#1“returner”





火星極冠。

建ち並ぶ研究施設の群れが、自らの威を示すように遺跡を見下ろす。

そして輝くクリムゾンのマーク。

「…………」

虚しく見上げる一人の、フードコート姿の女性。

踵を返し、歩き始める。

「博士、どちらへ?」

「ほっとけよ。また『いつもの』だろ?」

背後でのやり取りを無視し、エレベーターへ向かう。

二度に渡る火星の後継者の反乱。

それが終わったとき、世界はクリムゾンという深紅の色に染まっていた。

ネルガル、火星の後継者、統合軍、宇宙軍、そしてナデシコ。

その是非はあれど、互いの信念と理想をぶつけ合った者たちは消え、ただ力のみを求めたクリムゾンだけが残り、そして世界を手に入れた。

エレベーターの扉を開き、遺跡最深部へのボタンを押し込む。

それから四年。

世界は変わらない。

平和になった。あるものはそう言う。

だが、違う。

世界はただ、変わるだけの力を失ってしまったのだ。

クリムゾングループの総帥、シャロン・ウィードリンが暗殺されてはや一月。何も変わらぬこの世界が、何より雄弁にそれを語っているではないか。

エレベーターが止まる。と、一瞬、光に包まれる感覚。




「……う」

めまいを覚える。それが治まったとき、何故か不快感は薄まり、だが、それに勝る喪失感が湧き上っていた。

開く扉。そして広がる目の前の光景。

遺跡最深部。

折り重なるように倒れ伏す、『紅』と『白』の巨人。

それは、地球と火星を引き裂いた、先の戦乱を終わらせた、二人の男の墓標だった。






機動戦艦ナデシコ
『NADESICO THE MISSION』







MISSION 1 『琥珀色』の追憶




指定の合流ポイントに錨を下ろすナデシコB。

「シャトルが見えました」

「え?」

副長補佐のハーリーことマキビ・ハリ。その声に顔を上げるホシノ・ルリ。

「ですから、シャトルです。艦長候補生殿のシャトルが見えました」

「そ、そうですか」

取り繕うような声を出す。

「?」

そんなルリを不思議そうに覗き込むのは、副長のタカスギ・サブロウタ。

ルリは再び、その動揺の原因──手元のウィンドウに目を落とした。

より正確には、そこに書かれた艦長候補生の名前に。

「……………」

「あ、あの艦長?」

「は、はい」

「着艦許可を……」

「は、はい、許可します」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「あ、あの艦長?」

「え……は、はい?」

「いいんですか、出迎えに行かなくても?」

はじかれたように立ち上がるルリ。

「い、行ってきます!」

とブースから出ようとして……、

「きゃ」

と足を引っ掛けて……、

ピタン。

と転んだ。

「………」

「………」

「………」

ムクっと起き上がるルリ。

何故か周囲を睨みつけるルリと、何故か視線をそらすサブロウタとハーリー。

「………」

そのまま無言で走り去る。

「い、いま……何が起こった?」

「さ、さあ」






格納庫にたどり着くルリ。

シャトルはすでに着艦している。

出迎えのウリバタケ・セイヤ以下整備班、プロスペクターやホウメイの姿も見える。

「おや、遅かったね」

「……ええ」

ホウメイの声にも何処か上の空のルリ。

そんな彼らの目の前で、シャトルのタラップが開く。

「………」

一同の視線を受け、一人の男がタラップを降りてくる。

最初に眼に入ったのは黒いブーツ。そして、白いスラックス。

それを覆うように白いロングコートが降りてくる。

襟元には青のマフラー。

「…………」

その上にあるはずの、良く見知った顔を見上げるルリ。

だが、

「………!」

視界に入ったのはゴーグル状の黒いサングラス。逆三角形を二つつなげたような──バイザーと呼ぶべきだろうか。

「………!!」

一呼吸遅れてざわめく一同。知っている『男』だった。

「…………」

皆の方へ向き直る『男』。

ざっと居並ぶ一同を見渡す。皆のざわめきを少し怪訝に思っているようだが、やがて、

「ホシノ・ルリ少佐、ですか?」

見知った口から、聞きなれぬ、硬質なトーンの言葉が発せられた。

「え、は、はい」

「地球連合宇宙軍、特殊戦略作戦室所属ミカズチ・カザマ中佐です。艦長候補生としてナデシコBに着任します」

「…………あ」




───いい、ルリちゃん? 希望の光は見つかった。この方法なら『彼』の命は助かる。でも、希望は希望………奇跡じゃないの。確かに命は助かる……でも、命しか助けられない。命が助かったとき、『彼』はもう……私たちの知ってる『彼』じゃない。………許して、私にはもう……。




「(カイトさん……記憶を……記憶までも……)」

「少佐……ホシノ少佐?」

「え、は、はい。許可します。ナデシコに……ようこそ」

「どうかしましたか?」

バイザー越しの眼が、こちらの戸惑いを見止めている。

「え、い、いえ……」

「ああ、このバイザーですか。私は視覚に障害がありまして。気に障ったのであれば……」

「そ、そうですか。では、後ほどブリッジで。誰か中佐を部屋へ案内して差し上げてください!」

「……お、おいルリ……」

ウリバタケの制止も振り切り、逃げるように走り去るルリ。

事実、逃げていた。

耐えられなかった。






「……こちらです」

「ありがとう」

案内された自室へ入るミカズチ。

「………」

畳敷きの六畳ほどの空間。

中央に陣取るコタツ。

その脇に浮び上がる、若い男のシルエット。

「ふ……」

自然と笑みが浮かんでいた。






ブリッジ。

任務を終えたシャトルが遠ざかっていくのが見える。

「………」

「………」

ルリの様子を伺いつつ、視線を合わせるサブロウタとハーリー。

カイトが生きてナデシコに帰ってきた。

それは喜ぶべきことであるのに。

あるのに。

何だというのだろう。この喪失感にも似た重苦しさは。

「……オモイカネ」

ルリのその声にあわせてウィンドウが開く。

声音から察したのだろうか。ルリの指示を待たずウィンドウは『ミカズチ・カザマ』のパーソナルデータの表示を始める。

「ミカズチ・カザマ 現階級中佐 性別男性 身長不明 体重不明 血液型………」

淡々と読み上げるルリ。主だったデータはすべて抹消されている。

当然だ。抹消したのはルリ自身なのだ。

カイトを守るために。

病に倒れ、死期が迫ったS級ジャンパー。

彼に興味を寄せる者は無数にいたのだ。

そしてその現状は、命を取り留めた現在も何一つ変わってはいない。

「………」

ルリの意を察したように、ウィンドウは自動で閉じられた。

と、背後で扉が開く。

「遅くなりました」

入ってくるミカズチ。

「タカスギ・サブロウタ大尉です。ヨロシク!」

「マキビ・ハリ少尉です。よろしくお願いします」

「ミカズチ・カザマ中佐です」

彼らの自己紹介が終わる間に、ルリは何とか自分を取り戻すと、

「お待ちしていました『艦長』」

「?」

と、ルリの声に、戸惑うような仕草を見せるミカズチ。

「カザマ中佐。訓練中ではありますが、あなたは現在オモイカネにはナデシコの艦長として登録されています。自覚を持っていただく意味でも『艦長』と呼ばせていただきます」

説明口調のルリ。

「いや、そういうわけではなく……」

ミカズチは何か言いかけるが、

「で、でもそんな他人行儀なのもどうでしょう?」とハーリーが割り込んでくる。

「おいおい、なに言い出すんだよハーリー」

「そ、その……短い期間とはいえ、行動を共にするわけですから、お互いの親睦といいますか、友情を深めるという意味でも、どうでしょうか、愛称で呼び合ったりなんかするのとか……」

何を言っているのか自分でもわからなくなる。だんだん声が尻つぼみになっていくが、その後を、意を察したサブロウタが引き継ぐ。

「おお、で、コイツはマキビ・ハリだから、ハーリーってわけで……」

「こちらはタカスギ・サブロウタですからメッシュさんと」

「……んだと、ハーリー」

「かん…いえ、ルリさんはホシノ・ルリですから、まあ無難に、その…『ルリちゃん』なんてどうですか艦長?」

「……え」

思わずハーリーを見遣るルリ。珍しく動揺していた。

「それで、艦長はミカズチ・カザマさんですから……え〜と、二回出てくる『カ』を第一に。何でも一番はめでたいですから、二番目にイチバンの『イ』を、え〜とそれから………サブロウタさ〜ん」

「お、おお、『ト』、『ト』だよなぁ? と、トトトト……『とどめの一撃!』となにやらカッコ良さげなフレーズから……」

「……せっかくですが」

だが、ミカズチの冷たいトーンが遮る。

「私とあなた方とは上司と部下であり、友達ごっこをするつもりはありません」

「「「…………」」」

「まして私は、仮とはいえ艦長として皆さんの命を預かる身。そんな馴れ合いで気を緩めるような真似はできません」

「……で、でも」

ハーリーの抗弁。だが、軽く手で制すると、

「ホシノ少佐?」

「はい」

ミカズチは、まっすぐにルリを見つめる。

「私の言うことは間違っていますか?」

見つめ返すルリ。だが、ミカズチの表情は、黒いバイザーに阻まれ読み取れない。

「いえ、『艦長』のおっしゃる通りです」

言い終えるまで、その顔を見続けることはできなかった。

「では、皆さんのことはそれぞれ『ホシノ少佐』『タカスギ大尉』『マキビ少尉』と呼びます。私のことは『艦長』と。いいですね?」

「はい……」

「おや、どうしましたかな、みなさん?」

扉が開き、プロスペクターが入ってくる。微妙な空気を察したようだ。

「いえ、別に。それより、今回の訓練内容について、打ち合わせをしたいのですが」

「左様ですか。では……」

とルリに方に視線を向けるプロスペクター。

「……ルリさんはどうやら気分が優れないようですな、では私より説明いたしますので、そうですなミーティングルームへでも……」

「え、でも……」

「かまいませんよ、ホシノ少佐。自室でゆっくり休んでください」

ミカズチの声。それは自分を気遣っているであろうことはわかる。わかるが、

「わかり……ました」

この胸に湧き上る苦しさはなんだろう。

「では……」

プロスペクターに促され、ミカズチはブリッジから出て行く。

「………」

たたずむルリ。

「あ、あの……」

「ハーリー。ここは大丈夫だ。『少佐』を部屋まで送って差し上げろ」

「は、はい!」

そのサブロウタの気張った声は、いまのルリには心地よかった。






プロスペクターの先導で通路を歩く二人。

と、プロスペクターがなにやら、しきりに手を動かしているのに気づく。

「どうしました?」

「え? い、いや、何のことですかな?」

いいながらも手を動かし続ける。何かのブロックサインのようにも見える。

「あ、あ〜!!」

と突然プロスペクターが指を指す。

「は?」

と顔を向けるミカズチ。だが、なにもない。

「なにもありませんが?」

「そ、そうですか」

と、戻した視線の端を、何か垂れ幕の様な物が見えた。

「ん?」

と注視しようとすると、すかさずプロスペクターがブロック。その隙にホウメイらしき人物が垂れ幕をはずして行く。

「何かいま垂れ幕の様なものが……」

「は、はぁ? 何かおっしゃいましたかな?」

「『歓迎』とか『お帰り』とかいった文字が……」

「はぁ? なんですと、よく聞こえませんが?」

「よく見ると通路のあちこちに飾りつけのようなものの残骸が……」

「ぜ、ぜ〜んぜん聞こえませんが、艦長?」

涙ぐましいプロスペクター。だが、正面からそれを台無しにするような、

「おおカイト!! ようこそ、そしてお帰りナデシコへ!!」

ピエロの衣装を着たリョーコが走りより、ミカズチ目がけクラッカーを鳴らす。

ぱ〜ん。

「………」

「……あ、あれ?」

カラフルなテープを被りつつ、微動だにしないミカズチ。

「………」

額を指で押さえるプロスペクター。精神的・物理的の両面から頭が痛かった。

「………お、お呼びでな……い?」

あたりを見回すリョーコ。物陰からこちらを指差し、笑いをこらえているヒカルとイズミを見つける。

「て、手前ら!! 騙しやがったなぁあああ!!!!」

「きゃはははは!!」

「おほほほ。つかまえてごらんなさぁ〜イ」

騒がしくも喧しく走り去る三人娘。

「いまのは一体?」

「そ、その、ほれ、春ですので」

さすがのプロスペクターも間もなく許容量を超えようとしている。




その後、ピエロマーク2(演:ウリバタケ)と量産型ピエロ(演:整備班の皆さん)が大挙して現れ、流石のこの二人もキレた。







自室にて膝を抱えるルリ。

望んでいた再会、であるはずだった。

だが、彼は全てを忘れていた。

彼の中には、もう自分はいなかった。

かつてカイトと呼ばれていた、自分が─―していた青年はいなくなり、そしてミカズチ・カザマという名の別の青年が現れた。

その事実がたまらなく悲しかった。



───『カイト』の心はここに置いていくから。



「心を置いていってしまったから、あなたはカイトさんでなくなってしまったんですか?」

その心は、いまもこの胸の中にあるというのに。

だが、どうしたら返すことができる。

どうしたら受け取ってくれるのか。

カタ。

膝の上で箱が音を立てた。

白い包み紙と、真っ赤なリボン。

艦長候補生へ渡す予定だった、ナデシコ一同からのプレゼント。

候補生の名がミカズチ・カザマとわかったとき、そのプレゼントはより特別な意味を持ったはずだったのに。

いまでは、それがなんだったのか思い出すのもつらい。

「…………」

扉を開き廊下に出る。

目の前のダストボックス。箱を持っていく。

「…………ぅ」

震える手。そっと開く。こぼれ落ちていく箱。

「!」

だが、脇から出た手が、それを抑える。

「ルリ!」

その声の主のもう一方手がのび、ルリの頬を軽く鳴らす。

「……ホウメイさん?」

頬に手をやるルリ。そこはとても暖かい気がした。

「ルリ。わかってるのかい? あんたがいま捨てようとしたのは、あんた自身の『思いで』だよ」

「……!」

ルリの顔が悲しげにゆがむ。それはホウメイの意気を挫くには十分だった。だが、彼女はあえてつづけた。

「あんたの気持ちがわかる……なんて気休め言う気はないよ。でも、これだけは言えるさ。逃げてたって辛くなるだけだよ」

「……でも…」

うつむくルリ。そんなことは、わかっている。だが、

「怖いのかい?」

「………はい」

カイトでしかありえない姿、髪、手、そして声。だが、そこから現れる全ては、カイトとは違う。

ポンと、ルリの肩に手を置くホウメイ。

「教えてあげないのかい? あの子に、自分が誰だったのかを………あんたが、あの子にとってなんだったのかを」

迷うように、視線を落とすルリ。

「『記憶が戻る可能性は限りなく低い』、そうイネスさんから聞きました。それに、過去を教えるってことは、あのヒトの悲しい記憶を教えるってことです………そんなの私のエゴです。あのヒトが本当にそれを望んでいるのかどうか………わかりません」

「(………この子達は)」

優しすぎるのだ。ホウメイはいつもそう思っていた。

触れ合うことを望みながら、傷つけることを怖れている。

彼らのそんな初々しさを、好もしくも思っていた。だが、時にそれは、人を不幸にもするのだ。

「決めるのはあんたさ。でもね。それでもあたしは、ちゃんと向き合った方がいいと思うんだ」

「………少し……考えさせてください」

「……ああ」

そういうと優しく微笑むホウメイ。

「ほら」

おもむろに右手を差し出す。

「……あ」

その手の中の箱。そっと受け取るルリ。






展望室。

ひとり佇むミカズチ。

ホログラフで再現された光景は、木星のプラント。

プロスペクター達のとの打ち合わせが終わり、何気なく立ち寄ったこの部屋。

映し出されたこの景色に戸惑いつつも、何故か足を止めてしまった。

「………」

手の中の紙切れに視線を落とす。

『カイト君ようこそナデシコへ! そしてお帰りなさい!!』

先ほど急いで撤収していたものの残りなのだろう。

歓迎会の準備だったのか。

「………ふ」

急いで書かれたのであろうたどたどしい字。見ていると、胸の奥が暖かくなるのを感じた。

「……ままならないものだな。心というやつは」

と、背後で扉の開閉音がした。

「ホシノ少佐?」

「あ、か、艦長?」






ホログラフの光景は、夜の川原に変わる。

川辺に二人で佇むミカズチとルリ。

「私はどうも貴方に避けられているように感じるんですが」

「……いえ……そんなことは」

言葉を濁すルリ。

「……私の記録は、見たのですか?」

「……プロテクトがかかっていました」

「あなたなら、解除も可能でしょう?」

「………」

先ほどから鋭い。こういうところも、カイトとは違う。

「なにも、ありませんでした」

私が、なにもなくした当人なのだ。

「ええ、なにもないんですよ」

「え?」

「私には、記憶がない。この数ヶ月より前の記憶がね」

「……………」

「……記憶喪失。そういうものだそうです。私は」

そういうミカズチの声は、まるで他人事のようだった。

「いい艦ですね。ナデシコは」

「え?」

「初めて来たはずなのに、いえ、来る前から……ですね、何故だかひどく懐かしいような気がして……」

「……………どうして……ですか?」

「さあ、理由はわかりません。いや、理由などないのでしょう」

「………」

「それでも、ナデシコに来れば、何か記憶のきっかけでもつかめるのではないかと……いや、少し気を張り過ぎていたようですね」

「…………?」

「先程は、言い過ぎました」

「………艦長」

「そう、それですよ」

ふと、可笑しそうな声を上げるミカズチ。

「はい?」

「これも何故だがわかりませんが、あなたに『艦長』と呼ばれると、凄く違和感がある」

「…………」

黙りこくるルリ。何かを考えている。

と、意を決したように顔を上げると、

「思い出したいですか?」

「え?」

「記憶。思い出したいですか?」

川のせせらぎが聞こえた。以前にも、そう、アキトとユリカと四人で暮らしていた時にも、夜の川原で、こんな会話をしていた。

「……ええ、思い出したい」

「それが、つらく、悲しい記憶だったとしてもですか?」



───『それが、つらく、悲しい記憶でもですか?』



「………それでも、思い出したい。どんな記憶であろうとも、それが多分、私が私である証なのでしょうから」



───『それでも……思い出したいよ』



そして、そう、あの時もカイトはそう答えた。

「そうですか……そうですよね」

同じなのだろうか。そう思ってもいいのだろうか。

「ところで、その箱は?」

眼にとまっていたのか、ルリの手の箱を指差すミカズチ。

ルリは、

「ああ、これですか?」と眼の高さまで持ち上げると、

「艦長就任おめでとうございます」

「私に?」

バイザーの下からの声は、少しうわずって聞こえた。

「はい、他の誰でもない『貴方』に。ナデシコ一同と、それを代表して『私』から」

「艦長といっても、まだ見習いですよ」

「細かいことは、いいじゃないですか」

箱を差し出す手と、受け取る手。

それだけだった。

そう、いまはそれだけ。

あなたの『心』はまだここにある。

だから、いまは待つ。

いつか返すそのときを。

あなたが望んでくれるそのときを。

「開けても?」

「ええ。是非、ここで」

そっと開かれる箱。

「帽子……ですか?」

「ええ、制帽はありませんから、まあ、雰囲気ですけど」

徽章の位置にはナデシコのマーク。

「いいですね」

ルリの方へ向き直るミカズチ。バイザーに隠されて表情は見えないが、口元がわずかに綻んでいるようにも見える。

『艦長、ホシノ少佐。至急ブリッジにお戻りください』

割って入るような艦内放送。

「………行かなくては……いけませんね」

「……ええ」

ホログラフが消え、夜の川原はもとの殺風景な部屋に戻る。

出口へ歩き始めるミカズチ。

「………」

歩きながら帽子をかぶり、具合を確かめるように、軽く左右に振る。

「どうですか?」

振り向いたその顔。

それはルリの心に、痛みにも似た暖かさを感じさせた。

もう一度、始めてみよう。

そう思った。思うことができた。

すべてを最初から。

ふたりがはじめて出会ったあの時から。

その先にあるのが、前と同じふたりなのか、それはわからない。

そうなることを、彼がまた望んでくれるのか、それもわからない。

それでも、いまは、

「……全然似合ってません」

このワガママで身勝手で自己中心的な『想い』を抱いていたい。









そして、再び現在。火星極冠最深部。

無論、彼女は、この小さな出会いに立ち会うことはなく、ただの伝聞でしか知る術はなかった。

「…………」

そっとフードを上げ、二人の『戦士』を見上げる。

語らねばなるまい。

ここに散っていった、数多の戦士達の物語を。



つづく






次回予告

マキビ・ハリの日記より
「新しい仲間を迎え、僕たちの新たなる旅が始まった。でも、その旅路の中、僕は『あの人』への反発を覚えてしまったんだ」

ミカズチ「次回、機動戦艦ナデシコ『NADESICO THE MISSION』 MISSION2 『蒼色』の旅立ち」






キャラ覚書


ミカズチ・カザマ

男性。推定二十代前半〜半ば。階級中佐。艦長候補生。いわゆる記憶喪失者。数ヶ月以前の記憶なし。胸の奥にかすかに残る悔恨の念と、もうひとつの『あるもの』を頼りに、ナデシコへ。右手にIFS。ジャンパー資格なし。大型のバイザーのせいであまり表情は見えない。自称、『視覚に障害あり』。基本的にクールで真面目な性格だが、記憶喪失以前の人格の影響か、意外に茶目っ気もある。





機体(きゃら)近況

・スーパエステ(白)初代
沈んだ。

・スーパエステ(白)二代目
とられた。

・ナルシサス
壊れた。

・Bサレナ
修理中。

・ノワール
改修中。



あとがき(明けましておめでとうでございます。本年こそよろしくお願いします)

てなわけで第一話でございます。今回はアバンタイトル登場の某女の回想形式でお送りします。時間軸としましては、プロローグの一ヵ月後がアバンで本編はその四年前(前作からだと数ヵ月後)となっております。


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