Good-bye my sweet......#3




なんだろう……この懐かしい感じ……。

響き続ける無数の足音。

ダダダダダダ!!

違うな……。

聞こえてくる、酷くネガティブな内容の話し声。

「脈拍、呼吸とも弱まっています!!」

うん……違う。

耳元で繰り返される、誰かの励ましの声。

「がんばって!! がんばるのよ!!」

どれも違う。

なんだろう? なにが僕に懐かしさを感じさせるのだろう。

───許して……

……そうか、そうだな、これは外からの感覚じゃない。

──許して……

もっと内側の、僕の体の奥からゆっくりと歩み寄る感覚。

───あなたを助けるには……もうこれしか……

かつて、『あの人』によってもたらされた。

───これしかなかったの……

そして『彼女』によって辛うじて救われた。

───だからどうか…………

でも、『彼女』はもういない。

───どうか!!

もはや避けるすべもない。

───許して……ミカズチ

これが──か。





機動戦艦ナデシコ

『記憶の彼方に……』









第三話 『暗闇』の彼方に……





基地内部というあらたまった場所にあったとしても、それが医療施設と呼ばれる建物であ
るなら、その前で少々の喧騒があってもまあわからなくもない。

怪我。病気。そして、死。そういったものに、親しきものあるいは自らが直面すれば、人
は到底正気ではいられない。

だが、この光景ばかりは少々常軌を逸しているといわれても、それは不当な評価ではある
まい。

「…………」

玄関前に立つ、当施設の職員二年目の彼女──フクザワ・トミエ(2×)にしてもそれは同
感であった。

「…………」

呆然とする彼女の頭上を通り過ぎていく、全長200メートルは超えるであろう白い船体。

TVで二、三度見た、シクラメンとかフラメンコとか、そんなような名前の戦艦だっただ
ろうか、あれによく似てる。

「…………」

逆光になった船体のシルエットから、別のシルエットが分離してきた。

あれは、エーとなんといったか、オストアンデル? 忘れたがそんな名前のロボットだっ
たか。

「…………」

轟音とともに目の前に降り立つ青いオストなんとか。衝撃と突風に身がのけぞる。

「…………」

その両手から駆け下りる二人の......金髪白衣の女性と、ツインテールで軍服を着た少女。

トミエの長い髪をさらう様に、彼女の両脇を走り去る。

「…………」

突然、身体が我に返ったようだ。膝が笑う。力が抜ける。ヘナヘナとその場に座り込んで
しまう。

と、目の間のオスト……の胸の辺りが開く。

「ふう…………」

金髪の長い、若い男性が顔をのぞかせる。

「………ん?」

こちらに気づいたようだ。

「よ!」

指二本で軽い敬礼ポーズ。

その表情が若干引きつっているところを見ると、案外常識人のようだが、当のトミエにそ
れを判断する余裕などあるはずもなく、

「あはは……」

ただただ、引きつった笑いしか出てこなかった。




「お待たせしました」

病室に特攻しようとしたルリをなんとか思い止まらせ、やっとのことで待合室のシートに
座らせたイネスにとって、その声は救い以外の何者でもなかった。

それでなくとも……ここまでの強行軍。始末書100枚と減給で済めば、それは宇宙軍始ま
って以来の温情判決ということになる。

「どうぞこちらへ」

「はい」

カイトが倒れた。

結局のところ、ただその一言がルリをこの強行に駆り立てているのだ。




管だらけ。

それが、ガラス越しにカイトを見たルリの感想だった。

呼吸マスクで覆われて、顔はよく見えない。

最後にあったのは、ほんの一ヶ月前だった。

そのときはあんなに元気だった。

あんなに元気だったのに…………。

ふと、彼の腕から伸びた点滴の管が目に入った。

じれったいほどゆっくりと滴る雫。

あれがカイトの命を支えているのだろうか?

ふとよぎった思念が、わけもなく悲しかった。




「………………率直に申しまして」

イネスと差し向かいに座る医師は、神経質そうにメガネをいじった。

「わけがわからないというのが、私の感想です」

「…………」

無責任な、と思いつつも、イネスもそれに同意するところがないわけでもない。

彼に関しては、わからないことが多すぎた。

いや、あえてわからないままにして置いた、というべきか。

知りすぎてしまうことを恐れ、主担医の仕事を放棄していた自分には、何も言う資格がな
いのかもしれなかった。

「これを…………」

ひどく青ざめた印象を受ける医師から、カイトのカルテを受け取る。

「……………………!」

そこに記された数値の意味するものを、イネスはとっさに理解できなかった。

目の前が真っ暗になる。そんな陳腐な表現が思い浮かんだ。

視界の中のテーブルに、コーヒーが置かれているのに今さらのように気づいた。

気を落ち着けようと一口すする。

目の前の医師の好みか、ひどく苦い。

だが、

「これは…………彼の身体は…………」

やっとのことで搾り出した自分の声は、それ以上に苦く響いた。





待合室にはナデシコのクルーたちが集まりつつあった。

ナデシコBを車庫入れの感覚で、ドッグに置いてきたあたり流石と言わざるを得ない人々
でも、その顔に一様に陰を張り付かせているのは、多分場所のせいだけではない。

「なにかわかったか?」

最後発の組のウリバタケが、到着するなりそういったが、リョーコの首を左右に振らせた
だけだった。

「まだ、ふたりとも出てこないんです……」

ハーリーが付け加える。

「おう」

違反キップと某女の電話番号のメモをポケットにねじこみつつ、サブロウタも入ってくる。

これで全員そろったが。

「進展は………無サゲ、だな」

結局、ここで待つしかないのだ。





「…………」

イネスは目の前の電話を、憎憎しげに見つめていた。

病院のコンピュータを強引に借りたのが一時間前。

それを駆使し自分なりの結論を出したのが45分前。

念のためルリを通じてオモイカネに検算を依頼したのが35分前。

『さすがイネスさん完璧です』が返ってきたのが25分前。

「………………」

そして、方々への連絡がことごとく門前払いとなったのが今現在現時点である。

「イネスさん……」

ルリが背後から声をかける。

ルリは知りたがっている。イネスの行動の意味を。

ルリは知りたがっている。それがカイトとどう関係するのかを。

「…………」

ただ沈黙しつづけることをこれほど苦痛に感じたことはなかった。

そっとルリの方へ振り向く。

「ルリちゃん……彼は……」

汗の滴が、髪をつたって落ちる。

「カイト君は…………」

ルリが身震いする。

いや、させいるのだ、この『私』が。

「死ぬわ…………」







照明とともに、喧騒も失った待合室。

うずくまるようにシートに沈むイネス。

イネスの言葉を聞いて一斉に走り出したナデシコクルー。

そしてルリは、今もカイトの傍を離れない。

みなカイトのために何かをしようとしているのだ。

たとえそれが徒労に終わると知っていても……。

「…………」

『死に至る病』

とでも形容せざるを得ない。

カイトの全身の細胞。それが一斉に死滅を始めている。

原因?

推測はつく。彼はもともと…………。

だが、それにはまだ時間があったはずだ。

ルリの、そしてみんなの思い出になるだけの時間は。

それゆえ、今日の今日まで彼を自由に生きさせてきた。

さてせてきたのだ!!

それがただひとつ、彼が望んだことなのだから。

噛み締めた歯の隙間から、うめきが漏れる。

「(どうすれば………)」

答えはない。あるのはただ静寂。

だが、静寂は破れた。

響く足音。

落としていた視界。その中に、女物の靴が映る。

「久しぶり、かしらね」

「…………いえ、そうでもないわ」

エリナ・キンジョウ・ウォン。

かつて味方であり、そして敵でもあった女性。





「どうなの? あれ以来」

イネスの傍らに腰を下ろすエリナ。表情は見えない。

「あいかわらずよ。あなたは?」

正面を向いたまま応じるイネス。

「私もあいかわらず、かな?」

聞きたいことはお互いありすぎた。だが、それを正面からぶつけ合うには、二人は大人に
なりすぎていた。

「なにか………」

「え?」

「なにか、私にできることはあるかしら?」

「なにができるの?」

意図してか、冷たいトーンの返事を返すイネス。

「できないわ、いまのネルガルでは…………なにも」

「で、しょうね」

ため息をつく。彼女が最後の頼みの綱だった。

「ごめんなさい。せめて会長がいてくれれば…………」

そう、アカツキが姿を消し、旧木連の科学者たちが口をつぐんだいま、彼女だけが…………。





いつの間にまどろんでいたのだろうか。

白みはじめた外気が、イネスを呼ぶ。

「…………」

傍ら、エリナが座っていた場所。

イネスはそこに一枚のカードを見つけた。

「…………ありがとう…………エリナ」

まる一日、浮かべることのなかった微笑だった。





ネルガルの数ある研究所のひとつ。イネスもかつて籍を置いたこともあるそれの地下。

軽い音をたて、壁に吸い込まれるカード。

扉が開く。冷たい空気がイネスの身を震わす。

廊下に響く自分の足音は、それに拍車をかけるだけだった。

最奥。壁にしつらえられたカウンター前の椅子に腰掛ける。

「おかしいとは思っていたのよ」

壁に向かい話し始めるイネス。

「なぜあれほどの短時間で、ネルガルは超A級ジャンパーをそろえることができたのか?  
あれほどボソンジャンプを制御することができたのか? そして、それだけの技術があり
ながら、なぜカイト君に固執したのか?」

壁ではなかった。壁と思われたその向こうに、薄明かりが浮かび、人の顔がわずかに見え
た。

「答えは、やはりひとつ。あなただったのね」

その人の顔は低い、だが、どこか人を食ったような声を発した。

「ん〜? フレサンジュ博士? 初めてかねぇ、こうして会うのは?」




────ヤマサキ・ヨシオ

壁の向こうで、死人が口をきいた。




つづく







次回予告



「どもども〜! 出戻り艦長で〜す!」

「答えはあるさ。そう、始まりの地にねぇ」

「私は、残ります………ここに」


機動戦艦ナデシコ『記憶の彼方に……』

第四話『星空』の彼方に……


「わかるさ……もう一度ヤツを殺してみればな!!」










望まれざるオマケ

キャラ雑感 その2



イネス・フレサンジュ

主役・ナレ役・大活躍。




ヤマサキ・ヨシオ

生存確認。




南雲義政

出番マダー? うんまだ。






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