機動戦艦ナデシコ
〜Return of the White Knight〜





第3話 突破せよ!防衛ライン(後編)



「ジュン君!?」

ユリカの声が響く。
聞こえて来たのはトビウメに置き去りにされたナデシコ副長、アオイ・ジュンの声。

『ユリカ、これが最後のチャンスだ。
 ナデシコを地球へ戻すんだ。
 今ならまだ、ボクと提督で軍を説得出来る』

ジュンの静かな声。
それを聞いたユリカは考え込み、やがて口を開く。

「ごめんね、ジュン君。
 私、行けない」

『・・・ユリカ・・・僕と戦うっていうのか・・・?』

ユリカの浮かべた微笑みは透き通るように美しい笑顔だった。
そこにはゆるぎない確固たる意志を持った大人の顔がある。

「この艦は、ナデシコは、私が私らしくいられる場所なの。
 連合軍の提督の娘でもなく、ミスマル家の長女でもなくて。
 私が、ただのユリカでいられる場所なの!」

ユリカが決然とした瞳でジュンに告げる。
ユリカの決意、それはジュンを驚かせた。
ジュンの脳裏にユリカと過ごした日々の思い出が蘇る。
ポケポケしていたが、必ず正しい選択肢を常に選び取って来たユリカ。
周りが愚かだと嘲っても、自分の信じたものを真っ直ぐに信じ抜くその姿。
その天賦の才とでも言うべきモノに嫉妬した事が無い訳ではなかった。
ユリカを越える為にいつもジュンは努力してきた。
そうする事で彼女を振り向かせる事が出来ると信じて。
だが、ユリカは常にジュンの上を行った。
あっさりと自分の上を行く彼女に歯噛みしたのは1度や2度ではなかった。
その影でユリカがどれほどの努力をしていたか知らない訳ではなかったが。
彼女が自分に振り向く事はないのではないか、という恐怖を押さえ込み、
そして未来を信じてここまで来た。
ユリカがいつか自分という未来、
"火星の王子様"ではなく"アオイ・ジュン"という選択肢を選び取ってくれると信じて。
だが、ユリカはその選択肢を選ばない、と言った。
ユリカは"テンカワ・アキト"を、再開を果たした"火星の王子様"を選択した。
彼と共に火星へ行くという選択肢を。

(・・・それが正しい選択肢だっていうのか・・・?
 僕は認めない、絶対に認めない!)

ジュンの中で何かが砕け散る。
今まで押さえ込んできた恐怖が一気に吹き出す。
ここを譲れば永遠にユリカを失ってしまう―その想いがジュンを行動させた。

「どうしても戻らないっていうのか・・・ユリカ、やっぱりアイツがいいのか・・・?」

「・・・え?」

ジュンの言葉の意味を理解出来ずに、ユリカが聞き返す。

「どうしてもナデシコを戻さないと言うのなら・・・!
 まず、このロボットから破壊する!」

ジュンのデルフィニウムのミサイルハッチが開き、ヤマダ機に砲口が向けられる。

「ジュン君!?」

『はぁなぁぁせぇぇぇっ!!』

ジュンの突然の行動に戸惑ったユリカの声にヤマダの叫び声が響く。

『やめろぉぉぉぉぉっ!!』

ミサイルが放たれようとしたその時、一機のエステバリスが突っ込んでくる。
それと同時に後方からの射撃。
ヤマダ機を捕獲していた二機のデルフィニウムが頭部を吹き飛ばされ、行動不能に陥る。
その隙に突っ込んで来たエステバリスがヤマダ機を救出する。
突っ込んだのがアキト機、射撃したのがカイト機だった。

「アキト!」

「カイトさん!」

ユリカとルリの声が緊迫したブリッジに響く。

「やれやれ、何とか間に合いましたか」

プロスが胸を撫で下ろし、呟く。
アキト機がヤマダ機を支え、カイト機がライフルの照準を
ジュンのデルフィニウムにピタリと合わせたまま、前に出る。
カイトの手にする120oキャノンの威力であれば、デルフィニウムの装甲は簡単に貫通する。
その威力を良く知るだけにジュンも動きを止める。
指揮官が止まった事を確認した他のデルフィニウムも動きを止める。

『アオイさん・・・』

口を開いたのはカイトだった。

『間もなく第2次防衛ラインに到達します。
 時間がありません、引いて下さい。
 さもなければ・・・貴方でも落とします』

『くっ・・・』

ジュンは歯噛みする。
ここで引いてしまえばナデシコは宇宙へ飛び出して行くだろう。
そうすればユリカを止める事は出来なくなる。
それはナデシコが連合軍と完全に敵対する事を意味する。
ジュンにとって最悪の結末を迎えてしまう。
それだけは避けなければならない事だった。
ブリッジクルーも固唾を飲んで経緯を見守っていた。

『カイト君!
 君なら分かってるはずだ!
 連合軍を敵に回す事がどれほど愚かな事か!
 頼む!!
 君からもナデシコを地球に戻すように言ってくれ!』

ジュンはカイトに頼み込む。 短い時間と僅かな機会しかなかったが、カイトは常に冷静で、
的確な判断が出来る人物だとジュンは思っていた。
事実、ユリカはおろかプロスやゴートですら、年少のカイトを信用し、信頼していた。
自分ではユリカの意志を覆せない、
そう判断したジュンに出来たのはそれを成し得る存在―カイトに頼み込む事だけだった。

『ユリカさんも分かってますよ、連合軍を敵に回す事がどういう事か。
 それでもユリカさんは"自分が自分らしくある為に"火星に行くと言いました。
 貴方にも譲れないモノがあるように、僕やユリカさんにもそれがあります。
 ・・・これだけは何があっても譲れません。
 それでも邪魔をすると言うなら・・・
 僕は貴方を落とします、アオイ・ジュン"少尉"』

『・・・っ!』

カイトが冷たく言い放ち、ジュンに動揺が走る。
ウインドウ越しでも伝わってくるカイトの気迫。
それは間違いなく殺気と呼ばれる類のモノだった。
カイトなら分かってくれる―ジュンの最後の希望も打ち砕かれる。
恐らく、拒めばカイトは本当に自分達を落とすだろう。
それもさしたる造作も無く。
そしてカイトにはそれを成すのに十分な力を備えている。

(僕にもカイト君のような力があれば・・・)
「分かった・・・、デルフィニウム部隊は引かせる」

『『『『『少尉!?』』』』』

指揮官の決断に驚く隊員達。

(・・・それでも、僕にも意地がある!)
「ただ、条件がある。
 ・・・テンカワ・アキト!」

『お、俺?』

他のクルー同様、経緯を見守っていたアキトだったが、突然の指名にうろたえる。

『僕と戦え!
 僕に勝てばデルフィニウム部隊は引かせる!
 勝負しろ!』

そういうとジュンはデルフィニウムをアキト機に向ける。

『おい、ちょっと待て!
 何でそうなるんだよ!?』

『うるさい!
 戦うのかどうかはっきりしろ!』

戸惑うアキトにジュンが勝負を促す。

『かぁ〜!
 燃えるね、この展開!
 行く手を賭けて敵の大将と一騎討ち!
 アキト、勝負しろ!
 まさか、しないなんて言わないよな?』

「ふむ・・・、カイトさんが戦ってくれた方が経済的なのですが・・・。
 まあ、いいでしょう」

「うむ、機体の性能的にもこちらの方が上だ。
 損な勝負ではないな」

ヤマダ、プロス、ゴートがそれぞれの見地から賛同の意を示す。
ミナト、メグミ、ルリも特に異論は無いようで黙っている。

「アキトっ♪
 また私の為に戦ってくれるのね!」

『ユリカっ!?』

「本当は行かないでって言いたい。
 でもでも、アキトが決めた事だもんね。
 分かってる、アキトは男の子だもんね。
 だから、私には止められない。
 戦って、アキト!
 最後まで思いっきり!!」

『待て!
 俺はまだ、戦うなんて・・・』

「ヤマダさん、カイト君!
 そういう事だからよろしくね!」

『『了解!』』

二人からほぼ同時に返事が返ってくる。

(あれ・・・?
 カイトさんも賛成?)

ウインドウの中で笑って返事をするカイトにルリが疑問に思う。
ルリがカイトに訊ねようとするが、アキトの叫びに遮られる。

『なっ、カイト、お前まで!
 てか、お前等、人の話をちょっとは・・・』

当事者を無視して勝手に話を進めていくユリカ達にアキトが意見しようとした時、ジュンが動く。

『いくぞ、テンカワ・アキト!』

ユリカの言葉がきっかけになったのか、ジュンのデルフィニウムがアキト機に向けてミサイルを一斉射する。

『くっ!』

ミサイルを放たれては言い争う余裕もなく、アキトが回避行動を取る。

『やめろよ、同じ地球人同士でこんな・・・!
 それにこないだまで同じナデシコの仲間だったじゃないか!』

『うるさい!
 お前なんかに僕の気持ちが分かってたまるか!』

戦いは一方的な様相を見せていた。
ジュンがミサイルを放ち、アキトがそれを避ける。
その繰り返しだった。

『いったいどうしちまったんだ、アオイ少尉は?』

『わからん、とにかくアオイ少尉を援護するぞ!』

突然の展開についていけず、固まっていたデルフィニウム部隊がようやく動き出す。

『おおっと、待ったぁ〜!
 男と男の勝負、汚すヤツはこのダイゴウジ・ガイ様が許さねえ!』

ジュンを援護すべく動き出したデルフィニウム部隊の前に両手を広げて立ちはだかるヤマダ機。
ヤマダはアキトとジュンの一騎討ちに感動したのか号泣している。

『貴様!そこを退け!』

先頭のデルフィニウムが腕に内蔵されたバルカンをヤマダ機に向ける。
が、次の瞬間、デルフィニウムの腕が爆発する。

『な、何だ!?』

デルフィニウム部隊の背後に回り込んでいたカイト機がライフルで腕だけを撃ち抜く。

『次は腕だけでは済みませんよ?』

冷たく、恐怖を感じさせるカイトの笑み。

『くそっ・・・』

背後から狙われている、しかも正確に腕だけを撃ち抜く技量を持ったパイロットに。
動けば瞬く間に全機がスクラップにされるだろう、
そう感じたデルフィニウム部隊は動きを止める。
その様子をカイト機に密かに設置した隠匿回線で見ていたルリは身体を震わせる。

(カイトさん・・・)

普段の優しく暖かな笑顔、時折見せる氷のように冷たい表情。
一体どちらが本物のカイトなのか。
それを見極める術をルリは持っていなかった。
ただ、自分に向けられる笑顔、優しさだけは本物であって欲しいと願うルリだった。
ルリがカイトの様子を見ている間もアキトとジュンの戦いは続いていた。

『お前、絶対勘違いしてるぞ!
 俺とユリカは何の関係もないんだって!』

『そんなの信用できるか!
 だいたいそんな個人的なことは関係ない!』

『だったら・・・だったら、何で戦ってんだよ!
 そんなに戦争したいのかよ!!』

アキト機が反転し、始めて攻撃に移る。
パンチを繰り出すが、ジュンもそれを受け止める。
そしてそのまま二機とも動きを止める。
膠着状態が暫く続き、やがて出力に勝るデルフィニウムがエステバリスを押し込み始める。

『・・・僕はずっと正義の味方になりたかった。
 地球を守る正義の味方に!
 だから連合軍に入った、軍こそが正義だと信じてる!
 一時の自由に目を奪われて誇りまで失いたくない!』

『俺だってそうだ!
 正義の味方になりたかった!
 皆を救えるヒーローになりたかった!
 願えばなれるって・・・そう思ってたさ!
 でも・・・』

アキトが俯き、言葉を震わせる。
その脳裏に浮かぶのは火星で救えなかった少女の姿。

『なれなかった・・・願ってもなれなかった・・・』

『僕は違う!!』

『じゃあ何で!
 好きな女と戦う事がお前の正義なのかよ!』

『好きだから・・・好きだからこそユリカが、
 地球の敵になるのが耐えられないんじゃないかぁぁぁぁぁっ!!』

『・・・っ!
 この・・・馬鹿ヤローっ!!』

アキト機がデルフィニウムの腕を振り払い、その頭部にパンチを叩き込む。
その衝撃でジュンのバイザーが割れ、素顔が露わになる。
その瞳にはうっすらと涙が滲んでいる。

「はあ・・・青春ね〜♪」

「アオイさん、すっごく一途なんですね。
 士官候補生なのにIFSまで付けて前線にまで出てくるなんて」

ブリッジでアキトとジュンのやり取りをも見守っていたミナトとメグミが呟く。

「でも、いい選択とは思えません。
 地球ではIFS処理をした人には偏見が根強いですし、士官候補生ならなおさらです。
 だいたい、アオイさんは軍を辞めてナデシコに乗ったのに、
 なんでデルフィニウム部隊を率いてるんでしょうか?」

ルリがサラリと疑問を呈する。

「あはは、ルリルリにはちょ〜っと早かったかな?」

「やむにやまれぬオトナの事情ってヤツよ」

ミナトとメグミがそう言って、微笑む。

「大人の事情ですか・・・。
 私には良く分かりませんね・・・少女ですから」

呟くルリにミナトが笑い掛ける。

「そうかな?
 ま、ルリルリにはもうナイト様がいるもんね?」

「カイト君も一途そうですしね♪」

「・・・なんで、そこにカイトさんが出て来るんですか?」

ルリが真顔でミナトとメグミに訊ねる。
その言葉に二人は顔を見合わせる。

(ルリルリはカイト君の事、意識はしてるけど恋愛感情にはなってないみたいね・・・。
 今は"大好きなお兄ちゃん"ってところかしら)

時間の問題なんでしょうけど、と付け加えるミナト。

(まだ、恋って訳じゃないのかな?
 ・・・ま、11歳ならこんなモノかな)

そう思い、とりあえず納得するメグミ。

「あの・・・」

自分を見て考え込んだ二人にルリが話し掛けようとするが、ユリカの声がそれを遮る。

「ねえ・・・ジュン君、どうしてあんなにアキトに突っ掛かるのかなぁ?」

「「「「「「は?」」」」」」

ユリカの言葉に目が点になるクルー一同。
アキトとジュンの一騎討ちに夢中のヤマダはさておき、カイトもウインドウの中で目を丸くしている。

「いや、艦長もわかるでしょ?
 男の純情」

プロスがややひきつった笑顔でユリカに訊ねる。

「はぇ?
 男の純情?何それ?
 カイト君わかる?」

突然話を振られたカイト。

『はあ、まあ・・・一応』

曖昧な返事を返すカイト。
カイトまで固まってしまったので、メグミが恐る恐るユリカに訊ねる。

「あの、艦長?
 アオイさんは艦長の・・・」

「大事なお友達よ?」

「「「「「・・・」」」」

首を傾げるユリカに全員が絶句する。

(・・・話には聞いてたけど・・・これは酷すぎる・・・)

前時間軸でもユリカがアキトのアパートへ家出するのを手伝わせたり、
結婚式の準備等で走り回るジュンを間近で見ていたカイト。
その時もユリカによっぽど惚れているのだと思っていた。
この時の話も他ならぬジュンから直接聞いてはいたものの、
いざ現実に目の当たりにしてみると、余りの状況に心底同情を覚えるカイトだった。
そうする間にもナデシコは上昇を続ける。
空戦フレームもデルフィニウムも活動限界が迫っている。

『少尉!
 もうエネルギーも高度も限界です!
 第2次防衛ラインに任せて我々は撤退しましょう!』

デルフィニウム部隊からジュンに通信が入る。

『そうか・・・全機、ステーションに撤退せよ。
 僕はここに残る』

『少尉!?』

『行け!
 僕に構うな!』

ジュンの命令に従い撤退するデルフィニウム部隊。
ジュンに代わり部隊を率いていた機体がカイト機の前で静止する。
先程、カイトが腕を吹き飛ばしたデルフィニウムである。

『そこのパイロット、聞こえるか?』

『僕ですか?』

『そうだ。
 一つ聞きたい・・・何故、君が戦わなかった?
 君なら我々を退けるくらい簡単だったろうに?』

『同じ地球人同士で戦いたくはないですから。
 それに・・・』

一旦言葉を切り、今だ戦い続けるアキトとジュンに視線を向けるカイト。

『それに?』

『アオイさんはナデシコに乗るべき人、ですから』

『・・・なるほどな』

ほとんど答えになっていないカイトの答えだが、
アキトとジュンの怒鳴り合いを聞いていた彼には充分伝わったようだ。

『俺はコダカ・トモヤ。
 連合軍の准尉だ』

『僕はカイトです』

『・・・?
 苗字はないのか?』

『ええ、色々と事情が』

『そうか・・・、深くは詮索しない方が良さそうだな。
 その時間もない・・・だが、良い名だ』

『僕もそう思います』

『いつかまた会おう。
 ・・・次は味方として会いたいものだがな』

そう言い残すとコダカ准尉はデルフィニウム部隊を率いてステーション方向へと飛び去る。

(・・・ユリカさんが付けてくれた僕の大切な名前・・・"カイト"・・・)

コダカ准尉を見送りながら、カイトは思考に沈み込む。
その時、アキトとヤマダのエステが重力波ビームの照射圏外に出ようとしていた。

「テンカワ、ヤマダ両機、重力波ビーム射程圏外に出ました。
 まもなく活動停止します」

ルリの報告が上がる。

「え?」

その言葉に全員の目がスクリーンに集中する。
ジュンの放ったミサイルを後退して避けるアキト機。
ミサイルを避け、再び突進しようとするが動きを止めてしまう。

『くそっ・・・機体が動かない・・・エネルギー切れだって!?』

『お〜い、俺もだ〜!』

ヤマダ機、そしてジュンのデルフィニウムも動きが鈍る。

『くっ、こっちもか!』

デルフィニウムはまだ僅かに動くエネルギーは残っていたが攻撃するまではいかず、その場で動きを止める。

「第2次防衛ライン、ナデシコをロック」

「ミサイル、今きたらやばくない?」

ミナトの疑問にルリが答える。

「ミサイル、三方向より接近中、弾着まで後2分です」

ルリの報告を聞いていたジュンは僅かに残っていたエネルギーを使って、ナデシコの前に出る。
そして、デルフィニウムの両手を広げた所でエネルギーが切れる。

「ジュン君!?」

ジュンの突然の行動に戸惑い、そしてその意味を理解したユリカが声を上げる。

『あのヤロー、ナデシコの盾にでもなるつもりか!?』

『馬鹿ヤローッ!
 止めろッ! 死ぬ気か!?』

アキトとヤマダが叫ぶ。

重力波ビームが届いていない為、動く事が出来ず、見ている事しか出来ない。

『・・・分かってたさ・・・僕にも正義の味方になんてなれやしない・・・
 だから・・・こうしたかったのかもしれない。
 好きな人を守って・・・』

アキトもヤマダも通信から漏れ聞こえてくるジュンの独白を聞く事しか出来ない。
視界の隅に迫り来るミサイルが写る。
数秒後に訪れるであろうその瞬間に備え、目を閉じるジュン。
だがその衝撃はやってこない。
恐る恐る目を開くと爆発するミサイルが見える。

『そんなのただの自己満足です』

そして、突然3機のコクピットに響いた声。

『『『カイト(君)!?』』』

3人の声が綺麗にハモる。
振り向くと、ライフルを構えたカイト機とナデシコがそこにあった。

『お待たせです、アキトさん、ヤマダさん。
 エネルギー、復活しますよ』

カイトの言葉に呼応するかのように、エステバリスのコクピットに
《エネルギー復活!》のウインドウが現れる。

『アオイさん、好きな人を庇って死ぬっていうのはカッコ良いかもしれませんけど、
 それで守られた人はいい迷惑です。
 どんなにカッコ悪くても生きててくれる方が良いに決まってます』

カイトが真剣な顔でジュンに語り掛ける。

『だから僕はどんな無様な姿を晒そうとも、生きます。
 生きて大切なモノを守ります』

『カイト君・・・』

『そうだよ!
 好きな人を守る為に、一緒にナデシコで戦えばいいじゃないか!』

『テンカワ・・・』

二人の言葉にジュンは俯き、ポツリと呟く。

『・・・でも僕はナデシコに銃を向けたんだぞ・・・?』

『ユリカさんはそんな事気にしてないと思いますよ?
 ね、ユリカさん?』

カイトの呼び掛けに答えてユリカのウインドウが現れる。

『ユ、ユリカ・・・僕は・・・』

「ジュン君が一緒に来てくれると私、心強いな♪」

ユリカが微笑む。

『・・・ユリカ♪』

そのやり取りを見守っていたクルーにも微笑みが浮かぶ。

「相転移エンジン、まもなく臨界高度です。
 残り300km・・・250km・・・」

ルリがカウントダウンを始める。

『来た来た来たぁ〜!
 エンジン回って来たぞぉ〜♪』

ルリの報告にウリバタケの歓喜の声が重なる。

「相転移エンジン、臨界点突破」

「ディストーション・フィールド全開!
 4機を回収後、最大戦速で防衛ラインを突っ切ります!」

その瞬間、ナデシコの周囲に肉眼でも確認できる程のフィールドが展開される。
第2次防衛ラインから放たれたミサイルが次々とフィールドに弾き飛ばされ爆発する。
その光景をハッチから3機のエステバリスと1機のデルフィニウムが見詰めていた。
しばらく無言だった4人だが、アキトが口を開く。

『でもカイトの言う通りだよな。
 死んじゃったら何もできないよ。
 もしかしたら正義の味方にもなれるかもしれない。
 ユリカのナイト役だってまだ空いてるんだから』

『・・・それもナデシコなら自由・・・って事か・・・?』

自分に向けられた言葉だと気付いたジュンが言葉を発する。

『自分の意思でやりたい事ができる場所・・・
 だからユリカさんもこの艦、ナデシコに乗ってるんじゃないですか?』

カイトが答える。

『そうか・・・』

『ま、俺様は生まれながらにして正義の味方だけどな!
 ガハハハ!!』

『『『はは・・・』』』

ヤマダの高笑いに苦笑いするアキト、ジュン、カイト。

『さて、そろそろビッグバリア突破です。
 僕達もブリッジに戻りましょう』

カイトが3人を促し、格納庫へとカタパルトを歩く。
それに3人が続いて行く。

「かくしてナデシコはビッグバリアを突破・・・
 核融合炉衛星の爆発により現在地球は世界規模のブラックアウトに見舞われております。
 その対応に追われて、連合軍もナデシコに回す余裕はないでしょう。
 ・・・ま、自業自得ですな」

プロスの身も蓋もない現状報告。
そこにパイロット達がブリッジに入って来る。
ヤマダを先頭にアキト、カイトが続く。
その後ろに隠れるようにしてジュンも着いて来ていた。

「アキトッ!お帰り♪」

ヤマダもカイトも、そしてジュンすらも素通りしてユリカがアキトの下へ駆け寄る。

「アキト、ありがとう!
 私の友達を傷付けずにいてくれて!
 やっぱりアキトは優しーねっ♪」

「ユリカ・・・あのなぁ、俺は別に・・・。
 はあ、コイツにも何か言う事あるだろ?」

アキトは喉元まで出かかった言葉を飲み込み、ジュンをユリカの前に押し出す。

「あ、ちょっと・・・」

決まりが悪くて後ろで小さくなっていた所を突然ユリカの前に押し出され、戸惑うジュン。

「あ、あの・・・ユリカ・・・その・・・ゴメン」

「謝る事なんてないよ!
 ジュン君は私の事、心配してくれてたんだもん!
 それにジュン君が戻って来てくれて、私、ホントに嬉しいよ!」

「ユリカ・・・♪」

満面の笑顔を浮かべるユリカにジュンも釣られて笑顔を浮かべる。

「だって副長さんがいないと艦長の私がいつもブリッジにいないといけないんだもん!
 これで私、いつでもアキトの所に遊びに行けるよ!
 ありがと、ジュン君!」

「・・・え?」

ユリカの言葉を聞いたジュンが笑顔のまま固まる。

「持つべきモノは心優しい"友達"だよね♪」

ウンウンと顎に手を当てて頷くユリカ。

「お、おい・・・今のはちょっと酷くないか・・・?」

アキトは思わずユリカに問い掛ける。
アキト自身、ジュンの事を見直していた。
火星に行く事を強行に反対する姿は自分達を見捨てた軍人の姿に被って見えた。
だが、ジュンは好きな人―ユリカを止める為だけにIFS処理をしてまで前線に出てきた。
そして、その命さえも差し出そうとした。
その事がアキトの中でジュンに対する見方を180度変えていた。
"いけ好かない軍人"から"信頼できる仲間"へと。
自身が地球ではIFS処理者がどれほど偏見を持たれているかは嫌と言うくらいに経験していた。
特に軍では、然したる特技を持たない者が付けるモノと揶揄されている事も聞いていた。
士官候補生、いわゆるエリートと呼ばれる範疇に含まれるジュンが
IFSを付けるのは並大抵の覚悟ではなかった事も理解できる。
ましてや、ミサイルの前に立ちはだかっても見せた。
それもこれも全てはユリカの為・・・、ジュンを心底凄いと思うアキトであった。
その思いがアキトに件の言葉に現れていた。

「ほえ?
 アキト、どーしたの?」

ポケポケとした笑顔を浮かべて聞き返すユリカにアキトは脱力する。

「ま、まあそのうち良い事ありますよ・・・はは・・・」

笑顔のまま落ち込むジュンにカイトが苦しい笑いを浮かべて慰める。
回りのクルーからも次々に慰めの言葉が掛かる。

「大変ねえ、あんたも」

「まあ、若い頃は色々あるものです」

「頑張って下さいね?
 陰ながら応援してます」

「また、一緒の艦で生活するんだからきっとチャンスもあるよ」

太平洋での事や先の戦いであった凛々しい青年仕官のイメージは消え、
すっかりお嬢様に振り回される憐れな男のイメージが定着してしまったジュン。

「・・・ハハ・・・皆さん、ありがとうございます・・・。
 でも・・・もう、慣れてますから」

肩を落として力無く笑うジュン。
ジュンの行く末に幸せがある事を真剣に祈らずにはいられないクルー一同であった。

「大人ってやっぱり・・・バカばっか」

ジュンを慰める一同を見詰め、そう呟くルリだった。


ブリッジの騒ぎが一段落し、解散と相成った所でヤマダは格納庫へ続く通路を歩いていた。
そこに洗面所から出てきたカイトと出会う。

「あ、ヤマダさん」

「・・・」

ヤマダが黙ってカイトの前を通り過ぎて歩いて行く。

「あれ、聞こえなかったのかな?
 ・・・あのー、ヤマダさーん?」

通り過ぎたヤマダに今度は心持ち大きな声で呼び掛けるカイト。
立ち止まり、振り返るが黙ったままカイトを睨み付けるヤマダ。

「・・・えーと・・・、あ!
 ・・・ガイさん?」

「おう、カイト!」

「・・・」

打って変わって満面の笑みで挨拶するヤマダ。
余りに分かり易すぎた無視の理由に思わず脱力するカイト。

「ハハ・・・、これからはちゃんとガイさんと呼びますよ・・・。
 お暇でしたらシミュレーターでもしませんか?」

前時間軸通りなら今日、これからヤマダは殺される―脱走するキノコ達に。
アキトやユリカ、ルリにオモイカネもこの事について詳しくは教えてくれなかった。
カイトに分かっている事は、その日がビッグバリアを突破した日であった事と、
その犯人がキノコ一味であるという事だけだった。
カイトは今日が終わるその日までヤマダと離れる事無く、護衛するつもりだった。

(このままシミュレーターに監禁するか・・・、断ったら気絶させてでも・・・)

死人が生きている事でどういった影響が歴史にでるのか分からない。

(いや、もう歴史じゃない・・・今はこっちが現実なんだ)

カイトの胸中の思いを知る由もないヤマダは笑顔でカイトに答える。

「おお、いいぜ!
 ナデシコの真のエース、ダイゴウジ・ガイ様の実力、とくと見せてやろう!
 あ、でもちょっと待ってくれ。  コイツを俺様のエステに貼りに行ってからにしてくれ」

そう言って手に持ったゲキガン・シールを掲げて見せるヤマダ。

「じゃ、僕も一緒に行っていいですか?」

「いいけどよ・・・お前も欲しいのか、コレ?」

「あ、いえ別にそんなつもりじゃ・・・。
 え、遠慮しときます・・・」

「そんなつれない事言うなよ!
 いいからとっとけ!」

そう言って袋から真新しいシートを一枚取り出し、カイトに渡すヤマダ。
ヤマダもヤマダ也にカイトの事を気にしていた。
圧倒的な操縦技術に抜群の戦闘センスと空間把握能力を持つ少年。
何より印象的な二つのIFS。
しかし、その存在は遺伝子データバンクでも確認できない。
ヤマダはカイトが何か重い過去を背負っているのだと思っていた。
そしてそれは恐らく他人には話せぬ程に酷いものであるのだろう、とも。
それでも明るく笑うカイトを好ましく思っていた。

「あ、ありがとうございます・・・」

ヤマダはカイトの事を良く出来た弟だと思い始めていた。

「なあ、このシールどこに貼ったらいいと思うよ?」

「そうですね・・・やっぱり無難に肩、ですかね?」

「うーん、そうするとフレーム換装した時に分からないだろ?」

「あ、そうですね・・・」

カイト自身も、ヤマダの熱苦しいが、純粋で真っ直ぐな人柄を好ましく思っていた。

(・・・でも、ゲキガンガーは勘弁して・・・)

格納庫に到達するまで延々ゲキガンガーを熱く語るヤマダであった。


「くしゅン!!」

「お?
 風邪か、カイト?」

通路を歩いていて突然くしゃみをするカイト。

「いえ、・・・なんか突然ムズムズして・・・」

「気ぃつけろよ?
 今年の風邪はタチが悪いって話だしよ」

「そうですね、気をつけます」



「さあて、どこに貼ろうかな〜♪」

格納庫に到着し、ヤマダのエステバリスの前に立つ二人。

(・・・?)

人の気配を感じて、辺りを見回すカイト。

「お、カイト?
 どした?」

カイトの様子に気付いたヤマダが声を掛ける。

「あ、いえ、なんでも・・・」

ない、と言おうとした瞬間、ヤマダが何かに気付く。

「あ、おい!
 アンタ達、何してんだ!?」

(まさか!!)

カイトが振り向くとシャトルに乗り込もうとしているキノコ一味の姿。
先頭に立つ軍人の手には拳銃が握られている。

「危ない、ヤマダさん!」

カイトは咄嗟に自分の身体を盾にして、ヤマダを床に押し倒す。
その瞬間、格納庫に銃声が響く。

「グッ・・・!!」

呆然とするヤマダ。
床に倒れ込み、その横にカイトが倒れる。
その隙にキノコ一味はシャトルに乗り込み、飛び去っていく。

「・・・ううっ・・・」

カイトの呻き声に我に返るヤマダ。

「・・・っ!
 カイト、大丈夫か!」

「・・・」

カイトから返事は返ってこない。
だが、身体が小刻みに震えている事から生きているとは分かる。
倒れた所から床に血が広がっていく。
自分の身体には床に倒された時にぶつけた痛みしかない。
カイトが自分を庇って撃たれたのだ。
ヤマダは傷を確かめようとカイトを抱き起こそうとする。
カイトに触れた手の平が血の感触で一杯になる。

「背中か・・・クソッ!!」

カイトの傷口からは真っ赤な血が吹き出している。

「カイト!
 しっかりしろ!!
 傷は浅いぞ!!!」

呼び掛けるがカイトはただ、苦しい息を漏らすだけ。
吹き出す鮮血を必死に抑え、コミュニケを操作する。

(とにかく、人を呼ばなきゃな・・・)

送信ボタンを押し、何処かへ繋がった途端にありったけの大声で叫ぶ。

「大変だ!
 誰か来てくれ!!
 格納庫でカイトが撃たれた!!!」


カイトが廊下でヤマダと話し始めた頃、ブリッジにはミナト、メグミ、ルリの3人しかいなかった。
フクベは既に自室に戻り、アキトは本業のコックに戻っていた。
ユリカはアキトに付いて行ってしまい、ゴートも何処かへと行ってしまっていた。
プロスはジュンと契約書の見直しがあるという事で2人して席を外していた。
ブリッジでは会話に花が咲いていたが、話しているのはもっぱらミナトとメグミであり、
ルリは話を振られた時に曖昧な相槌ちを打つだけだった。
目下の話題はナデシコに急遽発生した三角関係モドキ。

「それにしても艦長、どうしてそんなにアキト君がいいのかな?
 まあ、確かに可愛い顔してるけど、それだけじゃあね・・・。
 将来的な事、考えたらジュン君も悪くないと思うんだけどな」

スクリーンには厨房で料理をするアキトと、それをニコニコしながら見ているユリカの姿が映し出されている。

「んー、でも優しそうだし、お料理も上手だし、お婿さんには理想的かもしれませんよ?」

「なんか頼りなさそうじゃない?
 あ、これはジュン君も一緒か」

「そこがいいんじゃないですか?
 艦長の方が2つ上ですし、母性本能くすぐられる、って感じで」

「あ〜、そうかもね・・・それにしても」

ミナトがメグミを見てニヤリと笑う。

「な、なんですか?」

「ん〜ん、何でもないよ。
 ただ、メグちゃんはああいうタイプが好みなんだって思って」

「べっ、別にそういう訳じゃ・・・ただ、ちょっといいかな、って・・・」

メグミが頬を染める。

期待通りの反応をしたメグミを見てミナトが満足げに笑う。

(・・・何が楽しいんでしょう・・・?)

他人の恋愛沙汰で盛り上がる二人を見ながらルリは思う。
恋愛=異性を特別な存在として好きになる事。
人を好きになるというのがどういう事かルリには良く分からない。
だが、以前ユリカが『どんな時でもアキトと一緒にいたいの!』と叫んでいた事を思い出す。

(人を好きになるって、男の人と一緒にいたいって思う事なんでしょうか・・・?)

ルリが思い出すのは暖かで、優しげな笑顔。
そして氷のように冷たい表情や、寂しそうな笑顔も同時に思い出す。

(カイトさん・・・男の人と一緒にいたいって思う事が人を好きになるって事なら・・・
 私はカイトさんの事が好き、なんでしょうか・・・?)

ボーっとしているルリに気付いたミナトが攻撃の矛先をルリに向ける。

「ルリルリは・・・って聞くだけ無駄、か」

「そうですよ!
 ルリちゃんにはもうナイト様がいますもんね♪」

攻撃の矛先を逸らすチャンスと見たメグミがすかさず話に乗る。

「・・・ハイ?」

突然話を振られ、現実に引き戻されるルリ。

「ルリルリも悩めるお年頃よねえ。
 今、好きな人の事考えてボーっとしてたんでしょ?」

「・・・!
 いえ、私、別にカイトさんの事なんて・・・」

「あれえ、ルリちゃん、カイト君の事、なんて一言もいってないんだけどなあ♪」

「・・・あ」

墓穴を掘った事に気付いたルリは途端に真っ赤になって俯く。
そんなルリを見たミナトはルリに優しく声を掛ける。

「いいのよ、ルリルリ・・・人を好きになるって言うのは恥ずかしい事じゃないの。
 とっても素敵な事なのよ?」

顔を赤くしたままチラリとミナトを見るルリ。
ミナトの顔には優しい微笑みが浮かんでいる。

「ルリルリ、好きな人っていうのを聞いてカイト君の事考えてたよね?」

一度墓穴を掘ってしまった後なのでコクンと素直に頷くルリ。

「やっぱりね、私もルリルリと一緒くらいの年だったからね、初恋」

赤い顔のまま、ミナトの話に聞き入るルリ。
メグミも幾分真剣な表情で話に聞き入っている。

「・・・でも、良く分からないんです。
 人を好きになるって言う事が・・・
 私はカイトさんの事、好きなんでしょうか・・・?」

本当に分からない、といった表情でミナトに訊ねるルリ。

「ん〜、ならルリルリ、カイト君の事、どう思う?」

「・・・一緒にいたい、とは思いますけど・・・
それが、"恋"なんですか?」

「コラ、焦らないの。
いーい、ルリルリ?
恋、なんて人それぞれよ?
人の数だけ答えがあるものなの。
貴女のペースで見つければいい、知っていけばいいの。
今は分からないかもしれないけど、貴女にもいつかきっと分かる日が来るわ。
それまで、その気持ちは大切にしなさい」

「・・・ハイ・・・」

確固たる答えが得られず、まだ困惑した表情を浮かべるルリ。
そんなルリにミナトは再び声を掛ける。

「ホラ、そんな顔しないの。
せっかくの可愛い顔が台無しよ?
・・・大丈夫、カイト君はちゃんと貴女を見ててくれるわよ」

そしてルリに微笑みかける。
ミナトの言葉と笑顔に安心したのか、ルリもうっすらと微笑む。

「ふふ、その顔で迫ったらカイト君もイチコロかもね♪」

「・・・何を言うんですか・・・」

再び真っ赤になって俯くルリ。

(・・・ありがとうございます、ミナトさん。
私も探してみます、私だけの答え・・・
カイトさん、それまで待ってて下さいね)

「はあ、ミナトさん、大人〜♪
『恋、なんて人それぞれよ?人の数だけ答えがあるものなの』
なんて、私、ジーンときちゃいました!」

メグミの目には余程感動したのかうっすらと涙まで浮かんでいる。

「でも、カイト君も不思議な子ですよね・・・」

「そうね・・・普段は年相応の顔してるのに、ふとした瞬間には凄く大人の顔してる事があるものね・・・」

ミナトの表情が曇る。
先の戦いの中でのカイトの言葉が気になっていた。

『だから僕はどんな無様な姿を晒そうとも、生きます。
生きて大切なモノを守ります』

ユリカを守って死のうとしたジュンにカイトはそう言った。
10代半ばの少年が口にする言葉ではなかった。
その言葉からも、カイトのこれまでの人生が過酷なものであった事は容易に想像できた。
普通に人生を謳歌してきた自分達には想像も出来ない程の。
幾度となく、大切に思ったモノを失ってきたのだろう。
死にたくなるほどの絶望にも見舞われ、打ちのめされてきたのだろう。
だが、それでもカイトは立ち上がり、真っ直ぐに前へと向かっている。
その強さがどこからくるのか、それがとても不思議だった。
その時、キョトンとした表情でこちらを見詰める少女と目が合う。
カイトが守る大切なモノ―それがこの少女である事は確かだろう。
カイトがルリを見る目は限りない優しさに満ちている。
もしかするとカイトはルリを自分に重ね合せているのかもしれない。
ふと、そんな考えが浮かぶ。
カイトの持つ二つのIFS―同時に存在する事のない筈のモノを持つ少年。
自分のような思いをルリにさせない為、カイトはナデシコに乗ったのだろうか。

(それだけじゃないような気もするけどね・・・)

目の前の少女も自分の事を語らないが、マシンチャイルドという違法行為の産物だという事は知っていた。
11歳の少女が戦艦一隻を動かせるという事自体、尋常ではない。
また、それを可能にしてしまった技術も。
その話を最初に聞いた時、ミナトはらしくもなく憤慨した。
しかし、実際にルリと会うとその憤慨は困惑へと変貌した。
マシンチャイルドとして生まれた事を当然の事と受け止め、
感情を表さない文字通りの機械のような少女がいた。
そんなルリが今は初恋に悩んでいる、それがミナトにはたまらなく嬉しかった。

「・・・カイト君って何者なんでしょうか?」

自分の思考に没頭していたミナトだったが、メグミの声で現実に戻る。

「さあ・・・?
ルリルリ、貴女仲良いんだから何か聞いてないの?」

「いえ、特には・・・。
ただ、守りたいモノがある、その為にナデシコに乗った、としか」

乗船した日の夜の話や太平洋で聞こえたカイトの声の事は伏せておく事にしたルリ。
今はまだ、話すべき時ではない、何故かそんな気がしていた。

「それってルリルリの事よ、きっと」

ミナトがルリに悪戯っぽく微笑む。

「はう・・・(///)」

再び真っ赤になって俯くルリ。
そんなルリを見て満足下に頷くと、メグミに向き合う。

「・・・多分、あのコはとんでもなく重たいモノを背負ってるわ。
私達じゃ想像もつかないほどの、ね」

「そうですよね・・・まだ私より小さいのに・・・」

自分より年下の少年の背負ったモノの重さを思い、俯くメグミ。

「でも、いいじゃない?
カイト君は優しくて、頼りになるコって言う事で♪
・・・でも、もしカイト君が背負ってるモノに潰されそうになった時、
誰かの助けを求めた時・・・そんな時に傍にいてあげれば。
例え、彼が何者であっても・・・どんな事情を背負っていたとしても・・・ね?」

「・・・そうですよね♪
あ〜あ、でもカイト君はルリちゃんのモノだしね〜♪」

いつもの調子を取り戻したメグミが早速ルリをからかいにかかる。

「メ、メグミさんっ!
・・・別に、カイトさんは私のモノっていう訳じゃ・・・」

頬を染めて反論するルリ。
その時、スクリーンに突然ヤマダの顔が映る。

「あれ、ヤマダさん?」

メグミの声に、ミナトとルリもスクリーンに視線を移す。

『大変だ!
誰か来てくれ!!
格納庫でカイトが撃たれた!!!』

ヤマダの叫び声がブリッジに響く。

「「「・・・え?」」」

『おお、ブリッジか!
キノコの野郎共が脱走する現場に居合わせちまってよ・・・。
それで、カイトが俺を庇って・・・』

ヤマダの声が震え、その目に涙が浮かぶ。

「ちょっと、それでカイト君は無事なの!?」

ミナトが思わず大声を出す。

『わからねえ・・・息はしてるんだが、呼び掛けても全然反応しねえんだ・・・』

ヤマダが涙を流しながらカイトの容態を説明する。

「ヤマダさん、カイト君は何処を撃たれたんですか?」

『背中だ・・・今もまだ血が出てる。
手で抑えてるんだけどよ・・・全然止まらねえんだ・・・』

「貫通はしてますか? お腹を触って、そっちにも傷口がないか確かめて下さい」
メグミの冷静な対応にミナトが問い掛ける。

「メグちゃん、一体・・・」

「私、準看の資格も持ってるんです。
実際にカイト君を見てないから分かりませんけど、多分重傷です」

『確かめた!
腹に傷口はねえ・・・貫通してねえみたいだ』

(・・・!
盲管銃創・・・!)

「ヤマダさん、すぐに行きます!
そのままカイト君の傷口をしっかり抑えてて下さい。
ミナトさん、プロスさんと医務室に連絡をお願いします!
手術する事になると思いますから・・・。
銃で撃たれて、弾が貫通していない、意識が無くて出血多量だと言えば伝わるはずです」

「わ、分かったわ!」

そう言うとメグミはシートを蹴って立ち上がり、走り出そうとする。
ミナトもコンソールに飛びつき、通信機能を立ち上げる。

「・・・カイトさん、死んじゃうんですか・・・?」

本当に小さな、か細い声が響く。
ミナトとメグミが同時にルリに振り返る。
そこには、金色の双眸からポタポタと涙を零すルリがいた。
なまじ、医学の知識も持っているだけにメグミの言葉を聞いただけで、
カイトの怪我が命に関わる重傷という事が理解できてしまったルリ。

「ルリルリ、何を・・・」

ミナトの言葉をメグミの声が遮る。

「・・・死なせないよ・・・
カイト君は絶対に死なせない!
必ず、私が助けるから!
だから、ルリちゃんも信じて!
カイト君は助かるって!!」

メグミの瞳に決然とした意志が宿る。

「・・・は・・・い・・・」

ルリの返事を聞いたメグミはルリにニッコリ微笑むとブリッジを駆け出していく。
隣ではミナトがプロスと医務室に状況を伝えている。
その様子は冷静で、状況とメグミの伝言を正確に伝えている
。 カイトが撃たれたと聞き、パニックに陥ったミナトだったが、
メグミが冷静に対応したのを見てパニックから抜け出していた。
連絡を終えて、ルリに視線をやる。
小さな体が震え、瞳も焦点が合っていない。
カチカチと歯を打つ音だけが聞こえてくる。

「ルリルリ・・・大丈夫・・・大丈夫だから・・・」

傍に駆け寄り、ギュッと抱き締める。
ルリも必死にミナトにしがみ付く。

「大丈夫よ・・・メグちゃんを信じましょ・・・」

幼子をあやすように背中を撫でてやる。
ミナトの瞳からも涙が溢れ出す。

(カイト君・・・絶対死んじゃダメよ・・・
今、この娘をおいて逝っちゃダメ・・・
そんな事したら、貴方を絶対許さない・・・)

ミナトはルリを抱き締める手に力を込め、そして神に祈った。
妹が見つけかけた小さな幸せを奪わないで・・・、と。


続く・・・

  後書き

 ル:どうも、前回に続いてホシノ・ルリです。

 村:(頭から血を流して倒れている)
   ・・・何故ゆえに・・・?

 ル:「後書き」と言っていた癖に、
   話の内容に全く触れないまま逃げた罰です。

 村:・・・すいません・・・(土下座)

 ル:頭を下げるのは私にじゃなくて読者の皆様にです。

 村:はい・・・。
   皆様、申し訳ありませんでした。(再び土下座)

 ル:では、そろそろ本編の話をしましょうか。
   ・・・基本的にはテレビ版と変わりはありませんね。
   ま、ここら辺がアナタの限界ですね。

 村:・・・気にしてる事を・・・ズケズケと・・・。
   結構努力して書いたのに・・・。

 ル:休みの日の朝から晩までDVDを見続けた事(実話)がですか?
   しかも、延々第3話だけを繰り返し・・・

 村:・・・

 ル:さて、アナタのオリジナルの部分と言えば、
   ヤマダさんが生き残った事ですね。
   それと、デルフィニウム部隊の『コダカ・トモヤ』さん。
   ・・・ヤマダさん、使いこなせるんですか?

 村:・・・多分。

 ル:アナタの書き溜めた続きを読むと、
   「あ、ヤマダいたんだよね」的な使い方しかされていないんですが・・・。

 村:・・・いつか見せ場を作ります。
   結構好きなキャラなんで。
   ヤマダファンで拙作をお読みの方、その日を気長にお待ち下さい。

 ル:で、コダカさんは?
   オリキャラですか?

 村:オリキャラ、という程立派な物ではありません。
   再登場の予定はありますが。

 ル:まあカイトさん一人をストーリーに絡めるのに四苦八苦してますからね。
   アナタのレベルではオリキャラはださない方が賢明です。

 村:ご忠告どうもです・・・。
   ・・・あれ?(何か引っ掛かっている作者)

 ル:どうかしましたか?

 村:いえ、カイト君が生死不明になった事には触れないんだ、と思いまして。

 ル:ああ、その事ですか。
   カイトさんが死んだら、ここで「RWK」のお話が終わるじゃないですか?
   これで終わり、とかふざけた事はいいませんよね?

 村:も、もちろんです。
   完結させるよう努力します。

 ル:努力、じゃなくて完結させなさい。

 村:了解であります!ビシ!!(敬礼する作者)

 ル:よろしい。
   では、時間も無くなってきたので、次回のタイトル行きましょうか。

    第4話:合流!パイロット三人娘

    「フフッ、とんだ勘違いだ…。僕は地球の為になんか戦ってはいないのにな…」

 村:ここまで読んで下さった皆様に感謝しつつ・・・
   第4話でお会いしましょう!

 ル:よかったら何かコメント書いてやって下さいね。
   この作者は皆様の暖かい「続きを期待している」との言葉に、
   ホントに涙ぐんでましたから。

 村:・・・そんな事、ここで言わなくても・・・。







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