【Machine Child】
通例、遺伝子治療を施された子どもに用いられる差別用語。成人にも用いられる。
稀に、精神や能力等に特異性のある子どもにも用いられる。
現代においてはWGO関係者以外の明細な遺伝情報の閲覧は禁止されているが、 患者の要望があれば病院等の担当医師を経由して通達されるため、 情報の漏洩や売買が昨今問題となっている。
また、遺伝子治療は高額の設備と高い技術が必要とされるため、治療の9割以上をNERGALグループが行っているのが現状である。


【Machine Child】
IFSの開発と平行して立案された、IFSを用いた人材開発計画の名称。または、その人材そのものの呼称。
この人材には他と画一する高水準の知能を要求される上に、イメージ伝達の効率化を図るための概念の 形成や、幼少時よりナノマシンを用いた教育が必要とされた。 そのため、人材の自然発生に依存するのは不可能とされ、遺伝子操作が行われていた。
しかしながら遺伝子操作による人材開発の成果は芳しくなく、IFSも体内で微小機械が動き回るイメージが払拭されなかったため 市場を確保できず、 宇宙コロニーや火星等の開発区を除いては市場に出回らなかったため、研究の凍結が決定される。
また、計画の特に初期の段階では遺伝子操作の失敗が相次ぎ、ヒトとして成さないケースや、 IFS行使における重要なファクターである精神に不安定性が伺えるケースが多発したことから、 NERGALの医療・遺伝子研究関係者の一部の間では「心の無い機械の子ども」という皮肉を込めた意味合いで用いられている。












――――きおくそー失のゲン因?


ああ―――検査の結果、君の脳に損傷は見られなかった。事故による暫時の記憶障害の可能性も考慮したが、発見後 二ヶ月が経過したにも関わらず未だに回復の傾向が見られないという事は―――――


と、ゆーコトは?


おそらく、心因性のものだろう。


しんいんせー?


心の傷だ。


こころのキズ――――それって、なおせるの?


難しいな。精神というものは複雑だ。精神の拠り所は脳であるとされて数世紀、 思考を反映できるIFSが開発されている現代となっても、未だに精神医が幅を利かせている。 外科的治療法は期待できないな。


せー神かぁ。じゃあ、なおらないの?


そうだな。トラウマというものは完全には消える事はないと聞くし、 元より解決策を提示するのではなく解決策を出させるのが精神学なのだそうだ。 結局はやはり、自分の心の問題は自分で解決するしかない、という事だな。


ふ〜ん。


君は過去の凄惨な現実に耐え切れず、自己防衛機能を発現、そして記憶を深層に封じた。
だが、遅かれ早かれ、いつか必ず思い出す。
君が望む望まないに関わらず、いつか必ず―――――






















機動戦艦ナデシコ



風と共に舞う妖精



















夢を見る。



夢の最先はいつも同じ。
まばゆいばかりの金色の光。




夢の最先から続く物語はいつも同じ。
優しいお母さんに抱きしめられている。顔はぼやけて分からない。本当に大好きだった。
お父さんはいない。いつか逢えると、お母さんが優しく微笑んで言っていた。
お兄ちゃんはいない。今は違う道を歩いてるけど、いつか一緒に歩けるからとお母さんが言っていた。
妹が一人。まだ生まれてなくて、もうすぐ生まれてくる、大事な大切な家族。 お母さんとぼくと妹、家族は三人。そして優しい人達。

家は地中深くへと伸びる大きな背塔。子守唄とそよ風の音が聞こえる中、その底からいつも空を見上げてる。



空は広かった。
ほら、すぐ目の前は風が佇んでいる空なのに、何処までも何処までも続いていく。
光も無限と思えるほど空は広くて。
神さまも永遠と思えるほど、この空はずっと在った。

歌を歌うのも好きだった。
何時でも何処でも何度でも聞けるし、一人でも歌えるから。
でも、お母さんがよく口ずさんでいた歌を歌っていると、
いつもお母さんが哀しそうに聴いていたのをよく覚えてる。





夢の最後に続く物語はいつも同じ。
戦い。
空に蒔かれた破滅の種子。
何も出来ないのに、生まれたばかりのゼフィルスに乗って飛び出す。
侵蝕されていく身体を揮い、破壊して破壊して破壊し尽くす。
でも、止まらなかった。
自分すら守れない。
だから消えていく。
優しい人達も、大好きなお母さんも、何もかも。
大切なのに、失いたくないのに。
何もかもが消えていく。

だから、思った。






嫌。

イヤ。

いやぁぁぁッ!!

どうして!?どうして・・・・・・・

やだよ・・・・おねがい、やめて・・・・・

ああぁぁああぁあぁああぁぁああっ!!











だから、思った。

奪っていくものすべて。



















みんな!


みんな!!


死んじゃえばいいのに!!












夢の最後はいつも同じ。

まばゆいばかりの金色の光。








消える、消える。

何もかも。

自分さえも、消えていく。




















夢から目覚めればいつも、頬に涙。

でもこれは、夢。

ナデシコに来るまで見る事のなかった、夢。

火星に近づくごとにハッキリしていくだけの、夢。

現実じゃない。

夢だから現実じゃない。

現実なんかじゃ・・・・・・・・




















おかあさん・・・・・・・・・





















第五話


――――被造物の見る「夢」――――










ナデシコ内の医務室。

「風邪ですね」

「そうですか・・・・・・」

白衣に身を包んだ男性医師とルリが、イスに座って向かい合っている。

「おそらく、疲労がたまって免疫力が低下したんでしょう」

「・・・・・・みんな働かせすぎです。まだ11歳なのに、あれこれ何でもかんでも・・・・・・」

珍しく、そして自分のこと以上に憤慨するルリを見て、医師は苦笑する。

「ごもっともです。驚くほど仕事が速くて正確ですし、快く引き受けてくれますから、つい頼ってしまいます。愛嬌があり過ぎるのも考え物ですかね」

医師は読みにくい字でさらさらとカルテを書き始める。

「でも、実は身体的な疲労はほとんどないんです。今回問題になっているのは精神的ストレス」

「・・・・・・・」

「心当たりがあるようですね。・・・・・・ムリをする子なんですね、あの子は」

「・・・・・みたいです」

医師は書き終えたカルテを、看護師に手渡す。看護師はそのまま、薬を詰めに行った。

「ナデシコには専門のカウンセラーはいませんからね。皆かじった程度ですし・・・・・ま、記憶喪失の子のカウンセリングなんて専門でも難しいものですが」

コミュニケで隣の部屋のベッドを映し出す。子どもが一人寝込んでいる。

子どもの名はフェイ、11歳。線が細く顔立ちは綺麗に整っており、雪のように白く、淡く光ってるかのように綺麗な肌、 そしてそれによく似合う長い金の髪を肩の辺りで緩やかに結っている。少女のような容姿ではあるが歴とした少年であり、金色の瞳が印象的である。

今は苦しそうに、時折、咳き込みながら寝ている。

「・・・・とりあえず、今日は安静にさせておいて下さい。大げさですが面会謝絶で。 あの子の場合、下手に見舞いに来られてもムリするだけですから」

「・・・・医務室はダメなんですか?」

部屋に帰って、というような言い方だったので、疑問に思って聞き返す。

「ダメなことはないですが、気持ちの問題です。たまにですが、医務室にも人の往来はありますし・・・それに、あなたが医務室にずっといたら気を遣うでしょうが、自分の部屋ならそうでもないでしょう?」

「・・・・はぁ」

ルリは意味が分からず、曖昧に答える。それを察して、医師が付け加える。

「同室ですからあなたがずっと部屋にいてもあの子は気にしない、ということですよ。傍にいてあげてください」

「・・・・え。わたしが、ですか?」

ルリは驚いて聞き返す。

「心の病ですから。一人っきりにさせるわけにはいかないでしょう?」

「でも、わたしなんかじゃ・・・・・」

「そうですか?私はあなたが適任だと思っていますよ。同室なのもさることながら、 おそらくあの子が一番心を寄せているのはあなたでしょうし・・・・・それに、 下手に元気付けるより静かに傍にいてあげた方がいい時もあるんですよ。 でも、ナデシコのクルーは私を含めて落ち着きがないのが多いですからね。あなたが適任なんです」

医師は薬袋を持って来た看護師から薬袋受け取り、大雑把に中身を確認しながら、中身をルリに見せる。

「これが解熱剤です。で、これは抗生物質ですね。服用は毎食後。ごねると思いますけど、ちゃんと飲ませてあげてください」

「・・・・ごねるって、どうしてですか?」

ルリに疑問に、薬をしまいながら医師が答える。

「あの子には医学・薬学の知識もあるんですよ。然して必要ないなら薬なんて服用しない方がいいですし、 あの子は薬の服用に嫌悪感を示しますから」

薬に嫌悪感。その言葉がルリの思考を巡る。

「・・・・・・フェイさんが」

動揺が見て取れるルリを見て、医師は苦笑する。

「私も驚きましたよ。我々は医者ですが、基本的には専門の科以外のことに関しては看護師とそう変わりません。 実際、内科の私は外科手術なんて出来ません。ですがあの子は、専門の人間には一歩及びませんが、実に多岐に渡る知識を持っています。そして、それ以外にも――――」

カン違いに気づかず、医師は指で数えながら話を続ける。

「整備班の仕事も手伝っていますよね。聞けば、かなり重用されているそうです。さらにパイロットもやっていますし、料理もかなり出来る。生活班に聞けば家事関係もお手の物だとか。運動神経も抜群だそうですし、性格も器量も実に良い。・・・・もしあの子が女の子で、年が近ければ絶対に手を出してますよ、私」

医師は冗談っぽく、はっはっはと笑ったが、ルリは全く笑わなかった。どこか怒っているようにも見えた。医師は気まずくなり、頭をかきながら話を戻した。

「えー。何が言いたいのかというとですね・・・・・あの子は非合法施設の育ちだそうですが、皆さんが思っているほど酷いものでは無かったのではないか、ということなんです。むしろ恵まれた環境にいたんじゃないかと思います」

「・・・・どうしてそう思うんですか」

医師はどこか張りつめた声のルリに、真摯な眼差しを向ける。

「あの子の知識や技術、ムリヤリ教え込まれたにしては量的に膨大過ぎませんか?方向性がバラバラで、 意味の薄い技術・知識も見受けられますし、私には向上心や好奇心をもって得たものに思えます。さらに、 現在もそれらをもってクルーから知識や技術を得ようとしているように見えます。性格についても・・・・ まぁ、表面的なもので判断するべきではないのですが、普段から明るく、気遣いが出来ています。一般家庭でもなかなか、あそこまで育てられませんよ」

「・・・・・・・・・・」

ルリは、否定出来なかった。

「まぁ、逆に言えば異常でもありますけどね。それらの技術や知識をあの子の望むままに教えられる環境があの子の周囲にあったことが。 記憶喪失で、そうでなくとも不安定な6歳の子どもを5年育てながらあんな良い子に育て上げたことが。 ゼフィルスなんていう、現代の技術からかけ離れた強力な存在を従えているというのに」

薬の入った紙袋をルリに手渡す。

「ま・・・・あの子の過去がどんなものであったか、それを知る由は私にはありませんが・・・・少なくとも、ナデシコのクルーは落ち着きがありませんがいい人達ばかりです。施設育ちの異能の子を、優しく迎えている」

「・・・・あなたもナデシコのクルーじゃないですか」

怪訝そうに言うルリを見て、医師は微笑んだ。

「ええ。そしてあなたもですよ、ホシノ・ルリさん」

その医師の言葉に二つの意味があったことは、ルリには分からなかった。













ナデシコ内、医務室。

「・・・・・・ふぅ」

自室に帰るルリとフェイを見送った後、医師はため息をつきながらイスに座った。

「・・・マシンチャイルド、か・・・・・・」

そして額に手を当て、大きくため息をつく。

「お疲れ、シンヤ」

両手に缶コーヒーをもった褐色の肌の医師が現れ、イスに座る。そして机に一つ置き、もう一つを飲み始める。

「いや、参りましたよ」

シンヤと呼ばれた医師は苦笑しながら缶コーヒーを手に取り、一口飲んだ。褐色の医師は背もたれにもたれながら苦笑する。

「まぁなぁ。戦艦乗って最初の患者が腹に穴開いてる瀕死の重体で、結局仏さんになっちまったしな。 しかもその後は殺菌とバンドエードと湿布だけの退屈な保健医生活が一ヶ月」

「そして久々に来た患者は病気自体は大した事は無いのに、精神的に病んでいる。しかも無自覚ですよ」

肩をすくめるシンヤの様子を見て、褐色の医師は真面目な顔で訊いた。

「・・・・で、実際どうなのよ?フェイちゃんの容態」

「あれ?マツダ先輩ってちゃん付けで呼んでましたっけ?」

「・・・・茶化すなよ」

マツダと呼ばれた褐色の肌の医師は顔をしかめた。
しかし、マツダの真剣な目戦をかわし、シンヤは意地悪く笑う。

「茶化してなんかないですよ。至って真面目かつ興味津々な疑問ですから」

ち、とマツダは舌打ちした。それを無視して、シンヤは訊いた。

「で?なんでまた急にちゃん付けなんです?そんな医者に果てしなく似合わないゴツイ身体してるのに」

「いや・・・・・その、なぁ?」

褐色の肌でも分かるほど顔を赤くしながら、マツダは頬をかく。
とてつもなく不釣合いだとシンヤは思ったが、激昂されては話が聞けないので黙っている事にした。

「なんか・・・・・今まで遠巻きに見てるだけで話す機会なかったけど、この前話したらめちゃくちゃ可愛いくってな。 やっぱちゃん付けかなーとか・・・・・」

今のマツダは、例えるなら月輪熊がモジモジしているような異様さだろうか。
豪胆な性格と、ナデシコ内でゴートに次ぐ巨体から想像されるイメージから程遠く緩みきった顔をしている。

「・・・・・・はぁ。そんなイカツイ顔しててそっち方面もあったんですね、先輩」

「うるせぇ馬鹿。子ども好きと言え、子ども好きと」

「性的嗜好から単なる子ども好きまで、全部ひっくるめてロリコンとかショタコンって言うんですよ、今の世の中」

「ケッ、世も末だな」

「何時の時代も世は末ですよ」

「そりゃごもっとも」

マツダはぐいっとコーヒーを飲み干す。そして息をつきながら訊く。

「・・・・で、結構ヤバイわけだ?」

シンヤは肩をすくめる。

「とりあえず、夢という形で記憶を取り戻す兆候が現れているようです。 でも、私は専門じゃないですから確証はありませんよ。あの子の個人情報もほぼありませんし。
でも、少なくとも記憶を取り戻したら以前のあの子ではなくなると思います。 精神崩壊や人格の変貌、記憶喪失中の記憶の喪失、解離性同一性障害。どれもありそうで怖いですよ」

「確かに・・・・・それは怖ぇよなぁ」

予想はしていても、突きつけられると現実はかくも厳しくなる。 ナイフで刺される痛みの予想と、実際刺された痛みが違うように。

「ええ、医療班の面々にしか話せませんよ。ミナトさんは勘がいいですから誤魔化すのも大変です」

「あぁ、あの人面倒見いいからなぁ」

「ええ。ですからマツダ先輩、今の話は伏せといてくださいよ。あの子、他人の心の機微に敏感ですから」

「・・・・わかってるよ」

マツダは缶を手にとって飲もうとするが、さっき飲み干したことに気づき、舌打ちしてゴミ箱に投げ入れる。

「・・・・でも、おかしな話ですよね」

シンヤが誰に言うでもなく、小さくつぶやく。

「・・・・あの子の記憶喪失は脳の損傷によるものじゃない。 だからあの子の記憶喪失は明らかに精神性のもので、だから確実にあの子の過去は悲惨なものなのに。 だからこそ、自ら記憶を封じたのに。それなのに、今度は自分から思い出そうとしている。11歳にして機動兵器に 乗ってまで」

褐色の医師は、沈痛な面持ちでがしがしと頭をかいた。

「・・・・・・なぁ」

「・・・・・なんですか?」

「今の自分が消えちまうってさ、どんな感じなんだろうなぁ?」

もう一人の医師は、肩をすくめる。

「さぁ・・・・・死ぬのとたいして変わらないんじゃないんですか?」

「そうか・・・・・・・」

マツダは天井を仰ぎ、また深くため息をつく。

「・・・・・・なぁ」

「なんですか・・・・・?」

シンヤが横目で見ると、マツダは天井を見上げ、まぶしそうに手をかざしていた。そしてぽつりと、 誰に言うでもなく言った。

「・・・・・なんであんな幸せそうに笑ってんだろ」

シンヤは言った。

「・・・・幸せだから、でしょう」

















《2196年2月7日。来週はバレンタイン・デー♪》

こんにちは、フェイです。

今日は風邪引いちゃいました。ルリちゃんはお腹出して寝てるせいって言ってたけど、どうなのかなぁ?

今日でサセボ出港から一ヵ月ちょっと経ちました。

サツキミドリでは、ぼくはお留守番になっちゃったから、ここ一ヶ月実戦はずっとありません。

やっぱりでびるエステ、見たかったです。

映像見せてもらおうと思ったんですけど、格納庫でちょっと・・・・なんか・・・・うん。
メグミさんとかアキトさんとか・・・・・やっぱなんでもないです。

な、なんか熱いなぁ。顔火照っちゃった。く、空調効いてないのかな?





え、えーと。今、ナデシコは火星に向けて順調に航海中です。

敵からの遠距離攻撃がたま〜にありますけど、大した攻撃じゃないのでほんと平穏な毎日です。

でも、平穏って言っても色々ありました。

セーヤさん達と新エステフレームの設計始めて毎日お話したり、ルリちゃん食堂に連れて来るために四苦八苦してやっと成功したり、ホーメーさんやアキトさん達に知らない料理教えてもらったり、リョーコさん達にシミュレーターで毎日ボコボコにされたり。

毎日色んなことがあって、笑って、楽しくて、落ち込んで、たまに怒って、それでも楽しくて。

ほんと、楽しくって。・・・・あとちょっとで終わっちゃうと思うと、寂しいです。

・・・・・あ、あはは、今さらですよね。うん、分かってたのに何言ってるのかな、ほんと。

すごく幸せな思い出を一杯もらったんです、思い返すのは何もかも全部終わってからにしないと。

うん。そうですよね。全部終わってから・・・・・・何もかも終わってから・・・・・






















ルリとフェイの部屋。

「げほっ・・・げほっ・・・」

今はルリのベッドに寝かしてもらっているフェイ。そしてその傍にいるルリ。

「はぁ・・・・風邪、明日には治るかなぁ?」

「寝る時に布団蹴っ飛ばさなければ治るんじゃないですか?」

「・・・・明後日には治るかなぁ?」

「お腹出して寝なければ」

ピピッと音が鳴る。フェイの脇から温度計を取るルリ。

「38.4℃。さっきまで39℃近くあったのに、急に下がりましたね」

「ほんと?じゃあ、外出ていい?」

「ダメです。何言ってるんですか。36℃になるまでは外出禁止です」

フェイのおでこに冷却シートを貼るルリ。

「・・・・・う〜」

おでこが冷たいのか、うめき声を出すフェイ。

「今日はおとなしく寝ててください」

「は〜い・・・・ね、ルリちゃんはブリッジ行かなくていいの?」

「今日、お休みです」

「あ・・・・ごめんね」

「別にフェイさんの風邪とは関係ないです。前々から今日は休みになってて、別に行くところもありませんし、
風邪うつされるほど身体弱くないから部屋にいるだけです」

「・・・・そうなんだ?」

「そうです」

「・・・・ほんと?」

「ウソです」

「そっか・・・・ありがと」







「ね。ゲキガンガー見ていい?」

「は?」

「アキトさんから昨日借りたの。再生用のデッキも。だから見ていい?」

「ダメです」

「・・・・どうして?」

「わたしがイヤだからです」

「で、でも・・・・ルリちゃんヒマでしょ?」

「別に」

「むー・・・・見たいな〜」

「静かに寝ててください」

「はい」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・見たら、ダメ?」

「もう・・・・・・仕方ないですね」

「ありがとー♪」







《くらえっ!ゲキガンパァァァンチ!!》

「なんで叫ぶんですか?」

「武器選択が音声認識だから」

「音声認識でも、別に叫ぶ必要ないです」

「あ。ホントだね」

「意味不明です」

「でも、戦闘中は叫んじゃったりするんだよ?ユリカさんだって、撃て〜〜って叫ぶでしょ?」

「あんなには叫んでません」

「それもそーだね」







《ゲキガンフレアァァァァ!!》

「なんで三人同時押し、しかも失敗したら自爆なんですか?」

「必殺技だから・・・・かな?よくわかんないけど。リスクは憑きモノって言ってた」

「兵器としては欠陥極まりないですね」

「うん。そーだね」







《ハハハハハ!!これで地球征服も秒読み―――――》

「なんで地球狙うんですか?」

「なんかねー。前は暗黒ヒモ宇宙に住んでたんだけど滅びちゃったから、この宇宙に来て移住先として地球狙ってるとか言ってた」

「ヒモ宇宙って、真空の相転移前に存在したとされてるアレですか?」

「そう、アレ」

「・・・・・・よく分かりませんけど、宇宙を超える技術があるのに、地球の兵器一つ倒せないんですか?」

「うん」

《待て!俺達がいる限り、地球の平和は――――》

《小賢しいわ、ゲキガンガーめ!くらえ――――》

《ぐわぁぁぁぁ!くそっ、こうなったら――――》

「なにぃぃぃ!ぐわぁぁぁぁ―――――――――》

「・・・・・無理がありますよ、それ」

「うん」







《かくして、地球の平和はゲキガンガーによって守られ》

「なんで他の軍隊出てこないんですか。二号機とかもいませんし」

「造るのが大変なんだよ。技術とかお金とか」

「個人で造れるのにですか?」

「うん。すごいよね、博士」

「本当ですね」







《来週も、レッツ、ゲキガ・イン!!》

「何が面白いんですか、コレ」

「なんとなく」

ピッ

「あぁ〜〜〜〜っ!まだ次回予告終わってないのにっ!」

「もう耐え難いです。却下」

「え〜!?そんなぁ!?」

「てゆーか、かなり元気じゃないですか」

「ん、元気だよ。まだ熱38℃あるけど」

「まったく・・・・・・」








「あ、もうお昼ですね」

「うん、お腹すいたー」

「熱あるのに食欲はなくならないんですね」

「だって成長期だし、食べた方が元気になるもん」

「だからって食べすぎです。くいしんぼにも程があります」

「むー。ルリちゃんだってたくさん食べてるクセに」

「そんなことないです」

「えー?昨日、一人でラーメン2杯食べたのに?」

「1杯2分の1人前しかありませんでしたから」

「ほんと?」

「常にはらぺこ状態のフェイさんと一緒にしないでください」

「ほんと?」

「・・・・・・・・・」

「ほんと?」

「・・・・・成長期ですから」








「ん、じゃあごはん作るね」

「ムリしないでください。・・・その、わたしが作りますから」

「ダ〜メ。ルリちゃん料理したことないんでしょ?」

「・・・・・・・・まぁ」

「じゃあダメ。包丁だって刃物だし、危ないもん。それに、料理好きだからやりたいし」

「・・・・・そういえば、フェイさんって、いつ頃から料理始めたんですか?」

「6歳の時から。だから料理歴5年なのかな。色々教えてもらったから、施設の人に。今でもそうだけど、 フライパンとかお鍋とか重いの持てないし、台ないと背届かないし、かぼちゃとか固いの切れないから一人じゃ 料理出来なかったけど」

「・・・・・・・」

「あ、施設ではね、基本的に人員少なかったし、気分転換も必要だから当番制でご飯作ることになってたの。研究で生活リズム狂わないように、 出来るだけみんなでご飯食べるって決まりもあったし」

「・・・・・・・」

「でもね、みんな研究してる人達だったけど、料理すごく上手だったんだよ?世界中いろんな国から来てるから、料理も色々だったし。 みんな凝り性だったから滅多に手抜きしなくて、ご飯はおいしかったんだよ」

「・・・・・・・」

「でもね、あんまり人の往来のない場所だったから、食材足りない時も結構あったの。その時は現地調達 しなくちゃダメで、そのせいで作れない料理も結構あったんだけどね。 あ、施設の周りね、森だったの。地球用の環境ナノマシンで植生と生態系が狂わされた綺麗な森。 水も空気もすごく澄んでるの。でも、面白いんだよ?植物は気候を無視して色々大成長してて、 木の実とか果物とか野菜まで採れたし、動物も普通と違って肉食じゃなくなるの。 みんなはその森をマハノンって呼んでてね・・・・・・うん、箱庭のような世界だったのかな」

「・・・・・・そんな狭い世界を世界なんて―――」

「え?なに?ごめんね、火点けてるから聞こえにくい」

「・・・・・あ。いえ・・・・5年も作ってるからおいしいのかなって思って、フェイさんの料理」

「ありがとー。でもね、最初は失敗ばっかりだったんだよ?なかなかおいしくできなくて、でもずーっと練習して
出来るようになったの。今でもちょっと失敗したりするけど」

「・・・・・じゃあ、わたしも練習したら上手に出来るようになりますか?」

「うん。絶対に絶対」

「・・・・・・・・・じゃあ、まぁ、気が向いたらちょっとやってみます」

「うん!・・・・・でも、それならもうジャンクフードはダメだよ?」

「食べません。・・・・・フェイさんの料理の方がおいしいですし」

「ありがと、それすごい嬉しいな〜・・・・・そうだ、それじゃあ早速やってみる?」

「え・・・・いいんですか?」

「うん、いいよ。風邪引いてるから味覚弱いし、助けてほしかったの」

「じゃ、じゃあ・・・・・・ちゃんと見ててくださいね」

「うん、ちゃんと見てる」







「うん、おいしいね」

「・・・・・・ほとんどフェイさんが作りましたから」

「そーゆーコト言っちゃダメ。最初はみんなそんなのなんだから。最初から出来る人なんていないもん」

「・・・・・・そうですね」

「でもでも、おいしいでしょ?自分で作ったりしても」

「・・・・・まぁ、やった甲斐はありました」

「でしょ?じゃあ、これからも練習しようね」

「そう、ですね・・・・・・これからも」








「・・・・・えへへっ」

「・・・・なんですか?さっきからにこにこして」

「んー。なんかいいなぁ〜って思って」

「なにがですか?」

「こういう・・・・なんていうのかな、ルリちゃんと一緒にいるのが」

「・・・・・・・・・」

「なんか・・・・お姉ちゃんとか、お兄ちゃんとか、ちょっと憧れてたんだよね」

「・・・・フツー、妹とか弟じゃないんですか?」

「そおなの?」

「・・・・・・はぁ」

「あー。なにそのため息?」

「別に。最初に会った時は、もっと大人っぽいと思ってたのに、って思っただけです」

「そーなの?」

「そーです」

「じゃあ、もっと大人っぽい方が良かった?」

「・・・・・別に。今のままでも」

「いいんだ?」

「・・・・・いいです。今のままで。家族ができるなら、弟か妹の方がいいって思ってましたし」

「そっか・・・・・・・・・ぼくはお姉ちゃんかお兄ちゃんが欲しいって思ってた」

「そうですか・・・・・・」

「うん・・・・・・」

「・・・・・・・」

「・・・・・・・」

「・・・・・ルリちゃんにもぼくにも、両親とか兄弟、いないもんね」

「マシン・チャイルドですからね・・・・・遺伝子、血の繋がり、証明出来るものは何もありません」

「ルリちゃんは・・・・・・・お父さんとかお母さんの記憶、ある?」

「・・・・・・・・」

「・・・・・ルリちゃん?」

「・・・・・・・無いです」

「そっか・・・・・・・・ごめんね」

「・・・・え?」

「あ・・・・その。ほら、ぼく記憶喪失なだけで、記憶がないわけじゃないから・・・・・だから」

「・・・・いえ。わたしは・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・」

「・・・・・・・・」

「・・・・・フェイさんは、地球に戻ったらどうなるんですか?」

「さぁ・・・・・どうなるのかなぁ。分かんない・・・・・かな」

「・・・・・そうですか」

「ルリちゃんは・・・・?」

「わたしは・・・・・一応戸籍もありますし・・・・今回の件でお金も入りましたから、条件付きならネルガルから抜けられると思いますけど・・・」

「そっか・・・・・じゃあ、学校とか行けるの?」

「保護者がいませんから多分ムリです・・・・それに、少女一人で暮らすのは難しいです」

「そうだね・・・・・・・ルリちゃん料理出来ないし洗濯物の表示とか分かんないもんね」

「べ、別にやらないだけで・・・・出来なくはないんです・・・・・教えてもらえれば」

「うん。そう、だよね・・・・・」

「・・・・・・・」

「・・・・・・・」

「あ・・・・・・えっと、フェイさん?」

「なーに?」

「もし・・・・・・その、もしもですよ?もし自由になったら、どうしますか?」

「どうって言われても・・・・・うーん?考えたことないし・・・」

「今考えてください」

「え〜〜?・・・・・・絶対ムリな気がするんだけど」

「ダメです。ちゃんと考えてください。もし、なんですから」

「ん〜〜・・・・・?」

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・あ、そーだ」

「な、なんですか・・・・?」

「自由になれたら世界中回ってみたい。・・・・200以上国あるもん。色んな景色、 色んな人に巡り逢えると思うし・・・・自分の暮らしてる星だもんね。あーでも一ヶ月滞在して 200ヶ国だと16年と半年だよね?じゃあ3ヶ月だと50年?あはは、一生掛かっちゃうね♪」

「却下です」

「きゃっ・・・・きゃ、却下?なんで?どうして?」

「どうしてもです。もっと腰を据えてください」

「も〜。せっかくいいの思いついたのに・・・・・・」

「いいから考えてください。一生の計画じゃなくて。もっと近い将来とか」

「それじゃあ・・・・・シュークリームとお饅頭とチーズケーキと大福とか食べ――――」

「却下」

「・・・・・ど、どうして?」

「どうしてもです。そんなんじゃなくて、もっとこう・・・・・生活っていうか、家っていうか」

「う〜〜〜っ?生活ぅ〜?家ぇ〜?」

「ほら、フェイさん11歳じゃないですか?」

「うん。ルリちゃんもだよね」

「その通りです。同い年です。同じです。だから・・・・・・なんかないですか?」

「ん〜〜・・・・・?」

「・・・・・・・・・」

「ん〜〜・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

「ん・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・フェイさん?」

「・・・・・すー・・・・すー」

「はぁ・・・・・寝つき良すぎです」

























空を覆い隠すように乱立する高層ビル群。
その高層ビルの磨かれた鏡壁が、空を映し出している。
誰もいない無機質な都市。その中で、赤と黒のエステバリスが疾走していた。

「チッ!」

赤いエステバリスを駆るスバル・リョーコは、舌打ちしながら反転してショットガンを連射する。
一射で大量に射出される銃弾は、全弾フェイの駆る黒のエステバリスに当たらず、 周囲のアスファルトとガラスを砕き飛ばす。

「くぅっ!」

近接したフェイ機は、攻撃しているにも関わらず苦悶の表情で、大振りにナイフを振るう。
リョーコ機は後ろへ飛んだが、間合いを測り損ない、ナイフの切っ先が右肩の装甲を斬り裂く。

「んのッ!」

リョーコは左肩に集中的にフィールドを張り、フェイ機にタックルを仕掛け、突き飛ばす。

「ぅっ!?」

フェイ機は突き飛ばされ、たたらを踏みながら踏み止まる。

「げほっ!げふっ!・・・あ、は、ぁっ、はっ」

胃液を吐きながら、追撃しようとしてくるリョーコ機を見据え、ゆっくりとナイフを構える。

「・・・・・ったく」

機体ダメージは軽微にも関わらず、膝がガクガクしているフェイ機の様子を見て、リョーコは苛立たしげに攻撃を止める。

「やめだ、やめ!」




シミュレーションルーム。

「やっぱ無理だな」

イスにどかっと座り、リョーコはつぶやく。

「ま、あの体躯じゃね」

横に立っているイズミが、フェイの方に目線を向ける。

「げほっ・・・う、ぐ・・・」

「フェイちゃん大丈夫〜?」

「フェイ・・・・・・・」

ヒカルが咳き込んでるフェイの小さな背中をさすりながら、アキトと心配そうにフェイを見つめている。

サツキミドリの件の後、フェイが正規パイロットだと言うのを半信半疑で信じてから一ヶ月少々。 フェイは言葉の通りシミュレーションでは認めざるを得ないほどの好成績を叩き出したが、実戦モードにするとこれだった。
身体が機動についていかない、衝撃に身体が耐え切れない、そのせいで反応も持続力も機動も格段に落ちる。
そもそも機動兵器であるエステは子どもが乗れるような仕様にはなっていないし、エステに搭載されているような簡易的な重力制御 システムでは、慣性を殺しきれない。故に、雑魚相手ならいざ知らず、子どものフェイでは少し相手が手強くなった程度でも致命的になるのだった。

「限定的な強さ、か」

イズミがつぶやく。

「被弾一つで中身がくたばってちゃ意味ねぇよ」

「ま、身長は130cmもないし、体重も20キロそこらだし」

「よくやってる方、ってか」

ふん、と苛々した面持ちでリョーコは息をつき、立ち上がってフェイの傍まで行く。
そして、頭を乱雑にかきながら、気乗りしない顔で告げる。

「これで分かっただろ。確かにお前は結構やる、それは認める。でもな、さすがに ゼフィルスでも被弾時の衝撃までは殺しきれねぇだろ?ディストーション・フィールドだって完璧な盾じゃねぇしよ」

リョーコはため息をつく。
この状況で、何やらシャレを言って背後で笑ってるイズミとか。
この状況で、マイペースにフェイを介抱しているヒカルとか。
フェイが心配なあまりに訓練に参加しだしたアキトが、時折強い視線を送ってくるとか。
これだけ言っても、お前は無理、戦わさない、と最後の言葉を言っても挫けないだろうフェイとか。
正直に言うとかなり可愛がってるフェイを痛めつけてる自分とか。
色々と重いなぁと思いつつ、ため息をつく。

「・・・・・まぁいい。今日の訓練はここまでにしようぜ。イズミ、ヒカル。風呂行くぞ」

「あれ?今日はこれでお終いにするの〜?」

いつもより短いね、とヒカルが言うと、リョーコは言った。

「ここんとこハイペースで訓練してたし、たまにはサボってもいいだろ。・・・・・フェイも、風呂行くぞ」

「あ、うん・・・・・・」

フェイは緩慢な動きで立ち上がる。だが、今にも倒れそうなほどに膝がガクガクしている。やはり、リョーコに すればただのタックルだったが、フェイには相当効いたらしい。

「・・・・ああもう、ったく。しょうがねぇな」

「あ、わっ・・・?」

リョーコはフェイを抱え上げた。・・・・・本当に、片手でも持てるんじゃないかと思うほど軽いなと思いながら。

「や・・・リョ、リョーコさんっ!歩けますからっ・・・!」

フェイはバタバタと暴れる。離れようとぎゅーっとリョーコの肩を押す。

「ごちゃごちゃ言うな」

リョーコは、ぐいっとフェイの頭を自分の肩に押し当てた。リョーコの経験からすると、フェイはこうすれば大人しくなるのだ。

「ん・・・もうっ・・・・ひどいよ・・・・」

拗ねた様子で、フェイはおでこをこてんとリョーコの肩に置いた。
なんだかんだで完全に身を預けたフェイを抱きながら、リョーコは苦笑する。

「ほんっと、リョーコってフェイちゃん可愛がってるよねぇ〜?」

ヒカルが笑いながら言う。だが、別にからかう風ではなかった。

「バッ、バカ。そんなんじゃねぇよ!ぶっ飛ばしたのオレだから仕方なくだなぁ・・・・!」

それでもリョーコは慌てて反論する。そしてふと立ち止まり、数秒してからゴホン、と咳払いした後、振り向いた。

「あー。そのー。なんだー」

リョーコの視線の先の、ちょっと置いてけぼりにされてたアキトが首をかしげる。

「あー・・・・・テンカワ」

「あ、ああ・・・・・?」

アキトにとって、フェイを抱きかかえたまま赤面しているリョーコがの姿は新鮮だった。思ったよりガサツじゃなくて 面倒見がいいんだろうか、と思っているとリョーコはこんなことを言った。

「その・・・・・お前もフェイと風呂来い」

「は」

アキトは固まった。1秒当たり5回くらい今の言葉を脳内で反復する。
そしてこれは、互いにタオルで身体隠すとはいえ強制的に女風呂へと連行されるフェイと風呂と言えばそれは女風呂で確定である。

「ち、違ッ!バカかバカこのバカ!」

真っ赤になってリョーコは叫ぶ。アキトの視界の奥の方で、イズミとヒカルが壊れたように笑っているのが見えた。
完全にバカ扱いされてる言い方には気づかず、アキトはちょっと考える。

「・・・・・・・あ。ああ!あぁ!」

意味を理解し、アキトは赤面しながらぶんぶんと頷く。

「ったく!」

リョーコは踵を返してずいずいと歩いていく。イズミとヒカルを追い越す時に思いっきり睨みつけながら、 もちろん二人ともそ知らぬ顔で受け流したが、リョーコはそのまま風呂へ向かっていく。

リョーコはちょっとだけフェイの素直さが羨ましかった。






男風呂。サウナルーム。

「ぶっ!?」

サウナルームに入るなり、アキトは吹き出した。鼻血ではない。

「?どうしたんですか?」

挙動不審のアキトを見て、フェイが首をかしげる。

「い、いや、何でも」

アキトは落ち着けという言葉だけを脳内で占めながら、中央にある大きな円形のイスに向かって歩いていく。

「よかった、アキトさんが来てくれて。ぼくいっつも一人だったから困ってたんです」

「あ、あぁ・・・・・」

おそらくいつも女子風呂なので性別的に一人、という意味だろう。アキトは曖昧に返事しながら、嬉しそうに笑っているフェイの横に座る。そして、ちらっとフェイの方を見る。

「・・・・♪・・・・・♪」

アキトが来たのが本当に嬉しいのか、ご機嫌で床に届かない足をぶらぶらと揺らしている。
そしてアキトの視線に気づいたのか、にこっと微笑む。

「・・・・・・・」

アキトはぎこちなく微笑み返しながら、視線を戻す。味気ないタイルの壁の方に。そして思う。
やっぱり女の子だ、と。
長い金の髪のまとめ方が女の子のそれとしか思えなかったり。
いつもは見えないうなじのラインとか、細い首とか。
何故かバスタオル巻いて胸とか隠してたり。
そこから覗く肩とか腕とか足のラインがすごく細くて、雪のように白かったり。
こうやって無言で佇んでいて、ほのかにピンク色した顔を見てるとやけに色っぽかったり。
肌を晒すのを好まないフェイがこうまで露出してい―――――

「・・・・・アキトさん?」

「・・・・え。あ、ななに?」

まだ挙動が不審なアキトを見て、フェイはくすくす微笑む。

「変なの。もうのぼせちゃったんですか?」

「いや、別に・・・・・・」

アキトは頬をぽりぽりとかきながら、言った。

「なんか・・・・・・フェイ、やっぱ女の子らしくて綺麗だなーって」

「・・・・・え、あ」

かぁっと赤面してフェイは俯く。単に褒められてるからなんだろうけど、そういう反応をするから余計そう見える んだよなぁ、とアキトは思った。というか、男の子が女の子らしくて綺麗って言われて照れるものなんだろうか、とも。



・・・・・・・・・・・。



しばらく、アキトとフェイは無言で汗を流していた。

フェイはみんなで楽しく騒ぐのも好きだが、古色の日本人的な趣向を持ち合わせていて、静謐を好む。
フェイの年頃の子どもなら、普通はじっと無言で佇んむのは耐えがたいはずだが、フェイにはそれは該当しない。
変わり映えのない静穏な景色を眺めながら、ゆっくりとのんびりと時を過ごしていく事を楽しんでいる。
それに、金の髪と瞳だが、その綺麗に整った顔は日本人の血が少し混ざっているようにも見える。
それに、日本語は流暢だし、お風呂も好きで毎日入っているようだし、正座もする。
着物の着付けも知っているし、着物独特の歩き方も完璧だし、部屋では靴脱ぐし、布団で寝ている。
島国である日本の文化に完全に馴染んでいる所を見ると、日本に長く居たのかもしれない。

「フェイってさ」

アキトが唐突に言うと、フェイは顔を上げる。暑くて汗をかいていて頬は紅潮しているのに、涼しい顔だ。

「もしかして、日本に長く居たのか?」

「んーと・・・・・それ、機密になっちゃうんですけど」

フェイは唇に指を当てて思案する。秘密ではなく機密。肯定にして、知ってはいけない情報。

「まぁ、ちょっと調べれば分かることですよね。施設の場所は日本ですよ。だからぼくもずっと日本にいました」

機密情報をあっさりバラしながら、フェイは続ける。

「AAAって言っても、施設の場所自体はわりと有名なんです。環境ナノマシン実験地区って知ってますか?」

「ああ、少し聞いたことある」

アキトはナデシコ乗艦以前に、食堂で働いていた時に聞いたのを思い出す。

環境ナノマシン実験地区。緩やかになったとはいえ、積み重なった環境汚染が続く地球を、火星開拓に使用した ナノマシンを転用して浄化するための実験を行っている地区。
アキトが聞いた話では、地球浄化用ナノマシンは火星より圧倒的に複雑な地球の循環システムの解明が必要であり、 失敗すれば破滅の可能性があるため絶対失敗できない点から未だ実用段階に辿り着いていない筈だ。
そして、火星開拓と火星開拓用ナノマシンの開発を行ったネルガルが計画の主軸であり、 自らの私有地にて実験を行っているとも聞いている。

「その地区の最奥にあるんです、ぼくのいた施設」

「・・・・・え?でも、それっておかしくないか?そこってまだ実験段階で危険なんだろ?むしろ地区外への 拡散の危険が指摘されてるって聞いたけど」

「そんなことないです。メディアで流されてるのは大抵はウソですから。 浄化に限ってはもう完成してますし、拡散も無いです。・・・・でも」

「でも?」

「ちょっと生物に影響を与えちゃうみたいなんです。適応という進化の超促進っていうのかな。 植物は世界中のどんな種類でも植生とか無視してそこら中に爆発的に繁殖しちゃって、結果的には進化を遂げて別種の植物になっちゃう。 そして動物はその異常進化・繁殖した植物を食べるようになって、独特の生態系を創り上げるんです、牙や爪や角を持ったまま」

「・・・・・それ、人間に影響はないのか?」

「肉体的にはほぼ無いです。ただ、精神的影響はあります。なんかリラックスしちゃうそうなんですけど」

それは多分いいことですよね、とフェイは言った。

「なんだか・・・・・不思議な世界だな」

「うん。不思議で綺麗な、箱庭のようなお伽噺のような世界なんです」

フェイは目を閉じながら、夢を見るような表情で天を仰ぐ。

「お伽噺・・・・・か」

フェイの姿を見つめながら、アキトは思った。そうするとフェイはおとぎの世界から飛び出してきた幻想みたいなものだろうか。だとすると――――

「妖精・・・・かな、フェイは」

「・・・・え?」

ぽかんとした表情で、フェイは振り向いた。

「あ、いや。お伽噺の世界から来たんなら、フェイだってお伽噺の世界の住人だろ?だったら妖精がピッタリかなって。 ほら、見た目女の子だし。歌ったり踊ったりするの好きだろ?それに・・・・・なんていうのかな、 フェイってちょっと幻想的って言うか、そういう雰囲気あったりするから」

言ってて少し恥ずかしくなり、アキトはあははと照れ笑いしながら頬をかく。

「でもさ、本当に―――――」

アキトは言いよどむ。視線の先のフェイは顔を赤くしたまま、祈るように、嬉しそうに、痛みをこらえるように、胸に当てた両手をぎゅっと握っていた。

「―――――、そんなの」

「え?」

小声でフェイはつぶやき、両手を胸の前で握ったまま、じっと俯いていた。

「・・・・フェイ?どうした?」

「・・・・ううん」

ふるふる頭を振りながらフェイは立ち上がり、数歩歩いて立ち止まる。そして、大きく深呼吸する。

「――――フェ」

「もしもね」

アキトの呼びかけを遮るように、フェイはつぶやいた。

「もしも・・・・・・・・・」

フェイはそのまま黙り込み、十数秒ほどして、振り返った。

「あのね、もしも・・・・・・わたしが女の子で、アキトさんのこと好きだったら、どうします?」

「―――――え?」

振り返った儚い笑顔のフェイの姿は本当に。淡い幻光を纏った妖精のようで。
今にも幻のように消えてしまいそうだった。

「―――――――」

アキトは言葉を喉に詰まらした。なんて言えばいいのか分からない。フェイが何を思ってこんな事を 言っているのか分からない。何故そんな事を言うのか分からない。なにせ誰も知らないのだ。 否、深く知ろうとすればするほど、たとえば過去の話に触れれば笑顔が消えていってしまいそうで、 誰も知りたくはなかっただけだった。そんなことより今そこにいる笑顔を享受していく方がいい。 だから誰も知らない、誰も分からない。

否、そんな事はない。
本当に単純な答えがあるではないか。
何度も何度も思った事ではないか。
何故そうするのかは分からないが、簡単な理由があるではないか。
そう、それは誰もが思ったこと。

「――――フェイ、もしかして本当は――――」

女の子なのか、とは言えなかった。フェイが、それは天井から落ちた雫か汗か涙か、頬を伝っていたから。

「・・・・・・ごめんなさい。困らせるようなこと言って」

フェイは目をごしごしとふいて、えへへ、とムリヤリに笑った。

「――――――アキト、さん」

フェイはゆっくりとアキトに近づき、本当にすぐ傍まで近づき、正面からアキトの首に腕を回し、こつんとおでこを アキトの額に当て、ゆっくりとフェイは目を閉じ、祈った。

「善い日でありますように」

感じる体温。透き通ってとけて消えてしまいそうな雪肌、少し動けば触れてしまう淡いピンク色の唇。アキトの目の前で、輝く金の瞳が開かれる。

「ナデシコに来なかったら、こんな想いをすることもなかったのにね」

子どもほど無知ではなく、大人以上に知悉であり、大人ほど成熟してはいない、子ども相応に未熟な心。
フェイは、妖精を意味するFayという名を付けられたフェイは、妖精が如く微笑む。

「ここに来てよかった。逢えてよかった。―――――大好き」

フェイはスッと離れ、消えゆくように浴場を出て行った。

「――――――――」

アキトは手を伸ばした。

「――――――――」

誰にも届かなかった。



















格納庫。

普段、誰も用事が無いのでパイロットですらあまり訪れない場所。
当直で残っているだらけまくった整備班と、料理の試作品を持って整備班とゼフィルスに会いに来るフェイを除いて、誰もいないハズのここに小さな人影一つ。

「・・・・・・・・」

物陰からひょこっと顔を出したのはルリ。
きょろきょろと挙動不審に辺りを伺っている。

「ん?ルリルリか?」

後ろからの声にびくっと反応して、ルリは後ろを振り返る。
そこには、右手にケーキの切れ端を乗せた皿を持ったウリバタケが立っていた

「あ、ウリバタケさん・・・・?」

「珍しい、っていうか初めてだよな、格納庫になんざ来るのは。・・・・・お目当てはフェイか?」

「い、いえ。そういうんじゃなくって、単に連絡事項があって、でもフェイさんコミュニケ切ってるみたいで、どこにいるか分からなくて」

「ほ〜う?それでわざわざ足運んでんのか。ちょいと調べりゃ格納庫ってすぐ分かんだろうに」

「そうですけど、ヒマつぶしの散歩も兼ねてますから」

つまりフェイに会いに来たんだな、と楽しそうに笑いながらウリバタケはルリを通り過ぎ、歩いてく。

「フェイはこっちだ。でも、今はちょっとな」

ウリバタケの手招きに従い、ルリは後をついていく。

「ちょっと、ってなんですか?」

「んー、まぁ見りゃ分かるんだが・・・・・・・・あ、ケーキ食うか?フェイのお手製なんだが、 試作品で失敗作だからタダなんだと。でも型崩れしただけだからな、かなり美味いぞ?」

ルリに、右手に持ったチーズケーキを見せるウリバタケ。
失敗と言っても、ホントに見た目が少し型崩れしただけにしか見えない。

「わたしはいいです」

「そうか?美味ぇのに」

ケーキを手に取り、口に運ぶウリバタケ。あー美味ぇとかなり幸せそうな顔をしている。

「・・・・・それにしても、意外です」

「ん?意外って、何がだ?料理のことか?」

「それも含めてです。今日、あちこち探し回ってる内に色々とフェイさんのこと聞きました。 そしたら、褒めてばかりでした。あれが出来るこれが上手とか、可愛いとか足細いとか、そんなのばかり」

「非の打ち所が無いのが不満か?」

「不満じゃなくて、意外なんです。部屋にいるときはいっつもぼ〜っとしてて、気付いたら居眠りしてます。 朝だって全然起きませんし、髪も全然梳かしませんし、夜も髪乾かさずに寝ちゃったりしてますから。 大変なんです、ムリヤリ起こして髪乾かすの」

ウリバタケはそれを聞いてふーむと少し考えた後、くくくっと笑いを堪え切れないように笑った。

「・・・・・なんですか?」

不満そうにルリが訊くと、楽しそうにウリバタケは言う。

「そりゃあアレだ」

「は?アレ?」

「いや・・・・・しっかしまぁ、フェイも意外にアレだよなぁ」

「・・・・アレアレってなんなんですか?」

不満たらたらって感じでルリが訊く。

「そりゃあ・・・・・いや、まぁ秘密にしとくか」

「はぁ・・・?」

心底楽しそうに笑うウリバタケと対照的に、心底不満そうなルリ。

「ん・・・・・・さて、と」

ウリバタケは立ち止まり、目線で示す。
その先には、雄々しく立つゼフィルスの姿。 圧倒的な存在感を誇る、白妙の兵器。

「ゼフィルス・・・・・・が、どうかしたんですか?」

「いや、フェイがな、中に入ったまんま出て来ねぇんだよ。かれこれ3時間以上」

二人してじーっとゼフィルスを見つめる。

「一応訊きますけど、通信とか拡声器とかは?」

「一応やってみたが、ムリだった。通信は拒否。拡声器も役立たずだな」

二人してじ〜〜っとゼフィルスを見つめる。

「それって、もし中でフェイさんがヤバイ事になってたら、かなり一大事じゃないんですか?」

「そうなんだが。ゼフィルスにゃ近づけねーし。あまり騒ぎ立てるとゼフィルスが何するか分かんねーし。
・・・・・まぁ、本当にヤバかったらゼフィルスかフェイが何とかするだろうって思ってよ」

ふぅ、と息をつくウリバタケ。

「それに、実はこういうのは初めてじゃねーんだ。最初は俺らが騒ぎ始めたらすぐに出てきたけどよ、
事あるごとに長くなっていって、今じゃ3時間篭りっぱなしはザラだな。
中で寝てんのか何してんのか知らねぇが、誰にも言わねぇからな、あいつ」

ウリバタケはふぅっとため息をつき、踵を返して今来た反対方向に歩いていく。

「ま、そーゆーこった。あいつにだって秘密もあるんだろうし、無理に詮索すんなよー。
あー、あとゼフィルスにあまり近づくなよ。触られるの嫌いみたいだからなー!」

そう言ってウリバタケは角を曲がって姿を消す直前に、一言だけ言い足した。

「なんだかよ、口数が増えて表情もやわらかくなったな、ルリルリ」

そして、そのまま手を振って物陰に消えた。





「・・・・・・・・・」

なんだかよく分からないことを最後に言ってたウリバタケを見送った後、一人、ルリはゼフィルスを見上げた。
純白を基調とし、所々に青と赤のラインが入った躯体。輝く金色の瞳。
背後にある、スラスターが満載された細長い羽状の可変可動の六つのユニット。
被弾など念頭に入れてないような徹底的に装甲の薄い、細い躯体。
今もなお駆動しているからだろうか、並び立つエステが目に入らないほど強烈な存在感を放っている。
本当に生きているかのような、呼吸をしているかのような強大な存在感。

「・・・・・・・・・」

ウリバタケは放っておけと言った。淡白な気もするが、それは正しいのだろう。
誰にだって踏み込まれたく無い領域というものはある。
それに、ウリバタケはよくフェイに構っているし、心配もしている。
しかも機械に並々ならぬ関心を持つウリバタケがゼフィルスを諦めているくらいだ。
やはり、ゼフィルスという不可侵領域に踏み入るのは危険だ。

「・・・・・・・・・」

ゆっくりとゼフィルスに向かって歩み寄る。
ゼフィルスは微動だにしない。いつも接触を試みる整備班を振り払うが、それが無ければいつも静止している。
そして、フェイが来れば少しだけ動く。それだけの事だけ。
それだけの事が、5年という歳月をメンテナンス無しに存在してきた従者の日常。

「・・・・・・・・・」

ゼフィルスには意思があるとフェイは言った。意思とは目的を指すのか、自我を指すのか、自由意志を指すのか。
少なくとも、自分にはそれは理解し得る概念だった。
IFSを介し、オモイカネと意思疎通を行う自分にとって、高度なA.I.と人の精神との境界など曖昧なものだ。
だが、それでも、自分は現状ゼフィルスと会話すら出来ていない。
そう、ゼフィルスはあらゆる接触を拒んでいて、その心に触れられるのはフェイだけだ。

「・・・・・・・・・」

ルリはゆっくりと、手を伸ばせば触れられる距離まで近づく。
振り払う様子は無い。
バカな事をしているなぁと思った。
ウリバタケはそういう事をしない人間だと思って忠告に留め、目を離した。
自分もそういう事をしない人間だと思っていた。
それなのに今何をしているんだろう。

「・・・・・・・・」

手を伸ばす。
予想していた攻撃は無い。
触れてみると、硬いような柔らかいような不思議な感触がする。

「あ・・・・・っ?」

身体が宙に浮くような感じがする。
いや、浮いている。
足が離れ、ふわふわと水の中にいるような感覚。無重力だ。
そしてそのままゆっくりと上昇して行く。

「これ、は・・・・・・・重力制御?」

フェイがゼフィルスに乗ったり、落ちたりしても平気だったのはこれが理由だろう。
しかも、どうやら機体の周囲でも細かく制御出来るようだ。
機体剛性もこれで無視しているのだろう。
明らかに機動兵器という規格を超えた、たかが7mに過ぎない存在。
搭載不能としか思えない躯体に搭載された数多の機構が、11歳という子どもを強力たらしめている。

「・・・・・・・・・」

コックピットの前まで上昇すると、スッとゼフィルスが手を差し出す。
そこに足を乗せると、徐々に重力が戻っていって、遂には完全に1Gまで戻った。

「・・・・・・・・・」

不思議な感覚だ。ゼフィルスに引き寄せられている。
止まろうと思えない。
誘われるままに歩を進めている。

「・・・・・・・・・」

ふと、後ろを振り返る。
遠くからウリバタケ達数人が見ている。が、騒ぎ立てる様子も無く、談笑しながら見ている。
見えていないのだろうか。
いや、自分と彼らを結ぶ空間が揺らめいている。

「―――――映像?」

まさか。それはありえない。
確かにコミュニケやバーチャルの技術を用いれば可能だろう。
だが、機動兵器に映像を映し出す機能があるはずがない。
そもそも、艦内でのそういった類はオモイカネが全て掌って――――

「・・・・・・・オモイカネ?」

ハッとゼフィルスの顔を見上げる。
自分やフェイと同じ、金色に輝く瞳。

「――――――まさか」

自分がゼフィルスに接触できなかった理由。
オモイカネがゼフィルスについて答えなかった理由。
データの無いゼフィルスを認識できた理由。



「あなたは―――――」



ゼフィルスは問われるのを拒むように、コックピットを開いた。













ナノマシンを体内に注入することを忌み嫌うこの時代。

遺伝子操作を受けた者を改造人間と卑称するこの時代。


その姿を、果たしてどれだけの人間がヒトと認めるのだろうか。
心優しき人間は、人間だと言うだろう。
しかし、ヒトだと、完全に認識することなど出来るのだろうか。
果たして視覚に囚われるヒトが、その姿を見て、それでも。



たとえ、文字通り機械の一部になっていたとしても。















夢を見ます。

顔の見えない両親。

笑顔に生気の無い機械のような子ども達。

いつも同じ部屋。

水の音。

鳥カゴから出ても、まだネルガルというカゴの中。

まるで機械の一部としての生。

そんな中で風が吹く。

おでこを打って恥ずかしそうに微笑む、甘えんぼで泣き虫な小さな子。

いつの間にか心の中で大きな存在になっていく。

期限付きの家族、暫時の弟。

マシン・チャイルドが望む夢。

”ちょっと”が”ずっと”だったらいいのに。

”さよなら”が”またね”だったらいいのに。

夢が叶わないならせめて夢を見させてください。

ずっと一緒に笑い合える夢を。















星月夜

「・・・・・まったく、またすぐに寝て。ほら、フェイさん、寝る前に髪乾かさないと、また朝が大変になりますよ」

「う〜っ・・・・・だって眠いんだもん・・・・」

「ダメです。ちゃんとしないと、風邪引きますよ」

「・・・・・・ん〜っ」

「布団の上に座っててください。乾かしてあげますから」

「・・・・・うん」




ブォーーーッ

「あとちょっとで終わりますから、寝ちゃダメですよ」

「は〜い・・・・・」

「まったく・・・・・なんでこんな雑な手入れで、こんなに髪綺麗なんですか」

「・・・・・そんなことないよ、きれーじゃないもん・・・・・」

「綺麗です。普通羨ましくなりますよ、コレ」

「そんなことないもん・・・・・・」

「・・・・・・また、嫌な夢でも見たんですか?」

「・・・・・・うん、ちょっと。ごめんね」

「・・・・・・・・」

「・・・・・・・・」

「どうして・・・・・髪、伸ばしてるんですか?」

「・・・・・・願掛けてるの」

「願掛け、ですか?」

「うん。お願いが叶ったら切るの」

「・・・・・訊いてもいいですか?」

「訊いてもしょうがないよ」

「秘密なんですか?」

「ううん。そうじゃなくて、コレっていうお願いがないから」

「・・・・・お願いがないのに、願掛けてるんですか?」

「うん。・・・・・・」

「・・・・・そうですか」







夢と現実の境

スッと目を開き、起き上がる。
瞳から零れてる涙をふく。
今日の夢は、お母さんが撃たれた夢。
倒れながら、痛そうな苦しそうな顔で、でも優しい瞳をしていた。
そして、ガイさんと同じ感じに、床にたくさんの血が滲んでた。

「・・・・・すぅ・・・・すー」

隣にいる人の寝顔を見つめる。
そして、見つめながら目を閉じ、大事なものを抱えるように、自分の胸に両手を当て、ぎゅっと手を握る。
そして、そのままぽふっと寝る。
そのまま布団を思いっきり蹴っ飛ばす。
お腹を出す。
そして、目を閉じたまま、しばらくの間待つ。

ピピピピピピピカチャッ・・・・

「・・・・・ん」

隣のベッドで寝てた人が、目覚ましを止めた音。背筋を伸ばす声。

「・・・・まったくもう、また布団蹴っ飛ばしてお腹出して・・・・・」

呆れたような、どこか嬉しそうな、そんな声。

「フェイさん、朝ですよ。起きてください」

起こそうとする声。本当はもっと前から目覚めている。でも、起きない。目も開けない。
寝返りを打って、自分の顔が見えないようにする。

「・・・・・・もう」

呆れたような、どこか嬉しいような、そんな声。
布ずれの音。傍に誰かが寄り座る気配。誰かが頭を撫で、髪を梳かし、頬に掛かる髪を払い、頭や頬を撫でている感触。
もう一度寝返りを打って、ちょっと待って、撫でられるのを感じながら、ゆっくりと目を開ける。
目の前には、少しだけ、でもとても優しく微笑んでいる少女。

「・・・・・おはよぉ」

「おはようございます、フェイさん」

最後にもう一回だけ優しく撫でると少女は立ち上がり、洗面所へ向かう。
カーテンが閉まり、水の音が聞こえだす。
起き上がる。

「・・・・・・・」

頬に手を添える。
まだ、頬に撫でられた感触が残っている。

「・・・・・・・」

目を閉じ、大事なものを抱えるように、自分も胸に両手を当て、ぎゅっと手を握る。








自分が不幸とは思わない。
自分は幸せ。こんなに幸せ。
期限付きですぐに消えてしまうけど、
でも、
きっとまた幸せになれる。
そう。短い一生でこんなにも幸せを謳歌できるのに、どうして不幸になれる?
幸せ。こんなにも幸せ。
あとたった数日で消えてしまうけど。
これが最後かもしれないけど。
でも、
それでも、














――――被造物の見る「夢」――――








あとがき



妖精を指すFairyという言葉は、実は歴史的には割と新しい言葉です。

元はFay(フェイ)という言葉で、その時代の妖精は妖しい魔法を使う存在として恐れられていました。
ですが、後にアーサー王伝説などに登場した、エクスカリバーを授けたりアヴァロンへと向かう小船に乗った 妖姫モルガン・ル・フェ、湖の貴婦人ヴィヴィアン、湖の姫ニミュエなどは作中の初期では 妖精でしたが、後半では人間の魔法使いとして扱われるようになっています。

さらに、時代の流れの中で様々な物語りに登場してその恐ろしさを失わせていき、今現在に想像されるようなFairlyとなりました。
ですが、国によっては未だに悪いイメージを持っているようです。
それでも、世界的なイメージは概ね日本のそれと同一と思われます。


備考

今現在使われている妖精を表す言葉、FAIRYは、元は妖精の使う魔法の意です。

Fayの語源はラテン語のFatum(運命、宿命)であり、これが後に複数女性形のFataeとなり、
ギリシャ・ローマ神話の運命の三女神と同意語となります。

ギリシャ神話の運命の三女神とは、クロト、ラケシス、アトロポスの三女神。
Clothoが人間の生命の糸を紡ぎ、Lachesisが糸の長さを決め、Atroposが大鋏で切る役目を持ちます。
ちなみに北欧神話の運命の三女神は、ノルンと呼ばれる運命の司。
ウルズール(過去)・ヴェルダンディ(現在)・スクルド(未来)。


参考文献:妖精事典



・・・・・・・・・・


こんにちは、初めまして、とてつもなくお久しぶりです。忘れたのなら、それはきっと妖精のせいです。
一年振りに投稿です。2話ほど前にあった研究者の日記はちょい休業中。纏めてやろーと愚行&愚考中。
ちなみに、このSSは1024x768のサイズで読んだ方が読みやすいかもしれません。そうでないかもしれません。

で。一年振りなもんだからサツキミドリ編を飛ばしつつ調子こいて書いてたら100KB超えちゃったりして。
これはどーだろーと思って削除、削除、削除。
気づいたらこんなんなりまして。半分に分けりゃいいじゃんとゆーツッコミは今自分でやったので止めてください。
しかし、色々と影響されてるのが自分で分かるのも困ったものです。
どうも「妖精の語源」を紹介された辺りから、何かに貫かれてしまったようで。
あまり好きではなかった救いのない物語に惹かれつつあるようです。
さて、次回はどうなる事やら。


あと、上で述べましたがFayは妖精って意味です。名前に意味、ちゃんとあったんです。ちなみに初投稿時、
「カイトの姿って不明で名前も仮だし。年齢も再構成なら関係ないし。性格も作家次第だし。性別も(以下略」
とかゆーとっても現代っ子的な打算が働きつつも、結局カイトから外れすぎたためにオリキャラと相成りました。

ではでは、風と共に舞う妖精・第5話。お楽しみ頂けたならば幸いです。
それでは。いつ頃になるか分かりませんが次回にて。
事態はそろそろ急加速して行く予定は未定でご都合主義ビバです。







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