#2“juvenile” 沈黙に包まれたブリッジ。 電子音がそれを破る。 正面ディスプレイの画像が崩れ、意味をなさぬ幾何学模様となり、そして消える。 それは演習の終了を意味していた。 「オモイカネの総合評価………25点です」 ようやくのようにルリの声が響く。 「……あの」 何かを続けようとするルリ。だが、それをさえぎるように手をあげる艦長席の男。 白いコートと帽子。そして黒いサングラス。 ミカズチ・カザマは沈黙の底に。 機動戦艦ナデシコ MISSION 2 『蒼色』の旅立ち 艦長候補生の訓練航行開始から四日目。第一回目の戦闘シミュレーションは終わった。 「……初の挫折……というヤツですかな?」 「……聞こえますよプロスさん」 ブースシートの後方。前回航行時に特設された艦長席。 そこに俯くミカズチを遠巻きに、肩を寄せ合うプロスとサブロウタ。 ブースシートからミカズチの様子をチラチラと伺うルリと、さらにそれを伺うハーリー。 「………んっ」 意を決したように立ち上がるルリ。スタスタと艦長席へ歩み寄ると、そこで俯き続けるミカズチに話しかける。 「艦長!! いつまでも落ち込んでいても仕方がありません! ここは……って」 「ほえ?」 のそのそと顔をあげるミカズチ。 膝の上にあるのは、『ゲキガンガー公式ビジュアルガイドブック』。 「…………」 立ち尽くすルリ。固めた決意の行き場がなくなり、しょうがないので脱力してみる。 「……ああ、これですか。あてがわれた部屋に置いてあったんです。何気なく手にとって見たんですが、これがなかなか………」 「……と、とにかく!」 まだ若干力が残っていた。それがはけ口を求め、とりあえずミカズチの袖口をつかむ。 「来てください!! こっちへ!!」 引っ張りあげられるミカズチ。弾みで本が椅子へこぼれ落ちる。 「え……ああ……ちょ……」 左手をルリに掴まれつつ、右手を本に差し出しつつ連れて行かれるミカズチ。 「「…………」」 懐かしいものでも見るかの様な眼の、サブロウタとプロス。 「………『カイト』らしいとこ残ってんじゃん」 「………」 と、ダンっと立ち上がるハーリー。 「おう、どうしたハーリー?」 「………ちょっと、行ってきます!!」 早足で去るハーリー。 「なんだよ……一体?」 三者三様に、だが騒がしいのを見送るサブロウタ。 「そうですなぁ……」 艦長席へ歩き寄るプロス。 シートに置かれた『ゲキガンガー公式ビジュアルガイドブック』をそっとずらす。 『宇宙戦戦術論』。 「差し詰め……『ハードボイルド』……ですかな」 「あの……ホシノ少佐」 ミカズチの声で我に返るルリ。 彼の手を掴んだまま引っ張り続けていたことに気づく。 「……す、すみません」 手を放す。珍しく慌てていた。 「……いえ」 忘れていたようだ。このヒトは『カイト』ではなくミカズチ・カザマだということを。 「……ゲキガンガーのせいでしょうか」 「は?」 忘れてしまったのだ。彼が、その行動に、仕草に、言葉の端々に『カイト』を思わせるものを見せたことで。 「いえ。なんでもありません」 「……少佐はなんでもないとヒトの手を引っ張るのですか?」 「………」 大真面目な口調のミカズチと言葉に詰まるルリ。 「冗談ですよ。そう怖い顔をしないでください」 「……別に……」 今度はからかうような口調。どうも手玉に取られている。 「しかし、折角です。よろしければ戦術論について、私に教授いただけませんか、ホシノ少佐?」 「え? ……ええ。それは、構いませんが」 「助かります。おっと、しかし丁度お昼時ですね。どうですその前に食事など?」 「………一緒にですか?」 何故か身構えるルリ。 「はい」 「………ナ、ナンパですか?」 「は?」 「じょ、冗談です。さ、ささっきのおかえしです。さあ行きましょう」 再びスタスタと歩き始めるルリと、引きずられるようについて行くミカズチ。 ルリはまた無意識のうちに彼の手を掴んでいたが、ミカズチも今度は何も言わなかった。 「………ふ」 苦笑するミカズチ。 だが、ふと視線を後ろに向ける。 物陰からこちらを見る一人の少年。 見つかったことに気づかぬその瞳は、まっすぐにこちらを見つめている。 「………」 帽子のひさしを下げ、ミカズチはその視線を避けた。 食堂での昼食はつつがなく終了した。途中ルリが誰かの視線を感じるとうったえたのを除いて。 昼食後は艦長室へ移動する。 途中の通路で立ち止まるルリ。 「どうしました?」 「いえ……やっぱり誰かに見られているような」 「……ふむ、気になりますか?」 「それは、まあ」 「やはりイヤですか、そういうのは?」 「気持ち悪さはありますね、やはり」 「なんとかしたいですか?」 「それは、できるものなら」 「では……」 「え!!? ちょ……」 と、ルリの肩を抱き物陰に入り込むミカズチ。 「?」 その光景に思わず飛び出す『追跡者』。 すました耳に聞こえるのは、 『少佐、私はもう我慢ができない』 『え、ええ!!?』 『私は、あなたに恋というものをしてしまったようです』 『……な、なななな』 『好きです。あなたがどうしようもなく、愛おしい!! この胸に掻き抱きたい!!』 「だぁあああああああ!!!!!」 砂埃でも巻き上げんほどの勢いで、走りだす『追跡者』。 「なななななな、何をやってるんで……」 と物陰目指して突っ込んだその襟首を吊り上げられる。 「え?」 と宙吊り状態のハーリー。目の前の壁にルリが立っている。 「確保」 背後からは自分の襟首を掴んだ相手──ミカズチの声。 「ハーリー君?」 そして、ルリの声に自分が引っ掛けられたことにようやく気づいた。 「……ルリさんの声にしては、妙に気持ち悪いとは思いましたが……」 「失礼な」 またミカズチの声。どの顔でミカズチ×ルリの二役を演じたことやら。 「………ハーリー君、なんでこんなことを?」 ルリの声がまた掛けられる。 「………なんでこんなことを?」 「「モノマネしないでください!!」」 デュオで怒られるミカズチ。第一、活字じゃわかりにくい。 「とにかく放してください!! 僕はルリさんの後をつけたり、物陰からじっと見つめたり、二人の話に聞き耳を立てたりなんかしてません!!」 「……してたんですか」 「してないといってるでしょうが! 何を証拠にそんなことを!」 「……どうもすいません」 漫才のような会話のミカズチとハーリー。 「とにかく放してください!!」 もがくハーリー。ミカズチの手を振りほどくと全力で走り去る。 「……なんでしょう、一体?」 「……まあ、青春一歩手前といいますかじゅぶないるといいますか……」 「は?」 「確かに気にはなりますが、ここは筋書き通り戦術論の教授をお願いします」 「え? ああ、はい」 小一時間ほどの後、艦長室の扉から出てくるルリとミカズチ。 「ありがとうございました、ホシノ少佐」 「いえ、艦長がここまでできるとは、正直予想外でした」 「いや、やはり少佐は凄いですね、流石は……あれ……え〜と、『磁界の帝王』?」 「……『電子の妖精』、です」 『ルリルリ〜と、艦長〜?』 二人の間に開くウィンドウ。 「ヒカルさん? どうしました」 『ちょっとこっちに来て欲しいの〜』 「こっちとは……居住ブロック? そこになにが」 『……来ればわかるよぉ』 疲れたような口調でつづけるヒカル。 「艦長?」 ミカズチに顔を向けるルリ。 「………」 無言の頷きが彼の返事だった。 『面会謝絶』 墨で書かれた張り紙。 「まあ……こういうわけだ」 ハーリーの部屋の前、両腕を広げるリョーコ。 「なんか様子がおかしかったから、メシでも喰いがてら……って思ったら、こんな始末で……」 髪をかき上げるサブロウタ。 「呼んでみても開けないし、無理やり入ろうとすると大声で抵抗するしで……」 「……ハーリー君」 ドアを見上げるルリ。不安そうな声で続ける。 「私たち、何か傷つけるようなことをしたんでしょうか?」 「…………」 サングラスに手をやり、考える風のミカズチ。 「……ここは、私に任せてもらえませんか?」 ドンドンと扉を叩くミカズチ。 「マキビ少尉、私です。ここを開けなさい」 再び叩く。 「開けなさいマキビ少……ハーリー君」 『帰ってください!! 誰とも会いたくありません!』 「……開けてください。私と話をしましょう」 「イヤです!!」 「では、開けてくれるまでここを動きません」 「ど〜ぞ、好きにしてください!」 「いいんですかハーリー君。お腹だって空きますよ。トイレにだって行きたくなりますよ」 「甘いですね、お菓子とジュースのストックがあります。トイレだって部屋に備え付けです」 「くっ、考えましたね」 「しかも艦長は何にも用意がないでしょう? どう見ても先に根をあげるのかあなたのほうです!」 「な、なんと姑息な……」 「では、先程の選択肢に戻って……艦長命令ですここを開けなさい!」 「なに言ってるのかわかりませんが、僕はあなたを艦長だと認めてなんかいません!!」 「さっき艦長と呼んだでしょう?」 「それとこれとは話は別です! 心の底で認めてなければ口でなんと言ってもノーカウントなんです!」 「なんと素直でない……君はそれでもお子様ですか!」 形勢は極めて馬鹿馬鹿しくもミカズチに不利なようだ。だが、彼は何処か余裕を感じさせてもいる。 「ならば……ハーリー君、大変です『面会謝絶』が『面会射絶』になっています。大変です。これは結構恥ずかしいです。急いで直さなければ!」 「活字にしないとわからないと言っているでしょう! ちなみにその可能性も考慮して三度見直しました! 大丈夫です! 万が一そうでも、面会しようとする人は銃弾を発射して命を絶っちゃいますの略だとでもいって言い訳するから大丈夫です!」 「そ、そこまで周到とは……あなたは引きこもりの才能がありますね。賞賛に値します」 「嬉しくありません!!」 「仕方がない。この手だけは使いたくなかったのですが……」 「……なんですか、今度はハッタリですか」 「最後にもう一度だけいいます。今すぐここを開けなさい」 「何度でもいいます! イヤです!!」 「仕方ありません。それならば、私はいまからここであなたの日記を大声で暗唱しなければなりません」 「………は?」 扉に背を向け、廊下の方へ向き直るミカズチ。コミュニケを全艦オープンにすると、 「『○月△日。僕たちの旅はつづく、その途の先はまだ暗く、なにも見えない。いや、微かに見えるものがある。それは…………』」 「だぁあああああ!!!!!」 と、ハーリーの絶叫とともに背後の扉が開く。襟首から部屋に引っ張り込まれるミカズチ。 勢いあまって床に転がるふたり。 二回転ほどして止まる。軽く咳払いをしつつ、ふたりともほぼ同時に立ち上がる。 乱れた髪を直すハーリーと、帽子をかぶり直すミカズチ 間合いを計りつつ、横に移動。 その両者の間にテーブルが現れる。その両端におもむろに座る。 と、唐突に詰め寄るハーリー。 「ど、ど、どうして僕の日記の文面を知っているんですか!!!?」 「不思議なこともあるものです」 「トボケないでください!! 覗き見たんですか!!?」 「……ん、まあ、結論から言えばそういうことになるんでしょうかね?」 「な、なにを涼しい顔で!! いったいどうやって!!」 「……わかりました、実はあなたの形見なんです」 「生きてますよ!!!」 「いまの私があるのはそのお蔭であると言っても、少しも過言ではありません」 「訳わかりませんよ!!! 説明する気あるんですか!!」 「どうどう、落ち着いて。一緒に深呼吸をしましょう」 言いつつ本当に始めるふたり。おバカな生真面目とはこういうことだろう。 「落ち着きましたか?」 「……ええ、はい。って、そうじゃなくて!!」 「ええ」 「はっきり言いますが、僕はあなたが気に入らないんですよ!!」 「ほんとにはっきりですね。で、理由ぐらいは教えてもらえるのですか?」 「じゃあいいますけどね! あなたはいつもはボケキャラでカワイイ系を狙ってるクセに、カッコつけで、そのうえ決めるところはしっかり決めて、しかも悲劇性のある生い立ちで他人からの同情も万来なんて、おいしいところ総取りなキャラで……」 「なんだか、ありがちでかえって新鮮味のない、ゴミ屑の様なキャラ設定ですね」 悪かったな。 「……僕もそうなりたいって……そう思ったときもありました。そうなれば、あの人に望まれる人間になれるかもって……。それが、他の全てを犠牲にする選択肢だってことがわかっていても……でも!」 「……ゴミ屑になりたいんですか?」 「そっちじゃありません!! あなたみたいになりたいってことです!!」 「ん〜。なんだかよくわかりませんが、つまりあなたは、私に対してツンデレであるということですか?」 「あなたは人間関係を全部『×』でしか表現できない人ですか!!」 「いや、何が怖いってこのシリーズですよ。プロローグの時点で個人名なんて何一つ出てこないのに、しっかりと『ルリ×カイト』なんて紹介されてて、求められるのやっぱそれかっていうか、こっちの意図なんて所詮バレバレなのかっていうか……」 コラまて、なんの話だ。 「いい加減にしてください!!!」 思わずテーブルを叩きつけるハーリー。まったくだ、また怒られるじゃないか。 「…………」 ミカズチを睨みつけるハーリー。だが、それに対する彼の表情は、サングラスのスモークに阻まれ見えない。 「……結局、いつもそうだ……」 「…………」 「あなたはいつもそうだ………」 視線を俯かせるハーリーと無言のミカズチ。 「どれだけ僕が必死になっても、どれだけあがいても……あなたは、いつもそうやって、涼しい顔で……」 ハーリーの瞳からこぼれ落ちる雫。スモークの向こうで、ミカズチの眉間にしわが寄る。 「僕の、僕の一番欲しいものをさらっていくんだッ………!!」 両腕を振り上げ、叩きつけるハーリー。それは一度で終わらない。 何度も振り上げ、そして叩きつける。 何度も、何度も、何度も………。 と、手袋に包まれた硬い手がそれを受け止めた。 「え?」 顔を上げるハーリ。 「それは、少し違いますよ」 「…………」 「『絶望的な状況において、勝利を掴み取る方法がひとつだけあるとするなら、それは最後まであがきつづけること』」 目の前にあるミカズチの顔。 そして、彼のサングラスに映りこむ自分自身の顔。 それが言葉を紡いでいた。 「まあ、ある人からの受け売りなのですがね。この言葉をもらったから、私はいまここにいるのかもしれません」 「………」 「それで、私も少々あがいてみようと思いましてね」 「………艦長?」 「申し訳ないが、いまはそれだけしか言えません……。ですが、そのためには是非にも君の力が必要なのです」 「……僕の、ですか?」 呆けたように問うハーリー。 「ええ……。君の、です」 手袋越しに、ミカズチの手に力がこもるのがわかった。 硬く冷たい、だが、強い決意と意志を感じさせる手だった。 と、警報音が二人の間を切り裂いた。 「これは……」 「敵……襲?」 ナデシコブリッジ。 ふたたび集結する一同。 「マキビ少尉」 「はい、現在確認できる敵影はヤンマ級が1。カトンボもいるようですが、正確な数…いえ、確認しました一機です。はっ………攻撃来ます!!!」 「総員! 対衝撃防御!!!」 敵艦から発射されるグラビティブラスト。だが、敵もこちらの位置を正確につかんでいないのか、わずかに狙いがそれる。 「いきなり撃ってくるったぁ……」 うめくようなサブロウタの声。 「……艦長」 「ええ」 ルリの声に頷くミカズチ。 敵の正体は不明。だが、それを探るにはいまあまりにも情報は不足している。 そしてその情報を集めるだけの時間を、敵は与えてくれるつもりはないらしい。 戦うしかない。それを瞬時に決意していた。 だが、その口から発せられたのは意外な命令だった。 「相転移エンジン停止!」 「!!……それは」 「聞こえませんでしたか少佐? ……お願いします。私に任せてください」 「……わかりました……。相転移エンジン停止します」 ルリの声に、停止を始めるエンジン。それにあわせ艦内のシステムがダウンしていく。 「…………」 そっと、肩越しに艦長席を窺うハーリー。 「…………」 そこには、両手をパネルに乗せつつ、無言のミカズチが。 完全に沈黙したナデシコ。 いまこの瞬間、ナデシコは一切の光も熱も音も発していない。 いわば、宇宙という名の漆黒に溶け込んでいる。 だれも、たとえ高性能のレーダーを持ってしてもナデシコを『見る』ことはできないのだ。 だが、それはナデシコにとっても同じことだ。全てのシステムがダウンしているナデシコは、人間で言えば五感のすべてをふさがれているのと同じだった。 そんな状況で、敵を捉えることは何人たりとも不可能。 そう、不可能なのだ。ただ一人を除いて。 ミカズチのサングラス越しに、瞳が淡い金色に輝き始める。 未来予測。 過去の数千、数万、あるいは数億もの戦闘記録より、次の局面で起こりうる敵の行動を予測し、それに対し最も有効と思われる対処方を叩き込む。 予測するだけであれば、ある程度の熟練者なら誰でもできる。 だが、世界でただ一人、その予測の正答率を限りなく100パーセントに近づけることができる男が、いまナデシコの艦長席にいるのだ。 突然、ナデシコを見失った敵艦は果たしてどんな行動を取るのか。敵を求め闇雲に突っ込むか。あるいは条件を五分とするため、こちら同様機関を停止させるか。 その思考の間にも、ナデシコ自身は慣性で動き続ける。 敵の軌道。そしてナデシコの軌道。 主電源の落ちたディスプレイ。何も見えない空間を凝視するミカズチ。 「相転移エンジン起動!!!」 ミカズチの声が沈黙を破る。 数瞬のタイムラグを置いて、ナデシコ全体が鳴動を始める。 停止を余儀なくされていたエンジンは、その鬱屈を晴らすように、いま全力で奔り始める。 光を灯す正面ディスプレイ。 「……来た!! 敵艦捕捉!!」 ハーリー声が響く。ミカズチの予測は、敵艦の行動を完全に捉えていた。 「グラビティブラスト発射用意!!!」 再度のミカズチの声。 一度破られた沈黙は、もはやもとに戻ろうとはしない。 「発射!!!!」 空間を引き裂く重力波の本流。 その流れを押し留められるものは、ない。 「敵艦の撃破を確認……この宙域に、もう敵はいません」 「了解。戦闘態勢を解除します」 ミカズチの声が張り詰めた空気を和らげた。 「しかし、あの敵は一体?」 しかし、そのプロスペクターの声が空気を引き戻す。 「問答無用で叩きつぶしちまいましたからね」 振り向きつつ、サブロウタがつづける。 「…………」 無言のまま、サングラスを直すミカズチ。その下の金色の輝きはもう見えない。 「で、でも最初に問答無用で撃ってきたのは敵なんですよ?」 ハーリーが反論する。 「どちらにせよ、本部へ報告を行うべきだと思います艦長」 ルリの声が議論を打ち切る。 「わかりました。マキビ少尉、お願いします」 「りょ、了解」 手元の端末を操作し始めるハーリー。 彼の横、中央のブースから立ち上がるルリ。そのままミカズチの方へ歩み寄る。 「艦長。いまの戦闘のオモイカネの総合評価が出ました。……やはり25点です」 「……そうですか」 ルリの方へ向き直るミカズチ。 「先程の演習に続き、お見事な指揮でした。ですが、コンピュータは前と同様に、これを偶然の勝利と判断しています」 「………」 ミカズチは椅子に座ったまま、ルリを見ようとしない。 「艦長がこういう作戦を取る理由はわかります。少しでも乗員の安全を図るためなんですよね?」 「……単に、自分の能力を見せびらかしたいだけかもしれませんよ」 どこか突き放すようなミカズチの声。 だが、ルリはそっと首を振る。 「ですが、このままこの戦い方をつづければ、艦長自身の評価への悪影響が懸念されます」 「………それでも私は…」 「どうか信じてください」 「………?」 「私たちを。そして艦長自身を」 「………」 「きっと勝てますよ。艦長の指揮で私たちナデシコが戦えば」 「…………初の実戦指揮で疲れました。少し休ませてもらいます」 帰ってきたのは素っ気ない声。 「……はい」 「………他の乗員も警戒態勢を維持しつつ、交代で休息をとらせてください」 「……わかりました」 扉に消える背中。 「(上手になりましたね……。自分の気持ちを隠すことが……)」 悲しげな笑みのルリ。 自室に一人ハーリー。 もはや日課となった日記帳を取り出す。 「…………」 それまでは愛用の端末で入力・保存をしていたこの決め事だったが、最近ふと日記帳を手にしてみた。 どちらかといえば、この『書く』という行為になじみが薄かったハーリーだったからか、それはとても新鮮な刺激を彼に与えくれていた。 「……ふぅ」 ミカズチの顔が浮かんだ。 頼るべき仲間が、疎うべき恋敵が、その全てを失い、それでも皆のところに帰ってきた。 彼になぜあれほどまでに感情をぶつけてしまったのか。 彼への憤りは、結局自分自身の嫉妬でしかないというのに。 遣り場のない思いを、今は目の前の日記帳と右手のペンにぶつける。 『○月△日。僕たちの旅はつづく、その途の先はまだ暗く、なにも見えない。いや、微かに見えるものがある。それは…………』 「ん? …………あれ?」 ほの暗い部屋でひとり、『本』を読むミカズチ。 と、ルリのコミュニケが開く。 『艦長。至急ブリッジにお戻りください』 「……わかりました」 立ち上がり、傍らのハンガーへ歩く。 そこにかかるアーミーコート。内ポケットに『本』をしまい込む。 軍服の『白い』コートを羽織ると、襟元のマフラーを結びつつ歩き始めるミカズチ。 彼の後を追うルリのウィンドウ。それに話しかける。 「本部から、ですか?」 『はい』 「……嫌な予感がしますよ」 『多分、当たりです』 薄闇の廊下。 響く靴音。 『紅い』コートをなびかせ歩く、一人の男。 突き当りの扉が開き、光が男の顔を照らす。 「………」 副官が恭しく差し出した『刀』。それを受け取り、足元に突き立てる。 「全艦出撃!!!」 元統合軍中佐そして火星の後継者残党軍司令、南雲義政。 いま再び、彼らは起つ。 新たなる秩序のために。 スラスターの光を引きつつ、進軍を開始した火星の後継者。 手元のモニターにその光景を確認する、一人の女性。 「……フフ」 金色の髪をかき上げ、不敵に微笑む。 始まろうとしていた。彼女の望んだ戦乱が。 つづく マキビ・ハリの日記より 「わだかまりを残したままナデシコは月へ。そこには数多の絶望と、たった一つの希望が僕たちを待っていた。」 ミカズチ「次回、機動戦艦ナデシコ『NADESICO THE MISSION』 MISSION 3 月面の『群青』」 キャラ雑感まいど ミカズチ・カザマ 早くもキャラが壊れ始めた。初期設定では真面目で生真面目でクソ真面目なヤツだった筈なのに……。で、まったく意味がないかというとそういうわけでもなく、今回の彼は一生懸命ボケてたりしてるのですが、まあ、所詮本性はあのおバカなのだから、いいか。次回からはまた真面目だけどちょっとヘンぐらいのキャラにもどります。 南雲義政 いよいよ本格登場? 思えばカイト君とライバルフラグを立てたのが、え〜と……『木星(ホシ)から来た男』だから、もうじき5年か……。 あとがき(になるのこと) 気がつけば『風』内でもかなりの古株、異界でございます。最近ハマってしまったものなんか書きますと、いまさらようにク○ガとか、銃×剣とか、進行形のだと祝☆とか、まあどうでもいいですね。電Oも当然ですが。 |
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