The knight of chrome #10


ああ……。

どこまでも堕ちていくこの感覚。

暗い。

ここは暗い。

暗くて寒い

ああ、僕は死んだんだ。

そう思う。

怖くないといえばウソになる。

でも、後悔はない。

生きられるだけ生きた。

戦えるだけ戦った。

愛せるだけ愛した。

愛?

愛って何だ?

僕に愛をくれた人達……。

そうだ、僕はみんなからたくさんの愛をもらった。

でも、僕はみんなに愛を返すことができたのだろうか?

愛を知らない僕が、みんなを愛すことができたのだろうか?

わからない。

もうわからない。

───それでいいの?

誰かの声。

優しい声。

懐かしい声。

───本当にそれでいいの?

わからない。

わからないよ。

僕は死んだんだ。

死んでしまったんだ。

あの人によって裁かれたのだ。

あの人がもう僕はいらないっていったんだ。

もうこれ以上、僕に何ができる?

僕に何をしろっていう?

今度は僕に誰を殺せっていうんだ!?

──誰も、強制なんかしないわ。あなたは、あなたのしたいようにすればいい。

僕の……したいこと?

──そう。あなたは、何がしたい?

僕は…………。

僕は……。

…………生きたい!




「う……」

かすかに呻く白銀の騎士。

少し眠っていたようだ。

「今のは……誰の記憶だ?」

呟く。誰に聞くともなしに。

だが、答えるものなどいない。

目の前にあるのはただの『闇』なのだ。





機動戦艦ナデシコ

『The knight of chrome』





第十話 我は『騎士』


「え?」

ナデシコCブリッジ。

副長席のジュンは、思わず聞き返していた。

「だから、目的です。アカツキさんの」

同艦長席のルリ。再び冷静に問題点を指摘する。

「それは……わが手に世界を!! ってやつじゃないの?」

「そんなことをして、アカツキさんに何の得があるんでしょう?」

「得?」

「ええ、得です。単に損得でいうなら、征服とか支配なんてものほど割りの悪いビジネスはありません」

ルリの声にあわせ背後のウィンドウに、大昔の預言者やら皇帝やらが表示される。

「まあ、結局支配者ってのは、権力の引き換えに、被支配民の、それこそゆりかごから墓場まで面倒見る人のことだからね」

同意するジュン。時の支配者や権力者の懐がさほど暖かいとは限らないのは、歴史が伝えるところである。

「でも、それだけで割り切れるもんじゃないさ」

一応、反論を試みる。それでも権力を欲するものもいる。それも歴史が伝えるところではある。

「損得以外の何かを求める者だっている」



「例えば、なんです?」

聞き返され、少し詰まる。

「男の……ロマンとか」

ちょっと赤面しながら続けるジュン。自分とはあまりにも縁遠い言葉だ。

「ええ、まさにそれなんです」

「へ?」

一笑に伏されるのを覚悟していたジュン。だが、またもルリが意外なリアクションを取る。

「あのアカツキさんがですよ。そんなものを追い求めると思いますか?」

「それは……」

確かにそうだ。アカツキという男は、自分以上にそんなものに縁遠かった。

ならばなぜ、今回の行動を起こしたのか。

ふと、ジュンの思考はアカツキを離れ、先の反乱を起こした男に移っていく。

草壁春樹。



乱が鎮圧された現在でも、未だ悪鬼のごとく世間の誹謗の言葉を浴び続ける男。

だが、あの男なりの理念はあった。

いつか歴史という名の神が、彼に憂国の士とでもいう称号をあたえるかもしれない。

それはむしろ、草壁の望むべきところであろう。

だが、アカツキは草壁とは違う。

あの男は損得勘定でしか動かない。だから、それが絡んでさえいれば、誰よりも信用できる相手ではあった。



そんなアカツキがなぜ。

思考が停止するジュン。不可解なことが多すぎる。

ふとルリを見遣る。なにやら楽しそうだ。

「ん? どうしました?」

「あ、いや、だいぶ元気になったなと思って」

「………え」

思わず顔を赤らめるルリ。極めて少女らしいリアクション。

そういえば、最近はあまりふさぎ込まなくなった。

だが、それをあらためて指摘されると、仲間への感謝やら照れやらが一度に飛び出してくる。いまのルリの状況がまさにそれだった。




「…………」


ルリの斜め下前方。ふたりの話し声を耳にしながら、ハーリーが憮然とモニターに向かっている。

ナデシコCの唯一にして最大の欠点は自分とルリの席が遠いことだ。

そんなことを考えている。

ふと、モニターに光点が光る。

「……はっ! 前方!! 見えました!!」

ブリッジに響くハーリーの声。

一瞬の後、ブリッジが歓声に包まれる。

彼らの前方に、宇宙軍の第62補給基地がうっすらとその姿を現していた。

「ふえ〜、絶海の孤島って感じだね」

ヒカルの声とともに、どやどやとブリッジになだれ込んでくるパイロットの面々。

「こんなとこに飛ばされて来るんだから、司令はよっぽどの切れ者かうつけのどっちかだな」

「似てる言葉シリ〜ズ。『うつけ』と『受付』〜」

「まあ、背に腹は変えられないっていうし」

「似てる言葉シリ〜ズ。『背に腹は変えられない』と『セクハラはやめられな〜い』」

「「イズミうるさい!」」

「……あう」

『ずいぶんな言われようですな』

ウィンドウが開き、そこには中年の男が。

『宇宙軍北太平洋第62補給基地司令。ゴンドウです』

「あらナイスミドル。リョーコさんどっちもはずれね」

「こちらは地球連合宇宙軍所属ナデシコC。入港を許可願います」

ブリッジの喧騒を無視して、さっさと手続きに入るルリ。

『許可します。ようこそナデシコのみなさん』

笑顔で迎えるゴンドウ。とりあえずは歓待してくれるようだ。




ゴンドウに率いられ、基地内を移動するナデシコクルーの面々。ひさびさの補給の安堵感からか、ガヤガヤとした喧騒が巻き起こっている。

「……それで、大至急の補給をお願いしたいのですが」

「ええ、それは重々承知しています。我々とて、ナデシコのみなさんには可能な限りの援助を惜しまない」

「ありがとうございます!」

ハーリーが感謝の言葉を述べる。まわり中、敵だらけだった状況、この手の言葉は久しく聞いていなかった。

「ですが、我々には先立つ戦力がない」

「………」

ゴンドウの言葉に眼を細めるサブロウタ。

「(……戦……力?)」

そうだ、こんな辺境とはいえ、れっきとした宇宙軍基地。

そしてナデシコがここに立ち寄る可能性は、アカツキたちには簡単に予測できたのはないのか。

ならば、戦力をもたないこんな基地が何故、今日まで『天使』たちに狙われることなく、その陣容を維持できたのか。

サブロウタの思考はある警報を鳴らし始める。

「ですから、我々にできる心ばかりのおもてなしを……」

ゴンドウの言葉にあわせ、前方の部屋の扉が開く。

「………!!」

部屋の中の光景に足を止めるルリ。思わず、その身を震わせた。

「…………」

部屋の中のテーブルの上座。そこに腰掛ける黒いマントとサングラスの男。そしてその傍らに立つ女。

「クッ!!!」

自分の判断の遅さにいらだつように、ふたりに飛びかかるサブロウタ。

いや、飛びかかろうとしたその瞬間。

「はっ!」

横合いからのびた腕に右手を捕らえられる。

「く……! この!!」

反射的に腕を捻り、関節を極めつつ投げを打つ。木連式柔「霞車」。

「フン!!」

だが、相手はサブロウタの動きに逆らわず、身軽に身を捻り着地。逆にサブロウタを投げ返す。

「グハッ!」

受身を取るだけで精一杯だった

「………」

かすむ視界に正拳が突き出され、寸止めされた。残念だが、実力の段が違う。

まだよく見えない眼をこらし、拳の持ち主を見遣る。

「月臣……中佐?」

その視線の先では、月臣源一郎が感情のこもらない顔を、サブロウタに向けていた。

「サブ!!」

サブロウタに駆け寄ろうとするリョーコ。

その足元に着弾。

「動くな……」

アキトの醒めた声が響く。その右手には、黒い塊が鈍い光を放っている。

「アキトさん……ユリカさん……」

ハーリーを後ろに庇いながら、ルリはふたりの名を呼んだ。

「………」

返事は返ってこない。

「あなた方が到着する数時間前にこの方々が見えられましてなぁ」

ゴンドウの、別人のように卑下た声がした。

「まあ、力持たぬものの処世術とお思いください」

言葉にあわせ、武装した兵士たちが部屋になだれ込む。

「やれやれ、最近こんなのばっかですか」

「同感です」

不承不承、手を上げるプロスペクターとゴート。

「がるるるる!!」

ユキナが歯をむき出し兵士を威嚇しているが、無駄な努力だ。ミナトとホウメイが自分たちの背後に引っ張り込む。

「ハァ…話がうま過ぎたか……」

ジュンは自分の運の悪さが皆に感染したのかと思った。




「なに、貴官自ら?」

月臣は眉をひそめた。すり寄るように近づくゴンドウを睨み付ける。

「左様でございます。あやつらはあなた方のボスに歯向かった大たわけども、まだどんなことを企んでいるとも限りません」

「…………」

「そんやなつらがあなた様方に何をすることか、わかったものではありません。ここは私めにどうぞ、ぜひ」

「………」

目線をアキトに送る月臣。

軽く頷くアキト。

「………勝手にするがいい」

「ハッ。ありがたきお言葉で」

自分の息子ほどの年齢であろう月臣にへつらうゴンドウ。

「あなた様のボスにはどうぞよしなに………」

慇懃に一礼をすると部屋を出て行く。

「……フン」

月臣は見るのも汚らわしいとばかりに目線を逸らす。

「俗物めが!!」

傍らのテーブルを殴りつける。


「……熱くなるな」

アキトが軽く制する。

「いいのか? あのような男に!」

「いまさら裏切れるほどの器量はない」

断ずるアキト。それは月臣も同感ではあるが、

「だが、奴に任せて何か失態を起こすということも……」

「………フッ」

月臣の言葉に、口元を歪めるアキト。

「それはむしろ、望むべきところだ」

アキトの脳裏を白銀色の機体がよぎる。

「……ユリカ」

かたわらの女性に声と視線を送る。

「…………はい」

ユリカはアキトの視線から何かを読み取ると身をひるがえした。




ブン。

扉が開き、ゴンドウが入ってくるのが見えた。右手には拳銃を構えている。

基地の奥まった一室。皆と隔離されるように引き離されたルリとイネス。

「…………」

ゴンドウから目線を逸らすルリと、睨みつけるイネス。

「……ふふふ」

ふたりを見下すようにねめつけるゴンドウ。

「まさか、裏切り者とはね」

イネスの雑言さえ、心地よさ気に受け流す。

「そうですな、確かに。だが私は生きている。あんたたちはいずれ死ぬ。それがすべてではありませんかね」

「誇りも理想もすべて失ってね」

「そんなもの、生きるに邪魔なものばかりですな。フン、科学者のクセに青臭いことを言う」

あざける様なゴンドウの視線。

イネスは目の前の男を張り倒したくなった。




「…………クソッ!」

忌々しげに壁を殴りつけるサブロウタ。

営倉に叩き込まれたナデシコの男性陣。

武器も細工用の小道具も取り上げられ、いまはただなされるがままだ。

「 っきしょうめ! 俺様ご自慢のメカがあればこの程度の壁え!」

壁をコツコツと叩きながら、愚痴るウリバタケ。

「艦長たち、大丈夫でしょうか?」

ハーリーが傍らのジュンに問いかける。

「まあ、ルリちゃんとイネスさんはVIPだからね。利用価値があるうちは、めったなことにはならないと思うけど。ただ、問題なのはむしろ……」

語尾を濁す。

問題は利用価値が認められるとも思えないうえに、事情を知りすぎている自分たちの方かもしれない。

隣の房に入れられた女性陣──特にユキナ──に気を向ける。

「(こんな時に……まったく)」

自分をとりあえず責めてみる。

ふと、無機質な音がして、扉が開く。

見遣ると銃を構えた兵士が。

「(せめて最期にひと目………)」

グラリ。

兵士の身体が突如揺らぐ。

「!?」

ゆっくりと崩れ落ちる兵士。その背後には、

「………白銀の騎士!」

「雁首そろえて……無様なことだ」

「なんだと!!」

詰め寄ろうとするサブロウタ。だが、プロスペクターがそれを制すると、

「これはわざわざどうも」

「……フン」

軽く視線を逸らせる。

「で、助けていただけるのですかな?」

だが、それには答えることなく、

「時間がない、急げ」

廊下を顎でしゃくる白銀の騎士。

ゴートがすばやく、兵士からカードキーを抜き取ると、女性陣の房を開錠する。

「何をしている!!」

廊下の向こうから、兵士が現れた。

銃撃。

「どわわわ!!」

思わず、房に駆け戻る面々。

「……!!」

だが、白銀の騎士は素早く左腰の刀を鞘走らせると、正眼に構え、

「はっ!!」

短い気合とともに無数の銃弾を弾き飛ばす。

「な!!!」

驚く兵士たちに、転がるように駆け寄り、刀の柄をみぞおちに叩き込む。

「グハッ!!」

前のめりになる兵士に回し蹴りを喰らわせ止め。こぼれ落ちた銃を右手で受け止め、もう一人に刀の峰を打ちつける。

(カタカタカタ……)

「……くっ」

何かに苛立つように、銃をゴートに投げ渡す。

「何をしている、ナデシコに急げ」

「しかし……」

「道は、こいつが教えてくれる」

左手の手甲を開き、なにかの操作をする白銀の騎士。と、皆の目の前に巨大な矢印が現れる。

「で、あなたはどうなさるつもりで?」

「……妖精と白衣の女を助けに行く。……心配は要らぬ」

「左様ですな」

軽く微笑むと、矢印につづいて走り出すプロスペクター。

「おい」

白銀の騎士に声をかけるサブロウタ。手には兵士から奪った銃を構えている。

「一応礼は言っといてやる。だがな……」

「私と闘(や)りたければ、もう少し腕を磨くんだな」

「……チッ。首洗って待ってろ」

「………」

ぼんやりと白銀の騎士に見入っているリョーコ、前回『戦乙女』と呼ばれて以来、ちょっと彼が気になっている。

「いくぞ中尉!!」

「お、おう」

サブロウタが強引に引きずっていく。

「フ……」

薄く笑い、彼らを見送る白銀の騎士。刀を握り直し、駆け出す。

「待っていろ……妖精」




「白銀の騎士……やはり、『彼』ですかな」

集団の先頭付近を走りながら、プロスペクターはゴートに問いかける。

「……確かに体型や声音は似ていますが、あの冷徹さ、非情さはとてもあの優しかった青年とは思えません」

「……気づきませんでしたか?」

「は?」

「あなたが持っているその銃。それを手にした時の彼ですよ」

「ミスター、一体何を……」

「微かに震えていました。右手がね」

「…………!!」

身震いするゴート。雷に打たれたような衝撃が全身に走った。自分はそれと同じ症状を示す青年をよく知っている。

「しかし……しかし! それではなぜ!?」

「それはわかりません」

「………」

「わかりませんが……しかし……」

「しかし? は! ミスター!!!」

「………は? お、おおお!!!」

突然前方に現れる敵兵士。

銃撃に晒されるプロスペクター。

「危ない!!!」

近くにいたハーリーが咄嗟に飛びつき、物陰に押し込む。

「……ふう、助かりましたハーリー君。ん、ハーリー君? ハーリー君!!?」

「……ぐ」

必死に声を噛み殺しているハーリー。

プロスペクターが押さえたハーリーの肩。指の隙間から赤い筋が漏れ出す。

「ハーリー! しっかりしろハーリー!!」

サブロウタが駆け寄る。

「申し訳ない……私のせいです」

プロスペクターはハンカチを取り出すと、手早くハーリーの止血を始めた。

──わかりませんがしかし……もし彼が本当に『彼』であるなら、それは……死よりも過酷な運命に自ら、その身を投じたことになりますなぁ……。




「なんだ! 何が起こっている!!?」

ゴンドウは苛立っていた。次々と入ってくる異常発生の報告。その一つは司令室から遠のいていき、もう一つはこちらに近づいてくる。

『正体不明の敵が………ぐわっ!!』

モニターの中で打ち倒される兵士。基地全体を混迷が包んでいる。

「ぬええい!! 一体!!!」

「あなたの破滅が始まっただけです」

ルリの冷静な声。

「なんだと!!?」

ゴンドウはルリの方へ向き直る。

「あなたは、誇りも理想も生きるに邪魔なものだといいました。確かにそうかもしれません」

視線をわずかに落とすルリ。

「私は、誇りや理想に生きることも、あなたのようにそれを捨てきることも出来ません。そんな態度だから、クルーのみんなを今また危険に晒しています。……艦長失格でしょう」

だが、ルリは再びゴンドウを見据えると、

「それでも、昔こんな私を信じるって言ってくれた人がいました! がんばれって言ってくれました! その人は誇りも理想も、私には話してはくれなかったけど、でも、そんなものよりもっと大事な、人として一番大切な………優しさを持っていました!」

「何がいいたいんだ! この小娘!!」

「ルリちゃん!」

イネスの制止。だが、ルリは言葉を止めない。

「優しさが多分あの人の、いえ、人が人であるための一番大切な……大切な……感情なんです! でも、それを、それを持たないあなたは! 人への優しさのないあなたは! ……最低です!!」

「ぐ、ぐぐぐぐぐぐおおおお……」

ゴンドウは動揺していた。心の中、無理やり押し込めていた何かに、ルリの言葉が激しく突き刺さっていた。

「だ、黙れ小娘!!!」

怒りに任せ振り降ろされる拳。それはルリを直撃し、扉側へと弾き飛ばす。

「ルリちゃん!!」

イネスの悲鳴。

「ふ、フハハッハ!!」

ゴンドウの高笑い。

と、ルリの飛ばされた先、扉に突如無数の光線が走る。

「な!!?」

砕け落ちる扉、その扉の向こうには、

「……白銀の……騎士」

答えるように右手の刀を鞘に収める。鍔が高い金属音を奏でた。

「………」

白銀の騎士は無言で、足元に倒れ伏したルリに視線を落とした。

どうやら気を失っているようだ。

「………」

ゆっくり視線を上げる。視界に立ち竦むゴンドウが入る。

「………お前がやったのか」

静かな誰何。

「……な、なに」

後ずさるゴンドウ。

「お前がやったのかぁああ!!!!」

絶叫とともに繰り出される拳。

「!!!」

反対側の壁まで飛ばされるゴンドウ。壁に背を打ち付け、倒れこむ。

「……ハァ…ハァ…ハァ」

荒く息をつく白銀の騎士。逆上していた。その姿にいつもの冷徹さはない。

「…………」

その姿を悲しげに見つめるイネス。

「あなたはなぜ……騎士なんかに……」

それは、問うてはならない、禁断の質問。

「私は言ったはずよ……王子様になりなさいと」

そっと言葉を続ける。

おとぎ話の騎士。麗しき姫君を愛し、守り、そして散っていく。だが、決して姫君と結ばれることのない、姫君と結ばれるべき王子には決してなれない存在。

そんな騎士に、あなたは何故なってしまったのか?

「か弱き王子など! ……何の役にも立たぬ」

イネスに背を向ける白銀の騎士。

「いま必要なのは強き力………ただそれだけだ……」

そっとルリを抱き上げる。

「ナデシコまで飛ぶ。私につかまれ」

微かにイネスを見遣るその姿に、また悲しさを感じる。

「………ええ」

似ている。似すぎている。悲しいまでに……。

そう、『彼』にずっとアキトの面影を感じていたのは、ルリだけではなかった。




光とともに消え行く三つの人影。

「優しさ……だと……」

壁にもたれるようにうずくまるゴンドウ。

「そんなものが……一体なんの役に立つ!!?」

優しくすればつけあがられる。手を差し伸べれば裏切られる。

そうだ、自分がそうだった。



そうでなければ、何故自分はこんな閑職にいるというのだ。

だから自分は誓ったのだ。そんな奇麗事などすべて捨て去ってやると。

「……だが……」

奇麗事であるがゆえに、それはあまりにまばゆい。

捨て去ったはずの奇麗事に、いま自分は復讐されたのだ。

「くっ………」

両手で顔を覆うゴンドウ。殴られた左頬がひどく痛んだ。




なんだろう、この感覚は?

私の身体を包んでいるこの感覚。

とても温かい。

とても優しい。

とても懐かしい。

涙があふれてくる。

でも、悲しいんじゃない。



むしろ安心と、喜びと、胸の苦しさを感じるこの感覚。

とても………愛しい。

知っている。

私はこの愛しさを知っている。

死ぬほど愛しい人。

でも、遠くへ行ってしまった人。

心から逢いたい人。

逢いたい。

逢いたい。

逢いたい!!

「は!」

弾かれたように目を覚ますルリ。

ここはナデシコの医務室だ。

「大丈夫、ルリちゃん?」

イネスが心配そうに覗き込む。

「……え、ええ……う……」

答えた瞬間、鈍痛が頭を包む。

振り払うように顔を上げると、傍らのベッドが目に入る。

「ハーリー君!!」

右腕を包帯で固定され、ベッドに横たわるハーリーの痛々しげな姿。

「大丈夫。薬で眠っているだけよ。プロスさんを庇って、それで……」

「そうですか……」

微かに安堵をにじませるルリ。だが、視線を落とす。

「また、私のせいで………」

「…………」

イネスはそっとルリの肩に手を置き、軽く首を振る。

「………イネスさん……あ、あの……」

「ん?」

「あの人は……」

「……行ってしまったわ」

「……そう……ですか」

表情が曇る。だが、いますべきことを思い出すルリ。

「ブリッジに向かいます」

ハーリーもルリも不在、オモイカネも不調のナデシコは未だ基地格納庫からの脱出もままなっていないのだ。

「大丈夫なの?」

「はい」

ルリはそっと微笑むと、

「私これでも艦長ですから」




基地司令室。

モニターに写る格納庫内のナデシコを見据えるアキトと月臣。

「やはりこうなった」

冷めた口調のアキト。いや、むしろこうなることを望んでいた。

背後の扉から頬をはらしたゴンドウが入ってくる。

「………ふん、たいした手並みだったよ」

ゴンドウの方を見ようともしないふたり。

「こうなった以上……わかっているな?」

「…………」

無言で端末に向かうゴンドウ。手早くあるプログラムを呼び出していく。

「そうだ、この基地を自爆させる。ナデシコごとな」

月臣。

「…………」

ゴンドウの手で呼び出される自爆システム。

起動キーに手が伸びる。だが、

銃声。

初めてゴンドウに視線を向けるアキトと月臣。

「貴様……なにを……」

ゴンドウの右手に握られた拳銃。そしてスパークを起こしている起動キー。

「血迷ったか!?」

ゴンドウは躊躇うように視線を落としていたが、やがて、

「もう……あんたたちの言いなりにはならない」

短い、だが、まるで血を吐くような独白だった。

「自分が何をしたのか、わかっているのだな?」

拳銃を抜く月臣。

ゆっくりとゴンドウの心臓に狙いを付ける。

「………」

眼を閉じるゴンドウ。

恐怖はもちろんある。だが、心は不思議と穏やかだった。まるで永い間胸につかえていた何かが外れたように。

二度目の銃声。

「……!!」

恐る恐る眼を開けるゴンドウ。まだ生きている。

パラパラと崩れる傍らの壁。その中心にはゴンドウから外れた銃弾の弾痕が。

「…………」

理由を問うように月臣に視線を戻す。

「フ、少しはマシなヤツであったか?」

銃を上げる月臣。

「行け! 俺の気が変わらぬうちにな……」

「!!」

演技ではなく、深々と一礼するゴンドウ。司令室から走り去る。

「甘い男だな。お前は」

「……貴様ほどではない」

ふたりの遥か眼前。無事格納庫を脱出したナデシコC。そして寄り添うように現れる白銀色の機体、ナルシサス。

「…………」

傍らの月臣を軽く手で制するアキト。

「ヤツは俺の獲物だ」

「行くのか?」

「………ユリカ! ラピス!」

コミュニケに呼びかけるアキト。呼応するように現れるジャンプアウトする漆黒の船体。

そして“ネメシス”。

CCを握りしめる。一瞬ののち、アキトは機上の人になっていた。

「………行くぞ!」

飛び去る彼らを見送る月臣。悲しげにその眼を細める。

──だがわかっているのかテンカワ・アキト。たとえヤツを何度殺したところで………あの子は帰ってこないのだぞ……決してな。




「!!」

コクピットの白銀の騎士。背後から迫る殺気に振り返る。

「ここは私が食い止める。先に行け!」

『しかし!』

ルリのコミュニケ。だが、一蹴する白銀の騎士。

「足手まといだ!」

『……わかりました』




「いいの、ルリルリ?」

ユキナが振り返る。

「仕方ありません」

逃げの一手。いまできることはただ奔るのみ。




加速するナデシコC。

そして迫りくる漆黒の女神。

『死ねェエエエエ!!!』

「断る!!!」

抜刀。火花を散らす刀と槍。

『白銀の騎士だと!! どこまで! どこまで俺の真似をすれば気が済む!!』

「お前の望み通り、私は修羅道に堕ちた! このうえ何が不服か!! 黒き王子!!!」

叫びあう王子と騎士。吐き出されるのはエゴと、そしてそれぞれの哀しみ。

『はぁああ!!』

「ちぃ!!」

一閃。互いに手傷を負う。




医務室のベッド。ハーリーの寝顔を覗き込むイネス。

「……ごめんなさい」

怪我人を置いていく自分は、医師としてもナデシコのクルーとしても失格だろうと思った。

だが、確かめなければならない、どうしても。

「…………」

引き出しから取り出される。澄んだブルーの宝玉──CC。

そっと握りしめる。

その瞬間、ナデシコCからイネス・フレサンジュは消えた。




「頃合ね」

ナデシコ・エックスのブリッジ。ユリカは呟く。

「了解」

応えるラピス。顔に浮き出てるナノマシンパターンが光を放つ。




「……は!」

その時初めて、ルリはナデシコの異状に気づいた。

次々と乱れ始める計器。

相転移エンジンの出力が見る見る落ちていく。

「ルリちゃん! こちらの操作を受け付けない!!」

ジュンの悲鳴も響く。

「……これは、一体……」

アカツキの元を逃れる際、ナデシコのAI──オモイカネに仕込まれたバグ。

それが一斉に活動を始めていた。

「迂闊でした……」

オモイカネの不調。そう思っていた。オモイカネ自身の報告を信じていた。

バグに汚染されたオモイカネの報告を。

ジリジリと高度を下げていくナデシコC。海面が近づいてくる。




「出番無しだねぇ〜」

「ま、茶でも飲もうや」

「あ、どうも」

「番茶も出花」

「意味知ってて言ってんのか?」

ウリバタケとパイロットの面々。理由もなく余裕だ。




「補給の際、命令の受信機を付けられたのか?」

ゴートの呻き。

「あるいは、いままで泳がされていたのでしょうかな……会長の掌で」

天を仰ぐプロスペクター。

「はぁ〜、また捕らわれの美女……か」

ミナトはコンソールに顔を埋めた。




「………く」

刀を鞘に収めるナルシサス。

ナデシコが動けない以上、もはや何も出来ない。

フィールドランサーを振りかぶる“ネメシス”。

『まて、殺すな!!』

月臣のコミュニケが開く。

「チッ!!!」

忌々しげにランサーを投げ捨てるアキト。




「任務完了……これで俺も」

コミュニケを閉じる月臣。瞑目するように眼を閉じる。

ふと、瞼に光を感じた。

「………?」

開かれる瞳。

そこには、白衣姿の女性──イネス・フレサンジュが。

「………これは、珍しい客人だな」

「………」

毅然と月臣を見据えるイネス。

やがて、その口が言葉を紡ぎ出す。

「私を、会長のところに連れて行きなさい」

「……フン」

月臣はイネスの瞳にある種の、『決意』を認めていた。




                                     つづく




次回予告

アカツキ「踊る踊る、道化は踊る。たとえわが身が消えるとも。踊る踊る、舞台も踊る。たとえ明日が知れぬとも。さあ踊りたまえ、破滅の舞踏を。次回、機動戦艦ナデシコ『The knight of chrome』 第十一話 ダンス・ウィズ・『エンジェルズ』──言ったろ? 僕は道化さ」




あとがき(ちょっと忙)

毎度どうも異界です。先日のチャットではお世話になりました。
さてさて、やっとこさの第十話ですが、シリアス(?)やってるせいかちょっと気分が重いです、ゲストも呼びにくいし。
さてさていよいよ物語も佳境に入り、残りの話数も少なくなってしまいました。アキトやアカツキの真意は? イネスの目的は? そして白銀の騎士は? 
ではまた次回にてお会いしましょう。いまいちオチに不安な異界でした。




思いつきの設定集


キャラ編


ゴンドウ

 第十話のゲスト。宇宙軍北太平洋第62補給基地司令。階級中佐。過去に親友の失敗を庇った際に、逆に罪を擦り付けられ現ポストに飛ばされた元エリート将校。
 書いてるうちにキャラが二転三転。単なる悪党でもよかったかなとも思いつつ、根っからの悪人が書けない異界らしいキャラに。さて、受けはどうでしょう?






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