The knight of chrome #11


連合宇宙軍極東基地。

基地全体が喧騒と爆音に包まれている。

続々と集結しつつある宇宙軍艦艇。その数は既に四個艦隊を超えようとしている。

だが、総司令直々の出撃であるなら、まだまだ数が不足していた。

「…………」

司令室の窓より、眼下の陣容を見つめるミスマル・コウイチロウ。

たかが100機程度の敵にこれだけの戦力を集める自分は、臆病者かもしれないと思った。

「………しかし……」

勝てる気がしない。


弱気とも、気後れとも違う。有り体に言えば恐怖にも似た感覚。

「………ふぅ」

不思議な感覚だ。これまで何度も戦地に立ってきた。負け戦の時もあった。

そんな中、恐怖はいつも感じていた。その恐怖は決して消えない。そう教えられ、そういうものかと納得してきた。

だが、この恐怖はそれとも違う。

戦う前から、敗北することがわかっている戦い。

だからなのか、この感覚は。

ブン。

扉の開く機械音が、コウイチロウの思考を中断させる。

「どうされました?」

足音とともに現れる、ムネタケ・ヨシサダと秋山源八郎。窓に張り付いているコウイチロウを不審に思ったようだ。

「ん? いや………」

ふたりの方へと向き直る。

「ちょっと辞世の句を、ね」

少々不穏当なことを言ってみる。

だが、秋山は予想に反し眼を輝かせる。

「ほう、ぜひ拝聴したいですな」

「ん? そうかね……」

そんなものは考えていない。咄嗟に適当な句をでっち上げる。

「つゆと落ちつゆと消えにしわが身かな浪花の……」

「総司令」

秋山が遮る。

「ん?」

「パクリです」

「パクリかね?」

「パクリですな」

ムネタケも同意。

「フム……」

コウイチロウは視線を窓に戻すとため息をつく。

「そうか……パクリか……」

───ユリカはどうしているのだろうか。

考えまいとしていた問いが、また首をもたげた。





機動戦艦ナデシコ

『The knight of chrome』





第十一話 ダンス・ウィズ・『エンジェルズ』




「…………」

連合総会議場付近の仮設ドッグ。

並ぶように収納された白と黒の戦艦──ナデシコCとナデシコ・エックス。

綺麗な船だ。見つめるユリカはそう思った。

「………」

二つのナデシコを見つめるユリカの瞳に、もう一つのシルエットが重なる。

機動戦艦ナデシコ。

現在ではナデシコAと呼ばれる、数奇な運命をたどった戦艦。

地球と木星との戦争を終わらせた伝説の船。

ユリカはそのナデシコAの艦長だった。

「…………」

あの頃の自分は………そしてアキトは………。

『白』かった。白く白く輝いていた。

懐かしく、そして愛しい日々。

「…………ぅ」

わずかに嗚咽を漏らすユリカ。

だが、帰れない。もうあの日には帰れない。

顔の、漆黒のバイザーに手をやる。

自分は染まってしまった。『黒』に染まってしまったのだ。

アキトが燃やす復讐の炎。それはあまりにも強い。そう強すぎた。

その強すぎる炎が、アキト自身のみならず、ユリカも、そしてナデシコをも『黒』く焦がしてしまった。

もう、帰ることはできない。許されないのだ。そんなことは。

「………私のせいだもの……」

アキトが黒き復讐鬼になってしまったのも。

「………私の……せいだもの……」

『彼』を白銀色の呪いに追いやったのも。

みんな自分のせいなのだ。

あの日、あの時、『あの子』を守りきれなかった、この私の…………。

ふと、ユリカの袖を引くものがいる。

「…………ラピス?」

「アキトが………慰めて来いって………」

そのか細い声に、ユリカは思わず、ラピスの小さな身体を抱き寄せていた。

「んん……ちょっと、痛い」

「ごめんね……少しだけこうさせていて………」

寄り添う二人の影。

だが、

「(ああ……私は……この子まで『黒』に染めようとしている………)」




連合総会議場の一室。

シェイド越しのアカツキは、愛想笑いとともに某K国代表を見送っていた。

三度にわたる総会奪還部隊の撃退。そして今回のナデシコCの鹵獲。

静観を決め込んでいた各国の代表も、徐々に『天使』たちとの会談を持ち始めていた。

「以上で本日の会談は終了です」

エリナの事務的な声がした。

「やれやれ、やっとかい?」

ポンポンと肩を叩くアカツキ。冗談めかした態度はいつも通りだ。

「お疲れ様でした」

「ああ、うん」

エリナのねぎらいに軽く応える。

「しかし、ねえ」

「はい?」

エリナの方を振り向くアカツキ。軽く目の前のシェイドを叩く。

「連中、よくも会談する気になるもんだね。顔も見せない相手とさ」

「信頼や信用を得るのに最も重要なのは『力』です。それは交渉のレベルが上がれば上がるほど、その度合いも変わってきますが………」

「少々素性が怪しくても、それに勝る利益をくれるっていうんならとりあえず会っておこうってことか」

「はい」

「しかし、あの代表団の方々わかってるのかね」

「は?」

「もし僕らが負けちゃったら、母国への反逆者として切り捨てられるってことをさ」

アカツキは指で何かをちょん切る仕草をする。

「承知の上でしょう。政治家とか官僚とかいうものは、時にそういうものです」

「あ、そ」

エリナの苦言。だが、所詮他人事と天井に眼を向けるアカツキ。

「ああ、ときにさ」

「はい」

「『ゲスト』のみなさんはどうしてる?」

『ゲスト』。軽く柳眉を潜めるエリナ。

「ホシノ・ルリ以下のクルーはご指示通りそれぞれ軟禁状態に。ただ、マキビ・ハリは負傷をしていますので医療班に。それから……」

「それから、イネス・フレサンジュ博士は、まだお篭もり中か」

「はい。協力すると言ったきり、部屋に閉じこもり、ジャンパー関係の資料を………止めさせることもできますが」

「いいよ、やらせて置こう。なにか面白いことを見つけてくれるかもしれない。ああ、それと……『彼』のことだけど………」




端末に向かうイネス。眼の前に流れる膨大なデータを追いかけている。

もう少しだ。もう少しで何かがつながる。

六年前。人類で初めて単独ボソンジャンプを行った青年。

そしてその一年後。木星プラント内で誕生した『彼』。

似ている。似すぎた二人。

そんな二人をつなぐ糸。ゆっくりと、だが、はっきりと見えて来た。

だが、本当にそれだけか?

その思いがイネスを次なるデータへとせきたてる。

もし、自分の推測が正しければ。もし、それを証明できれば。

「止められるかもしれない……。この不毛な戦いを。そして彼の復讐を」

そして、いまそれができるのは、イネスだけなのだ。




「……………フン」

外からロックされた部屋の中。白銀の騎士は開く扉の向こうにアカツキの姿を見つけると、軽く鼻を鳴らしていた。

「どうだい、なかなかいい部屋だろう?」

「『道化』が何のようだ?」

「フフフ、いいねぇ。僕は『道化師』か」

笑いながら部屋の中のソファに腰掛ける。房というより、客間のような部屋だ。

カチャリ。

腰の刀を鳴らす白銀の騎士。

「余裕だな。武器も取り上げないとわ」

「みんなを見捨てて何かをできる君じゃないだろう?」

「……試してみるか?」

身構える白銀の騎士。だが、軽く手で制するアカツキ。

「なに、君とは仲良くしたいからね。その証拠にその仮面も剥がしちゃいない。武士の情け、いや、君は騎士だったね」

「貴様などと馴れ合うつもりはない」

フフンと鼻を鳴らすアカツキ。余裕を崩さない。

「そういうなよ。で、どうだい。ちょっとは考えてくれたかい?」

「返答は同じだ」

視線をアカツキから外す。

「いい話だと思うんだがねぇ……。」

「…………」

「もともと『天使』軍団は『彼』をリーダー機に想定して作られたものだ。テンカワ君もよくやってくれてはいるが、如何せんキャパシティ不足だよ」

「………」

「だが、君なら、それを十分に補ってくれる。どうだい、いまならいろいろ優遇させてもらうよ? なんなら、君の望む『妖精』君をあげてもいい」

白銀の騎士はアカツキの言葉を無視すると、視線を天井付近に這わす。

そこには何故か額縁が架けられ、その中にはただ一文字、

「『愛』?………道化には過ぎた言葉だな」

「かつてはね。だが、今は違う」

「……」

「心を手に入れたんだ。『野心』というね」

「………どうかな」

白銀の騎士はアカツキに眼を遣る。

「(……違う)」

それは野心に狂える男の顔ではない。

「まあ、せいぜい束の間の休息とやらを楽しんでくれたまえ。明日は面白い趣向も用意してあるしね。返事はその時でいい」

そういうと、アカツキは席を立つ。

「(何を考えている………)」

彼にはわからなかった。

わからないまま、アカツキの背中を凝視していた。




ゆっくりと落ちていく夜のとばり。やがて辺りは闇に包まれる。

いまだ、軟禁生活から開放されない、メグミ、ホウメイガールズ。

羽ばたくことを許されぬ彼女たちは、まさに籠の鳥だった。

ふと、歌声をあげるサトウ・ミカコ。

ゆったりとした旋律が流れる。

やがて、声を合わせ歌い始める歌姫たち。

無機質なビルの間に、流れる歌声。

ミカコは昔、歌が戦争を終わらせるSF映画を見たことがあった。

「…………」

そんなものは絵空事だ。それはわかる。

自分たちの歌にはそんな力はない。それもわかる。

でも、

「(……ホンの少しでいい。だれかに届いて……私たちの歌……)」




夜空を見上げる、サブロウタたちナデシコクルー。

今日ほど、自らの無力さを感じた日はなかった。




月臣元一朗は黙々と柔の形を繰り返す。

もはや何の意味も持たぬこの力。だが、それを捨てられぬわが身が悲しかった。




ファイルを片手に廊下を歩くエリナ。

ふと足を止め、流れ来るメロディーに耳を傾ける。何故か涙がとまらなかった。




ベッドに横たわるハーリー。

瞳から悔し涙がこぼれ落ちる。




そしてルリ。

たたずむ窓辺から、星の光が差し込む。

何もできない。

無力。どうしようもないこの気持ち。

『あの人』もそうだったのだろうか?

『あの人』もそうして力を求めたんだろうか?

ならば私は………。

「…………?」

背後に光を感じる。

ジャンプアウトする人影。それは……、

「………アキトさん!」

「…………」

言葉をなくしてしまったかのように、しばし黙り込むふたり。

「…………こうして会うのは久しぶりだ」

ようやく口を開くアキト。微かに声が震えているように思えたのは、ルリの思い過ごしだろうか。

「…………なんの……ようですか?」

感情を押さえ込んだルリの声。押さえ込まねば、いつものルリでいられる自信がなかった。

「…………君ひとりだけなら……」

「……え?」

「君ひとりだけなら、助けることもできる」

「…………アキトさん」

「俺と、一緒に来るかい?」

そっと差し伸べられる右手。

「…………」

長い一瞥。だが、背を向けるルリ。

「……俺のことを……恨んでいるんだな」

差し出した自らの右手を見つめるアキト。それは血に汚れた化け物の手のように思えた。

「私に、あなたを恨むことなんて………」

背を向けたままのルリ。声が震えている。

「ならば……」

「昔の私なら……」

「………?」

「昔の私なら……なにを打ち捨てても、あなたの……そばに行こうとしたかもしれません」

「……………」

「いえ、本当は、今でもそうしたいのかもしれません。ホントは、あなたのそばにいられるユリカさんやラピスのことが……うらやましかったのかもしれません」

「………ルリ……」

再び向き直るルリ。アキトをまっすぐに見据える。

「でも今は、あなたの他にも……大切なものが増えすぎました」

「そんなものは俺が壊した」

ふたりの脳裏をよぎる、一人の青年の笑顔。

「……ええ。でも………どうしてなんですか? どうしてあなたと『あの人』が!」

「………あいつが殺した。『あの子』を」

「……『あの子』?」

「君は知らない方がいい……あいつのことが好きなのならば、なおさらな」

「『あの人』は、誰も殺したりしません!!」

「あいつは軍人だ。人殺しが仕事の、な」

「………!! そ、それは……」

「君もだって同じだろう?」

「………!!」

「その手で何人の人を手にかけた? 何人の生き血をすすった?」

「それでも! 少なくともあの人は、望んで人を殺したことなんか!!」

「ならば許されるのか!! 誰を殺しても!!」

「!!」

初めて感情を表に見せるアキト。打たれたように黙るルリ。

「……だ、だけど、それはあなただって……」

同じではないか。その復讐のために何人の人を殺してきたのか。

「………許しなど請わない。いずれ俺にも裁きは下されるだろう」

視線を逸らすルリ。アキトの声音に、一番言ってはならないことを言ってしまったことに気づいた。

「だが……その裁きが下りる前に、あいつとの決着(ケリ)をつける」

踵を返し、CCを取り出すアキト。

「………アキトさん」

「…………」

「あなたの決意はわかりました……。でも、これだけは知っておいてください」

「…………」

「『あの人』のエステバリス……なぜ『白』く塗られていたか……知ってますか?」

風。夜の木々が揺れた。




日は昇る。

たとえ、それを人々が望まなくとも。

太陽が希望の灯火だとは、誰の言った言葉であったか。

もはや燃える希望などない。

だが、それでも日は昇るのだ。

連合総会議場、ダンスホール。

集められたナデシコクルー。

彼らの眼前には、荘厳なパーティの準備が整えられている。

「やあ、諸君。記念パーティにようこそ」

タキシード姿のアカツキ。

「……何のつもりだってんだ?」

リョーコが用心深く問う。もう多少のことで驚くつもりはない。

「言ったろ? 記念パーティーさ。ナデシコ敗北のね」

「…ってめ! ふざけんな!!」

「ふざけてないない。僕はいつだって大真面目さ」

両手を大仰に振ってみせる。

「…………」

壁にもたれ腕組みをする白銀の騎士。茶番に付き合うのは御免という様子だ。

「……どうゆうつもりでしょう?」

プロスペクターに顔を寄せるサブロウタ。

「……座興のつもりですかな。メインイベント前の」

「……メインって」

ジュンも寄ってくる。

「処刑だ。我々の」

「「!!」」

ゴートの断言。表情が凍りつくサブロウタとジュン。

「……顔に出さないでください。婦女子の方々に気取られる」

「……う、うむ」

視線をアカツキに戻す。

「ああ、そうそう。メインゲストを忘れてたよ」

ふたたび一同の視線を集めるアカツキ。

ドアの一つの前に立つと恭しく一礼をする。

「ホシノ・ルリ君。どうぞ」

扉が開き、純白のドレス姿のルリが入ってくる。

「………ほぅ」

息を呑む一同。化粧をほどこされたルリの容姿や白い肌が、高級そうなドレスによく映えていた。

「あ〜!! ずるい〜!! ルリちゃんばっかり、ひいきよひいきぃ〜!!!」

ブーイングをとばすユキナ。彼女たちはナデシコの制服で着の身着のまましているのだ。

「…………」

ルリは所在無さ気に、仲間たちの方へとトボトボと歩く。

「(恥しい………)」

頬が熱い。いろいろな視線も感じる。

なんでこんなことになっているのか。

今朝になって、楽屋のような部屋に連れて行かれたと思ったら、突然、こんな服を着せさせられ、メイクまでされた。

「……はぁ」

ヒールの高い靴は歩きにくいし、長いドレスは裾を踏んづけそうだ。露出した肩もスースーする。

でも、鏡を見せられたとき、ちょっとぼおっとしたのは事実ではある。

「…………」

チラと、白銀の騎士の方へ視線を向ける。

だが、相変わらず壁際で同じポーズを取り続けている。

ルリの視線に気づいたのか、一瞬顔を上げたが、またすぐ元に戻してしまった。

「…………むぅ」

なんとなく、拗ねたような顔をつくってみるルリだった。

「さて、みんなそろった。パーティの始まりだ」

アカツキが指を鳴らすと、傍らのオーケストラが演奏を始める。

「…………」

動かない一同。動くはずもないが。

「どうした? 踊らないのかい?」

「…………」

「せっかくのパーティなのにねぇ」

茶化すような声をあげるアカツキ。

ふと、意を決したように歩き始めるルリ。

白銀の騎士の前に立つと、そっと手を差し出す。

「あ、あの………」

「…………」

動かない騎士。

勇気を振り絞るように言葉を続ける。

「私と……踊っていただけませんか」

スッ。

大仰な礼を返す白銀の騎士。ルリにはわからなかったが、どうやらダンスの際の作法らしい。

軽くルリの手を取る。その物腰はあの子供っぽい青年とはかけ離れている。

「………」

ふと不安になるルリ。本当に彼は『あの人』なのか。

流れる曲にあわせ、踊り始める二人。

ひるがえるルリのドレスと騎士のマント。

「…………」

ふたりの姿に心奪われる一同。

お姫様と騎士。

その様は、まるでおとぎ話から抜け出してきたようだった。




───………逢いたいです。

───……ん?

───あの人に逢いたいです。

───………『ここ』にはいない。

───どこに……いるんですか?

───あの男は……。

───………。

───あの男には守りたいものがあった。

───…………はい。

───だが、守りきれないと悟った……いまのままでは。

───………。

───だから求めた、力を。何者にも負けぬ力を。

───あの人が……?

───そうだ。……ずっと拒んでいた力を……内なる『私』を求めた。

───………!!

───それが……私だ。

───それじゃ、あなたは……あの人は……。

───わからない。

───………。

───いまは、あの男の意思は感じない。

───………でも、私は。

───待つか、あの男を……妖精?

───待ちます。

───いつ戻るのかわからん。いや、戻ってくるかどうかすら……。

───それでも、待ちます。

───何故だ、なぜそこまで信じられる?

───私にもわかりません。でも………。

───でも?

───私ってきっと待つ女なんです。

───フ……馬鹿な女だ。

───そう思います。自分でも。




ふと落ちる照明。

「馬鹿な……女だ」

スッ。

「……え」

両手がルリの背に回され、抱き寄せられる。重なるふたりのシルエット。

「…………あ」

身を硬直させるルリ。頬が熱く染まるのを感じた。

この感じ。この優しい感じは………。

「やれ……『イツキ』」

「……!!」

次の瞬間、爆音が会場を包んだ。




仮設ドッグ付近。

ジャンプアウトするふたり───白銀の騎士とルリ。

遠景に、総会ビルの各地で爆発が起こっているが見て取れた。

「あ………」

「あのホールはシェルターになっている。大丈夫だ」

「………」

「………お前の取るべき道は二つ」

「………」

「戦うか、逃げるか」

「………」

「ナデシコはそこのドックだ。あとは好きにするがいい」

「あなたは……」

「………」

「あなたは、どうするつもりなんですか?」

無言で、総会議場を指差す白銀の騎士。

「決着をつけねばならぬ相手がいるのでな……あの炎の中に」

「……死なないでください」

「…………」

「……もう、ひとりぼっちはいやです」

「妖精はひとりじゃない」

「………それは……」

「私がいなくとも……」

ルリの耳に届く騎士の言葉は、ひどく寂しそうだった。

「………」

そっと、白銀の騎士の顔へ手を伸ばすルリ。

仮面からわずかに露出する頬を、両手で挟みこむようにする。

「…………」

体重を預けるようにして身体をのばす。騎士の唇が近づき、そして……。

「…………」

レトロスペクトの光を放ち始める白銀の騎士。

「…………」

ルリの冷えた唇に暖かいものが触れ、そして、消えた。




断続的に響く爆発音。

「なんだ、何が起こってる!!?」

ホールに取り残されたナデシコクルー。

白銀の騎士とルリにつづいて、アカツキの姿も消えている。

「どうするの?」

ミナトがユキナを抱き寄せながら問う。

「ここはシェルターになっています。下手に動くよりは……」

「扉はロックされてるぞ」

サブロウタが戻ってくる。

「開けられないの?」

「ウリバタケさんががんばってる」

「もどかしいねぇ、なにもできないってのは」

ホウメイの言葉が、皆の心を代弁していた。




総会議場。メインコンピュータ。

ジャンプアウトする白銀の騎士。

「……ここを潰せば」

左手の手甲を操作する。

「……よし」

「おっと待った」

「………道化」

物陰から現れるアカツキ。

「やれやれ、派手にやってくれたもんだ」

「………」

「いや、むしろ地味なくらいか。超々ピンポイント爆撃、通称『ボソンボム』。かの『機械の森』の必殺技を使ってるんだモンね」

「…………」

沈黙の騎士。だが、アカツキの語りは終わらない。

「そう、この方法なら人質の各国首脳も、君の仲間たちも傷つけずにこちらにダメージが与えられる。いまのいままで動かなかったのは、総会議場のデータ収集のためかい?」

「そんなところだ」

音を立てて、刀の鯉口を切る。

「………どうする、その刀で僕を切るつもりかい?」

「それもいいな」

まるでスローモーションのように抜き放たれる刀。

「なぜこんな戦いを引き起こした? なぜ多くの人を巻き込んだ? なぜ彼女を悲しませた!?」

「知りたいかい? それは僕が道化だからさ」

「なに?」

「君は勘違いをしているようだ。黒幕が僕だってね」

「……違うとは言わせん!」

フフと鼻をならすアカツキ。

「それが勘違いさ。僕には目的なんかない。ただ僕はテンカワ君のために動いただけさ、彼の復讐成就のためにね」

「……………嘘だ」

「嘘じゃない。一連の事件、仕組んだのはすべてテンカワ君さ。それもこれもすべて君を確実に殺すためだけにね」

「……………嘘だ!」

「考えても見ろよ。天下なんか取って何の得がある? 僕の目的があるとするなら単なる暇つぶしさ。何度でも言おう。すべてはテンカワ君が君を殺すためだけに仕組んだのさ!」

「嘘だ! 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だァァァァァ!!!!!」

アカツキに飛びかかる白銀の騎士。刀を八双に構え、振り下ろす。

「…………な!? ぐああああああ!!!!!!」

白銀の騎士の全身を衝撃が走った。凄まじい勢いで床に叩きつけられる。

「………ぐ、グオ……」

倒れたまま身体を数度痙攣させる。身体を覆う鎧に無数のひび割れが走っている。

「ほう、すごいね」

アカツキは軽く驚嘆していた。

「この出力のフィールドに突っ込んで、死なないなんて」

「ぐ、グハ……」

刀を杖に立ち上がろうとする白銀の騎士。

「……く」

「いいから寝てなよ。痛いだろ?」

弄るような口調。

「そうだ、せっかくだからアレをさせてもらうか」

手元の端末を操作するアカツキ。

床がわれ、無数のワイヤーがのび、白銀の騎士に絡みつく。

「な!?」

さらに天井から降りてくる半円状のドーム。機械音とともに白銀の騎士の全身を覆い尽くす。

「なんのマネだ!!」

ドーム越しに響く怒声。

「なに、君に味方になって欲しくてね」

「なに……。う、ぐああああああ!!!!」

再び全身を襲う衝撃。白銀の騎士の絶叫。

「ブレイン・ウォッシュ。ひらたく言えば『洗脳』装置。君にはいい意味での協力者になってもらおうか。いや、むしろこれは好意と思って欲しいね。これだけだよ、テンカワ君に復讐されないですむ方法は」

「うわああああああああ!!!!」




「ハァッ、ハァッ、ハァッ、ハァッ、ハァッ」

息を切らせ、ナデシコに急ぐルリ。ドックへ続く最後の扉を開ける。

「は!!」

だが、扉の向こう、立ち塞がる二機のケルビム。

「………こちらの動きを……読まれていた?」

銃口をルリに向ける天使。

「う!!」

思わず両手を顔の前にかざす。

だが、それで防げるものでないことは冷然たる事実。

数瞬後にルリを待つのは確実すぎるほどの『死』。




「うおおおおおおお!!!」

「いつまで頑張るんだい? 脳が粉々になっちゃうぜ?」

冷たい笑みを張り付かせたアカツキ。

ふと、手元の端末の数値に目をやる。

「………ん……これは……。君、『ひとり』じゃないな?」

轟音。

閃光とともに吹き飛ぶドーム。

「う!!」

巻き起こる炎の渦の中から現れる人影。

「………なんと」

カツン。カツン。

無機質な音をたて歩み来る騎士。

熱風にマントがはためく。

「……化けモンかい君は」

ひび割れた仮面の一部が剥がれ落ち、白銀の騎士の眼がかすかにのぞく。

「はぁ!!!」

裂帛の気合とともに投げられる刀。

それは、フィールドに突き刺さり、そして、

「なに!?」

中和されるフィールド。刀がフールドを貫き、アカツキに迫る。

ブン。

だが、アカツキを素通りしそのまま壁に突き刺さる。

揺れるアカツキの『映像』。

「……ホログラフィー?」

「ふふふ、君みたいな物騒なヤツの前に、何の工夫もなく立つと思ったかい?」

「……く」

「すべて計算済みさ。君の大事なルリ君も今頃は……」

「……その計算に、少年の純情は入っているのか?」

「なに?」




「…………ん?」

恐る恐る目を開けるルリ。銃声はいつまでたってもしない。

目の前ではケルビムが次々と『沈黙』していく。

「……システム掌握? は!」

ナデシコCへ視線を移す。そんな芸当ができるのはルリ以外ではただひとり。

「ハーリー君!!!」

悲鳴にも近い声を上げつつ、ブリッジへ走るルリ。

ハーリーはいま重傷を負っている。そんなことをすれば……。

ブリッジにつづく扉。開くのももどかしいとばかりに駆け込むルリ。

「ハーリー君!!!!!」

展開していたシートが収納され、ハーリーが青白い顔をルリに向ける。

「……艦長そっくりの天使……」

「………私です」

ルリは自分の格好を改めて確認する。

パーティードレス。

ずいぶん場違いな格好でここまで来てしまった。

「………やりましたよ………艦長……」

ハーリーがうめき声にも近い声を上げる。

慌てて駆け寄るルリ。

「……どうしてこんなムチャを……」

「ハハハ……話せば長くなりますけど……ベッドで泣いてたら、どこかで見たような女の人のコミュニケが開いて……『男の子なら頑張れ』って……」

「……バカです」

「ははは………」

「ホントにバカです!」

「あはあは、でも、少しはお役に立てましたね。じゃ……僕は気を失いますので、あとは……お任せします………」

ゆっくり眼を閉じるハーリー。

「…………」

乱れた髪をそっと直してやるルリ。

「こんな素敵なバカ……見たことありません」

艦長席に着くルリ。

「システム統括!」

展開するシート。

光を放ち始めるルリの身体。

『mg所亜ジョイ味オアjふぉああじょあぴjふぉあsjふぁ』

バグにおかされたオモイカネが抵抗を始める。

「オモイカネ、いい加減にしなさい」

キーン。

ブリッジ全体に響く異音。

「さもないと、『絶交』ですよ」

ニコリ。

怒り顔より怖い笑顔があるとするなら、いまルリが浮かべた表情がそれだろう。

『!!!!!!!  ら、ラジャー』

一瞬でバグが消滅した。おいおい。で、魔性の女まであと何歩?

「ナデシコC発進!」

ドックの天井を突き破り飛び立つナデシコC。

「同時にシステム掌握開始!」

無数に開くウィンドウ。総会議場のコンピュータ群に次々侵入していくルリ。

だが、

『掌握不能』

「は! 妨害されているの……これは……」

『前方!! ボース粒子反応!!』

ボソンの煌きとともに現れる漆黒の『花』。

「ナデシコ・エックス! ユリカさん!!」




『ラピス。攻撃開始』

『了解。ユリカ』

閃光があたりを包む。




「まだです! まだ!!」

体勢を立て直すルリ。ここで自分がやられるわけにはいけないのだ。




「ふむう。だが、いまだこちらが有利だ。ここで君を討ち取ってしまえばね」

「なに!?」

「バイバイ。ロンリーナイト」

アカツキのホログラフィーが消える。

「!!」

突如、メインコンピュータが爆発する。

「……く!」

襲いかかる爆風。

逃げ場は、ない。

「(このまま、炎に消えてしまうのもいいかもな)」

白銀の騎士の思念。

「……!?」

爆風が二つに割れる。

白銀の騎士を庇うように現れた機体、ナルシサス。

そっと愛機を見上げる、白銀の騎士。

「………まだ死ねないか。つらい……つらいな………『イツキ』」




格納庫への長い廊下を歩く黒き王子。

ルリの言葉が、耳の奥でよみがえる。

───「『あの人』のエステバリス……なぜ『白』く塗られていたか……知ってますか?」

───『閃光の白』なんて、そんなカッコイイもんじゃないんです。

───コックさんの衣装の『白』なんです。

───アキトさんが帰ってきたら、またラーメン屋さんを手伝うんだって、また四人で一緒に暮らすんだって。

───だからこの『白』は、その誓いの色なんだって。

───『あの人』はそれくらい、それくらいアキトさんのこと……慕っていたんです。

ギリッ。

奥歯を噛み締める。

握り締めた拳から、血が滴る。

だからなんだ、なんだというのだ。

俺は、俺は!

「………!」

ふと、廊下の向こうから現れる白衣姿の女性。

「…………イネス・フレサンジュ」

「……行かせないわ」

両手で構えた拳銃をアキトに向ける。

「…………ぅ」

自らの行為に、その手が震えているのがわかった。

「もう十分でしょう? もうやめて、もうこれ以上……」

「あなたは知っているはずだ、跳躍戦士誕生秘話とやらを」

「確かに……彼ら跳躍戦士が作られた真の目的は遺跡と融合して生体ユニットとなること………」

「そうだ、だが消えた。二体とも」

動き続けるふたりの口、淡々と語られる事実。

「それで草壁は代替手段としてあなたちA級ジャンパーを………でも、でもそれは『彼』の望んだことじゃない! 『彼』だってジャンパー実験の犠牲者なのよ!!」

「その犠牲者のせいで『あの子』が死んだ!!! 俺の……俺たちの………」

「でも、それでも! 『彼』はあなたの……」

「俺の……クローンだというんだろう? 六年前に人類で初めて単独ジャンプに成功した俺。その俺の遺伝子データは遺跡を経由し、木星プラントの中枢ユニットへと転送された。そのデータを基に『創られた』存在。跳躍戦士試作二号。それがあいつの正体!!」

「ええ……。確かにあなたの遺伝子データを『彼』は受け継いでいるわ! でも!」

「そうだ!! 『あいつだ』!! なぜ『あいつ』なんだ!! 『あの子』の命を奪った!! 俺たちの幸せを奪った!! 俺から『創られた』あいつが!!!」

「違う! そうじゃないわ!! 『彼』は! 本当の『彼』は!! あなたとユリカさんの………」

「聞きたくない!!!」

アキトの絶叫。それは悲鳴だった。

「…………」

再び歩みを始めるアキト。

「そ、それ以上来たら撃つわ……本気よ」

銃声。

だが、それはイネスの足元へ向けらたものだった。

「!!」

「彼の邪魔はさせないわ!」

イネスの脇の通路から現れるエリナ。

手の中の銃が重い。アキトの助けになりたい、その一身で身に付けたこの技術が、こんな形で役に立とうとは思ってもいなかった。

「構わないエリナ。イネスさんの好きにさせてあげてくれ」

「!!」

「あなたになら、撃たれてもいい。………構いませんよ、撃ってくれて」

そっとサングラスを外すアキト。

「思えば六年前、俺が『飛』んだのは君を守りたい一心からだった」

「………!」

イネスの身体が震える。

「その君に殺されるというのなら、それも運命なのかもしれない……」

「………ぅ」

イネスの頬をつたう涙。力を失い垂れ下がる両腕。

「………この戦いはきっと、神様にだって止められないよ。ねぇ……アイちゃん?」

イネスを慰めるように、だが、そっと脇をすり抜けるアキト。

格納庫への扉が開き、そして閉じられる。

「……………ぅぅぅぅぅ」

泣き崩れたイネスと、たたずむことしかできないエリナに、その音はひどく哀しかった。




爆炎を突き破って走る白銀の閃光。

その光を追って、ケルビムたちが殺到を始める。

「はあああああ!!!」

白銀の騎士の声とともに繰り広げられる、人ならざる者───『天使』たちの舞踏。




「…………」

“ネメシス”のコクピット。

無情な死闘を見据えるアキト。

──さあ、『カイト』………。

両腕を広げる“ネメシス”。

──貴様の執念……俺に見せてみろ。




                                     つづく




次回予告


白銀の騎士「『白銀』、それは白にも黒にも染まれぬ孤独な色。『騎士』、それは王子になれぬ哀しき存在。『カイト』、それはアキトになれぬ憐れな魂。いますべてに、最後の審判が下される。次回、機動戦艦ナデシコ『The knight of chrome』最終話「『天使たち』の黄昏 ──妖精…………………………ルリィイイイイイ!!!!!!!」




あとがき(ぼちぼちネタ切れ)

たびたびどうも、これが最終回でもいいかなとふと思ってる異界です。
どうも第十話の出来がいまいち不満で、それだったら書き直せよ自分を励ましつつ、ひみつのおまけの「星座の海を行こう」を聞きながら書いていたら、予想外にはかどってしまいました。
いよいよ次回最終話。どうなることやら甚だ不安ではありますが、どうぞ最後までお付き合いくださいませ。
しかし今回久しぶりに『カイト』という単語が登場と思っていたら、第九話でもナニゲに使ってしまっていました(鬱)。




思いつきの設定集


キャラ編


白銀の騎士

本作後半部のメインキャラ(主役にあらず)。正体はまあ、今話でほぼ明らかにしたつもり。
S級ジャンパー以上のジャンプ能力と戦闘能力を誇る。
性格はキザでクールでニヒルでちょっとイヂワル。
特徴は人を名前で呼ばないこと(笑)。




ゴンドウ その2

結構適当に作ったキャラなのに、予想外に反響が来てしまった。
ちなみに名前の由来は古いジョーク(登場時に言ってる)。下の名前は考えてない。ユキマロとかそんなのが似合いそうだ。
しかし、先日のチャットでオリの萌えキャラ出すといっておいてこんなの出す私は一体。
ご好評につき再登場は……多分ないでしょう(再笑)。




ブツ編




1.白銀の騎士、及びナルシサスの基本装備で、フィールド中和能力を持つ。ただしエネルギー持続時間は極めて短いため、定期的に鞘に収めてチャージを行わなければならない。
2.騎士なのに刀なのは元ネタの影響。銘は『天剣絶刀』なんてどうでしょう? パクリだけど。






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