Good-bye my sweet……#5




「ほれ、こっちだ!」

発進準備中のナデシコB。

その喧騒に負けぬよう、大声で怒鳴るウリバタケ。

次々に搬入されていく物資。

「ほれほれ、急げ!!」

指示を飛ばしつつ、ふと視界の端に巨大な塊を見止める。

「…………」

整備が終了したエステバリス、それが格納庫に運ばれていく。

「赤、青、黄色に水色(?)……っと」

本来、そこにいる筈の機体が一機足りない。

機体に乗るべきパイロットがいない。

足りない。

仲間が。

「……当たり前だよ、そいつを助けるために行くんだからな」

振り払う。

だが。

「!!」

ウリバタケは動きを止めた。硬直したと言ったほうがより正しい。

「こりゃ……」

4機のエステバリスに続いて、搬入されるもう一機。

白銀に輝く装甲。

マントを思わせる背部のアクティブスラスター。

兵器でありながらどこか気品を感じさせるその姿は、むしろ不気味といっていい。

ナルシサス。

咎人の名を持つ花。








機動戦艦ナデシコ

『記憶の彼方に……』








第五話『野望』の彼方に……




「ウリバタケさん、これ……」

「おう、サブロウタ。お前らもか」

愛機の様子を見に来たパイロット陣。

「こいつぁ……」

リョーコも絶句している。無理もない。

「ああ、例の騎士様のさ……」

「ほぇ〜、連載休んで来た甲斐があったね」

「連載、天才、万々歳……ケ」

機体の各部からケーブルが延ばされ、格納庫の端末と接続されていく。

「なにすんの?」

ヒカルがウリバタケの手元を覗き込む。

「こいつには、例の『機械の森』とのリンクユニットがあるんだと。で、そいつを……」

「逆にたどれば、そこへ行けるってことね」

「でもよ、機体ごと持って来なくったって……」

「ブラックボックスになってんだよ、そのシステムは。で下手にはずそうとすると……」

「どか〜ん?」

「ま、それに近いことが起こるみたいだな」

会話には加わらず、機体の周りを値踏みするように回るサブロウタ。

「ところで、こいつのスペックは?」

ウリバタケの方へ首だけ向けてたずねる。

「………毛が生えた程度だ、お前らのエステに」

「んな……だってあの化け物ぶりは……」

「バケモンなのは乗り手の方ってこった」

「………」

絶句して、思わず機体を見上げる一同。なんとなく自分の愛機と見比べてしまうのは、わかっていながら浅ましい行為だと思う。

「……もっともコイツもバケモン用に無茶なチューンが満載されてる。お前らでも歩かせるのがやっとなくらいな」

「そんな機体をカイト君は……?」

メガネをいじりながら、またウリバタケの端末を覗き込むヒカル。

「ウゲ……」

そこに表示された、チューニングのスペックを見て硬直する。

「いや、あいつでも無理だよ、多分」

「んじゃ……」

「『あいつ』のままじゃ……ってか?」

リョ―コの冷静な声がした。

「そうゆうこった。そんだけ反則技ってことさ、あの『白銀の騎士』ってのは」

「でも、当然代償もある……無事じゃ済まないね、機体も……中身も」

イズミの低い声。それに応えるように、端末上の機体の各部が赤く反転する。

沈黙。

と、

『みなさ〜ん!』

「お……」

「この素っ頓狂は……」




ブリッジ。

三つ並んだブースシートの後方。IFS体質ではない彼女のために作られた特設の席。

かつて黒い喪服に包まれていたその身は、いまは白い制服をまとう。

深呼吸。

大丈夫、やれる。

目の前のウインドウに再び向き直る。

「私が……私が艦長のミスマル・ユリカで〜す!」



艦内各所。響くユリカの声



『最初に……ゴメンナサイ!!』



『なんて……謝ってもダメかな……?』



『もう取り返し、つかないかな?』



『自分でもどの顔を下げてって思います』



『でも! 何をいっても言い訳にしか聞こえないだろうけど、でも……』



『これだけは……これだけは信じて欲しいの』



『いまは……助けたい。カイト君を助けたいの』



『長い付き合いだからとか仲間だからとか、そんなんじゃなくて……ううんそれもあるけど……でも!』



『理屈じゃないの……助けてあげたいの……私が……他の誰でもない私自身が。助けてあげなくちゃいけない! ……なぜかそう思う。思えて仕方ないの!』



『だから、一回だけ信じて。絶対カイト君を助けてみせるから』



『その上で……それでも許してもらえないなら、私はナデシコを去ります。そしてもう、みんなの前に………姿をあらわすことは………ないでしょう………』




「違いますよ」

「え?」

思わぬ近くから掛かる声。うつむいていた顔をあげるユリカ。

「助けるのはあなたじゃありません」

目の前のブースシート。ハーリーがこちらを見上げている。

「ハーリー君……」

「『僕たち』みんなでです」

「ハーリー君……」

「僕たちみんなで助けるんです。カザマ中佐を」

「ハーリー君……」

「僕たちみんな……」

「ハーリー君」

「そう、あなたも含めた僕たちみんなで、です……『艦長』」

「ハーリー君」

「って、何ですさっきから」

「ハーリー君……いたの?」

「………は?」

固まる青少年一名。

『彼』の天然の最大の被害者が、今度は本家のそれを食らったようだ。

爆笑する人々多数。

緊迫していた空気は、いつしか和らいでいた。

笑いの渦の中、コーヒーをすするイネス。

「(どこかで気づいているのね……カイト君と自分の……自分達との関係を……)」

それが幸せなことなのかどうか、イネスにはわからない。

「(でも……お帰りなさい。艦長)」

とりあえず、本当にとりあえずだが、ナデシコにミスマル・ユリカが帰ってきた。

それだけは事実なのだ。





病室。

集中治療室にいたカイトは、一般病棟に移されていた。

症状が快方に向かったのではない。

もはや、手の施しようがないのだ。

そんなカイトにひとり、話しかけるルリ。

「今日は天気がいいですよ」

ベッドの物言わぬカイト。

「ああ、この声ですか?」

この数日でひどくやつれていた。

「中庭ですね。子供達が遊んでいるんです」

だが、

「開けてみますか、窓?」

彼女の胸中、

「でも、看護師さんに怒られてしまいますから、少しだけですよ?」

充実していた。

とても充実していた。

認めたくはない。だが、確かに感じていた。

「ほら……とても……楽し……そうですね……」





再びナデシコブリッジ。

「………」

オモイカネと接続されたナルシサスより、『機械の森』の位置を探るハーリー。

無論彼一人でできることではなく、多くのバックアップを受けてのことだが、統括者は事実上彼なのだ。

彼しかいない。

ルリのいないナデシコには。

「…………」

不眠不休だった。最後に時計を見たのはいつだったか。

「ハーリー君少し休ん……」

「大丈夫です!!」

ユリカとのこのやり取りも、もう何度目か。

「これは僕の仕事、いえ、使命なんです!!」

「おお〜」

ふたたび、端末に向き直る。

「でもそのワリに全然見つからないね」

「うぐっ」

「そんなに難しいの?」

「……難しいです」

「大変なの?」

「……大変です」

「どのくらい?」

「どのくらいって、たとえば砂浜に落ちた角砂糖を探すような……」

「うわぁ〜センスないたとえ」

「いいでしょそんなの僕はだいだいじゃあどうたとえたらいいんですか!?」

「う〜んとぉ、砂浜に落ちた黒砂糖を探すとかぁ……」

「一緒じゃないですかどう違うんですか角砂糖と黒砂糖と!?」

「ええ〜、全然違うよぉ」

「同じですよ、だいたい……」

ピー

「「あ」」

その音に硬直する二人。

「「出た」」

「ど、どしよ、ど〜しよ〜?」

「ど、どうって……行くんですよ!するんですよ!飛ぶんですよ!」

「全乗組員に通達! 『機械の森』発見! 繰り返します。『機械の森』発見! ナデシコ直ちに発進します。相転移エンジン始動! あわせてボソンジャンプ用意!」

ズビっと指差すユリカ。

「いざ『星空』の彼方へ!!」

「それはもうやりました」

「妙なコンビができたわね〜」

一部始終を見守って(?)いたミナトの台詞に、うなずく一同。






「イネスさん!」

「いつでも行けるわ!」

「カウントダウン開始」

「5」

「4」

「3」

「2」

「1」

「ゼロ」

「ジャンプ開始!」







「ジャンプアウトしました!」

「現在位置確認! 『機械の森』は!?」

「本艦正面! 距離・・・・・・は!?」

「何!?」

「未確認の艦影多数!!」





『機械の森』。

そこに集う、『紅い』制服の兵士達。

「未確認の艦艇です!!」

喧騒。

「われらを追ってきたのか!!?」

動揺。

「なぜだ! なぜここがわかった!?」

叫喚。

「われわれには、もう太陽系に居場所などないというのか!?」

そして恐怖。

「騒ぐな!!」

一喝する声。

司令室の中央の椅子。そこに座る『紅い』コートの男。

「南雲中佐!!」

その声に答えるように、おもむろに顔を上げる『紅武者』南雲義政。

「あれはナデシコだ……」

「ナデ……あれが……」

戦い敗れた『火星の後継者』。

再起を期しつつも、いまは雌伏の時と、その身を潜めてきた。この『機械の森』という名の闇に。

だが、彼らの前に現れた。

火星を始め、あらゆる戦いで彼らを打ち破り、彼らの理想と彼ら自身を踏みにじってきた相手。

その名はナデシコ。

再び、彼らを蹂躙するただそれだけのために。

「落ち着け! 直ちに戦闘用意! 通信封鎖! 同時に例の対抗プロテクトを!」

「しかしあれはまだ完成しては……」

「火星の二の舞になりたいのか! ……少しでも時間が稼げればそれでいい。バッタを出せ!」





「通信は!?」

「封鎖されています!」

「強制的に介入できないの!」

「やってますが、何か強力なプロテクトが……」

「こちらのシステム掌握を警戒してのことでしょうな」

「ナデシコBにそれだけの力はないのに……」

「警戒しているのだ、過剰なまでにな」

ナデシコの彼ら。彼らはただ『機械の森』のデータが欲しいだけだった。カイトを救うために。

それゆえ、彼らが最初に採ろうとした行動は『交渉』だった。

だが、それは火星の後継者によって阻まれた。ただ、ナデシコの強大な力を恐れた火星の後継者に。

「機影多数!! バッタです!!」

「どうするの!?」

ユリカを振り返るミナト。できるなら戦いは避けたい。それは全員の、そして皮肉にも火星の後継者達にも共通した思いだった。

だが、

「止むを得ません。突貫あるのみです!」

ユリカは決断した。ここで時間を無駄にするわけにも、ましてやられるわけにもいかないのだ。

カイトを救うために。

「総員戦闘配置! エステバリス隊、発進してください!!」

たとえそれが、より多くの犠牲を必要とするものだとしても。





「…………」

声が聞こえた。

『誰のだろう?』そう思う前に、両腕に力がこもった。

「……ぐ」

間接が軋むようだった。

痛みがあるということは生きているということ。そんな慰めを思いながら、両足にも力を込める。

「……ぐぁ……」

先程をはるかに凌ぐ痛み。だが、その痛みこそが、『彼』の意識をこちらの世界に繋ぎ止めた。

「…………」

全身から発せられる悲鳴を無視しつつ、両足を地に着かせ、上体を引き起こす。

──行かなくては……。

声が、声が聞こえた。

苦しんでいる。

戦うことに。

悲しんでいる。

自らの下した決断に。

助けを求めている。

その相手は『僕』ではない。

それでも、『僕』は行く。

歩き始める。自らの身体を引きずるように。

壁に添えた手に力を込める。その身体を更に引きずるために。

そうする度に身体から何かが抜けてゆくのを感じる。

なにか、自分の命を支える、決定的ななにかが。

──構わない!

屋上へとつづく階段。その暗がりに溶け込むように消える背中。

一瞬、その身が光に包まれる。

引きずるような足音は、やがて規則正しい金属音へと変わる。

階段を上りきり、屋上に現れたその姿を陽光が照らす。

その身は白銀の鎧に包まれていた。

白銀の騎士。

だが、ただ仮面のみがその脇に抱えられているのは、『彼』の未練だろうか。

と、足が止まる。

前方にたたずむ人物に気がついた。

「……!」

ホシノ・ルリ。

わかっていたのだ、彼女には。

「……行くつもりですか、みんなのところへ?」

「…………」

だが、その問いへの答えは、彼の悲しげな微笑だけ。もはや、彼の喉には震える力も残されていないようだった。

「どうして、どうしてなんですか?」

「………」

「あなたはいつもそう。自分よりも、仲間の方が大事なんですね……」

その声に悲しみがこもる。

「私、ホントは少し嬉しかったんです………あなたがあんなことになって」

「……」

「あなたが、私のところにずっといてくれた。やっと私だけのヒトになってくれた。あなたを私だけのものにできた!」

「…………」

「私、心のどこかでそんなこと考えてた。軽蔑しますか?」

無言で首を振る。

それは彼女のエゴだった。そしてそのエゴは恋とか愛とかいった言葉に彩られていた。

「私は……私は、あなたが好きです。好きなんです!」

「………」

「好きだから、あなたが欲しい! あなたのすべてが!」

「………」

「欲しいのはあなただけ……あなたのほかには何も要らないのに………。なのに……なのにあなたはどうして! 私だけを欲しがってはくれないんですか!!?」

「………」

「なんでなんです……ずっと一緒にいてくれないなら………なんで優しくなんかしたんですか!!!」

ルリの絶叫。

『彼』の表情が歪む。

やつれきったその顔は、この上なく悲しげで、そして凄絶だった。

ルリは顔を伏せる。これ以上『彼』の顔を見るのがつらかった。

ザッ……ザッ……。

その耳に、再び足音が響く。

『彼』が行ってしまう。

だが、もう止める言葉はない。

───……ごめんね。

はっと顔を上げる。聞こえた気がした。もうずいぶん聞いていなかった、『彼』の声が。

ザッ……ザッ……。

───『僕』はいつも君を悲しませてばかりだ。

ザッ……ザッ……。

───『僕』には、君を悲しませることしかできないみたいだ。

ザッ……ザッ……。

───だからせめて、置いていくから。

ザッ……ザッ……。

───『カイト』の心はここに置いていくから。

ザッ……ザッ……。

───ここから先に行くのは白銀の騎士っていう、ただの兵器だから。

ザッ……ザッ……。

───『ミカズチ』でも『騎士』でもない。『カイト』の好きなのはルリちゃんだけだから。

ザッ……ザッ……。

───だから……。

指でルリの涙をぬぐい、そっと脇をすり抜ける『騎士』。

手すりを背に振り返る。その顔はすでに仮面に包まれていた。

その背後に閃光が走る。

ボソンの煌き。まとい現れるナルシサス。

それは紛れもなく、彼を死地へと運ぶ、白き花びら。

「さらばだ……『妖精』」

その身が光となって消えていく。

「!! カイトさん!!!!!」

ルリの絶叫。

機体の轟音がその声を掻き消したのは、救いか裁きか。






正面ディスプレイ。

そこに映る白き船体。

両腕を口元で組み合わす南雲。

戦況はこちらが有利。

望まざる戦いではあるが、ここで決着をつけるのも悪くはない。

「ナデシコ。これも因縁か……」

格納庫への回線を開く。

「私の機体の用意を!!」

ふと、頭の片隅によぎる。

かつて火星で戦った、奇妙なパイロット。

あの男は、いまもあの艦に乗っているのだろうか。




───ミカズ……いや……カイト、だ。




つづく




次回予告

「『赤備え』! 我につづけ!!!」

「待って! 話を聞きなさい!」

「死ぬなよ……俺が殺すまで」


機動戦艦ナデシコ『記憶の彼方に……』

最終話 記憶の『貴方』に……

「貴方の心は……いまでもここに……」









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