機動戦艦ナデシコ
〜Return of the White Knight〜





第7話 『老兵』はただ去り行くのみ(前編)


火星極冠を目指し大地すれすれを飛ぶナデシコ。
その外殻装甲はあちこちが焼け焦げ、
ひどい箇所では剥がれ落ちた部位も見られる。
相転移エンジンが不調をきたしているせいか、どこかノイズが混じる。

「ダメだね、出力がまた下がった」

「これで70%ダウンですか…。
 よく飛んでますね、この艦」

コンソールにアクセスしたままカイトとルリがぼやき合う。

「ウリバタケさん達が毎日徹夜で補修し続けてくれてるからね…。
 最も、補修分とダウンがほぼイコールだけど」

「でも、それがなかったらとっくに落ちてますよ」

「後、ルリちゃんのオペレートもあるから、ね♪」

「私だけじゃありません。
 カイトさんも、です」

「ありがと♪」

楽しそうに会話するカイトとルリを羨ましげに見つめるユリカ。

「…ルリちゃん、いーなー…」

「どうしたの、艦長?
 溜め息なんかついて?」

「あ、ミナトさん…」

ブリッジに入ってきたミナトがユリカに声を掛ける。

「はは〜ん、カイト君とルリルリね?
 カイト君みたいにアキト君が優しくならないかな〜、
 なんて思ってたんでしょ?」

「う…、何で分かったんですか?」

図星をさされたユリカ。

「でも、元々仲良かったですけど、最近益々仲良くなりましたよね?
 今朝も一緒に朝ご飯、食べに来てましたよ?」

少し遅れてブリッジにやってきたメグミが会話に加わる。

「ほえ?
 そーなの、メグちゃん?
 いつから?」

「ユートピア・コロニーの事件の後くらいからですけど…」

そう言ったメグミの顔が曇る。
ユリカとミナトも同じ様に表情を曇らせる。
ユートピア・コロニーの避難民を救出できなかった時、カイトは暴走した。
カイトの放った殺気は直接向けられてはいなかった
ユリカ達でさえ冷汗が背中を流れ落ちた程だった。
イネスが鎮静剤を打ち、事なきを得たがそれによってルリとゴートが負傷した。
ルリの怪我はたいした事はなかったが、
ゴートはその日一日起き上がれない程のダメージを受けていた。
カイトの持つズバ抜けた戦闘技量が、
いざ自分達に向けられた時の戦慄をまざまざと見せつけられたのだ。
笑顔の裏に潜む鋭い牙に否応なしに気付かされた瞬間だった。
その日は一日中、ブリッジは暗い雰囲気に包まれていた。
翌朝、カイトがブリッジに姿を現した時、
どんな対応をすれば良いのか頭を悩ませていたクルーは拍子抜けした。
ルリと共に現れたカイトはいつもの穏やかなカイトだった。
皆が唖然とする中でルリだけは普段通りだったが、
ミナトはその表情に僅かに喜びが混じっているのを見逃さなかった。

「…ルリルリ、やっぱり昨夜、なんかあったでしょ?」

「秘密…です」

そういって静かにルリは笑った。
11歳の少女のどこにこんな表情が隠されていたのか、と思う程に
大人びた、そして穏やかな微笑みを見せるルリ。
その微笑みは、早くもパイロット仲間に取り囲まれ、
彼等の歓声のただ中にいるカイトに向けられていた。

「でも、やっぱり羨ましいですよね…。
 時間があればアニメばっか見てる人よりは…」

メグミの言葉にユリカが反応する。

「む、メグちゃん、それってアキトの事?」

「あ、アキトさんじゃないですよ」

「む〜」

ユリカが精一杯目をつりあげてメグミを睨むが、
元々がのほほんとした顔立ちの為、いまいち迫力に欠ける。

「メグちゃんのお相手はヤマダ君だもんね〜♪」

ミナトが横から口を出す。

「ミ、ミナトさん!」

「ほぇ〜!
 メグちゃん、いつの間にぃ?」

慌てるメグミに驚くユリカ。
興味津々といった様子で見つめてくるユリカの気を反らそうと
メグミがユリカに話し掛ける。

「でも艦長、いいんですか?
 アキトさん食堂でイネスさんと話してましたよ?
 物凄く真剣な顔で」

メグミの言葉にユリカの表情が曇る。

「うん、知ってる…。
 私も一緒にお話しようとしたんだけど
 『大事な話してるからあっち行ってろ』
 って言われちゃった」

その後、駄々をこねてみたものの、全く相手にされなかったユリカは
不貞腐れてブリッジにやって来た。
が、そこにいたのは楽しげに会話するカイトとルリ。
その光景を見て、発せられたのが先程の『ルリちゃん、いーなー』であった。

「ふーん、アキト君とイネスさんねぇ…、何だか想像つかないなぁ。
 何の話してるんだろ?」

アキトとイネスの間に共通項を見出だせず、首を傾げるミナト。

「でも、楽しそうには見えませんでしたよ?
 ちらっと聞こえたんですけど『第1次火星会戦』がどうとか、
 『フクベ提督が指揮を取ってた』とか…」

「フクベ提督が第1次火星会戦で指揮を取った話を聞いてたのかな?
 でも、フクベ提督がその時の英雄だって事をアキトも知らないはずないし…」

「「うーん…?」」

ユリカの言葉に首を傾げるミナトとメグミ。
フクベが連合軍で最初に、しかも緒戦で唯一チューリップを落とした英雄だという事は
地球圏では子供でも知っている事だった。
それゆえ、アキトがその事を知らないとは誰も想像していなかった。
ただ一人、その事を知るカイトは自身の思惑がある為、
その事をアキトに教えてはいなかった。

「失礼します!」

ブリッジの扉が開き、アキトが入ってくる。

「アキトっ♪」

ユリカを無視し、険しい顔のままフクベの元へ歩み寄るアキト。

「…提督にお聞きしたい事があります」

「…何だね?」

アキトの殺気が込められたような厳しい視線を受けても、
フクベは顔色一つ変えることはない。
ただ来るべき時が来たか、というようにアキトの視線を受け止めている。

「…提督にお聞きしたい事があります」

「何かね?」

「提督が第1次火星会戦で指揮を取っておられたと聞きました…」

「アキト、突然どうしたの?
 提督が第1次火星会戦の英雄だなんて子供でも…」

知ってるよ、と言いかけたユリカの言葉をアキトが遮る。

「地球では、だろ…」

アキトの言葉は暗く、重い。

「その時、撃破されたチューリップが火星に落ちた…。
 そしてコロニーが一つ消えた…」

「テンカワさん、もしや…」

不穏な空気を察知したプロスが割って入ろうとするが、
その言葉をまたしてもアキトが遮る。

「答えろ!
 提督、アンタが火星にチューリップを落としたのかっ!?」

「…そうだ」

「っ!」

肯定の答を聞いた瞬間、アキトの腕が振り上げられる。
そして、拳がフクベの顔面めがけて振り下ろされる。

「お前が!
 お前がやったのか!」

フクベはアキトの拳を避けようともせず、殴られ、倒れる。

「お前がユートピア・コロニーを!
 …お前のせいで、アイちゃんが…、火星の人達が…!」

アキトは床に倒れたフクベに殴り掛かろうとする。
だが、2発目以降の拳がフクベに振り下ろされる事はなかった。

「…そこまでです、アキトさん」

カイトが振り上げられたアキトの腕を掴み、制止していた。

「カイトッ!
 離せ!
 離してくれ!
 アイツの、アイツのせいでアイちゃんが!
 火星の人達が…!」

カイトの手を振り解こうとアキトがメチャクチャに暴れるが
カイトはびくとも動かない。

「落ち着いて下さい、アキトさん。
 あれは事故だったんです。
 提督はわざとユートピア・コロニーを潰そうとされた訳では…」

「煩い!
 俺の、俺の気持ちが解ってたまるか!
 離せ!
 離してくれぇぇぇぇぇっ!」

カイトの言葉に耳を貸さず暴れ続けるアキト。

「仕方ないですね…フッ!」

「うわっ?!」

カイトの気合いと共にアキトの身体が中を舞う。
先日、ゴートが投げ飛ばされた時を寸分違わず、再現するかのような光景。

「ガハッ!
 …ぅぅ…」

床に叩き着けられた衝撃で失神し、床に大の字に転がるアキト。
その光景に誰もが息を飲む。

「…ゴートさん、アキトさんを拘束して下さい。
 手加減してあるのですぐに目覚めるはずですから」

「あ、ああ…」

ほうけていたクルーが我に返り動き出す。
ゴートはアキトをパイロットシートに手際よく拘束していく。

「メグちゃん、提督を医務室に!」

「いや、ワシは…」

「いいえ、提督。
 唇から出血なさってます。
 きちんと手当てしないと…」

メグミがフクベを医務室に引っ張っていく。
その隣では珍しくジュンが声を荒げてユリカに詰め寄る。

「艦隊司令たる提督にパイロットが手を挙げるなんて許される事じゃない!
 これが軍なら軍法会議モノだ!」

「アオイ副長、ナデシコはネルガルの民間船ですので…」

激昂するジュンをなだめようとするプロスだが、耳を貸す気配は全くない。
それもそのはず、軍人、中でもエリートたる士官候補生として
教育を受けたジュンにとって艦隊司令ともなれば神も同然。
それを一パイロットが殴るなど、
上官には絶対服従を旨とする軍では考えられない事だった。

「ユリカ、いや、艦長!
 ここは厳重な処分を!」

ジュンがさらに強い口調でユリカに詰め寄る。
余りの剣幕に少し引き気味のユリカ。

「処分…おしおきだよね…?
 アキトにおしおき…何がいいかな♪」

顔を赤らめ、身体をくねらせるユリカ。

「ユリカ!
 彼は艦隊司令に手を挙げたんだぞ!
 本来なら銃殺でもおかしくないんだ!」

「銃殺って…そんな…」

銃殺、と聞いてユリカの、他のクルーも一様に顔が青ざめる。

「…ジュンさん、それぐらいにしておかないと引っ込みつかなくなりますよ…」

「カイト君!
 キミまで…!
 テンカワ君のした事がどれほどの事かわかってるのかい!?」

ジュンの言葉を聞いたカイトの目がスッと細くなる。

「…なら貴方にはアキトさんが火星で…、
 ユートピア・コロニーでどんな思いをしたか分かりますか…?」

「…っ!」

静かな、だが怒りに満ちたカイトの声にブリッジが静まり返る。

「大切なモノが目の前で奪われるのがどんなに辛い事か…、
 何もできない自分がどれほど惨めか…
 貴方に分かりますか?」

「…ぅ」

「ジュンさんの家族が…、ユリカさんが同じ目にあったとしても!
 …貴方は今と同じ事が言えますか…!」

「…」

ジュンが唇を噛み締めて俯く。
ルリは声を搾り出すカイトの背中を見て表情を曇らせる。

(カイトさん…泣いてる)

実際には涙を流してはいないが、
カイトの背負う悲しみの一端を知るルリにはそう思えた。
ルリはカイトの隣に歩み寄ると、その握り締められた拳にソッと触れ、
カイトを見上げる。
その悲しみを少しでも和らげる為に。

「ルリちゃん…」

突然、手に感じた暖かいモノに驚いたカイト。
その正体がルリだと気付いたカイトは悲しい顔をした
ルリを安心させるように小さく微笑む。

「…すいません、少し言い過ぎました」

そう言ってジュンに頭を下げるカイト。

「いや、僕も考えがなかったよ…。
 …そうだよな、テンカワ君は僕が想像もできないような戦場にいたんだよな…
 カイト君、キミも…かい?」

ブリッジは静まり返ったまま、口を開く者はなかった。

「…しかし、いかに軍隊ではないとはいえ、何らかの処分をする必要がありますな…」

プロスが誰も口を開けなくなった雰囲気を察して誰に話すともなく呟く。

「ここは正式な処分はひとまず先送りにして、それまでは自室で謹慎…
 という事ではどうでしょう、艦長?」

「え?
 あ、はい!
 それでいいと思います!
 ね、ジュン君、カイト君?」

「そうだね」

「異存ありません」

カイトとジュンが頷く。

「よし、決まり!
 アキト、そーゆー事になったからお部屋に戻って大人しくしててね?」

「…わかったよ…」

納得していない、という表情で拘束を解かれ、ブリッジを出ていくアキト。
ブリッジを出る間際にチラリとカイトに視線をやるアキト。
カイトと一瞬、目が合うがすぐに逸らして歩いていく。

「…アキトさん」

カイトが後を追おうとするが、ルリが上着の裾を掴み、それを止める。

「ルリちゃん?」

「…今は一人にしてあげた方がいいと思います」

「…そうだね」

カイトとルリはアキトが歩み去った扉を見つめる。
その背後では、緊張の解けたクルー達が一気に喋り出す。

「テンカワの野郎、のほほんとした顔してるけどやるときゃやるんだな!」

「熱血だぜ…!」

アキトの行動に理解を示すリョーコとガイ。

「…死に急ぐタイプよ、ただの」

はしゃぐリョーコとガイに、険しい顔のイズミ。
様々に意見が交わされ、騒がしくなるブリッジ。
そこへメグミが一人で戻ってくる。

「あ、メグちゃん、ご苦労様!
 …あれ、提督は?」

「自室で休むそうです。
 後、アキトさんの処分は自分に預けて貰えないか、だそうです。
 悪いようにはしないから、とも…」

ユリカはその言葉を聞き、プロス、カイト、ジュンを見回す。
3人ともがユリカの視線に頷きを返す。

「分かりました。
 今回のアキトの処分、提督にお預けします。
 メグちゃん、提督に伝えておいて貰える?」

「了解!」

そう言うとメグミはコミュニケを操作し、フクベを呼び出し、
アキトの処分が預けられた事を伝える。

「とりあえず、一件落着ですね…」

「そうだね、フクベ提督ならなんとか上手く処理してくれるだろうしね」

とにかく一応のケジメがついた事に胸を撫で降ろす二人であった。
そしてナデシコは明日、火星極冠に達する。

(いよいよ明日か…)

カイトはスクリーンに映る大地を眺めていた。
その瞳には決意の色が垣間見えた。


翌日
ナデシコ・ブリッジ


ブリッジには主要クルーが集まっていた。

「…識別信号来ました。
 記録と一致してます」

メグミの報告がブリッジに響く。
その報告を聞くクルーの顔には一様に困惑が浮かんでいる。

「では、あれは紛れもなく…」

フクベの呟きにユリカが疑問を唱える。

「でもおかしいです。
 護衛艦クロッカスがチューリップに吸い込まれたのは地球です。
 …どうして火星に?」

ユリカの視線の先には火星の雪原に横たわるクロッカスの姿が映し出されていた。

「チューリップは木星トカゲの母船ではなく、
 一種のワームホール、ゲートの類いだとすれば、
 地球で吸い込まれた護衛艦が火星にあっても不思議ではないでしょう?」

ユリカの疑問に答えるイネス。

「では、ドクター。
 地球に出現しているトカゲは火星から送り込まれていると?」

ゴートの質問に答えたのはイネスではなく、意外にもミナトだった。

「そうとは限らないんじゃなぁい?」

全員の視線がミナトに集中する。

「クロッカスと一緒に吸い込まれたもう一隻の…えっと、何てったっけ?」

「パンジーです」

カイトが答える。

「そうそう!
 それは見当たらないじゃない?
 出口が色々じゃ使えないよ」

「「「「「「あ…」」」」」」

ブリッジがミナトの鋭い発言にどよめく。

(…ミナトさん、鋭いです。
 でも、カイトさん全く驚いてませんね…)

ルリは隣に立つカイトをそっと見上げる。
カイトは表情を変えず、ただクロッカスの映し出されるスクリーンを見つめている。

「…ヒナギクを降下させましょう」

ユリカの言葉がブリッジに響く。

「その必要はありません。
 我々には目的があります」

プロスがユリカの言葉を遮る。

「しかし生存者がいる可能性もあります。
 …提督?」

ユリカがプロスに食い下がり、そしてフクベに意見を求める。

「ネルガルの方針には従おう」

「…カイト君?」

「極冠施設に急ぎましょう。
 捜索は相転移エンジンのスペアを見つけてからでも遅くはないでしょうから…」

「…」

ユリカは頼りにしていた二人に自分の意見を否定され口をつむぐ。
ルリはカイトの言葉に違和感を感じていた。
何より人の命を大事にするカイトがネルガルの方針を優先した事に。

(…でも、今のナデシコじゃ、一度着陸したら二度と
 飛び上がれなくても不思議じゃないですからね…)

カイトの言葉の意味を自分なりに解釈して納得するルリ。
それでも胸中の違和感は消える事はなかったが。

「まあ、北極冠の研究施設に行けば、
 カイトさんの言う通り運がよければ相転移エンジンの
 スペアも見つかるでしょうから…」

「そうですね…、では、提督?」

ユリカがフクベに意見を求める。

「…エステバリスで先行偵察。
 人選は艦長、君がしたまえ」


火星雪原

3機のエステバリスが雪原を走る。
青とオレンジの陸戦フレームが先頭を走り、
その後ろから砲戦フレームがそれを追い掛ける。
「…チッ、トロトロ走りやがって…どうもこの砲戦フレームは気にいらねえな…」

「リョーコ、ぼやかないの!
 ジャンケンに負けたんだから諦めなよ?」

ヒカルがリョーコを窘める。

「…で、その研究所ってのはどこにあるんだよ?」

「さっきから地図と照合してるけど研究所なんて極冠にはないよ?」

「だが、プロスさんだけじゃなく、カイトのヤツもその存在を知っていた。
 だからどこかにある」

イズミが二人の会話に割り込む。

「…?
 待てよ、なんでカイトも知ってるんだ?」

「「あ…」」

カイトの態度が余りに自然だったので誰も気付いていなかったが、
地図にも載っていないような研究所の存在を何故カイトが知っていたのか。
リョーコがさらに口を開こうとするが、イズミがそれを遮る。

「静かに!
 何かいる!?」

「だから〜、いきなりシリアス・イズミにチェンジしないで…、キャアッ!」

突然ヒカル機の足元が爆発する。

「なんだ!?
 イズミ、敵はどこだ!?」

「わからない。
 見えてる範囲に敵はいない」

ヒカル機の傍に駆け寄り、警戒するイズミ機。
しかし、その足元が再び爆発する。
飛び出してきたトカゲに体当たりされ、イズミ機が転倒する。
トカゲは再び地下に潜り、今度は真っ直ぐにリョーコ機へ向かう。

「リョーコ、ごめん!
 そっちに行った!」

「…っ!」

リョーコの反応が一瞬遅れ、足元の氷が砕ける。
砕けた氷に足元を取られ、リョーコ機が転倒する。
その上にトカゲがのしかかり、コクピットにドリルを近づける。

「ああっ…!」

リョーコの表情が恐怖に歪む。

「お、おい…待てよ!
 …ヤダ…ヤダ…ヤダよっ!
 イズミっ!ヒカルっ!
 …テンカワっ〜!

リョーコの恐怖がピークに達したその時、
コクピットにのしかかっていたトカゲが吹き飛ばされる。

「お待ちかねの王子様じゃありませんけど…、大丈夫ですか、リョーコさん?」

転倒したリョーコ機を守るように立っていたのは空戦フレーム。
3人の前に開いたウインドウにはカイトが映っていた。

「「「カイト(くん)!」」」

「来ますよ!」

カイトの言葉を合図にイズミ、ヒカルがライフルを放つ。
だが装甲がよほど分厚いのかライフルの弾は弾かれてしまう。

「リョーコさんっ!」

「オウッ!」

カイトの言葉に反応してリョーコが砲戦フレームのキャノンライフルを放つ。
胴体を貫かれ、爆発するトカゲ。

「…サンキュー、ヒカル、イズミ、カイト」

リョーコが安堵の溜め息を吐く。

「何奢ってくれる?」

「へへ〜、聞こえちゃった〜♪
 ねえ、カイトくん?」

「ハハ…、ええ、まあ…」

ニヤリと笑顔を浮かべるイズミとヒカル。
そして苦笑いを浮かべるカイト。

「ち、違うよ!
 バカ!
 あれはもう一人いたらフォーメーションがだなあ…」

顔を真っ赤にして言い訳するリョーコ。

「もう一人いたじゃないですか。
 僕が」

イズミ、ヒカルサイドに付いたカイトもからかいに参戦する。

「…カイト、テメー…」

思いも寄らないカイトの攻撃に沈黙するリョーコ。
その顔は益々赤くなっている。

「…だ、だいたいカイト!
 テメー着いてきてるならなんで始めっから出て来てねえんだよ!?」

カイトに逆切れする事で突破口を見出だそうとするリョーコ。

「リョーコさん達が出発した後に決まったんですよ。
 僕が空戦で出るのは。
 でも、リョーコさん…僕にそんな口聞いていいんですか?」

ニヤリと笑うカイト。

「な、何だよ…、その笑いは?」

「せーのっ!」

「「テンカワ〜!」」

カイトの掛け声と共にイズミとヒカルが合唱する。

「分かった!
 分かったよ!
 奢る、奢るよ!」

「私、プリン・ア・ラ・モード!」

「玄米茶セットよろしく」

「じゃ、僕はコーヒーセットお願いしますね♪」

4人の声が響く向こうには周囲をチューリップに
囲まれたネルガル火星極冠研究所があった。


ナデシコ作戦室

「…以上のように、研究所の周囲はチューリップに囲まれ、
 攻略は非常に困難かと思われます」

エステバリスの持ち帰った映像を展開し、カイトが報告を終える。

「厳しいですね…」

ジュンが呟く。

「しかし、あそこを取り戻すのが社員の義務でして…」

「…スキャパレリ・プロジェクトのキモですからね…」

カイトの呟きにプロスが言葉を詰まらせる。

「…!
 (カイトさん、何故それを…?)
 …その通りです。
 皆さんも社員待遇である事はお忘れなく」

「俺達にあそこを攻めろてってのかよ…」

リョーコがプロスの言葉に険しい表情を作ってみせる。
ナデシコ・エステバリス部隊の指揮官を勤めているリョーコ。
自分達の実力はきちんと把握していた。
カイトレベルのパイロットが後2、3人いれば何とかなるかもしれないが、
そんなパイロットは地球圏には彼以外に存在しえない。
ちなみにナデシコ・エステバリス部隊の序列は
指揮官がリョーコ、副官をカイトが勤めている。
リョーコは最初に指揮官に任命された時、それを固辞した。
隊長課程を終えているのは確かに自分だけだったが、
カイトは自分以上に優秀な指揮官でもある。
それを正確に見抜いていたからこそ固辞したが、
そのカイトが部隊の指揮を取る事を強硬に拒否したのだ。
隊長課程を持ち出されてはさすがにプロスも強要する訳にはいかず、
リョーコにお鉢が回ってきたのだ。
リョーコとしてはカイトが拒否した事が不満だったがその理由はおのずと分かった。
カイトを基準に作戦を立てると他が着いていけないのだ。
正規の訓練を受けた自分やイズミ、ヒカル、ガイでも遅れを取った。
特に素人のアキトはレベルが上がったとは言え、絶対的に技量が不足していた。
それを目の当たりにしたリョーコはカイトの意図を悟った。
カイトを除く5人でフォーメーションを組み、
カイトは単独で作戦に投入する形が最も作戦行動に幅を持たせる事が出来る。
単独行動を前提にしている為、カイトは指揮を取る事を拒否したのだと。
しばし回想に浸っていたリョーコの意識をユリカの声が現実に引き戻す。

「…私、これ以上クルーの命を危険に晒すのはイヤだな…」

その呟きに答えたのはミーティングが始まって以来、沈黙を守っていたフクベだった。

「…"アレ"を使おう」

「「「「「「アレ?」」」」」」

フクベの言葉に全員の視線が集中する。

(…止められない、か…)

フクベの意図を正確に知るカイトは自然に苦い表情を浮かべるが、
それに気付く者は作戦室にはいなかった。


ナデシコ・格納庫

「オラ〜、後3分で仕上げるぞ〜!」

「「「「「ウィ〜ッス!」」」」」

ウリバタケの号令と整備班の返事が響く格納庫。
その隅にパイロットスーツのアキト、宇宙服に身を包んだフクベ、イネスがいた。

「提督、危険です!
 考え直していただけませんか?
 どうしても行かなければならないのなら、私が行きます!」

ゴートが何とかフクベを止めようとするがフクベは聞く耳を全く持たない。

「手動での操艦は君には出来まい。
 …それにとりあえず様子を見に行くだけだ」

「しかし…」

なおも食い下がるゴートの言葉をアキトが遮る。

「それはいいっスけど、何で俺が連れて行かれるんスか?」

「…罰だと思って貰おう」

「…チェッ…」

今だ不機嫌なアキト。
隣に立つイネスがクスクスと笑う。

「よろしく頼むわね、アキト君?」

イネスの微笑みに思わず顔を赤くするアキト。

「…では、行こうか」

フクベに促され、アキトとイネスが移動を始める。

「待って下さい!」

格納庫に突然響いた声。
パイロットスーツを纏ったカイトが走ってくる。

「僕もクロッカスに連れて行って下さい」

「カイト、君は待機中だ。
 作戦に参加する必要はない。
 第一、極冠研究所の捜索任務から戻ったばかりじゃないか」

ゴートがカイトを止める。

「ええ、それはそうなんですが…。
 手動での操艦なら、僕がお役に立てると思いまして」

そう言ってカイトは左手のグローブを外し、オペレータ用IFSのタトゥーを見せる。

「「「!」」」

ゴートを除く3人の目が驚きに見開かれる。
カイトはパイロット用IFSの処理を受けている。
だがオペレータ用IFSの処理もしている事を知るのは
ルリを始め一部のクルーだけだった。

「…興味深いわね…」

イネスはカイトのIFSをマジマジと見つめ、呟く。

「…なるほど、確かに役立ちそうだ。
 よろしい、君の同行を許可しよう」

フクベも驚いていたが、カイトの同行を認める。
ゴートもカイトが同行するなら危険も減ると思ったか、何も言わない。

「…ありがとうございます、提督!」

カイトがフクベに敬礼する。
その所作は実に見事なモノである。
フクベは敬礼するカイトを見て、目を細める。

「それでは改めて、行こうか」

フクベの号令の下、アキト機にイネスが、
カイト機にフクベが乗り込み、ナデシコを飛び立つ。

「…カイト君、君は従軍経験があるのかね?」

クロッカスへ向かう途中、フクベがカイトにたずねる。

「ええ、少しだけ…。
 何故お分かりに?」

「なに、君の敬礼が余りに堂に入っていたものだからね。
 …君のようなパイロットがあの時、居てくれたらまた歴史も変わったのだろうな…」

後半部分はカイトに聞こえないよう小声で呟くフクベ。

「…」

だが、カイトはその呟きをしっかりと聞き取っていた。
険しい表情を浮かべるカイト。
カイトとフクベはそれ以後、
クロッカスのハッチに降り立つまで言葉を交わす事はなかった。


 後編に続く・・・


 後書き

村:ども、村沖和夜です。

ル:どうも、ホシノ・ルリです。
  ・・・どうしたんですか、羽織袴なんか着て?

村:昔から祝い事には和服を着ると決められているではないですか

ル:彼女でも出来ましたか。

村:・・・。
  何でそんな個人的な祝いをここでせにゃならんのですか・・・
  というか、私の春はシベリアに抑留されたままですよ

ル:北極海の底に沈む、の間違いでは?

村:・・・。
  (否定できないのが空しい・・・)

ル:で、一体なんなんです?
  その祝い事というのは?

村:よくぞ聞いてくれました!
  これです!
  『祝!風の通り道70万HIT達成!
  Rinさん、おめでとーございまーす!!

ル:おお!
  確かにそれはおめでたい事ですね!
  これも、ひとえに私の魅力のおかげですね♪

村:なんつー暴言を・・・(汗)
  貴女の魅力だけじゃないでしょう。
  素晴らしい作品を生み出す多くの作家さんと
  管理人のRinさんがいらっしゃったからこその偉業ですよ

ル:カイトSSの聖地とも言える『風の通り道』ですからね。
  今後、80万、90万、そして100万HITを目指していただきたいものです。

村・ル:Rinさん、お体を大切にこれからも頑張って下さい!(ペコリ)

ル:さて、そろそろ今回のお話の内容に触れておきましょうか。

村:・・・(滝汗)

ル:おや、今回は覚悟が出来ているようですね。
  へっぽこ作者

村:あう・・・

ル:じゃ、吊るし上げましょうか
  アキトさんがフクベ提督を殴るのは
  クロッカスを見つけたときじゃなかったんですか?
  何で翌日の話になってるんですか?

村:・・・てへ♪

ル:「てへ♪」じゃなぁぁぁぁぁいっ!!

村:(ガスッ!)・・・はうッ・・・(バタリ)

ル:再構成モノを名乗るのなら時系列はきちんと筋を通しなさい。
  で、なにか言い訳があるのなら聞きますけど

村:いえ、これを書いてる時はマジで全然気付かなかったんですよ
  で、書き上げてからDVDを見ると『・・・なんですと!?』と言った感じで・・・

ル:なんで訂正しなかったんですか?

村:・・・まとまりはあったんで、まあいっか、という事で・・・
  (ドゴォォォォォン)・・・あう・・・(ピクピク)

ル:第1クールの山場の回でなにやってんですか!
  気合いをいれて書きなさい、気合いを!!

村:・・・イ、イエス、マム!!

ル:へっぽこ作者は私が成敗しておきましたので、
  読者の皆様は暖かい目で見てやって下さいね♪
  ここまでお付き合い下された皆様に感謝しつつ・・・
  後編でお会いしましょう!

村:・・・後書きの相手、ユリカさんの方がよかったなぁ・・・
  殴られたり、撃たれたり、斬られたりしないし・・・

ル:・・・何か言いましたか?

村:・・・え?
  その手に持ってるのって・・・?

ル:二回目の登場のカイトさん専用の・・・ま、とりあえず死ね

村:(ザシュ!!)・・・結局こういうオチか・・・(バタリ)







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