機動戦艦ナデシコ
〜Return of the White Knight〜





第6話 火星に希望はあるか(後編)


「テンカワ・ アキト、ただいま戻りました」

金髪の女性を連れたアキトがブリッジに戻ってくる。
ブリッジにはウリバタケを含む主要クルーが勢揃いしていた。
生存者を発見できたというのにクルーの顔は冴えない。
火星に残された人を助ける、
という思いを胸にたった一隻の艦でここまでやってきた。
そして僅かだが、生存者を発見した。
しかし、その生存者はナデシコに乗る事を拒否した。
自分達は何の為に火星へ来たのか?
クルーの心は揺れていた。

「はじめまして、私、ネルガル重工のプロスペクターと申します」

プロスが名刺を差し出し、挨拶する。

「私はイネス・フレサンジュ。
 ネルガル・オリンポス研究所の主任研究員よ…
 最も研究所がああなってるから"元"と言った方がいいわね」

イネスの口元に冷めた笑みが浮かぶ。

「ドクター・フレサンジュ、我々は貴女方、
 火星に置き去りにされた人達を助けに来たのです。
 …何故、乗船拒否など?」

プロスが単刀直入に切り込む。

「最初に言っておくけど、ナデシコに乗らないと言うのは私達の総意よ」

「何故ですか?
 せっかく私達が地球から助けに来たのに!」

淡々としたイネスの物言いにメグミが反発する。

「…そうね、きちんと説明してあげるわ。
 私達がナデシコに何故乗らないか、をね」

そう言うとイネスは嬉しそうに周囲を見回す。

(この頃から既に"説明おばさん"だったんですね…)

場の雰囲気が雰囲気だけに心の中だけで笑みを漏らすカイト。

「ユートピア・コロニーに避難している人達は第1次火星会戦で家や家族を失って、
 命からがらシェルターに逃げ込んだって人達よ。
 火星防衛を放り出してさっさと逃げた地球の人間を信用できるはずがないでしょう?
 ましてや、たった戦艦一隻で火星を脱出しようなんて
 夢物語を信じろっていう方が無理」

イネスの説明に静まり返るナデシコクルー。

「お言葉だがドクター、我々ナデシコはここまで常に木星トカゲを退けてきている」

ゴートが詰め寄り、口を開くがイネスは顔色一つ変えない。

「あら、そうなの。
 それは運が良かったわね。
 なら今のうちに、言っておいてあげるわ。
 ナデシコでは決して木星トカゲには勝てない。
 断言してあげるわ」

「な、何だと!
 ナデシコはな、そんじょそこらのポンコツ船とは違うんだよ!」

イネスの冷めた口調と勝てないと言われた事にリョーコが切れる。
ヒカル、イズミ、ガイも不快感を隠さない。

「何が違うの?
 グラビティブラスト?
 ディストーション・フィールド?
 それとも相転移エンジンかしら?」

「…!」

リョーコ達が絶句する。

「そこのミスターはご存知かもしれないけどナデシコの基本設計をしたのはこの私。
 開発者が言うんだから間違いないわ」

「しかし、現に…」

ゴートがなおも食い下がろうとするが、イネスは反論を切り捨てる。

「地球の人達は木星トカゲを甘く見過ぎよ。
 貴方達は木星トカゲの何を知っているの?
 侵攻の目的は?
 無人兵器はどこから来てるの?
 さらに言えば木星トカゲの正体は?」

「「「「「「「…」」」」」」

ブリッジに重い沈黙が立ち込める。
それを破ったのは意外にもイネスだった。

「…で、貴方はどう思ってるのかしら?」

「僕…ですか?」

イネスが話し掛けたのはカイトだった。

「そうよ、パイロットさん。
 …ナデシコが火星までこれたのは貴方のおかげでしょう?」

「「「「「「!」」」」」」

再びブリッジに驚愕が走る。

「…どうしてそう思うんです?」

カイトも顔色一つ変えずイネスに聞き返す。

「簡単な推理よ。
 私が話す間、皆貴方をチラチラ見ていた。
 貴方がいつ話し出すのか、という感じにね」

「…」

「見た所、クルーの中では年少の貴方がそこまでの信頼を集めるのは
 パイロットの腕が優れているから、
 といった単純な理由ではむしろ説明がつかない…。
 とすれば貴方はここまでのナデシコの航海にとって重要な存在だった…
 違うかしら?」

今やクルーの全ての目がカイトとイネスのやり取りに注がれていた。
確かにイネスの推理に間違いはなかった。
カイトは驚異的なパイロットとしての能力と
冷静な指揮官としての能力を併せ持っていた。
この能力がここまでの航海の支えとなっていたという考えはクルーの間に浸透していた。

「僕がそこまで重要な存在だとは思いませんけどね…
 でも、貴女の言う事は正しいと思いすよ。
 ナデシコがここまでこれたのは奇跡のような物ですから」

「カイト!?」

アキトが叫ぶ。
他のクルーも一様に驚いた表情を浮かべる。
ルリも驚いて隣に立つカイトを見上げる。

「あら、意外とリアリストなのね」

イネスがらかうような声を上げる。
それでもカイトの表情は変わらない。

「…事実ですから」

「そう。
 …でも、そこまで冷静に判断できているなら何故ナデシコに乗ってるの?
 そちらの方に私は興味があるわね」

イネスとカイトの間に沈黙が降りる。

「…信じているからですよ」

カイトが沈黙を破る。

「確かに貴女の言う通りナデシコ一隻では木星トカゲに勝つ事は出来ないでしょう。
 でも僕達は火星まで辿り着いた。
 僕はそれを奇跡と言いましたが、
 奇跡を起こすだけの資質がこの艦とクルーには備わっていた…」

「…」

「奇跡だって何か原因がないと起こらない…
 僕はナデシコがそんな奇跡を起こす可能性を持った艦だと信じているんです」

「…可能性、か…」

イネスが呟くようにカイトの言葉を繰り返す。

「都合のいい考え方ね…それ。
 貴方、リアリストじゃなくてやっぱりロマンチストだわ」

そう言ってイネスは笑う。
今まで浮かべていた冷笑ではなく、人間らしい暖かさを持った微笑みを。

「わかったわ、私も信じましょう。
 貴方の言う、その可能性を」

イネスの言葉の意味を理解したプロスが確認を取る。

「では、ドクター・フレサンジュ、ナデシコに…」

「ええ、乗せて頂くわ」

「「「「やったぁっ!!」」」」

イネスの答を聞いた瞬間、クルーから歓声が上がる。

「あらあら…」

手を取り合って喜ぶクルーを見てイネスは苦笑いを漏らすが、その瞳は穏やかだった。

(このコ達なら本当に奇跡を起こすかもね…)

イネスは大騒ぎする、ほぼ一回り年下のクルーを見て思う。
その様子を見ていたルリが隣に立つカイトに話し掛ける。

「良かったですね、カイトさん」
(カイトさんの苦労が無駄にならなくて良かった)

ルリは安堵していた。
思えばカイトはナデシコの為、
ひいては火星の人達を救う為に何度も死線をくぐり抜けていた。
そのカイトの苦労が報われた事が嬉しかった。
自然に顔が綻ぶルリ。
しかし、カイトの顔はまだ険しいままだった。
そんなカイトの様子が心配になる。

「カイトさん…?」

「…ルリちゃん、周囲の警戒を強めておいて。
 それからグラビティブラストのチャージも」

「ハイ」

カイトの様子を不思議に思いながらも素直に指示に従うルリ。

(いつも"万一に備えて"を怠らないんですね、この人は)

そう思い、ルリは納得する。
そんな二人を余所にブリッジでは避難民収容についての
やり取りがイネスとプロスの間で続く。

「では、私は一旦シェルターに戻り、皆を説得して来るわ」

「お願い致します」

気の早い者は既に歓迎パーティの話をしている者もいる。

「パーティにはゲキガンガーの上映会は外せねえな!」

「んなモンやってどーすんだよ…」

「じゃあコスパ?」

「それも違うだろ!」

「…漫談」

「お前がやると葬式になっちまうだろうが!」

そんなやり取りを眺めるカイトの顔は晴れない。

(ナデシコは無防備にもなってないし、
 ユートピア・コロニーからも離れた場所にいる…
 これから現れる艦隊を撃破してから避難民を収容すればいい。
 備えは万全のはず…。
 なのに何故、胸騒ぎがする…?)

その時、警報がナデシコに鳴り響く。

「ルリちゃん、敵襲?!」

ユリカが事態を把握しようとルリにたずねる。

「ハイ。
 ユートピア・コロニー後方の上空に敵艦隊確認。
 大型戦艦5、小型戦艦30、なおも増加中。
 バッタ、ジョロの射出は確認出来ません。
 敵推定進路、ナデシコ」

ルリの報告にブリッジが衝撃に包まれる。
地球圏では有り得ない程の大艦隊が姿を現していた。

「総員戦闘配置!
 ルリちゃん、グラビティブラスト、チャージ!
 敵艦隊を捕捉次第発射。
 タイミングはお任せするわ!
 ミナトさん、微速後退!
 チャージまでの時間を稼ぎます!」

「「了解」」

ルリとミナトの返事が重なる。

「艦長、俺達は!?」

リョーコがユリカに指示を求める。

「待機していて下さい。
 機動兵器が射出されれば出撃して貰います!」

「「「「「「了解!」」」」」」

それぞれがシートに体を預けて出撃の指示を待つ。
カイトはルリのサポートをすべく、サブオペレーターのシートに座る。
するとすぐにルリから声が掛かる。

「カイトさん、対空火器管制、お任せしていいですか?」

「了解」

カイトはパイロットが本職の為、火器管制のオペレートに関してはルリを上回る。
最も、オペレーターとしての総合力はルリが遥かに優秀ではあったが。
そしてルリは敵艦隊の動きを不審に感じていた。

(おかしいな…向こうもこっちは捕捉してるはずなのに…)

余りに無警戒に前進を続ける敵艦隊。
まもなく全ての艦船が射程に入る。
ルリは一瞬の逡巡の後、ユリカの指示を実行する。

「…敵艦隊射程内に捕捉。
 グラビティブラスト発射します」

ルリの報告と共に黒い火線がナデシコから伸び、敵艦隊に吸い込まれる。
それでケリが着くはずだった。
だが、スクリーンに映し出された光景にクルーは言葉を失った。

「…敵艦隊健在。
 ダメージは認められません…」

報告するルリの声も僅かに震えている。

「ウソ…」

「何だよ…」

あちこちからクルーの呟きが漏れる。

「グラビティブラスト再チャージ!
 微速前進!
 次は距離を詰めて撃ちます!」

ユリカの指示が飛ぶが、敵艦隊の動きが突然止まる。

「敵艦隊、ユートピア・コロニー上空で停止」

「まさか!?」

ルリの報告を聞いたカイトが立ち上がる。

(ヤツ等、ナデシコが標的じゃなかったのか!?)

カイトに焦りの表情が浮かぶ。
前時間軸ではユートピア・コロニーに着陸し、
無防備になったナデシコの頭上から攻撃された。
その為にユリカがナデシコを守る為、
地下の避難民を犠牲にしたフィールド展開を強いられる事になった。
カイトはその歴史を繰り返さぬよう策を用意していた。
だが、それは敵艦隊の標的が"ナデシコ"であるという前提で立てたものだった。

(最初からユートピア・コロニーの避難民が標的だったのか!)

「敵艦隊に高エネルギー反応確認」

カイトの推測を裏付けるようなルリの報告。

やめろぉぉぉぉぉっ!

カイトの叫びと同時に敵艦隊の砲門が輝き、放たれた光が次々と大地に突き刺さる。

「…!」

誰かの息を飲む音が聞こえた。

「ミナトさん!最大戦速で前進!!」

「もうやってるわ!」

ユリカがナデシコを盾とすべくミナトに指示を出す。
ミナトも同じようにそれを実行していた。
だが、その間も大地に突き刺さる光の矢は絶える事はなかった。

うおぉぉぉぉぉっ!!

「カイトさんっ!?」

カイトがシートを蹴ってシューターへ走り出そうとする。
カイトの意図を咄嗟に見抜いたルリがそれを制止しようと上着を掴むが、
それも簡単に振り払われてしまう。
よろめき、床に倒れ込むルリ。

「っ!」

その際にどこかでぶつけたのか額に血が滲む。

「ルリルリっ!」

「…っ!
 誰かカイト君を止めて!」

倒れたルリに駆け寄るミナト。
カイトの出撃しようとする意思を見て取ったユリカが叫ぶ。
ユリカの叫びに反応したゴートがカイトに掴み掛かる。

「うおっ?!」

だが、カイトに掴み掛かった瞬間、ゴートの体が中に舞い、床に叩き着けられる。
投げ出されたゴートは咄嗟に受け身を取るが
強烈に叩き着けられ起き上がる事が出来ない。
アキトとガイもカイトの行く手を阻むべくシューターの前に立ち塞がる。
ゴートを投げ飛ばしたカイトがシューターに向き直る。
アキトとガイを見据えるその目は正気を失い、狂気に溢れていた。

「…退け…
 "俺"の邪魔をするな…」

カイトの口から漏れ出た短い言葉。
そこに込められた殺気にアキトとガイの体に震えが走る。

「「…っ!」」

それでもアキトとガイは道を譲らなかった。
狂気に支配され、暴走した今のカイトを外へ出す訳には行かない、と。

「…仕方ないわね…」

その様子を見ていたイネスは懐から注射器を取り出すと素早くカイトの背後に回り、
首筋にそれを突き立てる。

「…っ!」

首筋に注射器を突き立てられたカイトは身体を大きく震わせ、そして膝から崩れ落ちる。

「ふぅ…」

「イ、イネスさん…?
 何を…?」

突然崩れ落ちたカイトを見て、ユリカがイネスに問い掛ける。

「…即効性の鎮静剤よ。
 2時間もすれば目を覚ますわ。
 …それより艦長、いいの?
 あいつ等、来るわよ」

「…!」

スクリーンの中の艦隊がナデシコに向けて動き出していた。


敵艦隊との熾烈な砲戦を行った末、撃破したものの軽くない損傷を負ったナデシコ。
相転移エンジンを大気圏内で限界超過まで回し続けた為、
出力が半分以下まで低下していた。
火星を脱出しようにも十分な推力を得られない状態だった。
ナデシコはそのままクルーとなったイネスの意見に従い、
修理に必要なパーツを探しに火星極冠にあるネルガルの施設へと飛んでいた。
ブリッジにはカイト、ルリ、そしてゴート以外の主要クルーが顔を揃えていたが、
その表情は一様に冴えなかった。
火星に置き去りにされた人々を助けるという目的を掲げてやってきたナデシコ。
だが、その目的は目の前で無残にも散らされたてしまった。

「…遅くなりました」

ブリッジのドアがスライドし、ルリが姿を現す。
頭に巻かれた白い包帯が痛々しい。

「ルリルリ、大丈夫なの?
 休んでた方が…」

「大丈夫です、大した怪我じゃないそうですから。
 それに何かしてた方が気が紛れます」

「…そう?
 ならいいけど…」

ミナトから見て、ルリが無理をしているのは明らかだった。
だが休めといっても、今は聞かないだろうと判断した
ミナトはルリのしたいようにさせる事にした。

「ミナトさん」

「なぁに?
 ルリルリ?」

「カイトさんは…どうしたんです?
 姿が見えませんが…?」

当たりを見回し、カイトがいない事に気付いたルリ。

「…カイト君なら、部屋に引きこもったまま出て来てないわ。
 コミュニケも着信拒否」

「…そうですか」

こちらも無理はなかった。
カイトは人の死という事に対し、異常な怖れを見せる。
そのくせ、自分の命を盾とする事に一切の戸惑いを見せる事はない。
そんなカイトの胸中を思うと今回の出来事はやりきれないミナトであった。
暫くすると、勤務交代の時間がやってくる。

「ねえ、ルリルリ。
 アンタ、今日当直よね?」

「…?
 ハイ、そうですけど。
 それが何か?」

突然の問い掛けに困惑した表情を浮かべるルリ。

「代わったげるからカイト君のトコ、行ってきなさい」

「…?」

ルリは益々困惑し、ミナトを見つめる。

「アンタに怪我させた事、謝って貰って来ればいいわ」

「あ、でも…。
 私、気にしてませんから…。
 今日はカイトさんの方が辛かったでしょうから」

そう言って俯くルリ。
そんなルリを見てミナトは優しく微笑む。

「だからよ♪
 あの子も何かと思いつめちゃう子だからね、
 アンタに怪我させたって事で頭を一杯にしちゃうの!
 そうしたら他の事考える余裕なんかなくなっちゃうからね♪」

「そうでしょうか…?」

「そうよ♪」

ニコニコと微笑むミナトを見ていると何となくそうなのかな、と納得してしまうルリ。
それにミナトが自分とカイトを気遣ってくれているという事もわかる。

「なら…、そうします」

ミナトの厚意を受け取る事にしたルリ。

「ん、頑張ってね、ルリルリ♪」

ルリがペコリと頭を下げてブリッジを出ていく。
その小さな背中を見送りながらミナトは思う。

(ゴメンね、ルリルリ。
 カイト君を慰められるのはアンタだけ…。
 私達の前じゃ絶対無理をする子だから…。
 あ、それはルリルリも、か…)

ミナトは溜め息をつくと自らのシートのコンソールに向き合った。


ナデシコ・カイト私室

ミナトの言葉に従ってカイトの部屋を
目指していたルリだったが、その足取りは重い。

(カイトさん…私が来て迷惑じゃないでしょうか…?)

何とかカイトの部屋の前にはやってきたがノックする事が出来ない。

(…やっぱり部屋に戻っちゃいましょうか…。
 ミナトさんには悪いですが…)

隣の自分の部屋のドアにチラリと目をやる。
暫く迷った後、ルリは自室に戻ろうときびすを返す。
今、カイトと会うのがルリは怖かった。
カイトを止めようとした自分は振り払われた。
その時と同じように拒絶されるのが怖かった。

「ルリちゃん…?」

背後からの自分を呼ぶ声に慌てて振り向くルリ。

「カイトさん…」

そこに立っていたのは憔悴しきった顔で、弱々しい笑顔を作ったカイトだった。



「はい、ホットミルク」

「ありがとうございます」

いつものようにルリはカイトの部屋でホットミルクを受け取っていた。
カイトも自分のカップを持ってきて、テーブルにつく。

「…さっきはゴメンね。
 怪我させちゃって」

「いえ、大した事ないです。
 私、見かけより頑丈ですから」

「…うん」

会話が途切れる。
ルリがホットミルクを冷まそうとする息遣いと
カイトがコーヒーを啜る音だけが部屋に響く。

(何か話さなくちゃ…!)

ルリはこの沈黙に焦っていた。
いつもはカイトが話題を見つけてきて、ルリがそれに答えるという形で会話していた。
だが、今日のカイトはただ黙ってコーヒーを啜るだけである。
実はその時、カイトも同じような事を考えていた。
暴走していたとはいえ、自分を止めようとしてくれたルリを振り払い、
あまつさえ怪我までさせてしまったのだ。

(ルリちゃん、やっぱりさっきの僕に怯えてるのかな…?)

カイトもルリも会話の端緒を探しつつ、
相手にチラチラと視線を送るが、それを見つけ出せずにいた。
そしてたまに目が合うとどちらからともなく、互いに目を反らしてしまう。

((このままじゃダメだよな…[ですね…]))

そして二人は意を決し、顔をあげる。

「「あの…」」

二人の声が重なる。

「「…」」

思わず顔を見合わせるカイトとルリ。
笑い出しこそしなかったが緊張した空気が僅かに和らぐ。

「…ルリちゃん、ホントにごめんね…」

「それはもう聞きました。
 これくらい大した事ありませんから気にしないで下さい。
 …それより一体どうしちゃったんですか?
 さっきのカイトさん、何だか別の人みたいで、その…ちょっと怖かったです」

ルリの質問に言葉を詰まらせるカイト。
救えたはずの人を救えなかった、そして大地に光の矢が降り注ぐ、
その光景を目にした瞬間、カイトの脳裏に前時間軸での出来事が
次々とフラッシュバックしていた。
捕われていた遺跡から何とか助け出されたものの、衰弱が激しく、
収容された病院のベッドの上で独り、弱々しく愛しい人の名を呼び、
微かに微笑んで逝った姉…。
愛する人を奪われ、自らも人体実験により五感をズタズタにされ、
復讐の"黒い王子様"となった兄。
彼もまた体内を暴走するナノマシンに侵食され、逝ってしまった。
そして家族を取り戻す為に戦い、傷つき、
自らの腕の中で逝かせてしまった最愛の少女。
人工生命体である自分を家族として包み込んでくれた人達。
故にカイトは死ぬ時はこの家族の為に死ぬと誓っていた。
だがカイトの家族は皆、自分より先に逝ってしまった。
誰よりも幸せになる権利を持った家族が。
家族を守れなかった自分に絶望し、家族を奪った者を憎悪し、
暗い炎で焼き尽くされたカイトの心に残った修羅。
それが心の奥底から呼び覚まされてしまった。
だが、今その事をルリに語る事は出来なかった。

「あー、それは…」

言葉を濁すカイト。

「…カイトさんの過去と何か関係あるんですか?」

「…」

ルリの図星の質問に黙り込むカイト。

「…やっぱり関係あるんですね…」

無言を肯定と受け取り、淋しげに呟くルリ。
決して過去を語りたがらないカイト。
自分の過去も気持ちのいい物ではない。
だから無理に聞き出そうとは思わなかった。
だが、話してくれないカイトに寂しさを覚えるのもまた事実だった。

「…もう克服できたと思ってた…」

突然話し始めるカイト。

「…え?」

聞き返すルリを無視してカイトは続ける。

「…"アレ"は僕の中に巣くう狂気…全てに絶望した僕が望んだ復讐者の姿…」

「…」

復讐…カイトには似つかわしくない言葉だとルリは思う。
そしてカイトの言葉が脳裏に甦る。

(守れなかった大切なモノ…それがカイトさんをあんな風に変えた…?)

ルリの思いを余所にカイトは続ける。

「…ナデシコに来て、もう押さえ込めたと思ってた…
 もう一度、大切なモノが見つかって…。
 今度こそ全てを守るんだって。
 でも、人が死ぬのを…守れたはずの人達が…
 守らなきゃならない人達が…死ぬのを見てたら…」

肩を震わせ、俯くカイト。
その瞳には光るモノが見える。

「…泣いてもいいですよ」

ルリがそっと手を延ばし、カイトの目尻に浮かんだ涙を拭う。

「…ルリちゃん…」

「…カイトさんは優しいから…一人で何でも抱え込んじゃうから…。
 だから…私の前でくらい、泣いてもいいですよ?」

ルリの知る限り、カイトは誰かの前で自分の弱い所を見せる事はなかった。
だが、今のカイトはそんな部分をルリの前でさらけ出している。
ナデシコの皆は自分を大切にしてくれる、ルリは最近、そう思っていた。
マシンチャイルドとしてではなく、一人の人間として、仲間として。
そんなクルーの中でも、とびきり自分を大切にして、守ってくれているカイト。
そのカイトが今、目の前で苦しんでいる。

(この人の支えに…なってあげたい…)

ルリの胸中が暖かい想いで満たされる。
そして、両手でカイトの頬を優しく包み込む。

「他の人に見せたくない涙なら、私の前で流して下さい。
 …私、口堅いですから」

そう言って微笑むルリ。

「…っ…!
 うわぁぁぁぁぁっ!
 どうして…、どうして…!
 僕は…守る為に…その為に…帰って来たのに…!」

手の温もりと言葉に込められたルリの優しい想いが引き金となり、
カイトの両目から涙が溢れ出す。
ルリはカイトの頭を胸に引き寄せ、優しく抱き締める。

(…こうして貰うと安心できますからね…)

カイトとミナトに抱き締められた時を思い出すルリ。
腕が背中に回され、ルリも抱き締められる。
ただ子供のようにカイトは泣きじゃくる。
"どうして"と繰り返し呟き、涙を流し続けるカイト。
どのくらいそうしていたか、いつの間にか、胸の中のカイトは静かに寝息を立てていた。
カイトの柔らかい黒髪を撫でつけながらルリは思う。

(…やっぱり、無理してたんですね…それにしても…)

カイトの寝顔を見ながら呟く。

「クスッ、いつもはカイトさんがお兄さんみたいですけど、
 今日は私の方が"お姉さん"ですね♪」

そして、そのままルリも目を閉じる。
寝てしまっても、背中に回されたカイトの腕は
がっちりとルリの身体をホールドしてしまっている。
解こうにも解けないと悟ったルリはそのままにしておく事にした。

(おやすみなさい、カイトさん…)

カイトの温もりに包まれ、カイトを自身の温もりに包み、
ルリもその意識を優しい闇の中に沈めていく。


「んん…」

ルリが閉じていた瞳をゆっくりと開く。

「…あれ?」

ルリの視界に映るのは見慣れない天井。

(そっか…昨夜はカイトさんの部屋で…)

その時、自分がきちんとベッドに寝かされている事に気付く。

(あれ、カイトさんは…?)

キョロキョロと辺りを見回しているとキッチンからカイトが姿を現す。

「カイトさん!」

「あ…、お早う、ルリちゃん…」

心なしかルリを見るカイトの頬が紅潮している。

「…昨日はごめんね、いきなり泣いちゃったりして…」

そう言って笑うカイトの笑顔はルリの良く知る暖かな笑顔だった。
その笑顔が戻った事ににルリは安堵する。
すると自然に顔が綻ぶのを自分でも感じ、ルリも頬を赤く染める。
ルリの表情を見たカイトはサッと視線を逸らし、キッチンに引っ込む。
そしてルリに声を掛ける。

「…朝ご飯出来てるから一緒に食べよ?」

「ハイ♪」

ナデシコの行く手には数多の困難が待ち受ける。
だが、今この時だけはそれを忘れて微笑み合う二人であった。
カイトの部屋から外の様子は伺えないが、絶好の火星晴れに輝く朝だった。



 続く・・・


 後書き

村:ども、村沖和夜です。

ユ:どもども〜、テンカワ・ユリカです!

村:今回は後書きの後に『第6話・余談』1と2をのっけております。
  是非、そちらもご覧下さい。

ユ:とかなんとか言って、読者の方々に後書きを読ませようという魂胆だよね?
  面白くないから、って飛ばされてるんじゃないかと心配になって。

村:・・・ぅ(滝汗)

ユ:後書きの中身が薄いって自覚してるんなら努力すればいいんだよ。

村:・・・はい。
  努力します。

ユ:よろしい!
  素直な子はおねーさん大好きだぞ♪
  さて、そろそろお話の内容にも触れておかないとね!
  えーと、今回どんなお話だっけ?

村:・・・ヲイ(怒)

ユ:ア、アハハー(汗)
  まあまあ♪

村:・・・はあ。
  もういいです・・・(泣)
  今回は、カイト君がこの時間へ来てから初めて誰かを救えなかったというのと、
  ルリちゃんにカイト君を支えてあげたいという想いが芽生える、
  というのが主題のお話です。

ユ:なるほどー。
  あ、でも今回は私とアキトのキス未遂は起きてないの?

村:起きてないです。
  ユリカさんもショックはあったでしょうが、テレビ版より小さかったでしょうし。
  カイト君の方が大きかった、という事で。
  それに伴って、洗面所でユリカさんがアキトにキスをねだるシーンの
  キャラをカイト君とルリちゃんに置き換えようか、とも思ってたんですが・・・

ユ:おお、早くもキッス?

村:止めました。
  どー考えてもカイト君がルリちゃんに「・・・キスして・・・」はおかしい。
  カイト君のイメージぶち壊し・・・

ユ:うーん、確かに変態さん・・・(汗)

村:で、さんざん迷ったあげくこうなりました。

ユ:お部屋にお泊り♪
  これはこれでラブラブだね!
  ルリちゃん、朝帰りの現場を目撃されてなきゃいいけどね!

村:・・・。

ユ:あれ?
  作者さーん、どーしたの〜?

村:さ、次回のタイトルいってみましょうか。

ユ:・・・え?え?

村:さて、次回のRWKは!
  第7話『老兵はただ去りゆくのみ』

   『また、すぐに会えるよ。必ず君の元へ帰るから…約束する』

  をお送り致します!!
  感想メールを下さった皆様、コメントを残して下さった皆様!
  ホントにありがとうございました!
  これからもRWKと作者をよろしくお願い致します!
  ここまで読んで下さった皆様に感謝しつつ・・・
  第7話でお会いしましょう!

ユ:ちょ、ちょっとぉ〜!
  なんで無視するのぉ〜!!






余談・その1

「ルリちゃん、ホットミルクでいい?」

「あ、今朝はコーヒーを下さい」

たまにはカイトと同じものを飲んでみたくなったルリ。

「いいけど、ルリちゃんには苦いかもよ?」

「…平気です」

子供扱いされ、僅かに頬を膨らませるルリ。
念のため、砂糖とクリームを多めにいれておくカイト。

「…」

口を付け、一口飲んだところでカップをテーブルにおくルリ。

「…どう?」

「…ホットミルク下さい…。
 …いつもより甘めで…」

「…了解」

涙を浮かべてホットミルクを要求するルリを苦笑いして見守るカイトであった。



余談・その2

「おはようございます」

ブリッジにルリがやってくると早速ミナトが傍にやってくる。

「おはよ、ルリルリ♪
 フフッ、やるじゃない?」

「…?」

ニヤニヤと笑うミナトにやや困惑気味のルリ。

「おねーさん、見てたのよ♪
 今朝、カイト君の部屋から出てきたでしょ?
 昨夜、泊まったの?」

「ハイ」

「おおー、言ってくれちゃうねー、ルリルリ!
 で、どうだった?
 カイト君、優しくしてくれた?」

その言葉が昨夜の事を聞いているのだと理解し、頬をサッと赤らめるルリ。
…ミナトさん、11歳に聞く質問ではないだろう…?

「…優しくして"あげました"…」

「…え゛

青くなって硬直するミナトを尻目にルリはさっさと自分のシートへ向かう。

「おはようございます!
 …あれ、ミナトさん?
 どうしたんです?」

ブリッジにやや遅れてやってきたカイトが硬直したミナトに気付いて話し掛ける。

「ハッ…、あ、ああカイト君!?
 お、おはよう♪」

「ハイ、おはようございます!
 …大丈夫ですか、顔色悪いですよ?」

「あ…、な、何でもないのよ♪
 …ところでカイト君?」

「ハイ?」

「昨夜、ルリルリに押し倒されたの?」

なんですと!?






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