Good-bye my sweet......#4




『眠れる森の美女』第五話より



『やあ、来たかね。意外と遅かったね。テンカワ・アキト。研究ラボ以来かな?』

『あの時は世話になった』

『いやいや』

『今回の一連の事件、何がお前の目的だ』

『あの子達は私の誇りなんだね。それをお偉方は理解しようとしない』

『……』

『人類のタブーだの科学の暴走だの、潜入任務なんて影の仕事しかさせようとしなかった連中に教えたかったんだねぇ、あの子達の真の実力を』

『あいつは、カイトはそんなことを望んじゃいない』

『撃つのかね?』

『ああ』

『もう少し時間をくれないかな。せめてこの結末を見終わるまで』

『父王は『眠り姫』の目覚めを見ることなく死んでいくのだろう?』

『ふむ、これは一本とられたようだね。じゃあ座布団がわりにいいことを教えてあげよう。名付けて『跳躍戦士誕生秘話』。君たちA級ジャンパーにも関わることだよ』

『知っている。『白雪姫』はまだ終わっていない』

『おやおや、そこまでご存知とは! もうあげられる座布団がないよ』

『あるさ』













「死んだはずの知人が生きていた。そのことをこうまで忌わしく思ったのは初めてよ、ヤマサキ・ヨシオ」

『それだけ君の情操が豊かだということさ、イネス・フレサンジュ?』







機動戦艦ナデシコ

『記憶の彼方に……』








第四話 『星空』の彼方に……




「よくもまあ、おめおめと……生きていられたモノね」

濃いシールドのかかったガラス。ぼんやりと浮かぶ『影』へ向かって毒づくイネス。

『フ、フフ……』

シルエットがわずかに揺れた。

『い、今の私の姿を見れば、君も少しは同情してくれるのではないかな………』

「………」

言葉を切るイネス。なぜスモークの向こうの男が、顔すらまともに見せようとしないのか。その理由を考え始めた自分を、強引に現実に引き戻す。

いまは時間がない。

『それで?』

ヤマサキが促す。

「あなたの息子さんのことよ」

『息子?』

呆けたような声。少しの間をおいて。

『ああ……忘れていたよ。『人』への堕落を望むような、怠惰な子のことなどね』

「人並みな幸せを望むのは、いけないことかしら?」

イネスの反駁。それは彼女の本心だった。

『ありふれた身の上であるなら、ま、認めてあげてもいい。だがね……彼に、彼らにどれほどの希望が込められていたか、君にわかるかね?』

「『希望』。便利な言葉ね。そう言ってしまえば、どんなことでも正当化できると思ってるのかしら?」

『正当化などしない。第一、人の純粋なる願いに善も悪もないさ』

煙に巻くような声。イネスはこれ以上議論する気を失しつつある自分を、懸命に駆り立てる。

「死にかかっているのよ。彼」

『!!』

再び、『影』が揺れた。






小康。

ICUから運び出されたカイト。意識は戻らない。

ベッドの中の親しき顔を、悲痛に見つめるルリ。

「…あなたは……」

開け放たれた窓からの風が、レース地のカーテンを揺らす。

「あなたは……知っていたんですか?」

自分がいつかこうなるのを。

「……知っていたんですね」

自分が、長く生きられないことを。

「だから……」

時々、ひどくさびしそうにしていた。

「……だからなんですね?」

親しいはずの人たちにも、どこかで一線を引いていた。

ナデシコのみんな、ユリカ、アキト、そして自分にさえ………。

「あの時の手紙……」

かつて、天使事件のさなか、カイトの部屋で見つけたルリへの手紙。

「……ごめんなさい。やっぱり『フライング』だったんですね」

それでもなんだろう。いまこの、自分の中から湧き上がる感覚は。






『そう、彼ら跳躍戦士たちには万が一の時の安全策として、その身に『タイムリミット』を仕掛けられていた』

「そんな……」

『意外だね。とっくに気づいているかと思っていたが?』

「ええ。でも実際、あらためて言われるときの衝撃というのは………いえ、あなたにはわからない話だわ」

シルエットが揺れる。笑っているようだ。

「で、つづけてもらえるかしら?」

『ああ、彼らの話だったね。返らない砂時計。死出の一方通行。ふん、あの連中の考えそうなことさ』

「まるで他人事ね。あなたも一味でしょう?」

『同じ穴のムジナにも多少の個性はあるのさ。ま、否定はしないがね』

イネスの糾弾も柳に風で受け流す。だが、口調にどこか焦りの色が見える。

『だが、それには時間があったはずだ。少なくともあと四年……』

「時計の砂。予定通りではなかったようね」

たたみ掛けるイネス。突破口を見つけた思いだった。

『なにか、イレギュラーが入ったのか。何だ? 何が起こった!?』

スモークの向こうで『影』が身を乗り出す。

イネスにも予想外の、強い反応だった。

「あなた……なにも知らないの? 『知らされて』いないの?」

思わず口についた。思考より先に言葉が奔った。

『ここに閉じ込められてからこっち、知識や情報は『引き出される』ばかりでね』

どこか恥じ入るような声がした。

「それがあなたの生きている……生かされてる理由?」

「………」

肯定するような沈黙が返る。

「……なんてまぁ、『芸は身を助ける』かしらね」

イネスは呆れた。目の前の男に。ネルガルに。そして、それらにすがる自分に。

『芸は酷いな。君とこころざしは違うが、理想に燃えて身につけた知識ではあるんだよ?』

「その理想の結晶が、自己保身の役にしか立たないなんてね」

『…………』

沈黙するヤマサキ。

憤っているのではない。

焦れている。

それがイネスにはわかった。

『そろそろ話してくれないかい? 君らのカイトクンに何があったのか?』

「……ええ」

そう言って、深く息を吐くイネス。

また、つらい記憶を辿らなくてはならない。













『ほう、テンカワ・アキトねぇ。やられたか、彼に』

「………」

話し終えたイネスは疲れきっていた。

だが、そんな彼女にもわかった。スモークの向こうの男が動揺しているのを。

何に動揺しているのか。

敗れたことをか。

自分の優れた作品が。

それとも『わが子』が、か。

『で?』

「……え?」

『どう思う。どうやって彼は生き延びて、その『白銀の騎士』とやらになれた?』

「それは……」

『その状況。どうやってエステバリスのコクピットから脱出できた? なかったんだろ、ボソンジャンプの反応?』

完全に思案の外だった。カイトが今現在──辛うじてであるが───生きている。それで十分だと思っていた。

第一、それがいまこの状況に何の関係があるのか。

『簡単さ。死んだんだよ彼は。一度そこで』

「!?」

『コクピットを貫かれ、そのうえ海の底へ沈められてだ、何処の世界の人間が生きていられる? どんなご都合主義だい?』

「で、でも。彼は!」

思わず身を乗り出す。そんなはずはない。

『まあ、息は引き取ってなかったかもね。でも死ぬ寸前、天使の前に『眠り姫』が迎えに来た』

「!! 『機械の森』………イツキ・カザマ」

確かに、白銀の騎士となった時のカイトは、彼女のバックアップを受けていた。

『機械……? ああ、プラント中枢部か。そこにはね、いろいろ機材がそろってる。跳躍戦士用のね。なかでも、特殊生体培養槽弐式。ま、成長促進カプセルとでもいうかね。これを医療用に転用すれば、欠損した肉体の再生も可能だ』

「欠損って……」

『言ったろ? ご都合主義じゃないって。串刺しにされたんだ。奇跡か何かで一命は取り留めても、お釣りなんかあるわけない。『彼女』に助け出されたとき、どんな惨状だったか………正直想像もしたくないよ』

「………」

『ただ、この装置には欠陥があってね。文字通り『促進』してしまうのさ、代謝、分泌、そして細胞分裂、そうあらゆる生命活動をね。この意味、わかるだろ、君なら?』

謎が、解けようとしていた。あるいは解くべきではない、謎を。

夢ある魔法。そうして置くべきだったのかもしれない。

「ただでさえ、短い寿命しかない彼には……」

もはや言葉は止められない。

『致命傷だね』

「なぜ、イツキ・カザマは……そうなることは、わかっていたはずなのに………」

『それでも耐えられなかったのではないかな、愛するものが目の前で死んでいくことに』

「……たとえ彼の、わずかな『未来』を奪うことになったとしても」

『ああ、今の彼の『生』を願う。ま、私にはわからない心理だがね』



───許して……

──許して……

───あなたを助けるには……もうこれしか……

───これしかなかったの……

───だからどうか………

───どうか!!

───許して……ミカズチ




「それが、彼の今の『症状』の原因?」

『そうゆうことになるかな?』

「ぬけぬけと、見てきたように……」

『全部推測だがね。ま、大きくハズれてはいないはずだよ』

と、突然立ち上がるイネス。

『?』

両手をカウンターにつく。

「助けたいの……彼を」

『………』

「………お願い」

『……だがね、言ったろ? タイムリミットなのさ。寿命なんだ、あらかじめ決められたね』

「………」

『それにバイオメディカルは私の専門外だ』

「ええ……たしかに……助かるための答えなんて……」

絞り出す自分の声が苦痛だった。

『……いや』

「え?」

ヤマサキの声。思わず顔を上げる。

『答えはあるさ。そう、『始まりの地』にねぇ』

「始まり……? でも『機械の森』は……」

『飛ばしたんだろ? 宇宙のどっかに。バカなことをしてくれた』

「探し出す方法なんて……」

『手がかりはある』

「え?」

『そのなんていった、ナルシサス? それが『彼女』の作ったものであるなら、おそらくは『機械の森』とのリンクシステムがある。それを辿れば……』

「でも、確証はあるの!? そこにカイト君を救う手だてがあるって!?」

『連中にその気がなくとも、それに逆らおうとするのではないかな、『眠り姫』は。まして愛する者のためならね』

「イツキ・カザマによって、何らかの治療法が研究されていると!?」

『ああ、あの娘ならやるだろうね。ま、根本的な解決は無理でも、なんらかの延命方法は見つけ出していても不思議はない』

「……でも…」

推測。いや、希望的観測ですらない。

『ああ、でも、ここで私に愚痴っているよりましだろ』

その言葉は引き金だった。

走り去ろうとして立ち止まるイネス。ヤマサキの方を振り向く。

「……礼を言っておくべきかしら?」

『よしてくれ。それよりね』

「?」

『仮に砂時計を返せたとしても、だ。それは『時』が戻るわけではない』

「………」

『この意味、わかるかね?』

「…………」

『解釈は任せるよ』

今度は無言で走り去るイネス。もう言葉遊びをしている時間はない。

『…………』

静寂に戻った空間に、だが、ふたたびヤマサキの声が響く。

『いざ、『星空の彼方に』………か。しかし、自らの死を知りながらそれを放置していたとは……。テンカワ・アキトとのことといい……。わからんね、つくづく……。試作弐号、君らにとって死とは『消滅』と同義なのだろう?』






「え?」

はじめは、意味を理解できなかった。

ただ、目の前のハーリーの瞳の輝きだけが、ルリの感じた印象の全てだった。

「ですから、助かるかもしれないんですよ、カザマ中佐!!」

「え?」

「イネスさんが調べてくださったんです。プラント中枢部すなわち『機械の森』へ向かえば、何らかの手がかりが掴めるかもしれないと」

「……そうですか」

プロスペクターの言葉。待ち焦がれていた希望の光のはず。だが、それでもルリの心は湧き立たなかった。

「っても、まだ宇宙は物騒っすからね。ナデシコの出番ってわけで」

サブロウタの声。それもどこか虚ろに響く。

違う? これは、私の望んでいたこととは、違う?

「ですから艦長……」

「私は!」

遮っていた。思わず、ハーリーの声を。

そっとカイトの方を振り向く。

「「「…………」」」

そして、三人に向き直る。彼らは驚いてルリの次の言葉を待っている。

「私は、残ります………ここに」

「で、でも……」

「あ、いや」

詰め寄ろうとするサブロウタとハーリーを、しかしプロスペクターが静止した。

「な、なんすか……」

そのまま、三人でルリに背を向け、肩を組むような体勢になる。

「あるいは名案かもしれません」

「え?」

「無論カイトさん救命のため、私も全力を尽くす所存ではありますが……」

「プロスさん、なにを」

「万が一ということもあります……言いたくはありませんが、その……間に合わないということも」

「………!」

「その際、少しは救いとなるかもしれません……一緒にいられるというのは」

「それは……」

ハーリーにも理屈はわかる。いや、理屈でならわかる。だが、そんな悲愴な理屈など。

「………嫌なこといいますね」

サブロウタの声がハーリーの思考を遮る。

「否定はしません」

「俺も、肯定はできないですよ」

それでも、その声音はプロスペクターの意見への賛成を示していた。

「あの………」

置いてきぼりのルリが声をかける。

「ああ、失礼」

プロスペクターがすばやくルリに向き直る。

「わかりました。後は我々にお任せください」

「それじゃここで二人、吉報をお待ちあれってね」

「え、ちょ、ちょっと」

抗議しようとするハーリーの襟を、すかさずつまみ上げるサブロウタ。

「って、そのころには『三人』になってたりしてな。ワハハハ……」

彼の不穏当な発言とともに扉が閉まる。

ふたたび、カイトに目をやるルリ。

ベッドの傍らの椅子に腰掛ける。

「…………」

ひどくやつれたカイトの顔。

それすらも半分以上を覆い隠す呼吸マスク。

体のあちこちから伸びるチューブ。

こんなにも痛々しい姿なのに。

もう、明日とも知れない命であるのに。

なのに何故。

私はこんなにも………。






廊下に出た三人。サブロウタが口を開く。

「でも、プロスさん。それじゃ誰がナデシコの艦長を」

「も、もしかして、ボ、僕……」

と、キラリとプロスのメガネが輝く。

「それにつきましては私に心当たりが……」






「どもども〜! 出戻り艦長で〜す!」

発進準備を進めるナデシコBのブリッジに響く能天気な声。

ミスマル・ユリカ。

最終兵器降臨の図である。

「妙に、いえほんとに妙ですけど高いですねぇテンション」

「まあ、登場久しぶりだからなあの人も。といってもアレはちょっと異常だけどな」

「たしか前作ではもっと悲愴なキャラだったはず……」

ヒソヒソと話すマキビ・ハリとタカスギ・サブロウタ。

「無理してんだよ。あれでも」

「セリフが違……ウリバタケさん」

ふたりの背後からウリバタケ・セイヤ。

「察してやれよ。多分あいつが一番つらいのさ」

リョーコもそう言い添える。




連合宇宙軍総司令部。

重々しいその身体を、椅子に縮みこませるミスマル・コウイチロウ。

「ハァ……」

目の前の書類が、そのため息で吹き飛んでくれればと思う。

「ハァ〜」

名案だ、と今度は強めにため息をついてみる。書類の端がわずかに浮き上がる。

「ハァ!!」

と書類を押さえつける二本の腕。ムネタケ・ヨシサダと秋山源八郎。

「……押さんとダメかね、ハンコ?」

「ダメです」

「ダメですな」

即座に否定される。

「あいつの現場復帰にしてもワシは……」

「そのご息女のたっての希望……いえ、交換条件というべきですな、これは」

さえぎるムネタケの声と、それにウンウンと頷く秋山。

「わかったよ……」

ポンっと音はしないが、勢いよく押される総司令印。







そして、ふたたび闇。

深い闇の中に彼はいた。

だが、その深い闇の中で彼は燻っていた。

全身を包む拘束衣でさえ、その身の『熱』だけは押さえ込めない。

闇の中でギラギラと輝く眼。

「………お前は俺の───」

かつて、白銀の騎士となった『あいつ』との対決の折、ナルシサスのコクピットに浮かんだ『あの子』。

それの意味するものとは。

わからない。

わかりたくない。

わかるのがたまらなく怖い。

自分のしてきたことすべてが崩れ、してしまったことすべてがのしかかる。

この身に。

耐え難い恐怖。

だが、違う。

本当に耐えられないのは、いまの『わからない振りをしている』この状況なのだ。

ならば『わかる』しかない。

だが、その方法とは……。

「わかるさ……もう一度ヤツを殺してみればな!!」

闇の中、一人吠える。

だができるのか。いまの、『いまの』この自分に。

「………」

電子音。

ロックが外れる。

目の前の壁が割れる。

さしこむ光。

だが、どれも彼の注意を引くには至らない。

「やあ……」

顔を上げさせたのはその声だった。

「……久しぶりだね、テンカワ・アキト」

居並ぶ衛兵たち。

「ジュン……」

彼らの前に、逆光を受けて立つアオイ・ジュン。

「君の力が必要なんだ」

「……………」

「助けて欲しいんだ………彼を」

二つに裂かれた闇。

その狭間の光の中、アキトは哂った。






つづく





次回予告



「ナデシコ。これも因縁か……」

「ずっと一緒にいてくれないなら………なんで優しくなんかしたんですか!!!」

「止むを得ません。突貫あるのみです!」




機動戦艦ナデシコ『記憶の彼方に……』

第五話『野望』の彼方に……

「さらばだ………『妖精』」





あとがき

前回と同じひきです。回想多いです。そのうち総集編までやってしまいそうです。まるで某アニメです。最終回まで結局見てしまいました。もう寝ます。







テンカワ・アキト

ナイクロ編主人公。書いてたときはそういう設定ではなかったが、あとで読み返したら彼が主役だった。なんて無責任。
なんで悪役やらせたかと言うと、落ち着いて欲しくなかったから。
カイトSSだと定番の、説得されて、あっさり帰ってきて、いい兄貴分になってて、だいたい一歩引いた立場で、彼に見せ場譲って……て役やらせるのが、なんか嫌だった。是非とも主役を食うくらい活躍して欲しかった。
その結果が悪役なのだから、まあ、異界の限界というものでしょう。いえ、駄洒落ではないです。はい。



ヤマサキ・ヨシオ その2

とりあえずカイト君を除くと、一番設定いじりまくりな方。
ちなみに我らがカイトSSの原作とも言えるb3yにはこの人登場してない。
てゆうか、もともとカイト君とは設定上一切関連がない。
異界が一作目である『眠れる……』を書くにあたっていろいろ設定を捏造してたら原型がなくなったしまった。
いつの間にか、カイトSSだと彼が産みの親って設定を散見するようになって結構怖い。




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