7月6日。

 土砂降りの中、一人の青年が傘も差さずに街中を駆け抜けていく。当然雨で全身ビショビショ、濡れていない場所を探すほうが難しいくらいだ。しかし荷物だけは濡れないようにとTシャツの上に着ていた上着で包み込むなどと気をつかっている。そうなると当然、上はTシャツ一枚である。

「は、はっくしょんっ!う〜冷たいッ」

 7月とはいえこの大雨の中だ。こうなることは容易に想像できる。

 今朝出かける時、同居中の少女に『傘を持って行って下さい』と念を押して言われたのを思い出す。その時はまだ降ってなく、降るまでに帰ってこれるだろうと考えていた彼は持たずに出かけ、この結果だ。

 ちなみにその少女とは血の繋がりはない。ならば同居ではなく同棲ではないかとよく言われる。言葉の意味としては同棲が正しいが、適当かといえばそうではない。確かにこの二人はお互いに異性としての好意を持っているが、それ以上に家族としての感情が優先されてしまうからだ。そんな進展のない二人を見て回りの仲間達はお節介と知りつつもついつい世話を焼きたくなる。

 進展のない二人でも、思い人の誕生日が近いとなれば話も変わってくる。今の彼はまさにその年に一度の機会をモノにしようと行動中である。

「――ちゃん、喜んでくれるかな?」

 青年は明日のことを考えながら家路へと足を急がせる。その足取りは明日への期待の為か非常に軽やかだった。

 だが彼には誤算があった。それは傘を忘れたことが明日にどのような影響をもたらすかを知らなかったことである。




ある絆のカタチ 作者:カニ缶´



 7月7日――七夕の日。

 前日の大雨が嘘のように思えるほどの青空。

 きっと今夜は天の川がよく見えることだろう。

 ここは軍の家族用の宿舎で、一室3LDKと二人で住むには十分だ。その中に『ホシノ・カザマ』という表札のかかった部屋がある。その部屋の住人の一人の少女は、今日は良い日になるだろう、そんな確信めいた予感を持って目覚めた。なぜなら今日はその少女――ホシノ・ルリ――の誕生日なのだから。だが――

「げほっ!げほっ!」

 その予感は隣の部屋から響いてきた咳によってもろくも打ち砕かれた。しかもその咳の主が彼女の思い人――カザマ・カイト――なのだから質が悪い。


〜カイトの部屋〜

「38.3度です」

 よりによってこんな日に、と愚痴を言いたくなるのを堪えながら温度を読み上げるルリ。

「……ごめん」

「だから昨日は傘を持って行って下さいと言ったんですッ!」

 ジト目で睨みながら言う。普段の冷静な口調と比べると少し強い口調だ。

「……本当にごめんッ」

 今度は地に頭を着けんばかりに謝るカイト。

 軍に属する二人は普段たいした休みが取れないこともあり疲労のたまり具合は本人達が自覚している以上である。そこにトドメの一撃の大雨。もし傘を持っていればと考えると言い訳のしようもない。

 それに只でさえ貴重な休み、しかも今日は彼女の誕生日なのだ。年頃の女の子であるルリが今日という日をどれほど期待していたかはカイトも理解している。そして何よりも自分のことを心配してくれている。カイトは謝りながらも、その心が嬉しくもある。

「まあ引いてしまったものは仕方がありません。今日一日大人しくしてて下さいね」

 しょうがないですねという風に微笑みながら部屋を出で台所に向かうルリ。そんなルリの微笑を見たカイトは風邪によるモノとは違う熱を感じた。

「ふぅ〜」

 許してもらえたことにより、安堵の溜息が漏れる。

「それにしてももう3年にもなるのか……ルリちゃんも随分と女の子らしくなったよなぁ」

 布団の中から綺麗な包装紙に包まれた小さな箱を取り出して眺めながらルリとのことを思い返す。

 初めて会ったときは余り感情を表に出さない子だと思った。それは只感情の表し方がわからなかっただけなのだとカイトは思う。その証拠にこの3年間、彼女は色々な表情を見せるようになった。怒った顔、泣き顔、笑顔、照れた顔、実に様々な顔を見せてくれた。そしてそれらの表情の多くは自分に向けられたものであり、もしそれらの表情が他の誰かに向けられたらと考えると、カイトは嫉妬する。例えその相手が自分の恩人であるテンカワ・アキトだとしても……。そんな自分の考えに嫌悪感を持つのも事実である。

 そんなことを考えながら本来の問題へと思考を切り替える。

「さてどうやって渡そうかな」

 その手には先ほどとは違う小箱が握られていた。


〜台所〜

 カイトがそんなことを考えている時、台所向かったルリは自分の作ったお粥を思った通りの味に仕上げることができ、満足そうな笑みを浮べていた。

(こういう時はやはり……私が食べさせてあげるべきなのでしょうか?)

 出来上がったお粥を運びながらルリをそんなことを考えていた。その考えを頭の中でより具体的に想像する。お粥をよそりカイトの口元に運ぶ。ルリが『あーん』と言うとカイトが少し恥ずかしそうに口を開き、お粥を食べる。それがなくなるまで繰り返されるそんな想像だ。

 カーッ

 ルリは自分の顔が上気するのを自覚し、その考えを振り払うように頭をぶんぶんと横に振る。

(やっぱり……私の柄じゃないですよね)

 少し冷静になったが、頬はまだ赤いままであった。


〜カイトの部屋〜

「カイトさんお粥作ってきました」

「あっ」

 突然現れたルリに驚き、慌てて小箱を握った手を布団の中に隠すカイト。

「如何したんですか?」

 そんなカイトの様子に怪訝な表情を向ける。

「なっなんでもないよ、うん、それよりお粥ありがとう」

「あっはい」

「いただきます」

「はい、ゆっくり食べてくださいね」

 ルリの返事を聞いてからお粥を口に運ぶ。少々薄味だがとても食べやすい。

「どう…ですか?」

 不安げに聞いてくる。

「うん、食べやすくて美味しいよ」

 安心させるように笑顔で答える。

「そうですか、良かった」

 この答えに安心したのか、微笑みを返す。その笑みを見てカイトはまた自分の頬が火照るのを感じた。

 食事を終えたカイトは風邪薬を飲んで眠り、ルリは自分も食事を取る為台所へと移動する。


〜夕方〜

「くはぁ〜よく寝たなぁ」

 体を起こして軽く伸びし、辺りを見回すと窓から差し込む光で部屋の中が薄い赤に染まっている。朝食後から今までということは6時間近く寝ていたことになる。なるほど随分と身体が楽になった。とりあえず熱を測ることにし、体温計を口に銜える。

 ピッピッピ

 暫くすると終了を知らせる電子音が鳴る。

「36.2度……よぉぉし!平熱だッ!!」

 カイトは叫ぶなり急いで普段着に着替え、外出の用意し部屋を出てルリを探す。するとリビングからテレビの音がする。どうやらルリは部屋にではなく、リビングに居るようだ。

 リビングに行くとルリはソファーに横になっていた。

「ルリちゃん」

「……」

「ルリちゃん?」

「……スゥ…スゥ…」

 微かな寝息が聞こえる。その表情はとても穏やかだ。

「寝ちゃったのか……そうだよね、ルリちゃんがんばり屋さんだもんね。そりゃ疲れてるはずだよ」

 そう言いながらルリの頭を撫でる。

「……ぅうーん……スゥ…スゥ…」

 少しくすぐったそうな反応が返ってくるが、また規則正しい寝息が聞こえてくる。

「もう少し寝顔を見ていたいけど……風邪ひいちゃうから」

 ルリの肩を軽く掴んで揺する。

「ルリちゃん……ルリちゃん起きて」

「…ぅうん…うん……あれ…カイトさん?」

「うん」

「だっダメです!寝てな―キャッ」

 急に起き上がろうしソファーから落ちそうになるルリをカイトは慌てて支える。

「大丈夫だよ、熱も下がったし。それよりも今から少し出かけない?」

「……でも」

「折角ルリちゃんの誕生日なんだから」

「はっはい」

 こう言われてしまったら流石のルリも断れるはずもなく、つい返事をしてしまう。


〜公園〜

 ここは軍の宿舎から歩いて数分程度の距離の場所にある公園。比較的木々の多い公園で上に対する視界は全くない、だが中央の噴水周辺の視界はよく、見上げればたくさんの星が見える。
 地上から見上げた星は宇宙で見るものとは当然違う。宇宙で見るものはその大きさに驚かされ、地上から見るものはその輝きに目を奪われる。もしこのたくさんの星が一度に降ってきたらそれはきっと恐ろしくも美しい幻想的な光景だろう。カイトはそんならしくもないことを考えながら、視線を空からルリに向ける。

「やっぱり来てよかったよね」

「はい」

 嬉しそうに微笑むルリ。

「あのさ……ルリちゃん」

「はい?」

「お誕生日おめでとう」

 そう言って綺麗な紙に包まれた小箱を渡す。

「えッ、私にですか?」

「勿論、ルリちゃんにだよ」

「カイトさん、ありがとうございます」

「気に入ってもらえるといいんだけど」

「開けてみてもいいですか?」

「うん、開けてみて」

 箱の中に入っていたものは蝶の飾りのついたペンダントだった。その蝶は細かい赤と青の石で飾られた大き目の羽を持つ美しい蝶だ。赤い石は七月の誕生石であるルビー、青い石は彼女の名でもある瑠璃石だ。

「どう…かな?」

「カイトさんありがとうございます。とても嬉しいです。でも何で蝶なんですか?」

「妖精の羽のイメージって、やっぱり蝶でしょ」

 カイトは少し悪戯ぽい笑みを浮べながら言う。それを聞いたルリは顔を赤く染めて俯いてしまった。カイトはそんなルリの頭を優しく撫ぜながら、もう1つの話に切り出すタイミングを計る。

 暫くしてルリが顔を上げた。その顔はまだ赤いが、ちょっと不機嫌にも見える。やはり子供扱いされたことに少し不満があるらしい。その表情を見てカイトは苦笑しながら、もう1つの話に切り出した。

「ルリちゃん……もう一つ大事な話があるんだ」

「大事な話……ですか?」

 カイトの何時もと違う真剣な表情から、ルリはその話の重さを感じ、少し不安になる。

「うん……大事な話」

「……僕たちは家族だよね」

「はい」

 カイトが何故こんな当たり前のことを聞くのかルリには理解できない。だが先程からの不安がどんどん強くなり、これ以上は聞くなと警鐘を鳴らす。

 そんなルリを知ってか知らないでかカイトは言葉を続ける。

「……でも本当の家族じゃない」

「!!!」

 自分の耳がおかしくなったのかと思った。だがそうではない。この言葉は目の前の男が発したものだ。この男から……この言葉だけは……絶対に聞きたくはなかった。この場から逃げ出したかった。でも逃げ様にも足が動いてはくれない。悲しくて心と身体が離れ離れになってしまったかのように足が言うこと聞いてくれない。泣きたい、でも泣けない。元々の性格からか、それともこの年頃の少女の持つプライドからかはわからない。ただこの場で子供のように泣きじゃくることができない自分がこれほど恨めしく思った事はない。そう目の前でアキトとユリカの乗るシャトルが爆破された時でさえ……。

 カイトはそんなルリの様子には気付かずに言葉を続けようとするが、余程言い難いことなのか口をモゴモゴ動かすだけで、ルリには言葉が届かない。そんなカイトの様子から、ルリはカイトの言おうとしていることが、つまりはソウイウコトだと思った。自分が今どういう顔をしているかは、わからないがきっと酷い顔をしているだろう、だがこんな顔は見せたくない。ルリは顔を下に向けた。――もしも彼女が冷静に今のカイトの表情を読み取ることができれば気付くことができただろう。自分の勘違いに……。

 もっともそんな勘違いもカイトが次に発した言葉が吹き飛ばしてしまうのだが……。

「だから本当の家族になりたいッ!」

「………………………………えッ?」

 予想外の言葉に言葉を失うルリ。顔を上げてカイトの顔を見た。その顔は湯気か出るかと思うくらい真っ赤だったそうな。そりゃぁもう見事な茹でタコ、いや、茹でカイト。どうでもいい話だがカイトって名前のタコがあったな、そりゃタコ違いか。

「だから……えっと……その…けっ…んして……」

「……」

 ほとんど言葉になっていない。がルリにはその言葉で十分だった。先程は泣きたくても泣けなかったのに、真逆の感情からか今度は自然と涙が出てくる。

「……ルリ、ちゃん?」

 だがカイトは返事がないので怒らせてしまったのかと思い謝る。

「ごっごめん、急に変なこと言って……」

「…ヒック…ちっ……違う……です」

「…ルリちゃん……泣いてるの?」

「…誰…の……せい…ヒック……で…ヒック…すか!」

「ごめん」

 声を上げて泣くのを我慢しているルリを見て、カイトはルリを抱きしめた。暖かい温もりに包まれてルリは安心したようにカイトの胸に顔を当てて小さな声を上げてないた。


「落ち着いた?」

「……はいっ」

 泣いた後の顔を見せるのが余程恥ずかしいのか、それを誤魔化すように睨む。そんな表情が少しおかしく、つい笑ってしまう。

「……なんですかッ」

「やっぱりルリちゃんはかわいいなぁと思って」

「なッ!」

 またまた顔が赤くなる。

「そっそれよりもさっきの話です!」

「誤魔化してる?」

「ちっ違います!」

 慌てて否定するルリ。そんな彼女を見て子供が好きな子をからかうのはこういう感覚だろうかなどと考えるカイト。だが実際に誤魔化しているのはカイトのほうである。やはり答えを貰うのが怖いのだろう。しかし覚悟を決め尋ねる。

「……それで答えを聞かせてもらえるかな?」

「はい」

 二人とも真剣な顔でお互いの顔を見る。

「私はカイトさんが好きです……その…愛しています。でも今は…カイトさんの気持ちに応えることはできません」

「……何故?」

「……怖いんです……大切な人を失うのが……」

 ルリの脳裏に三人の人物が浮かぶ。テンカワ・アキト、ミスマル・ユリカ、イネス・フレサンジュ。思い出を持たずにナデシコAに乗ったルリにとって、思い出を共有することのできた大切な人達、大切な家族。それを失ったことで彼女が受けた傷は決して小さなものではない。そして、それが二人の中の進展を妨げていたものでもある。

「まだ心の整理ができていないんです。そんなままでカイトさんに頼ったりしたら、私はカイトさん無しでは何もできなくなってしまいます。それじゃあダメなんですッ!」

「……」

「だから自分で乗り越える強さを持てるようになるまで、カイトさんに見守っていて欲しいんです。……私、我侭言ってますよね?」

「……いや、ありがとう」

「……えッ?」

「ルリちゃんがそれだけ真剣に考えてくれてるってわかったからうれしいよ」

「カイトさん」

「でもそれは期待しててもいいってことだよね?」

 ニッコリと笑って尋ねる。そしてカイトはルリを抱きしめ、顔を少しずつ近づける。ルリは目をつぶり、待つ。そして二人の影が重なり、離れる。時間にすればほんの数秒だが、二人の心を満たすには十分な時間だった。

「……バカ…」

 顔を真っ赤にし、小さな声で答える。

 また二人の影が近付き重なろうとした時――

 ぐうぅ〜

「あはははっそういえば朝から何も食べてないや」

 誤魔化すように苦笑するカイト。
「ふふふっ私もです」

 ルリもつられて笑う。

「どこかへ食べに行く?」

「あ、それなら私いい場所知ってます」

「うん、それじゃぁそこに行こう」

 左手でルリと手を繋ぎ、右手はポケットの中の渡せなかった小箱を握っている。だがそれは渡せなくなった訳ではない。ただ渡すのが先延ばしになっただけで、昨日よりも二人の距離は近付いたはずだ。まぁ少し残念だけど……。

「あっ先程の話で言い忘れましたけど……」

 突然、声を上げるルリ。

「何かな?」

「私の返事を待っている間は浮気はダメですよ。勿論その後もですが」

 ニッコリと笑いながら言う。カイトはその笑みにとてつもない圧力が込められているように感じた。

「……え〜と」

 汗が頬をつたって落ちる。カイトは以前オペレーターの女の子に誘われ、一緒に食事をし、それを見たルリに酷く睨まれたことを思い出す。彼女にすればそれは浮気扱いなのだろうか?

「カイトさん、返事は?」

「あ〜そのぅ」

「カザマ大尉ッ!」

「……了解しましたッ」

 二人の軍での階級は、ルリが少佐、カイトが大尉である。…………この男、職場でも家庭でも尻に敷かれるな、絶対に。




















 これから一ヵ月後、火星の後継者と名乗る集団による1つの事件が起こる。そこで彼女はまた1つ成長することになるが、それはまた別の話。

 そしてさらに三ヵ月後、その事件による騒動が一段落着いたとき彼女はカイトに1つの返事をした。その返事とは……。





Happy End






 どうも皆さん始めまして、カニ缶´と申すものです。

 いつも様々な作品を楽しく読ませて頂いています。

 このホームページと出会ったおかげ(せい?)で『カイトくんSS』にはまってしまいました(笑)。

 しかもソフトも買ってしまいましたよ。現在、7回クリアしました。

 やはり、カイトくんとルリちゃんいいですね。それで『ルリ×カイトSS』(今回のは『カイト×ルリSS』か?)書いてみましたが、やはり未熟なものでいまいちうまく書けませんでした。ルリちゃんのキャラ変わっとるし、七夕も誕生日もほとんど関係ないし(ちなみにナデシコSS書くの初めてです。ナデシコ以外のSSなら違うネームを使って2つほど書きましたが)。こういう甘めの話は読むの好きなんですけど、書くの苦手ですね。自分が話を考えるとちと暗めになってしまうので。

 こんな作品を読んでくださった皆様ありがとうございます。

 Rinさんこのような駄文を受け取って頂きありがとうございます。多謝。

 それでは皆さん、またの機会がありましたらその時もどうぞよろしくお願いします。





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