NADESICO THE MISSION





プロローグ





薄闇のハイウェイ。走る赤いオープンカー。

もう間もなくすれば、無数の車に覆われるこのビルの谷間も、今は『彼女』一人。

運転席の女性。夜明け前の風が、金色の髪をなびかせる。

立ち並ぶビルの群れ。ミラーガラスに互いの姿を映し会う。

この光景は私のものだ。

だが、その思いは空虚に響く。

何故。

望んでいたのではなかったのか。

欲していたのではなかったのか。

世界を。

なのに何故。

何故。

こんなに……虚しい。

「……っ!」

バックミラーの光景が思考を遮る。

一台のサイドカー。

黒いシルエット。ボディを流れる二本の黄色いラインが印象的だった。

男。

男が乗っていた。車体に合わせるような黒いヘルメット。アーミーコートの裾が風にはためいている。

フルフェイスの向こうの眼。ミラー越しに数秒視線が絡み合う。

「!!」

突如アクセルを空けたようだ。一瞬でこちらを追い抜く。

タイヤを軋ませ前方でアクセルターン。ノーズをこちらに向ける。

「………」

車を止める。

互いの距離、50メートルほどを挟んで、対峙するふたり。

男が再びサイドカーをスタートさせる。

「……フ」

応じるようにこちらもアクセルを踏み込む。

男の手に『光』が見えた。

日本刀。

あまりに場違いなそれの切っ先は、自分の喉元へとまっすぐに伸びてくる。

「ふ、アハハハハ!!」

こみ上げてきた笑いが抑えられなかった。いいだろう。受け入れてやる。

今日まで自分に向けられつづけたひとつの言葉。

──死ね。

──死ね!

──死ね!!

それをたった一人実行に移した、この最初で、そして最期の男に栄誉をくれてやろう。

この私の命という栄誉を。

刃が迫る。と、刹那、再び男と眼が合った。

「……!」

男は泣いていた。涙が、溢れていた。

バカな。

悲しんでいる。

この男は悲しんでいる。

私を殺すことを悲しんでいる。

私は惜しまれ、悲しまれて死んでいくのか。

この世にたった一人、私の死を悼んでくれるヒトがいたというのか。

そのたった一人のヒトに私は殺されるというのか。

信じられない。

こんな、こんな残酷な殺し方があるのか。

こんな、こんな悲痛な死に方があるというのか。

死ぬ?

私が?

いやだ、死にたくない。

もっと、生きたい。

もっと、生……







停止するサイドカー。

背後から爆発音。だが、振り返る気にはなれない。

左手の刀をゆっくり下ろす。赤い雫がアスファルトへ跳ねた。

アーミーコートの内ポケットから一冊の本を取り出す。

『diary』

表紙の文字。

持つ手が震えた。

終わったのか。

これで全部終わったのか。

違う!!

終わりじゃない。

終われるわけがない。

こんなものが終わりであっていいはずがない。

「う、うわぁああああああああああああ!!!!」

その絶叫が天を突いた時、背後から轟音がした。

急上昇して現れる武装ヘリ。

重いガトリングの音。この世界でただそれだけが、彼の叫びに答えた。

そしてその瞬間、『彼』はこの世界からいなくなった。








山の奥深く。一軒の山荘。

緑に囲まれていながらも、その姿はどこか寂しい。

ベランダから景色を眺める車椅子の女性。

だが、その瞳は、ただうつろな光を宿すだけ。

整った彼女の顔は、しかし、まるで抜け殻だった。

「……!」

ふと、弾かれたように顔を上げた。

「…………どうしたの?」

傍らにいた、もう一人の女性が顔を覗き込む。

「…………」

顔にかかった、長い銀色の髪をかきあげてやる。

「………!」

彼女の、虚ろであるはずの瞳から、涙が溢れていた。

「……そう、行ってしまったのね」

彼女は悟っていたのだ。いまこの瞬間、彼女の最後の大切なヒトが、この世界から旅立ってしまったことを。

この世界に彼女の大切なヒトは、もう誰もいなくなってしまったことを。

「…………」

部屋の方へ歩き出す。

ひとりにしてあげよう。そう思った。

気丈な子だった。泣き顔を見られたくはあるまい。

しんとした室内。テーブルには砂時計型の照明器具。

そっと手に取り、ひっくり返す。

淡い光を放ち、滴り始める『砂』。

寒い。

心からそう思った。

冬が近づくこの季節は、夜明けが待ち遠しい。

そう、夜明けが。

だが、まだ遠い。

あまりにも遠い。

『砂』の光の優しさは、いまは苦痛でしかなかった。








                                 つづく




次回予告


マキビ・ハリの日記より

「ヒトは出会いと別れを繰り返す。古人は言った『会うは別れの始まり』と。ならば、別れは次なる出会いの始まりであると信じたい。今また、この宇宙でのひとつの出会い。この出会いと、そしていずれ訪れる別れは、僕たちにいったい何をもたらすのだろうか?」

?「次回、機動戦艦ナデシコ『NADESICO THE MISSION』
  MISSION 1 『琥珀色』の追憶」





思いつきの設定コーナー


・サイドカー

サイドバッシャーは最高。


あとがき(矢車さんがギャグキャラに……)


毎度どうも異界です。いろはにほへとがなんかいいです。というわけでミッション編プロローグです。なんかエピローグみたいな話ですが、ちゃんとつづきますんでご安心ください。それではまた。



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