The knight of chrome #07 マキビ・ハリの日記より。 一月四日 皮肉なまでの快晴 先日、僕たちはかけがえのない仲間を失った。仲間。いや、そんな単純な言葉で割り切れることではない。 同志。家族。どれも違う。言葉にすることができない。もどかしい。 そんな大切な人について、僕はこれから、この日記というひどく主観的で、個人的で、して独善的な媒体を使って書こうとしている。それも、『彼』の記憶がまだ鮮烈なこの時期にだ。 もし、この日記が何らかの形で人々の目に触れたとき(もともと日記とはそういった要素をも含んでいるが)、このことに関して僕を批判する人もいることだろう。 だが、僕はその批判を甘んじて受けた上で、二つの反論をさせてもらうこととする。 一つは、軍人としての責務。軍上層部に対して、彼の戦死報告書作成にあたり、僕自身の考えをまとめる際、この日記という手法はとても有効なのだ。 そしてもう一つは、それは……残さなくてはいけないのだ。彼の……彼の生きた証を。 彼に命救われた人間として。 そして、いずれ彼の後を追うであろう、ひとりのちっぽけな存在として。
機動戦艦ナデシコ
『The knight of chrome』 第七話 『ハーリーズ』・リポート まず、『彼』──ミカズチ・カザマ大尉の経歴について、簡単にまとめたいと思う。 以下、オモイカネのデータベースより作成。 ミカズチ・カザマ。本名同じ。2181年、父トオル、母ユマの長男として生まれる(ただし、正確な誕生日および出身地の記録はない)。 幼少時に両親と死別。以後、叔父夫婦モリオ、ユカに引き取られる。 叔父夫婦の娘、イツキ・カザマ(僕たちにとっても、いわくありの人物だ)とともに宇宙連合に入隊。(具体的な入隊時期も明記されていない) ──訓練学校時代の彼の成績が残っているが、まあ、中の上といったところだ。だが、パイロット適正に関してはまずまずといった数字を出している。 その後、火星ネルガル研究所でパイロット候補生として勤務。 ──偶然かもしれないが、イツキ・カザマ候補生(当時)も同時に同研究所に配属になっている。 2185年10月1日。同研究所において、『木星トカゲ』による侵攻。いわゆる第一次火星会戦に遭遇。 その際、カザマ候補生(当時)は、パイロット不足のため試作途中であったエステバリスで急遽出撃。候補生ながら実に多大な戦果を挙げている。 ──この後、ミカズチ・カザマ少尉(会戦後に任官)に対する記録が数年にわたり、ぷっつりと途絶えている。理由については、先の戦闘で負傷とあるだけだ。 この間の2197年12月24日。彼のいとこであるイツキ・カザマ少尉がナデシコに配属。カワサキシティにおいて木星トカゲ迎撃に出動するも、敵機動兵器のボソンジャンプに巻き込まれ帰らぬ人となっている。 2198年3月。ミカズチ・カザマに対する記録が唐突に再開、ナデシコにパイロットとして転属となっている。 先のイツキ・カザマのことからかんがみれば『彼』の希望転属と思われるが、この時期、ナデシコは『軍部とは独立した行動』をとっており、この転属には疑問が残る。 同三月。蜥蜴戦争休戦。カザマ少尉も一時ナデシコに搭乗していたためか、他のクルー同様サセボで拘留生活を送ることになる。 この間の『彼』に関しては過剰とも思える記録が残されている。日々の行動、会った人々、果ては食事のメニューまで。 ──先の空白期間と比較すると、抑留中であることを差し引いても、この情報量は異常である。一体、彼に何があるというのか? 同年9月。ナデシコクルー抑留解除。カザマ少尉は予備役となり、一時ミスマル家に艦長……ホシノ・ルリさんとともに引き取られるが、その後紆余曲折を経てテンカワ・アキト氏のアパートで四人暮らしをすることになる。 この間、カザマ少尉はテンカワさんのラーメンの屋台を手伝っていたそうだが、行動記録の潤沢さは相変わらずだ。 そういえば以前、この頃の写真を見せてもらったことがある。 小さなアパートと屋台の前で、テンカワさん、ミスマル・ユリカさん、カザマ大尉、そしてルリさんの四人が並んでいた。 あの楽しそうだった四人が今では……いや、言うまい。 同年12月31日。カザマ少尉はネルガルの研究施設においてボソンジャンプの実験に参加。詳しい記録は不明だが、結局この実験は成功しなかったようだ。 2199年2月。火星極冠遺跡の調査に旧ナデシコクルーが終結。当然の様にカザマ少尉も徴収されている。 結局、『古代火星人による一代ボソンジャンプスペクタクルショー』を見せられただけと記録されているこの任務。終盤に行われた戦闘で、カザマ少尉はパイロットに復帰。その名に恥じない戦果を残している。 同年4月。ナデシコBのテストも兼ねた極秘任務に参加。木星プラントでの任務中に行方不明(その後、中尉に昇進をしている。ほとんど戦死扱いだったといってもいいのかもしれない)。 ──この任務内容についても詳細は一切不明だ。また、この後『彼』は火星の後継者の反乱の際に、ナデシコに復帰することになるのだが、この間の彼の所在も不明となっている。 これ以降のカザマ大尉(現)については、僕たちの知るとおり、前回の『眠れる森の美女』事件での活躍。そして、現在も進行中の『天使』事件における先の戦闘での……。 だが、疑問はいくつか残る。 僕の知るカザマ大尉は一時記憶喪失になっていたそうだが、ここにはその記録はない。 考えられる理由はただ一つ。これらは改竄された記録なのだ。 だが、一体何のために? 単に報告書をまとめるためなら、これ以上の調査は必要あるまい。だが、僕は知りたい『彼』が一体何者であるのか。 理由は……好奇心、いや、違う。多分、僕は『彼』に……嫉妬しているのだ。 考えられる調査方法はふたとおり。デジタル面とアナログ面の両面。 だが、頼りのオモイカネが不調の今、デジタル面からの調査──ハッキングは困難なため、アナログ面からの調査に絞ることとする。 さて、その調査方法とは……考えるまでもない。僕の周りの人、誰一人とってみても僕より『彼』との付き合いは長いのだ。みんなに聞いてみればいい。 タカスギ・サブロウタ大尉の証言。 「よっ、どうしたハーリー? カイトのことを教えろ? なんだよ、やぶからぼうに。いいから早く教えろ? おいおい……。まあ、いいや、教えてやるよ。でも、俺もあんまり詳しくないぞ。ええと、最初に会ったのはあいつのDNA鑑定の時だな。なんで宇宙軍の軍人さんのDNAを木連のと照合するんだって、あの頃は不思議だったな。ああ、記憶喪失だったんだってな。知ってるよ。そのあと火星の遺跡の調査任務に一緒に参加して……。あいつの印象? ああ、いいヤツであることは確かだし、パイロットとしての腕も申し分ない、まあ、今ほど神がかってはいなかったがな。でも……う〜ん、『ちぐはぐ』とでもいうのかな。特定の分野には専門家並みの知識を持ってるのに、ひどく常識的なことを知らなかったり……。もし、偏ったエキスパートの養成所みたいなところから、なんかのはずみでそいつがそこから出てきちまったら……ま、俺に話せるのはこんぐらいかな」 サブロウタさんはそういうと、一枚の写真を見せてくれた。 火星の極冠での任務後に写したものだそうだ。よく見知ったナデシコクルーたちの中央付近にルリさんと並んで、なぜか木連優人部隊の制服を着たカザマ大尉がいる。 彼はテンカワさんとユリカさんに両側から押さえられ、ルリさんと身体を密着されている。 ルリさんはいつも通りのポーカーフェイスで、だが微かに頬を赤らめ、カザマ大尉の方は目一杯慌てながら制服を襟元をいじっている。 ………。ふと気づいた。彼の襟元にやった右手の甲。IFSの模様がない。 光の加減だろうか? 写真を再度確認。やはり何も見えない。 サブロウタさんにも確認してみたが首を傾げるばかりだ。 ただ、この戦闘の際搭乗したエステバリス(トレーラーバリスというらしいが)はIFS非対応だということだけは分かった。 アオイ・ジュン中佐の証言。 「やあ、確か……ハーリー君だったね。どうしたんだい? え、カイト君のことかい? うん、いいけど……。ああ、彼がナデシコに来たのは配属になったからじゃない。現れたんだ、突然ね。うん、これ以上のことは僕も……。え、IFS? うん。彼がIFSを付けたのはナデシコBへの乗艦が決まってからだよ。最初の出撃──まあ、襲撃を受けたってのが正確なんだけど──の時、パイロットが僕しかいなかったものだから彼が急遽……うん。それ以前の彼は確かにIFSを付けていなかったよ。軍のパイロットだってのに、不思議といえば不思議だよね」 彼がIFSを付けた時期は特定できた。だが、謎は深まるばかり。 特に問題は、火星会戦での彼の戦果だ。 IFSを持たないものがIFS対応のエステバリスで戦闘を行い、のみならず多大な戦火を挙げる。果たして可能なのだろうか? 一体? ウリバタケ・セイヤ整備班長の証言。 「おう、ハーリーどうした? 何カイトのこと? そうだなぁ……。じゃあ、大晦日のジャンプ実験って知ってっか? おお、例の失敗したやつ。 でもよおあれ完全な失敗じゃないみたいなんだよ。 なんせカイトの記憶があれで戻ったんだからな。 ん〜でもなんかあいつ言ってたな、『なんか他人の記憶みたい……』って。どういうことなんだろうな?」 記憶……? 他人……? マキ・イズミさんの証言 「瑠璃(ルリ)色の糸っが切っれちゃって〜。カイト(凧)はおっ空でふーらふら〜。糸はぴっちりそりゃタイトぉ〜。落ちればクッションそりゃマット〜。さっと咲いても、ぱっと散りぬ〜」 以下延々、歌が続く。どうやらカザマ大尉への彼女なりのレクイエムのようだ。 適当な歌の切れ目をぬって立ち去ることにする。 と、その僕の背後から、 「なんで……いいヤツに限って……不幸になるんだろうね」 「!」 振り向く。だが、そこに彼女の姿はもう見えなかった。 ここで、いったん調査の方向の変更を考えてみることとする。 イツキ・カザマ。ミカズチ・カザマの従姉弟にして恋人とも言われる女性。一時期ナデシコにも搭乗していた人物。 スパル・リョーコ中尉の証言。 「よお、おめぇ確かオペレーターの……。イツキ・カザマ? ………ラビオ……か。なあ、もしも、もしもだぞ、好きな相手がいて、その相手も自分のことが好きだって信じてるヤツが……自分の前でほかの相手と………いや、なんでもねーよ。………じゃな」 ラビオ? 聞き覚えがある。元スバル中尉の教え子でナデシコBに一時乗船していた人物。ラビオ・パトレッタ。彼女とイツキ・カザマの間になにが? 白鳥ユキナさんの証言。 「ふぇ? ラビオさん? あ〜ダメよ、ダメダメ。女にはいろいろと秘密があるんだから。じゃ、私はルリちゃんを慰めてくるから。…えっ? 大丈夫よ、こう見えても落ち込んでる女を励すのは慣れてるんだから。……とは言うもののどうしようかしらね。……『私ルリちゃんのおムコさんになる!!!』……う〜んやっぱりダメね、いっぺん使ったやつだし、改めてみるとイマイチ意味不明……」 ………。分からない。彼は、彼らは一体。 ホシノ・ルリ少佐の証言。 「………………………………………………………………………………………… ………………………………………………………………………………………… …………………………」 僕は、僕はどうしたら………。 イネス・フレサンジュ博士の証言。 「あらハーリー君。どうしたの、顔色悪いわよ。─────────────────。そう、カイト君の事を……。いいわ、そこまで言うなら教えてあげる。彼の全て、私の知る限りを。でもいい? これはルリちゃんでさえ知らないこと。これを知るということは……」 そう前置きして、イネスさんは話してくれた。彼の、カザマ大尉の全てを。 だが、それをここに書くことはできない。 正直言って、僕は彼が羨ましかった。全てを持っていたあの人を。優れた戦闘技能。みんなからの信頼。そして、『あの人』の心……。 でも、違った。全然違ったのだ。 『彼』は……『彼』は……あまりにも可哀想だった。 どのみち……彼は………。 僕にはこれ以上書くことができない。 この戦いの決着はいまだ分からない。それ以上に、この戦いの正義の在りかも、そして意味さえも分からない。それらが分かる頃まで、僕は生きていられないかもしれない。 それでもいつか、この日記が誰かの目に触れたとき、その誰かに、知って欲しい。『彼』の、そして『僕たち』の生きた証を。 『僕たち』は確かにここにいたのだ。そして、自分の信じる仲間と、正義のために戦ったのだ。 そう、あの人と共に……。 つづく 次回予告 ジュン「カイトを失い、失意に沈むナデシコ。そして、心を閉ざした少女ホシノ・ルリ。だが、そんな彼らの前に現れる新たなる敵。立ち上がるんだルリちゃん!! こんな結末、カイト君だって望んじゃいない!! 次回、機動戦艦ナデシコ『The knight of chrome』 第八話 悪の『花』 ───咎人の花が………いま開く。 あとがき(数週間のご無沙汰) 異 界「私的にはお久しぶりです。異界です」 ジュン「ど、どうも、アオイ・ジュンです」 異 界「おや、予定ではハーリー君のはずですが」 ジュン「いや、なんかたくさんしゃべって疲れたって……」 異 界「……あのお子様は…。というわけで今回のゲストはマキビ・ハリ一号ことアオイ・ジュンさんでーす」 ジュン「な、なんか引っかかるんだけど」 異 界「(気にせず)さてさて、今回は待たせといてこれかいってぐらい話進んでませんが……まあ、『眠む眠む』の時にちょっといってたサターン版の3つのシナリオの整合性取りもそろそろやろうかなっと。ソフト持ってる方は久しぶりにやっていただいて、異界の悪戦苦闘振りにニヤリとしていただければ幸いです」 ジュン「(開き直ってるね)ところで前回ラストの『あの出来事』についていろいろ質問もらってますが』 異 界「う〜ん。『降板ダメ』っていう熱心なメールもいただいたりもしたんですが……」 ジュン「実際のところどうなの、彼?」 異 界「まあ、彼本人のセリフを借りますと『死人は生き返らない』。やっぱこれがすべてなんじゃないかなぁと」 ジュン「う〜ん……」 異 界「しかし一旦消えちゃったデータを記憶を頼りに再度作成することのめんどくささと苦痛ときたら、土器の破片の修復やってんじゃないっての………(以下延々愚痴がつづくので省略)」 ジュン「え、え〜と、次回また大きくお話が動くようですので、どうぞご期待ください。そ、それではまた次回にて」 異 界「ブツブツ……次の八話も一から作り直しか、やれやれいつ完成することやら……。ハッ! ど、どうぞみなさん今後ともヨロシクお願いしま〜すです、はい」 思いつきのキャラ設定。 ミカズチ・カザマ 一般にカイトの本名とされているが、あくまで地球潜入の際に与えられた彼のコードネームに過ぎない。真なるミカズチは火星での戦闘で行方不明となっていおり、彼本来のプロフィールはカイトのそれに一部流用されている。 カイトとなる以前の、彼本来の人格がどのようなものであったかは、今となっては完全に不明だが、戦闘時の『覚醒モード(命名菅野氏)のカイトにその一端がうかがえる(ただし、イツキとヤマサキは彼をカイトより『優しい』と発言)。 当初は『二重人格ぽい』人という裏設定も考えていたが、今となってはどうでもよくなってしまった。 |
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