The knight of chrome #04 連合総会議場の一室。悠然と椅子に構えたアカツキと、それに対峙するように立つプロスペクターとゴート。 「困ったことをしてくれたもんだね?」 「……」 「黙っていちゃわかんないよ。何か釈明することはあるのかい?」 「……我々はネルガル社員としての生より、ナデシコクルーとしての死を選んだ。それだけです」 ようやくのようにゴートが口を開いた。無骨一辺倒の彼が語る、愚直なまでの信念。だが、アカツキは一笑に付す。 「ふーん。もうすこしリアリストだと思っていたのに、とんだ夢想家だね。甘美な幻想に酔いしれるとは、キツイよ君、その顔で」 「……む」 ゴートの表情が険しくなる。 アカツキはその暑苦しい顔をかわすと、机上のボタンを押し警備兵を呼びだした。 「連れて行け。そのふたりは手荒いのがお好きだそうだ」 ハエを追うように手を振るアカツキ。 「くっ」 屈強な男たちに銃を突き付けられては、なす術がない。連行されていくふたり。 最後まで黙っていたプロスペクター。だが、ふと足を止めると、 「もしや会長」 「ん?」 「私たちの行動も予定のうちだったのではありませんかな?」 「……ふん、なんのことやら」 扉の向こうに姿を消しながら、しかし、プロスペクターはアカツキのかすかな揺らぎを感じていた。
機動戦艦ナデシコ
『The knight of chrome』 第四話 「『白』と『黒』」もしくは「決別の『拳』」 カイトとルリの目の前では町が燃えている。 この町に来て3週間弱。思い出と呼べるほどの愛着はまだない、だが、それでも今日まで生きてきた町だった。 四人で過ごした『あの町』に重なる部分も多々あった町。それが焼き払われた。それも、四人の中のひとりミスマル・ユリカの手で。 「なぜ……?」 ルリが力無く呟く。 「……」 カイトにも答えることができない。なぜユリカがこんなことを。なにか理由が? だが、だがそれでも彼女はあのミスマル・ユリカではないのか。 「確かめないと……」 「え?」 「ルリちゃんはここにいて!」 「あ、カイトさん! 待ってください! カイトさん!!」 走り出すカイト。ルリの静止も耳に入らない。 左腕のコミュニケを操作する。 「光学迷彩、解除」 カイトの前方、何もなかった空間にエステバリスを搭載したシャトルが現れる。 「……」 愛機のコクピットに身を躍らせるカイト。 「(ユリカさん……あなたは……)」 閉じられるハッチ。一瞬の闇。だが、すぐに計器の灯がカイトの顔を照らし出す。 「エステバリス、起動!!」 周囲の木の葉を舞い上がらせながら飛び立つ純白のスーパーエステバリス。 「きゃっ!」 駆け寄ろうとしたルリがその爆風に巻き込まれる。風が容赦なくその身体を弄る。 「……カイトさん!!」 ようやくにして風から身体を取り戻したルリ。徐々に遠くなっていくスーパーエステバリスを見遣った。 「……」 堪らないほどの不安がその身を包んでいくのがわかった。 「ユリカさん!!」 カイトは全力でユーチャリスに向かいながら、ユリカに呼びかける。 『応えてくださいユリカさん!!』 ユーチャリスのブリッジ。真っ正直なカイトの動きはたちまちのうちにラピスに補足されていた。 「ユリカ、目標接近」 「ターゲットロック。ラピス、攻撃開始」 「了解」 淡々とカイトの撃破を命じるユリカ。その声には不気味なほどに何の感情も込められていない。 カイト目掛けて次々と撃ち出される小型ミサイル。 「ちぃ!」 ユーチャリス本来の武器ではない。わざわざカイトのスーパーエステバリスと戦うために増設したのだろう。 「……本気で……本気なんですかユリカさん!!」 かわしきれないと見たカイトは逆にミサイル群に突っ込む。 「うおおおお!!!」 「カイトさん!!」 ルリの悲鳴のような声が響く。 「……そこだ!!」 着弾寸前にミサイル目掛けて左右のライフルを乱射。爆風がスーパーエステバリスを包む。 「目標、ロスト」 「……は! そうか、爆発をめくらましに……ラピス、ボソン反応をチェック!」 ユリカは即座にカイトの意図を読んだ。だが、それでも少しばかり遅かった。 「……ボソン反応……本艦ブリッジ正面」 「ク……」 微かにユリカの表情がゆがむ。視線の先には白いスーパーエステバリスが、両腕にライフルを構えている。 「ユリカさん何故です!? 何故こんなことを!!」 カイトは必死に問い掛ける。 ユリカからの反応は無い。だが、なおも問いかける。 「なぜアカツキさんに加担を!? なぜ僕たちを!? 僕はあなたたちを……あなたのことを……」 『…………』 エステのコクピット内にユリカのコミュニケが開く。その優しげだった顔は、今はアキトと同様、漆黒のバイザーに覆われている。 「いや……なぜルリちゃんまで!! ルリちゃんは、あなたとアキトさんの……家族じゃなかったんですか!!」 カイトの絶叫。そこに込められているのは深い、あまりに深い悲しみ。 『カイト君……』 ユリカがぽつりと呟く。微かに声が震えている。 「そうですカイトです! 僕はカイトなんです! ユリカさん、あなたが…………あなたがつけてくれた名前じゃないですか……。なのに、なのになぜ…………」 『カイト君……私は……』 『ユリカ!! そいつと戯(ざ)れるな!!!』 ふたりの間に割って入るように、鋭い声が響いた。 「こ、この声は……」 『アキト!』 『……ブラックサレナ、ボソンアウト』 ラピスの報告と同時に、漆黒の機体が出現。カイト機に体当たりを仕掛ける。 「うわ!!」 衝撃に翻弄されながらも機体を立て直すカイト。 「……そんな……」 信じられない。信じたくない。信じられるわけがない。だが、カイトの眼前にいるのは間違いなくアキトのブラックサレナだ。 「アキトさん……。まさかあなたまで……?」 『………………』 空中に対峙するように立つ白と黒の機体。 「そ、そんな……」 呆然とその光景を見つめるルリ。以前見た夢はこのことを暗示していたというのか。 『カイト……』 「……アキトさん」 『俺は……』 「え?」 『俺はお前を……』 「……?」 『お前を殺す!!!』 「!!!」 すさまじいスピードで迫るブラックサレナ。 「くう!!」 かろうじて回避するカイト。機体の性能差は圧倒的なようだ。 「やめて下さいアキトさん! あなたとは戦いたくない!」 『黙れ!!』 「あなたと戦う理由なんか……」 『お前に無くとも、俺にはある!!!』 「な!!!」 ブラックサレナのハンドカノンが、フィールドを掠める。 「つ、強い!!」 機体性能だけではない。アキトの技量も以前のそれを遥かに凌いでいる。 『死ねぇ!!!』 「(本気でやらないと、やられる!!)」 市街戦だ。だが、周囲に気を配る余裕がない ブラックサレナにライフルを向ける。だが、 ───カイト 「ぐ!」 カイトの脳裏をアキトの笑顔がよぎる。 「だめだ!!」 撃つことができない。あれに乗っているのはアキトなのだ。 『! 甘いぞカイト!!』 だが、対するアキトは何の躊躇もなくハンドカノンを連射する。 「うぐ!!」 機体を襲う衝撃に耐えるカイト。ボソンジャンプを行う隙すらない。『予測』を使って回避を試みているのだが、かわしきれない。 カイトの『未来予測』が持つふたつの弱点、そのうちのひとつ『未知の敵』が図らずも露呈していた。 『予測』はあくまでも『予測』であって、『予知』ではない。カイトが通常行っている『それ』は過去の戦闘記録、機体性能、戦況、果てはパイロットの癖まで、そういった過去の経験則から次に起こり得る可能性を、可能な限り何通りにも予測する、極言してしまえばただそれだけのことなのだ。 そういう意味では将棋の高位段者が、相手の次の手を何通りにも予測することに似ているかもしれない。 ただカイトの特異な点は、それらを瞬時に行えるということと、なによりその経験則の量の膨大さである。 無論、生まれ落ちてからたった五年、実働で言えば三年にも満たぬ人生しかないカイトにそれほどの戦闘経験はない。それらはカイトが成長途上に与えられた、旧木連の兵士たちがシミュレーター上あるいは実戦上において数千・数万回と『死んだ』記録……。 そして、正確に言えばそれらを与えられたのは『ミカズチ・カザマ』であって『カイト』ではないのだが……。 だが、その豊富すぎるデータをもってしても、目の前のブラックサレナを捕捉することができない。 「(データ以上の『敵』……いや、『機体』との対処法)」 カイトもこの弱点はよくわかっている。そしてこういう場合の対処法も教えられている。 「(対処法第一案……『予測』の中止)」 これは『未来予測』をまったく行わず、単純に己の技量のみで相手と渡り合うことを示す。予測ができない以上、もっとも有効な対処法ではあるが、 「(『敵』……『相手』の実力はこちらより上なんだ、予測なしでどうこうできる相手じゃない、却下)」 神技にも近い機動を行いながら、カイトは次なる案を探す。 「(第二案…………────! 却下だ! 却下!!)」 考えるまでもない、カイトにできるはずもない。 「(第三案…………過去のデータを補正・近似値の適用って、もうやってる!)」 至近弾、機体が激しく揺れる。フィールドの限界も近い。 「(第四案…………『未来予測』をレベル2に移行…………これしかないか)」 かつて、プラント中枢部との戦闘において使用したそれ。第二案を行わない以上、現状でとり得る最上にして最後の手ではある。 「(でも、あれは…………レベル2は…………)」 それは諸刃の剣。爆発的な予測能力の上昇とともに、『未来予測』の持つもう一つの、致命的なまでの弱点の発生確率をも上昇させてしまう。 「く、バッテリー残量が!」 カイトのフルパワーの機動を受けて、バッテリーがどんどん目減りしていく。このままでは、アキトに撃墜されるかバッテリー切れで墜ちるかだ。 「止むを得ない…………か」 覚悟を決める。 「(『未来予測』…………レベル2…………発動!!)」 カイトの澄んだ紺碧の瞳が、不気味な金色に輝きだす。 と、そのとき、 『やめてください!!』 ふたりの間に割って入るようにルリの巨大なコミュニケが開く。 「ぐっ!」 「うわっ!」 突然視界をさえぎられ、二機の距離が開く。 それに併せ、カイトの瞳も本来の色を取り戻していく。 『やめてくださいアキトさん!! あなたがこうする以上、何か理由があるんでしょう!? それが何かは私にはわかりません! でもそれは私たちと戦わなければならないほどの、私たちの『思いで』を壊さなければならないほどの理由なんですか!!?』 懸命の説得を行うルリ。ルリは、泣いていた。 「ルリちゃん……」 カイトがルリの涙を見るのは二度目だ。もう二度と泣かせない、カイトの密かな誓いが破られた瞬間だった。それも自分たちにもっとも近しい人物の手によって。 「アキトさん!!」 自分への怒りが、アキトへの絶叫にかわる。 「…………」 だが、アキトの意識には、カイトの声も、そしてルリの声すら届いてはいなかった。 「(あそこか……)」 前方の山、その中腹辺りを拡大する。そこにはナデシコのエンブレムが描かれたシャトル、そしてその傍らにはルリの姿が。 皮肉にもルリの通信が、アキトにその位置を教えてしまったことになる。 「(………ルリ……)」 最後に顔を合わせたのは、『火星の後継者の反乱』の際。かつての戦友であり、また娘でもあった少女の泣き顔を、アキトは無表情に眺めていた。 『お願いしますアキトさん!! 銃を納めてください! カイトさんに恨みがあるわけじゃ……』 「あるさ」 『え?』 「……人の執念」 『……?』 「俺の目的は……カイト、貴様への復讐!!! 貴様の死!!! ただそれだけだ!!!!」 その言葉の真実を裏付けるように、アキトの顔に無数のナノマシンパターンが浮かび上がる。 「そんな、アキトさん…………」 カイトは混乱していた。憧れていた人、兄のように慕っていた人。そのアキトから身に覚えのない殺意を向けられている。 『アキトさんきっと誤解です!! カイトさんがあなたに恨まれるようなことをするわけが……』 「俺の前に立ちはだかるというなら……」 ルリの懸命の声をアキトの冷たい声が遮る。 「おまえも俺の敵だ!! ホシノ・ルリ!!!」 『アキト! ダメ!!』 ユリカの制止。だが遅い。 発砲。ハンドカノンが閃光を発した。その斜線上にはルリが……。 「!!!」 カイトは目の前の光景が信じられなかった。いや、信じることを拒否した。あり得るはずがない。自分の目の働きを否定した。 「だって……こんなこと……あるはずがないんだ」 この役立たずな目を抉り取ることでその事実を否定できるなら、彼は喜んでそうしただろう。 「……チッ」 アキトはかすかに舌打ちをしていた。モニターを拡大する。 そこには地面に倒れ伏したルリの姿が。 「…………」 発射直前に照準を僅かに逸らした。弾は近くの地面を削っただけだ。ルリは気を失っているようだが、命に別状はないだろう。 「……どこまで甘い……俺はッ…」 心のどこかでほっとしている。そんな自分に歯噛みする思いだった。 復讐のためなら手段は選ばない。それが『あの日』、すべてを知ったときに誓ったことだった。その復讐にラピスやユリカさえ巻き込んでしまったいま、ホシノ・ルリという少女は、もはや戻りえぬ日々の幻影でしかない。 「だが、いまのザマはなんだ ……」 コンソールを力任せに殴る。 「…………!!!?」 ゾクリ。突如、アキトの全身を悪寒が走る。戦士として研ぎ澄まされた感覚。それが自分への凄まじい殺意を感じ取っている。 「……これは」 『あの』事件以来、長く闇の世界にその身を置いていたアキト、だが、その彼でさえこれほどの殺意はいまだ感じたことがない。 「……貴様か」 そして、その殺意を放っているのは、先程まで呆けたように立ちすくんでいた目の前の白いエステバリスなのだ。 「……カイトォ!」 ドクン。 コイツハルリヲキズツケタ。 ドクン。 コイツハルリヲキズツケタ。 ドクン。 コイツハルリヲキズツケタ。 ドクン。 コイツハルリヲキズツケタ。 ドクン。 コイツハルリヲキズツケタ。 ドクン。 コイツハルリヲキズツケタ。 ドクン。 コイツハルリヲキズツケタ。 ドクン。 コイツハルリヲキズツケタ。 ドクン。 コイツハルリヲキズツケタ。 ドクン。 コイツハルリヲキズツケタ。 ドクン。 ルリルリルリルリルリルリルリルリルリルリルリルリルリルリルリルリルリルリルリルリ 「う、うるぅわぐああああああああ!!!!!!」 カイトの中でなにかがはじけた。目の前の敵がアキトであることを刹那忘れた。もしかしたらそれは、カイトが生まれて初めて他者を本気で『憎い』と思った瞬間だったのかもしれない。 「がああああああああああああああ!!!!!!!」 絶叫とともに両腕のライフルを乱射する。 「ぐ!!」 そのほとんどはブラックサレナのフィールドに阻まれる。だが、そんなものはもともとなんでもない。アキトを押さえつけているのはカイトの『狂烈』な殺気なのだ。 「ちぃ!!」 反撃に打って出ることができない。アキトは先程までと打って変わり、完全に守勢にまわらされている。 「ようやく本性を見せたな!! そうさ、それが貴様なんだ!!」 自分を鼓舞させるように叫ぶアキト。ハンドカノンで応戦する。だが、当たらない。命中寸前で、カイトのミリ単位の機動によって、ことごとくかわされていく。 「これが戦闘生物! これが跳躍戦士! だが、俺は!!」 アキトは冷静さを失ってはいない。致命傷はまだ受けていないのだ、こちらの優位は動いていない。そしてその優位の根拠は機体性能の絶対的な差。 「うおおおおお!!!!」 でたらめとも言える軌道を描くスーパーエステバリスに、ブラックサレナを突っ込ませる。両機を比較した場合、ブラックサレナにもっとも大きなアドバンテージがあるのは、機動性と機体強度。そしてそれが最も生かせるのはクロスレンジ。 両腕のハンドカノンを再び連射。当たらない。だが、これでいい。目的は牽制なのだ。 「食らえ!!」 連射で逃げ道を無くしておいて渾身の体当たりをかける。夜天光のフィールドをも突破した技だ。フィールド出力の落ちたエステバリスなど、簡単に粉砕できる。 だが激突寸前、エステバリスの姿が消える。 「ボソンジャンプ!? 馬鹿な!!」 ボソンジャンプを行うには必ず『溜め』が必要だ。それはS級ジャンパーといえど同じである。そしてアキトはその『溜め』の時間をカイトに与えてはいなかったはずだ。 「く…………『ラピス!!!』」 意識でラピスに呼びかける。 『了解、ボソン反応を探知』 いくらボソンジャンプを行おうと、大量のボソンを撒き散らす以上、ラピスとユーチャリスのAIをもってすれば出現地点の予測はできる。 そしてその地点へいち早く射撃を行えば、相手は回避できない。 『反応…………ポイント転送……誤差プラスマイナスコンマ2』 「そこか!!!」 ラピスの示したボソンアウト地点にハンドカノンを叩き込む。 閃光。手ごたえあり。 「いや、軽い!!?」 閃光の向こう。 「な!!」 アキトが撃墜したのは、先程までカイト機の左腕にあったラピッドライフル。 「ちい!!オトリか!!『ラピス!!』」 アキトは再びラピスに指示を出す。だが、それより一瞬早く背後にスーパーエステバリスがジャンプアウト。 「おわあああああ!!!!!!!!!」 零距離からのライフルの連射。さしものブラックサレナの装甲も悲鳴を上げる。 エステバリスの左腕がブラックサレナを掴み、自分ごと地面へ叩きつける。その間もライフルの連射をやめない。跳弾がエステバリスの装甲を叩く。 「ああああああ!!!!」 ブラックサレナから幾条もの煙が上がり、痙攣のように身を震わせながら、そしてついに動きを止める。 「グ……ハァッ、ハァッ、グハァ……」 荒い息の中、カイトはようやく我に返った。 「…………ハァハァハァ」 まだ収まらない息のもと、自機の足元に倒れ伏したブラックサレナを見遣る。 「…………ハァハァ」 背面の装甲やウイングが無残に引き千切られ、完全に沈黙している。 「僕が……やったのか……」 絶句せざるを得ない。 あれほど拒んでいた対処法第二案『相手を殺す気で戦う』を実行してしまった。それもアキトに対して。 「…………くっ」 本来なら目を背けたい光景だ。だが、あえてカイトはアキトに問いかける。問わなくてはならない。知らなくてはならない。アキトがこうまでする理由を、そして自分がしてしまった意味を。 「アキトさん、なぜ、なぜなんですか!! 僕がいったい何を!!」 突然、ブラックサレナに連続した小爆発が起こる。 「な!!!」 カイトはバランスを崩し、数歩後方へよろけるようにさがる。一瞬カイトはアキトが自爆したのではないかと思った。 だが、 「!!!」 爆風の中から、濃いピンク色のエステバリスが現れる。 ブラックサレナはアキト用エステバリスが増加装甲を装着した形態をいう。外部の装甲をやられても本体さえ無事なら、戦闘の続行が可能なのである。 そして不幸にしてカイトはその事実を知らなかった。 「!!!」 アキト渾身の右ナックルが迫る。それはかつて北辰をも屠った必殺の一撃。 「(やられる!!!)」 その瞬間、カイトの身体は本人の意思を放れ、スーパーエステバリスに無想ともいえる動作をとらせた。 機体を微かに後ろに反らせ、拳の到達を数瞬遅らせる。そして、その稼いだ数瞬を最大限利用して左腕にアッパーをつかわせる。 カイト機のすくい上げるような一撃は、アキト機の右拳にヒット。その軌道を逸らせる。だが、攻撃の勢いまで殺すことはできない。無論、カイトもそれはわかっている。アッパーの反動を利用して機体を浮かせ、激突の勢いに身を任せる。咄嗟にシートに身体を押し付け、衝撃にそなえる。 金属同士がぶつかる凄まじい音。二機のエステバリスがもつれ合うように地面をすべる。民家を数件粉砕し、カイト機の背をビルに打ちつけながらようやく止まる。 「…………うう……」 アキトは軽く頭を振りながら、愛機を立ち上がらせた。わずかに気を失っていたようだ。 「機体状況は……」 各部の異常を報せるウィンドウが無数に開く。先程カイトに喰らった零距離射撃が本体にも損傷を与えていたようだ。 「戦闘続行は……不能か!」 忌々しげにコンソールを叩く。 「む……」 眼下、ビルの壁を背に座り込んだ白いエステが、こちらにライフルを向けている。 「……」 「……」 無言の対峙。だが、やがてアキトが口を開く。 「……どうした」 「…………」 「撃てよ」 「…………」 凍りついたように動かないカイト。 「…………フン」 そんなカイトをあざ笑うように悠然と背を向けるアキト。 「ユリカ、ラピス、一旦撤退するぞ!」 ユーチャリスへとジャンプ。 エステバリスのコクピットにアキトの声が響く。 『俺は…………貴様を決して許さん』 「なぜ!?」 『貴様が……殺したんだ!!』 「!!」 「ユリカ、いまなら……」 カイトのスーパーエステバリスの足は止まっている。ユーチャリスで攻撃すれば確実に撃破できる。ラピスの目はそういっている。 「だめよ、ラピス」 ユリカは軽く制止する。 「『彼』を討てるのはアキトだけ。ううんアキトでなければいけない」 「…………」 ラピスの瞳から涙がこぼれ落ちる。 ユリカは、バイザーを外すとラピスに向かいしゃがみこむ。 「ダメよ泣いては。私たちのすべてはアキトのすべて。アキトが望むことなら、たとえそれが間違った道だとしても、私たちは……」 ユリカのその慈愛の眼差しは、かつてルリやカイトに向けられていたものだ。 「違う……これはアキトの涙。私の心はアキトの心。アキトの心は悲しんでる。だから、アキトの代わりに私が泣いてあげてる」 「ラピス……」 ふと、無粋な電子音が二人の会話をさえぎった。 「ブラックサレナ、帰艦」 ラピスの報告に、ユリカが傍らのシートに身体を固定する。 「ラピス!! ボソンジャンプ!!」 「了解、ジャンプ開始」 ブリッジをボソンの光が包む。 「…………」 光の中、ラピスは手元の端末の情報を淡々と読み上げていた。 「付近住宅の被害レベルAAA。されど、住民の避難完了済みのため、死亡者ゼロ。負傷者ゼロ」 そっと目を閉じるラピス。涙は流れるに任せている。 「(優しいアキト、私たちのアキト、いつかホントの涙流せる日、来るといいね)」 「…………」 カイトはユーチャリスが消えていくのをぼんやりと眺めていた。ライフルを構えていたエステの右腕が、力を失い垂れ下がっていく。 ────貴様が……殺したんだ!! アキトの最後の言葉が耳に響く。 「僕が……誰を…………」 わからない。だが、アキトの殺意はエステバリスに残った無数の傷が物語っていた。 「アキトさん、僕を……殺す気だった……」 アキトの最後の拳は、確実にエステのコクピットを狙ったものだった。それは、アキトからカイトへの決定的なまでの決別の言葉だった。 ────貴様が……殺したんだ!! 「……わからない……。アキトさん……なぜ……」 「ハァハァハァ……」 ルリは廃墟となった町の中を走っていた。気を失っていたのはどれほどの時間か。すでに朝日は昇り始めている。 「ハァハァハァ……」 もう戦闘の音は聞こえない。戦いは終わったのだろうか。 「(でも、どっちが)」 アキトとカイト、どちらの勝利も、どちらの敗北も望んではいない。それは本心だ。でも、どちらかの勝利しか祈れないなら、もしそうなら…… 「…………」 それは、いまのルリには酷な問いかもしれない。 「は! カイトさん!!」 やがてルリの目は、ビルの壁を背に座り込んだカイト機を見つけた。 駆け寄るルリ。いまはなによりカイトの安否を確認しなくては。 「カイトさん!!!」 コクピットハッチに取り付く。外部の損傷から判断すればパイロットは無事なはず。だが、そんなものはだだの推測だ。この目で確かめなければ。 「カイトさん!!!」 もどかしげに開閉キーを使いハッチを開ける。そこにはカイトの姿が。 「……よかった。……はっ」 一瞬安堵するルリ。だが、 「…ぐっ……うう……くっ……」 カイトは、泣いていた。決定的なまでのアキトからの殺意、どうしようもない無力感、そして絶望。そんなもの突きつけられたとき、この純粋すぎる青年にできたのは、ただ泣くことだけだったのだ。 「……カイトさん」 ルリはカイトが泣くのをはじめて見る。胸の奥から不思議な感情がわき上がってくるのを感じた。 「…………」 ルリはカイトをその胸に抱き寄せた。なぜかそうしてあげなければいけないと思ったのだ。 「…………ぐ…ううあああ」 カイトは無意識のうちにルリの二の腕を強く握り締めていた。 「……カイト……」 ルリはその痛みに耐え、そしていつしかカイトともに涙を流していた。 ルリにとってカイトは絶対無比の守護者だった。どんな困難があっても、必ず彼が助けてくれる。皆と離れ離れになり、二人だけになって、その思いはいっそう強くなった。 だが、自分の胸の中で肩を震わせるこの青年の脆さ、弱々しさはどうだろうか。真に守ってあげなければいけなかったのはルリの方だったのではないか。 「…………う……ああああ」 ルリに抱かれ、カイトはいつまでも泣き続けた。 カイトが生まれて初めて、自分自身のために流した涙は、ルリの胸を熱く焦がしていった。 無人のシャトルのコクピットで、ひとつのウィンドウが開く。 『SOS from Lovely YU・KI・NA』 つづく 次回予告 ユキナ「私はあなたが羨ましい。あなたはあの娘が羨ましい。そしてあの娘は私が羨ましい。そう、みんな誰かが羨ましい。でも、結局それは『隣の糂汰味噌』。ただ幸せなだけのひとなんて、ホントにいるのかな…… 次回、機動戦艦ナデシコ『The knight of chrome』 第五話 『ガールズ』・ドント・クライ ───あのふたり、きっと死ぬときも一緒なんだろうな……」 あとがき(というかおわび) カイト君にもらい泣きしつつ、懺悔をひとつ。アキトさんがどっかで聞いたような台詞を言ってますが、その通りです。ごめんなさい、もうしません(この台詞に関しては)。某氏に指摘されたとおり異界はあのアニメも大好きなのです。でもそうなるとラ○ァがふたりいることになますね、アハハ。 さて、アキトさんは何を怒ってるんでしょう? 前作『眠れる森の美女』の終わり辺りに多少伏線張ってありますけど、まだ決定的なのは出てないですね(多分)。「へへへ、分かっちまったぜ」という方おいででしたら、メールなどいただけるととてもうれしいです。 「懲りない」思いつきの用語解説 ブラックサレナ 基本的に劇場版のブラックサレナA2と同じ。外装はおニューのため、特徴的だった損傷跡は無くなっている。今回またもカイト君に外装を壊された、ということは……? スーパーエステバリス(白) 1.カイト君の愛機。機体色はピュアホワイト。左肩には彼のエンブレムマーク『稲妻とユニコーン』。通称『閃光の白(ライトニング・ホワイト)』。若干の調整がされている以外は、サブロウタさんのとほぼ同じ機体。当然ボソンジャンプ能力は無く、カイト君によって強引に跳ばされている、ある意味とってもご苦労さんな機体。 2.あんまり安直にオリジナル機は出したくないな〜、っていうか単に考えるのがめんどくさいな〜という筆者のわがままで長くご活躍。カイト君の降板にともないお役御免になる予定。 3.カイト君の機体色というと『白』というイメージがなぜか出来上がっている。(かく言う私も) セガサターンの本編だと薄い紫色(瑠璃色?)のエステにナニゲに乗ってたりするのは多分気のせいなのだろう。 続、今だから言うけどのコーナー(略して『今だ!!』) こうして読み返してみると、某OVAな機動戦士0083星屑な記憶の某話にシチュエーションがそっくり。そのつもりがなくても無意識のうちにパクってたのではと言われれば反論のしようがないかもしれません。 でもでも、ヒロインが攻撃されて主人公がブチ切れなんてよくある話ですよねなんて同意を求めつつ墓穴を掘ってみたり。 |
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