機動戦艦ナデシコ
〜Return of the White Knight〜




第8話 再会…そして「はじめまして」(前編)



月軌道上・連合宇宙軍第1艦隊旗艦グラジオラス


月軌道では連合軍の艦隊とトカゲ艦隊の間で激しい砲戦が行われていた。
世に言う第4次月攻略戦である。
戦端が開かれた当初は互角だった砲戦も時間の経過と共に、
数に勝るトカゲ艦隊が徐々に優勢になりつつあった。

「クッ…"ルドベキア"と"Fairy's White Knight "は…、第2艦隊はまだか!?
 プラジナーは何をしている!?」

艦隊司令とおぼしき男が歯噛みして部下に怒鳴る。

「…ルドベキアより返電!
 間もなく到着するそうです!」

「それは5分前にも聞いたぞ!」

苛立ちを隠さずコンソールに拳を叩きつける男。

「前方のチューリップにエネルギー反応!
 ヤンマ級以上の大型艦、来ます!」

「ヤンマ級以上の大型だと!?
 …敵の新型か…?
 来るなら来い!
 いざとなればこのグラジオラスをぶつけるまでだ!」

司令の言葉にブリッジが緊張する。

「待って下さい!
 識別コードは青…!
 こ、これは…!?」

「どうした!?
 報告しろ!」

ブリッジの緊張を打ち破るかのように響いた報告。
しかし途中で言い淀んだ彼を司令が叱咤する。

「失礼致しました!
 …該船はネルガル重工所属・機動戦艦ナデシコです!」

「「「「「ナデシコだとぉ〜!?」」」」」



ナデシコ・ブリッジ


「…ンン…」

照明が落ち、非常灯が燈るのみの薄暗いブリッジで
ルリが僅かに身じろぎし、目を覚ます。

(…私…気を失ってたのかな…?)

コンソールから身体を持ち上げ、辺りをキョロキョロと見回す。
両隣のシートに座るミナトとメグミもコンソールに突っ伏してはいるが、
肩が上下している事が見てとれる。

(オモイカネ?)

《はい、ルリさん》

(良かった、貴方も無事だったのね)

オモイカネの無事を確認し、安堵の息を吐くルリ。
しかし、すぐに俯き暗い表情になってしまう。

《ルリさん、どうしました?》

(オモイカネ…カイトさんを探して…)

《了解…検索中…》

ルリは火星での出来事は悪い夢だったのではないかと思う。
実はカイトはナデシコのどこかに隠れているのではないか、と。
自分でも有り得ないと思うほどの希望に縋るルリ。
だが、現実は残酷だった。

《検索終了!
 …ナデシコ艦内にカイトさんの反応はありません》

(…)

《ルリさん…》

オモイカネも心配げにルリの周囲にウインドウを展開させる。

(…ゴメンね、オモイカネ。
…今の状況は?)

《現在地は月軌道上。
 周囲では連合宇宙軍の艦隊と木星トカゲが交戦中》

「…え?」

戦場の真っ只中と聞いて思わず間の抜けた声を上げてしまったルリ。

(…オモイカネ、ディストーション・フィールドを全開。
それからグラビティブラストもチャージ…あれ、艦長は?)

オモイカネに指示を出し終えた所で気付く。
戦闘に関することなら素人の自分より遥かな適任者がいた事を思い出す。

(オモイカネ、艦長は?)

《展望室で他2名と気絶中です。》

(…他2名?)

《テンカワ=アキト、イネス=フレサンジュ両名です》

(テンカワさんとイネスさんも…?
なんでそんな所に…?)

不思議に思いつつも展望室にウインドウを開く。
ありし日の火星の草原を模した展望室に
アキト、ユリカ、イネスの三人が並んで倒れている。

(…とりあえず、艦長だけでも起こさないといけませんね…)

状況が状況だけにルリはそう判断する。

「艦長、テンカワさん、イネスさん。起きて下さい」

だが3人ともルリの呼びかけには応えず眠ったままだった。

「…おーい、やっほー、朝ですよー、起きてくださ〜い」

アッカンベーをしながらルリは展望室中にウインドウを展開し、
サイズも拡大して表示する。

「う、ううん…」

その時、ユリカが僅かに身じろぎしうっすらと目を開く。

「艦長?」

「…んん…ルリちゃん…?」

ルリの呼びかけに寝ぼけ眼で答えるユリカ。

ひょえぇぇぇぇっ!?

きっちりと目を開いたら、展望室中に展開されていたルリのアッカンベー。
起きぬけにそれを目にしたユリカは悲鳴を上げる。

「ル、ルリちゃんがいっぱい〜!」

「…スイマセン」

やや頬を紅潮させつつウインドウを消すルリ。

「…あー、びっくりした…。
 ところでルリちゃん、状況は?
 ここどこなの?」

「月軌道です。
 状況はこんな感じです」

ルリはユリカの前に周囲で繰り広げられる艦隊戦をウインドウで中継する。

はえぇぇぇぇぇっ!?

ユリカの叫びリターンズ。

「艦長、指示を」

ムンクも真っ青な叫びを上げるユリカに冷静に指示を求めるルリ。

「…はぇ?
 あ、うん!
 えっと…、後退しながらグラビティブラスト広域放射!
 フィールド出力最大で全速後退!
 後、エステバリス部隊は出撃準備!
 私もすぐブリッジに向かいます!」

状況を一目見ただけという事を考えれば上々の判断だが、
この時のユリカは周りに連合軍の艦艇が展開している事をすっかり忘れていた。

「了解。
 あ、艦長、ブリッジに来る前にテンカワさんとイネスさんを起こして下さい」

「ほぇ?
 アキトとイネスさん?」

ルリの言葉に振り向くユリカ。
ユリカの目に飛び込んで来たのは手を取り合って倒れているアキトとイネス。

「だめーっ!!」

すぐさま二人に駆け寄り、手を引き離す。

「アキトっ、アキトっ!
 起きて、アキトっ!!」

アキトの胸倉を掴み、思いっきり揺さぶるユリカ。

「う、う〜ん…うおっ!?」

頭をシェイクされ、目を覚ますアキト。
目を開いた瞬間飛び込んできたユリカの顔を見て悲鳴をあげそうになる。

「アキト、ヒドイよ…私という者がありながら…。
 でもでも、アキトも男の子だもんね、浮気の一つや二つ…大目に見てあげないと…。
 でも、やっぱりやだぁ〜!」

目を覚ますなり、自分の胸倉を掴んだままで
びーびーと泣きじゃくるユリカを見てアキトは困惑する。

「…俺、何かした…?」

アキトの言葉を無視し、ルリがユリカに告げる。

「…艦長、痴話喧嘩はそれくらいにしてさっさとブリッジに来て下さい…」

「…はぁーい」

ルリに窘められたユリカは渋々掴んでいたアキトの制服を離す。

「アキト、この事については後でゆっくりお話ししましょう」

そう言い残すとユリカは展望室を一目散に駆け出していく。
一人残されたアキトは再び呟く。

「…だから俺、何したんだ?」

話の流れに全く着いていけず呆然とするアキトだった。



ナデシコ・ブリッジ


貴様等、何考えてんだ〜!

サングラスが割れ、フレームのみとなってしまった第1艦隊の司令が
怒り心頭といった様子で怒鳴り散らす。

『幸い、逸れて死人こそ出なかったからいいものの…いいか!?
 貴様等が攻撃を続けるなら第1艦隊の名誉にかけて迎撃する!
 以上!』

怒鳴るだけ怒鳴ると一方的に通信を切られる。

「はぅ…だから誤解なのに…」

スクリーンの前で小さくなっていたユリカが呟く。

「…誤解で済んだら戦争も楽だよ…」

ユリカの隣で一緒に怒鳴られていたジュンがボソリと呟く。

「ま、あの人達掠めて撃っちゃったんですから、怒るのも無理ありませんね」

「あ〜あ、今頃軍人さん達に助けて貰えたかもしれないのにね?」

「…せめてブリッジにいてくれたなら状況も確認できたろうに…」

メグミ、ミナト、ゴートの言葉を聞いたユリカが益々小さくなる。

「はぅぅ…。
 …ねぇ、アキト?」

「な、何だよ?」

ユリカがエステバリスで待機中のアキトに通信を開く。

「アキトは何がどうなったのか知らない?」

「…えっ!?」

「知りたいな、知りたいなぁ〜♪」

「ヒ、ヒカルちゃん」

「俺も気になるぜ!」

「ガイまで…」

「非常事態に展望室に女二人連れ込むなんて、やるねえ、アキト?
 しかも艦長とドクターをよ」

「ガイ…勘弁してくれよ…」

恰好のからかいの的になったアキト。
憔悴仕切った顔で何かに思い当たる。

「そ、そうだよ!
 イネスさんだよ!
 こんな時にあの説明好きが現れてくれてもいいだろ!?
 …イネスさ〜ん!」

アキトが必死の形相でイネスを呼ぶ。

「…ンン…」

ウインドウに現れたのは展望室で熟睡したまま、身をよじるイネス。
その大人の色香に満ちた寝息に固まるクルー一同。
すぐにウインドウが[しばらくお待ち下さい]の表示に変わる。

「え…、ちょっと…」

呆然となるアキト。

「…アキト、お前何やったんだ…?」

「ま、待ってくれ!
 誤解だ!
 俺は何もしてない!」

だがクルーの疑惑の視線は益々強まる。
だがアキトの助け船は意外な所から現れた。

あ〜っ、もーウルセー!
 テンカワが何処で何してようといいじゃねえか、別に!
 俺はテンカワを信じる!」

リョーコが突然大音量で割り込んで来る。
責められるアキトを見るに見かねて割って入ったリョーコだったが、
その行動が墓穴を掘った事にまでは気付いていなかった。

「「へぇ〜」」

ニヤリと笑いリョーコを見つめるヒカルといつの間にかウインドウを開いていたイズミ。

「な、何だよ…?」

墓穴を掘った事にようやく気付いたリョーコ。
その頬が僅かに赤く染まる。

「「俺はテンカワを信じるぅ〜?」」

「う、煩いぞ、お前等!
 今は待機中…!」

「「テンカワ、テンカワ、テンカワ…」」

「クゥゥゥゥゥ…」

顔を真っ赤にして肩を震わせるリョーコ。
だが、彼女の助け船もまた意外な所から現れた。

「…敵、第2波来ます」

木星トカゲとルリだった。

「よ、よし!
 行くぞ、オメーら!
 オレに続け!」

顔を真っ赤にしたまま、リョーコはいち早くカタパルトに
飛び乗って宇宙へ飛び出していく。



戦闘宙域


虚空に次々と飛び出していく5機のエステバリス。

「各自散開!
 各個撃破!」

リョーコの指示が飛ぶ。

「作戦は?」

「状況に応じて!
 行くぜっ!」

「「「「了解!」」」」

各機は敵を求めて散らばっていく。

「いっただき〜♪」

ヒカルが真正面から迫るバッタの一群と接敵する。
射撃でバッタのフィールドに穴を開け、
自機のフィールド・アタックで撃破する必勝の攻撃。

「ええ〜、ウソ〜!
 10機中3機だけぇ〜!?」

予想外の低スコアに驚くヒカル。
フォローに回ったイズミがライフルを放ちながら呟く。

「バッタ君もフィールドが強化されてるみたいね」

「進化するメカ?」

ヒカルの呟きに不適な笑みを見せるリョーコ。

「上等じゃねえか…こちとら、ド突き合いの方が性に合ってんだよっ!
 行くぜ、ヤマダっ!」

「俺様の名前はダイゴウジ・ガイだっ!」

「うるせぇ!
 ド突き合いは俺達の領分だろうがっ!」

「おうよっ!」

リョーコとガイは漫才を続けながらも次々とバッタを殴りつけ、破壊する。

「…それよか、テンカワはどうした?」

戦闘が始まって以来、アキトと一度も通信を交わしていない事に気付くリョーコ。
広域センサーを起動し、アキトを捜す。
始めはリョーコをからかっていた3人だったが、
アキト機の反応が通常センサーにない事に気付き、捜索に加わる。
その頃アキトは戦闘宙域の外れでバッタの放つ執拗なミサイル攻撃に追われていた。

「はぁ、はぁ、はぁ…、うわぁぁぁぁぁっ!」

背中にミサイルを受け、反転してバッタに銃撃を浴びせる。
だがろくに照準していない弾丸はバッタのフィールドに簡単に弾かれてしまう。
やがてバッタに距離を詰められ、体当たりを浴びるアキト機。
何度目かの体当たりでライフルを取り落としてしまう。

「うわぁぁぁぁぁっ!」

アキトの叫びはブリッジにも届いていた。

「テンカワ機、完全に囲まれました」

ルリの報告がブリッジに響く。

「…どうしたんだよ、俺…。
 手が…、手が動かない…!
 うわぁぁぁぁぁっ!」

アキトの悲痛な叫びに耐え切れなくなったメグミが声を上げる。

「早く救援を!」

「言われなくても向かってるよっ!」

メグミの叫びをリョーコの叫びが遮る。

「…どうしちゃったんだよ…。
 もう平気になったはずなのに…、怖くなんてなくなったはずなのに…」

IFSインターフェイスにおいた右手が震える。

「ハァッ…ハァッ…ハァッ…ハッ!?」

突然脳裏を過ぎった言葉。

『恐怖は誰にでもある感情です。
 大切なのは恐怖に飲み込まれない事です』

サセボドッグでの初めての戦闘で今と同じ様に
パニックに陥った自分を励ましてくれた力強いあの声が甦る。
助けを求めて思わず、その声の持ち主の名を叫ぶ。

「カ…、カイト〜っ!」


ブリッジから戦場を見ていたルリ。
アキト機は敵の真っ只中にあり、
リョーコ達が救援に向かっているが間に合いそうにない。
ナデシコのグラビティブラストはアキト機を
巻き込んでしまう恐れがある為に使用できない。
まさに絶体絶命だった。

『カイト〜っ!』

アキトがカイトの名を叫ぶ。
サセボの時はカイトが颯爽と登場し、ピンチに陥ったアキトを助けてくれた。

(…でも、今度は…)

ルリの表情が曇る。
今、ここにカイトはいないのだ。
バッタの包囲網が狭まっていく。

「イヤァァァァァッ!」

メグミが思わず声を上げる。
アキト機のコクピットにバッタが迫り、背中のミサイルポッドが開く。
誰もがその瞬間を見たくなくて目を伏せる。
ルリもまた俯いて目を逸らす。

「アキトっ♪」

だがブリッジに響いたのは予想していたアキトの断末魔ではなく、
喜びに満ちたユリカの声だった。
その声に反応し、ルリは恐る恐る顔を上げる。
スクリーンに映っていたのはアキト機の僅か手前で
剣のような武器に貫かれたバッタと、
それを持つ見た事のない純白の機動兵器だった。
白い機動兵器は剣を振ってバッタを切り裂くと、
アキト機を包囲していたバッタの大群へと切り込んでいく。
エステバリスでは到底出せないスピードで突進し、
向かってくる次々にバッタを切り裂いていく。
バッタの群れを引き付けて反転、再度突進する。
群れを通り抜けた後に動いているバッタは一匹もいなかった。

「…スゴイ…」

ブリッジで誰かが呟く。
ルリの目線はその純白の機動兵器に釘付けになっていた。

(…カイトさん…?)

鬼神の如くバッタを切り裂くその姿に思わずカイトの姿を重ねていた。

「もしかして…あれ、カイト君…?」

ミナトもルリと同じ考えに至ったのかポツリと呟く。

(…貴方は誰…?
カイトさんなんですか…?)

ルリはアキト機を一瞥すると、
新たな獲物を求めて移動を始めた純白の機動兵器をただ見つめ続けていた。


「テンカワ〜っ!」

リョーコ達がアキト機の元へ急いでいた時、突然青い機動兵器が立ち塞がる。
エステバリスのようだが自分達の乗っているものとは違う機体のようである。

「戻りたまえ。
 ここは危ない!
 全員離脱したまえ!」

「誰だ、貴様!」

リョーコが突然現れ、自分達に命令するエステバリスのパイロットに叫んだ瞬間、
背後からグラビティブラストが放たれる。

「なにっ!?」

だがそれはナデシコの物とは比べ物にならない程、強力な一撃だった。
そのグラビティブラストの様子はブリッジからも捉らえていた。

「ウッソ〜!?」

ミナトが目の前の光景に信じられないと言った様に声を上げる。

「…多連装のグラビティブラストだと!?」

ゴートも席を立って食い入るようにその様子を見つめている。
多連装のグラビティブラストを装備した艦と純白の機動兵器の登場で戦局は一変し、
トカゲ艦隊は一端後退した。
白い機動兵器は戦場を縦横無尽に駆け回り、
その撃墜数は全体の3割近くに達していた。
そして青いエステバリスに先導されるようにして、
白い機動兵器がアキト機を抱えてナデシコへとやってくる。
格納庫に着いたと同時に整備班がアキト機に取り付き、アキトを引き摺り出す。
続いて、青いエステバリスと白い機動兵器が格納庫へ着床した時、
ほとんどのクルーが2機の前に集まっていた。
まず、青いエステバリスのコクピットが開き、そのパイロットが姿を現す。

「お前は誰だ!?」

ウリバタケがメガホンで現れた男に呼びかける。

「僕はアカツキ・ナガレ。
 コスモスから来た男さ」

コクピットから飛び降り、集まったクルーの前に降り立つアカツキ。
髪を掻きあげ、ポーズを決める。

「アカツキさんですか。
 先程は助かりました。
 ところで…あの、白い機動兵器は何なんですか?
 パイロットさんは誰ですか?」

クルーを代表してユリカがアカツキにたずねる。
誰もがパイロットはカイトではないかと期待していた。
アカツキはその質問に拍子抜けた、という表情を作る。

「…ちょっとは僕にも興味しめせよな…。
 まあいい、紹介するよ」

そう言ってアカツキは白い機動兵器の前に移動する。

「まず、この機動兵器は次世代エステバリスの試作機で、
 開発コード『セフィランサス』。
 従来のエステバリスとは全く別のコンセプトで開発された機体だよ。
 …ただ、もの凄いジャジャ馬でね、
 今乗ってるパイロットにしか制御できないんだよね」

ウリバタケやイネスはこの機体に興味を示すが
クルーの関心はそのパイロットに向けられていた。

「で、その肝心のパイロットは誰なんだよ、ロン毛?」

「…ロ、ロン毛?」

ことさら不機嫌な顔を作るリョーコのオーラに圧倒されるアカツキ。

「…分かったよ、パイロットを紹介すればいいんだろ?
 …全く、僕も助けに来たのに、なんでいつも彼ばっかり…」

ブツブツと何かを呟いているアカツキ。

「…彼の名前はミカズチ=カザマ。
 連合宇宙軍の少尉だよ」

アカツキがアキト機を抱えて着床した白い機動兵器
−セフィランサス−のパイロットを紹介する。

「…ミカズチ=カザマ…」

誰かが確認するかのように呟く。
格納庫に集まったクルーの顔には複雑な表情が浮かぶ。
中でもルリの表情が一層歪む。

(…カイトさんじゃない…)

白のパーソナルカラーはナデシコクルーに取ってはカイトの色だった。
白い機動兵器とその圧倒的な戦闘機動を見て、もしや、と思ったクルー一同。
淡い期待を打ち砕かれたクルーに気付かず、
アカツキはミカズチ=カザマについて話続けている。

「彼は元々ネルガルのテストパイロットでね、
 実戦デビューしてまだ五ヶ月程だけど、もう二つ名をつけられてるんだよ。
 その名も『Fairy's White Knight』!
 "妖精の白騎士"って呼ばれてるんだ」

「…妖精の白騎士…?
 ソイツはまたご大層な名前だな…」

リョーコがその名を聞いて眉をひそめる。

「でも、なんでそんな二つ名が?」

メグミがアカツキにたずねる。

「白騎士って呼ばれてるのは、彼のパーソナルカラーと戦闘スタイルからだね。
 皆もさっき見ただろ?
 ブレード一本持って敵中に切り込む姿を」

「なるほど…確かに騎士って感じだったな…。
 で、妖精ってのは?」

今度はウリバタケがたずねる。
それに答えたのは意外にもアキトだった。

「アレじゃないっすか?」

そう言ってアキトが指差したのは機動兵器の左肩。
パーソナルマークだった。

「マークが妖精だからじゃないっすか?」

「あー、それもあるね。
 でも、もう一つ理由があるんだ。
 これこそ彼が"妖精の白騎士"と呼ばれる理由なんだけど…」

そのマークを見ていたユリカが何かに気付き、隣のルリに小声で話し掛ける。

「ねえねえ、ルリちゃん」

「…どうしたんですか、艦長?」

「あのマークの妖精さん、ルリちゃんに似てない?」

「えっ?」

ユリカの言葉にハッとなり、マークを見つめるルリ。
描かれている妖精は二つに纏めた銀の髪に金の瞳をしていた。
確かに似ている−そう思った瞬間、ルリの鼓動が高鳴る。

(まさか…でも…)

高鳴る鼓動を押さえ込もうとするようにルリは両手で胸を押さえる。

「お、ミカズチ君が降りてくるみたいだね。
 じゃ、実際に見てもらった方が早いかな」

アカツキの言葉にクルーの視線がセフィランサスのコクピットに集中する。
そこから姿を現したのは、まさに騎士だった。
鎧のように重厚な白いパイロットスーツを身に纏い、
その上には白いマントを羽織っている。
大きな白いバイザーで顔を覆っているのでその表情までは判別できない。

「ホントに白い騎士、ね…」

ミナトがその姿を見て呟く。
ミカズチはクルーを一瞥し、一人の人物の所で視線を止める。

(私を見て…笑った…?)

その人物−ルリは自分を見たミカズチの口元が一瞬、微笑んだように見えた。
だが、すぐにミカズチはコクピットへとその身を翻す。
そして再び姿を現した時、一人ではなく、
左腕にまだルリよりも幼い少女を抱き抱えていた。
抱き抱えられた桃色の長い髪をした少女はミカズチのマントにしっかりとしがみつき、
その金の瞳でクルーをジッと見下ろしている。

(…!
…あの子もマシンチャイルド…?
でも、無事に成長したのは私だけだと聞いてたんですが…)

マシンチャイルド特有の金の瞳を持つ少女を見てルリは不思議に思う。

「ミカズチ君はいつもあの子を連れて各地を転戦しているんだ。
 あの子、まるで妖精みたいだろう?
 だから、皆、ミカズチ君の事を"妖精の白騎士"と呼ぶようになったのさ」

アカツキの言葉が終わるが早いか、
ミカズチはコクピットから空中に身を踊らせフワリと床に降り立つ。
腕の中の少女には僅かの衝撃も与えぬように着地する。
そのままミカズチはアカツキの隣にやってくると少女を降ろす。
少女は降ろされる時、不満げな表情を作って見せるが、
ミカズチは少女の頭を軽く撫でてやるだけだった。
それでも少女は気持ち良さげに目を細め、今度はミカズチの隣に立つ。
その右手はしっかりとミカズチのマントを掴んでいたが。

「やあ、ミカズチ君、ラピス君!」

「「…」」

笑顔を浮かべるアカツキに軽く頭を下げるだけのミカズチ。
ラピス−そう呼ばれた少女に至っては
アカツキの存在を無視するようにミカズチを見ている。

「…相変わらずつれないねぇ、君達は…。
 まあ、とりあえずナデシコのクルーを紹介するよ。
 まずは…」

クルーを紹介しようとしたアカツキを押し退けてユリカが前に出る。

「始めまして!
 あのっ、さっきはアキトを助けて貰ってありがとーございましたっ!
 私、ナデシコ艦長のミスマル・ユリカですっ!ブイッ!
 …って、あれ?」

ユリカの自己紹介を受けて、ミカズチが肩を震わせ俯く。

「…ミカズチ?」

「ミカズチ君?」

ラピスとアカツキが様子のおかしいミカズチに声を掛ける。
そして、ミカズチが顔を上げる。

「アハハハハッ!」

彼は大声で笑っていた。

「…え?…え?」

突然笑い出したミカズチに呆気に取られるナデシコクルー。
だが一人だけ、ミカズチを真剣な眼差しで見つめている者がいた。
ルリである。

(今の声…間違いない、カイトさんの声…)

地球から火星までの航海の間に幾度も聞いた声。
今や、聞き間違えるはずもない声。
火星で聞いた約束の言葉はまだ耳の中に残っている。
だが、頭の中の冷静な部分はミカズチがカイトである事を否定する。
火星での状況を考えればカイトが地球にいるはずがない。

「始めまして、は2回目ですよ♪
 ユリカさん♪」

困惑するルリの思いを余所にミカズチはそう言ってバイザーを取る。
バイザーの下から現れた笑顔。
ルリはその笑顔に釘付けになる。

(カイトさん…)

紛れもないカイトの笑顔がそこにあった。
火星で最後に見た時のまま、穏やかで暖かい笑顔が。
ルリの胸が暖かいモノで満たされ、溢れ出す。
溢れ出た想いは涙となって瞳から零れ落ちる。

(約束、守ってくれたんですね…。
ちゃんと帰ってきてくれたんですね…)

涙で視界がぼやける。
ぼやけた視界に映るのはカイトの笑顔を見て、泣き崩れたユリカ。
アキトとガイは涙を流しながらカイトに両側から飛び付き、肘を極めてじゃれ合う。
その様子を大笑いしながら見ているパイロット三人娘の瞳にも光るモノが見える。
そしてウリバタケや整備班が次々とカイト達の上にのしかかっていく。
カイトも嬉しそうに笑い、為されるがままになっている。
ルリは涙を流しながらナデシコにカイトが帰って来た事を実感していた。
ミナトとメグミも瞳を潤ませ、じゃれ合うカイト達を見ていたが、
彼の生還を誰より喜んでいるであろう少女の存在を思い出す。
その少女は格納庫の片隅で涙を流しながらカイト達を見つめていた。

「…ほら、ルリルリ!
 行ってきなよ?」

「そーだよ、ルリちゃん!」

ミナトとメグミに背中を押されたルリが、よろけるようにカイトの前に出る。
それを見たクルーはルリの前にカイトを押し出す。
クルーの輪の中央で向き合うルリとカイト。

「…あ、あの…」

カイトの前に立ったものの、言葉を詰まらせ、顔を真っ赤にして俯いてしまうルリ。

(…ダメ…全然言葉が出てこない…)

言葉の変わりに涙が次々に溢れ出してくる。
そんなルリを見たカイトは膝を付き、ルリの顔を覗き込む。

「ルリちゃん」

「…あ」

至近距離でカイトを見たルリは一番言いたかった言葉を思い出す。

「…お…」

「…うん」

「お帰りなさい、カイトさん…」

「ただいま、ルリちゃん♪」

カイトはニッコリと微笑む。
その笑顔を見たルリの瞳からは益々涙が溢れ出す。

「…カイトさぁん…!」

感極まったルリがカイトの首に手を回し、思い切り抱き付く。
カイトもルリの背中に手を回し、優しく抱き締める。

「あらあら、ルリルリったら大胆♪」

突然カイトに抱き付いたルリを見てミナトが微笑む。

「…カイトさん…カイトさん…」

カイトの名前を繰り返し呼ぶ。
首に回した腕に力を込める事で自分を包む温もりが、
自分の腕の中の温もりが幻でない事を確かめるルリ。
カイトは抱き締めた右手でルリの頭を撫でてやる。

「…ゴメンね…、辛い思いさせちゃったね…」

「…ヒック…いいです…ちゃんと…グスッ…帰ってきてくれましたから…」

謝るカイトに言葉と首筋に回した腕にさらに力を込める事で答えるルリ。

「ルリちゃん、良かったね♪」

ユリカも瞳を潤ませ、再会を果たしたカイトとルリを見つめる。
だが、誰もが幸せな気分に浸っていたこの場に、一人だけ不機嫌な者がいた。
彼女はその原因に制裁を加えるべく行動を起こす。

「イタッ!」

久しぶりに触れるルリの温もりと柔らかい髪の感触を味わっていたカイトは、
突然背中に衝撃を感じる。
いきなりであったにも関わらず、
その衝撃をルリに至らせる事なく吸収しているのはさすがである。
カイトが振り向くと、そこにはまなじりをつりあげたラピスがいた。

「…ラピス…なんで蹴るんだよ…?」

「…ミカズチが悪い」

かなり不機嫌なラピス。

だが、クルーの視線が自分に集中した事に気付いたラピスは
慌ててカイトのマントに潜り込む。
突然の出来事に目を丸くするクルー一同。

「…なあ、カイト…、そのコ一体なんなんだ?」

普段からユリカの奇怪かつ理不尽な行動に慣らされているせいで、
現実復帰までの時間が短かったアキトがカイトにたずねる。
その言葉に反応し、他のクルーも次々に現実に戻ってくる。

「ああ、そういえば紹介がまだでしたね…紹介しますよ」

そう言って立ち上がるカイト。

「…あ」

カイトと離れてしまい、残念そうな声を上げるルリ。
それに気付いたカイトがルリの頭に手を置き、耳元に口を寄せる。

「…僕は幻じゃないから、大丈夫。
 消えたりしないよ」

「…っ!
 …ハイ…」

真っ赤になったルリを見て満足げに笑うカイト。
マントを翻し、隠れていたラピスを外へ出す。

「ほら、ラピス。自己紹介」

「…」

クルーの視線に晒され、フルフルと首を振り、カイトのマントにしがみつくラピス。
その小さな身体がカタカタと震えている。

「しょうがないなぁ…あれだけ言ったのに…」

カイトは苦笑いしながらラピスの頭を撫でる。

「あ、あの…カイト君?
 嫌がってるなら今すぐでなくても…」

ユリカが気をきかせる。

「あ、大丈夫です。
 …ラピス、ちゃんと自己紹介できたらおやつのホットケーキ、
 3枚にしてあげるよ?」

(((((((食い物で釣るのかよ…?))))))

カイトの発言に心の中で突っ込むナデシコクルー。
それを聞いた瞬間、ラピスの震えがピタリと止まる。

「…ハチミツ、いっぱいかけてもイイ?」

(((((((釣れたよ、オイ!)))))))

あっさり釣り上がったラピスに驚くクルー一同。

「ちゃんと歯磨きする?」

「ウン」

「じゃ、いいよ!
 さ、ラピス!」

騎士と妖精の割に庶民的な会話を交わし、
カイトは背後に隠れていたラピスを前に押し出す。
ラピスも今度は逃げ出さず、大人しくしている。

「えっと…ラピス・ラズリ=カザマです…。
 よろしくお願いします…」

ペコリと頭を下げるラピス。
顔を上げるとすぐに振り返り、隣に立つカイトを見上げる。

「良く出来ました♪」

「…♪」

ラピスの頭を少し強めに撫でるカイトと嬉しそうに笑うラピス。

「…名字が同じって事は、カイト、お前の…」

「…ええ、妹です」

「「「「「「「いもうと〜!?」」」」」」

カイトの答えに騒然となる格納庫。

「でもでも、あんまり似てないよね?」

「義理の兄妹ですから」

「ラピスちゃん、幾つ?」

「えっと…7歳」

クルーがラピスを取り囲み、質問責めにする。

「カイトさん、あの子もマシンチャイルドなんですか?」

ラピスに群がるクルーを尻目にカイトにたずねるルリ。

「うん、色々あって兄妹になったんだ」

微笑みを浮かべてラピスとクルーをの様子を見守るカイト。
その時、ラピスが人の間を縫ってカイトとルリの所へやって来る。

「…ミカズチ、ホットケーキ…」

「ああ、そうだった。
 じゃ、おやつにしようか。
 ユリカさん、僕の部屋まだ残ってますよね?」

「カイト君の部屋?
 うん、そのままだよ?」

カイトの質問にユリカが首を傾げながら答える。

「じゃ、ラピス行こうか。
 あ、ルリちゃんも是非ご一緒に」

「ハイ」

ルリの答えを聞くとカイトはラピスを抱え上げ、格納庫を出ていく。
ルリもその半歩後ろを追い掛ける。

「…でも何でだろ?」

3人の後ろ姿を見送りながらユリカが呟く。

「どうしたんだ、ユリカ?」

「あ、アキト…。
 カイト君、何で自分の部屋が残ってるか、なんて言い方したんだろ、と思って。
 それに、火星でチューリップに入ってから一日しか経ってないのに
 カイト君は五ヶ月以上前から連合軍のエースパイロットだったって…」

「あ…」

ユリカの発言で格納庫にいたクルーは絶句する。
カイトはこの二ヶ月の間、ナデシコと共に航海していたはずだった。
しかも"妖精の白騎士"などという二つ名を背負ったパイロットの噂等も聞いた事がない。
だがその疑問の答えはアカツキの口からもたらされた。

「キミ達、何を言ってるんだい?
 ナデシコが火星で消息を絶ったのは八ヶ月も前の話だよ?」

「「「「「「「なにぃ〜!?」」」」」」」

アカツキの言葉に驚愕するクルー一同。

「ああ、ミカズチ君…いや、ここではカイト君の方がいいのかな?
 彼と始めて会ったのもそれくらいだったかな」

「おい、ロン毛!
 どういう事だよ、そりゃ!
 八ヶ月前に俺達が消えただの、カイトとその時会っただの…。
 分かるように説明しやがれ!」

その時"説明"という言葉にピクリと反応する人が一人。

「あ、あの…スバル君、
 ミカズチ君…いや、カイト君からも説明はするな、と言われてて…。
 いずれ折りを見て自分の口から説明するからって…」

ピクリ、ピクリと肩を震わせるイネス女史。

「うるせー!
 説明するのかしねえのかどっちだ!?
 はっきりしやがれ、このロン毛!!」

「わ、分かった!
 分かったよ!  説明するから、その拳を降ろしてくれ!」

クールに決めて登場したはずが、
すっかりナデシコクルーのペースに巻き込まれているアカツキであった。



ナデシコ居住区・カイト私室


ルリは戸惑っていた。
とりあえず、キョロキョロと辺りを見回してみる。
自分の部屋ではないが、見慣れた部屋。
仕事場であるブリッジと自室の次に、この部屋で過ごした時間は長い。
なにせ、この部屋の主と共に、ここで一夜を過ごした事もあるほどだ。
だが、部屋の主はここにはいない。
今、彼は食堂の厨房でその料理の腕を自分達の為に奮っているはずだ。
自分"達"−そう、この"達"の部分がルリを戸惑わせている原因だった。
ルリがこの部屋で過ごす大半の時間は彼と二人だけだった。
稀に自分以外の来訪者がいても、それはルリの見知った人物だった。
だが、今回は違う。
ほんの数十分前に始めて顔を会わせた彼の"妹"なる人物。
まだ、彼女とは言葉すら交わしていない。
彼女はルリの向かい側に座り、ジッと自分を見つめている。
ラピス・ラズリ−自らと同じ名前を持つ少女。
彼女こそがルリの困惑の原因だった。

(…何か、話した方がいいのでしょうか…?)

ルリは人付き合いというモノが苦手である。
研究所で生活していた頃はそんなモノは必要なかった。
自分はモルモットであり、言われた事を実行するだけで良かった。
ナデシコに来てからは、周りの人間達が勝手に構ってくる。
ルリの知る範囲でも、彼等は一般常識という物からは
激しく逸脱した人間達ではあったが、
彼等と過ごす時間は決して不快な物ではなかった。
いや、むしろ快適と感じる事さえあった。
特に、この部屋の主と過ごす時間は殊更に。
それゆえ、おぼろげながらも人付き合いの大切さを理解し始めていたルリ。
それが、彼女の困惑に拍車をかけていた。

(ラピスから何か話してくれませんかね…)

そんな事を考えてみるが、そのような気配はなさそうである。
ルリは、この部屋の主から教わった人付き合いの初歩を思い出す。

『いいかい、ルリちゃん?
 初対面の人と話をする時は、相手と自分の共通点を探すんだ。
 何か話が出来れば、その会話から他の共通点を見つけていけばいい』

その教えに従い、ラピスをそっと観察する。
まず最初に目に付くのは、特徴的な金色の瞳。
これと同じ瞳を自分も持っている。
だが、これは駄目だ。
この瞳はマシンチャイルドの証。
幾らなんでも、その生い立ちを話題にはしたくない。
それは目の前に座る少女も同じだろう。
自らの生い立ちが不幸だったとルリは思ってはいないが、ラピスもそうとは限らない。
それに、わざわざ人に話したいと思う生活でもなかったのもまた事実。
髪の色、服装…、その何れにも共通点は見出せない。
ラピスの着ている薄いピンク色のワンピース。
ルリも似たようなワンピースを色は淡い水色だが持っている。
だが、そこから会話を発展させる術を自分が持たない事も承知している。
そこで、人付き合いの初歩に続きがあった事を思い出す。

『相手と共通点が見つけられなかったら、今いる場所の話でもいいよ』

改めて部屋を見回す。
だが、この部屋には話題になるようなモノがない。
部屋の主は出港後にナデシコに乗船し、
唯一の寄港地であるコロニー、サツキミドリ2号でも"仕事"に追われていた。
それゆえ、何もない殺風景な部屋が出来上がってしまっていた。
最もルリはこの部屋のシンプルな雰囲気が気に入っていたが。
ラピスも部屋に興味がないからこそ、自分を見つめているのだろう。

(はあ…、カイトさんが帰ってくるのを待った方がよさそうですね…)

ラピスと話をする事をあきらめて、
部屋の主−カイトが帰って来る事を待つ事にしたルリ。
そう決断し、ボーっとカイトの部屋を眺める事にしたルリ。

「…ホシノ・ルリ?」

「…え?」

暫くして、ラピスが突然口を開く。

「…貴女が、ホシノ・ルリ?」

ジッと見つめてくる瞳に変化は見られない。
しかし、せっかくラピスが話し掛けてきたのだ。
このチャンスを活かすべきだと判断したルリ。

「はい、私はホシノ・ルリです。
 それが何か?」

(…少し、言い方がきつかったでしょうか?)

言ってしまってから、反省するルリ。
だが、ラピスは気にした様子もなく続ける。

「…ミカズチの言ってた通りのヒト」

聞きなれない名前に一瞬戸惑うが直ぐに"ミカズチ"がカイトである事を思い出す。

「カイトさんの…いえ、ミカズチさんの言った通り…?」

ラピスにとっては"ミカズチ"の方が話しやすいだろうと言い直すルリ。

「そう。
 ミカズチはいつもナデシコの話をしてくれた。
 楽しかった事、嬉しかった事、悲しかった事…色々な話をしてくれた。
 でも、話の最後はいつも一緒。
 ホシノ・ルリの話をしてた。
 そしていつも言ってた。
 ナデシコに行けば、私のお姉さんがいるって。
 ホシノ・ルリっていうお姉さんがいるって」

「…」

カイトが何故、自分をラピスの姉だと言ったのか、ルリにはよく分からなかった。
それでも分かる事はあった。
マシンチャイルドとして育てられた自分とラピス。
カイトとラピスがどのようにして出会い、兄妹となったのかは分からないが、
恐らくカイトはラピスの中にルリの姿を見たのだろう。
ルリもラピスに以前の自分の姿を重ねていた。
ナデシコに乗る以前の、カイトに出会う以前の自分の姿に。
自分はナデシコに乗って、
そしてカイトと出会ってたくさんのモノを得たとルリは思っている。
カイトはラピスにも同じモノを与えてやりたいと思ったのだろう。

「…ホシノ・ルリは私の"お姉さん"なの?」

自らの思考に没頭し、黙り込んでいたルリに不安を覚えたのか、
ラピスが恐る恐る訊ねてくる。

「…ハイ、私は貴女の"お姉さん"ですよ」

そう言った瞬間、ラピスの顔がパッと輝く。
ラピスの笑顔にルリも微笑みを浮かべる。
カイトが何故、自分をラピスの姉と言うのかは分からない。
それでも、カイトがそれを望むのならば、そうあろう。
ルリはそう思っていた。
それに、ラピスを他人と思えない自分がいる。
その事がルリにラピスの姉になる事を決意させた。

「それから、私の事は"ルリ"と呼んで下さい。
 "ホシノ"を付ける必要はありません。
 そして貴女の事は"ラピス"と呼びます。
 いいですね?」

「うん、わかった。
 ルリ」

「いい子です、ラピス」

そう言って、いつもカイトが自分にしてくれるように頭を撫でてやる。
すると、ラピスも気持ちよさそうに目を閉じる。
その姿はまだぎこちなさが残るものの、まぎれもない姉妹の姿だった。
その時、部屋の扉が開き、トレーを持ったカイトが入ってくる。

「お待たせ〜♪」

カイトの声を聞いた瞬間、ラピスが弾かれたように駆け出す。

「…おっと」

腰に抱き着いてきたラピスを受け止めるカイト。
ルリはラピスの頭を撫でていた手を所在無さげに彷徨わせる。
その頬が僅かに赤く染まる。

「ラピスとはもう仲良くなったみたいだね?」

カイトが腰にラピスを纏わり付かせたまま、ルリの傍にやってくる。

「…ハイ。
 "姉妹"になりました」

「そうか、良かったな、ラピス」

トレーをテーブルに置き、ラピスの頭を撫でるカイト。

「うん。
 ルリは私のお姉さん」

そう言ってラピスは顔を綻ばせる。

「ルリちゃんもありがとう」

ラピスとは反対の手でルリの頭を撫でるカイト。

「…別に、それほどでも…」

顔を赤らめ、俯くルリを見てカイトはクスリと微笑む。

「さ、オヤツにしようか」

カイトの言葉に頷くルリとラピス。
席に着くとカイトが二人の前にホットケーキを並べる。

「どーぞ、召し上がれ♪」

「「いただきます」」

ルリとラピスの声が綺麗に重なる。
カイトはお手製のホットケーキを頬張る二人の少女を優しい眼差しで見つめながら、
考え事にふける。

(…思ったより、早かったな)

厨房で料理をしている時から、
カイトはオモイカネを通じて部屋の様子をずっと見ていた。
もちろん、ログは全て消去して、後々、ルリやラピスにばれない様にしてある。
データをキャンセルする事を嫌がるオモイカネも、今回ばかりは素直に協力してくれた。
カイトは、まだルリとラピスだけでコミュニケーションを取る事は
難しいと思っていただけに、二人が既に姉妹となったのは嬉しい誤算だった。
ふと、自分を見つめる視線に気づくカイト。
その視線の持ち主はルリだった。

(多分、"タイムラグ"の事だろうな)

「どーかした、ルリちゃん?」

あくまで普段通りにたずねるカイト。

「あの、色々聞きたいことがあるんですが…。
 火星でチューリップに入ってから、どれくらい時間が経ってるんですか?」

「だいたい8ヶ月って所かな」

「…え?
 どういう事なんですか、それ?」

「う〜ん、僕も良く分からないんだけど…」

そしてカイトはイネスが今頃ブリッジでクルー相手に行っている『説明』を
ルリに対して始めた。



 後書き


村:ども、村沖和夜です。
  RWK第8話『再開…そして「はじめまして」』をお送りしました!

ル:どうも、ホシノ・ルリです。
  大方の予想通り、ラピスが出てきましたね。
  あの予告の仕方じゃ気付けって言ってるようなものでしたし。

村:そうですね。
  まあ、そのつもりでああいう予告をしたんで。
  それと幾つか頂いた7話の感想メールで不思議な事がありました。

ル:何です?

村:殆どの方から
  「カイトはどうやってスーツを手に入れたんですか?」
  と言う質問が(笑)
  なんでスーツを着てたかの設定はあったんですけど、
  こんな反響があるとは思わなかった(焦)

ル:…。
  メール貰って急遽考えた設定でしょう?

村:はい(キッパリ)

ル:…(怒)
  何、適当な事してんですか!

村:いやいやいや!(汗)
  冗談ですって!
  ちゃんと考えてました!
  ただ、空白の八ヶ月のお話を書く時のメインエピソードではなかったって事です。
  この反響によってメインエピソード化する事にしましたが。

ル:どうだか。
  ヘッポコの言う事です、信用できませんね。

村:…(涙)

ル:さて、そろそろ本編の方にいきましょうか。
  やはり今回の最大の特徴はラピス登場ですか。

村:そうですね。
  ある意味、逆行物のお約束でしょうね。
  RWK執筆開始時からこのタイミングでのラピス参戦は決定事項でしたから。

ル:飽きっぽい性格の貴方の事ですから、
  ここに到達する前に筆を折るのではと思っていましたけどね

村:…(絶句)
  こ、これも読者の皆様の暖かいご声援のおかげです。
  今度ともご期待に添えられる作品を書き続けたいものです。

ル:そうですね。
  読者の皆様には感謝の言葉もありません。
  こんな愚作でよろしければこれからも応援よろしくお願いしますね?

村:それではここまで読んで下さった皆様に感謝しつつ…

ル:第8話後編でお会いしましょう!








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