カイトはラピスの元へ歩み寄ると、幾つか注意を与える。
ラピスは頷きながらカイトの言葉を聞いているが、その顔は喜びに輝いている。
自分に役目が与えられた事が余程嬉しいのだろう。
その表情を見ているとルリも、ユリカの判断が正しかったのだろうと思える。

「…という事だから。
 ラピス、何かあったら直ぐに僕かルリちゃんを呼ぶんだぞ?」

「分かった。
 任せて、カイト」

ラピスがグッと拳を握ってみせる。

「じゃあ、ラピスちゃん、よろしくね〜♪」

ユリカに連れられ、クルーがブリッジを後にする。
それを見送り、一人になった事を確認したラピスは自分のシートを降り、
カイトのシートに座りなおす。

「…カイトのシート…♪」

頬を赤らめ、シートに身を預ける。
カイトとルリの手伝いをしたかったのも本音だが、
このシートに座りたいというのもラピスの思惑でもあった。
自分のシートより大きなカイトのシートは秘かにラピスのお気に入りでもあった。
ラピスにシートが用意されてから、カイトはこのシートに自分を座らせてくれない。
カイトのシートは、ルリのものと同じ機能を持っているので、
ナデシコの全てを制御する事が可能である。
万一を考え、ラピスを座らせないようにしていたのだが、
カイトの考えをラピスは知る由もない。
自分の目的が達せられ、ご満悦のラピスであった。
それが30分前の出来事。
カイトのシートに座り、目を輝かせていたラピスだったが、徐々に飽きてくる。
まだ、ラピスにとって1時間をたった一人で過ごすのは退屈極まりない事だった。

(…漫画、持ってくれば良かった…)

取りに行こうかとも思うが、
カイトから絶対にブリッジを離れないように言われている。
カイトの言い付けを破った事がばれると嫌われるかもしれない。
優しいカイトだが、怒ると怖い事もよく知っているラピス。

(…カイトに嫌われるのは、イヤ…)

だからこそ、大人しくしているのだが、ジッとしていると瞼が徐々に落ちてくる。

「…ハフ…」

何度目かの欠伸を漏らし、ラピスの身体がコクリコクリと舟を漕ぎ出す。

(…ダメ…寝ちゃダメ…)

そう思うが、7歳の子供が一度訪れた睡魔に打ち勝てるはずもない。
ウトウトしては目覚める、を何度か繰り返した後、ラピスは遂に睡魔に捕らわれる。
ガックリとうなだれるが、睡魔への最後の抵抗とばかりに、
カイトのコンソールに手を付く。
その瞬間、手をついた部分のコンソールが赤く輝き、艦内に緊急警報が発せられる。

「…何、これ…?」

警報音に睡魔を散らされるラピス。
《緊急警報》《自動迎撃システムスタート》のウインドウが開き、
けたたましい警報音が艦内に響く。
警報が鳴り響くブリッジにカイトとルリが飛び込んでくる。
ユリカを始めとするブリッジクルーも後に続いてやって来る。

「「ラピス!?」」

「あ…、カイト…ルリ…」

二人はすぐさま自分のコンソールに飛び付き、事態の把握を行う。
自動迎撃システムが起動し、グラビティブラストが発射されていたが、
ナデシコの周囲に敵影は確認できない。

「…どういう事だ?
 敵影を捉らえていないのに自動迎撃システムが作動するなんて…」

カイトはウインドウを眺めたまま、頭を悩ませていたが、ふとラピスを見る。
カイトの視線に気付いたラピスがビクッと身体を震わせる。

「ラピス、もしかして…」

それを見たカイトが口を開きかけるがルリの声によって遮られる。

「敵に見つかりました。
 ヤンマ級戦艦の機影を確認、機動兵器も多数確認」

「ルリちゃん、フィールド出力最大!
 ミナトさん、全速後退!」

「「了解!」」

ルリとミナトにユリカの指示が飛ぶ。
雲間からトカゲ艦隊の放つレーザーがナデシコに降り注ぐ。
カイトもラピスへの追求を中断し、
オペレーターとしての職分である対空火器管制に集中する。

「敵の射程外まで後10秒…どこまで逃げるの?」

「現在考慮中だ…、速度を維持!」

「エステバリス隊は出撃準備!」

ラピスはその光景を呆然と眺める事しかできなかった。


氷壁の切れ目に船体を隠しているナデシコ。
敵の配置を示したスクリーンを囲んで今後の行動を検討するクルー一同。

「誰よ、7歳の子供に当番任せたのは!?
 ホント、信じられません!」

開口一番、エリナがユリカを睨みつける。

「あぅぅ…」

エリナの視線を受け、縮こまるユリカ。

「済んじゃった事はいいんじゃないの〜?
 人生前向き、前向き〜♪
 ハハハッ!」

「貴方ねぇ!」

あくまで軽いアカツキにエリナが益々声を荒げる。

「申し訳ありません。
 ラピスの監督責任は義兄である僕にあります。
 あの子の責任じゃありません」

「いいえ、敵に襲われたのは持ち場を離れた私の責任です。
 それにプログラム管理は私の職分です。
 カイトさんやラピスの責任ではありません」

「「ごめんなさい」」

ルリとカイトが揃ってエリナに頭を下げる。

「そんな!
 カイト君とルリちゃんの責任じゃないよ!
 ラピスちゃんの待機を認めたのは私なんだし…!」

「その話は後だ!
 今は今後の作戦をどうするかが問題だ!」

ゴートの一喝で場の雰囲気が元に戻る。

「カイトさん、現状報告をお願いします」

プロスが戦術戦闘補佐官のカイトを促す。

「はい…」

カイトは頭を上げ、戦術スクリーンを現在位置のものへ切り替える。

「まず、敵に察知された西側の水道は使えません」

岩礁や島がほとんどない水道に大きなバツ印が現れる。

「その為、東側の群島部を抜けて行くしかありませんが、低空飛行時の座礁の確率が…
 イネスさん?」

「72パーセント。
 ま、シビアと言っちゃシビアな数字よね」

「艦長、どうなされますか?」

検討材料が出揃った所でプロスがユリカに決断を促す。

「進路は東側の水道を取ります。
 ナデシコは10分後に発進、エステバリス部隊は警戒体制でスタンバイして下さい。
 …以上です」

ユリカの言葉でミーティングが締め括られる。

「カイトさん…」

パイロット達がブリッジを出ていく中、ルリがカイトに歩み寄る。

「…ルリちゃん」

沈んだ表情をラピスのシートに向けるカイトとルリ。
ラピスはミーティングが始まる前にブリッジから姿を消していた。
クルーの中にラピスを責める者はいなかったが、
カイトとルリの気持ちは晴れない。
ラピスの折角の気持ちが裏目に出てしまったのだ。
ラピスの心中を思い、沈み込む二人であった。
すぐにでもラピスの元へ駆け付けてやりたい気持ちだったが、
待機を放り出す訳には行かなかった。
そんな二人にユリカが歩み寄る。

「あの、カイト君、ルリちゃん。
 二人にお願いがあるんだけど…」



ナデシコ・居住区画通路

ブリッジでミーティングが始まった頃、ラピスはトボトボと通路を歩いていた。
ブリッジクルーに対して集合が掛かっていたのは知っていたが、
皆と一緒にいる事に耐え切れず抜け出して来てしまっていた。
ミーティングが始まる時間になってもカイトやルリから
呼び出しがない事がラピスの悲しみに拍車をかけていく。

(…私、嫌われちゃった…)

たった二人の信頼する義兄と義姉に嫌われた、そう思うと益々悲しくなる。
その金の瞳はもう決壊寸前だった。

「キャッ…」

「おっと…」

俯いて歩いていたラピスは突然開いた扉から
出てきた人物とぶつかり、尻餅をついてしまう。

「なんだ、ラピ坊じゃないか。
 すまなかったね、大丈夫かい?」

ナデシコの料理長、ホウメイだった。
ラピスの手を取り、引き起こしてやる。

「…ラピ坊、アンタ泣いてるのかい?」

「…!」

涙を流してはいなかったが、まさにその心境にあったラピス。
それを他人に言い当てられた時、ラピスに溢れ出す涙を堪える事は出来なかった。

ウワァァァァァン!

「おやおや…」

泣きながら抱き付いてきたラピスを受け止めるホウメイ。
エプロンに顔を押し付けしゃくり上げるラピスの頭を撫でながら、
ホウメイは優しい微笑みを浮かべた。


 後編に続く…


  後書き


ども、村沖和夜です。
RWK第9話『シロクマ救出大作戦』をお送り致しました。
今回はカイト君専用機”セフィランサス”の紹介をするので、
一人で後書きをお送りします。
では、どうぞ。


カイト専用機”セフィランサス”

劇場版で登場したスーパーエステバリスの試作型にあたる機体。
全長は約8mと、エステバリスより一回り大きい。
カイトが必要に応じて設計を変更した亜種である。
その設計思想は「単独での対艦、対艦隊制圧が出来る機動兵器」。
その為に出力系統には異常なカスタムチューンが施されているので、
ブラックサレナ並みの機動性能を誇る。
代償として凶悪なまでのGが搭乗者に掛かる事になるが、
Gキャンセラの開発には失敗してしまっている。
ゆえに搭乗者は重厚なパイロットスーツを着用する必要がある。
また、オプションとして外部エンジンがある。
これを装着することによって、エネルギー波の供給圏外でも活動できる。
標準武装はフィールド・ブレード×1、
大口径レールカノン×1(外部エンジン装着時のみ)
また、大口径レールカノンには大きな出力の遊びが確認されている。
エステバリスの武装も使用可能であるが、
カイトはもっぱら専用装備のみを使用している。
機体色は白。
左肩に”電子の妖精”のマーキングをいれている。

と、こんな感じです。
冒頭のカイトの夢の中の機体とは別物です。
前時間でのカイト君の専用機はまた出てくるので解説はその時に…。
ちなみに、後書きでルリが作者にぶっ放しているのが、大口径レールカノン、
切り刻んでいるのがフィールド・ブレードです。

それでは皆様、後編でお会いしましょう!








[戻る][SS小ネタBBS]

※村沖 和夜さんに感想を書こう!
メールはこちら[kazuya-muraoki.0106@hotmail.co.jp]! SS小ネタ掲示板はこちら


<感想アンケートにご協力をお願いします>  [今までの結果]

■読後の印象は?(必須)
気に入った! まぁまぁ面白い ふつう いまいち もっと精進してください

■ご意見・ご感想を一言お願いします(任意:無記入でも送信できます)
ハンドル ひとこと