機動戦艦ナデシコ
風と共に舞う妖精
飛んできた「名無しの子供」
こんにちは、ホシノ・ルリです。
今日は民間の会社が建造したナデシコっていう
戦艦の就航の準備で来てたはずなんだけど・・・
軍の人も艦長もパイロットもみーんなバカばっか。
おまけに敵さんが襲ってきて、自称コックさんがただいま
ロボットで囮になって時間稼ぎ中。
はあ、いきなり前途多難な予感・・・・・・
「作戦時間は10分! とにかく敵をひきつけろ。健闘を祈る!」
ゴートは慣れた口調で作戦内容を告げた。
「・・・はあっ・・・はっ・・・はあっ・・・!」
いきなり敵のど真ん中に放り出されたテンカワ・アキトは恐怖と緊張で混乱していた。消えない過去のトラウマ。火星、木星トカゲ、助けられなかった人たち。
(私たちの命、あなたに預ける!)
ユリカの言った言葉がアキトを我に返させた。アキトの突然の出現に動きの止まっていた敵も照準を合わせ始める。
「きたねぇーーぞ!ちくしょーー!」
ぎりぎりのところで飛び上がり敵陣の背後に着地する。そしてそのまま敵のいないほうへ疾走する。
「そんな言い方されたらやるしかねぇじゃんか!」
「こらー!逃げるなー!」
「いえいえ、彼はよくやっていますよ。」
「うむ、見事な逃げっぷりだ。」
ヤマ(おい!)失礼、ガイの文句をプロスがなだめ、ゴートも同意した。確かに作戦内容と初操縦だということを踏まえれば悪くはないかもしれない。だがもちろん誰も素人一機でそう長く保つとは思っていないのでナデシコ艦内では発進準備が急ピッチで進められていた。
「注水8割方終了。ゲート、開く。」
「相転移エンジン、オーケーよ。」
ルリとミナトの報告を聞いてユリカは即座に命令を出す。
「ナデシコ、発進!」
アキトは敵を引き連れ疾走していた。だが空からも追われている以上、いつまでも逃げ切れはしない。
「ちくしょう・・・ちくしょう・・・ちくしょう・・・!ちくしょうぉぉぉーーー!」
「いい加減しつこいんだよぉぉーー!!」
振り向きざまにエステバリスのワイヤード・フィストを飛ばし、敵にぶち込む。いきなり反撃されたジョロは為す術なく吹き飛び、後続に激突、誘爆する。
「お、おおー、ゲキガンガーみたいだなー。」
戻ってきた腕をみつめ、敵を倒した自分とエステがゲキガンガーみたいに思えて、アキトは感動していた。そして空中から迫ってくるバッタと、ジョロを抱えたバッタをにらんだ。
「おおーし、やってやるーー!」
俄然やる気になったアキトは敵に向かい飛び上がり、両腕を二体のバッタに打ち込み破壊する。
「な、なんだ、おれって結構やれるじゃん・・・うわあっ!」
敵を倒し安心した隙に後ろから機関銃を撃ち込まれる。初操縦にしては確かに巧いが戦闘経験の少ないアキトには隙が多かった。たまらず体勢を崩したところにバッタの発射した多弾頭ミサイルが迫る。
「くっ・・・、くっそおーー!」
アキトはさっき破壊したバッタをつかみ、多数のミサイルに向かって投げ込み誘爆させた。そのまま被弾のせいで着地点がずれ、海に向かって落下していく。あわてて飛び上がろうとしたが、海に足がつく。
「う、うわっ、なんだ!?」
そこはナデシコのブリッジの真上だった。ナデシコはアキトのエステを乗せたまま海中から上昇し全身を現した。
「ま、まだ10分たってないぞ?」
「あなたのために急いできたの」
驚いたアキトにユリカがにこっと答える。
「目標、ほとんど射程内に入ってる。」
「よーし、目標まとめてぜーんぶ!てぇぇーー!」
ルリの報告にユリカが発令、グラビティ・ブラストが発射される。黒い閃光が敵を包み敵を爆炎と変えていく。
「目標9割方消滅。」
「やったぁー!」
ルリの言葉にユリカは喜んだ。でもすぐにはっとして聞き返した。
「あれ?でも9割方ってことはまだ残ってる?」
「はい、10数機ほど、遠距離からこちらに向かって来ています。」
ルリの報告にユリカは少し焦る。
「もう一度グラビティ・ブラスト発射用意!」
「無理よ。相転移エンジンの出力が弱すぎるわ。連射は無理。あと数分かかるわ。」
ユリカの言葉にミナトが返した。急発進と大気中にいるせいで相転移エンジンの反応は劣悪だった。
「じゃあ、ミサイル発射!」
「ミサイルは就航準備段階だったんでドックの中。現在搭載されていません。」
「・・・うそ・・・」
今度はルリが返し、ユリカが信じられないといった感じでつぶやいた。
「いやいや、まさかナデシコの所在が敵にばれるとは思っていませんでしたからな。もう少し作業を早めるべきでしたか。」
「ミスター、いまさら言っても仕方がないでしょう。問題はこれからどうするか、です。」
「グラビティ・ブラストは再発射まで数分。それだけ時間があれば敵は艦にまとわりついてしまい、広範囲破壊兵器としての意味はなくなる。ミサイルはドッグの中ですしな。」
「軍の応援もアテにできないでしょう。」
「ってことは、打つ手なしじゃないですか。」
プロス、ゴートののんきな分析にメグミがあきれて言う。
「就航したその日に落とされちゃうわけぇー?」
ミナトはあーあといった感じでつぶやく。
「ど、どうするんだユリカ!?」
「どどど、どうするのよ艦長!なんとかしなさい!」
ジュンは迎撃手段のない状況におろおろしていた。ムネタケに至ってはヒス気味だ。
「どうするんですか艦長!?」
「しょうがないから尻尾巻いて逃げちゃおっか?」
焦るメグミと軽口をたたく大人なミナト。そこに少し考え込んでいたユリカが答える。
「大気圏内のナデシコじゃ多分振り切れません。それに下手に逃げて敵が街に目標を変えちゃったら怒られちゃいます。だからフィールド張りつつ、街に被害が及ばないようエステで敵を引き連れ後退。アキト、ごめん!あとちょっとだけ囮になって!」
「む、無理言うなよ!けっこうやられてんだぞ!」
「なにぃーー!おまえエステ壊したのかぁー!?」
ユリカの指示にアキトが反発し、やられたという言葉に反応したウリバタケまでからんできた。 そしてこの状況に目を輝かしているバカ(ルリ談)一人。
「ふっふっふっ・・・。絶対的不利なこの状況。こんなときこそ、このガイ様の登場にふさわしい!よーし!ダイゴウジ・ガイ、出るぞぉー―!」
その刹那、ルリだけが感じた。
風が・・・吹いた気がした。
(・・・・・・風が・・・・・・吹いた?艦の中なのに・・・?何・・・このかんじ・・・?)
ありえない現象。密閉された航宙艦の中で吹くはずのない風。なにか不思議な、でも心地よい感覚。そして・・・・・・。
『必要ありません』
「なにぃ?誰だぁ―!?」
ガイが喜び勇んでブリッジから格納庫へ向かおうとしたところに聞きなれない声が響いた。驚いて全員あたりを見回す。
「外部からの通信です。モニターにつなぎます!」
メグミの報告に全員ブリッジ中央に表示された大きなモニターに視線をうつす。
『敵はこちらが引き受けます。下がっていてください。』
通信が切れた。だが鼻の頭まで覆う白いバイザーで顔は見えなかったが、声で明らかにわかったことがあった。だいぶ落ち着いた声ではあったが、高めの、少し舌っ足らずな感の残る声。どう考えても・・・
「「「「こ、子供ぉーー?」」」」
全員の声がハモったあとに爆音が響く。全員爆発の光をみつめる。爆発が連続して起こっている。だんだん爆発が近づいてきているようだった。
「状況はどうなっている!?」
「おい、なんなんださっきのガキは!?」
「おいユリカ!敵がやられていってるけど、どうなってんだ!?」
声を荒げるゴート、見せ場を取られわめくガイ、苦戦した敵が次々と消える光景に驚くアキト。
「敵を挟んだ向こう側から機動兵器接近。敵を殲滅しつつこちらへ向かっています。先程の通信はその機動兵器から。十中八九、乗っているのは先程のーー」
「まさか、子供が乗っているとは・・・」
状況をモニターに出し、淡々と説明するルリ。その途中で言葉を挟むフクベ提督。だんだん爆発が近づき、機動兵器の姿が視認できるようになった。
「おいおい・・・いったいなんなんだよ、あいつぁ・・・」
ウリバタケは口をぽかんと開けてみていた。他の人たちも同じようにみつめていた。
「まるで踊っているみたい・・・。」
「きれい・・・・・・。」
白銀の機体、留まる事のない滑らかな動き、時折発せられる何条もの光の帯。その軌跡に続く爆発の光。ミナトとメグミはその姿に心奪われていた。いや、その姿を見るすべての人間が釘付けになっていた。
「オモイカネ、データ照合、及び検索。・・・・・・該当する情報無し。・・・いえ、あります。」
ルリは機動兵器の情報を、見入りつつもオモイカネで探していた。
「どういう機体とパイロットなの?ルリちゃん。」
視線を動かさずにユリカが訊く。ユリカも見入っていた。
「細かい情報はありません。載っているのは機体の姿と機体名・・・ZEPHYRUS・・・ゼフィルス。」
そのときもうすでに戦闘は終わっていた。そしてあの子供から通信が入る。
『ナデシコの艦長さん、着艦許可をお願いします。』
先程との落ち着いた感じとは違い、明るく、幼さのある声だ。
「は、はい、どうぞ。あ、ルリちゃん誘導してあげて。」
急に呼ばれたユリカは戸惑いながら許可し、ルリは無言で誘導する。
(ナデシコのことを知ってる・・・ネルガルの人?)
「ちょっ、ユリカ、いいのか?あんな得体の知れない奴。」
「そうよ!敵だったらどうするのよ!?」
ジュンとムネタケは軍関係者ならある種、当然の反応をした。
「やる気ならとっくにこの艦はやられてます。わざわざ中から、しかも一人で来たりしません。それに助けてくれたんだからお礼はきちんと言わないと。っていうか、そんなの子供相手にかわいそうだよ。」
微妙な正論を言うユリカにジュンはフクベに意見を求めた。
「提督!」
フクベが口を開く前にルリが言う。
「大丈夫だと思いますよ。あの機体、ネルガルの所有になってます。パイロットの情報は不明となっていますけどネルガルの人だそうです。」
白銀の機体は誘導に従い静かにカタパルト内へ入っていった。
ルリは疑問に感じていた。名前、容姿をはじめ、パイロット情報はデータべースに全く無し。あるのは空白のその存在のみ。判断すべき情報が全くない、なのにオモイカネが認識してしまってる。ハッキングされた可能性は無し。つまり、オモイカネは断定すべき情報も無しに勝手に認識してしまっている。
(オモイカネ・・・あの人は誰?あなたはあの人を知っているの?)
オモイカネからの返答はなかった。
主なクルーは格納庫に集まっていた。そうでない者もモニターで見ていた。白銀の機体のパイロットを見るためだ。
「ミスター、あの機体、見たことがありますか?」
「いいえ。はじめて見るものです。ゴート君は?」
「初めてです。基本はエステの様に見えなくはないですが・・・。」
「ええ・・・。ですが・・・いやはや、これはなんとも・・・」
変わった機体だった。エステより一回り大きいようだ。にも関わらず細い印象を受ける。人の外形に近い流線型の外観。それに身長が高く大きめのわりに装甲はそれほど厚くないらしい。特徴的なのが背部の大きな細長い三対のパーツだった。羽のように六つ伸びている。これが大きく見える一番の理由だった。機体の手足よりもやや長い。正面から見てもはみ出している。
「では、あの子供はご存知ですか?』
「いいえ。ルリくんの話ではネルガルの人間ということですが・・・。」
「・・・・・・なにか?」
「全くの空白の情報にAAAのプロテクトがかかっていたそうです。おそらくネルガルのトップクラス、もしかしたら会長が関わっているかもしれませんな。」
「・・・・・・!?・・・そうですか・・・。」
「少なくとも、今まで表の世界で生きてきたわけでは無さそうですな。」
「あんな小さな子供が・・・・・・」
プロスとゴートはたった今収容された白銀の機体を見つめていた。
「ユリカ、さっきのパイロットは?」
先に回収され降りてきたアキトが訊いた。
「あー!ほんとにアキトだぁーー!ひっさしぶりーー!再会してすぐに助けてくれるなんてさっすがアキト、わたしの王子様!ユリカ感激ーー!」
「ち、ちがう!あれはその場の勢いで仕方なく・・・じゃなくて、質問に答えろ!」
「あ、えーとね、エステよりちょっと大きいから場所を確保するのに手間かかっちゃったみたい。あ、降りてくるみたいだよ。」
機体胴体部中心の装甲が静かに開きコックピットの内部が見える。中から静かにパイロットが出てきた。白く長い布をまとっている。マントのようだ。白いバイザーで顔はよくわからないが、背が低い。
「やっぱりどう見ても・・・」
「子供・・・・・・よねぇ?」
メグミとミナトはやはり信じられないようだ。当然といえば当然だが。異様な雰囲気の中、なんとその子供は5メートルはあるコックピットから音もなく機体から飛び降りてくる。そして・・・・・・・・・
ごんっ!!
着地の瞬間、足を滑らせ頭から転ぶ。手をつく暇もなくべちゃっと倒れ、ひょうしにバイザーが宙を舞い、音を立てて落ちる。
「あ・・・わりぃ・・そこ、さっき・・・油・・・こぼしちまったとこ・・・・・・」
ウリバタケが片言で謝るが、だれも聞いていなかった。全員がその場で凍り付いていた。なにしろ数メートルある高さから頭を、直にではないにしろ打ち付けたのだ。下手をすれば命にかかわる。この場合、まったく笑えない。
なにより、突然現れ助けてくれた神秘的な機体のパイロットの子供がこんな間抜けなことをしたのだ。ユリカも、ルリですら”バカ”と言う余裕もない。全員が真っ青になっていたが、子供がバイザーに手をのばして拾いながらゆっくりと起き上がる。
「・・・・・・痛っったぁぁーー・・・危ないですよぉ・・・そのままにしとくのはぁ・・・ううぅーー」
子供はおでこをおさえながら顔を上げる。すこし涙目だ。
「あ・・・えっと・・・はじめまして、と、こんにちは。本日付けでこの艦の配属になりましたものです。役割は簡単に言うと何でも屋・・・なのかなぁ?お値段次第で長期、短期を問わず、たとえば整備、コック、オペレーター、掃除、洗濯でも何でも。できる事ならなんでもやります。よろしく。」
こけたのが恥ずかしいのか顔を真っ赤にして自己紹介する。幼く小さいその姿。長く、後ろで赤いリボンで束ねた金髪、透き通るような白い肌、ひらひらした布の上からでもわかる細い体。そして、きれいなちいさな顔に輝く金色の瞳。気のせいか、顔つきが少しルリに似ている・・・?
「あ、えっと、よろしくね。わたしは艦長のミスマル・ユリカでぇーす!ぶい!さっきは助けてくれてありがとう!で、おでこ大丈夫?」
一番最初に気を取り戻したユリカが自己紹介する。
「はじめまして、よろしく。えっとおでこ、ちょっと痛いですけど大丈夫です。それと今日から自分の乗る艦ですし、守るのは当然ですよ。お気になさらずに。」
艦長らしからぬ自己紹介とそれに付いてきた言葉に、律儀に言葉を返す子供。どう見ても思いっきりぶつけていたが、平気そうなのでみんな気にしないことにした。
「そーだ!わたしのアキトも含めて新入りさんが二人もいるんだし、みんなお互いにちゃんと自己紹介してないし、この際みんなで自己紹介しちゃいましょう!」
急にユリカが思い立つ。必要なくはない、が、学生気分が残っているようだ。元々そういう性格なのかもしれないが。
「じゃあアキトから!」
「お、おれ!?えっと、テンカワ・アキトです、さっきは勢いでパイロットやってたけどコックが本業、みんなよろしく。」
「わたしは操舵士のハルカ・ミナト、ミナトでいいわよ、よろしくね。あ、それとお嬢ちゃん、さっき艦長も言ってたけどさっきは助かったわ、ありがとう。」
「あ、いえ、ど、どういたしまして。えと、それで・・・あの、ぼく、少女じゃなくて、少年なんですけど・・・。」
「「「「「は!?」」」」」
全員が耳を疑い聞き返した。状況に戸惑いながらも少年は繰り返す。
「いや・・・えっと・・・だから、男の子です、ぼく。」
「ぬぅぅわぁぁにぃぃ!?男ぉぉぉぉ!?」
一際大きな声を出すウリバタケ。他の人も唖然としている。ミナトが間違うくらいだ。全員が女の子と思っていた。ルリとの美少女投票の対抗馬の出現を喜んでいたウリバタケ以下整備班は真っ白になっていた。すでに後ろのほうで投票用紙を作成中だったようだ。
「ばかばっか。」
ルリだけはなぜか気づいていたようだった。一番人生経験が少ないはずだが。
「へぇ・・・男の子なんだ?・・・ごめんね。」
「いえ、今まで何度かありましたし、いいです。」
ミナトは顔をよく見ながら謝罪した。苦笑して言葉を返す少年。
「どう見ても女の子なのにね。」
「ちくしょう・・・犯罪だぜ・・・ありゃあ・・・」
メグミとウリバタケがつぶやく。内心全員が同じようなことを考えていたが、そのまま自己紹介が順々に続いていく。この順応力はさすがだ。そして最後の一人。
「オペレーターのホシノ・ルリです。11才です。よろしく。」
「あ、同い年なんですね。こんにちは、よろしくホシノさん。」
「ルリでいいです。あと敬語も必要ありません。」
「え?でも・・・・・・。」
「ミナトさんやメグミさんも言ってたでしょう。名前でいいです。それに同い年なら敬語はいりません。」
「じゃあ君も敬語やめて普通に話そうよ、えっと・・・ルリ・・・ちゃん。」
はっとして、顔をうつむけるルリ。こういうのは初めてだった。同い年の子、普通にしゃべろうと言われるのは。
「え・・・ずっとこの話し方だったんで・・・すぐには・・・無理です。」
「あっれー?どうしたのかなー?ルリルリ?」
明らかに動揺しているのに気づいているミナトはにこにこしながらからかった。
「なんでもありません。それより質問があります。」
ルリはミナトにからかわれまいと話題を変え、少年に質問する。
「あなたは・・・だれなんですか?オモイカネに聞いても、あなたについてなにもわかりませんでした。それ以前に、あなたはまだわたしたちに名を名乗っていません。」
真面目な質問だったが、あるバカ(後日ルリ談)がただ名前を言ってないだけだと解釈してしまった。結果的には答えが返ってきたが。
「そういえばそうだね、ねぇ、君の名前はなんていうの?
最初に自己紹介をしたユリカがたずねる。だが少年は顔を曇らせうつむく。
「・・・いえ・・・その・・・じつは、名前・・・ないんです。」
「え、どういうこと?」
メグミがきょとんとして訊く。さらにうつむく少年。
「6才以前の記憶がないんです。気づいたら火星にいて、そこにいたネルガルの人に引き取られました。検査の結果、結局ほとんど何もわからなくて。持っていた物もあまりありませんでしたし・・・。
記憶喪失の原因は”飛んできた”せいで記憶がなくなったんだろうって。今まで関わり合いがあったのは数人だけで、その人たちからは名無しくんとか、記憶喪失くんと呼ばれていましたから。名前、必要ないからって。だから・・・名前・・・・・・ないんです。」
「ひどい話だな・・・。」
「非人道的じゃありません?ずっと名無しだなんて・・・。」
「苦労してきたのねぇ・・・・・・。」
ジュンとメグミ、ミナトが沈痛な面持ちでしゃべる。
「たぶんあの人たちなりのやさしさだと思います。すぐにきっと思い出すからって言う意味で・・・。」
その表情、その瞳は、暗く、悲しいものだった・・・。
「健気ねぇ・・・・・・。」
「いい子だな・・・。」
ミナトとアキトが優しく名無しをみつめる。
「でもなんで6才ってわかったの?飛んできたってどういう意味?」
ユリカが訊く。当然の疑問だ。
「年齢は身長や肉体年齢からの推定だそうです。飛んできたってどういう意味か訊いたら、うまく説明できないからっていわれました。嘘はついてないみたいでした。他の人と話してるの盗み聞きしてみたんですけど、わからないって言ってましたから。」
「じゃあ手がかり全くなし・・・なんだな・・・」
「大丈夫ですよ。いつか、きっと思い出せると思いますから。」
アキトの言葉に静かに返す名無し。しばらく沈黙するクルー。
「でもでも名前はやっぱり必要だよね!これからはみんなといるんだし!」
ユリカは雰囲気を変えるためか、ただの天然なのか思い立ったように叫んだ。
「そうですな、名無しではいささか問題が生じますし、わたしは艦長に賛成です。」
プロスも同意する。さすがにずっと名無しでは会計報告時などにもマズイと思ったのだろう。
「よおーーし!じゃあこのガイ様がつけてやろう!今日からお前の名はぁーーーー」
「却下だ。」
ゴートが聞く前から否定した。食ってかかるガイ。
「まだなんも言ってねぇだろーーが!」
「どうせアニメのキャラの名前だろう。それはだめだ。これから記憶が戻るまで、戻っても使うかもしれない名だ。 もっと真剣に考えろ!」
図星をつかれ、言い返せなくなるガイ。さすがに性格面無視で集めた以上、ネルガル正社員のゴートはある程度資料から性格を把握しているらしい。
「はーい、いい名前がありまーーす。カイトってどう?」
「へぇ、いい名前じゃない、何からとったの?」
ミナトは艦長もたまにはまともなこと言うのねぇ、と思ったが的外れだった。
「昔飼ってた犬!ユリカととぉーーっても仲よかったんだよ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・犬・・・ですか・・・ぼく。」
一瞬の沈黙の後、そこらじゅうでため息や呆れた声が聞こえ出す。
「おいユリカ!何言ってんだ!?さっきの話聞いてたか!?」
「そうだよユリカ、非人道的って言ってたのに犬はないだろ?」
「ええーー!?ジュン君にアキトまで―!いい名前じゃない。ねぇねぇこの名前いや?」
「いいえ。嬉しいです。ずっとなかった名前がもらえるんですから。」
「だめだよ、却下。ほかの考えよう。な?」
「は、はぁ・・・。」
「ええー!なんで?アキトのいじわる!」
そういうわけでみんなで名前を考えることになった。みんな自分の考えた名前を言い合う。
ミナト「あ、こんなのどうかな?」
メグミ「こうゆうのどうですか?」
ウリバタケ「いやいや、やっぱここはだな・・・」
プロス「こういったのはどうですかな・・・」
ゴート「これはどうだろう・・・」
ガイ「やっぱこれがいちばんだろ!」
アキト「これは・・?」
ジュン「これなんていいんじゃないかな・・・」
ユリカ「やっぱりカイトが・・・」
ムネタケ「センスがないわね、やっぱりここは・・・!」
フクベ「これはどうかな・・・?」
ホウメイ「これなんていいんじゃないのかい?」
フクベ、さらにはあのムネタケに至るまで、艦内中で名前の話で持ちきりになった。よくよく考えればかなり不思議な状態だ。
「ほんとに・・・ほんとにありがとうございます・・・。みなさんでこんなに一生懸命考えていただいて・・・・・・。」
名無しは涙ぐんでいた。会ったばかりの人たちがこんなに真剣に。それが何より嬉しかった。今まで一度たりともこんなことなかったのだろう。
「「「「「「で!!?」」」」」」
「え?」
「「「「「「どの名前がいいの!!?」」」」」」
「え・・・えっ・・・・と。」
いつのまにか、名前をつけた人は同じ部屋に住むということが本人の知らないとこで決まっておりお姉さま方は特に必死になっていた。着せ替え人形にされたりするのは明白だ。
お兄様方の一部(ウリバタケ以下整備班等)は妹のようなかわいい弟ができるってことで少しアブない必死さだった。300ちかい立体モニターと顔がすごい目でみつめていた。
その目に危ないものを本能的に感じた名無しはあらゆる対策方法を頭の中で練った。でも使えそうなのが思いつかない。
(どうしよう困ったそんな選べって言われても”どれ”とかより”誰の”がこの場合問題だよねなんか下手に選ぶと後が怖い気がするしじゃあ一番えらい人?艦長?でも犬だしここあんまり階級関係なさげでだからえっと実質えらい人ってだれ?いないみたいだよね?あれここ軍じゃなくても戦艦なのになんでえらい人いないのフクベって人はお飾りだからとかなんとかでじゃあまぁこの人ならいっかっていうような妥協してくれそうな人で妥協ってなんだっけ?それはだれなのかなわからなくてどうしよううれしいんだけどこまっててでもうれしくてこまってうれしくてあれ?)
「・・・・・・フェイって・・・・・・どうですか・・・?」
沈黙を破る声がしてその声の主を知ったとき、名無しは心の底から思った。ルリちゃん、助かった、と。
「・・・なんでフェイ?」
ミナトは意外そうに見つめながらあら探しをするため理由を聞いた。ルリはミナトと同室を以前断っていたので譲る気はないらしい。
「飛行の飛、飛ぶの飛、この漢字、中国語でフェイって読みます。ほら・・・飛んできたって言ってたし・・・今回わたしたちを助けにあの機体で飛んできたし・・・いつか、また自分のいた場所に飛んでいけるように・・・・・・って言う意味で。」
しばらく沈黙が場を支配した。だめといえるポイントがない。というか、11才の少女に大人げなくダメなんていえるわけがない。
「・・・あの、どうですか・・・?」
ルリは少し上目づかいに訊いた。ミナトをはじめとして、ルリの今まで見せたことのない意外な行動に驚いた。あまり他人に興味を示さないルリがこんなことをしている。
「・・・フェイ・・・・・・か。うん、ありがとう、その名前にする。」
”フェイ”はうれしそうに微笑んだ。
「あらためて、フェイです。これからよろしくおねがいします。みなさんで名前を考えていただいたことには、ほんとうに感謝しています。」
さまざまな人間が一瞬でさまざまな事を考えた。(ゴート)11才の子供同士、同室でも問題はないだろう。(ミナト)ルリルリも成長してるのかなぁ?(ユリカ)わたしはアキトと同じ部屋がいいなぁ。(メグミ)ま、テキトーな理由を言って部屋に引きこみゃいいのよね。(ウリバタケ)整備できるようなこといってたな・・・手伝いを頼めば問題ないか?(ルリ)わたし・・・どうしてこんなこと言っちゃったのかな?
「「「「「「よろしくーーーー!!!」」」」」」
みんなの声をそろえた、一部思惑のある歓迎に、フェイは微笑んだ。
「で!一段落したとこで、質問なんだがな。」
ウリバタケは一番訊きたかったことを訊いた。
「あの機体、どういうものなんだ?エステに増加装甲をつけたってわけでもねぇよな?エステの新型にしちゃあ設計思想からして違うしよ。いきなりまったくの新型を開発できるわけもねぇし。いちから説明してくれ。」
この質問には全員が少なからず興味を持っていた。人類初の実戦に耐えられる人型機動兵器、それがエステバリスのはずであり、その最新型がアキトがついさっき乗っていたもののはずだ。
「あー、それはですねぇ・・・・・・明日にでも簡単な資料持ってきてちゃんと説明しますよ。それより疲れたんで休ましてもらえませんか?みなさんも夜通し起きてたんでしょ?ドッグに収容して、あとはそこの人に任して休みましょ。」
いきなりの戦闘だったこともあり、みんな実際疲れていたのでこの意見に反対するものはいなかった。ウリバタケもちゃんと説明すると言われたので引き下がった。
そしてナデシコのドッグ入りの後、ブリッジにてフェイは訊いた。
「そういえば、ぼくの部屋って、急に来たけどあるんですか?」
「ふふふ、あるわよ、ちゃぁーんと。」
「ルリちゃん、案内してあげて。」
「はい、こっちです、フェイさん。」
ミナトとメグミが異様なくらいニコニコして笑う。フェイにはよくわからなかったがとりあえずルリについていくことにした。
「ここです。」
「ふーーん、ここかぁ・・・あれ?でも君の名前が書いてあるよ?」
「はい、ここ、わたしの部屋ですから。」
「・・・?じゃぼくの部屋は?」
「ここです。」
「・・・・・・え?」
「つまり、同じ部屋です。二人で一部屋、同室です。」
「・・・?・・・!?・・・・・・・!!?」
フェイは数秒間完全に固まっていた。思考回路がウイルスに感染したように混乱していた。
(え?なに?いま同室って言った?同質?動質堂室道失ドウシツ・・・同室?これってたしか同じ部屋っていう意味だよねじゃぼくはこの子と一緒に住むわけでここは一部屋区切りなしで自分の部屋とかスペース全くなくてベッド一つしかなくて二つ入れるには狭すぎてだから寝る場所どうしようって話でベッドどう考えても一人用でくっつかないと二人は無理でじゃなくて着替えどうするのっていうことで間違った事故もこーゆーバアイ起こりえる可能性が高くて同い年の子あんまり見たことないし真近で見るの初めてだけどルリちゃんってもしかしてすごいかわいくて)
「嫌ですか?」
「え!?あ、い、嫌じゃないじゃなくて・・・、えと、その、ほら!こうゆうのってまずくない?」
「なにがまずいんですか?」
「だってぼく、これでも男だし、それに一部屋しかないのに、着替えとか・・・。」
「着替えは洗面所のカーテンで隠せば問題ないです。」
「でも・・・・・・!」
「別に戦艦内で同室なんて、珍しいことではありません。それともわたしがいたら嫌ですか?」
「そんなこと全然ない!」
「じゃあいいじゃないですか。」
「あう・・・そうだね・・・でもどうして?戦艦でも客室とか、男同士の相部屋とかあるでしょ?」
「あなたに名前をつけた人の部屋に行く、ってことになってましたから。」
「・・・・・・。聞いてないよ、そんなの。」
「勝手に誰かさんたちが決めてましたから。なかへどうぞ。」
すこし渋っていたフェイだったが、口ではとても勝てそうもないので観念した。
「・・・うん・・・わかった・・・おじゃまします・・・っていうのも変かな?・・・・・・緊張するなぁ。」
「大丈夫ですよ、特に何もありませんから。」
これが、わたしとフェイさんの、ナデシコでの初めての出会いでした。わたしがベッドで、フェイさんが遠慮して布団をもらってきて床で寝ました。そのときはすでに朝日が昇ってたのでお昼頃まで寝て、起きた後に積み込みなどの最終チェック、発進したのは次の日でした。
フェイ「ぼくのチカラ、君のチカラ、誰かのチカラ。強かったり、弱かったり、全く違うものだったりでみんなバラバラ。それは仕方がないし、そのほうがきっといいんだと思う。でも人は強すぎても弱すぎても新しくても古くても嫌がるものなんだって。そーゆーわけでナデシコをいじめようって軍の人がどっかで決めちゃったんだって。ルリちゃん曰く、こうゆうのを前途多難って言うらしい。」
次回、機動戦艦ナデシコ・風と共に舞う妖精
ぼくたちの『道標』
強いチカラを持つ者の義務はあっても・・・権利はないんですね・・・・・・
作者の戯言
けい「こんにちは、はじめまして、作者のけいです。」
フェイ「フェイです。こんにちは。ところでけいさん、ぼくってオリジナルのキャラですか?」」
(以下、けい、フェイ交互)
「うん。そうやけど。」
「でもなんか、口調、カイトさんとかハーリーくんっぽくないですか?」
「そりゃあ性格とか年齢とか敬語とかで被っちゃうっしょ。しゃあないって。」
「書き分けできないんでしょ、ほんとは。カイトさんは?途中名前出てきましたけど。」
「痛いなそれ。んーー、おれカイトくんのこと顔も姿も実際のところ知らへんから。めんどくって。」
「それでぼくですか。アリなんですか?主人公オリジナルって。」
「さあ?これがサイトに載ったらアリやろな。」
「見たところ前例無しっぽいですよね。」
「まあな。まあ、無理やったらそんときゃ名前だけ変えればええんちゃう?ちょっと支障あるけど」
「はあ、いいかげんですね。けどぼくの扱いひどくないですか?転ぶ、女の子?とか」
「最後はいいやろ?ルリと同室に・・・」
「・・・あうぅ。で、でも、オリジナルの割に記憶喪失だったり、ルリちゃんと・・・だったりで、あんまり・・・」
「フェイ、顔真っ赤やぞ。そっか、オリジナル色薄いってか。でもナデシコAから同棲はないやろ?」
「そんなとこばっか・・・。11才なのに・・・。ほかのとこにもっと・・・」
「火星着いてからが本番。あとな、しばらくはその手の進展はないはずやから。フフッ。」
「なんなんですか、その笑みは。そおいえばあんまりぼくの能力とか経歴、触れませんでしたね。」
「まじめにやったらいろいろ長いからな。とりあえず次回はウリバタケさんの要望どうり・・・」
「ゼフィルスの説明ですか?でも完璧にはしないんでしょ?」
「他の秘密要素にひっかかるからな。まあ、次回とか以前にまず載る載らないかやな。」
「TVの”『男らしく』でいこう”だけでこれだけありますけど、20話以上する気ですか?」
「そこらへんはわからん。短縮したりするかもしれへんけど。」
「もぉ・・・無計画・・・次回の”ぼくたちの『道標』”、読んでみて下さい。」
「共通語って何気にむずくてつかれるんでここでは方言丸出しです。ごめんなさい・・・」
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