機動戦艦ナデシコ
〜Return of the White Knight〜





第1話 異邦人、再び・・・


ネルガル重工・サセボドッグ格納庫

格納庫の隅におかれたエステバリスのコクピット内が光に満たされる。
やがて光は収束し、人の形を作る。
光が収まった時、無人であったコクピットに一人の男―カイトが現れていた。
以前と同じ、木連優人部隊の白い制服を纏って。
閉じていた瞳をゆっくりと開き、辺りを見回す。

(・・・エステのコクピット・・・かな?
随分、旧式だけど)

IFSインターフェイスを探し、エステを起動させる。
ウインドウが次々と展開し、やがてチェック終了を告げる。
『駆動系統異常なし。いつでも発進OK!』の文字が現れる。
エステに搭載されたデータベースを引き出し、情報を読み込む。

(遺跡はナデシコ出航の時へ送るといってたけど・・・)

日付を確認すると、確かにナデシコ出航の日だった。
状況を確認する為、通信回線を全方向でオープンにする。
すると、ほどなく声が聞こえてくる。

『・・・テ、テンカワ・アキト。
コックっす』

『あ〜、やっぱりアキトだ!
アキト、アキト、アキトぉ〜!』

懐かしい声に思わずカイトの頬が緩む。
記憶喪失だった彼を家族として受け入れてくれた二人。

(アキトさん・・・ユリカさん・・・)

幸せだった日々が脳裏に蘇る。
カイトが自分の思考に没頭し始めた時、
二人の痴話喧嘩は益々ヒートアップしていく。

『アキト、ナデシコの私達の命、貴方に預けます!
私はアキトを信じているわ!
だってアキトは私の王子様だから!』

『・・・人の話を聞けぇぇぇぇぇっ!』

(・・・この頃から変わってなかったんですね・・・お二人とも)

変わらぬ二人のやり取りに微笑みながらカイトは自分の行動を考えていた。
歴史を知っているとはいえ、この世界でも彼は異邦人。
ナデシコに乗り込む方法を考えなくてはならない。

(とにかくアキトさんを助けに行こう。
戦力になると思えばプロスさんがスカウトしてくれるかもしれないし・・・
まずは行動あるのみ!)

IFSを通じてエステを発進させようとしたカイトの耳に再び声が飛び込んでくる。

『テンカワ機、地上に出ます。
・・・囮、よろしくお願いします』

(・・・ッ!)

心が震える。
二度と聞く事は叶わぬと思っていた声。
彼の記憶の中より、幾分幼い、だが聞き間違える事はない声。

(ルリちゃん・・・)

銀の髪と金色の瞳を持つ少女。
不器用だが、誰よりも優しい心を持った少女。
短い時間の中で、精一杯に愛し、自分を愛してくれた少女。
すぐにでも声を掛けたいと思う心を必死で抑え込む。

(・・・今はまだ・・・駄目だ。
下手な事を言って混乱させるわけにはいかない)

今すぐにでも駆けつけて声が聞きたい、抱き締めたい。
そう逸る心を抑え、エステを射出口へと誘導する。
その間にも通信が次々と飛び込んでくる。
そのどれもがカイトにとっては懐かしい声だった。
前回は全てを失ってしまった。
しかし、今度の自分には全てを守れる可能性がある。
それが出来るかもしれない力を持っている。
それでも歴史を変える事は難しいだろう。
遺跡の言う通り、自分の存在が歴史に
どういった影響を及ぼすのか想像もつかない。
だが、カイトの心は晴れやかだった。
これからどんな困難が待ち受けていようとも挫けず、
何度倒れても立ち上がる事が出来る。
カイトはそう信じる事が出来た。
また、そうしなければならないと。
ここにはナデシコのかけがえない仲間が、そして最愛の少女がいるのだから。

(・・・ルリちゃん・・・今の君は何も知らないだろうけど・・・
僕は君を守る為にここへ来た!
今度こそ君を守ってみせる!)

誓いを新たにし、思いを込めて呟く。

「カイト、これよりナデシコ救援に向かいます」


ナデシコ・ブリッジ

アキトが囮となって数分。
ブリッジではドッグへの注水作業が急ピッチで行われていた。

「・・・ドッグ注水率、55%。
発進まで後4分」

淡々としたルリの報告が告げられる。

「むぅ・・・素人にしてはよくやっているが」

「いやはや、ドッグの修理費用、周辺住民の皆様への補償・・・頭が痛いですな」

注水が完了するまでする事のないブリッジクルー達は
ウインドウに映し出されているアキトの様子を見ていた。
最初こそ、逃げるのに徹していたアキトだったが
進路を塞ぐバッタを何匹か倒した所で突然反転する。

「いったい何を・・・!
何故逃げないんだ!」

副長席からアオイが立ち上がる。

「・・・マズイですね・・・」

プロスが呟く。

『・・・俺って・・・結構やれるじゃんか・・・』

アキトがポツリと呟く。
戦闘の興奮は容易に人の人格を反転させる。
臆病な者でも、何かしらの鎧を纏う事により自分の実力を過信する。
まさに今のアキトがその状態だった。
火星で植え付けられた木星蜥蜴への恐怖心がエステバリスという鎧を纏う事によって
打ち消されてしまったのだ。
しかし、それは容易に死へと繋がる扉。
パイロットは敵に相対した時、平常心で対峙できるよう訓練される。
アドレナリンの過剰放出は死の恐怖を打ち消す代償に動きを鈍らせる。
素人パイロットの弊害が最悪のタイミングで現れてしまったのだ。

「テンカワさん、聞こえますか?
戦闘を中止して、囮に戻ってください!」

通信士のメグミ・レイナードがアキトに必死に呼び掛ける。
しかし、アキトがそれに答える気配もなく蜥蜴に向かっていく。

「テンカワさん、応答して下さい!
・・・テンカワさん!」

メグミの呼び掛けが続くが、アキトの動きは止まらない。

「ミナトさん、何とか発進できませんか?」

突然、冷静な声がブリッジに響く。
クルーがその声の持ち主に一斉に注目する。
先程まで、『アキト、アキト』と騒いでいたのと同じ声。
王子様の登場に破顔していた時とは別人の引き締まった顔。
そこにいたのは連合大学の戦略シミュレーションで
『不敗の女王』の二つ名を冠されたミスマル・ユリカだった。

「・・・80%はないと無理ね」

突然現れた艦長の顔に驚きつつ、操舵士のハルカ・ミナトが答える。

「分かりました。
メグミさん、アキトに囮作戦に復帰するよう呼び掛け続けて下さい。
ルリちゃん、注水率はどれくらい?」

「現在65%です。
80%に達するまで後1分30秒です」

「・・・注水率75%でエンジン始動、80%に到達したと同時に発進します。
それまではアキトを信じましょう」

ブリッジが波を打ったように静かになる。
何故か人を信じさせてしまう説得力がユリカの声にはあった。

「・・・まずいな、囲まれるぞ」

戦術アドバイザーとして乗り込んでいたフクベ・ジン提督が戦況図を見て呟く。

「だから、素人には無理って言ったのよ!
私はまだこんな所で死にたくないわよっ!」

キノコ頭のムネタケ・サダアキ副提督が金切り声を上げる。
フクベの呟きやムネタケの叫びを聞き流し、
ルリはドッグの注水率と周辺レーダーに気を配っていた。
レーダーからは味方を示す青い光点は1つを除き全滅して久しく、
赤い光点は辺りを塗り潰してしまっている。
赤い絨毯は青い点を囲むように広がる。

(・・・間に合わない・・・かな?)

それはナデシコ撃沈、自分の死を意味するのだが、
生きているという感覚に乏しい彼女にとってそれは、
データの示すこれから確実に訪れるであろう未来の決定事項に過ぎなかった。

(・・・あれ?)

その時、不意に青の光点が現れる。
赤い絨毯の後ろ、全滅したはずのドッグから突然味方が現れたのだ。
現れると同時にその光点は全速力で戦闘区域を目指して移動を始める。

「敵後方に機動兵器出現、識別パターン青、陸戦型エステバリス1機。
こちらに向かってます」

自分の職分を思い出し、報告を上げる。

「「「「「「え!?」」」」」」

全員が一斉にルリに注目する。

「味方機から通信入ってます!
艦長、どうしますか?」

「繋いで下さい!」

スクリーンには純白のエステバリスが戦場に向かい疾駆する姿が映し出される。

「通信、繋ぎます!」

メグミの報告と共に、スクリーンがコクピット内部の映像に切り替わる。
そこに映し出されたのは、学生服のような白い服を着たカイトの姿があった。

『救援に来ました!
あのエステを援護します!』

突然現れた救援にユリカやメグミの顔に安堵の色が浮かぶ。

「待ちなさい!
アンタ、たった一機で何が出来るのよ!
それより、所属と姓名を名乗りなさい!」

ムネタケが再び金切り声を張り上げる。

『今はそんな事言ってる場合じゃないでしょう!
後でいくらでも尋問は受けますよ。
今はナデシコを発進させる事が最優先じゃないんですか!?』

正論を正論で言い返され、黙るムネタケ。

「・・・ま、いいんじゃない?
彼、味方みたいだし」

ミナトがあっさりと言ってのける。
ユリカ達程ではないにしろ、彼女の顔にも安堵の色が見える。

「救援感謝します!
私、ナデシコ艦長のミスマル・ユリカです。
早速ですが出ている囮の援護、お願いします。
ルリちゃん、作戦図の送信お願い」

「了解」

『了解しました。
後、オペレーターさんに繋いで貰えませんか?』

「私です」

ルリがメインスクリーンではなく、
自分とカイトの前に表示させたウインドウに出る。

(・・・)

カイトにとってこの世界で最初のルリとの出会い。
記憶よりも幾分幼く、表情も乏しいものの紛れもない最愛の少女の姿。
不意に涙が零れそうになる。

(生きてる・・・ルリちゃんが生きてる・・・)

戦闘中に不謹慎だな、と思いつつカイトはルリを見詰める。
自分を見るなり、黙ってしまい、泣いているような、笑っているような
不思議な表情を浮かべるパイロットを見てルリは思う。

(やっぱり驚いてるのかな、私みたいな少女がオペレーターって事に・・・)

ナデシコに乗ってから感じていた事。
幾らマシンチャイルドでも、年端も行かぬ少女のオペレートに
皆が不安を持っている事。
それが表立つ事はないものの、人一倍敏感な彼女はそれを察知していた。
戦闘中と言う事を思い出し、惚けているパイロットにとにかく、声を掛けてみる。

「・・・あの・・・もしも〜し?
パイロットさ〜ん?」

「・・・え?
あ、ああ、ごめんなさい。
戦闘区域の全体マップと、エステの周辺拡大マップを
同時に表示して貰えますか?
エステの出力だけじゃ片方しか無理なんで」

惚けていた表情を引き締め、カイトが答える。

「分かりました」

ルリは早速、コクピットに要求された両方のマップを表示する。

「ありがとう、ええと・・・」

名前を聞こうとしていると察知し、名前を告げる。

「ホシノ・ルリです」

「ありがと、ル・・・ホシノさん」

ルリちゃん、と呼びそうになり慌てて言い直すカイト。

「・・・ルリ、でいいです。
後、多分私が年下ですから『さん』付けもいりません」

「分かった、ルリちゃん」

名前で呼ぶ事を許可して貰い、満面の笑みを浮かべるカイト。

(・・・!)

その笑顔を真正面から受け止め、ルリの頬が真っ赤になる。

(なんだろう・・・?
胸がすごく暖かい・・・)

今まで自分に向けられた事もない暖かで無防備な笑顔を向けられ、混乱する。
そんな自分を優しく見詰めているカイトに思わず問い掛ける。

「・・・あの・・・ちょっといいですか?」

『なに、ルリちゃん?』

ずっと気になっていた事をこの人ならきちんと答えてくれる、
何故か確信めいた予感をもってルリが言葉を続ける。

「・・・やっぱり変ですか?」

『何が?』

「私みたいな少女がオペレーターなんて」

ルリは背中に集まる視線を感じていた。
いつの間にかブリッジクルーは二人の通信に聞き入っていた。
それは全員が心の何処かで思っていたこと。

『・・・変じゃないよ。
ルリちゃんを信じてるから』

「え・・・?」

カイトがポツリと呟く。
思わず聞き返したルリにカイトが繰り返す。

『僕はルリちゃんのオペレートを信じているから命を預けられる。
こんな答えじゃ駄目かい?』

そういってカイトは微笑む。
前回の時もルリのオペレートには全幅の信頼をおいていた。
どんな時でも、ルリのオペレートを信頼して切り抜けてきた。
時を越えたからといってその信頼が揺らぐ事はない。
だから、今度も命を預ける。
想いを全て語る事は出来なかったが、その想いはルリに伝わった。

「・・・いえ、十分です。
ありがとうございます・・・」

そう言ってルリは微笑む。

(・・・ちゃんと笑顔に見えるかな・・・)

僅かなルリの不安。
カイトは一瞬、驚きの表情を見せるが、すぐに笑顔を浮かべる。
ルリの微笑む姿を見て、ブリッジは驚きに包まれる。
乗船以来、全く表情を動かさなかったルリが心中の不安を吐露し、
なおかつ可愛らしい年相応の笑顔を浮かべた事に。
そして、出会って僅か数分でそれをやってのけた青年に対して。

(ふうん、あのコ、やるじゃない。
でも、ルリちゃんもこんな表情、出来るんだ。
フフッ、二人とも可愛い!)

まだ幼さを残す笑みを浮かべたパイロットと頬を紅潮させたまま、
そのパイロットを見詰めるルリを見てミナトは思う。

(あの人、ちょっといいなって思ったけど
ルリちゃんの予約済みになっちゃったわね・・・)

とメグミ。

(ほえ?)

話の展開についていけず先程までの顔はどこへやら、
?マークを大量に放出するユリカ。
その時すでにアキトは蜥蜴に囲まれ、タコ殴りにされつつあった。

『・・・ちくしょう・・・何でだよ・・・動けよ・・・ちくしょう・・・』

アキトの声が突然聞こえ、ブリッジの空気が一瞬で引き締まる。
いち早く反応したカイトが声を上げる。

『テンカワ機、確認!行きます!』

カイトはイミディエット・ナイフを抜き放ち、バッタの包囲網へ突入していく。
スピードを全く落とさずに純白のエステは包囲網を突き進む。
一直線にバッタを、正面に集中したフィールドで弾き飛ばし、
ワイヤード・フィストで砕き、ナイフで切り裂く。

「・・・すごい・・・」

ブリッジの誰かが呟く。
スクリーンの赤い絨毯が青い光に切り裂かれる。
あっという間にカイトはアキトの元へと辿り着く。

『テンカワさん!
聞こえますか、テンカワさん!』

『・・・ああ、聞こえる・・・』

『良かった・・・これから包囲網を破るんで付いて来て下さい!』

アキトに群がっていたバッタを吹き飛ばし、再び突進を開始する。

「ほお・・・」

「・・・いやはや、これほどのパイロットがいたとは・・・」

ゴートとプロスの呟き。
プロスはどこからか愛用の宇宙ソロバンを取り出し、計算を始める。

「・・・彼の所属はどこなんでしょうか・・・ネルガルではないですね。
連合軍なら助かるのですが・・・。 軍はお給料が安いですからね・・・」

カイトの思惑通り、プロスはカイトをスカウトする準備を始める。
"命を預ける"―パイロットから最大の信頼を寄せられたルリは淡々と、
しかし正確にオペレートを続けていた。
見る間にバッタは数を減らし、2機の機動兵器は合流ポイントに向かっている。

『・・・ゴメン・・・俺が勝手に暴走して、君まで巻き込んでしまって・・・』

『気にしないで下さい、テンカワさん。
恐怖は誰にでもある感情です。
ただ、重要なのはその恐怖に飲み込まれないようにする事です』

『・・・ありがとう』

二人は言葉を交わしながら進んでいく。
アキトもカイトの指示を受け、フィストでカイトを援護する。
そして二人は岸壁に到着する。

『・・・艦長、合流ポイント到着です』

「了解♪
ミナトさん、ルリちゃん、よろしくお願いしま〜す!」

「「了解」」

二人の返事が重なる。

『さ、テンカワさん、行きましょう』

『・・・え?
行くって何処にだよ?
海しかない・・・うわぁぁぁぁぁッ!』

アキトの叫び声が響き、全員の目が点になる。
カイトがアキトを海へと蹴り落としたのだ。

「・・・うむ、素晴らしい状況判断だ」

フクベだけがウンウンと頷いている。
アキトはそのまま海へ落下・・・することなく浮上してきたナデシコに降り立つ。

『・・・ナ、ナデシコ・・・?』

カイトもすぐにナデシコへと降りてくる。

「敵機動兵器、95%射程内に捉えました。
グラビティブラスト、いつでもいけます」

「了解、ルリちゃん♪
目標、敵まとめてぜぇーんぶっ!
グラビティブラスト、てぇーっ!!」

黒い火線が敵の群に吸い込まれ、一瞬の後に爆発四散する。

「敵機動兵器、消滅を確認しました」

ルリの報告が上がり、ブリッジが歓声に包まれる。

「よくやった、艦長」

「偶然よ、偶然。
アタシは認めないわ」

「まさに逸材」

フクベ、ムネタケ、ゴートがそれぞれの感想を漏らす。

「艦長、パイロットのお二方を収容しませんと」

プロスの言葉にユリカが反応する。

「あ、そうだった!
アキト、無事?
流石ね、アキト!
やっぱりアキトは私の王子様!」

『ユリカ・・・声を掛ける相手が違うだろ!
ナデシコを救ったのは俺じゃなくてコイツだろ』

『あはは・・・』

二人の掛け合いを見て笑うカイト。

(・・・やっぱり、この人達らしいな・・・)

カイトの心の内を知る者は誰もなく。

「ありがとうございました!
ナデシコを助けて貰ったお礼です。
乗艦してゆっくり休んでいって下さい!」

「ありがとうございます。
ではお言葉に甘えさせて頂きます」

ユリカの言葉に答えると、アキトのエステを抱え
カイトのエステがハッチへと降りてゆく。

「艦長、英雄を出迎えるのも君の仕事だ。
行ってきたまえ」

「はい!」

そういうと艦長、アオイ、ゴート、プロスペクターがブリッジを出て行く。

「メグちゃん、ルリちゃん、私達も行きましょう」

「そうですね♪」

「・・・え・・・でも・・・」

メグミはすぐに賛成するが、ルリは難色を示す。
オペレーターが簡単にブリッジを離れて良いものかと思案する。

「君の初陣を勝利で飾ってくれたのだ、礼を言っても罰は当たるまい。
何より君に命を預ける、と言った男だ。
向こうも君に会いたがっているだろう」

再び静かなフクベの言葉。
その目は孫を見るように優しい。

「そうよ、ルリちゃん!
・・・それとも、会いたくないの?」

フクベの言葉に力を得たミナトが続く。

「・・・いえ、そんな事は・・・。
分かりました、行きましょう」

そう言ってルリがシートから立ち上がる。
並んでブリッジを出て行く3人を見送るフクベの瞳は優しげなままだった。


ナデシコ格納庫

後から出たミナト、メグミ、ルリの3人が格納庫に着いた時、
ちょうど2機のエステが着艦する所だった。
まずピンク色のエステのコクピットが開き、アキトが姿を見せる。
アキトは格納庫に降り立つと、白いエステの前へ移動する。
そして、純白のエステのコクピットが開き、白い制服を着たカイトが降りて来る。
カイトと全員が向き合う形となったところでユリカが一歩前にでる。

「ホンとにありがとうございました!
では、改めて!
私がこのナデシコの艦長、ミスマル・ユリカです、ブイッ!」

((((((・・・また、この艦長は・・・)))))

全員があきれ返る。
初対面でこんな事をされるとあきれているだろうと思いきや、
カイトはニコニコと笑っている。

((((((・・・え?))))))

全員があっけに取られる中、おもむろにカイトが口を開く。

「皆さん、始めまして!
カイトと言います!
よろしくお願いします!」

そういって頭を下げるカイト。
元気のいい、清々しい挨拶だった。

「・・・カイト・・・?」

名前を聞いて首を傾げるユリカ。
その隣にいたアキトが口を開く。

「俺はテンカワ・アキト。
本職はコックなんだけどさっきは成り行きで・・・。
ほんと助かったよ、よろしくな、カイト!」

「はい、よろしくお願いします!
テンカワさん」

「アキト、でいいよ。
それよりカイトは名字、何て言うんだ?」

「名字はないんです。
カイトだけです」

「・・・そっか」

事情があるのだろうとカイトの顔を見て判断したアキトは
それ以上突っ込まない事にする。

(・・・少なくともコイツはいいヤツみたいだしな)

そう思い握手を交わす。
そして格納庫では自己紹介が続く。

「通信士のメグミ・レイナードです!
メグちゃん、って呼んでね♪」

「・・・メグちゃん・・・」

「はい、よろしい♪」

メグミ。

「操舵士のハルカ・ミナトよ。
よろしくね、カイト君♪」

「はい、よろしくお願いします!
ハルカさん」

ミナト。

「俺は整備班班長のウリバタケ・セイヤだ。
にしてもお前よくあのエステ動かせたな〜。
最終セットアップが万全でないから置いて来たんだが」

「ウリバタケさん、よろしくお願いします。
ちょっとだけなら整備の経験もありますから。
1回ぐらいの戦闘なら持つかと思いまして」

「メカもいけるってか・・・。
気に入ったぜ、お前!」

次々と進む自己紹介を隅でじっと見詰めるルリ。
それに気付いたミナトがルリを呼び寄せ、
前に出そうとしたところでユリカの声が格納庫に響く。

「あ〜っ!
思い出したぁ!」

「どわッ!
何だよ、ユリカ!
いきなり大声だして!」

「カイトってどっかで聞いた名前だと思ったら、私が昔飼ってた犬と同じ名前!」

((((((・・・はあ?犬?)))))

全員の目線がユリカに集中する。

「偶然だよねえ、ナデシコのピンチに駈け付けてくれた人が
飼ってた犬と同じ名前なんて。
これって、"犬"の恩返しだね!」

ウンウンと頷くユリカ。
しかもカイトは既に犬扱いされている。

「・・・艦長、いくらなんでもそれは・・・」

失礼では、と言いかけるプロス。

「・・・あはは・・・」

しかし、突然犬呼ばわりされたカイトはと言うと
多少顔を引きつらせながらも笑顔を崩さない。

(・・・これは案外、大物かもしれませんなあ)

とはプロスの心の声。
一方、ユリカの強烈なボケにすっかりタイミングを狂わされ、俯いてしまうルリ。

「あの〜、ルリちゃんは来てないんですか?」

カイトのその言葉にハッとなり、顔をあげる。

「ここにいるわよ♪
さ、ルリちゃん」

そう言ってミナトに押し出される。

「あ、あのッ・・・オペレーターのホシノ・ルリです。
よろしくお願いします」(ぺコリ)

突然目の前に押し出され、戸惑いながら挨拶するルリ。

「カイトです。
よろしく、ルリちゃん♪
さっきはありがとう」

そういって微笑むカイト。

「あ・・・」

その笑顔にまたしても暖かいモノを感じるルリ。
そんなルリを見て、優しく微笑んだままゆっくりとカイトが頭を撫でる。
一瞬驚いたルリだったが、すぐに気持ちよさそうに目を閉じる。

((((((おおー!)))))

クルー一同驚く。

「・・・カイトさん、少しよろしいですかな?」

タイミングを計るようにプロスが声をかける。
ルリの頭から手を外し、プロスに向き直るカイト。

「・・・」

やや不満そうなルリの様子を見て取り、ポンポンと軽く頭を叩く。

「はい、なんでしょう?」

「つかぬ事をお聞きしますが・・・貴方の所属はどちらでしょうか?
もしよろしければ、このままナデシコに乗って頂きたいのですが」

クルーとの僅かなやり取りの間から、下手にカイトに仕掛ける事は
危険と判断したプロスは要件をはっきり伝える。

「所属はありません。
乗ってもいいですよ、ナデシコに」

「おお、そうですか!
では早速こちらの契約書にサインを・・・」

「幾つか条件があるんですがいいですか?」

「・・・はあ、どのような?」

プロスを格納庫の隅へ引っ張っていくカイト。

(実は僕、非合法の研究所の出身なんです。
だから遺伝子データはバンクにはないんです)

(何と・・・!
では、名字がないのもそのあたりの事情で?)

(はい・・・
余り気持ちいい事ではないのでみなさんには・・・)

(そういう事情なら分かりました。
で、他の条件とは・・・?)

(はい、・・・)

全員が二人のやりとりに注目する。
カイトが言葉を発する度にプロスが明らかに驚く仕草が見て取れる。
二人が皆の所へ戻ってくる。

「カイトさんには正式にナデシコにパイロットとして乗って頂く事になりました。
後、臨時のオペレーター、整備員も勤めて下さいます」

「そういう事になりましたんでよろしくお願いします!」

カイトが頭を下げるとあちこちから歓声が沸きあがる。

「では、艦長。
そろそろ出発しましょうか?
あ、ルリさん、カイトさんをお部屋まで案内して頂けませんか?
貴女の隣のお部屋です」

「はい、わかりました。
カイトさん、行きましょう」

「うん、ルリちゃん」

そういうと二人が連れ立って歩いていく。
その後姿を見送りながら、アキトは呟く。

「まるで兄妹みたいだな」

「そうだね、アキト!」

「・・・でも、あんな子達まで戦争に行かなきゃならないなんてね・・・」

「・・・ええ」

アキト、ユリカ、ミナト、メグミが呟く。

「艦長、そろそろ・・・」

「あ、はい!
ではルリちゃんとカイトくんがブリッジに来たら出発です!
皆さん、準備よろしく!」

ユリカの号令の下、クルーが持ち場へ散っていく。
ブリッジへと戻る途中、ゴートがプロスに話し掛ける。

「・・・ミスター、先程は一体・・・?」

「・・・彼は我々が思っている以上に過酷な経験の持ち主のようです。
秘密にしてくれ、とは言われていますが・・・
彼はパイロット用IFSとオペレーター用IFSを両方備えています」

「何と・・・!」

それが意味するもの、パイロットIFSは一般でも申請すれば着ける事は容易だが、
オペレーター用IFSは幾重にもある政府機関、連合機関の審査を
通過しなければならない。
オペレーターIFSの装着自体がほぼ人体実験という事もあり、
許可された例は今もってほとんどなかった。
その両方を備えている人間は公式には存在していない。

「すると、彼は・・・」

「しかし、マシンチャイルドではないそうです。
先程も全てを語ってくれた訳ではありません。
・・・ただ、自分はこの艦の敵ではないと」

「そうですか・・・」

周りを暖かくする笑顔を持った青年が背負った物の重さを思い、
男二人は複雑な表情を浮かべた。


ナデシコ居住区画・廊下

ルリとカイトの二人が連れ立って歩いている。
格納庫を出てから二人の間に会話はなかった。
ぎこちない空気が二人を包み込んでいる。
ルリは質問するタイミングを伺っているのだが、それを見出せずにいた。
そして歩く内に部屋の前へと到着する。

「・・・ここがカイトさんの部屋になります」

「ありがと、ルリちゃん」

そう言ってカイトは部屋の前に立つ。

「あの、カイトさん・・・聞いてもいいですか?」

「なに、ルリちゃん?」

「さっきプロスさんと何を話していたんですか?」

「・・・知りたい?」

カイトは振り向く。
その顔には表情らしきものはまったく浮かんでいない。

(・・・ッ!)

人懐っこい笑顔が消え、冷たい無表情なカイトにルリは思わず体を震わせる。
カイトとて、このような真似はしたくない。
だが、聞いていたルリのナデシコ乗船直後の様子と余りに違うその姿に戸惑っていた。

(他人に興味を示さない娘だった聞いてたけど・・・これも『影響』なのかな?)

ルリにとっても自分の正体の話は気持ちいいものではない。
時間が経ってから話すつもりだったが状況が許さないようだ、とカイトは思う。

「・・・はい、知りたいです」

やや震えた声でも、ルリははっきりと言った。

「全部話す事は出来ないけど・・・
答えらる事は答えるよ。
それでいいかい?」

表情を和らげ、ルリに答える。
その表情を見てようやく安心したのかルリが体の緊張を解く。

「はい、構いません」

「でも、もうすぐ出発だからね。
仕事が終わったら部屋に来てくれるかい?」

「分かりました」

ルリの返事を確認するとカイトは再びルリの頭を撫でる。

「よし、行こうか!」

「はい」

二人はブリッジへと歩いて行く。
その間には先程までのぎこちない空気は残っていなかった。


「機動戦艦ナデシコ、発進しま〜す!」

ユリカの戦艦の艦長とは思えない掛け声の下、ナデシコは運命の航海に乗り出した。
200余名と1人の異邦人を乗せて。

続く・・・




 後書き

ついに始めてしまいました!
『Return of the White Knight』、略して『RWK』!
いや、略称なんてどうでもいいんですが、なんとなく・・・。
ここまで読んで下さった方々にはもうお分かりとは思いますが
『カイト×ルリ』、逆行再構成です。
テレビ版の1回のお話を1話ずつ対応していく形でやって行きたいと思っております。
御都合主義で書いておりますので、
テレビ版と流れが違う所もあるかと思いますがその辺はご容赦を。
そして、話の内容ですが・・・
何故、こんなプロローグなんだよ!とか、
第0話の冒頭とちゃんと繋がってないじゃないか!と思われるかと存じます。
その辺はカイト君がこれから語る、夢見る等々する予定となっております。
お時間の許される方は何があったのか予想してみて下さい。
・・・多分、その通りだと思います。
後書きでは本編で書き切れなかった設定や
ストーリーの補足をやっていきたいと思います。
他の作家の方々がやっておられるキャラとの座談会形式にも
いずれ挑戦してみたいです。
甚だ駄作では御座いますが是非ともお付き合い下さいませ。
そして、出来れば感想などいただけると泣いて喜びます。
最後に次回のタイトルだけどーぞ・・・

  第2話:私達は火星へ行きます!

   「君は人形や機械なんかじゃない。ヒトの暖かさをちゃんと持ってるよ・・・」


改訂しました。
神瀬様よりご指摘頂きましたアキトのセリフ。
(神瀬様、ありがとうございました!)
文章の一部追加。
会話の前後に改行を加える。






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