「さあ、始めろ」

「はい」

ここは火星の研究所、表向きは遺伝子の研究を行なっている。
あくまで『表向きは』である。
では実際に何を行なっているのだろうか?

その答えがこの少女である。

彼女がどうしてこの研究所に来たのか、それはどうでもいい事だ。
重要なのは、彼女がここでどのような扱いを受けているかと言う事。

『物』・・・

研究者達にとって彼女は『物』である。
自分達の研究成果を試す実験体である。
あらゆるナノマシンを投与し、好き勝手に遺伝子を改造し創り上げられた実験体。

ここに、彼女を人間だと考える者はいない。

今までは・・・






機械仕掛けのナイト

プロローグ

その2:妖精の疑問








<一日目>

お昼の時間、今日もルリは自販機で昼飯を買う。普通のご飯が嫌いな彼女の食事はどうしてもこういったファーストフードやジャンクフードの類に偏ってしまうのだ。
ちなみに今日のメニューはハンバーガー二つだ。ルリはいつもの様に近くのベンチに座り、食べ始めた。

そんな彼女はそのベンチに先客が居た事に全く気がつかなかった。

「やあ奇遇だね、お昼一緒に食べない?」

ルリが振り向くと、紫色の髪をした16〜7くらいの少年がルリの隣に腰掛けていた。昨日ルリに話し掛けてきた『あの』奇妙な少年だ。
少年はルリが『いいですよ』とも言ってないのにそのまま自分の昼飯を取り出し食事を始める。食べてるのはルリと同じハンバーガーだ。

むしゃむしゃ

「・・・・・・・・・・・・・・・」

むしゃむしゃ

「・・・・・・・・・・・・・・・」

むしゃむしゃ

二人の間に、会話はない。ただ飯を租借する音が聞こえるのみである。少年は額にでっかい汗を張り付かせていた。どうやら会話のきっかけを掴みあぐねているらしい。

このままではいけないと思ったのか、少年はルリの食べているハンバーガーに視線を移す。
どうやら食べ物の話題から会話を作ろうと企んだようだ。

「いや〜、君のそれおいしそうだねえ、数多の添加物を含んだ肉を挟 み込んだふかふかバンズ・・・・・・」

「あなたが食べてるのと同じ物です」

「はうっ!」

結果、ルリからきついツッコミをいただく結果となった。
少年、撃沈。立ち直りに幾ばくかの時間が必要な模様。

(馬鹿ばっか)

そう思ったルリはなんだか奇妙な違和感を覚えた。

「ごちそうさまでした」

その違和感が何なのか分からぬままルリは食事を終え、未だ撃沈している少年を残して立ち去っていった。





「さあ、始めろ」

「はい」

今日も実験が始まる。
研究者の一人が、ルリに何かを注射する。一体何を注射したのか、ルリには何の説明もない。ルリが知っても何の意味もないからだ。
注射器の中身が薬だろうと、ナノマシンだろうと、ルリがそれを拒否する事はできないからだ。

彼女は実験のための、モルモットなのだ・・・・・





<二日目>

今日も自販機で昼飯を買う。今日はホットドックだ。
そのままベンチに座って食べ始める。

「やあ奇遇だね、一緒にお昼食べない?」

すると例の少年が現れた。彼は相変わらずやけに爽やかな笑顔を浮かべつつ、ルリから数メートル離れたベンチに腰をかけた。
その手にはカツサンドが握られている。少年はルリの昼飯が自分のと異なっているのを確認し、よし!とガッツポーズをとった。

しかし―――

ルリは少年が口を開くその前に食べかけのホットドックを包みなおし、立ち上がった。一人で食事をしたいから、場所を変えるつもりなのだ・・・が・・・
少年もカツサンドを食べかけたまま立ち上がったではないか?
まさかついてくるつもりなのだろうか?

「ついてこないで下さい」

ルリは言った。すると少年は・・・

「偶然別の場所で食べようと思っただけだよ、うん!」

説得力ゼロの返事で返してきた。

「・・・・・・・・・」

『この少年になにを言っても無駄。』
ルリの聡明な頭はそう判断した。移動するのをあきらめて、ベンチに座りなおす。

「やっぱりここで食べる事にしたよ、うん!」

少年もまた座る。そして付け加えるように一言、

「偶然だからね?」

「・・・・・・・・・」

ルリはため息をついた。
そして少年との会話の中でまた例の違和感を覚えたのである。





「さあ、始めろ」

「はい」

人間の行動は、大別すると『はい』と『いいえ』の二つに分けられるとルリは思う。
どんな人間も、あるときは肯定し、あるときは否定して生きるものだ。
自分が人間ならば、『はい』と『いいえ』の選択肢を持っているはずだと思う。

しかし、自分はこの研究者達に『いいえ』と言ったことは今までに、一度もない。

「今日の実験は終わりだ」

「はい」





<三日目>

今日もまたルリは昼食を買う。今日はサンドイッチだ。
ベンチに座る前に辺りを見回す。例の少年は・・・居ない。

安心した反面少し拍子抜けしてしまった。

「そして何故か寂しいと思った。どうしてだろう、しつこいと思っていたのに・・・うとましいと思っていたのに、何故こんなにも寂しいのか・・・」

ルリはひょいとベンチの下を覗き込む、そこには例の少年が居た。

「『どうして私は寂しいの?まさかこれは・・・恋?』」

「勝手なナレーションを入れないで下さい」

「うどわ!!」

ガツン!「げふ!!」

ルリの声に驚いて、少年はベンチに頭をぶつけた。少年は悶絶している。
しかし立ち直りも早い。ベンチから素早く這い出し、そしていつものセリフ

「やあ奇遇だね、一緒にお昼食べない?」

・・・ここまで露骨な行動をしておいて、ぬけぬけと『奇遇』だと言える辺り結構大物かもしれない。
しかし、何故ベンチの下にいたのだろう?

「そこで何をしているんですか?」

「い、いや、毎回同じ登場の仕方だと飽きられると思って趣向を変えてみたんだけど・・・」

「・・・馬鹿?」

「はうあっ!!」





「さあ、始めろ」

「はい」

もし自分がこの実験に対し、『いいえ』といったらどうなるだろうか。
恐らくはなにも変わらないはずだ。どうせ平手打ちの一つでも飛んで来た後に『はい』と答えたときと同じように実験が続けられるだろう。

「今日の実験は終わりだ」

「はい」

『いいえ』と答えても仕様がない。だから彼女は『はい』とだけ答える。





<四日目>

「やあ奇遇だね、一緒にお昼食べない?」

「嫌です」

「・・・・・・」

今日のお昼はハンバーガー、ベンチに座って食べている。

「ちなみに今日は通風孔の中からの登場でした」

「そうですか」

「反応薄いなあ、大げさに驚いてくれるのを期待したんだけど」

少年は通風孔から這い出して、ルリの隣に座る。
そのまま懐からハンバーガーを取り出し、瞬く間に食べ終わる。

「ところでさあ」

質問してきた。

「僕って迷惑?」

「迷惑です」

「うわ・・・即答ですか」

少年はがくっとその場に突っ伏した。

「――――――迷惑なら何で怒んないかなあ――――――」

「何か言いましたか?」

「いんや」

少年は見を起こし、ん〜〜っと伸びをする――――っと・・・

ぎゅるるるるるるるるるるる・・・

ものすごい音があたりに響いた。音源は少年のお腹。
少年は罰の悪そうに顔を赤くする。
その顔を見たルリは何を考えたのか、自分のハンバーガーを一つ、少年に差し出した。

「どうぞ」

少年はびっくりした顔でルリを見た。彼女が自分から話し掛けてきた事は今までなかったからだ。

「食べないんですか」

「いいの?」

「今日は二つも入りません」

「食べます食べますいただきます

少年は嬉しそうにハンバーガーを受け取り、食べる。
むしゃむしゃむしゃむしゃ
本当においしそうに食べる。

そんな少年を見ながら、ルリはまた例の違和感を覚える。

(これは・・・・何?)

ルリは首をかしげた。今まで感じた事の無い感覚。ただそれは不快な物ではなく、むしろ・・・





「今日の実験は終わりだ」

「はい」

実験も終わり、後は寝るだけ。寝たらまた同じ一日が始まる。
ルリは部屋に帰るため、廊下を歩きながら窓の外を見た。

外はもうすっかり暗い。ここからは中庭が見えるのだが、さすがに誰も居ないようだ。

いや居た・・・・・・例の少年である。

ルリは思わず立ち止まり、少年を観察した。 ここからでは少年が何をしているのか分からない。

(一体何を・・・・?)

気になった。なぜだか少年の事が気になった。

(気になる?何故?そしてあの違和感は何?)

ルリはそれから10分程、少年がいなくなるまで彼を見ていた。





<五日目>

「やあ奇遇だね、お昼一緒に食べない?」

いつもいつもいつも、お昼時になると同じセリフをのたまいながら人の迷惑も顧みず同席を求めてくるあの少年。

彼は今日は現れなかった。

「?」

始めはまたどこかに隠れているのだろうと思った。どうせまた新しい登場方法でも思いついたんだろうと。

いつもの様に昼食を買って、ベンチに座る。彼は現れなかった。

10分後、まだ彼は現れない。
ルリはやおら立ち上がり、まずベンチの下を覗き込んだ。それから次に通風孔の中を覗き込んだ。
馬鹿らしいとは思いつつも、自販機の裏まで覗き込んでみた。
少年の姿は影も形も・・・・・・ない。

(馬鹿みたい)

自分は何で少年の姿を探しているのだろうか?気がつくと昼休みの時間はほとんどなくなっていた。この後は、またいつもの実験が控えている。
ルリは急いでベンチに座り、食事を始めた。

昼食は、何故かおいしくなかった。





毎日行なわれている実験。だが今日の実験はいつもと違っていた。
いつも実験を行なう場所は、一つの椅子を中心にたくさんの端末が取り囲み、それらが蜘蛛の巣の様に配線で繋がっているという部屋だった。
ルリは中央の椅子にすわり、周りの端末を操るのだ。
しかし、今日連れて来られた部屋は違った。蜘蛛の巣の様に端末が繋がっているのはいつもの部屋と同じ。だが、この部屋はいつもの部屋より一回り大きく、そして椅子が二つ、向かい合うように置かれていた。

「座れ」

疑問に思いながらも、研究者に命令されるままに椅子に座る。向かい側の椅子には既に誰かが座っているらしい。ルリは相手の顔を見て、そして大きく目を見開いた。

「!!」


そこにいたのは・・・・・・


「今日は『彼』と合同で訓練を行なってもらう。彼はお前の半分のスペックしか持たないが・・・・・・」

研究者が何か言ってるが、ルリはその言葉を聞いていなかった。


そこにいたのは・・・・・・


「しかしながら『彼』はお前と同等の処理能力を持つ。『彼』と訓練を行い、『彼』の技術を学べ」

ルリの目に映るのは、『彼』の紫色の髪、そしてその顔。
そこに居たのは、『あの少年』だった。

いつも笑いながらルリにつきまとい、馬鹿な言動や行動を繰り広げていたあの少年。


その彼が全く感情を見せず、氷の様な目でルリを見つめていた。





〜つづく〜






後書き

というわけでプロローグその2をお送りしました。無茶苦茶疲れましたが、こうやってHPに乗って、アンケート感想までいただくと、喜びもひとしおというものです。
投稿に当たって色々ご指導くださったRinさん、並びにSS小ネタ掲示板のみなさんありがとうございました。これからもよろしくお願いいたします。

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