Good-bye my sweet……#2 ほの暗い部屋の中、机に向かうカイト。 愛用のゲキガンカラーに塗り分けられた端末を起動させる。 「よっと……」 傍らの、砂時計形の照明をひっくり返す。 ホログラフィーで再現された砂が、ぼんやりとした明かりを照らし始める。 「………」 魅入られるように、その光の砂を見つめるカイト。その口元には軽い笑みが浮んでいる。 「さてと」 端末に向き直りつつ、メールソフトを起動させる。 「え〜と、件名(タイトル)」 機動戦艦ナデシコ 第二話 『日常』の彼方に…… 拝啓 ナデシコのみなさん、いかがお過ごしでしょうか。 僕がこの基地に来てから、早いものでもう一月になります。 なかなか連絡が入れられず、すみませんでした。 ……いえほんとスミマセン。心の底からゴメンナサイ。お願いですから許してください。これからは欠かさず連絡入れますから! あ〜、え〜、さて置き、やっとメールを書く時間が出来たので、僕の近況についてご報告したいと思います。 こほん、ここ月面第七訓練学校は、月にある教導基地の中でも特に新しい学校で、そのせいか人の出入りが活発です。 現在、校長をしておられるのは、ゴーダ大佐という元統合軍の方ですが…… 「失礼します。カザマた……中佐、入ります」 「うむ」 「本日付でこちらに赴任しました、ミカズチ・カザマ中佐です」 「ご苦労。本校で校長をしているゴーダだ。フフ、君の以前の所属は聞いている。こうして顔を会わすのは初めてだが……『久しぶり』だな」 「……………初めての対面(とうじょう)ですが、なにか?」 「……待て、俺を覚えていないのか?」 「やだなぁ、まったくの初対面(いちげんさん)じゃないですかぁ」 「……俺だよ、俺! ほら、プラント中枢部との戦闘で、ほら、生きてたんだよ実は!! この顔の傷はその時の……」 「じゃ、以後よろしくお願いします」 「待てって!! 本当に覚えていないのかぁああ!!!」 プ○デター風のスカーフェイスが印象的な、まったくの初対面(しんきゃら)です。ええ、間違いありません。 さて、この学校での僕の肩書きはヒラ教官ですが、『中佐』なんて不相応な階級をもらってしまったせいか、専用のオフィスと秘書官が与えられてしまいました。 秘書をしてくれるのは、ハヤミ中尉という女性で、ブラウンの長い髪が印象的で、目鼻立ちが良く通った、とても魅力的な……えと、 「はじめましてハヤミ・ヨリコ中尉です。中佐の秘書をさせていただきます」 「ミカズチ・カザマです。まだいろいろ不案内なのでお手数をかけるかもしれませんが……」 「? 中佐、なにか?」 「失礼ですが、中尉はいまおいくつですか?」 「まあ……22歳です。初対面でそんなことを聞かれるなんて、私にご興味がおありですの?」 「あ、いえ……それと、22ひく5はいくつになりますか?」 「……17ですが、それがなにか?」 「いや、その答えが聞きたかったんです、一応」 そう、僕より『一回り以上年上』の女性です。ウソではありません。本当です。本当ですとも。 そういえば、赴任初日に全校生徒の前で挨拶をする機会がありました。あの時の緊張感というか恐怖はちょっと形容しがたく、今でも思い出すたびに身体の震えが甦ってくるようです 『………さて、本日より本校で教鞭をとっていただくミカズチ・カザマ中佐を紹介しましょう。中佐は以前は『あの』ナデシコに乗艦、『閃光の白』の二つ名で知られる宇宙軍指折りのエースパイロットで………うんたらかんたら』 キョロキョロ 「あれ、ハヤミ中尉?」 「はい、なんでしょう中佐?」 「ここの生徒さんて女性が多いですね」 「あら、言ってませんでしたか?」 「え?」 「本校で男性は校長と中佐だけですよ?」 「……はい?」 「教官も生徒も校医も事務員も用務員も食堂のおばさんもってこれは当たり前ですね。あ……あと飼育小屋のうさぎもメスね、そう言えば」 「…………」 「中佐?」 「………」 『万が一間違っちゃたりしたら………わかってますね?』 「………」 『万が一間違っちゃたりしたら………わかってますね?』 「………」 『万が一間違っちゃたりしたら………わかってますね? わかってますね? わかってますね? わか………』 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ………。 「バレたら……お仕置きされる……」 「は?」 『なんたらかんたら……では中佐お願いします』 「あ、ほら中佐! 出番ですよ!」 フラフラフラ……。 『は、初めましてミカズチ・カザマです。(パチパチパチ←形だけの拍手) み、皆さんはいま何を感じておられるでしょう。僕、いや、私が今感じているのは……恐怖、そう恐怖です。(ザワザワ←ざわめき) いえ、なんとなくこんなような展開が来るのではないかと予想しないではなかったのですが、『いざとなると怖いものです。手の震えが止まりません』(クスクス←失笑) では、皆さんに質問です。恐怖とは何でしょう? 萎縮すること? 臆病であること? であるならばこれはネガティブな感情でしかありません。でも、こうは考えられないでしょうか? これは『どこか』(例えばナデシコのブリッジの艦長席)からのシグナルであると。そのシグナルを送っているものは何か、これについては、今は脇に置くとしましょう(考えるともっと怖いから)。では、そのシグナルを受け取った私たちは何をすべきか。背を向けて逃げ出す? あるいは立ち向かう? こういうと皆さんは思われることでしょう『前者は恥じるべき臆病な行為で、後者が賞賛すべき勇気ある行為である』 、と。(ウンウン←同意の頷き) だが、再度考えて見ましょう、その行為は真に勇気を持って行われたかどうかを。ちょっと失礼(←水差しの水を飲む)。フゥ、いや失礼しました。恐怖に立ち向かうことは非常に勇気が必要です。これを否定するつもりはありません。ですが時に、逃げるということはそれ以上に勇気を必要とします。てゆうか逃げさせてください。いや、こっちの話です。(ザワザワ) 大切なのは大いなる恐怖に見舞われたとき、立ち向かうにしろ逃げ出すにしろ、それが勇気を持って行われたのか? ということです。言い換えれば自分の足で奔ったかということです。真に賞賛されるべきは勇気であり、その行動そのものではない。私はそう考えます。そしてこれこそがその恐怖のシグナルを送るものへの、その問いかけへの一つの答えではないでしょうか(シーン←会場沈黙) そう、前後しましたが、我々が日常体験している出来事は、すべて何者かからの問い掛けである。これが私の実感です。そしてその問いかけがある以上、この世の出来事すべてには何らかの意味がある。 つまり、それは偶然ではなく必然であると。(ザワザワ←困惑のざわめき) そう、意味があるなら、人のせいではない。ってゆうか僕のせいじゃない! いえ、気にしないで。いずれ私は古巣であるナデシコに戻ることになるでしょう。そのとき、私は非常な恐怖に見舞われるでしょう。非常に恐ろしい相手(多分ツインテール)に再度対峙することになるのです。命の危険すらあります。その時、私は先の選択を迫られるでしょう。立ち向かうか、逃げるか。どちらを選ぶのか、今はまだわかりません。ですが、願わくは、その行動が勇気とともにあることを。そしてどうか許しを。命の尊さを。ではこれで失礼します(パチパチパチパチ←わりと大きな拍手)』 ヨロヨロヨロ……。 「中佐! 難しいお話でしたが……その、軍人としては賛同いたしかねますが、ひとりの、ハヤミ・ヨリコとして感動しました!」 「ブツブツブツ………」 「中佐?」 「……そう、すべての出来事は必然、ならばこの学校が女の子だらけなのは僕のせいじゃなくって、でもって勇気もって留まってて、いや、だから、命はとっても大切なんだから、とにかくルリちゃん…………命ばかりはお助けを〜!!!」 緊張のあまり話の内容は全然まったくただのひとことも覚えていないのでここには書けませんが(いや〜残念です)、皆さん口々に『感動的なお話でした』といってくれています。 ところで、僕に教官が務まるかと危惧されている方もいるかと思います。ですが心配御無用。自分でいうのもなんですが、なかなかの授業を行っています。 「……とゆうわけで、この状況で大切なのはタイミングです。息を殺し、視線を燃やし、全身の神経を指先に集中し………はい!!」 サッ! 「……というふうに浮き上がってきた昆布を取ります。さあ、おいしいダシが取れました。おいしいダシを取る、これがおいしい味噌汁を作る第一歩です!」 「「「「「「「「「…………………………………………」」」」」」」」」」 皆熱心な清聴振りです。清聴すぎて質問があまり出ないのは少々残念ですが、『最近の生徒は……』と言うなかれ、意欲的な生徒も多く、廊下・中庭などところかまわず質問攻めにあうこともあります。ちょっとした人気教官といったところでしょうか。 「教官はナデシコでは『カイト』って呼ばれてたんですよね! ……なんで?」 「犬みたいだから」 「リョーコお姉さまのこと教えてください」 「強く正しくとても漢らしいです」 「ハーリー君ってカワイイですか?」 「きっといいお嫁さんになれるでしょう」 「タカスギ大尉はどんな人ですか」 「メッシュが赤いです、全体的に」 「死んだはずなのにどうして白銀の騎士になれたんですか?」 「え〜と、セイフティシャッターが………」 「『電子の妖精』に手を出したってホントですか?」 「むしろ差し出した手に手錠を掛けられたような、ゴホゴホ……ノーコメントで」 「何か決め台詞を」 「百鬼夜行をブった斬る(棒読み)」 「『きくちろりこんだいまおう』なんですよね?」 「……それは違う世界(えすえす)のお話です。てゆうかごめんなさいワルノリしすぎです」 授業や生徒との交流も大事ですが、デスクワークも同じくらい大切です。僕のここでの仕事の半分は、これであるといっても過言ではありません。とくに最近は、連日過酷なデスクワークが続いています。 「お、重い〜っ」 「う〜ん……中佐、もう三センチ右に……あ〜! 行きすぎ! 一センチ左に……そう!そこ!」 ドン! 「ハァハァ……。ハヤミ中尉……オフィスの模様替えっていっても……こんなにしょっちゅう机を動かさなくても……」 「いいえ。部屋の雰囲気が変われば気分も変わります。そうすれば仕事に対して常に新鮮な気持ちで臨むことが………う〜ん、やっぱり50センチ右に……」 そうそう、基地の施設についても少しふれておきましょう。 訓練・娯楽など様々な施設が多々ありますが、やはり特筆すべきは図書館でしょう。ここの付属の図書館には大量の蔵書があり、ついつい時間を忘れて入り浸っています。過去の書物や映像ソフトから学ぶことは多い。まさに『知は力なり』。 ガンガンガン! 「いやーまさかこんなところにゲキ・ガンガー3全巻がコンプリートされているとは思いませんでした……ってこれはもしや幻と言われた……!!」 「……中佐、もう始業時間です」 「中尉も一緒に見ませんか、感動ものですよ?」 「結構です」 ナデシコを離れて痛感するのは、自分がいかに世間を知らなかったかということです。ここでの生活は日々是発見の連続です。 「いやった〜! 絶版品のアーストロンを発見!! あとはゼットン二代目と……」 「町の案内をお願いっておっしゃるから……こんな……この日のためにおろした私の新品のワンピースの立場は……」 「ワンピース? そんな名の怪獣いました?」 「知りません!」 「うん、僕も知りません」 しかし、こういった仕事をしていると、人と人との関係の大切さを再認識されられます。人はひとりでは生きてはいない。この当たり前のことを絶えず確認する毎日です。 「さぁ〜中ぅ〜佐ぁ〜! もう一軒行きますよぁあ!」 「ハヤミ中尉もう止めといたほうが……」 「なぁ〜にをいってるんですかぁ〜! ッてゆうか誰のせいのヤケ酒だと思ってんですかぁ〜!! さあ、夜はこれからですよぉ〜!」 「もう明け方なんですが……」 「おう、カザマ中尉とハヤミ中佐ではないか!」 「校長、なんで階級逆なんです? ま、おおむねそんな力関係ですが。それよりそんなにたくさんの女性を引き連れてどうしたんですか」 「そう、前の問いはどうでもいい。そして後の問いもどうでもいい。大切なのは、これから君らも俺たちと一緒に飲み明かすということだ!! ガハハ!!!」 ってゆうか一人になりたいです、いえ、その、そう! いい意味で。 そういえば今度、教え子のひとりが宇宙軍と統合軍との交流試合に出場します。テレビで全国放送されるそうなので良かったら観てあげてください。彼女は僕がここに赴任して最初に受け持った生徒で、そのことについてはいろいろ書くことがあるんですが……。 RRRRRR……。 ガチャ。 「はいカザマです」 「……何か悪口をいってませんでしたか?」 「ハヤミ中尉? なぜわか……じゃない、何を証拠に……でもない。え〜と……ハテ、ナニヲイッテイルノカワカリマセンナ?」 「目一杯怪しいですが………まあいいでしょう。しかし」 「し?」 「中佐! いつまで起きているんです! 明日は一時間目から授業があるんですよ! 早く布団に入ってください! あ! ちゃんと歯磨きとトイレをお忘れなく!」 「……あなたには日々お世話になっているし感謝もしています。しかし僕はあなたの子供でもなければお人形でもない。そうやって過剰に世話を焼くのはやめてもらいたい。第一あなたは確かに優秀な秘書官であるが、僕の部下なのだ。そのあたりをわきまえてもらいたい!」 「…………」 「……って風に自分の秘書様に一度言ってみたいな〜って人が、僕の友人の友人にいたりなんかするんですが、おなじ秘書としてどう思います、ハヤミ中尉?」 「その友人の友人という方を教えてください」 「どうするんです?」 「……ぶっとばします」 「おやすみなさ〜い」 おおっと、もうこんな時間だ。そろそろ就寝時間です。やはり教官たるもの規則正しい生活を心がけなければ、部下や生徒にもシメシがつきません。 残念ですが、教え子についてはまたの機会に。 まあ、いろいろありますが、僕はわりと元気です。 ナデシコに戻れるのはもう少し先なりそうですが、それまでは精一杯いまの仕事に努めたいと思います。……明日の朝イチの秘書様へのお茶汲みとか。 それでは、またお会いできるのを楽しみにしています。 ……ホントに楽しみです。 敬具 「……データ送信っと」 端末の電気を落とすカイト。一仕事終えた彼は、軽く伸びをする。 「……ん?」 ふと気づく。視界が暗い。 「(……停電じゃない)」 そう思ったとき、彼は既にその理由に思い当たっていた。 「(そんな……早すぎる)」 全身の力が徐々に抜けていく。 覚悟はしていたことだった。それを理不尽な事だとは思わない。 だが、それでも、あまりに唐突だった。 「………く」 支える力を失い、椅子から転げ落ちる身体。それに引きずられるように、机の上の備品が床に散乱する。 虚ろな視界の中、写る『砂時計』。 こぼれ落ちつづける光の砂。 その光の中に浮かび上がる、誰かのシルエット。 差しのばされる手。しかし、それが何かをつかむことはなかった。 「…………」 カイトの口が何かを紡ぎだす。 それは最早、言葉の体をなしてはおらず、ただの掠れた吐息でしかなかった。 だが、多分それは、『女』の名であったのだろう。 「ん?」 とある宙域を巡航中のナデシコB。夜勤中のルリ。 職権を濫用して作ったカイトとのホットライン。そこに一件のメールの受信を見つけた。 「また、文面だけで……。映像もつけるようにいつも言ってるのに」 軽く愚痴りつつも、内容を確認をすべくオモイカネへ指示を出す。 「まあ、自発的に送ってきたことですし、大目に見てあげますか」 『ルリさん。顔がにやけてます』 「気のせいです」 ポーカーフェイスを維持(するよう努力)しつつ、目線をモニターに移すルリ。 「フフ、気の利いたことの一つでも書いては……ま、いないでしょうね、多分」 「中佐!! カザマ中佐!!! しっかりしてください!!! 医務室!! 聞こえますか! 中佐が!! 中佐が!!!」 つづく 次回予告 戯言 二丁ライフル うちのカイト君の得意戦法。『眠む眠む』の機械の森戦や『ナイクロ』のVSアキトなんかで使ってる。すなわちユンファ撃ちでありジュウクンドーでありガン=カタである。リベリオン万歳。 スーパーエステバリス(白)二代目 カイト君の愛機二代目。先代が海に沈んでしまったので(ナイクロ編参照)、ルリが職権濫用で取り寄せてくれた機体。基本的に先代と同型機だが、後期生産型なので各部に若干の改良が施されている。 ちなみに本シリーズでの登場は第1話のみ、すなわち既に御役御免(笑)。 再登場予定は一応あり。先代に負けず劣らず数奇な運命を辿らすつもりではある。 |
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