機動戦艦ナデシコ
〜Return of the White Knight〜





第6話 火星に希望はあるか(前編)


ナデシコ・ブリッジ

「ルリちゃん、敵の規模は?」

「ヤンマ級戦艦1、レーザー巡洋艦、ミサイル駆逐艦合わせて約300、
バッタは算出不能」

ルリの報告がブリッジに響く。

「了解。
エステバリス部隊出撃して下さい」

「「「「「「了解!」」」」」」

6機のエステバリスがカタパルトから次々に射出されていく。

「作戦を説明します。
数は多いですが敵は無人艦隊です。
旗艦を落としてしまえば動きは鈍るはずです。
エステバリス部隊はバッタの掃除、お願いします。
本艦は対空戦闘しつつ前進、敵旗艦を射程に捉らえ次第グラビティブラスト発射、
これを殲滅します。
何か質問ありますか?」

ユリカが作戦を説明し、質問を求めるが異議を唱える者はいない。

「ないようですね。
それでは作戦開始!」

ユリカの号令を受けエステバリス部隊が突撃を開始する。

「行くぜぇー!
ヒカル、テンカワ、ヤマダ、俺に続け!
イズミとカイトは援護しろ!
フォーメーションは鳳仙花!」

「「「「「了解!」」」」」

リョーコ機を先頭に4機がダイヤモンド型の陣形を作り、
バッタの群れの中へ突入していく。

「オラオラオラオラーッ!」

リョーコ機の突進に回りのバッタが爆散する。
突進するリョーコ機を取り囲もうとバッタが動くが後に続く3機がそれを阻む。

「させないよっ!」

「このっ!」

「ガァイ・スゥゥパァ…」

それぞれバッタを落としていく。

「いやはや、皆様、お強いですなあ」

「むう…流石だ」

突進する4機の連携に目をみはるプロスとゴート。
スクリーンを埋める赤い絨毯がたった四つの青い光点に切り裂かれていく。

「3、2、1、今!」

一方で、メグミのカウントに合わせてカイトとイズミのキヤノンライフルが火を噴く。
ナデシコの対空砲火でフィールドに穴を開け、
そこにカイトとイズミが寸分狂わぬタイミングでライフルを叩き込む。
巡洋艦と駆逐艦が次々に沈む。

「ルリちゃん、グラビティブラストは?」

「いつでもいけます」

巡洋艦と駆逐艦がナデシコに集中し始めた事を確認したユリカがルリにたずねる。

「了解、グラビティブラスト、てぇーっ!」

「グラビティブラスト発射」

ルリの復唱と共に黒い火線がトカゲ艦隊を貫く。

「敵艦隊、75%を撃破。
ヤンマ級戦艦は健在です」

ルリの戦果報告が上がる。

「了解、グラビティブラスト再チャージ。
ミナトさん、ヤンマ級戦艦を捕捉可能な位置へお願いします」

「了解、任せて!」

ナデシコが動き出した事を確認したイズミがカイトに声を掛ける。

「どうする?
付いていくかい?」

「いえ、リョーコさん達と合流しましょう。
巡洋艦が向こうに集中を始めましたから」

「よし、行こうか」

ウインドウで状況を確認したカイトの言葉にイズミが賛同する。

「ブリッジ!
私とカイトはこれからリョーコ達の援護に向かうよ!」

ややあってから『了解』という返事が聞こえてくる。
リョーコ達は調子良くバッタを落とし続けてはいたが
巡洋艦や駆逐艦が集まり始め、苦戦しはじめていた。

「ちくしょー!
ラピッドライフルじゃフネは落とせねえ!」

「リョーコさん、カウント3で射撃お願いします」

「カイトか!?」

「…3、2…」

「イズミも!」

「1、今だよ!」

イズミのカウント0と共に6機のエステバリスから火線が走る。
その先では巡洋艦が船体から火を噴き出しながら沈む。

「よっしゃあ!」

巡洋艦撃破にガイが歓声を上げる。
だがその喜びもつかの間、ナデシコからの通信によって断ち切られる。

『こちらナデシコ!
エステバリス部隊、至急ナデシコに戻って下さい!
伏兵に襲われてます!』


カイトとイズミがリョーコ達の元へ向かった時、
ブリッジには安堵の空気が漂っていた。
始めての本格的な艦隊戦と言う事もあり、
皆、緊張してはいたが勝利の目前にまでこぎつけた。
後はヤンマ級にグラビティブラストを撃ち込めば終わり−ルリもそう思っていた。

(あれ…?)

その時、ルリは右舷後方にエネルギー反応を探知する。
ボンヤリとしていた反応が徐々にはっきりしてくる。

(…!)
「右舷後方に高エネルギー反応。
敵艦隊の伏兵と思われます」

「え!?」

ルリの報告にユリカが声を上げる。
スクリーンにも伏兵艦隊の位置が表示される。

「マズイぞ、艦長。
このままでは包囲される」

防空戦闘の要たるエステバリスと引き離された状態で、伏兵艦隊と戦うには不利。

「メグちゃん、皆を戻して!」

「はい!
『こちらナデシコ!
エステバリス部隊、至急ナデシコに戻って下さい!
伏兵に襲われてます!』」

『なっ、こっちの戦艦はどーすんだよ!?
背中見せたら狙い撃ちだっつーの!』

リョーコの叫びにカイトの声が重なる。

「こっちは僕が引き受けます!
皆さんはナデシコの援護に!」

それだけ言い残すとカイトはスラスターを全開にして敵艦の方へ突っ込んでいく。

(…IFS・リミッター、解除)

IFS・リミッターを解除し、エステバリスの性能全てを引き出す。
体に懸かるGが一気に増し、骨が軋む。

「グウッ…」

カイトは歯を食いしばりそれに耐える。

(この時代のGキャンセラーじゃ全力で戦闘は無理か…)

カイトがIFS・リミッターを解除して飛び去った後、
リョーコ、アキト、ガイの3人はカイトを追い掛けようとしていた。

『どうなってんだ?
同じエステなのによ?』

3人のエステバリスは見る間にカイト機に引き離されていく。

『おい、ウリバタケのおっさん!
どーいう事だ!?
なんでカイトに追い付けねえんだ!?』

リョーコがウリバタケを呼び出し怒鳴る。

『カイトのヤツ、IFSのリミッターを解除したんだろうよ…。
何て野郎だ…』

「IFSのリミッター解除…?」

ルリが呟く。
カイトのエステバリスが圧倒的な性能を見せた事はブリッジにも驚きをもたらした。
そこへ飛び込んできたリョーコの怒声とウリバタケの声。

「ウリバタケさん、それってどういう事なんですか?」

ユリカがたずねる。

『ああ、通常IFSは使用者の意思の70〜80%を反映するように
設定してあるんだよ。
それを100%まで持って行くのがリミッター解除だ』

『なら、俺達も!』

ウリバタケの言葉にリョーコが叫ぶ。
アキトとガイも頷く。

『馬鹿野郎!
そんな事したらお前等じゃ、機動のGに耐えきれねえぞ!』

『でも、カイトは…』

食い下がるアキト。

『ならやってみろよ…自分の全開状態をイメージすりゃリミッターは解除される』

ウリバタケの言葉にイメージを高める3人。
だが、変化は起こらない。

『何だよ、何も変わんねえじゃねえか!?』

『当たり前だ!
最新型のエステの性能を上回る能力を持ったヤツがそうそういるか!』

そのウリバタケの言葉にユリカが反応する。

「じゃあ、カイト君は上回ったって事?」

ユリカの言葉に全員の視線がスクリーンに注がれる。
残った巡洋艦、駆逐艦を集め、濃厚な弾幕を張るヤンマ級戦艦に
カイト機が詰め寄っていく。

「「「「「…」」」」」

ブリッジクルーの誰もが言葉を失う。
ミサイルやレーザーの嵐が吹き荒れる中、
カイト機は風に舞う木の葉のようにヒラリヒラリと、
しかしその速度は落とさずに避け続ける。

「キレイ…」

その舞を舞うかのような機動にメグミが呟いた。
その時、アキト機に変化が起きる。

「うわぁぁぁぁぁっ!」

「アキトっ!?」

突然アキト機からほとばしった咆哮。

『アイツ…テンカワの野郎もリミッター解除しやがった!?』

アキト機も戦艦目指して飛び立って行く。

『テンカワ!?』

リョーコには信じられない光景だった。

『…嘘だろ…』

ポツリと呟いたリョーコ。

『リョーコ、私達はナデシコに戻るよ。
あっちは二人に任せればいい』

『ああ…』

カイトが敵艦のフィールドに取り付くが入射角が浅かったのか
フィールドに穴をあける事ができていなかった。

(くっ…、再突入の時間なんてないのに!)

フィールドにキャノンライフルでの零距離射撃をしようと構える。

『カイトォォォォッ!』

突然飛び込んできた通信にカイトは目を丸くする。

『…え?
アキトさん…?』

振り返ると猛スピードで突っ込んでくるアキト機が映る。
イミディエット・ナイフを抜き放ち、敵艦のフィールドを切り裂くアキト機。

『カイト!
今だ!』

『はい!』

アキトがフィールドに空けた穴へ向かい、
カイトがキャノンライフルをフルオートで放つ。

『アキトさん!
放れて下さい!』

カイトの言葉に反応しアキト機が離脱する。
半テンポ遅れてカイト機も離脱する。
機関部に至近距離から120ミリ砲弾を何十発と
叩き込まれた戦艦は船体から炎を吹いて爆発する。
戦艦が爆発する様子はブリッジからもしっかり確認出来た。

「「「「やったぁぁぁ!」」」」

ブリッジが歓声に包まれる。

『ブリッジ、こちらカイト。
アキトさんと僕のエステ、動かなくなっちゃったんでそっちはお任せします。
後で回収して下さい』

カイトから音声のみの通信が入る。

「了解!
二人ともちょっと待っててね!」

ユリカが元気一杯の返事を返す。

「さあ、伏兵艦隊をチャッチャッと片付けて二人を迎えに行きましょう!」

ナデシコの放ったグラビティブラストで伏兵艦隊が
全滅したのはそれからすぐの事だった。


ピンクと白のエステバリスがナデシコに収容される。
リミッター解除後の強烈なGでフレームが歪み、
ハッチが開かなくなっていた2機。
整備班が爆発ボルトを操作しハッチを開く。

「やっと出れた〜」

まずカイトがコクピットから這い出してくる。

「たはは…」

続いてアキト。
コクピットからキャットウォークに降りた二人の前にウリバタケが立つ。

「おい…、テメーら…」

ウリバタケの余りの形相に二人の顔がひきつる。

(アキトさん…ウリバタケさん怒ってますよ…)

(エステ壊したからなぁ…俺達が悪いよな…仕方なかったとはいえ…)

小声でヒソヒソと会話するアキトとカイト。

「…ご苦労だったな…、ゆっくり休んでくれ」

「「…へ?」」

意外なウリバタケの言葉に固まる。
エステバリスを壊した事で注意されると思っていた二人。

「あの…」

アキトが口を開こうとするがウリバタケがそれを遮る。

「お前等がどんな想いでリミッター解除したかぐらい分かる。
ただ、面白半分に解除すんじゃねえぞ!
特にカイト!」

「は、はい!」

思わずウリバタケに最敬礼するカイト。

「あの…エステは…?」

アキトが恐る恐るたずぬる。

「…火星に上陸するまでには直しといてやるからよ。
心配すんな」

「「はい!」」

返事をしてキャットウォークを降りていくアキトとカイト。
自販機に向かう二人の背中を見送るウリバタケの目は優しげなものだった。

「野郎共!
アイツ等のエステ、新記録であげんぞ!」

「「「「「「イエッサー!」」」」」」

整備班の声が格納庫に響き渡る。
そして、各人がエステに取り付き作業を始めた。


自販機の前にアキトとカイトは談笑しながらやってきた。
アキトがカードをスロットに差し込もうとしたが横から別のカードが差し込まれる。

「奢るよ」

アキトとカイトが声の主を確認する。

「リョーコちゃん?」

「ヒカルさんにイズミさんも…」

自販機コーナーにいたパイロット三人娘。

「でも、どうしてまた?」

「まあ、なんだ…」

口ごもるリョーコの後にヒカルが続ける。

「私達もビックリしたんだよ!
こーんな感じで♪」

飛び出た目玉の付いた眼鏡をかけて驚きを表すヒカル。

「…ナデシコの二人のエースに敬意を表そうって事よ…缶コーヒーだけど…」

「エ、エースだなんて…照れるな…」

頭を掻きながら缶コーヒーを受け取るアキト。

「エステで戦艦落としたヤツなんて軍のトップエースでもそうはいねえよ」

リョーコがアキトの肩を叩く。
だがその時、ナデシコが大きく傾く。

「うわっ!」

「キャ!」

アキトにリョーコとイズミが、カイトにヒカルがそれぞれしがみつく。
ナデシコの傾斜は益々激しくなる。

「な、何だよ!
これ!?」

アキトが叫ぶ。
二人にしがみつかれ、動きがとれなくなっている。

「多分グラビティブラストで火星表面のトカゲをなぎ払ってるんでしょう。
固定砲門ですから撃ちたい方向に船首を向けないといけませんから」

ヒカルを抱き抱えてはいるがこちらは余裕のカイト。

「…分かったから、何とかしてくれぇ…!」

必死に助けを求めるアキト。

「でもアキト君、すごく美味しい状況じゃない?」

リョーコとイズミに抱き付かれた、
ある意味両手に花状態のアキトを見てヒカルの一言。
ヒカルはカイトがきちんと抱き留めているので回りを見る余裕がある。

「カイトォ〜」

「だいぶキツそうですね…、ルリちゃん?」

器用に片手だけでコミュニケを操作し、ルリを呼び出すカイト。

『はい?
カイトさん、何ですか?』

間髪いれずルリがウインドウに現れる。

「格納庫に重力制御、忘れてない?」

『あ…』

珍しくルリの顔に冷汗が浮かぶ。

『ご、ごめんなさい!
すぐに制御を…って、カイトさん、何してるんですか?』

「え?」

慌てていたルリだったがカイトがヒカルを抱き抱えているのを見て、
スッと目を細める。
カイトは自分の状況を確認し、ルリの態度が変化した原因に気付く。
自分は今、ヒカルを抱き抱えていて、それはしっかりとルリにも見えている。

「あの、ルリちゃん!
ヒカルさんを抱き抱えてるのはあくまで偶然であって、
これは自分の意思でやってる訳ではなくてだね…」

言い訳の泥沼に嵌まるカイト。
二人のやり取りを見て、からかうと面白そうだ、と思ったヒカルが茶々を入れる。

「…でもカイト君、真っ先に私を抱き止めてくれたよね?」

『…!』

ウインドウの中でルリの眉がピクリと跳ねる。

「ヒ、ヒカルさん!?
何言い出すんですか!?
ル、ルリちゃん、今のはヒカルさんの冗談…!」

『…ごゆっくり…』

目を細めたまま、ルリが通信を切ろうとする。

「あああああっ!
ルリちゃん、待ってぇぇぇぇぇっ!」

カイトの叫び空しく、ウインドウが閉じられる。
勿論、重力制御は戻っていない。

「こらぁ、カイト!
てめぇの痴話喧嘩に俺達を巻き込むな!」

アキトにしがみついたままカイトを怒鳴るリョーコ。
その頬は僅かに赤く染まっている。

「御愁傷様…」

こんな時でもマイペースのイズミ。

「あっちゃあ、ルリルリ怒らせちゃったね…、
こりゃあカイト君、後で大変だぞぉ?」

自分の行動を綺麗サッパリ忘れる事にしたヒカル。

「…誰のせいですか、誰の…」

がっくりとうなだれるカイト。
覇気は失われているが、とりあえず、この状況を打破する事を最優先するカイト。

「オモイカネ!」

ルリ経由ではなく、オモイカネをダイレクトに呼び出すカイト。

《浮気者の言う事は聞きたくありません》

「あああああっ!
オモイカネ、お前もか!!」

AIにまで罵られたカイト。
もはや戦艦を落とした時の凛々しさは微塵もない。

「何か痛々しいな…」

リョーコが燃え尽きたカイトを見て呟く。

「うう…、誤解なのに…。
ルリちゃん、ごめんなさい…」

誤解だ、と言いつつ、ここにはいないルリに謝るカイト。

《重力制御修正》

突然オモイカネのウインドウが開き、重力制御が働き始める。

「どわっ!」

「うわっ!」

今度はそのままの態勢で床に落ちるパイロット達。

「オ、オモイカネ…?」

《ルリさんの所へ行ってください。
カイトさんが戦艦に突撃された時からずっと貴方の事を心配していましたから》

「分かった!」

そう言うとカイトはもの凄い速さで格納庫から出ていく。
その様子を呆気に取られて見送る四人。

「何か…最初の頃とイメージ違うな…」

「そうね…」

「それだけルリちゃんが大切なんだよ、カイト君」

三人娘がカイトの背中を見送りながら会話を交わす。
アキトは苦笑いしながらその様子を見守っている。

「うう…、班長…俺達って…一体…」

「…何でアイツ等ばっかり…」

「皆まで言うな…、皆まで…」

格納庫の至る所では整備班が屍を晒していた。


ブリッジに駆け込んできて、ルリに必死に頭を下げるカイト。
それを見ていたミナト。

「ルリルリを怒らせたら怖いって事は知ってたけど、
だんだんやる事が過激になるわね〜」

同じくメグミ。

「次はお部屋の酸素供給止められちゃうんじゃないかな?」

そしてユリカ。

「リョーコさんにイズミさん…両手に花…アキトのばかぁーっ!!」


火星の大気圏に突入するナデシコ。
光り輝くナノマシンの層を抜けて地上を目指す。

「わぁ…綺麗…」

その光景を見たメグミが感嘆の声を漏らす。

「でも、これ何ですか?」

「テラフォーミングで撒かれたナノマシンだよ。
コイツらのおかげで火星の表面でも人間が生活できるようになったんだ」

アキトがメグミの疑問に答える。

「…でも、体に入っても大丈夫なの?」

ミナトが少し不安げに呟く。

「全然問題ありません!
入って来てもおトイレで全部出ちゃいます!
…ハッ」

ユリカが頬をさっと染め、手を口元に当てる。

「ふーん、そうなんだ…」

ミナトの返事を返す頃にはナデシコはナノマシンの層を抜けて、
火星の大地近くまで降りてきていた。
少し離れた所には破壊され、廃墟と化したコロニーも見える。
アキトにはそのコロニーに見覚えがあった。

(あれは…ユートピア・コロニー…!?)

「…で、これから何処に向かえばいいの?」

アキトがコロニーに目を奪われている間にミナトが目的地をたずねる。

「まずはオリンポス山麓にあるネルガルの研究所へ向かって頂けますかな?
強固なシェルターを持つ施設ですので生存者がいる可能性は高いかと。
…ルリさん、データを」

「ハイ、…これです。どうぞ」

ルリが自分の前に出したデータ・ウインドウをミナトの前へ滑らせる。

「サンキュ、ルリルリ♪」

ミナトはそのデータに目を通し始める。

「その後、極冠の鉱山施設へ向かって頂きまして…」

プロスの説明を聞き流し、
アキトはパイロット・シートからそのコロニーを眺めていたが、
隣に座るカイトにたずねる。

「なあ、カイト?
あのコロニーの名前分かるか?」

「あれですか?
あれは確か・・・ユートピア・コロニーですけど…」

「やっぱり…」

(アキトさんの故郷…か)

食い入るようにコロニーを見つめるアキト。
同じようにコロニーを見つめるカイト。

(あそこの地下にイネスさんや生き残っている人達がいる…)

前時間軸では助けられなかったと聞いている人達。
だが、今は歴史を知る自分がナデシコにいる。

(今度は助かりますよ)

サツキミドリは助けられた。
だから今度も大丈夫だとカイトは微笑みを漏らす。
だが、繰り返される悲劇をこの時、カイトはまだ知る由もなかった。


「では、そろそろ出発しましょうか?」

行程について一通りの説明を終えたプロスが皆を見回して言う。

「あ、あの…」

プロスの言葉を遮り、アキトがおずおずと手を上げる。

「どうしました、テンカワさん?」

「エステ貸してもらえませんか?
…ユートピア・コロニーを見に行きたいんです」

「ユートピア・コロニー…ですか?」

「懐かしいね!
私とアキトが始めて出会った場所だね!」

ユリカが声を上げる。

「おお、そういえば艦長も火星のご出身でしたな…。
しかし…ユートピア・コロニーは…」

難しい顔になるプロス。

「全滅してるってのは分かってます。
それでも、アソコが俺の故郷なんです!
1度、見ておきたいんです!」

「駄目に決まっているだろう!
ここは敵地なんだぞ?
単独行動は危険だ!
しかも機動兵器を本艦から離すのは得策とはいえん!」

戦術オブザーバーを兼ねるゴートが強硬な反対を示す。

「行きなさい」

突然ブリッジに響いた静かな声。

「提督、何を…!」

「ゴート君、確かに私はお飾りにすぎんが、実質的な戦闘指揮権は私にある…
そうだったね?」

「…はっ!」

軍隊経験の長いゴートにとっては上官の言葉は絶対。
フクベに敬礼までしている。

「俺、行ってもいいんですか?」

「ああ。
ただし、単独での戦闘は禁止。 敵影を確認したらすぐにナデシコに戻る事が条件だ」

「はい!
ありがとうございます、提督!」

アキトは深々と頭を下げる。

「構わんよ。
…故郷を見る権利は誰にでもある。
それが若者ならば尚更だ」

フクベのアキトを見る目は孫を見るように優しい。

「あ、じゃあじゃあ私も行きたい!」

そのやり取りを聞いていたユリカが手を上げる。

「ユ、ユリカ…それはちょっと無理…」

ジュンが止めに入る。

「えーっ、どーしてどーして!?
ユートピア・コロニーは私の故郷でもあるんだよー?
アキトは良くて、私はダメなのー!?」

「艦長が簡単に艦から離れてしまうのは…」

プロスが駄々をこねるユリカをなだめる。

「イ・ヤ!
私も行くのー!
アキトと一緒に行くー!」

両手を振り回し主張するユリカ。
だが、既にアキトの姿はブリッジにはない。
アキトはカイトとルリの計らいにより既にブリッジを抜け出していた。
ユリカがその事に気付いたのはアキトが出発してから10分後の事だった。


「しかし、テンカワさんがユートピア・コロニーに行ってしまわれましたし、
ナデシコで研究所へは行けませんなあ」

「ミスター、ヒナギクにエステの護衛付きでは?」

プロスの言葉にゴートが答える。

「そうですな…艦長、人選をお願いできますかな?」

「ふみゅう…」

コンソールに体を預けたまま動かないユリカ。

「ユリカ?」

「う〜、ア〜キ〜ト〜」

魂が完全に抜けてしまっているユリカ。

「どうしようもありませんね、これは…」

ルリもユリカを見て呆れている。

「仕方ありませんな…、副長、ここは」

プロスがジュンに話を振る。

「わかりました。
まず…プロスさんとゴートさんは決まりですね。
護衛はリョーコさん、ヒカルさん、イズミさんにお願いします。
後、ヒナギクのパイロットは僕がやります。
カイト君とヤマダ…もといダイゴウジ君はナデシコで留守番…
こんな感じでしょうか」

「妥当ですな…、
カイトさん、艦長がこんな状態なので後はよろしくお願いしますね」

「はい」

カイトに後を任せると研究所へ向かうメンバーはブリッジを出ていく。


ヒナギクが飛び立ってから1時間が過ぎた。
カイトはデッキで火星の風を感じていた。
遠くにユートピア・コロニーが見える。
アキトはそろそろ着いた頃だろうか?
自分の故郷に。

(故郷…か…)

カイトの胸中では先程フクベがアキトに言った言葉がリフレインしていた。

『故郷を見る権利は誰にでもある。
それが若者なら尚更だ』

(僕の故郷…)

カイトが思い浮かべるのは木星の廃墟と化したプラント。
そして紫の長い髪を持つ女性…イツキ・カザマ。
ミカズチ・カザマの半身として共に造られた女性。
あの時のプラントでの邂逅を思い出す。
ミカズチ・カザマである事を拒否し、カイトである事を選んだ自分。
あの時の選択が正しかったのか今でも分からない。
歴史が進めばいずれ彼女とも会う事になる。
彼女は自分を見てどういう反応を示すのだろうか?

(…イツキ…)

心の中でその名を呼ぶ。
その時、デッキにやってくる人の気配を感じる。

(…?)

振り向くと、階段の手摺りの陰からヒョコリと銀色の髪が見える。

「ルリちゃん…?」

名を呟くと階段から全身を現すルリ。

「…お邪魔でしたか?」

「いや、そんな事ないよ?どうしたの?」

ルリは無言でカイトの隣に並ぶ。

「さっき、テンカワさんが故郷を見に行きたい、と言った時のカイトさん、
すごく寂しそうでした」

「そう見えた?」

「ハイ」

二人の間を火星の風が吹き抜けていく。

「…そっか」

「…」

ジッとカイトを見つめるルリ。

「僕には故郷の記憶がない…だから、かな?」

「・・・私と同じ、ですね・・・」

「…え?」

(そうか…この時はまだ…)

ルリが自分の出生を知るのはまだ先の事である。
今のルリにはネルガルの施設に来た時点からの記憶しかない。

「ルリちゃんも寂しい?」

「以前はそうでもありませんでした。
でも、今は…少し寂しいです」

そう呟いたルリ。

「…いつか分かる日が来るよ」

「そうでしょうか?」

「きっとね」
(それはとても辛くて悲しい記憶…でも、君ならきっと乗り越えられる…)

そう言ってカイトはルリに笑いかける。

「ハイ…」

カイトの微笑みに赤くなるルリ。
そして、ヒナギクが戻るまで、二人は火星の空を見上げていた。


二人の間の心地よい沈黙を破ったのはカイトの方だった。

「あ、ヒナギクが帰ってきたみたいだね」

その言葉を聞き、ルリも目を凝らす。
青い空にキラリと光る機影が見える。
すぐに護衛についた3機の空戦エステバリスの姿も確認出来た。

「…それにしてもちょっと早すぎませんか?」

ヒナギクがナデシコを飛び立ってからまだ3時間もたっていない。
ルリが疑問を口にする。

「…何も見つからなかったんじゃないかな…?」

「…そうですね」

今度は重い沈黙が二人を包む。

「とりあえず、ブリッジに戻ろうか?」

「ハイ」


カイトとルリがブリッジに戻ってから暫くして、プロス達がブリッジに入ってくる。

「艦長、ただいま戻りました」

「あ、お帰りなさ〜い…」

ユリカがコンソールに突っ伏したまま、顔だけをプロス達に向ける。

「…」

「何だよ…、艦長まだこのまんまかよ…」

リョーコがやれやれと言うように呟く。

「ウウッ、アキトォ〜、連絡ぐらいくれてもいいじゃない、グスッ」

ユリカは目に涙を浮かべてコンソールに"の"の字を書き続ける。

(重症ですね…)

ルリは冷ややかな目でユリカを見つめる。

「そういえば研究所の方はどうだったんですか?」

メグミが話題を変えようとプロスにたずねる。

「おお、そうでした!
結果から言えば、生存者は発見できませんでした。
ただ、遺体も見つからなかったのですが…」

「ですが?」

ミナトが珍しく口ごもったプロスに続きを促す。

「幾つか不思議な点があるのです」

「「「「…」」」」

カイト達ナデシコ留守番組は黙って続きを待つ。

「まず、書類や資料の類が全く残されていなかったのです」

「…遺体がないのなら、皆逃げちゃって、その時に持ち出したのでは?」

ルリが冷静に話を整理する。

「そう考えるのが自然だが資料が持ち出されたのは最近の事だ。
ログに資料をコピーした記録が残っていた」

プロスに代わってゴートが答える。

「…え?
でも、それって…」

ルリの目が見開かれる。

「少なくとも、火星に生存者がいる、という事ですね」

カイトがルリの後を続ける。
そのカイトの言葉を聞き、ミナトとメグミの顔がパッと輝く。

「火星に来たのは無駄じゃなかったって事ね」

「良かった〜、やっぱり生きてる人いたんですね♪」

「ええ、ですが地下のシェルターには誰もいなかったのです。
火星では最も強固なシェルターなのですが…。
どこへ行ったのやら…」

ミナトとメグミは手を取合い喜ぶ姿を見ながら、プロスが呟く。
カイトはプロスから得た情報を頭の中で整理し、一つの仮説を組み上げていた。

(資料を持ち出したのは恐らくイネスさんだろうな…。
研究所のシェルターではなくユートピア・コロニーに潜伏していたのは
目立つ場所に隠れるというのを避けたと考えれば。
…それにしてもアキトさん、そろそろ連絡があってもいい頃なのにな)

そうカイトが思っているとメグミが通信を受信する。

「艦長、テンカワさんから通信です」

「アキトからっ!?
メグちゃん、繋いで繋いでぇ!」

「は、はい…」

スクリーンにアキトの顔が映る。

「アキトっ!
アキトアキトアキトアキトぉ〜ッ!」

「ユ、ユリカ…」

突然名前を大声で連呼され、やや引き気味のアキト。

「アキト、私寂しかったよ。
アキト全然連絡くれないんだもん…」

「あー…、悪かったよ。
ゴメンな、ユリカ」

涙ぐむユリカを見て、流石にアキトも罪悪感を感じる。

「んーん!
でもこうして連絡くれたんだもん!
許してあげます♪」

「…そ、そうかよ…」

アキトの顔を見て満足したのか、いつもの笑顔に戻るユリカ。

「して、ユートピア・コロニーはどうでしたか?」

プロスがアキトにたずねる。
そしてアキトの口からは予想外の言葉が飛び出す。

「あ、それなんですけど…生き残ってた人達を見つけました」

「「「「「「「な!」」」」」」」

ブリッジが驚愕に包まれる。
そしてそれが歓声に変わるまで時間は掛からなかった。
だがアキトの表情は冴えない。
それに気付いたカイトがアキトに声を掛ける。

「…アキトさん、何か問題が…?」

「…その人達、ナデシコには乗らないって言ってるんだよ…」

アキトの言葉にブリッジの歓声が消える。

「おい!
それってどーゆー事だよ!」

リョーコが叫ぶ。

「俺にも良く分からないよ…。
でも、ここのリーダーの人がそう言ったんだ」

「ふむ…、リーダーの方は何と言う方ですかな?」

「ええと、ネルガルで研究員をしてた人で名前が…」

「…ドクター・フレサンジュ、ですか?」

カイトがボソリと名前を口にする。

(…?)

ルリが首を傾げる。
カイトが何故、ネルガルの研究員の名前を知っているのか?
だがルリの疑問を余所にやり取りは続く。

「あ、その人だよ!ドクター・イネス・フレサンジュ!」

「何と…!」

その名前を聞いたプロスが驚く。

「ミスター、ドクター・フレサンジュをご存知で?」

「面識はありませんが、名前は。
ネルガルきっての才媛です。
確かナデシコの基本設計も担当されております」

「ナデシコの…!
だが何故乗らないと?」

ゴートの顔も驚きを隠せていない。

「分かりません。
とにかくドクター・フレサンジュと会ってみる必要がありますね…。
艦長、避難民収容の為、ナデシコをユートピア・コロニーへ」

「はいっ♪
アキトっ、今行くから待っててね!」

プロスの言葉を聞き、指示を出そうとするユリカ。

「…待って下さい」

「…カイト君?」

「ナデシコが行くより、ドクター・フレサンジュに
こちらに来て貰った方がいいのでは?」

「ふむ…、何故でしょうカイトさん?」

プロスがカイトにたずねる。

「迎えに行くと、万一敵襲があった場合、避難民の頭の上で戦う事になります。
それに乗らないと言っている人達の所へ戦艦を持って行っても
態度を硬化させるだけでしょうから」

「うむ…一理あるな」

ゴートが納得する。

「艦長、どうなされますか?」

「うん、そーだね♪
カイト君の案で行きましょう!」

ユリカがカイトの案に賛成する。

「そーゆー事だから、アキトっ!
そのドクター・フレサンジュさんをナデシコまで連れてきてくれる?」

「分かった!」

ユリカにそう答えてアキトが通信を切る。

(まずは第一段階成功だな…)

カイトが考えていたのは、ナデシコをユートピア・コロニーへ
行かせないという事だった。
そうすれば敵もナデシコに引き寄せられ、主戦場はこっちに引き付けられる。
避難民が地下へ待避する時間は稼げるとカイトは踏んでいた。
そこに突然声を掛けられる。

「カイトさん」

「ルリちゃん、どーしたの?」

「…何故、ドクター・フレサンジュを知っていたんですか?」

「…!
…さっきデータで見ただけだよ」

ルリの質問に冷や汗をかくカイト。
しかし内面の動揺を包み隠し、ルリに向き合う。

「そうですか…、でもあんまり無茶はしないで下さいね」

「…なに、突然?」

「別に…。
そんな気がしただけです」

「フフ、分かったよ」

カイトは微笑んでルリの頭を撫でる。
ルリも黙って目を閉じる。

(…この胸騒ぎは何…?)

カイトに頭を撫でられながら、ルリはイヤな予感に胸をざわつかせていた。


 続く・・・


 後書き

村:ども、村沖和夜です。
  さて、早速本日のゲストをご紹介致します。
  どーぞー、入ってきてくださ〜い!!

ユ:皆さん、こんにちはーっ!
  テンカワ・ユリカです!
  ぶい!!

村:・・・相変わらずテンション高いですね・・・

ユ:えへへー、それほどでも♪
  あ、そうそう!
  ちょっと作者さんに聞きたい事があったんですけど。

村:何でしょう?

ユ:逆行再構成モノなのに私『テンカワ・ユリカ』だよ?
  ミスマル、じゃないの?
  あ、この世界ではもうアキトと結婚してるとか(///)
  やっぱりアキトは私の王子様なのね〜(はあと)

村:・・・違います。

ユ:ほぇ?
  違うの?

村:頭の上を触ってみてください

ユ:・・・そのセリフは・・・!
  まさか・・・(何かに気付く)

村:(ニヤリ)

ユ:いやぁぁぁぁぁっ!!
  ワッカがあるぅぅぅぅぅっ!!!

村:そうです!
  貴女はプロローグでは全く出番のなかった、
  さらに今後おそらくRWKでは出番がほとんどないであろう
  未来のユリカさんです。

ユ:・・・ナデシコのヒロインは私なのに・・・

村:まあまあ、カイト君が昔(未来、ややこしい・・・)の夢でも見たら出番はありますよ。

ユ:・・・ホント?
  でも、カイト君はルリちゃんにラブラブだから、
  私の事なんて思い出さないんじゃ・・・。

村:あー、それは心配ないです。
  あくまでこれは私の脳内設定ですが、
  カイト君はユリカさんに対して淡い想いを抱いております。
  恋慕ではなくて思慕くらいの感情ですが。
  いうなれば”初恋のお姉さん”といった感じでしょうか。

ユ:な、なんか照れちゃうな・・・(///)

村:B3Y『うずもれた恋のあかし』シナリオのユリカエンド、
  2番目に好きなエンディングなんですよ
  ユリカさんらしくていいな〜、と思います。
  絶対どっかでそのシーンの回想は入れます。

ユ:とりあえずこれで出番確保だね!
  で、ちなみに1番は?

村:ルリちゃんのエンドに決まってるじゃないですか。
  あのラブラブっぷりに萌え萌えです。
  私、カイト×ルリ作家ですよ?
  当然です。(キッパリ)

ユ:その割にはえげつないプロローグだったね(ニッコリ)

村:・・・(滝汗)
  さ、後編行ってみよう!

ユ:あ、ごまかした

村:・・・(さらに滝汗)
  それでは、ここまで読んで下さった皆様に感謝しつつ・・・、
  RWK第6話『火星に希望はあるか』後編でお会いしましょう!

ユ:よろしくね〜!!





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