『彼』はいつも笑っていた。



出会ってから五日しかたっていないが、彼はいつも笑っていた。
それが今は、どうだろう。

自分の目の前で、部屋に備え付けられた椅子に、ただ無表情で座っている。



その目は氷の様に冷たいと思った。



そして気味が悪い、と思った。






機械仕掛けのナイト

プロローグ

その3:騎士の名前








今日の実験は極めてシンプルな物だった。

今から目の前にいるこの少年と、お互いにハッキングを掛け合うというものだ。

ルリはコンピュータとのリンクの為に遺伝子を操作された少女である。その両手に、二つのオペレーター用のIFSが刻まれている。

対する少年の両手は、左手はオペレーター用だが、右手はパイロット用のIFSをつけていた。

まず見た目からして、ルリのほうが有利なのは一目瞭然である。


しかし――――



「始めろ」



研究者の声と共に、それぞれの端末にスイッチが入る。

ルリは視界を現実世界から電子世界へと切り替えた。





これが、後に電子の妖精と呼ばれるホシノ・ルリの、初めての電子戦。


しかし―――――


少年は強かった。



データ処理能力が異様に・・・

速い。


その能力はルリにおとるどころか、互角以上だった。




「ふむ・・・やはり『彼』のナノマシンとの親和性は高いな、彼のナノマシンは特別な物ではないのだが・・・ホシノルリと対等な勝負をしている」

「ああ、まさかとは思っていたが『彼』はやはり・・・なのかもしれない」
「確かこの技術も『あれ』から流用したものだったからな」

「ふふ、まったく面白いものを拾った物だ」


研究者達が何かを言っているのが耳に入る。

恐らくは『彼』というのは、目の前に座っている少年の事を指しているのだろう。『・・・』や『あれ』というのが何かはわからない。

しかし、ただ一つ分かる事はある。




『面白い物を拾った』




研究者達はそう言った。この言葉が何を意味するのか、ルリは身を持ってよく知っている。

つまり彼もまた『物』なのだ。


(私と同じ)


そう、ルリと同じ、『物』に過ぎない。

だから――――

彼は今、冷たい目をしているのか。
自分と同じ、冷たい目をしているのか。


(勝手な事を・・・)


研究者達の言い様に対して嫌悪感を覚える。
その時だった。


カッテナコトヲ


(!?)

電子の世界に潜り込んでいるルリに突然聞こえた声がある。
それは音ではなく、彼女の脳が知覚するデータとしての声だ。

ルリは即座に悟る。

これはあの少年の声だ。

声はつづく。


カッテナコトヲ・・・アタマニクルナア・・・ボクヲナンダト・・・


ここは電子の世界なのに、全てがデータでできてる世界なのに、少年が嫌悪しているのが手にとるように分かる。

これは少年のナノマシンが少年の感情を電気信号に変換し、ルリのナノマシンが端末を介してその信号を受信したために起こった現象であり、慣れれば思考のシャットアウトも可能なのだが、そんな事ルリには知る由も無い。

ただ彼女は、電子戦を行なっている間、少年の感情を終始、拾いつづけた。


不快、不安、嫌悪、等の負の感情。

そしてそれと同じだけ存在する正の感情。



この少年の持つ感情の如何に多い事か。


思い出すのは彼の笑顔。

「ホントは笑ってだけいられたらいいんだけどね」

「!!?」



電子の世界に見を沈めたルリの耳に少年の『音声』が届く。

今は彼の顔を見る事はできない。しかし―――

ルリには彼が笑っているような気がした。






『あなたは・・・誰ですか?』






ルリから少年へのコンタクト、その瞬間、ルリの持つ端末が止まる。少年が、ルリの端末のシステムを掌握したのだ。


初勝負は、黒星。


端末はルリの支配下から逃れ、画面を無数の文字の羅列が埋め尽くす。




KAITO KAITO KAITO KAITO KAITO KAITO KAITO KAITO KAITO KAITO KAITO KAITO KAITO KAITO KAITO KAITO KAITO KAITO KAITO KAITO KAITO KAITO KAITO KAITO KAITO KAITO KAITO KAITO KAITO KAITO KAITO KAITO KAIT




(KAITO?)


ルリは視界を電子世界から現実へと戻し、再び目の前の椅子を見た。

そこには既に少年の姿は無く、変わりにプシュッというドアの閉まる音が彼女の耳に届いた。


「かいと」


ルリは静かにその言葉を呟いた。




「それがあなたの名前・・・ですか?」













とても・・・とても広い部屋に彼はいた。
照明が落ちていて薄暗いが、『彼』の目の前にある『オブジェ』がその巨大な姿とともに強烈な威圧感を放っている事ぐらいは分かる。


どくん


そのピーナッツのような形をした巨大なオブジェ、彼はそれを、



「チューリップ・・・」


・・・と呼んだ


どくん


彼はチューリップに手を伸ばし・・・そして触れた。


どくん



きいいいいいいいいいいいいいいいいいんー―――



途端、彼の耳に響く耳鳴り、全身が総毛立ち、額に汗が浮かぶ。

そして・・・強烈な頭痛―――


どくん


それでも彼はチューリップから手を離さない。ぶるぶると体を震わせ、床に膝をついた。


「っっっく・・・はあっ、はあっ、はあっ」


ようやく手を離す。音も、頭痛も、ぴたりと収まった。


「これが僕の原点、僕がここに至る原因であり、ここに縛り付ける枷であり、いま、僕があいつらの実験を受けさせられるのは全てこいつのせいだ・・・なのに・・・」


『チューリップ』を見つめる彼の瞳は氷の様に冷たく、如何なる感情も読み取る事はできない。


「なのに僕の正体を知る唯一の手がかりってのは・・・皮肉だよな」


彼は立ち上がり、頭を2,3度振って、部屋から立ち去った。

それから幾つもの廊下を通り、扉をくぐり、やがて彼の目的地が見えてくる。



自販機、ベンチ、そしてツインテールの少女・・・



彼女を見つけた瞬間、彼の瞳に初めて感情が宿る。

そして彼自身、自分の表情が緩んでいくのを感じた。


「ま、悪いことばかりってわけでもないか」


彼は微笑みながら呟くと、今日も少女とのひと時をすごすため、にこやかに声をかけた。



「やあ、奇遇だね」









理由なんか無い。ただそんな気がしただけだ。


(ここにいれば会える)


ただそう思っただけ、それだけの理由で彼女はここにいる。そしてそれが正しかったと証明するかのように・・・


「やあ、奇遇だね」

来た――――

今までと同じ、にこやかな笑みを、その顔に貼り付けて、あの少年がそこにいた。


少年は黙ってルリの隣に腰掛ける。

ルリは何も言わない。
少年のいつもの笑顔を見るのが、今日はなんだかつらく思えた。

自分で会いたいと思ったいたにも関わらず、少年の顔を見るのがつらい。

彼の笑顔をみると、どうしてもさっきの氷のような冷たい表情を思い出してしまう。

それがどうしても嫌だった。

自分と同じ表情をしていた少年の顔が・・・



「あのさあ」


沈黙に耐え切れず、やがて少年が口を開いた。


「とりあえず・・・ごめんね」

「?・・・どうして?」

「気味・・・悪かっただろ?」


少年の口から出てきた言葉はもろに核心を突くものだった。


「どうして?」


ルリは再度尋ねる。

一つ目の『どうして?』は何故あやまるのかわからなかったから。

二つ目の『どうして?』は何故自分の考えている事がわかったのか?・・・という事だ。


「ん〜なんてゆうか・・・」


少年は言いにくそうに鼻の頭をぽりぽりとかきながら、


「電子戦の間、君の思考が僕の頭の中に流れ込んできたんだけど」

「あ・・・」


気づくべきだったかもしれない。自分が少年の感情を拾っていたという事は、逆もありえるということなのだから。

つまりは自分が少年の顔を気味が悪いと思った事もつつぬけだったという事だ。


「まあそういうわけだから不快な思いさせてごめんね」


再度謝る少年。しかし、この場合、彼の表情が自分に不快感を与えたからといって謝る必要はないと思われるが?


「さてと・・・とりあえず今日言いたい事はそれだけかな・・・それじゃあおやすみ」

「あ・・・」


いつもと違ってあっさりと話を切り上げ、立ち去ろうとする少年に、ルリは一抹の不安を覚えた。


「カイトさん・・・」

「ん?」


そして思わず彼の名を呼んでいた。


「なまえ・・・あってますか?」


すると少年は満面の笑顔を浮かべ―――


「ん・・・合ってるよ、僕の名前はカイトだ」

「明日もまた、会えますか?」

「会おうと思えば会えるけどね・・・はい」


少年が合いの手を求めるように掌を差し出す。


「?」

「君も名前を教えてくれないかな?」

「あ・・・」

「・・・・・・」

「ホシノ・ルリです。よろしく」


ぺこり


「うん、よろしく『ルリちゃん』」









こうして、運命的な出会いを果たしたカイトとルリ。

この出会いから彼女は変わる。



「やあ奇遇だね、一緒にお昼食べない?」

「構いません」





<つづく>










追記

「ところでカイトさん」

「ん?」

「次からは普通に登場して下さい」

「へいへい」


カイトは苦笑しつつ、壁と同色のでっかい布を片付けた。



何をした、お前?









後書き

三回目にしてようやく主人公の名前が明らかになりました。っていってもこのSSの更新とアンケートの日付を見ればバレバレだった事は一目瞭然なのですが。(あたり前か、違ってたら詐欺だ)

さて、ここでMyカイト君の外見説明を、

髪の色は紫色です。メグミも紫っぽい髪をしていますが、それよりもかなり鮮やかな紫です。
そしてその髪の毛はピンピンに外側にはねまくっています。
ちなみに短髪

目は髪と同色で釣り目でさらに猫グチと、見た目子供っぽく、いかにも悪戯好きそうな顔しております。

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