機動戦艦ナデシコ
〜Return of the White Knight〜




第8話 再会…そして「はじめまして」(後編)



ナデシコ・ブリッジ


「アカツキ君の言う通り、
 少なくとも火星での戦いから地球時間で8ヶ月が経過しているのは事実ね」

ブリッジに集まったクルーにイネスが説明を始める。
手には指示棒を持ち、ご丁寧に頭には博士帽を乗せている。

「ちなみに、その間にネルガルは連合軍と和解し、
 新しい戦艦を作って月面奪還作戦を展開中。
 先程の戦闘は第4次月攻略戦ね。
 で、私の見解では…」

「あー、まあまあ…。
 細かい所はまたの機会に」

イネスの説明が長くなりそうだと直感したプロスが話に割って入る。
説明を途中で遮られ、イネスは面白くないといった表情を作るが、
プロスは気にする様子もない。

「で、ネルガル本社は連合軍と共同戦線をとるという事になってまして…
 ね、艦長?」

「…はい、それに伴いナデシコは地球連合軍・極東方面艦隊に編入されます…」

ユリカが沈んだ表情でプロスの言葉を受け継ぐ。

「「「「「「「ええ〜っ!?」」」」」」」

その言葉にクルーの間からどよめきが上がる。

「私達に軍人になれっていうの?」

ミナトが険しい表情でユリカとプロスを見つめる。

「そうじゃないよ。
 ただ、一時的に協力するってだけさ」

アカツキがミナトの手を取る。

「ホント…君みたいな人に無骨な軍隊は似合わないんだけどね」

「…火星は?」

ミナトはアカツキの手を振払い、詰問口調で続ける。

「…そうだよ。
 火星は…火星は諦めるんスか!?」

ミーティングが始まって以来、俯いたままだったアキトが顔を上げる。

「もう一度乗り込んで勝てます?」

「それは…」

「勝てなくても、何度でもぶつかる等という事に何の価値もありませんし、
 当社としてもそのような損害は負い兼ねます」

プロスの言葉に再び俯くアキト。

「…戦略的に見れば、連合軍と手を組むのが妥当かもしれない」

「俺達は"戦争屋"ってか〜!?」

「それが嫌なら降りればいいじゃないか。
 給料貰ってさ」

ジュン、ウリバタケ、アカツキの言葉をアキトはただ俯いて聞いていた。

「…で、カイトはどういう事なんだよ?
 何でアイツが連合軍のパイロットやってんだ?」

話が一段落した所でリョーコが口を開く。

「ミカズチ君、…カイト君はナデシコが火星で消息を絶って一週間くらいした頃に
 突然ネルガルに現れたんだよ。
 何故地球にいたのか、火星からどうやって脱出したのかは僕も聞いてない。
 なにせミカズチ君とカイト君が同一人物だなんて僕もさっき知ったところなんだから」

アカツキの言葉に聞き入るクルー一同。

「詳しい事情は省くけど、その後カイト君はネルガルで、
 エステバリス・カスタムとセフィランサスの設計・開発、
 それとテストパイロットをしてたんだ」

「セフィランサスをカイトが作ったってのかよ…」

ウリバタケが驚きの表情を浮かべる。

「…益々興味深い存在ね、彼…」

イネスが呟く。

「…で、両機をロールアウトさせ、セフィランサスの実戦テストの為に連合軍に出向。
 後はさっき話した通りさ」

「ラピスちゃんは?
 カイト君は義理の妹だって言ってたけど」

ミナトがアカツキにたずねる。

「…さあ、何処かの戦場で孤児になってたあのコを拾って来たみたいだけど、
 その辺はよく知らないよ」

「そう…」

アカツキの表情に微妙な陰りが宿るのをミナトは見逃さなかったが、
それ以上は突っ込まない事にした。

「ミカズチ=カザマというのは?」

ジュンが質問する。

「それがカイトさんの本名だという事です。
 カイト、というのはニックネームのようなもの、だそうです」

プロスがジュンに答える。

「連合軍の少尉って事は、カイトはナデシコには戻って来ないのかよ…?」

ガイの言葉に再びプロスが答える。

「いえ、連合軍と共同戦線を張るに当たって
 新しい提督と戦術戦闘補佐官が派遣される事になっています。
 カイトさんはその補佐官としてナデシコに乗り込まれると言う事です」

プロスの言葉を聞いてクルーの顔が安堵に覆われる。
クルーが互いに顔を見合わせ、喜ぶ姿を見てプロスも思わず微笑みを漏らす。

(…しかし、カイトさん。
益々謎めいた人ですな、貴方は…)



カイト私室


「…という訳なんだけど」

「そんな事が…」

ルリの目が驚きに見開かれる。
カイトの話を聞き終えたルリ。
その話の内容に唖然とする。

「ま、そういう事だから改めてよろしくね、ルリちゃん♪」

「ハイ、カイトさん…。
 あ、ミカズチさん、の方がいいですか?」

ミカズチ=カザマがカイトの本名と聞き、訂正するルリ。

「カイトの方がいいな、…ミカズチは余り好きじゃないんだ。
 いい思い出がない」

「…分かりました」

カイトの表情が僅かに曇るが、ルリはそれには触れない事にした。

「…だから、ラピスも僕の事はこれから…って何してる?」

自分の皿のホットケーキを平らげ、カイトの皿にフォークを延ばしていたラピス。
カイトに突然声を掛けられ、ビシリと固まるラピス。
ゆっくりとカイトを見上げるその瞳は潤んでいた。

「…ぅ」

「…はあ、いいよ、食べても」

仕方ない、といった表情を浮かべ、
自分の皿をラピスの空になった皿と取り替えるカイト。

「…♪」

ほとんど手を付けられていないカイトの皿を
目の前にしたラピスが顔をパッと輝かせる。

「…ラピスもこれからは僕の事、カイトって呼んでくれるか?」

「…ミカズチは嫌いなの?」

口元にシロップを付けたまま、キョトンとした表情でラピスがたずねる。

「…嫌いっていうか…、いい思い出がない名前だからね」

ラピスの口元をハンカチで拭いながら答えるカイト。

「…ンン…、分かった。
 これからはカイトって呼ぶ」

「いいコだ♪」

微笑んでラピスの頭を撫でるカイト。

「…♪」

頭を撫でられたラピスは嬉しそうに顔を綻ばせる。

「…」

それをジッと見ているルリ。
その表情には僅かに羨望が浮かぶ。
ルリの視線に気付いたカイト。

「…おいで、ルリちゃん」

「あ…(///)」

ルリを引き寄せ、その頭を優しく撫でるカイト。
頬を赤らめ、目を閉じるルリ。

(…今度は幸せになろうね、二人とも…)

カイトは二人の少女を見つめ、誓いをあらたにする。
その時、警報が鳴り響く。
ウインドウが開き、ジュンの姿が映る。

「敵艦隊接近中!
 エステバリス隊、迎撃用意!」

ハッとなり、顔を上げる3人。

「ルリちゃん!
 ラピスをブリッジに連れてって!
 僕は直接格納庫へ向かうから!」

「ハイ。
 さ、行きますよ、ラピス」

ルリに手を引かれながらラピスはカイトを見上げる。

「うん…いってらっしゃい、カイト」

「ああ、行ってくるよ!」

「気をつけて下さいね、カイトさん」

「うん、ルリちゃんも。
 ラピスをよろしくね?」

「ハイ」

そして3人はそれぞれの持ち場へ向かって走り出す。



戦闘宙域


ナデシコのハッチから飛び出す7機のエステバリス。

「深追いはするな!」

先程の戦闘の事もあり、ゴートがパイロット達に注意を与える。

「「「「「「「了解!」」」」」」」

パイロットの返事が綺麗に重なる。

「行くぜ、野郎共!
 …っと、カイト、お前は好きに暴れろ!」

「いいんですか、リョーコさん?」

リョーコの指示に少々喜びまじりに答えるカイト。
軍の作戦行動では戦闘中に自由に動き回る事が出来なかった。
その事が少なからずカイトにストレスを与えていたのも事実だった。

「ああ、お前はその方が実力、発揮出来るだろ?」

ニヤリと笑うリョーコ。

「ありがとうございます。
 では、カイト、先行します!」

そう言うとカイトはセフィランサスを一気に加速させる。
最後尾にいたセフィランサスがアキト達のエステバリスを
あっという間に追い抜き、戦場へ消えていく。

「すっごい加速〜!」

「リミッター解除より早くねえか、あれ…?」

ヒカルとガイがセフィランサスの光跡を見て感想を漏らす。

(後でアレ、乗せてくれねえかな…。
カイトのヤツ…)

リョーコもそんな事を考える。

「スバル君、俺達はどうすればいいのかな?」

アカツキの言葉にハッとなるリョーコ。

「お、おう!
 フォーメーション、鳳仙花で散開!
 後、ロン毛!
 俺の事はリョーコでいい!
 苗字呼ばれるのは馴れてねえんだ」

「あ、あたしも〜」

「私もね…」

リョーコの言葉にヒカルとイズミも同調する。

「了解♪
 リョ―コ君、ヒカル君にイズミ君!
 さって、行きますか!」

アカツキの返事を合図に各機が散開する。
だが、アキトはまたしても反応が遅れてしまう。
フォーメーションから外れたアキト機にバッタが殺到する。

「おいおい、テンカワ君。
 何やってるんだい?
 …まあ、実に安全で良い戦い方だ。
 カイト君も買いかぶったモンだ。
 彼は君を高く評価していたけど・・・お門違いのようだね」

アカツキがからかうような口調でアキトに通信を開く。

「…俺は戦いを好きでやってるんじゃない!」

「だったら何でナデシコに乗ってる!?」

「…!」

アカツキの言葉にアキトの目が見開かれる。
機動を止めてしまったアキト機。
そこへ真正面からバッタが突っ込んでくる。
アキト機はそのバッタを受け止め、殴りつける。

ちっくしょぉぉぉっ!
 いいじゃないか、乗ってても!」

何度か殴りつけた時、バッタのスラスターが壊れたのか、
アキト機を中心に回転を始め、明後日の方向に飛んでいく。

「うわぁぁぁぁぁっ!」


その頃、先行したカイトは、セフィランサスを伸び伸びと駆け回らせていた。
流星の如く、戦場を駆け抜けバッタを切り裂くセフィランサス。
スクリーンに流れる爆炎を眺めながら、カイトはこの数カ月を思い返す。

(…軍の指揮官は堅物ばっかだったからなあ…。
艦長と提督は別として・・・)

作戦中の命令無視でカイトが譴責を受けた回数は両手を使っても数え切れない。
それを補って余りある戦果で処分を免れていたが。
久々に味わう戦闘の高揚感に酔いしれ、カイトは大事な事を失念していた。

『カイトさん』

突然、ウインドウが開きルリの声がコクピットに響く。

「ルリちゃん、どーしたの?」

『テンカワさんが大変です』

(ルリちゃん、全然大変そうに聞こえないよ…)

思わずカイトは苦笑する。
だが、ルリの表示した戦略画面を見た瞬間、カイトの顔色が変わる。

(しまった!
アキトさんが遭難してしまう!)

『テンカワ機に追いつける可能性のあるのはカイトさんだけです。
 至急、救援に…』

『カイト君、アキトを助けて!』

ルリのウインドウを押し退け、ユリカのウインドウがカイトの目の前に現れる。

『…艦長、邪魔です…』

押し退けられたウインドウからルリが半眼で抗議するが、ユリカは聞く耳持たない。

「わかりました!
 すぐに向かいます!」

カイトはすぐさまセフィランサスを反転、加速させ、アキト機の消えた方へ向かう。
やがてアキト機が視認出来る範囲までやってきたカイト。

「アキトさん、聞こえますか!?」

『カ、カイトか!?
 助けてくれ!』

「落ち着いて下さい!
 まず、バッタを離して下さい!」

『さっきからやってるんだけど…外れないんだよ、コイツ!』

アキトの叫ぶような声がセフィランサスのコクピットに響く。

(フレームに絡まってるのか!?)

アキトが自力での脱出が不可能と判断したカイト。

「アキトさん、すぐ助けに行きますから、
 スラスター全開にしてこっちに向かうようにして下さい!
 重力波ビームの供給ラインが迫ってます!」

『わ、分かった!』

カイトはアキトとの距離を詰めようとさらにセフィランサスを加速させる。

《エネルギー供給ラインです》

だが、無常にもカイトの前にウインドウが現れる。

「クッ…!」

内部バッテリーだけでは追いつけない所まで飛ばされていたアキト機。
カイトはセフィランサスを停止させる。

(…こうなる事は分かっていたのに!
…調子に乗りすぎだ…)

カイトが右手を強く握り締め、歯噛みする。

「…ナデシコ、こちらカイト。
 アキト機の追跡を断念。
 …これより帰還します…」

『…ちょっと、カイト君…』

一方的に通信を入れ、切る。
メグミの非難の声が聞こえたような気がするが、カイトの耳には届かなかった。
そのままセフィランサスをナデシコに向け加速させていく。

「クソッ…!」

コクピットにはカイトの自らを罵る呟きだけが満ちていた。



ナデシコ・ブリッジ


「申し訳ありませんでした」

集まったクルーに開口一番、カイトは深々と頭を下げる。

「アキトさんが遭難したのは僕の責任です」

「あ…、カイト君のせいじゃないよ!
 謝る事なんてないよ!」

頭を下げたままのカイトにユリカが慌てる。

「…カイトは悪くない。
 トカゲが怖いのに戦闘に出たあの人が悪い」

カイトの右隣にいたラピスがストレートな物言いでアキトを非難する。

「…ぅ」

さすがにユリカも言葉に詰まる。

「ラピス、そんな言い方しちゃ駄目だ」

「…どうして?」

ようやく頭を上げたカイトがラピスに視線を向けて注意する。
だが、ラピスは不思議そうにカイトを見つめる。

「ラピス、そういう事は思っていても口に出してはいけません」

今度は、カイトの左隣からルリがラピスに注意する。

「…ルリ、どうして?」

カイトからルリに視線を移したラピス。

「人は直接何かを非難されるのを嫌います。
 頭の中だけで思うか、口にしなければならない時は
 もう少し柔らかい言葉で言うべきです」

「…うん、わかった」

「「「「「「…」」」」」」

ルリとラピスのやり取りに固まってしまったクルー一同。
カイトは苦笑いしながら頭を掻くしかなかった。

「と、ともかくだ!
 テンカワは自力で戻って来れるのか?」

ブリッジの微妙な空気を打ち消すようにゴートが話の筋を本題へ戻す。

「無理だな。
 重力波ビームが切れるって事は、エステの補助バッテリーで飛ぶしかない訳で…
 5分も飛んで終わりだ」

ゴートの質問にウリバタケが腕組みして答える。

「遭難した時はその場から動かないってのが常識だからな、
 アキトの奴もそうしてるさ!」

「…ガイさん」

暗い顔をしていたメグミを元気づけるようとガイが声をかける。

「そーよ、リョーコちゃん」

「…うん」

ミナトも同じように暗い顔のリョーコを慰める。

「テンカワ機の現在位置はこの辺り…、こっちから近づければ帰還の可能性は大ね」

イネスが戦術画面を表示させる。

「しかし、ナデシコは修理中でして…この状態で出撃しては恰好の的です」

プロスも弱り切った、という顔で告げる。
沈んだ表情を浮かべていたユリカだったが、やおら顔を上げるとアカツキにたずねる。

「アカツキさん、コスモスにノーマル戦闘機、ありますか?」

「あるけど…どうするんだい?」

アカツキが不思議そうにユリカに聞き返す。

「アキトを迎えに行きます!」

勢い込み、ポーズを決めるユリカ。

「駄目です」

ユリカの提案を即座に否定したのはカイトだった。

「ええ〜、カイト君どうしてぇ〜?」

ユリカがカイトに頬を膨らませて抗議する。

「当たり前です。
 退却したとはいえ、この辺りにはまだトカゲがうろついてるんですよ?
 二重遭難の危険性が高すぎます。
 それに、艦長が自ら出向くなんて認められません」

「…ぅ」

カイトの正論に黙り込むユリカ。

「じゃあ、アキトを見捨てるっていうのかよ!?」

ユリカに代わりリョーコが叫ぶ。

「見捨てる訳ありません。
 …僕がセフィランサスで行きます」

「「「「「「え?」」」」」」

全員の目線がカイトに集中する。

「でも、カイトさん。
 エネルギー供給はどうするんですか?」

ルリが至極当然の疑問を口にする。

「…ルリ、セフィランサスには外部エンジンパーツがあるから大丈夫」

ルリの疑問に答えたのはラピスだった。

「…アレか」

ウリバタケが何かに思い当たったように呟く。

「外部エンジンパーツ?
 何それ?」

ユリカが?マークを頭に浮かべてカイトにたずねる。

「セフィランサスは元々、機動兵器による単独作戦を想定して作られた機体なんです。
 外部エンジンパーツを取り付ける事で重力波ビーム圏外でも活動できるんです。
 機動性が犠牲になるんで普段は外してるんですが…」

「じゃあ、アキトを助けに行けるんだね!
 さっすがカイト君!」

ユリカが思わずカイトに抱き付く。

「ユ、ユリカさん…」

カイトもこの行動は予期していなかったのか、顔が真っ赤になる。

「「…ムゥ」」

ユリカに抱き付かれ、顔を赤くしたカイトをルリとラピスが睨みつける。

「ラピス…」

「うん、ルリ…」

何やらアイコンタクトを取る二人。

はぅ!!

突然カイトが悲鳴を上げる。
ルリとラピスのつま先がカイトの両足の脛にクリーンヒットしていた。
思わずユリカを振り解き、しゃがみ込むカイト。

「ルリちゃん…ラピス…どうして…?」

涙目になって二人を見るカイト。

「「カイト(さん)が悪い(です)」」

「…ごめんなさい…」

ルリとラピスに睨まれ、小さくなるカイト。

(カイト君も大変ねぇ…)

美少女二人の尻に敷かれるカイトを苦笑いして見つめるミナト。
脛を摩りながらうずくまっていたカイトだったが、
突然何かに気付いたように立ち上がる。

「こんな事してる場合じゃないですね!
 一刻も早くアキトさんを救出に行かないと!
 さ、ウリバタケさん、パーツ付けるの手伝いますから
 さっさと格納庫へ行きましょう!」

「…お、おう?」

カイトの突然の行動に戸惑うウリバタケ。
お構いなしにウリバタケを引っ張りブリッジから出ていこうとするカイト。
何かをごまかそうとしているのは一目瞭然である。

「…?
 あ♪」

カイトの行動を不思議そうに見ていたラピスが何かに気付く。
そしてカイトの後を追い掛ける。

「あ、ラピスちゃん!
 何処行くの?」

ミナトがラピスを呼び止める。
その声にラピスは振り向くと口を開く。

「セフィランサスにはサブ…ムグ」

カイトが神速の速さでラピスの背後にやって来て、その口を抑える。
だがカイトの敵はもう一人いた。

「…確か、セフィランサスのコクピットには人一人乗れるぐらいの
 サブスペースがなかったっけ、カイト君?」

ニヤリとアカツキが笑う。

「アカツキさんっ!」

セフィランサスの構造を知るもう一人を封じていなかったカイト。

「「カイト(くん)(さん)」」

背後から放たれる冷たいオーラとそれに似つかわしくない
優しい声にカイトの顔が真っ青になる。

「な、なんでしょう…?」

額から冷や汗を滝の様に流しながら振り向くカイト。
そこには凄絶な笑顔を浮かべたユリカと、氷のような無表情をしたルリがいた。

「「私を連れてって(!)(下さい)」」

「あぅ…」

恐れていた最悪の事態に巻き込まれたカイト。
思わずその場にしゃがみ込む。
その時、ポンポンと頭を撫でられる。
振り向くとそこにいたのはラピス。
優しげな微笑みを浮かべてカイトの頭を撫でている。

「…ラピス」

カイトにはこの時、ラピスが天使に見えた。
だが、すぐにそれは天使の仮面を被った小悪魔であった事に気付かされる。

「…カイトは私を連れていってくれるよね?」

「…はぅ」

がっくりと肩を落とすカイト。

「幸せだが…哀れなヤツ」

カイトを取り囲み、自分が着いていく正当性を
主張する三人を見つめてウリバタケが呟く。

「アキトは私の王子様だから私が着いていくのが当たり前です!」

「テンカワさんの捜索には私のオペレート能力が一番役に立つはずです」

「セフィランサスのサブスペースはずっと私の場所だった…誰にも譲らない」

「ううっ…」

頭の上で交わされる激論。
カイトは助けを求めて視線をさ迷わせるが、誰も目を合わせてくれない。
意を決して、そっと三人の間から抜け出そうとするがあっさり捕まってしまう。

「「「何処に行く(のかな)(んですか)(の)?」」」

順にユリカ、ルリ、ラピス。
仁王立ちする3人の前に引き据えられ正座させられるカイト。

「…」

(北辰より怖いかも…)

前時間軸でアキトやナデシコと激闘を繰り広げた相手を思い出す。

「…お、おい、とりあえず、アキトを助けに行くのが先決じゃないのか…」

ガイが正論を持ち出し、カイトを助けようとする。

「「「…」」」

振り向いた3人の視線を浴びたガイは恐怖する。

「…仲間を助けに行く時にゃ、パートナー選びは重要だよな、ガハハッ!」

大量の冷や汗をかきながら大笑いし、ごまかすガイ。
このまま議論を続けても埒が明かないと悟ったルリが妥協案を提案する。

「…テンカワさんを助けに行くのはカイトさんです。
 どうでしょう、パートナーはカイトさんに選んでもらうという事では?」

「…私は構わないよ」

「うん…、私もそれでいい」

ユリカとラピスもその案に賛成する。

「「「さ、カイト(君)(さん)」」」

「あぅぅ…」

3人の余りの剣幕にカイトは後退りするが、すぐに壁にぶつかってしまう。

「「「さあ!」」」

「…僕一人で行くってのは…」

カイトが勇気を振り絞り自己主張を試みる。

「「「却下」」」

だが、それは一瞬にして拒絶される。

「…えっと…、じゃあ…」

「「「…うんうん」」」

「…ジャンケンで…」

カイトの提案にブリッジが沈黙に包まれる。

「「「「「「「はあ!?」」」」」」」

ユリカ、ルリ、ラピスを含むクルーの目が点になる。
そして、ブリッジでは壮絶なジャンケン大会が繰り広げられた…



コスモス・重力カタパルト


カタパルトで発進準備中のセフィランサス。
カイトは例の鎧のようなパイロットスーツではなく、通常のスーツを着用している。
外部エンジンパーツの装着により、
セフィランサスが通常のエステバリス並の機動しか出来なくなる為である。
計器のチェックをしていたカイトだったが、
背後のサブスペースから伝わる気配にその手を止める。

「…どうしたんです?
 さっきからえらく大人しいですけど?」

振り向いて、サブスペースに乗っている人物に声をかける。

「…うん、カイト君、ごめんね…」

パイロットスーツを纏ったユリカがサブスペースから顔を覗かせる。

「…?
 何がです?」

「ホントはルリちゃんかラピスちゃんと
 一緒に行きたかったんじゃないのかなー、って…」

「アハハ…、そんな事ないですよ」

「…でも…」

「それにアキトさんもユリカさんが来てくれた方が嬉しいと思いますよ♪」

カイトの言葉にユリカの顔がパッと輝く。

「そうだよねっ!
 カイト君もそう思うよねっ!
 アキトは私を大好きだもんねっ♪」

「はい♪」

カイトは微笑みを浮かべて答える。
自分がやって来た事で歴史がどう変わるのかまだ分からない。
もしかするとアキトとユリカが結ばれるという未来は変わってしまうのかもしれない。

(でも…、出来ればまた4人で暮らして、あの屋台を引きたいな…。
あ、ここにはラピスもいるから5人か…)

カイトの脳裏に懐かしい日々が甦る。
アキトの四畳半のアパートでの生活。
狭かったが笑顔の溢れていたあの頃。
それはカイトの僅かな記憶の中では最も幸せで、最も輝いている日々だった。

(あの頃の幸せを取り戻す為なら、僕はなんだって出来る…)

カイトは顔を引き締め、前を見据える。

(だから…、アキトさん、貴方を死なせはしません!)

決意を新たにブリッジに出撃許可を求める。

「セフィランサス、発進準備完了!
 射出、お願いします!」

『いってらっしゃい…』

ルリがウインドウに現れたかと思うと、カウントダウン無しで突然カタパルトが起動する。

「どわっ!
 …ル、ルリちゃん〜!?」

「ひょぇぇぇぇぇっ!!」

カイトとユリカの悲鳴が重なり、セフィランサスが宇宙に飛び出し…、
もとい放り出される。
二人は敵に回してはならない人物を敵に回した事をその時、悟った。

「「ルリちゃん、ごめんなさ〜い!」」

セフィランサスはクルクルと回転しながら虚空の彼方へと消えていく。


「ふぅ…」

カイトとユリカの悲鳴を聞きながら、ルリはブリッジで溜め息を吐く。

「ルリ…」

サブオペレーターシートに座っていたラピスもカウントダウン無しで
セフィランサスを射出したルリの暴挙に顔をひきつらせる。
以前、ガイがルリの機嫌を損ねて同様の扱いを受けた事を思い出すミナトとメグミ。

((絶対、ルリちゃんだけは怒らせないようにしよう…))

それはその場に居合わせたクルーの総意でもあった。



月宙域・アキト機


アキトはエステバリスのパーツを外す爆発ボルトの反作用を
利用してナデシコへ帰還しようとしていた。

「あんなのがヒントになるなんて、まるでゲキガンガーみたいだな…」

アカツキに煽られ、挑戦した無重力バスケをヒントにアキトはこの方法を思いついた。
ある程度の加速が得られたところでソーラーセイルを開き、さらに加速を得る。
だがそれでもアサルトピットに残された酸素が
ナデシコのセンサー範囲に到達するまで保つかどうかは微妙だった。

(…でも、きっとカイトが、皆が助けに来てくれる…)

そう思う自分に嫌悪感を覚えるアキト。

(何やってんだろうな…、俺…)

溜め息を吐くアキト。
カイトは"恐怖は誰にでもある"と言った。
そして"それに飲み込まれるな"とも。
よく考えれば、自分を殺そうと迫ってくる相手が怖くないはずはない。
そう考えれば、リョーコやガイも恐怖を押し込めて戦っているのだ。
"戦う事が好きだ"と言ったアカツキも。

「何で俺だけ出来ないんだよ…」

俯いて呟くアキト。

「アイツ等と俺と、何が違うんだよ…」

アキトは気付いていなかった。
皆、それぞれに戦う理由があるから戦えると言う事に。
火星に残された人達を救うという目的が潰えた時、
アキトの中で戦う理由が無くなってしまった事に。
だから克服したと思っていたトカゲに対する恐怖心が甦ってしまったのだ。

「チクショー…」

弱気の虫がアキトの中で大きくなっていく。

「…俺、ナデシコにいない方がいいのかな…」

パイロットとしても半人前、コックとしても半人前の自分。
よくよく考えれば、自分は皆に迷惑を掛けてばかりだ。
ナデシコのクルーは『人格に問題があっても、能力は超一流』を基準に
集められたと聞いている。
ユリカを追い掛けて無理矢理乗り込んだ自分は
ナデシコにとって必要ない人間なのではないかとも思えてくる。

(…地球に帰ったら、降ろして貰おうか…)

アキトがそう決意を固めつつあった時、センサーに突然機動兵器とおぼしき機影が現れる。

「…バッタか!?」

だが、次の瞬間、通信が開く。

『お〜い、アキト〜!
 助けに来たよ〜♪』

ユリカの笑顔がウインドウいっぱいに現れる。

『アキトさん!
 無事ですか!?』

その隣にカイトのウインドウが現れる。

「…ユリカ!
 …カイト!」

ウインドウに現れた二人のいつもと変わらぬ笑顔が今のアキトには辛かった。

「お前等…どうして…?」

カイトはアキトの様子がおかしい事に気付く。

「どうしてって…カイト君のセフィランサスなら
 重力波ビームの圏外でも活動できるから…」

ユリカはそれに気付かず、助けに来た方法を説明しようとする。

「違う!
 …どうして俺なんか助けに来るんだよ…、
 トカゲがいて危険なのに…、
 どうして俺なんかの為に…」

「アキト…」

アキトの声が震えている事に気付き、ユリカも様子がおかしい事に気付く。

「アキトさん、何があったのかは分かりませんがとにかく救助しますよ?」

カイトは腕のギミックからワイヤーを撃ちだし、アキト機を牽引する。

「アキト、一体どうしちゃったのかな…?」

ユリカが心配げに呟く。
カイトにはアキトの様子がおかしい事の理由が何となく分かっていた。
ここ2回の戦闘での失態、克服したはずのトカゲに対する恐怖。
それらの負の感情が一気に噴き出し、アキトが自暴自棄に陥っているという事に。
そして、その原因にも。
前時間軸でも遭難したアキト。
その時は助けに来て、逆に助けられる形になったユリカとメグミを
ナデシコに無事に連れ帰るという使命感、
そして道半ばで倒れたガイの遺志を守りたいという想いを支えにしてこの時、
戦う理由を見つけたとカイトは聞いていた。
今回はユリカとメグミを守るという訳ではないし、
ガイもナデシコでピンピンしている。
カイトはどうにかしてアキトに戦う理由、
ひいてはナデシコに乗る理由を見つけて貰わねばならない。

(さて、どうしたものか…
まさか、ユリカさんをアキトさんに預けて置き去りにする、
 なんて出来る訳ないし…)

チラリとサブスペースのユリカに目をやるカイト。
ユリカはカイトの視線に気付かず、ただただアキトの心配をしている。

(う〜ん…)

カイトは頭をフル回転させるが、良い考えは思いつかない。

「…なあ、カイト…」

「はい?
 どーしました、アキトさん?」

思い悩んでいた所にアキトから話し掛けられ、驚くカイト。
驚いているのを悟られないように普段通りの対応をする。
カイトの背後でユリカも耳をそばだてる。

「…お前、何で戦ってるんだ…?
 火星で大切なものの為って言ってたけど…それ、何なんだ…?」

カイトはその言葉を聞いて、ゆっくりと息を吐き出す。

(アキトさんはどんな時でも僕と真正面から向き合ってくれた…だから、僕も…)

「少し…僕の話をしてもいいですか?」

「え?
 あ、ああ…」

「僕には、生まれてから今まで、育ってきた記憶がありません」

「「…!」」

アキトとユリカが息を飲む。

「でも、どういった場所で生まれて、どういった育てられ方をしたのかは知ってます」

カイトはポツリと自らの過去を呟く。

「最強の"兵器"となるべく、とある研究所で作られた存在…それが僕だそうです」

アキトとユリカはショックの余り、口を聞けないでいた。
記憶喪失である事もそうだが、カイトは自分の事を"兵器"と言った。
それはカイトが今までヒトではなくモノとして扱われてきたと言うに等しい事だった。

「事情を知らなかったとはいえ、ナデシコの皆は僕をヒトとして受け入れてくれた…。
 僕のヒトとしての記憶は全てナデシコにあるんです。
 ナデシコは"僕が僕でいられる"唯一の場所なんです。
 だから、僕は…」

カイトがそこで一度言葉を切る。

「…僕はナデシコが好きです」

「…」

「クルーの皆が大好きです。
 だから…、大好きな皆と、少しでも長く一緒にいたい。
 少しでも多くの思い出を作りたい…。
 戦争が終わった時、誰一人欠ける事なく皆と笑っていたい。
 そして…いつかナデシコに乗っていた事を微笑みながら思い出話がしたい…」

「…カイト」

呆然とアキトが呟く。

「だから、僕はナデシコで戦います。
 僕の大好きな艦を、大好きな皆を守る為に。
 僕が僕らしくいられる場所を守る為に」

「…カイト君」

ユリカの瞳から涙が零れ落ちる。

(…カイト君も…、カイト君も同じだったんだ…)

「…アキトさん、ナデシコ、好きですか?」

「…え?」

カイトの問い掛けを思わず聞き返すアキト。

「ナデシコ、好きですか?」

「…ああ」

「だったら、それでいいじゃないですか。
 …自分の好きな物を守る、戦う理由なんてそれでいいじゃないですか」

「…うん」

「誰が何と言おうと、自分がそう望むからそうする…、
 アキトさんが戦う理由…、ナデシコに乗る理由にはなりませんか?」

「…」

アキトは俯いて、肩を震わせる。
カイトの言葉が胸に染み込んで来るのを感じていた。
自分もそう思う、けれど後一歩、踏み出す勇気が欲しかった。

「…ユリカ、俺はナデシコに乗っててもいいのかな?
 …俺にもナデシコを、自分が自分らしくいられる場所を守れるかな…?」

「もちろんだよ、アキト!
 アキトは私の王子様だもん!
 絶対、…絶対出来るよ!
 それに、ほら!」

ユリカの声と共に、白い船体が3人の前に現れる。

「…ナデシコ…、何でここに!?
 修理中じゃなかったのか!?」

アキトが驚いて叫ぶ。

「「「「「「「アキト〜!無事か〜!」」」」」」」

セフィランサスとアキト機のコクピットがクルーのウインドウで埋め尽くされる。
アキトの瞳から涙が零れ落ちる。

(…何だよ、俺の大切なモノ、こんなに近くにあったんだ…)

涙で視界がぼやけるが、そんな事は気にならなかった。
修理中という危険を押して、駆け付けてくれる仲間が自分にはいる。

(だから…、俺は戦うよ!
ナデシコを守る為に戦うよ!)

アキトの目に決意が宿る事を確認したカイトがクルー全員に報告する。

「セフィランサス、アキト機を救助して只今帰還致しました!」

カイトの報告にブリッジが歓声に包まれる。

「…まさか、修理中のナデシコで救助に行くと言い出すとは思わなかったな」
アカツキが騒がしいブリッジの中で呟く。
ユリカの代わりに艦長席で指揮を取っていたジュンが
その呟きを聞き、アカツキに答える。

「…何と言うか…、彼がいないと面白くないんですよね。
 僕も、皆も」

そう言ってジュンはアカツキに微笑む。

「やれやれ…、皆お人好しだねぇ…」

首をすぼめるアカツキだが、その声にも喜びが混じっている事に気付いたジュン。

(アカツキさんも素直じゃないな…)

ジュンの苦笑いに見送られ、アカツキがブリッジを出ていく。

「…さ、皆!
 アキト達を収容しよう!」

「「「「「「「おー!」」」」」」」



(かくしてナデシコは元通り。
明日からも今まで同様騒がしい日々が続きそう。
皆、バカばっか…
でも、何かを守る為に何かを切り捨てるんじゃない、
そんなナデシコで良かったと思う私もバカですね…
とりあえず、めでたしめでたし。
…あ、カイトさん、この電信文はなんなのか、説明して貰いますからね)

ルリは格納庫に戻ってきた3人を見ながらグシャリと手に持った紙を握りつぶす。
それはカイトとユリカがアキト捜索に出発してからしばらくして、
月攻略第2艦隊旗艦『ルドベキア』から発せられた電信文だった。
その時、セフィランサスから降りてきたカイトが肩を震わせ、辺りを見回す。

『カイト、どした?』

カイトの様子に気付いたアキトが声を掛ける。

『いや、今なんか背中に悪寒が…』

何となく嫌な予感がするカイトだった。



ナデシコ・ブリッジ


ナデシコを再びコスモスに収容し、ブリッジに集められたクルー達。
ユリカとプロスが新しくクルーになる人間を迎えに行っている為、ここにはいない。
ガヤガヤと騒がしいクルーだがユリカとプロスが姿を現すとほんの一瞬、
大人しくなるが、一緒に入ってきた人物を見て目を丸くする。

(なあ、あれって…)

(ああ、間違いない)

(アイツだよね…)

(ねえねえ、誰なの?)

(俺が知るかよ…)

意外な人物の登場にざわめくクルー達。
一部クルーは面識のないものもいたが。
それでもその思いは一つだった。

(((((((…キノコだ…)))))))

「えー、今日からナデシコに乗って頂く事になりました、
 ムネタケ・サダアキふくて…」

「…む」

ムネタケがプロスを半眼で睨み着ける。

「…失礼しました。
 ムネタケ・サダアキ"提督"です」

「「「「「「「提督〜!?」」」」」」」

呆気に取られる一同。
当のムネタケは両手でピースサインを作り、
さかんに提督である事をアピールしている。

「ヨロシク〜♪
 ヨロシク〜♪
 ヨロシ…ヒィィィィィッ!?

突然悲鳴をあげ、ムネタケの動きが止まる。
暫く目を白黒させるムネタケ。

「ちょ、ちょっとアンタ!
 アンタ、火星で死んだんじゃなかったの!?」

立ち直ったムネタケが目を剥いてカイトに詰め寄る。

「行方不明にはなりましたけど、死んでません」

サラリと答えるカイト。
クーデターを鎮圧された時に刷り込まれた恐怖にムネタケが顔を引きつらせる。

「フ、フン!
 あの時は油断して不覚を取ったけど、今度は連合軍最強のパイロットが、
 私には、"妖精の白騎士"がいるのよ!」

ムネタケの言葉に爆笑するナデシコクルー。
ゴートですらニヤつく表情を隠しきれない。

「な、何よ、アンタ達…、気味が悪いわね…。
 まあ、いいわ。
 ミカズチ=カザマ少尉を呼びなさい」

「はい」

カイトが返事をして前に一歩出る。
カイトを一瞥してムネタケが眉をひそめる。

「…?
 何よ?
 早く呼んできなさいよ」

「ですから、お呼びと聞き、ミカズチ=カザマ少尉、出頭致しました」

カイトはビシリと敬礼し、答える。

んなっ!
 な、何を馬鹿な事言ってんのよ!?
 アンタはカイトでしょ?」

「仕方ないですね…、ルリちゃん、ラピス」

「「ハイ」」

カイトはルリがいつの間にか持っていた白いマントを受け取り、羽織る。
そして、これまたラピスがいつの間にか持っていたバイザーを受け取り、掛ける。

「これならどうですか、提督?」

白騎士の格好をしたカイトがニヤリと笑う。

「…あ、ああ…、まさか、そんな…」

ムネタケの顔が真っ青になっていく。

「カイトがミカズチ=カザマ…ミカズチ=カザマがカイト…う〜ん…」

バタリと床に倒れ込み、ピクリとも動かなくなるムネタケ。
それを見てまたしても爆笑するクルー。
今度はゴートもその厳めしい顔を歪めて爆笑している。

「あー、皆さん。それぐらいで…。
 もう一人、いらっしゃいますので…ククッ」

プロスもさすがに笑いを抑えきれていない。
しかし、その黒髪の女性は倒れたムネタケを一瞥すると、
一歩前に出て何事もなかったかのように自己紹介を始める。

「エリナ・キンジョウ・ウォン、副操舵士として新たに任務に着きます」

「「「「「「…」」」」」」

爆笑していたナデシコクルーの動きが止まる。
この騒ぎに顔色一つ変えない彼女に呆気に取られている。

「…よろしく」

そう言って頭を下げてブリッジから出ていく。
それを呆然と見送るクルー一同。

「…何で会長秘書が乗ってくるんでしょうねえ…」

エリナの背中を見送りながら、プロスが呟く。

(…エリナさん…)

そしてこの時、カイトの目つきが険しくなったのはバイザーに隠され、
気付く者は誰一人いなかった。



ナデシコ・秘匿通信室


「まさか、本当にナデシコに乗っているなんてね。
 たちの悪い冗談だと思っていたわ」

エリナがコンソールに向き合ったまま、背後に立つ男に話しかける。

「僕はいつでも本気だよ。
 それとも、迷惑だったかな?」

「ええ、とっても…よし、これね」

「これかい…?」
スクリーンにはアキトが自室でゲキガンガーのビデオディスクを
見ている様子が映し出されている。

「テンカワ・アキトの生体ボソンジャンプの瞬間が…何よ、これ!」

「…コイツは…!
 エリナ君、まずいぞ!」

画面に映し出されたのは、砂嵐に浮かぶ『KAITO』の文字。

「…契約違反ですよ、会長、エリナさん」

「「!」」

慌てて二人が振り向くと、白装束のままで扉に持たれているカイト。

「…僕がボソンジャンプの実験に協力する代わりに、
 ナデシコクルーに手を出さないという条項があったはずですが?」

「…ぅ」

エリナも言葉を詰まらせる。

「…ま、今回は貸し一つにしときましょうか」

その言葉に胸を撫で下ろすアカツキとエリナ。

「でも、次はどうするか分かりませんよ?
 …それから、ナデシコが地球へ降下します。
 各員持ち場で待機、との艦長からの伝言です」

「わかった…。
 すぐに行くよ」

カイトはアカツキの言葉に頷くと、通信室から出て行く。

「…何で、アイツは私達の行動を把握してんのよ…?」

アカツキでは、エリナの呟きに答える事は出来なかった。


続く…


(後書き後に余談アリ)

 後書き

村:ども、村沖和夜です。
  RWK第8話『再会…そして「はじめまして」』後編をお送りしました!
  本日は新たなゲストをお招きしています。
  ど〜ぞ〜!入ってきて下さい!!

ラ:…

村:…あの?

ラ:…何?

村:…自己紹介なんかして欲しいなあ、なんて。

ラ:…必要ない。
  ここに来る人なら私の事、知ってるはず。

村:いや、それはそうですけど。

ラ:…それよりアキトは?
  ユーチャリスはどこ?

村:(ニヤリ)
  頭の…(以下略)

ラ:…何、これ?

村:天使の…(以下略)

ラ:…アキトは生きてるの?

村:さあ?

ラ:…(ブチッ
  …えい

村:(ドゴォォォォォン!!
  ギャアァァァァァッツ!!!

ラ:…クスクス…丸焦げ…

村:…ゲストが変わっても僕の扱いは変わらないのか…?
  …シクシク…ユリカさ〜んッ、戻ってきて〜ッ!!(魂の叫び)

ラ:…ネタはこれぐらいにして後書きしよう?

村:…僕が斬られたり、殴られたり、撃たれたりするのはネタなのか…(泣)

ラ:…それはもういいから。
  私がカイトに懐いているのはどうして?

村:…『空白の八ヶ月』ですよ(ちょっとナゲヤリ)

ラ:…(怒)
  セフィランサスは?

村:カイト君の専用機。
  開発は『空白の八ヶ月』で。
  詳しいスペックはまた今度(ナゲヤリ)

ラ:…真面目にやる気ある?(激怒)

村:斬られたり、殴られたり、撃たれたりしなければ。

ラ:分かった。
  斬ったり、殴ったり、撃ったりしない。
  変わりに…

村:(ゲシゲシ!
  ギャアァァァァァッツ!!!
  蹴らないで〜ッ!!!!

ラ:…馬鹿なことしてるから時間なくなっちゃった…
  今回はこの後に余談があるのに…

村:何?
  そんなの聞いてない!!

ラ:…ルリがやれって。
  やらないと『相転移砲で撃ちます』だって。

村:…脅せばなんでもやると思ってない?

ラ:…違うの?(真剣)

村:…(反論できず)
  それでは、皆様、余談をお楽しみ下さい…(号泣)

ラ:それから次回予告。
  感謝の言葉も忘れずに。

村:…。
  それでは次回のRWK

   第9話『シロクマ救出大作戦』
    「フフッ、そうしてると兄妹というより家族みたいだね、アンタ達」

  をお送りします。
  ここまで読んで下さった皆様に感謝しつつ…
  第9話でお会いしましょう!

ラ:…これ、誰の台詞…?







 余談


「あれ、アキト?
 どこ行くの?」

その夜、ユリカはアキトと通路でばったり出くわした。
アキトの手にはナデシコ食堂のオカモチが。
その中には香ばしい湯気を立てるラーメンが3つ入っている。

「カイトの部屋。
 今日のお礼にね。
 俺が出来ることってこれぐらいだから」

「フフッ、何だかアキトらしいね。
 カイト君、きっと喜んでくれるよ。
 私も一緒に行っていい?」

「いいよ」

ユリカとアキトは連れ立って歩き出した。
やがてカイトの部屋のある区画へやってくる。

「…あれ?」

見ればカイトの部屋の前のベンチでラピスがボーッとしている。

「ラピスちゃん、どうしたの?」

ユリカが声を掛けるとラピスが二人を見る。
ちょっと考え込む仕草をしてからラピスが口を開く。

「…えっと、ユリカにアキト…?」

「そうだよ♪
 覚えてくれたんだね!
 ユリカ、感激〜ぃっ!!」

「カイトは中?」

アキトが尋ねるとラピスはやや顔を引きつらせる。

「…ウン、でも…」

『ごめんなさい、ごめんなさい!!
 ホントに何もなかったんです!
 信じて下さい!!』

「「…?」」

部屋の中からカイトが誰かに哀願し、許しを請う声がする。
アキトとユリカは顔を見合わせると、ドアに手を掛けた。

「ホントです!
 誓って浮気なんかしてません!!」

アキトとユリカが見たものは…
何か紙切れを手に仁王立ちするルリの姿。
そしてルリにひたすら土下座するカイト。

「…信用できません。
 とにかく”お仕置き”です。
 それに”浮気”じゃありませんよ?
 私とカイトさんは付き合っている訳じゃありませんし。
 ただ、二人の女性と同時と付き合うのは社会的にどうかと思います。
 だから…”お仕置き”です」

クスリ、と微笑むルリ。
その笑顔にユリカとアキトは戦慄した。

「そんなッ!
 僕と付き合ってないならルリちゃんが何でお仕置きするのさ!?
 それって焼き餅…、あ、いや、冗談です!
 ごめんなさい、口が滑りました!!
 やめてぇぇぇぇぇッ!!
 ギャアァァァァァッツ!!!

「「…」」

カイトが人外の悲鳴を上げた時、二人の前にルリの持っていた紙切れが落ちてきた。
何気なくそれを拾い、覗き込むユリカとアキト。
それは電信文をプリントアウトした用紙だった。
文面は擦れていて読めないが、かろうじて最後の文章と差出人は判別できた。

『……ずっと、貴方を待っています。
 リリン・プラジナー&アリシア・バイアステン』

「女の人…?
 しかも二人…」

ユリカがポツリと呟く。
大体の事情は把握できた。
これを見たルリが嫉妬したのだろう。
心配していた相手が何処かでよろしくやっていた。
しかも二股。
ルリの怒りももっともである。

「あ、アキトさんッ、ユリカさんっ!
 た、助けてくださいっ!!」

ユリカとアキトに気付いたカイトが助けを求めてくる。
アキトはカイトを助けようと一歩踏み出したが、ユリカがそれを止めた。

「…ユリカ?」

「戦況は絶望的。
 増援は無意味よ。
 退却しましょう」

『不敗の女王』が出した結論。
それは『触らぬ神に祟りなし』と言うことだった。

「…そだな。
 カイト、ラーメンここにおいとくから終わったら食べてくれ。
 …生きてたら、だけどな」

アキトはオカモチをテーブルの上におくときびすを返した。
ユリカも黙ってそれに続く。

「…カイト君、短い間だったけど帰ってきてくれて嬉しかったよ。
 じゃあね…」

ユリカの中では既にカイトは過去の人になりつつあった。

「いや、まだ死んでませんって!
 …ギャアァァァァァッツ!!!

だが、それも時間の問題である。

「ま、待って…」

アキトとユリカは後ろを見ないようにしてカイトの部屋を後にした。

「ラピスちゃん、今日は私の部屋で寝よっか?」

「…ウン」

外で待っていたラピスの手を引き、ユリカはそそくさとその場を後にした。
アキトは一度扉を振り返り、カイトの冥福を祈るとユリカ達を追いかけた。


翌日、カイトは九死に一生を得て生還した。
しかし、彼は暫くの間、女性クルーには一切話しかけなかった。
あの日あの場所で何が起きたのか。
当事者たるカイトとルリは何も語ろうとしなかった。
また、”お仕置き”の唯一の目撃者であるユリカとアキトも
この件について口を開くことは未来永劫なかった…







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