機動戦艦ナデシコ
〜Return of the White Knight〜





第7話 『老兵』はただ去り行くのみ(後編)


クロッカス内部・通路

「…このクロッカスが消滅したのは地球時間で約二ヶ月前…
 でもこれじゃもっと氷に埋まっていたみたいね。
 …ナデシコの相転移エンジンでも地球から火星まで一月半掛かっているのに」

イネスが氷漬けになったクロッカスの内部を見回しながら呟く。

「では、チューリップは物質をワープさせるとでも言うのかね?
 あのゲキ何とかと言うテレビ番組の世界だな…」

イネスの呟きに、フクベが答える。

「ワープと言うのはちょっと…」

イネスが苦笑いを浮かべる。

「ふぁ…」

イネスとフクベの後ろから着いていくアキトが欠伸を漏らす。
イネスは気付かず、チューリップから検出される
ボース反応についての説明を続けている。

(さすがだな…。
この時点でここまでボソン・ジャンプを解明しているなんて)

一行の先頭を歩きながらカイトはイネスの説明に耳を傾ける。

「うわぁぁぁぁぁっ!」

突然アキトが叫び、フクベを床に押し倒す。

「アキトさんっ!?」

慌てて振り向くカイトの視界に飛び込んできたのは一匹のバッタだった。
アキトが膝立ちになり銃の引き金を引くが、
慌てていた為、セイフティを解除し忘れている。

「皆、伏せて!」

カイトの銃が火を噴く。
銃弾がバッタに吸い込まれ、動きを止める。

「ふぅ…」

それを見たアキトが安堵の溜め息を吐く。

「…私など庇う価値などはない。
 無理はするな」

床に倒れていたフクベがゆっくりと起き上がり、アキトに言葉を掛ける。
アキトはそっぽを向き、吐き捨てるように呟く。

「…体が勝手に動いただけだ…」

そんな二人を見て、いつの間にかカイトの隣に来ていたイネスが呟く。

「素直じゃないわね、二人とも」

「…全くです」

思わずイネスとカイトは顔を見合わせ苦笑いする。


クロッカス・ブリッジ

「メインエンジン、作動します」

オペレーター席に着いたカイトがキーボードを叩き、システムを立ち上げる。
電子音が響き、計器が2、3度点滅した後、ブリッジに明かりが燈る。

「…ふむ」

フクベが艦長席に座り、船体のチェックを始める。
イネスもコンソールに向かい作業を開始する。

「…噴射口に氷が詰まっているようだな。
 とってきてくれんか?」

コンソールを見つめていたフクベがアキトに声を掛ける。

「…俺っすか?」

「フレサンジュ、君もついていってくれ。
 彼一人では分かるまい」

「はい」

アキトとイネスがブリッジを出ていく。
それを見送るフクベとカイト。

「君も行ってきてくれんか?
 2機の方が作業もはかどるだろう」

フクベがカイトに指示を出す。

「…2機で作業をするほど噴射口には氷は付いていないと思いますが。
 それより提督、クロッカスを飛ばせる状態にする方が人手がいります」

カイトが抑揚のない声でフクベに反論する。

「…そうか」

カイトの言葉にフクベは反論する事なく作業に戻る。

「カイト君、クロッカスは飛ばせそうか?」

暫く、互いの作業をする電子音のみだったブリッジにフクベの声が響く。

「…はい、氷漬けだった事が幸いしましたかね?
 損傷らしい損傷もほとんどありません」

「そうか…」

クロッカスのブリッジにはカイトがキーボードを叩く
カタカタという音だけが響いている。

「…提督、一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「何かね?」

カイトはキーボードを叩く手を止めずに話を続ける。

「第1次火星会戦の折、本当にチューリップを落とす必要があったのですか?
 失礼ですが提督がチューリップを落とされた時、
 既に戦の大勢は決していたと思うのですが?」

前時間軸でその時の戦闘記録を見た事があったが、
フクベがチューリップに特攻を仕掛けたのは
艦隊の損耗率が五割を越えた後の事だった。
損耗率五割−記録的な大敗北である。
ここまでの損害を受ければ、まず何よりも撤退が優先されるべきである。
それが艦隊司令座乗の旗艦ともなれば尚更。
それにも関わらずフクベは旗艦を特攻させた。
その意味をカイトは知りたかった。

「…私が功名心に走った、と言いたいのかね?」

「…そう言う訳では…」

内心そうではないかと思っていた事を言い当てられ、動揺し言葉を詰まらせるカイト。

「確かに君の言う通り、
 私がチューリップを落とそうが落とすまいが戦の趨勢に影響はなかったろうな…。
 だがあの時、我々は…いや、私にはそうする必要があったのだ」

「コロニー一つ消してまで、ですか?」

カイトの口調も知らず知らず厳しいものになる。

「…落としたチューリップがコロニーを直撃するとは思わなかった。
 …いや、全く考えなかったという訳ではないがね、
 万分の1の可能性だと思っていたよ」

カイトはキーボードを叩く手を止め、フクベに向き直る。
険しい顔をしたカイトとは対照的にフクベは淡々とした表情を浮かべている。

「…我々、連合軍は地球を守る最初にして最後の盾…。
 トカゲの戦力は我々のそれを遥かに凌駕していた。
 盾が盾の役目を果たせぬとなればこの戦、万に一つの勝機も失われてしまう…。
 連合軍が戦いを続けるには英雄が…、抵抗の象徴たる英雄が必要だったのだ」

「それが提督だった、という事ですか…」

「そうだ。
 誰かがそうしろと言った訳ではなかったが…。
 退役間近の老兵が見せた意地の抵抗…使い古された三文芝居ではあるとは思うがね」

そう言ってフクベは静かに笑った。

「…その後の顛末は君も知っている通りだよ。
 私は生き恥を晒し、作られた英雄となる道を選んだ」

「…何故です?
 何故、そうまでして?」

「…我々、老人には義務があるからだよ」

「義務…ですか?」

「君は言っていたな、ナデシコは奇跡を起こす可能性を持った艦だと。
 私もそう思うよ。
 そうした若者に引き継がねばならないモノがある…、
 それが我々老人に残された最後の役目だ」

フクベの目に宿った決意を見て取ったカイト。
それと同時に自らの決意も固める。

「…だからナデシコを逃がす為にここで散るおつもりですか…?」

「…!
 …気付いておったか…」

カイトの言葉にフクベの目が見開かれる。

「はい…」

ナデシコが八ヶ月後に無事にジャンプできると知っていても
気分が悪い事に変わりはなかった。

「ならば退艦したまえ…君はこれからもナデシコにとって必要な存在だ。
 ここで散るのは私一人でよい」

「…いいえ、残ります」

「…」

「…」

二人の間に沈黙が降りる。
先に口を開いたのはフクベだった。

「…その決意、私では覆せぬようだな…。
 だが、その決意はナデシコの皆を悲しませる決意だぞ?
 …特に…ホシノ君はどうするのだ?
 彼女は君のおかげで人間らしい感情を持ち始めたところだ。
 今、君が傍にいてやらねばどうする」

「ご心配なく。
 ナデシコとは別の脱出手段があります。
 それを使って脱出します。
 ただ…提督をお連れする事は出来ませんが…」

「そうか…私の事は構わんよ。
 君が生き残れるならそれでよい。
 …では、行こうか」

カイトの言葉に納得したフクベが浮上を促す。

「はい。
 クロッカス、浮上します!」


クロッカス噴射口付近

「…妙ね…?」

「イネスさん、どーかしたんスか?」

アキトのエステバリスの掌からクロッカスの噴射口を調べていたイネスが呟く。

「これだけ露出していれば、発艦の時の噴射炎で付着した氷は溶けてしまうわ。
 それに氷自体ほとんど付着していない…」

「え?」

その時、突然大地が揺れる。

「な、何だ!?」

『エステバリス、退けっ!
 浮上するぞ!!』

アキト機のコクピットにフクベの声が響く。

「ええっ!?」

噴き出し始めた炎にアキトの顔が引きつる。


ナデシコ・ブリッジ

「クロッカス、浮上します」

ルリの報告と共に、浮上するクロッカスがスクリーンに映る。

「おお、やりましたな!
 使えそうじゃないですか」

「さすがは提督!」

その様子を見守っていたブリッジから歓声が上がる。
その時、クロッカスの砲塔が動き、光る。

「え?
 何、今の?」

ユリカの呟きの直後、クロッカスから撃ち出された砲弾が
ナデシコの手前の雪原に着弾し、雪煙を吹き上げる。

「…クロッカスより砲撃です。
 全砲門、ナデシコをロック」

「クロッカスより通信入ります!」

ルリとメグミの報告が重なってブリッジに響く。

「メグちゃん、繋いで!」

スクリーンにフクベが現れる。

「提督、何をなさるのです!
 …ナデシコを攻撃するとは…」

プロスが珍しく大声を上げる。
だがフクベは意に介した様子もなく表情を変えない。

『ナデシコ、進路を変えて貰いたい』

「進路を…?
 提督、どういう事ですか?」

フクベの言葉を理解できなかったユリカが訊ねる。

『前方のチューリップに入れ、という事です。
 ユリカさん』

「カイト君!?」

ユリカの質問に答えたのはカイトだった。
そのカイトの答えにブリッジがざわつく。

「チューリップに?
 一体、何の為にだ?」

ゴートが誰にともなく呟く。

「提督、クロッカスの艦内はご覧になられているでしょう!
 チューリップを通り抜ければナデシコも…」

ジュンが血相を変えてフクベに抗議する。
だがフクベは黙ったまま何も答えない。

「クッ…、カイト君も何故提督を止めないんだ!」

フクベの説得は無理と判断したジュンが今度はカイトに向かって叫ぶ。

『…従わない場合、次は命中させますよ?
 出力の落ちた今ならクロッカスの火力でもナデシコは沈める事は十分可能です…。
 以上です』

そう言ってカイトは通信を切る。

「提督とカイト君、ナデシコを破壊するつもりなの…?」

「何の為に…?」

メグミの悲痛な叫びとミナトの困惑した声。

(…カイトさん、どうして…?)

ルリの脳裏にカイトの言葉が甦る。

【ナデシコで大切なものを見つけた】

そう言って微笑むカイトを思い出す。

『…自分の悪行を消し去る為だ!
 失敗は他人のせいにして、また自分だけ生き残るつもりなんだ!』

アキトの叫びが通信を通してブリッジに響く。

『…だったら、まず貴方を殺すんじゃない?
 それにカイト君がそんな事に手を貸すとは思えないわ』

イネスの言葉にアキトが凍りつく。

『カイト…』

穏やかに微笑むカイトの姿をアキトは思い出す。
どんな時でもカイトはナデシコを守る為に戦っていた。
そのカイトがナデシコに牙を剥いたとは信じられなかった。
だが、その間にもクロッカスからナデシコに向けて砲弾が放たれる。
直撃はしないが照準精度は上がっていく。

『…!?』

ナデシコの遥か向こうで太陽の光が反射するのが見える。
雲の隙間からトカゲの戦艦が降りてくる姿をエステバリスのカメラが捉らえる。

『見つかったのか!?』

「左舷後方140、敵艦隊捕捉。
 …敵艦隊の射程距離に入るまで後2分です」

ルリの報告がブリッジに響く。

「道は二つに一つ…」

「クロッカスと戦うか、チューリップに突入するか…」

「じゃあ、チューリップかな?」

クルーが口々に自分の意見を述べるが、ユリカの耳にそれは届いてはいなかった。

「後1分です」

ルリの報告を聞いたユリカの表情が歪む。
後1分で決断を下さねばならない、その事がユリカに重くのしかかる。
こんな時に相談したいと思う相手がユリカには二人いた。
数々の修羅場をくぐってきた歴戦の老提督と
年下だが冷静な判断能力を持つパイロットの少年の顔が思い浮かぶ。
だがその二人は今はナデシコのブリッジではなく、
今はクロッカスのブリッジにいる。
そしてキュッと唇を引き結ぶと顔を上げる。
決意の宿るその顔をみたクルーはユリカの言葉を待つ。

「ルリちゃん、エステバリスに帰艦命令を。
 ミナトさん、ナデシコをチューリップに向けて下さい」

ユリカの声がブリッジに静かに響く。

「いいの、ホントに?」

ミナトが不安げにユリカにたずねる。

「艦長、それは認められませんぞ!
 ナデシコの性能からすればクロッカスを撃沈する事も可能なはず!
 それにネルガルの利益に反する行動は取らないと契約にも…」

「プロスさん、御自分の選んだ提督が、信じられませんか!?」

「それは…」

ユリカの悲痛な叫びにプロスも言葉を失う。
その瞳には今にも涙が溢れそうになっている。

「チューリップに入ります」

ルリの報告と共に、前方を映し出すスクリーンがボソンの光に埋め尽くされていく。

「引き返せ!ユリカっ!」

パイロットスーツ姿のまま、アキトがブリッジに飛び込んでくる。

「何考えてんだ!?
 今すぐ引き返せ!
 …クロッカスのクルーは皆死んでた!
 俺達も…」

ユリカはアキトの叫びに力無く首を振る。

『そうとは限らないわ。
 クロッカスにはなくて、ナデシコにはある。
 それを使えば、あるいは…』

ウインドウで割り込んできたイネス。
ルリはそのあるものに気付く。

「…ディストーション・フィールド…」

「…このまま前進。
 ルリちゃん、フィールドの安定を最優先」

「ユリカっ!」

「提督は…、カイト君は私達を火星から逃がそうとしている…」

ユリカがスクリーンを見つめたまま呟く。

「馬鹿なッ!
 そんな事があるかよっ!」

「…クロッカス、チューリップの手前で反転。
 停止しました」

アキトの言葉をルリの報告が遮る。

「クロッカスが…反転した…?」

「馬鹿な、一隻で戦うつもりか!?」

ジュンの呟きとゴートの叫びを聞いたルリがハッと顔を上げる。
カイトとフクベの意図を悟ったルリが呟く。

「…チューリップの手前で自爆すれば、敵はナデシコを追って来れなくなる…
 まさか、カイトさんと提督は…」

騒がしかったブリッジがルリの呟きに静まり返る。

(カイトさんが…死んじゃうの…?
…イヤ…そんなの絶対にイヤ…!)

ルリの体が小刻みに震え出す。
カイトが撃たれた時に味わった恐怖が甦る。
目の前が急速に暗くなるのを感じるルリ。
それを破ったのは突然響いたフクベの声だった。

『ナデシコの諸君』

「提督!
 お止め下さい!
 ナデシコには、いえ、私にはまだ提督が必要なのです!
 これからどうすればいいか…私には分からないのです!」

涙声で叫ぶユリカ。

『私には君に教えられる事など何もない…。
 私はただ大切なものを守る為にこうするのだ』

普段と変わらぬ淡々としたフクベの言葉。

「カイト君もどうして!
 カッコ悪くても生きるって!
 大切なものを守るって言ってたじゃない!
 ルリちゃんの事、大切じゃなかったの!?
 なんで!
 どうしてなの!?」

ユリカの瞳からは既に涙が溢れ出していた。
必死にカイトに呼び掛ける。

『…僕も提督と同じです…。
 守りたい大切なものがある…』

「提督…、カイト君…」

スクリーンに映るフクベとカイトの姿が揺れる。
敵の攻撃が激しさを増しているのだ。

「何なんだよ!
 お前等がそうまでして守りたいものってのは!?」

泣き崩れてしまったユリカに代わり、アキトが叫ぶ。

『それが何かは言えない。
 だが、諸君にも、きっとそれはある。
 今はわからないかもしれない…しかし、いつか必ず見つかるはずだ』

(この言葉…カイトさんと同じ…)

ルリはカイトと出会った日の夜、部屋で話した事を思い出していた。
カイトは言った、守りたい大切なものがあると。
それが何かは教えてくれなかった。
今を逃せば永遠に機会を失うかもしれない。
それどころか、二度と会えないかもしれない。
ルリは意を決してシートから立ち上がる。

「…カイトさん!」

聞き慣れないルリの大声にブリッジの視線が集まる。

「教えて下さい…。
 カイトさんが守りたい大切なモノって何ですか…?」

「ルリちゃん…」

ルリの瞳から大粒の涙が零れ落ちる。

「いつかきっと教えてくれるって言ったじゃないですか!
 …でも…、でも、もう会えなくなっちゃうかもしれないじゃないですか!
 …私をおいていかないで下さい!
 ひとりぼっちにしないで下さい…!」

ルリの悲痛な叫びがブリッジに響く。

私の…、私の傍にいて下さい…!

一気に言葉を放ったルリの身体がシートに崩れ落ちる。

「…すぐに会えるさ」

「…え?」

カイトの声にルリが顔を上げる。
そこにはいつものように優しい微笑みを浮かべたカイトがいた。

「また、すぐに会えるよ。
 必ず君の元へ帰るから…約束する」

「…カイトさん」

震える声を搾り出し、カイトの名を呼ぶ。
誰が聞いてもおかしな言葉だった。
これから自爆しようとしている人間の言葉ではなかった。
だが、カイトの穏やかな言葉に、ルリはコクンと頷く。
それがカイトの精一杯の気遣いだと思うしか、ルリにはできなかった。
その様子を見ていたフクベがゆっくりと口を開く。

『…私は、いい提督ではなかった…。
 いや、いい大人ですらなかった…。
 最後の最後に自分の我が儘を通し、
 若い者達にこれほどの犠牲と覚悟を強いている…』

その時、スクリーンが大きく揺れ、映像と音声が途切れ始める。

『ただ……だけは言っておきたい。
 ナ…シコは君達の艦だ。
 そこにある怒りも憎しみ……愛も、全て君達だけ…ものだ。
 言葉…なんの意味もない。
 それは…」

爆音と共に通信が跡絶える。

「提督っ!
 カイト君っ!」

「…クロッカス、消失…しました…」

ユリカの叫び声にルリの涙まじりの報告が重なる。
状況から判断すれば間違いなく撃沈。
しかし、ルリがそれを消失と言い換えたのはカイトとの約束の為だったのか。

ユリカッ、ナデシコを戻せぇぇぇぇぇっ!

アキトが叫ぶ。
だが、ナデシコは見えぬ力に引き摺られるように異空間へと吸い込まれていく。

「ミナトさん!」

「…ダメ、何かに引っ張られてるみたい」

引き摺られるようにナデシコはチューリップの中を進んでいく。

「…これより何が起こるか分かりません…。
 各自、対ショック準備…」

ユリカが俯き、肩を震わせたまま言葉を搾り出す。
そしてナデシコはボソンの光に包まれていく。


クロッカス・ブリッジ

「…通信が跡絶えたか…」

「はい、識別信号もロストしました。
 異空間に入ったものと思われます」

目を閉じ、俯いたまま報告を聞くフクベ。
そのままカイトに話し掛ける。

「うむ…、カイト君、少し話をする時間はあるかね?」

閉じていた瞳を開き、ゆっくりと顔を上げ、カイトを見る。

「はい」

「…君には話しておこうと思う、私の大切なモノについて」

「…」

「私が大切に思うモノ…それは"未来"だ。
 これから若い君達が切り拓いていくはずの未来…
 それこそが私の守りたかったモノだ」

「…」

「人は年老い、やがて死ぬ。
 人がその一生の間に為せる事など僅かな事に過ぎん…。
 だが、全ての人が等しく次の世代に残せるモノがある」

「それが、未来…」

カイトが呟く。
その呟きを聞いたフクベが僅かに微笑み、続ける。

「そうだ。
 人はすべからく未来を背負って生まれ、生きていく。
 そして次の世代に未来を託す…それこそが人の生きる意味だと私は思っている。
 私は未来をナデシコの諸君に託したいのだ」

「提督…」

その時大きくクロッカスが揺れる。

「クロッカスはもう限界だ。
 …行きたまえ」

「はい…」

カイトの身体が輝き始める。
フクベはその光景を目を細めて見つめている。

「…提督。
 提督から託された未来、確かに受け取りました」

カイトの静かな声がクロッカスのブリッジに響く。
その声を聞いたフクベの目が大きく見開かれる。
だが、その瞳に映るのは誰もいないブリッジと光の残骸のみ…。

「カイト君…。
 君は…不思議な男だったな…」

突然ナデシコに現れ、今また突然自分の前から消えていった少年。
彼の残した虹色に輝く光の残骸を見つめ、呟くフクベ。
そしてゆっくりと目を閉じ、最後の瞬間の訪れを待ち続けた。


ナデシコ・ブリッジ

ルリは呆然とスクリーンを見つめていた。
どうしてカイトはあんな事を言ったのだろうか。

『またすぐに会えるよ』

カイトは確かにそう言った。
いつもと変わらぬ笑顔のままで。

『約束するよ』

チューリップに突入し、どうなるか分からないナデシコにいる自分と、
自爆したクロッカスにいるカイト。
再び会える可能性は限りなく0に近い。
それでもルリに出来る事は一つだけだった。
ただ、カイトの約束を信じる事。
再びカイトと会えると信じる事が今のルリに出来るたった一つの事だった。

「…カイトさん…必ず、また…会えますよね…」

ルリの呟きと共にナデシコはボソンの光に包まれ、その姿を消した。


一週間後
ネルガル重工本社・会長室


「会長、ナデシコが火星で消息を立って一週間になります。
 損傷の規模からすると沈んだ可能性が高いかと…」

「…そうだねぇ、プロジェクトはプランBに切り替えた方がいいかなぁ。
 …やれやれ、ナデシコには結構な金が掛かってるんだけどね」

最初に言葉を発したのは黒髪の女性。
"会長"と呼ばれた男の顔は逆光でよく見えないがまだ若い男の声である。

「わかりました。
 明朝、取締役会を召集してプランの変更を…」

黒髪の女性が口を開いた時、突如部屋が光で満たされる。

「な、なんなの!?」

「…これは…」

慌てる女性に対し、驚きはしているが落ち着いた態度を崩さない会長。
やがて光は収束し、弾ける。

「…ネルガル重工のアカツキ・ナガレ会長と
 秘書のエリナ・キンジョウ・ウォンさん…ですね?」

口調こそ静かで丁寧だが圧倒的な威圧感を含めた声が響く。

「…あぁ…」

突如現れた侵入者に思わずエリナは床にへたり込む。
だが、アカツキは薄笑いを浮かべて侵入者に話し掛ける。

「…そうだけど…君は何者だい?
 アポ無しの訪問は断ってるんだけどね」

口調こそ軽いがアカツキは油断はしていなかった。
その証拠に左手には警報スイッチが握られていたし、
机の下へすぐ潜り込める体勢も取っている。
厳重な警備を強いてある社屋、
その中で最も警戒厳重なこの部屋へその存在を全く悟らせずにやって来た侵入者。
少なからずアカツキはこの侵入者に興味を持った。

(…それに、今のは生体ボソンジャンプ…)

失敗続きの生体ジャンプ実験、諦め始めていた所にそれを実践する者が現れたのだ。
アカツキは表情には出さないが胸の内から興奮が沸き上がってくるのを感じていた。

「僕は…」

侵入者は名乗ろうとし、動きを止める。
だがそれも一瞬の事。
再び口を開く侵入者。

「ミカズチ…。
 そう、僕はミカズチ=カザマです」

アカツキは"ミカズチ"と名乗った侵入者を改めて観察する。
何の変哲もない紺のスーツにサングラス。
だが、その声にはまだ幼さが残っている。
ライバル社のSSかとも思うがそれならば名乗る必要はないし、若すぎる。
少なくとも、暗殺等が目的ではないようだとアカツキは判断する。

(…最も、話の内容次第じゃ暗殺者に変身するかもしれないけどね…)

警戒を解かずにアカツキがミカズチに話し掛ける。

「…で、そのミカズチ=カザマ君が何の用だい?
 出来れば暗殺とかは勘弁して欲しいねぇ。
 僕は血を見るのが嫌いなんだ」

薄笑いを浮かべたままのアカツキ。

「…よく言う…」

ミカズチは口元を歪めるとボソリと呟いた。
その呟きが聞こえたのか、アカツキはやれやれと首をすくめて見せる。
ミカズチは表情を元に戻すとアカツキに向き直る。

「…ここへ来たのは暗殺が目的じゃありません。
 僕の目的は…ビジネスです」

「…へ?」

「ビジネス…?」

ミカズチの意外な言葉に固まってしまったアカツキとエリナであった。

続く…




 後書き

村:ども、村沖和夜です。

ル:どうも、引き続きホシノ・ルリです。

村:いや〜、第7話も無事にお送りする事ができましたね、良かった、良かった。

ル:ちょ、ちょっと!
  なにを呑気にお茶なんか飲んでるんですか!?
  カイトさん、いなくなっちゃいましたよ!!

村:そうですね。
  ボソンジャンプでどっか行っちゃいましたね。

ル:普通、逆行モノってこのジャンプをなかった事にしたり、
  ナビゲートしてタイムラグを消したりするんじゃないんですか!?

村:そうかもしれませんねえ。
  でも、カイト君は思うところあってタイムラグを残したまま、
  姿を消したんですよ。

ル:・・・最後のシーンがそれですか・・・

村:そうです。
  ただ、このシーンがどういう意味を持つのか、
  それはまだ明かしません。
  第8話は、原作通り第4次月攻略戦から始まります。

ル:「空白の8ヶ月」はどうするんですか?

村:何話か後で書きます。
  このお話はそうとう長くなるんじゃないかなー、とは思いますが。
  多分RWK最長。

ル:・・・何も考えてないだけでは・・・?

村:・・・

ル:なんですか、その沈黙は?

村:・・・考えてますよ、もちろん(汗)

ル:怪しいですね・・・。

村:さ、とりあえず次回タイトル行きましょうか。
  ルリさん、お願いします。

ル:・・・?
  やってもいいんですか?

村:私がやるより受けはいいでしょうから

ル:わかりました。
  では・・・
  次回、RWKは

  第8話:再会…そして「はじめまして」
   『…ホシノ・ルリは私の"お姉さん"なの?』

  ・・・え?
  このセリフは・・・もしかして・・・

村:(ニヤリ)
  それではここまでお付き合い下さった皆様に感謝しつつ・・・
  第8話でお会いしましょう!

ル:・・・今回は主導権握られっ放しでしたね・・・
  次回は必ず・・・





[戻る][SS小ネタBBS]

※村沖 和夜さんに感想を書こう!
メールはこちら[kazuya-muraoki.0106@hotmail.co.jp]! SS小ネタ掲示板はこちら


<感想アンケートにご協力をお願いします>  [今までの結果]

■読後の印象は?(必須)
気に入った! まぁまぁ面白い ふつう いまいち もっと精進してください

■ご意見・ご感想を一言お願いします(任意:無記入でも送信できます)
ハンドル ひとこと