2195年7月。 地球、ネルガル重工本社 最初に異変に気づいたのは警備室だった。 本社ビル内の要所を映し出す無数のモニターの映像が全て消えてしまったのだ。 「おい・・・これ・・・」 「ったく、どうなって・・・」 とまどう警備員たちは、自分たちの背後に人影が立ったことには、まったく気がつかなかった。 だからその人影がその両手に剃刀のようなナイフを持っていたことも気づかなかったし、そのナイフが自分たちの首を撫でていったことも気がつかなかった。 シュアアアアアアアアアアアアアアアアアア その部屋にいる、警備員たちの、首から噴出す鮮血がやけに派手な音を立てる。重なり合い倒れる彼らは、果たして自分が襲われたことにだけは気づいただろうか。 人影は音も立てずに部屋を立ち去り、やはり音を立てずに廊下をすべるように進んでいく。 階段を駆け、踊り場に出る。 「あ、君・・・ちょっと・・・」 そこで会社の制服に身を包んだ若い女性に呼び止められる――が、 シュッ わずかな空気を切る音とともにその女性は踊り場に崩れ落ちた。女性の首筋を中心として、床に赤い液体が広がっていく。 物言わぬ人影は、さらに駆ける。階段を上りきり、廊下を走る。 廊下にはいくつもの扉が並んでおり、その扉のひとつをノックしている男性社員にでくわす。 「あれ?」 ノックしてから初めて自分に近づく人影の存在に気づき、訝しげな顔をする社員。そしてすぐにさっきの「あれ?」が彼の最期の言葉となった。 人影はそこで足を止め、今社員がノックしていた扉を見上げる。 扉にかかった『会長室』のプレート。 「入ってよろしい」 扉の向こうから男性の声が聞こえてきた。 無論その言葉は、本来は人影の足元で事切れている社員に向けられたものだが、人影は迷わずドアノブを回し、扉の内側へ滑り込んだ。 部屋はとても広く、扉の対面に大きなデスクが置かれている。 デスクの後ろ側には壁はなく、変わりに大きな窓ガラスがはまってい た。 さらに部屋の隅や、デスクのそばには観葉植物なんかもある。 無駄に豪華な部屋だ。 そしてデスクに初老の男――ただし目つきは異様なまでに鋭い――が座っていた。 「ん・・・誰だ!?」 予想外の闖入者に驚く男、この男がネルガルの会長だろうか? 人影は答えない。変わりに銃を『会長』に向ける。彼の顔がさっと青ざめた。 『会長』は、足元の床に備えてある警報ボタンに足を伸ばした。 しかし・・・ 音もなく、発射された銃弾が、デスクの板を突き破り、『会長』の足にめり込んだ。 デスクの陰になっていて、人影からはボタンはおろか、『会長』の足の動きさえ見えないはずなのに!! 「今、警報装置を作動させようとしたろ?わかるんだ」 人影は、初めて声を発した。 『会長』は初めて人影の顔を見、そして絶句した。自分を撃った人影が、16歳くらいの少年だったからだ。 少年の髪と目は、非常に鮮やかな紫色をしており、とても神秘的な印象を受ける。 ただ、神秘的な外見とは裏腹に、その顔には邪悪な笑みが浮かんでいた。 「おまえ、ネルガルの会長だよな?個人的に恨みはねえが、命令だから死んでくれ」 ぱす 額にちっぽけな風穴を開け、『会長』は机に突っ伏した。大量の血が、絶命したことを表している。 「くっくっく・・・任務完了・・・ずらかるか・・・」 少年は、来た時と同じように音もなく会長室を後にした。 紫色の頭髪をわずかに揺らしながら・・・・ 機械仕掛けのナイト プロローグ その4:騎士の仮面とその素顔? 火星、『ネルガル』研究所 ルリがカイトと出会って一ヶ月が過ぎようとしていた。 そして、ルリがお昼休みをカイトと一緒に過ごす事は、もはや日課になりつつあった。 今日も今日とていつもの場所に行く。 カイトはまだ来ていなかったため、昼食を買わずにベンチに座って待つことにした。 ちゅごどおおおおおおおおおおおおおおん!!!! 突然!あたりに響き渡る爆発音。 「はい?」 思わず間抜けな悲鳴が出てしまう。 目の前の壁にでっかい穴が開き、そこからもうもうと煙が漏れてくる。 そして穴の向こう側から這い出してくる『何か』―――その何かを見た瞬間、ルリはピシリと固まってしまった。 紫色の癖の強い頭髪、髪と同じ色の瞳、それはルリがよく知る人物だった。 「や、やあルリちゃん。遅れてごめん」 そりゃあ待ち人が壁の爆発とともに登場したら固まるだろう!! しかしルリが固まっていたのは一瞬だけ、すぐに大きく見開いていたかわいい目をすいっと細め、絶対零度の視線でもってカイトを睨み付けた。 「以前、『普通に登場してください』と言ったはずですが?」 「うあ・・・」 その視線を受け今度はカイトが硬直し、そして必死に言い訳をする。 「いや、今回は登場の演出じゃなくてさ、以前ネットで花火をみて面白そうだとおもってさ・・・」 今、強烈にオチが予想できた。 「・・・で、実際に作ってみようとしたら爆発した」 「・・・・・・・・・」 予想通りにくだらないオチだった。 「それでさ・・・」 「?」 まだ何かあるらしい。 「体中が痛かったりするんだなーこれが、手当てプリーズ」 カイトは底抜けの笑顔でそう言った。。 「・・・・・・馬鹿」 ルリがこの研究所で出会った少年カイト―――ルリにとって始めての友達であり、現時点でもっとも親しい人。 それは実に変わった人だとルリは思う。 生まれてからこっち、ほとんど人付き合いをしたこともないが、カイトが風変わりだということぐらいはわかる。 彼はいつも笑っている。 いつも人懐っこい笑顔を浮かべて自分に話しかけてくる。 正直、今はそれがとても心地よく感じる。(それはとても驚くべきことでもある) しかし・・・・・・ カイトの笑顔を見ると、つい思い出してしまう。 あの日、実験室で初めてカイトと顔を合わせた時、氷のように冷たい瞳をしたカイトの顔を・・・ 自分と同じ、感情のない人形のような表情を・・・ 本当にあれは、『カイトさん』だったのか? 本当はよく似た別の人だったのではないだろうか? (カイトさんは、私と同じ・・・人ではなく、物として扱われている私と同じ目をしていた) なら目の前の男は何故こうも笑えるのだろうか? 「ルリちゃん?」 ルリは、自分がカイトの事を何ひとつ知らないことを自覚した。 「ルリちゃんってば・・・ もしも〜〜〜し!!」 「え・・・・・きゃっ」 気がつくとカイトの顔が目の前にあった。 考え事をしてしまったようだ。 「どしたの?ぼ〜っとしちゃって?」 「・・・・・・何でもありません」 嘘だ、本当は壁が爆発した時よりも驚いた。まだ心臓がバクバクいっている。 「そう?とりあえず背中診てくれる?軽い打撲と火傷だと思うけど」 「あ・・・はい」 上着を脱いだカイトの背中には細かい切り傷と打ち身、火傷があった。(爆発に巻き込まれたにしては妙に軽症である) カイトが携帯していた救急セットを使い、カイトの指示で手当てをしていく。 手を動かしながら、聞きたい事を聞いてみようと考える。 それはルリにとって少しばかりの勇気を要するものだった。 「ところでカイトさん」 「ん?」 「カイトさんは・・・どうして研究所(ここ)にいるんですか?」 「君がいるから♪」 「はい?」 わけのわからない答えを即答された。 ルリの思考がほんの数秒停止する。 「あっ、そこには軟膏塗って」 「は、はい」 ぬりぬり 言われて、気がついたようにカイトの背中に軟膏を塗り始める。 今、カイトは明らかに話をはぐらかしたのだが、人付き合いの経験に乏しいルリはそのことに気がつかなかった。 「ガーゼ貼り付けて」 「はい」 ぴ――・・・ペタ 「そこにはシップおねがい」 「はい」 チョキチョキ・・・・・・ペッタン 「膝枕してくれ」 「それは嫌です」 「・・・・・・ちっ」 つまらなそうに舌打ちするカイト、しかし目は笑っている。 それはまるで、『よし!うまくごまかせたぞ!』とか考えている表情なのだがそんなことルリにわかるわきゃなかった。 「あ〜〜っと、そろそろ休憩時間も終わりだね、そろそろ戻ったほうがいいんじゃないの?」 「え?」 そして・・・ 「後は自分でできるからさ、それじゃあまたあとで〜〜」 「え?え!?」 カイトはやや強引に、不自然なまでにルリとの会話そのものを切り上げた。 ルリはカイトの会話の不自然さに首をかしげていたが・・・ 結局彼女がカイトにごまかされたことに気づくのは、別れてから10分も後のことであった。 ルリがいなくなった後の廊下に残ったカイトは、クスリと笑っていた。 「ごめんね、とりあえず男はミステリアスな方が格好いいってことで許してよ」 いたずらが成功した子供のように、舌をペろっと出す。 それから踵を返したカイトの目に、一人の白衣を着たおっさんの姿が映る。 おっさんはにやにやと見下すような目つきでカイトを見ていた。その胸には『ハラシマ』と書かれた名札が掛かっている。 「ふん、人形風情が色気づきやがって」 おっさんは、見下すような口調でそう言った。 「あ〜〜やっぱり人形は人形といるのがお似合いってことだな」 おっさんのあまりの無遠慮な言葉にカイトの眉がぴくっとはねる。 「・・・人形?」 「そう、システムとリンクするためだけに作り上げられた実験体・・・人形以外の何者でもないだろう?」 「それで僕も人形呼ばわりですか・・・?」 「・・・・・・人形以外の何者でもないだろう?」 ハラシマはさも当然といった顔をする。何故か無意味に胸をそらしながら・・・ カイトはやれやれと肩をすくめて言った。 「・・・・・・自分がもてないから・・・八つ当たり?」 「何だと?」 今度はハラシマの眉がぴくっと動いた。 「・・・・・・図星?」 「なんだ、その口の利き方は?人形を人形といって何が悪い? おまえら人形は黙って人間様に従っていればいい!」 額に青筋を浮かべ、言いたい放題言うハラシマ、だが、その暴言によって、カイトの目つきが変わったことに気づかなかった。 「・・・・・・」 「お前もこれから実験だろう!!さっさと戻ったらどうなんだ!!」 その言葉が引き金だったか、カイトがゆらりとハラシマの間近に踏み込んだ。 「・・・・・・やれやれ」 ぼやくようなカイトの呟き、 刹那、カイトの右手がハラシマの顔面をわしづかみにした。 「な、何をする!?」 ハラシマはとっさにカイトの手を振り払おうとするが、カイトの手は万力のようにぎりぎりと締め付け、びくともしない。 「『人間様』ねえ」 一体この少年のどこにこんな力があるというのだろうか?カイトはあろうことか、つかんだ右手を持ち上げ、ハラシマの体を宙づりにしているではないか! 「この・・・放・・・」 「どうしようかな、殺そうかな、こいつ」 「・・・ひっ・・・・・・」 カイトは冷ややかに呟く。 その時ハラシマは、カイトの指の隙間から、彼の顔を見て声にならない悲鳴をあげた。 冷たい光を放つ瞳。 そこからは、何の感情も読み取る事はできない・・・そう、怒りさえも・・・ 氷のような冷たい瞳がそこにあった。 「ひっ・・・・・・ぎゃあああああああああああああああああああ!!!!!!」 やがて、ハラシマの頭蓋がミシミシと音をたて、こめかみから血が滲んできた。 そしてハラシマの足を伝って生暖かい液体が滴り落ちる・・・・・・失禁したのだ。 それが原因というわけでもないだろうが、カイトはようやく手を離し、同時に右手の甲をハラシマの後頭部に打ち下ろした! 結果、ハラシマは受身すら取れず床面にたたきつけられた。 骨の2、3本は折れてるかも知れない。痛みのあまり声も出せず、その体を痙攣させている。 自らが濡らした床の上で、びくびくと体を震わせているその様は相当に気色悪い。 「『おまえら人形は黙って人間様に従っていればいい』・・・か・・・」 しかし、その様子にもカイトは全く心を動かされた様子はない その声には一種、穏やかささえ感じられる。 「僕がおとなしくあんた達の実験に付き合ってあげてるのは僕の善意だってことにいい加減気づいてほしいなあ」 ちらりとハラシマを一瞥する。 「次は・・・殺すからね?」 びくうっ! ハラシマの体が一度大きく振るえ、それきり動かなくなった。 「・・・・・・ふう」 カイトはひとつ、大きなため息をついた。 その瞳には、既に人間らしいぬくもりが戻っている。 本当に同一人物かと疑うくらいの変わりっぷりだ。 人懐っこい笑みを浮かべるカイトと 氷のように冷たいカイト。 どっちがカイトの本性だろうか? 彼は一体何者なのか 「ここにいるのは僕の善意で・・・か」 コツコツコツ やがてカイトはどこへ、ともなく歩き出す。 「善意で?違うな・・・」 コツコツコツコツ 「僕は知りたいからここにいる」 コツコツコツコツコツ 考え事をしながら歩いていたカイトは、気がつくと巨大な部屋の中にいた。 目の前に、ピーナッツ型をした巨大なオブジェがそびえている。 それはカイトがチューリップと呼んだ物体。 それに・・・触れる。 キイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ 「っ痛!!」 カイトは頭を押さえてうめき声を上げた。 「チューリップ・・・僕の原点・・・」 額に脂汗がじっとりと浮かぶ。それでもカイトはチューリップに触れるのをやめようとはしない。 「僕は何も知らない・・・何故これに触れると頭痛がする?この頭痛は何?知りたい・・・それが僕がここにいる理由」 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 「僕は一体誰なんだろ?」 彼は一体何者なのか・・・ それを最も知りたがっているのはひょっとしたら彼自身か・・・? <つづく> あとがき なんかころころ行のあけ方とか文字のおき方とか変わります。次回も変わるでしょう、多分。そのうち背景色と文字の色も変わるかもしれません。背景黒のほうが目に優しいから。 ――で、今回の話ですが、実は、冒頭のアクション場面は入れる予定はなかった。代わりに、会長の死を報じる新聞の文面を載せるだけの予定で、そこでひとつ伏線を入れるはずが、別の機会に延期する羽目に・・・結構予定というものは狂うということを思い知りました。(いや、大まかな骨子に変更点はないんですけどね) |
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