Snow white again






私は信じている。

あの人を。

あの人はきっと、帰ってくるって。

私は信じている。

あの人を。

あの人はきっと、私の……王子様だって。







機動戦艦ナデシコ Missing Link Second

『Darling Darling』







SideA:YURIKA






あれから、私が『遺跡』から解き放たれてから、どれくらいの時間がたったのだろう。

いま私がいるのは、とある建物の一室。

真っ白い部屋。真っ白いカーテン。そして真っ白いシーツ。

それが私の視界のすべて。

そっと、自分のお腹に手をやる。

そこにはもう、『誰』もいない。

ごめんね・・・…守ってあげることができなかった……。

真っ白い視界が、涙でにじんでいく。






意識が度々途切れる。

実験の後遺症。

いつも身の回りの世話をしてくれる女性──医者とか看護婦とかではないようだ──はそう教えてくれた。

実験?

火星の後継者にされた?

それとも、いま治療とともに行われている?

ああ、また意識が遠のいていく。

ああ………。

ああ…………。
 
ああ……………アキト。

それが……私の……願いのすべて………。






意識が戻る。

どれくらい眠っていたのかはわからない。

枕元の花瓶に新しい花が生けてあった。

誰からだろう?

世話役の女性に尋ねると、ヒゲをたくわえた中年の男性だという。

お父様。

名前は名乗らなかったのだろうか。

いや、名乗れなかったのだろう。

その娘たる私は、貴重なA級ジャンパーであり、火星の後継者による一連の事件の被害者であり、人類で初めて遺跡と融合した存在であり、そして、連続コロニー襲撃犯テンカワ・アキトの妻なのだから。

天井に眼を向ける。

そこまでも白い。

真っ白い視界のすべて。

いや、『世界』……か。

閉ざされ、そして抜け出すことを許されぬ、『世界』。

結局私は、未だ囚われの身なのだ。






夢。

私は夢を見る。

夢の中だけは自由だ。

夢に現われるあの人。

私の王子様。

彼なら、きっと私を助けてくれる。

彼なら、きっと私をここから連れ出してくれる。

ああ……。

私の……アキト。

でも、浮かび上がるその姿は漆黒。

黒い………王子様?

そっと手を伸ばす。

でも、触れようとした瞬間、その姿は影のように消えていった。






また眼を覚ます。

面会だという。

期待をした。

でも、知らない人だった。

お父様の知り合い、そう名乗った。

ナデシコのみんな──特にアキトに──ついて一通りたずねると、早々に帰っていった。

その後も、お父様の知り合いは度々訪ねてきた。

ナデシコのみんなは訪ねてこない。

私は隔離され、そして監視されている。

これでは気づくなという方が無理だ。






しばらくして、アカツキさんがやってきた。

君はVIPだからね、僕ぐらいの超VIPでないとなかなか会えないのさ。

そう言った。

冗談めかしているが、たぶん本人は大真面目だ。

みんなのことを聞く。

ジュン君、イネスさん、ミナトさん、そしてカイト君とルリちゃん。

みんな元気だと言う。

アキトは?

アカツキさんは言葉を濁し、教えてはくれなかった。





アキト……。

どこにいるの?

アキト……。

逢いたいよ。

話したいことがたくさんあるの。

伝えたい気持ちがたくさんあるの。

一緒にしたいことがたくさんあるの。

でも、今は……アキト、ただあなたに逢いたいの。

逢いたい!!






夜。

まどろんだ意識の下、ふと気づく。

誰かが私を見ている。

暗い室内。

ベッドの傍らの闇。

その闇に潜む一層濃密な、黒い……『黒い』闇。

アキ……ト?

意識が微かに覚醒する。でも、身体は動かない。

そっと手がかざされる。

硬いレザーに包まれた、でも優しい手。

でも、私に触れようとした瞬間、躊躇うように戻される。

触れたい……アキトに触れたい。

でも、夢と同じだ。

私は……アキトに触れない。

……アキ……ト。






そんなことが何度あっただろう。

アキトは夜陰にまぎれるように、度々私の病室に現れた。

私に触れることはなく、私と言葉を交わすこともなく。

ただじっと私を見つめるだけ。

アキトに逢えた。

でも、どうして闇の中でしか逢えないの?

逢うことだけを望んでいたはずだけなのに。

どうして……どうして、こんなに悲しいの?






ある日、同じように現れたアキトの背後。

ぼんやりとした意識が、無数の足音を捉える。

ガチャリ。

冷たく響く、いくつもの金属──銃の音。

危ない!

その思念が届いたのだろうか。

『闇』が踊った。

翻るその姿は幻想的でさえあった。

まるで、スローモーションのように床に倒れ伏していく軍服姿の人たち。

気を失った彼ら。

スッ。

それを見下ろすアキト。拳銃を取り出し、そして……。

ダメ……。

ダメ……。

ダメッ!!!

ダメッ!! アキト!!!!

私は夢中で身を起こし、アキトに取りすがった。

!?

その時、初めて気づいた。

アキトの身体の震えに。

アキトの荒い息に。

夢じゃなかった。

幻想じゃなかった。

アキトは現実だった。

悲しいくらいに『現実』だったのだ。

崩れるようにしゃがみこむアキトの身体。

ごめんね……ごめんね………。

アキトはこんなにも、こんなにも必死だったんだね。

こんなにも、こんなにも苦しんでいたんだね。

ふと、アキトの手が私のお腹に触れる。

サングラスの向こうの目が、微かに細まった気がした。

…………グッ。

私にできたのは、アキトに回した手に、ほんの少し力を込めることだけだった。

カチャ。

アキトがおもむろに拳銃を差し出す。

………?

戸惑う私に、アキトは言った。






「俺を殺すか・・・…俺とともに『あいつ』を殺すか……ユリカ、好きなほうを選べ」






ああ、そうか……。

私は悟った。

子供の頃に読んだ白雪姫のお話。

白雪姫が王子様に巡り会えたのは、毒リンゴの呪いを受けたから。

呪いを受けなければ、白雪姫は王子様に巡り会えなかった。

そうなんだね、私にその毒リンゴくれるのは、毒リンゴを持っていたのは、王子様………アキトだったんだね。

私は、差し出されたアキトの手を握った。

ゴワゴワとした手袋に包まれた、でも、確かにアキトの手だった。

……ああ、アキトに触れたよ。

そうだよね、アキトは『闇』なんだもの、『白い』私に触れるわけがなかったんだね。

アキトに触れたかったら、触れるためには、そうだね、私も『闇』になればよかったんだね。

ただ、それだけのことだったんだね。

瞳から雫がこぼれ落ちる。

涙とともに私から流れ落ちたのは、一体なんだったのだろうか?
















「これが、私とアキトとの再会よ」

私は、私のベッドの傍らに座る少女、ホシノ・ルリにそう言った。

『天使事件』。そう名づけられた戦いの後、再び軟禁生活に戻った私。

そんな私の取調べに訪れたのは、ナデシコの艦長である彼女だったのだ。

「………」

話の間、ずっと無言のままだったルリちゃんは、依然何も言わず私の次の言葉を待っている。

「場所はこの病室。そう、私また出戻っちゃった」

「………そうですか」

ようやく口を開いたルリちゃん。でも、言葉はそれだけだった。

「…………ねぇ、ルリちゃん…」

私は天井に視線を向け、彼女にたずねようとした。聞きたいことはひとつしかない。

「『天使事件』に関して、あなたが罪状を問われることはありません。すべての罪は、『あの人たち』が被ってくれましたし、軍上層部もそれを認めています。ただ当分の間、自由な生活は送れないでしょう」

ルリちゃんには聞くまでも無い質問だったようだ。私の聞きたかったことを間接的に教えてくれた。

そう……すべての罪を被るつもりなんだ……。

「あなたは……」

突然の言葉に、ふと我にかえる。

視線の先のルリちゃんは、何かを躊躇っていた。

何かを私に言うべきかどうか、迷っているようだ。

「あなたは……これから、どうするんですか?」

少し長めの沈黙の後、ルリちゃんはそれだけを言った。

「同じよ」

「同じ?」

私にしてみれば、考えるまでもない問いであり、そして答えだった。

「そう、これまでと同じ。アキトを信じて、そして待つわ」

「それでいいんですか?」

ルリちゃんは、僅かに身を乗り出した。

「うん……それでいいの」

私はそういうとルリちゃんに微笑んだ。つられてルリちゃんも笑ってくれることを期待した。

だが、彼女は顔を背け、

「……そうですか」

と、椅子から腰を上げた。

そのまま、ドアに向かうルリちゃん。

私たちのことをずっと信頼してくれていたルリちゃん。

それを裏切り、彼女の大切な人を一度は死の淵に追いやった私。

私のことを恨んでいるのだろう。

本当は口をきくのも嫌なのだろう。

もう許してもらえないことはわかっていた。

いたがやはり……悲しかった。

「運命の相手を待ち続けるのはそれなりに美しいことですが、昨今そんな方法はとてもオススメできません」

「え?」

私は視線を上げた。

ルリちゃんの小さな背中が目に入った。

「何百年も昔の作家さんの言葉だそうです」

「……ルリちゃん」

「ユリカさんみたいなの、流行りません。私だったら、悲劇のヒロインより、そこそこ幸せな一般人になることを望みます」

「ルリちゃん!」

私はその背に呼びかけた。

扉を開いたまま、動きを止める小さな身体。

「ありがとう………ごめんね……」

それだけしか言えなかった。

「…………」

ルリちゃんはそのまま扉の向こうに消えて行った。

フゥ………。

ベッドから身を起こしてみる。

去り際、ルリちゃんの肩が震えていたことを思い出す。

涙を……噛み締めていたのだろうか?

だがそれでも、彼女の行き先に『彼』がいてくれているなら、それは安心できることであり、そして心底うらやましいことだった。

「流行らない、か……」

ベッドの上から、カーテンを開けてみる。

空は、とても蒼かった。

あの空の下に行きたい。

私は初めてそう思った。






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SideB:MIKAZUCHI






あとがき(沙汰が無いと書いてご無沙汰)

お久しぶりです。実はチャットには結構顔を出している異界です。今回のお話は前作『The knight of chrome』終了直後における、各キャラの回想という形式でお送りしています。続編を期待されていた方、もしおられたらごめんなさい。
次回はサブタイどおりの『彼』の回想になりますが、あまり期待されるとまたヤな意味で裏切ることになるかもしれませんので、ご期待はそれなりにでお願いします(笑)。
それでは、異界でした。


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