The knight of chrome #08


意識の下。聞こえてくるあの忌まわしい声。

──『ふ〜む。まさに……芸術、だね』

──『博士。ここにおいででしたか』

──『う〜ん? どうしたね』

──『良い知らせと悪い知らせがあります』

──『ふん? じゃあ、良いほうから貰おうか』

──『例の『王子様』。今度の実験も生き延びましたよ』

──『ほう。あの実験にねぇ? 意外だな。』

──『なまっちろい坊やだと思っていましたが……予想外の精神力です』


──『フム。分かってるのさ、自分が死んだら、次は『お姫様』の番だってね』

──『…………』

──『で、どうなの? 予定の数値はいけそうかい?』

──『それは、残念ながら……』

──『やれやれ、スケジュールからかなりの遅れだね。『試作体』をふたつとも失ったのがここまで響くとは……。で、悪い知らせとやらはそれかい?』

──『はい。博士が提案した試作体二体の回収作戦ですが……』

──『また却下された?』

──『……はい』

──『例によって、南雲君か。大義大儀と……』

──『ああ、それと……』

──『うん?』

──『まあ、取るに足らないことですが───────』

──『へえ……。お姫様は……『王妃』様だったのかい』




う、うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ





機動戦艦ナデシコ

『The knight of chrome』





第八話 「悪の『花』」もしくは「『騎士』転生」


「う……」

 呻くように目を覚ますアキト。鈍痛が頭を包む。

「……アキト」

かけられる声。傍らから幼い少女、ラピスがこちらを覗き込んでいる。

「………」

「アキト……うなされてた」

「大丈夫だ」

通じないことを承知で強がりを言ってみる。

「でも………」

「エリナに頼んで、いつもの薬を貰ってきてくれ」

「う、うん……。わかった」

何度も振り返りつつ、部屋を出て行くラピス。

その背中を見送るアキト。

虚しさがその身を包む。

自分は確かに復讐を成し遂げた。『奴』はその手で見事討ち果たした。

だが、それが何だというのだ。

それによって、何が得られるのだ。何が報われるのだ。

復讐とは、人が本来、幸せを得るために使う力をすべて、相手を不幸にするために注ぎ込むことだ。

そんなことはわかっていた。いや、わかっていたつもりだった。

「……カイト」

自ら、命を奪ったものの名を呼んでみる。

「ヤツは……何故…」

なぜ、あんな死に方ができたのか。

分からない。

人が他人に優しくするのは、自分が優しくされたいからだ。善行を重ねるのはいつか自分が良い目を見たいからだ。

そして、それが報われるのは、すべて自分が生きていればこそだ。

だから、どんな善人や聖人だろうと、ギリギリのところでは何を犠牲にしても自分の命を守ろうとする。

それは当然のことだ。攻められる類の問題ではない。『自分の』命なのだ。

「だが、あいつは違った……」

間違いなく、自らの手で討ち果たした『仇』。だが、その『仇』はあまりに純粋だった。

「『無償の愛』、だとでもいうのか……」

あの日突然、自分たちの前に現れた男。

不思議な雰囲気に包まれた、謎めいた男。

抜群の戦闘センスと知識をもった、頼もしい男。

ひどく一般的な常識の欠如した、まるで生まれたままのような男。

小器用で、だが要領が悪い。それでも、なぜか心惹かれる、愛さずにはいられない、かけがえのない『弟』。

あの頃のアキトは思った。

自分はもしかしたら、カイトのような人間になりたかったのではないか。もし、ユリカとも離れ離れにもならず、両親とも死に別れなければ、自分はカイトのようになれたのではないかと。

だがそれでも、その思いがカイトへの羨望にこそなれ、悪意になることなどあろうはずはなかった。

なぜなら、あいつは俺の『弟』なのだから。

だが、あの日。すべてを知ったあの日から、アキトは変わった。羨望は嫉妬となり、嫉妬は憎悪へと変わった。

「しかし、あいつは変わらなかった」

この手で握りつぶしたひとつの命は、あまりにも眩しく輝いていた。

傍らの拳銃に手を伸ばす。

「俺は……一体、何を得たというんだ……」

手の中にあるのは堅く冷たい、鉄の塊だけだった。

─────。

軽い音とともに開く扉。

反射的に拳銃をシーツに隠す。ラピスが帰ってきたと思った。

「…………フン」

意に反し、低い男の声が聞こえた。

目をやるアキト。

「月臣……」

その虚ろな眼は月臣元一郎の姿をとらえていた。

物言わず見詰め合う二人の男。その目はお互いの胸中を見抜こうと、鋭く光り始めていた。




某海上を行くナデシコC。

人影もまばらな食堂で、ジュンが遅めの昼食をとっていた。

「ようジュン。お前も今食事か」

ウリバタケが隣に腰掛けながら言う。

「ああ、ウリバタケさん」

「いつものでいいかい?」

「おう、頼むわ」

ホウメイと慣れた会話を交わす。

「で、どうだ?」

傍らのジュンにも水を向ける。

「ええ、幸い物資は豊富だし、武器や弾薬も……」

「じゃなくて人間のほうだよ」

「それは……やっぱり『あれ』が尾を引いてますよ」

視線を定食の味噌汁に向けながら答える。尾を引いているのはもちろん彼自身も同じだ。

「そりゃ、そうだわな……」

頭を掻いてみせるウリバタケ。

ナデシコのブリッジを庇って串刺しになる純白のエステ。

絵になるといわれればそうかも知れないが、間近で、しかも親しいキャストでそれを見せられるのはできれば遠慮したかった。

「とくにルリちゃんが……」

「カイト……。カッコつけすぎなんだよ。あいつは……」

しばしの沈黙。

「ほら、辛気臭くならないで……」

ホウメイが絶妙のタイミングで焼き魚定食をカウンター越しに渡してくれた。

「おお」

「だけど、不思議なんだけど」

「はい、なにがです?」

「あんたたちが食べてるもんさ」

「???」

「さっきの弾薬の話もそうだけど……この船、沈めちまうつもりだったんだろ?」

「……ええ」

「なんでこんなに食料を積み込んでたんだろうね、あの会長さん」

「それは……」

分からない。考えてもみなかった。

「もしかして……」

ひとつの考えに行き当たるジュン。だが、首を振ってそれを否定する。

もしその考えが正しければ、自分たちはアカツキの掌で踊らされていることになるのだ。




主をなくした部屋。物悲しいなどと感じるのは、そこに人の主観が入るからだ。部屋とは単に部屋、それ以上でもそれ以下でもない。



そんなことが分かっていても、それでも物悲しさを感じるのは、やはりそこに、それ以外の何かがあるからなのか。だが、それは誰にも分からない。

ルリにも分からない。

壁に掛けられたパーカーを見つめる。

長屋住まいを始めた頃、着の身着のままだったカイトがアキトに貰った品だ。

背中には下手な刺繍で『KAITO』の文字。

特に前半の『K』と『A』がひどい。

もともとはアキトのものであったパーカー。その頃、ユリカによって行われた『AKITO』の刺繍。

それがカイトのものになった時に、ルリが『A』と『K』を入れ替え、刺繍を彼の名前に直したのだ。

我ながら、お世辞で言っても『下手』な刺繍。

それでもカイトは、喜んで着てくれた。

優しい人。優しすぎる人。

パーカーの裾を握るルリ。

優しい、言ってしまえばただそれだけの、だけど、大切な、たった一人の……私の……。

「………ぅぅぅぁぁ」

泣き崩れるルリ。

パサッ。

フックを外れたパーカーが、まるでルリを慰めるように、優しく彼女を包んだ。




「ふう」

ハーリーはカイトの部屋の前、何度目かのため息とともに、その身に溜めた勇気を吐き出していた。

ルリが中に入っていくところは見ている。

『艦長』。と声に出して呼んでみようとするが、どうしてもできない。

先程からこれの繰り返しだ。かれこれ三十分ほどにもなる。

それでなくとも、ハーリーは忙しい。

ルリの不在。ナデシコCの不調。みなハーリーへの負担になっている。

オモイカネの様子もずっと変だ。

端的に言うと気持ち悪い。

先程ブリッジを出るときも、

『早く帰ってきてねぇ〜ん』

と声をかけられ、鳥肌が立ったところだ。

「………ふん!」

今一度気合を入れる。

「は〜い。どいてどいて!!」

だが次の瞬間、あっさりと砕け散った。

声の主はユキナだ。

「えっ、ええ?」

ハーリーを押しのけつつ部屋に入っていこうとする。

「あ、ちょっと………」

ユキナを飲み込み閉まる扉。取り残されるハーリー。

「あ…う」

『ハーちゃんめっけ』

背後で不気味なウィンドウが開いた。

「げ」




「はぁ〜い」

「…………」


カイトのパーカーを頭からかぶってうずくまっているルリ。

「目一杯落ち込みモードね」

「…………」

「となりいいかしら?」

返事は期待していない。さっさと座り込むユキナ。

「ホ〜ント。男って勝手よね」

「…………?」

微かにルリが反応する。

「どうせ『僕が守る』とか何とか約束したんでしょ、あの男?」

「…………」

「それで……あれで! 守ったつもりなのかしらね!?」

「…………」

パーカーの裾から覗いたルリの口元が何かを言おうとするが、言葉にはならない。

「守るってのは、守り続けるってことよ。一回でも女に優しくしたんなら、男は女が飽きるまで優しくし続けなきゃいけないのに! あんな中途半端じゃ、残されたほうが辛いに決まってるじゃないの!」

「…………」

「なんで……なんでいなくなっちゃうのよ。勝手よ……」

「………守ってくれました」

ルリがはじめて口を開いた。

「え?」

「……守ってくれたんです。あの人は……」

「でも……」

「私たちだけじゃありません………アキトさんも、ユリカさんも。みんな守ってくれたんです」

「ルリちゃん………」

「あの人は、ホントは戦いをするような人じゃなかったんです。他人を傷つけられるような人じゃなかったんです。だけど、だけど! 私たちを守るために、助けるために! 人を、人をいっぱい傷つけて! 同じだけ自分も傷つけて!! いっぱい、いっぱい傷ついて、もう傷だらけで!! でも、それでも…………」

「もういい……」

ユキナはルリをそっと抱き寄せる。

「もういいよルリちゃん……」

「………」

「なんでだろうね」

「………」

「みんな、大切な誰かを幸せにしてあげたいだけなのに……」

ギュッ。

腕に力を込めるユキナ。腕の中で、ルリが泣いているのが分かった。

「なんでそんな簡単なことが……できないんだろうね……」

泣き続けるルリ。ユキナは今、彼女の四人目の『母』だった。

「ん?」

ふと気づくユキナ。カイトのパーカーのポケット、何かの紙片──手紙がのぞいている。




ぽつねん。廊下でオモイカネのウィンドウに埋もれ、忘れ去られた青少年約一名。

「モガが……オモイカネいい加減に……」


『敵機接近』

突如開く緊急ウィンドウ。

「え!?」




「見つけたぞ、ナデシコ」

ジャンプアウトするケルビムの群。

先頭の、指揮官と思しき機体のコクピット。ひとりの男がつぶやく。

「やれ、『天使』ども」

『リ、リョウカイ。『フィフス』』

「ちっ」

男はその呼び名に顔をしかめた。




「すみません!!」

「おまたせ〜!!」

ブリッジに駆け戻るハーリーとユキナ。

「ルリルリは?」

ミナトの問い。だが、軽く首を振るふたり。

「来るぞ! みんな集中しろ!!!」

ゴートの声が響いた。




「エステバリス隊! 発進するぜ!!」

次々飛び立っていくエステバリス。

「っていってもねぇ〜」

「敵数約19。とう、く。とうくさん。た〜くさん」

戦力差は大きい。

『こぉおおおんなこともあろうかとぉおおお!!!』

「わ、びっくりした」

「ウリピー?」

巨大なウィンドウとともにウリバタケ登場。そういえばそんなキャラもいた。

『やかましい。右下のボタンを押せ!』

「右下……これっスか?」

コンソールに浮かびあがるワイヤーフレームの『球』。中心部にはエステのシルエットも見える。

『これぞ俺様の新発明。名付けて『ボソンレーダー』!!!』

「「「「ボソンレーダー?」」」」

『そうとも! 敵が発するボース粒子をオモイカネとリンクすることによって即座に計測。ボソンアウトのポイントを的確に割り出す、対ジャンパーにおける、まさに究極の切り札ぁ!!!』

「ま、お守り代わりにはなりそうだね」

『なんだとぉ、俺の仕事にぃ…・・・』

「感謝してますよ。ウリバタケさん」

「あ、おいサブ!?」

一機敵中に突撃を敢行するサブロウタ。

「へへへ、『天使』様よう・・・・・・こっちはとっくにテッペンきてんだよぉ」

普段なら遠距離戦を得意とする彼が、両腕に二丁ライフルを構え、敵の真っ只中へ飛び込んでいく。

「あいつはよぉ……カイトはよぉ。いい奴だったんだよ!!」

それはカイトが得意とした戦法だ。

「そんなステータス。とっくに忘れちまったと思ってたけどよ」

目の前のケルビムに攻撃。ジャンプで回避される。だが、ボソンレーダーがその出現ポイントを割り出す。

再度射撃、機体を中破させる。

「元木連優人部隊高杉三郎太!!! 今日だけは、『熱血』させてもらう!!!」

「あいつ・・・」

お株を完全に奪われたリョーコ。だが、不快感はない。いや、むしろ、

「・・・・・・カッコイイじゃねぇか」

「ヒューヒュー、惚れたか〜?」

「正確には、『惚れ直した』だね」

ヒカルとイズミのツッコミ。

「じゃ、じゃっかましいい!! いくぞ! つづけ!!!」

「「あいあい」」





「ぬぇぇい! 何を手間取っている!?」

フィフスは苛立っていた。単体での戦闘力はこちらが上。数も四倍以上だ。

だが、戦況は一進一退。敵味方ともまだ決定的な損害を出していない。

敵はこちらのジャンプポイントを的確に予測しているようだ。『天使』たちは有効にボソンジャンプを行うことができていない。

「だが、多勢に無勢……いつまで持つかな!?」

『そういう時は頭を潰す!!』

「なに!!?」

フィフス機に掠める銃弾。接近する青い機体。

『テメェには人格があるようだな!?』

「グ、だったらなんだ!!」

『てぇことは、自分の意思でこの戦いに参加してやがるってことだ!!』

フィフスがランサーで切りかかる。

ガキッ!!

ライフルの銃床で受けるサブロウタ。

『真性の悪に、『正義の味方』は容赦しねぇんだよぉぉ!!!』

右のライフルを零距離射撃。

「くっ!!」

ジャンプでかわすフィフス。

光を放つボソンレーダー。

『『見え』てるんだよ!!』

ポイントに射撃を叩き込む。

「!!?」

フィフスのケルビムの左肩の装甲が弾け飛んだ。

『どうだ、天使様よぉ!!』

「なめるなぁ!!」

フィフスの連続ボソンジャンプ、三連。

『う!!?』

レーダーでも補足仕切れない。勘で機体を回避させるサブロウタ。

『うおおお!!!』

衝撃が機体を襲う。背中の重力波ユニットが破壊された。

『く……』



それは機体の戦闘力が半減したことを意味していた。




形勢は徐々に天使側に傾きつつあった。

多勢に無勢。絶対的な火力不足。そして何よりルリの不在。

徐々にナデシコに押し戻されていくリョーコ・ヒカル・イズミ。

「いけませんな」

プロスペクターが傍らのゴートに言う。

「は?」

「少々疑問だったのですよ。敵はあの黒いナデシコも、ブラックサレナも、『天使』の大部分も使用せず、なぜこんな戦力の小出しをしたのか」

「それはこちらの出方をうかがうため……」

「違いますな」

「え?」

「会長は十分と判断したのです。これだけの数があれば我々を皆殺しにできると」

「なんですと……う!!!?」

ブリッジに至近弾。閃光に眼をくらませたゴートの耳に、ジュンが何か怒鳴っているのが聞こえた。




「クソ! クソ! クソ!」

ライフルを連射するリョーコ。完全にナデシコに押し戻され、今では単なる砲台の役目しかできていない。

「数が多すぎる〜」

「……ここは防御の一手」

ヒカルやイズミの声も悲壮感を帯び始める。

「きゃあ!!!」

直撃。ヒカル機のアサルトピットが射出される。

「アマノ機撃墜!!!」

「パイロットは!!?」

「脱出しています………うわ!!!」

またもブリッジに至近弾。ナデシコ全体が揺れる。




『敵機、一斉に仕掛けてきます!!!』

『いよいよ本腰か!!』

『フィールド出力は!!?』

『ちょ、ちょっと待ってください』

カイトの部屋、うずくまりつづけるルリ。開くウィンドウから次々と悲壮な声が響いてくる。

「……………」

ギュッ。

膝を抱えた手に力がこもる。

『左舷ブレード部損傷!!』

『オモイカネ!! 高笑いしてないで何とかしろ!!!』

「……カイト……さん」

『いやだー!!! まだ死にたくないー!!!』

「!!!!」

誰かの声、弾かれた様に立ち上がるルリ。パーカーがパサリと落ちる。

「……ごめんなさいカイトさん……まだ……あなたの所へは……行けません」

身を翻し走り出すルリ。

衝撃。

壁に叩きつけられるルリ。

「……私は」

腕に力を込める。

「私は……」






親愛なるルリちゃんへ、なにか予感がするのでこの手紙を書きます。

え〜、オホン。この手紙を君が読んでいるということは、多分、僕はもういないんだね。

あ、もし、なにかの弾みで、え〜と、『フライング』だったら、お願いだから今すぐ手紙をしまってね。恥しいから。

………ああ、やっぱり、僕はもういないんだね。安心した。安心? あれ? 僕はいないんだから、それはどっちかっていうと悲しいことで……でも、え〜と……まあ、いいや、とりあえず、この辺はややこしいから省略。

さて、ルリちゃんはいま、どんな気持ちですか? 優しいルリちゃんのことです。きっと悲しんでくれていることでしょう。

ありがとう。ちょっと変な気もするけど、心からお礼を言わせてください。

だけど、考えてみてください。いまは悲しんでいるときなんでしょうか?

聞いておいてなんだけど、僕にも分からない。

でも、思うんだ。

きっとみんな誰かのために生きている。

ルリちゃんは誰のために生きてるんだろう?

多分、ルリちゃんの大切な人たちのためじゃないのかな?

うん、僕はそう思う。

偉そうに聞こえたらゴメンナサイ。

でも、やっぱりそう思うんだ。

もしそうなら、その大切な人たちの為に、いま何ができるか。きっとあると思うんだ、できること。それを少しでいい、考えてみてください。

それが多分、いまルリちゃんの一番するべき……ううん、したいことじゃないのかな。

ごめんね、やっぱり偉そうだ、勝手にいなくなっておいて……。

でも、どうか考えてみてください。そしてどうか『生きて』ください。

『僕の分まで』っていったら、ちょっとキザかな。でも、それが僕の本心です。

それじゃ、そろそろ君に呼ばれてるから。遅れると怖いもんねルリちゃん。

あ、ごめんなさい。違います。はい、悪いのは僕です。


それと追伸。

え〜と、できたら、ルリちゃんの大切な人たち。その中の一人に僕も入っていたらいいな。





壁に手を着き立ち上がるルリ。

「カイトさん……私は……生きます!! 戦います!!! あなたのために!!!」

再び駆け出す。その背に、もう迷いはなかった。




混迷を極めるナデシコブリッジ。

背後で開く扉。

「おまたせです」

Vサイン。

「ルリさん!!!」

驚いた声を上げるプロスペクター。

「ご心配をおかけしました」

一同の声をそれでさえぎる。

「・・・フ」

ジュンがそっと席を、艦長席を譲る。

「どうも」

ホシノ・ルリ艦長の復活の瞬間だった。




『サブロタさん生きていますか?』

「……復帰早々ずいぶんな言い方っスね。間違っちゃいないけど」

『体勢を立て直します。ナデシコまで戻れますか?』

「戻らいでかっスよ。せっかくみんなそろったんだ」

『逃がすか!!』

追いすがるフィフス。

「逃げるんじゃね〜よ」

ライフルにアタッチメント着けて、撃つ。

『ぐ!!』

それは強力な閃光弾だった。一瞬視界を奪われるフィフス。

「『一時退却』、もしくは『後ろ向きに前進する』と言うんだ」




「マキビ・ハリ少尉!」

「は、はい!」

「敵機動兵器の全戦闘記録を」

「え?」

「早く!! 前回、前々回のカザマ大尉との交戦記録もです」

「りょ、了解」

矢継ぎ早に指示を出しつつ、ルリは分析を始める。

時折、不調のオモイカネがむずがるが、強引に言うこと聞かせる。

「(……やっぱり)」

『天使』たちには一定の戦闘パターンがある。前回のカイトの戦闘がそれを教えてくれている。

自我を持たないものを動かし続けるには、命令を出し続けなければいけない。だが、その数が多く、そして動きが複雑になるほど、それは難しくなる。おのずと限界は見えてくる。

それを手っ取り早く解消するには、あらかじめ命令をしておくことだ。

いまの『天使』たちがまさにそれだった。

だが、それは機動に一定の制約を持たせる。柔軟な対応ができないのだ。

「(それを読みきることができれば……)」




ナデシコ隊の動きが変わった。相変わらず、押されていはいるが、攻めきられていない。

むしろ、『天使』たちを翻弄しているようにも見える。

「(……ジャンプポイントの予測……そこ!!)」

ルリが徐々にケルビムの機動を読み始める。それはカイトの再来のようだった。

「リョーコさん! イズミさん! 左右から!」

『『了解!!』』

「サブロウタさんそこです!!」

『おう!!』

ケルビムのジャンプアウト地点を少しずつ調整し、一定のポイントに集める。

「相転移エンジン。出力最大」

「了解。相転移エンジン。出力最大」

ミナトの復唱。

「(カイトさん。あなたが集めてくれたデータです。見ていてください)」

ついにケルビムたちが一斉にグラビティブラスト斜線上にジャンプアウト。

「いまです!! グラビティブラスト発射!!」

閃光。

沈黙。

爆発。

消滅していく『天使』

「やった!!!」

ブリッジを歓声が包む。



初めて『天使』に勝った。

だが、

「は!」

レーダーの反応を見つけるハーリー。その顔が徐々にこわばっていく。

「ボソン反応6つ!!!」

「え!!」

「攻撃、回避されました!!」




サブロウタは忌々しげに一機のケルビムを睨みつける。

「く、しまった、あいつには自我があるんだ」




「ハァ、ハァ、ハァ」

荒い息のフィフス。

「……見事だといっておこう」

額を血が滴っていく。

「だが、私の存在を忘れていたのが命取りになったな」

そう、確かに『天使』たちはプログラムどおりの動きしかできない。

だが、自我をもった指揮官がいれば、それを別プログラムに変更することも可能なのだ。

そのうえで、ケルビムの半数以上を撃破できたことは賞賛に値する。だが、残りの戦力だけでもナデシコを殲滅することは十分に可能だった。




「………ごめんなさい。みなさん」

ルリは眼を閉じた。

「………ごめんなさい。カイトさん」

全身の力が抜けていく。それでなくとも、限界近くまで『天使』の機動を読んでいたのだ。

「…………もう、どうすることも……」

ブリッジに迫る一機のケルビム。

ゆっくりと右腕のクローが展開する。

ミナトは思わず眼を逸らした。

ユキナとハーリーは手を顔の前にかざした。

ジュンは自分の奥歯が鳴る音を聞いた。

ゴートとプロスペクターは目を逸らしはしなかったが、顔面は蒼白に染まった。

リョーコたちは自分の無力さを呪った。

ルリは、走馬灯というものを初めて感じた。

だが、その走馬灯に『あの人』の顔が浮んだ瞬間。誰かの声が聞こえた。




『まだあきらめるな!!!』




「な!?」

矢。まさに光の矢だった。

ナデシコの遥か上空から光の矢が走りケルビムを貫く。

機体に走る一本の光線。機体が真っ二つに割れ、爆発。

「あ、あれは……」

爆風を背に立つ一機の機動兵器。

閃光が機体の装甲を照らす。

「白……いや、白銀……」

そして、右手に剣を持ったその姿は、

「白銀の……騎士?」

『騎士』はゆっくりと剣を鞘に収める。いや、剣というより、その形状は刀に近い。

フィフスたちの方へ向き直る。

「データにない機体……何者だ!!」

ランサーを構える。

「やれ!」

生き残った『天使』たちに攻撃を命じる

ケルビムたちから放たれる閃光。逃げ場はない。

と、『騎士』に変化が起こった。

『『ナルシサス』……高機動モード……』

『騎士』の背中の、マント状のユニットが展開していく。それは白い花びらのようにも、不細工な翼のようにも見えた。

ユニットから発される光の粒子。それは……。

「……な!!」

白銀の機体がボソンジャンプを行った。

早い。連続ボソンジャンプだ。現れる十二体の白銀の影。

一瞬で、文字どおり千切れ飛ぶケルビムたち。

「ば、馬鹿な……。連続ボソンジャンプの十二連だと………」

そんな馬鹿げた能力を持つのは、

「ま、まさか……S級ジャンパー!?」

その考えにいたった瞬間、フィフスは逃げた。迷わず敵に背中を見せた。

逃げ切れる。そうふんでいた。だが、甘かった。

敵は騎士の姿をした狩人だったのだ。

「う、うわあああああ!!!!」

恐怖の悲鳴をあげるフィフス。

追い迫る敵機。腰の鞘から光の線がのび、刹那、フィフスのケルビムを両断する。

知るものがいれば、それは『居合』と呼ばれる技だと分かっただろう。

『……さよなら』

閃光に包まれるフィフスの耳に、敵のものと思われる声が響く。

「(なんて……悲しそうな声なんだ……)」

光に解けていく彼の、それが最後の思念だった。






ナデシコのブリッジ。クルーたちは呆けたようにその戦闘を眺めていた。

その『騎士』の能力は確かに『彼』を連想させた。

だが、非情なまでのその戦闘スタイルは、あまりにも『彼』とはかけ離れていた。

「み、見確認機から、通信です」

「……つないで下さい」

それでもルリは信じていた。あの人が生きていたと。その開かれるウィンドウに映し出されるのは、あの愛しい人であると。

だが、

『…………』

そこにいたのは、『騎士』。


白銀に輝く仮面と鎧、背には黒いマントをまとったその姿は、そう、まさに『騎士』だった。

「あ、あなたは……?」

『……妖……精?』

「え?」

『騎士』の口元が微かにゆがんだ。

『また会おう。『妖精』よ』

『騎士』を包むレトロスペクトの光。

「ま、待って下さい……」

思わず手を伸ばすルリ。

だが、それよりも早く、『騎士』の姿はかき消えてしまった。

「あなたは……一体……?」

残されたルリ。

その耳には、海の高い波の音が、いまさらのように響いていた。




「…………」

遠くの岩場に、その身を潜ませる漆黒の機体“ネメシス”。

ゆっくりとロングライフルの照準を、ナデシコから外していくアキト。

「…………ククク」

ゆがむ口元。含み笑いは、やがて洪笑へと変わっていく。

「フハハハハハハ!! アーハッハッハッ!!!!」

狂ったように笑い続けるアキト。それは、新たなる戦いの始まりを告げるものだった。




つづく




次回予告

ゴート「ある者は誇りだという。またある者は愛だという。人が人であるために、自分であり続けるために、必要な、大切な『何か』。だが、それが踏みにじられたとき、人は何かを行う。そしてそれは、新たなる悲劇へと人をいざなう。次回、機動戦艦ナデシコ『The knight of chrome』 第九話 海と『爆薬』──人は、何のために生きるのか?」




あとがき(疲)

私の時間でこんばんは。ちょっと疲れ気味な異界です。前話でご質問いただいたミカズチのプロフィールについてちょっと補足。

もともと異界の頭の中には、木連は火星の戦闘で戦死・行方不明になった人たちの戸籍を利用して、スパイを送り込んでいるというのがありまして。

そのなかの一人が例えばイツキだったり、例えばミカズチだったりするわけです。

つまり、もともとそういう名前の人が、私たちの知るイツキやミカズチの他にいて、本編での彼らは、そのプロフィールを利用して送り込まれた。木星産の全くの別人というわけです。

カイト君のプロフィールにいくつかの矛盾が生じているのはその辺の理由からです。

ちなみに、カイト君のプロフィールを改竄したのは先に潜入していたイツキということになります。

カイト君については、潜入の予定は立てられていたが、直前にて予定が変更、潜入が中止になったというのが、異界設定です。その際に与えられていた『記憶』が、シナリオ1のジャンプ実験の際によみがえった記憶です。

このあたり、6・7・8話は、初期稿とでもいうものがあったんですが、データが消えてしまいまいて(笑)、新たに書き直した際にややこしいから省いてしまった部分ですね。でも、かえって分かりにくくしてしまったような……。

ではでは、また次回にてお会いしましょう。

異界でした。




思いつきの設定集


キャラ編


フィフス・エンジェル

『天使』、超A級ジャンパーの中では数少ない、『自我』の持ち主。この名前は、彼が五人目の完成体であることから与えられたものであり、彼本来の名前は、過去の記憶とともに忘却されてしまっている。
プライドが高く、他の『天使』たちを見下しているが、彼自身の能力は超A級ジャンパーとしては平均的なものでしかない。




メカ編


“ネメシス”

1.ブラックサレナのオプションパーツとして開発中であった、格闘専用ユニットを装着した姿。便宜上『ネオブラックサレナ』と呼称される。
前ブラックサレナと比べるとかなりスマートなところと、専用の大型ランサー、背面の翼型の巨大ユニット、両肩のサブアーム(先端にハンドカノンを装備、要するに四本腕。HMのほうのアシュラテン○ル)が、外観上の特徴となっている。
性能面では、防御力が若干低下。それと引き換えに過剰なまでの格闘性能を誇る。

2.ギリシャ神話に登場する女神の名。裁きをつかさどる正義の神の顔と、復讐をつかさどる私怨の神の二つの顔を持つ。




ナルシサス

水仙。ナルキッソスとも。ギリシャ神話に登場する美少年の転生した姿と言われる。
花言葉は『うぬぼれ』、『自己愛』そして『もう一度愛して下さい』。
機体解説はまた今度(スミマセン)




ナデシコ・エックス

通称ブラックナデシコ。
ナデシコCと平行して開発が進められていた、言わばもうひとつのナデシコC。
システム掌握という新技術の導入が行われたナデシコCに対し、あくまでも旧来技術による火力強化という開発コンセプトが採られている。
そのため、総合的な戦闘能力はナデシコCには及ばないものの、ナデシコCのシステム掌握に対してはほぼ完璧といえる対抗プロテクトを持ち、なおかつその圧倒的な火力とあいまって、ナデシコCとの、純粋な一対一の戦闘ではシミュレーション上8割以上の確率で勝利をおさめるという、まさにナデシコキラー。
一説にはナデシコCが敵に回った際の、『保険』として開発されたとも言われるいわくつきの戦艦である。








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