The knight of chrome #09


──フザケヤガッテ!! フザケヤガッテ!!

この声が嫌いだ。

──フザケヤガッテ!! フザケヤガッテ!!

この顔が嫌いだ。

──フザケヤガッテ!! フザケヤガッテ!!

この名前が嫌いだ。

──フザケヤガッテ!! フザケヤガッテ!!

すべてが嫌いだ。この俺のすべてが。

──フザケヤガッテ!! フザケヤガッテェエエエエ!!!

指先が硬いなにかをとらえる。陸地だ。

渾身の力を込め、身体を海から引き上げる。

「ガハッ!!」

口から吐き出される大量の海水。肺が新鮮な空気をむさぼるように吸い込む。

『助かった』。だが、その安堵さえ憎しみへと変わっていく。

荒い息。体中から滴る水。そして憎しみの『気』。

血走った眼が、ふと、黒光りする地面に気づく。

陸地ではない。これは……。

「……フ、フハハハ……!」

とり憑かれたように笑い出す。

フィフス・エンジェル。

本当の名も、記憶も、そしてささやかな誇りまで奪われてしまった男。





機動戦艦ナデシコ

『The knight of chrome』





第九話 海と『爆薬』


某海某島。翼を休め、傷を癒すナデシコC。

赤道直下のこの島。無人島ながら、天然の海水浴場がある。

青い海。白い砂浜。そして灼熱の太陽。なれば、することはひとつ。

多少、平均年齢が上がり気味とはいえ、まだまだ若者ぞろいのナデシコクルー。

たちまちのうちにビーチは歓声に包まれていた。

が、そんな彼らを尻目に、

「ハァ……」

艦長席に一人座るルリ。またため息が口をついた。

と、背後のウィンドウのカウンターがひとつ増える。

『998』

相変わらず調子が悪いオモイカネ。本日のルリのため息を数えているようだ。

「オモイカネ、やめて」

『……クス』

あやしげなウィンドウが開き、また閉じられる。

「………」

視線を正面斜め下45度に戻す。

心に浮んでくるのはあの人物。

危機の渦中にあったナデシコを救ってくれた人。

白銀に輝く仮面と鎧に身を固めたあの人物。

『白銀の騎士』。誰ともなしにそんな呼び名がついていた。

似ている。

そう思った。あの人に。死んだはずのあの人に。

生きていたのか。

だが、ならばなぜ帰ってきてくれない。

では、別人なのか。

だが、ならばなぜ助けてくれる。

「ハァ……」

『999』

わからない。

あなたは誰?

私?

わたしは……。

『妖精』。

彼は私をそう呼んだ。

私はホシノ・ルリ。

『ルリちゃん』。

あなたが本当に『あの人』なら、なぜ私をそう呼んでくれないの?

「ルリちゃん?」

ビクッ。

「あら、ルリちゃん。恋煩いかしら」

ギクッ。

いつの間にか、背後にイネスがいる。

「これはこれは、前回全く出番がなかったイネスさん」

「……医務室でハーリー君のレポートを読んでたのよ」

「それはあの危機的状況の中、ご苦労様」

「……おかげさまでね」

なにやら見えない『気』をぶつけ合うふたり。

「そうそう、時にカイト君のパーソナルデータが見られないんだけど……」

逸らした。

「オモイカネの調子がご覧の通りですから……なにかロックがかかってしまっているのかもしれませんね」

背後のカウンターを指差しつつ、ルリは手元の端末を操作する。

「これで、も一度試してみてください」

「ありがとう」

「でも、なんでカイトさんのデータを?」

「ちょっとね……気になるのよ」

「それは……」

勢い込んで何かを言おうとするルリ。だが、軽くそれを制するイネス。

「もう少し待ってちょうだい。私の中でも、まだ整理ができていないの」

「でも……」

「安心して、分かったことは全部ルリちゃんに教えるから。クスッ。そういう約束だったものね」

「……」

だが、イネスは笑顔を消すと、

「でも、これだけはわかっておいて」

「え?」

「死んだ人間は帰っては来ないわ……例外なくね」

「……?」

「期待を持ちすぎると、裏切られたとき辛いわ」

「…………」

押し黙るルリ。

それを一応の納得と受け取ったイネスは、無言で踵を返した。

非情なことを言っている。自分でもそう思った。だが。




「援護が出せない!? それは……どういうことですか!?」

ナデシコ内の通信室。ジュンは思わず声を荒げていた。

『いや、だからアオイ君。怒鳴らないでくれたまえ』

モニターの中のミスマル・コウイチロウは、気の毒なほど萎縮している。

「あ、す、すみません」

『ウオフォン。こちらも艦隊を二つもあっさり潰されたのだ。統合軍同様、士気も下がりまくっておる。それに何より、我々の使用しているメカニックのほとんどはネルガル製だ』

「……ええ」

『こうして通信を行うこと自体、すでにお互いの居場所をしられるリスクを負っている』

「しかし、我々はまさに敵中に孤立して……」

『分かっている……だがねぇ、アオイ君。現状ではいかんともしがたいんだよ』

「では、ナデシコは自力のみで現状を突破せよと……」

『だから、そこまでは言っていないでしょ? 幸い近くに宇宙軍の基地がある。そこで最低限の補給は受けられるよう手配はしておく』

「………」

黙り込むジュン。宇宙軍やコウイチロウ自身の状況はよく分かっている。

だが、現に今この時点で、ナデシコは全滅の危機に瀕しているのだ。

『あ〜ときにアオイ君』

「はい」

『敵艦にユリカが乗っていたという未確認情報というのは………あ、アオイ君どこに行くのかね!? ちょっと、待ちなさいってばアオイ君!!』

「通信システムに異常発生」

席を立つジュン。軽いため息が口をつく。

と、

『あ〜ジュンちゃんいたいた!!』

コミュニケのウィンドウが開き、水着姿のユキナが顔をのぞかせる。

『そんなところでなにやってんのよ?』

「あ、うん。別に」

『こっちいらっしゃいよ。楽しいわよ〜』

ユキナの背後のビーチから、黄色い歓声が聞こえてくる。

「う、うん、わかった。すぐ行くよ」

そう言いつつ、早々に通信を切り上げる。

「こんなこと、みんなには言えないよなぁ……」

手で髪をグシャグシャとかきむしってみた。

いっそ、いまは馬鹿になって遊ぶか。

そんなことを考えてみた。

「(だいぶナデシコに毒されてきたかな)」

そう思いつつ、ジュンは少しだけ嬉しそうだった。




再び、海岸。

ビーチバレーに興じるパイロットの面々。

日光浴をするミナトにユキナ。

パラソルに縁台を持ち出し、将棋に没頭するゴートとプロスペクター。

あちらではウリバタケが、浜茶屋『海一番!パート2』を開いているが今度はジュンすら寄り付かない。となりのホウメイの店にことごとく客をとられている。

しかし、逃亡の身の上でどこから水着を調達したのかは永遠の謎である。

「ハーリー、どうした?」

ビーチバレーがひと段落したサブロウタ。パラソルの下、膝を抱えたハーリーに眼を止めた。

「あ、いや、その……」

ピンとくるサブロウタ。

「は〜ん、へ〜ん、ほ〜ん」

「な、なんですか……」

「あ、艦長!」

「え、どこどこどこ!!」

「……に借りてた金、合計でいくらだったかな」

「…………へ?」

「分かりやすいヤツだな、お前も」

「…………ぅぅ」

青少年の悩みと煩悩は紙一重である。

「そんなに気になるなら誘って来いよ」

「で、でも……あ、いや、な、何を言って」

「傷心の女は難易度がグッと下がってストレートな押しに弱い、初心者にはお勧めだぜ」

「ち、ちちっちっち違います!!! そんなんじゃ!!」

違わないだろ。

「ここらで男になっとけよ、なぁ?」

顔を寄せてささやくサブロウタ。なにやら目つきが怪しい。

「違いますってば〜〜!!」

こだまするハーリーの叫び。






「……うん違うね確かに」

連合総会議場の一室。椅子に深々と腰掛けたアカツキ。

その傍らにエリナ、眼前にはアキトと月臣がいた。

「この機体……『ナルシサス』? うん。ウチのじゃないよ」

「本当だな?」

「信用ないなぁ」

アキトの問いに、大仰に肩をすくめてみせるアカツキ。固めの椅子がそれにあわせ音を立てる。

「お前にもわかるだろう。機体の設計思想がまるで違う。エステバリスともアルストロメリアともな」

軽くアキトを制する月臣。

「俺はお前たちが黒幕だと思ったのだがな」

「そんなことをして何の得が……いや、おもしろいねぇ、それ」

「………」

「冗談だよ冗談。ちゃんと君の『身内の事情』に協力してるだろう? わかって欲しいもんだね、僕たちの誠意ってものを なぁエリナ君」

「え、ええ」

少し決まり悪そうなエリナ。アカツキの真意を測りかねている。

「ならば、もう何も聞くことはない。邪魔をしたな」

背を向けるアキト。長いマントが軽くはためく。

「ん? どこ行くんだい」

「しれたことだ。奴を燻りだす。そのためにまずナデシコを……」

「それは困るな」

「……なに」

振り向くアキト。全身の筋肉が緊張していくのがわかった。

「僕たちにも予定ってものがある」

「どういうことだ」

「次の手はもう打ってある。それを君に邪魔されては困るってことさ」

「…………」

素早く拳銃を抜くアキト。エリナが息を呑む音が聞こえた。

「………何をする気だい?」

悠然と銃口を眺めるアカツキ。

「……俺は俺のやりたいようにやる」

「ご立派なポリシーだ。だが、それに君の大切な人たちも巻き込む気かい?」

「…………」

「いや、僕も同感ではある。だから、僕も好きにさせてもらおう」

「……協力しないというんだな」

引き金に力を込めるアキト。

「そうは言っていないだろ? 少し待てといってるんだ」

「同じことさ」

瞬間、引き金を引き絞る。

「!」

月臣が制止に入るが間に合わない。

銃声。

だが、銃弾はアカツキの手前数十センチのところで弾かれる。

「!!」

「ハァ!!」

月臣の手刀がアキトの拳銃を叩き落す。

「……クッ」

「……フフッ」

不敵に微笑むアカツキ。

「……フィールドか」

手首をおさえ呻くアキト。

「それもパーソナルサイズ。うちの試作品さ」

悠然とした態度を崩さないアカツキ。だが、眼だけは別人のように鋭く輝き始めている。

「言っておくが僕は誰も信用しちゃいない。このフィールドはそのあらわれと受け取ってもらって結構だよ」

「クッ!!」

アキトはその顔を忌々しげに睨み付けた。

「まあ、そう怒るなよ。そろそろだよ、僕の次の手が見られるのは」






「か、かかか艦長!!」

「はい?」

ルリは背後からかけられた声に振り向く。案の定、そこにはハーリーの姿が。

「どうかしました?」

次を促してやる。しかし、ハーリーの表情が変だ。端的にいうとなんか怖い。

「あ、あああっあああの!!」

「はい」

「も、もももももしよろしかったら!」

「はい」

サブロウタに焚きつけられて、結局ルリを誘いに来たらしい。やっぱり間違ってなかった。

「ぼぼぼぼぼぼぼ僕僕と!!」

「…………?」

が、全くそれに気づいていないルリ。

あのカイトにしてこのルリありである。

「そ、その、い、一緒に、いや一生を!!」

なんか風向きがアサッテだ。

と、ハーリーの告白(?)は、無粋な電子音に遮られる。

『敵接近』

「「え!?」」

声が重なるルリとハーリー。

その視線の先、ナデシコの前方。海が大きく盛り上がっていく。




『フフフ……見つけたぞ、ナデシコ。ナデシコォオオオ!!!!』




「機種データ照合」

「了解……旧木連のバッタに似ていますが……」

海をかき分けて現れるバッタ(?)。だが、問題はその大きさだ。

「全長……100メートルを超えています!!」

「未確認の………兵器?」




超巨大バッタの装甲の一部が弾け飛び、ミサイルポッドが露出する。

「ふぁははっはは!!!」

コクピットのフィフス。全身から伸びたチューブが機体とつながり、不気味な光を帯びる。




「!! 攻撃! 来ます!!」

「! フィールドを!!」

「ダメです!! みんながまだ外に!!」

「く!!」

ルリとハーリーの視界が閃光に包まれる。

「う……」

思わず眼をそらすルリ。

だが、そらしながらも決意をする。

「…………ナデシコ発進します!」

「で、でも、まだみんなが……」

「敵の狙いはこのナデシコです」

「………」

「このままこのポイントに留まればみなさんを巻き込んでしまいます」

「で、ですが」

「それに、みなさんを乗艦をさせている時間的余裕はありません。私とあなただけでやるしか……ありません!」

「わ、わかりました」

オモイカネの不調によりシステム掌握は使えず、バックアップも期待できない。

その上、エステバリスの援護もないということは、ルリとハーリーのふたりのみで敵と渡り合わなければいけないということだ。

ゴクリ。

ハーリーは生唾を飲み込んだ。




島から離れていくナデシコC。

「ミスターこれは!?」

「どうやらお二人だけで戦うつもりのようですな」

「しかしそれでは……」

「あれ?」

「どうした!?」

「説明おばさんは?」




「私も手伝うわ」

「イネスさん!」

「オペレーターの替わりくらいなら何とかなるでしょ?」

「わかりました。お願いします」

ルリを乗せ前法にスライドしていく艦長席。

「システム統括!!」

「敵、超巨大バッタ捕捉したわ!」

「了解。グラビティブラスト発射用意!」

「ちょ、ちょっと待ってください!」

「どうしました!?」

「敵データ取れました! 超巨大バッタの全身に!」

映し出される超巨大バッタの透視図。全身にメカ以外の何かが詰まっている。

「これは……?」

「爆弾です!! 下手に攻撃をしたら!!」

「敵ともども、こちらも……」

「……爆発!!」

「は! 敵攻撃、第二波!!」

「くぅ!!」






「…………」

どこかの闇。

暗がりに身を潜める白銀の機体、ナルシサス。

コクピットに身を沈める白銀の騎士。

閉じられたその眼や、組まれた腕は眠っているようにも見える。

「!!」

突如、開かれる瞳。






ナデシコに迫るミサイルの群。

『フハハハハハ!!! 死ね死ね死んねぇ!!!』

勝利を確信するフィフス。

と、その前に立ちふさがる白銀の影。

腰の刀が閃く。寸断されるミサイル。爆風をあびて輝くその姿は、

「白銀の騎士です!!!」

ハーリーの歓声。

『出やがったなぁ! この白銀の悪魔!!!』

狂ったように射出されるミサイル。

『ファハハハアハハ!!! よけたらナデシコに穴が開くぜぇ!!!』

「ちぃ!!」

刀にエネルギーを集中するナルシサス。半月上のフィールドが形成されミサイルを防いでいく。

『いつまでもつかなぁ!!!』

「妖精!!」




断続的な閃光に包まれるナデシコブリッジ。

『妖精、聞こえるか!!』

「は、はい」

『あのバッタのデータは採取しているな!?』

「は、はい。全身に爆発物が……」

『コクピットの位置は!?』

「え」

『やつのコクピットの位置だ! すぐ調べろ! ハッキングだ!』

「わ、分かりました。ハーリー君!」

「りょ、了解!」




「(く、私ひとりでは防ぎきれん……か)」

左手をナデシコに向けかざす。

『格納庫にレトロスペクト反応!』

『構いません。ハッキング継続!』

『了解』




「お!!」

島に取り残されたリョーコたちの前に、ジャンプアウトする赤いエステバリスカスタム。

白銀の騎士のコミュニケが開く。

『そこの男女(おとこおんな)!!』

「だ、だれが男女だ!!!」

言わずもがなリョーコのことらしい。

「セクハラじゃない?」

「セクハラだね。事実だけど」

頷きあうヒカルとイズミ。

『私を援護しろ、いいな!』

勝手に閉じるウィンドウ。

「ナロォオオ!!」

毒づきつつもコクピットに乗り込むリョーコ。

「いいとこ見せちゃいなよぉ〜」

「ちょっと、リョーコが弱そうなタイプだしね、あの騎士サン」

ピクッ。

耳を立てるサブロウタ。




「このヤロウ!!」

ラピッドライフルを連射。ミサイルを打ち落とす。

『本体には手を出すな。防衛に専念しろ』

「いちいち指図するんじゃねぇ!!」

言いながらも正確な射撃で次々とミサイルを撃破していく。

「長くはもたねぇ! どうする気だ!」

『今やっている。妖精次第だ』

『分かりました。ここです』

コンソールに表示される超巨大バッタのワイヤーフレーム図。

頭部の付け根の奥が赤く光る。




「これだ」

『で、でも……』

「本体を攻撃できない以上、ここを潰すしかあるまい」

『………』

ルリはとまどっていた。コクピットを潰せばパイロットは確実に死ぬ。

だが『彼』が本当に『あの人』なら、戦いの中でも可能な限り人を殺さなかった『あの人』なら……。

「男女、援護しろ! やつの首を下に向かせる」

『男女じゃねぇ!!』




「ふざけやがって!! どいつもこいつも!!」

超巨大バッタ、フィフスの顔はすでに人のものではない。

「俺は! 俺は! 俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は!!!」

許さない。俺の名前を奪った奴らを。

許さない。俺の記憶を奪った奴らを。

許さない。俺の誇りを奪った『奴』を!!!

「うおるらあああ!!! 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!!!!!」

俺は誰なんだ。

何のために戦っている。

何のために生きている。

俺は誰なんだ。

こいつらを殺せとあいつは言った。

そうすれば俺に記憶をくれると。

だが、もうそんなことはどうでもいい。

俺の誇りを奪った。

こいつがだ。この白銀色のふざけたやつが。

許さない。殺す!!!

『!!』

下面に衝撃。

機体の首を下に向ける。

刹那、装甲に隙間ができる。

『う!!』

そこ目掛けジャンプアウトするナルシサス。

鞘から刀を抜き放ち、装甲の隙間目掛け、

『!!!』

コクピットの天井を突き破り、フィフスに襲い掛かる剣先。

「ぐおおおお!!!」

絶叫。

だが、顔数センチのところで止まる剣先。

わずかに届かなかった。コクピットの位置が白銀の騎士の予想以上に深かったのだ。

「フ……フハハハハハ。もう終わりだよ貴様ら! 千載一遇のチャンスを逃しちまったんだからなぁ!!!」

顔前のナルシサスに照準を合わせる。

「死! ……ね?」

ドン。

鈍い音が走った。

フィフスは自分の身体から、銀色の塊が伸びていることに気づいた。

塊をつたう赤い液体、血。

「き、貴様……」

フィフスの背中から生えた刀の握り。それをつかみたたずむ白銀の騎士。

ガチャリ。

無表情に刀を右にひねる。

「グフッ!!」

フィフスの肺から血の塊がこみ上げる。

視界が真っ赤に染まる。

「………!」

その赤がフィフスの記憶を押す。

「……この赤は」

火星の地表。血を流し倒れていた人物、いや、俺?

「お、思い出した……俺は……ミカズ…チ……。イツキ…イツキはどうした、どこにいる……」

『!!!』

雷に撃たれたように硬直する白銀の騎士。

血とともに力が抜けていくフィフス、いやミカズチ。

赤く染まっていた視界が白くなっていく。

「ひ、皮肉なものだな………俺に記憶をくれたのが……よりにもよって……貴様だったと……は…………」

止まるミカズチの言葉。こと切れたようだった。

「…………」

無言の白銀の騎士。返り血に染まった右手を顔の前にかざす。

「皮肉なのは私の方だ。この手で殺した相手がまさか……──────とはな………」

見開かれたままのミカズチの眼を閉じてやる。

それで救われたのはむしろ自分自身の心かもしれない。






動きを止めた超巨大バッタから離れていくナルシサス。

『おい、どうした!? なにがあった!!?』

リョーコのウィンドウが開く。通信が途絶していたことを心配してくれていたようだ。

「フッ」

『な、なんだよ』

仮面越しの強い視線を感じるリョーコ。思わず顔を赤らめる。

「よく見れば戦乙女であったか。失礼したな」

『なななななっ何を言って…………』

動揺しまくるリョーコを無視して、ナデシコに通信をつなげる。

「妖精、聞こえるか?」

『はい』

「お陰で助かった。礼を言う」

『助けてくれたのはあなたの方です』

「それでも礼を言いたい。妖精」

『ルリです』

「ん?」

『私の名前、ホシノ・ルリです』

「フッ」

微かに、白銀の騎士の口元がほころぶ。

何か救われた、そんな表情だった。

「妖精は妖精だ」

言葉とともに消えていくナルシサス。




「あ……」

思わず声を上げるルリ。

聞きたいことがたくさんあった。

でも、いざとなると何も聞けはしなかった。

「(でも、いいですよね)」

きっとまた会える。その時まで、もう少しだけ、希望を持っていたい、あの人の。生きているって。

「(でもやっぱり今は) ……ハァ」

カシャ。

『1000』







満天の星空の下。

たたずんでるウリバタケ他、多数。

「で、俺たちはいつになったら迎えに来てくれるわけ?」

ベンベン。


つづく






次回予告

イネス「補給のため、宇宙軍基地に立ち寄るナデシコ。束の間の休養、ささやかな出会い。だがそれは、あらたなる戦いの始まりでしかなかった。そして現れる白銀の騎士。彼は一体……。次回、機動戦艦ナデシコ『The knight of chrome』 第十話 我は『騎士』──あなたは、なぜ騎士なんかに……」




あとがき(あ〜夏休み)

どもども、ちょっとお休みモードな異界です。ご感想メールいつもありがとうございます。
ちょっとあれな幕引きですが、今回で第七話からのミカズチ編(いまつけた)が終了です。
次回からようやく激突アンド謎解きが始まることでしょう(多分)。
ちなみに白銀の騎士がどんな格好してるかというと、決めてません(爆)。
まあそれは冗談としても、異界的にはGGGのJとK面ラ○ダーのナイトと足して2で割ったようなのがカッコいいかなと。
異界は絵心ゼロなんでこの辺、活字でしか説明できないのがもどかしいですね。
さて、毎度毎度のあとがきですが、やっぱりゲストがいないとイマイチ盛り上がらないですね。本質的に話下手なもので、どうもすみません。
ではでは、また次回にてお会いしましょう。
異界でした。




思いつきの設定集


キャラ編


ミカズチ・カザマ(真)

地球で生まれ、火星会戦で行方不明になっていた本物のミカズチ。
木連の捕虜として数々のジャンパー実験を行われる。
終戦後もその身に行われた非人道行為のため、その存在が公にされることはなく、火星の後継者、その敗退後はネルガルによって引き続きジャンパー実験を行われていた。
度重なる実験の結果、その記憶は完全に破壊されている。
そしてそれが戻ったのは、自らの命を失った瞬間だった。
ジャンパー実験の最大の犠牲者の一人。


ミカズチ・カザマ(偽)

上記ミカズチ・カザマの戸籍を利用して、地球に潜入任務を計画された跳躍戦士試作2号。
この名はその際に与えられた偽名、コードネーム。
我々がカイトとして知る人物。




その他編


ナルシサス(ナルキッソス)その2

ギリシャ神話の登場人物。他人からの愛情の一切を拒否しつづけたため、女神ネメシスに呪いをかけられた美少年の名。







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