The knight of chrome #03


2201年12月8日 
連合総会が謎の組織に突如占拠。
事件の首謀者は不明。犯行声明は出されていない。ただ目撃者の中には『翼を生やした機動兵器を見た』と主張するものもいる。総会に出席していた各国首脳陣の安否はわかっていない。

同年12月10日 
連合総会奪還のため、統合軍第五艦隊が出動。提督は先の火星の後継者の反乱の際、ターミナルコロニー『クシナダ』攻略戦を指揮したヘンゼル中将。

同年12月11日
 第五艦隊壊滅。開戦からわずか数十分の出来事。相手の戦力は100機程度の機動兵器のみと推定。先の占拠方法とあわせて推測するに、犯行グループはボソンジャンプを使用しているものと思われる。このことから、火星の後継者の残党との声もあるが、真相は不明。

同年12月13日
 犯行グループは自ら『クルセイダー』を名乗り、火星の後継者とはその目的を異にする集団であることを主張。名前からカルト教団との関係を疑う線も提起されたが軍部はこれを一蹴。これほどの軍事力を持った教団がいるはずがないというのがその理由。

同年12月16日
 統合軍のさる高官のオフレコ発言が一部マスコミによって報道される。曰く「連中が連合総会を簡単に占拠できたのは内部に手引きするがいたからではないのか?」
 統合軍広報部はこれに対し、マスコミによる捏造と反論。
 だが、連合内部には両軍に対抗するため、『クルセイダー』と手を組むべきだとするタカ派の存在を指摘する向きもある。

同年12月20日
 統合軍による第二次攻撃部隊の編成が完了、出撃。が、ドックを離れた瞬間、ボソンアウトした謎の機動兵器の一団によって、戦力の40%を失う。統合軍のメインコンピュータがハッキングされ、事前に作戦が漏れていた模様。当初、一部のテロ組織と思われていた今回の騒動。だが、徐々に背後組織の存在が噂され始める。
 
同年12月22日
 先の推測を裏づけるように、総会内でタカ派によるクーデタ勃発、主導権を確保。今後は『クルセイダー』と手を組み新体制を発足させると発表。同時に統合軍・宇宙軍に対し宣戦を布告。事態は一気に騒然となる。


その一方で、犯行グループ『クルセイダー』そのものからの具体的要求は、依然、一切出されていない。のみならず、保持する戦力・技術力を持ってすれば、可能なはずの逆侵攻を行う気配もない。
いまだ、その目的は謎のままである。


そして、同年12月24日。





機動戦艦ナデシコ

『The knight of chrome』





第三話 黒衣の『白雪姫』

 小雪の舞うクリスマスイブ。白いコートを羽織ったカイトは夜道を急いでいた。
小脇には小さな紙包み。かけられた真っ赤なリボンが、カイトのマフラーに合わるように揺れている。
一軒の小ぢんまりしたアパート、軽く息を切らせ入っていくカイト。
「風間さん?」
階段を登り始めたところで、声をかけられる。
「はい?」
振り向くと、顔見知りのおばさんがこちらを見ている。
「聞いたわよ。妹さん、病気ですって?」
「ええ、まあ、風邪をこじらせたようで」
カイトは愛想よく応えながらも内心顔をしかめる。
「これ、残り物だけど、良かったら食べて」
おばさんは鍋を差し出す。
「ああ、いつもすみません」
「いいのよ、お鍋は後で取りに行くから」
「いえ、明日、朝にでもお持ちしますよ。妹も、その、病気ですし……」
やんわりと断るカイト。このおばさんが自分たちに親しみ以上の興味を持っているのはわかっている。
「そう……でも、大変ねぇ。あなたたち兄妹だけで。……そういえば妹さん、このあいだちょこっと見かけたんだけど、お兄さんにあまり似てないわね」
来たか、とカイトは思う。おばさんにすれば井戸端会議の話題集めくらいのつもりなのだろうが、こちらは逃亡の身の上なのだ。
「ええ、実は腹違いで」
せいぜい主婦の喜びそうな話題をふってやる。
「あら、そうっだったの……ごめんなさい」
「いえ、そんな」
「大丈夫よ、他言しないから」
「すみません、どうということではないんですけど、やっぱり……」
そう言いながらもカイトは、この話が数日中にアパート中に広がるだろうことを予想していた。
「じゃ、妹が待ってますので」
「あら、ごめんなさいね。引き留めちゃって」
「いえ」
悪い人ではない、ただの退屈しのぎなのだ。だが、それが時として人を追い詰めることになる。
(そろそろここも引き払わないと)
いっそ都心のマンションでも借りれば、近所付き合いが少なくて助かるのだが、先立つものがない。
 そんなことを考えながら、とある部屋の鍵を開ける。表札には『風間トオル・ユマ』の文字。プロスペクターにもらった、ニセの身分証に書いてあった名前だ。ちなみにこれらは、カイトの戸籍上の両親の名でもある。
 軽い金属音とともに開く扉。部屋の中には布団に横たわったルリが。
「あ、お帰りなさい」
「ただいま。ごめんね、遅くなって。薬買ってきたから」
「すみません」
ルリはそっと上体を起こすが、
「あ、ダメだよ起きちゃ」
 カイトに肩を押さえられ、また横になる。
「下のおばさんにこれをもらったんだけど……」
鍋を開けてみる。案の定、おでんだ。
「……」
「食欲ない?」
「……ごめんなさい」
「でも、薬飲む前になにか食べないと……。じゃあ、おかゆを作ってくるよ」
「すみません、ホントに」
「いいって」
 あの逃走から3週間。ルリはショックと疲労から、熱を出していた。


 しばらくして、台所から土鍋と抱えたカイトが出てくる。彼の料理の腕は素人の域は出ないものの、アキト直伝ではある。
「熱は?」
「はい」
 ルリは体温計を差し出す。
「37度……ちょうどか。だいぶ下がってきたね」
「はい、おかげさまで」
「じゃあ、ちょっとごめん」
「あ……」
 カイトはルリを抱くようにして起こすと、肩に上着をかけてやる。
「さ、食べようか」
 ルリの前に小さなテーブルを持って来ると、その上におかゆの入った土鍋を置く。
「はい」
「食べられる?」
「ええ、もう大丈夫ですから」
 特製のシンプルなおかゆ。カイトはそっとルリの口に運んでやる。
「どう?」
「おいしいです」
 お世辞ではない。
「私、お米って苦手だったんですけど……」
「あはは、ホウメイさんやアキトさんのおかげだね」
「カイトさんのおかげもあります」
「そう言って貰えると嬉しいけど……あ、そうだこれ」
 カイトは先程持っていた紙包みを差し出す。
「え?」
「メリークリスマス。大したものじゃないけど」
「そんな、私、あの……」
「いいから、開けてみてよ」
「は、はい」
 慎重に包装を解くルリ。手が震えている。 
「あっ」
 中からは髪留めが二つ。
「ごめん、ホントはもっといいものをプレゼントしたかったんだけど。何しろ……」
 逃亡生活中である。カードは使えない。足がついてしまう。プロスペクターから貰った、いくばくかのお金と、カイトのバイト収入で細々と生活しているのが現状なのだ。
「………」
 黙り込むルリ。
「や、やっぱり気に入らなかったかな?」
 恐る恐る、本当に恐る恐るたずねるカイト。
「いえ……違うんです」
「え?」
「ごめんなさい……」
「ルリちゃん?」
 ルリは顔を上げない。うつむいた肩から長い髪がさらさらとこぼれる。
「ごめんなさい。ナデシコやオモイカネがいないと、私は無力です。カイトさんは私にこんなに、こんなに良くしてくれてるのに、私は、私は何も……」
 スッ。
カイトはそんなルリを、そっと胸に抱き寄せる。
「……あ」
「そんなことないさ」
「で、でも」
「ルリちゃんがいてくれるだけで、それだけで僕は十分なんだから」
「カイトさん……」
 ありふれた言葉しか出てこない、そんな自分に苛立ちながらも、懸命に気持ちを伝えようとするカイト。
「それに……」
「それに?」
 ルリは顔を上げる。視線がカイトと絡み合う。
「ルリちゃん、日頃からしっかりし過ぎてるから。せめて、こういう時ぐらい頼ってもらわないと、僕の立場がないよ」
「……カイトさん」
 クスっと笑うルリ。ひとしきりカイトと見つめ合い、そしてそっと目を閉じる。
「……ルリちゃん」
 カイトもそれに応え、唇を重ねようとして、直前で思いとどまっておでこにキスをした。
 おいおい。

「む」
 咎める様なルリの視線。
「あ、いや、その……」

「……」
 もう一度目を閉じるルリ。やり直しということか。
(………なんか追い詰められた感じ…)
 今度こそ唇を重ねるべく、ルリを抱き寄せようと、だが、動きがミリ単位になっているカイト。牛歩戦術だろうか。
「………」
「………」
「……カイトさん」
 ややあって、ルリの焦れたような声がした。
「は、はい」
 ルリはとろんとした目でカイトをみつめると、
「なんだか…私、また……熱が………出て……きた…みた……ふぅう…」
「わあ! ル、ルリちゃん!?」


「ン……」
冷たい感触にルリはうっすらと目を開けた。
 おでこに濡れタオルがのっている。
「カイト……さん?」
タオルを落とさないよう注意しつつ、そっと右に首をひねる。すると、
「……!!」
 すぐ目の前にカイトの寝顔があった。
「……カイトさん……看病してくれてたんですか…」
「……んん」
 軽く身を震わせるカイト。寒いようだ。
「風邪をひいてしまいますね……」
 ルリはカイトとは反対側、左側をそっと向く。開きっぱなしの押入れの中には、カイト用の布団がひいてある。だが、ルリの力でカイトを布団まで運んでいくことは不可能だ。
「仕方ないですね、今日だけ特別ですよ」
 ルリは身体を右にスライドさせると、布団の余ったスペースをカイトにかけた。
 自然、カイトにぴったりとくっつくことになる。
「あ、風邪、うつしちゃいますね。それに私…汗くさいかも……」
 すこし離れようとするが、
「んん……」
「あ」
 カイトの例の『癖』がでた。
「……もう、うつっても知りませんよ」
 照れ隠しにそんなことを言ってみる。
 カイトは温かかった。
 だが、その温かさは、ルリにあの悪夢を思い出させる。
「………」
 ふとカイトの寝顔を見る。
「(かわいい)」
 そう思った。少なくとも外見上は自分より年上の、それも男性に対してだ。もしかしたらとても失礼なことかもしれない。
そう考えながらも、不安が薄れていくのを感じる。
「(……でも)」
 もし、そのカイトにもしものことがあったら。カイトが自分の前からいなくなったら、そうしたら自分は……。 
 今のルリには、その先を考える勇気がなかった。


 
 朝の光に照らされ、カイトは目を覚ました。暗い押入れの寝起きに慣れたせいで、明るさに敏感になっていたからか。自発的に、それも朝早くに目覚めるなど、この男にしては殊勝なことだ。
「は?」
 目の前にルリの寝顔がある。のみならず一緒の布団に寝ている。
「なんだ、ルリちゃん、意外と甘えん坊なんだね」
というか、まず、自分がルリを抱きしめている事にまったく気づいていない。
「……カイトさん」
「……は、はい! ごめんなさい!!」
 何がごめんなのか。
「………」
「……ルリちゃん?」
「……クー」
「寝言……?」
 安心したようななんとなく残念なような。
「……ふぅ」
 カイトはそっとルリの寝顔を覗き込んで見る。穏やかに──少なくとも表面上は──見える。
「(………この娘を守りたい)」
 いま、心からそう思う。
「(叶うものならずっと傍にいたい……いてあげたい)」
だが、彼はそっと布団を抜け出し、そしてなぜか悲しげな目でルリを見つめる。
「(でも、ルリちゃん………僕は……)」
それは決して叶うことない、儚過ぎる夢なのだ。



「ルリちゃん」
 誰かの呼ぶ声がする。
「はい」
 そっと身体を起こす。台所から湯気が立ち上っている。とても懐かしい感じ。
「悪いけど、ユリカとカイト、起こしてやってよ」
 湯気の中から、『あの人』の声。
(ああ、帰ってきたんだ)
 そう思った。
 四畳半の小さな部屋。窓の外の光。古びた畳の匂い。沸騰するお湯の音。すべてがあの日のままだ。
 当たり前の時間が当たり前に流れていた、ルリにとって多分、一番幸せだった日々。
 『帰って』きたのだ。
 
 だが、傍らの布団を見ると、そこにいるはずのユリカの姿はない。
はっとして、押入れを開ける。カイトもいない。
「どうしたのルリちゃん?」
 濛々とした湯気の中から『あの人』が現れる。だが、その姿は……。
「いけない、いけない。ユリカもカイトも昨日殺しちゃたんだ」
 黒いバイザーの下で、その顔は笑っているようだった。
「君はどうする? 俺とここに残るかい? それとも……」
 黒いマントの下、そっと銃を取り出す。
「あいつらのところに行くかい?」
「な、何故そんな酷いことを!?」
「おいおい、なにを言ってるんだ? ふたりを殺したのは君じゃないか」
「そんな馬鹿……!」
 ルリは自分の手が濡れていることに気づいた。それは真っ赤な……。
「!!!!」


 ガバッと跳ね起きるルリ。
「!!」
 そこはカイトとふたりで暮らすいつものアパート。
「また……夢?」
 カイトの姿がない。不安に駆られあたりを見回す。
 と、テーブルの上にカイトの置き手紙を見つける。

『ルリちゃんへ
 アルバイトに行ってきます。
 夕べのおかゆとおでんが冷蔵庫にあるので、温めて食べてください。
 昼にはいったん戻ります。
 誰が来ても扉は開けないこと。
 
 カイト
 
 
 追伸
 夕べ、なんにもしてないからね。』

「クスッ」
 手紙を書くカイトの様子が目に浮かぶようでおもわず苦笑してしまう。
 もちろんカイトの言う『なんにもしてない』というのは、寝ている間に鼻をつまんだり、頬っぺたをつついたり、瞼を引っ張ってレム睡眠中の眼球を観察したりしていないということだ。
「ふう」
 熱はもう下がったようだ。カイトに言われたとおりに食事を済ませると、布団をたたみ、パジャマを着替える。無理をしなければ大丈夫だろう。洗面台で手と顔を洗う。本当は全身を洗いたいがこの部屋に風呂はない。
 鏡を見ながら、カイトに貰った髪留めをしてみる。
「うむ」
 悪くない。カイトにしてみれば上出来のセンスか。
「部屋のお掃除でもしましょうか」
 ルリの家事能力は決して低くない。ただ料理が壊滅的に下手なだけである。
 だが、さして広い部屋ではない。そのうえ物も少ない。たいした手間もなく掃除は終わってしまう。
「ふう」
 もう一度ため息をつく。病み上がりのせいか少し疲れた。座布団に体操座りをする。
 ふと外を見ると、とてもいい天気だ。木の葉が風に軽く揺れている。
 どこかに出かけたいと思ったが、外出はカイトに禁止されている。ルリは人目につきすぎる上に、有名すぎるのだ。
「これじゃまるでお妾さんですね」
 カイトが聞いたらどういう顔をするだろう。ちょっと想像してみたルリは、また吹き出してしまった。


 昼過ぎになった。カイトを待ちくたびれているルリ。
 食事の用意は基本的にカイトの仕事だ。外出に次いで重要なルリの行動禁止事項に、単独での食事の用意がある。
 以前、『私のために命を懸けてくれないんですか?(大意 私の作ったものが食べられないんですか?)』のルリのお願いに、本当に命を懸けてしまって以来、さすがのカイトもルリの料理の殺人具合と自分の命の大切さを学んでいる。
 もっとも最近はカイトの懇意なコーチにより、多少の自信はつき始めているのだが。
 暇を持て余したルリは、眠気覚ましにTVモニターのスイッチを入れてみる。逃亡生活において重要なのは、資金と情報である。だが、後者については病気のためこの一週間ほど収集がおろそかになっている。
 ニュースにチャンネルを合わせると、モニターの中でスーツ姿のアナウンサーが淡々と事件を読み上げている。このスタイルはあと1000年たっても変わらないような気がする。
『本日未明、高校教諭のハルカ・ミナトさんが何者かによって連れ去られるという事件が発生しました』
「!!」
 いきなりとんでもないニュースが入ってくる。眠気も一気に吹き飛ぶ。
『……なお、今週になって立てつづけに起きているこの誘拐事件、被害者は漫画家のアマノ・ヒカルさん、科学者のイネス・フレサンジュさん、バー勤務のマキ・イズミさんら、いずれも宇宙軍所属艦ナデシコの元搭乗員であったことから……』
 なおもとんでもないことを読み上げるアナウンサー。
 ふと、玄関の鍵を開ける音がする。カイトが帰ってきたようだ。
「ただいま〜」
 カイトの声がした瞬間、ルリは反射的にTVのスイッチを切っていた。
「お、お帰りなさい」
「うん、遅くなってごめんね。すぐ支度するから」
 右手のスーパーの袋を見せながら、台所に消えるカイト。
 何故スイッチを切ったのか? 意外だったのは、むしろルリ本人だった。
 カイトにこのことを知らせたら、彼はどうするだろう。皆を見捨てて、ルリの所に残ってくれるだろうか。いや、ルリを置いて皆を助けに行ってしまうのではないか。
 だが、助けに行っても勝算はまずない。まして、いや、それゆえルリの同行など決して許してくれないだろう。そうなればカイトは……。そしてルリはまた独りぼっちになってしまう。
 ナデシコの皆と別れてから、カイトはルリのたったひとりの拠り所なのだ。ルリの中には今、カイトへの強烈な依存心と、カイトを失うことへの恐怖が巣食っている。
 もちろん、それがどういう結果を招くのか、わからないルリではない。現にルリの胸は、自分への嫌悪感による痛みに襲われていた。だがそれでもルリはカイトを失うことが怖かった。



「あのふたりは?」
アキトはアカツキの前に来るなりそう言った。
「未だ行方知れず、さ」
 ここは連合総会議場の一室。総会を占拠したのはもちろんアカツキ率いる『天使』達である。
「ネルガルの情報網もたいしたことがない」
 はき捨てるようなアキトの声。
「そういうなよ。こちらも軍事政権なんだ。世間様からは総スカンを食らってる。そのうえルリ君は宇宙軍のアイドルだ。下手に彼女たちの指名手配なんかしてみろ、ますます風当たりが強まるよ」
「………フン」
「ま、こっそり地道にやるしかないさ」
「ならば、いい手がある」
「うん? どんな?」
「ミカズチ・カザマ大尉をホシノ・ルリ誘拐犯として指名手配する」
「……へぇ」
 妙案かもしれない。ルリの人気をそのまま捜索の大義名分にしてしまえる。
「安っぽい正義感に駆られた通報が腐るほど入るさ」
「そりゃナイスかもしれないが……」
「なんだ?」
「君って怖いやつだねぇ。彼は君の弟も同然だろ?」
 アカツキはアキトのバイザーの下の表情を覗き込もうとする。だが、それを嫌ってか背を向けるアキト。
「そんな……生易しいものじゃない……。後は任せた」
「はいはい」
 アキトに愛想を振りまきながらも、アカツキは早速エリナへの指示を出していた。




 夜。工事現場のバイトを終えたカイトは帰路を急ぐ。昼から元気がないルリのことが気になっている。
「?」
 と、路地から大きな影が飛び出し、カイトの前に立ちふさがる。
「カイト、だな?」
「知りませんね」
 屈強なサングラス男に臆することなく、悠然と構えるカイト。夜でも見えるということはあのサングラス、スモークはかかってないんだな、などと呑気なことを考えている。
「知らぬとは言わせん。調べはついてる」
「違いますよ」
 なおも悠然とした態度を崩さないカイト。ふらりと男の目の前に移動する。カイトより頭ひとつは軽く高い。体重にいたっては1.5倍はありそうだ。
「知らないといったのはあなたのことです」
「なんだと?」
 内ポケットにのびかけた男の腕をカイトが押さえつける。
「……む」
「僕を『カイト』と呼ぶのは友達だけです」
「ぐ……」
 男は右腕に渾身の力を込める。だが、カイトの華奢な腕につかまれたそれはピクリとも動かない。
「でも、あなたのような友達は知らない」
「は、放せ!」
 男は聞き入れられるはずのないことを言う。だが、あっさり手を放すカイト。
「はっ」
 だが、指先が拳銃の硬いグリップに達した瞬間、男は後頭部に衝撃を受けそのまま昏倒してしまう。
「ふう……」
 背後には当然のように当て身を喰らわせたカイトの姿が。
 男は拳銃をつかむという行動を阻止されたため、逆に拳銃をつかむことが行動の第一目標になってしまっていた。だから、手が拳銃に触れた瞬間に安堵してしまい、カイトが背後に回るのをあっさり許してしまったのだ。
「さて……」
 男の懐を探る。一応加減はしておいた。この種の当て身は相手を傷つけずに気絶させるには有効だが、あまり本気でやりすぎると永遠に意識を失わせてしまう。
「……ふむ」
 身分証らしきものはない。身分を割れるのを怖れて持っていないのか、もともとそんなものがないのか。
「ネルガル……か?」
 そこに思考が行き着いた瞬間、カイトは自分の失敗に気づく。
「しまった!! ルリちゃん!!」
 カイトとの所在を知っているということは、当然、ルリのそれも知っているということになる。
 まして、カイトにひとりしか差し向けなかったということは、本命のルリをさらう時間稼ぎということだ。
 ボソンジャンプでアパートに飛ぶ。未だ嫌いな力だが、いまはこれに頼るしかない。


 カイトとルリの部屋の前、足早に現れる数名の男たち。
「……」
 部屋番号を確認し、無言でうなずき合う。


「ん……」
 ルリは目を覚ます。うたた寝をしていたようだ。昼過ぎにカイトと食事をした記憶はあるのだが。
「……」
 自分の身体にかなり『厳重に』布団がかけられていることに気づく。カイトの善意なのだろうが少々重過ぎる。おそらくこの重みで目が覚めたのだろう。
「…?」
ふと、外の物音に気づく。


「た、助けてくれ……」
 男が、カイトに助けを求めていた。
「なるほど、不意打ちの時の掛け声はいらない、か」 
 間一髪間に合ったカイト。瞬く間に3人を倒し、最後のひとりの襟首をつかみ高々と持ち上げている。
 男は恐怖に震えていた。この華奢な、銃も撃てないという青年のどこにこんな胆力があるのか。
「僕を狙ったことはいい」
 普段とは別人のように醒めきった声。
「だが、彼女を襲おうとしたことだけは許せない」
 カイトの表情は陰になっていて見えない。だが、対する男の顔は恐怖にゆがんでいる。
「僕がS級ジャンパーということは知っているな?」
 男は苦しげに頷く。
「だから……こういうことができる」
 空いている左手を気絶した男たちにかざす。変形ボソンジャンプ『投擲』。男たちの姿が消える。
「ど、どうしたんだ!?」
「送った。昨日でも今日でもない、まして明日でもない世界に」
「な、なんだと?」
「あなたもそこで少々苦しんでもらう」
「た、たのむ、許してくれ、な、何でもしゃべる! 何でもする!!」
「……駄目だ」
 冷たく言い放つカイト。男の姿が消える。
 

「……」
 男たちは恐る恐る目を開けた。
 ここは世界の果てか、時空の狭間か。
 が、そこには先ほどと同じ、夜の光景がある。
「は?」
 彼らは『昨日でも今日でもない、まして明日でもない世界』すなわち……『明後日』にいた。そこで任務放棄と二日間の行方不明を上司に怒られ、『少々苦しむ』ことになるだろう。


「……なんちゃって」
 顔を上げるカイト。そこにいるのはいつものお気楽者だ。
「世界の果てか、時空の狭間にでも送ると思いましたか? そんなことできるわけないでしょう」
 おいおい誰にしゃべってんの。ところで、できないのは能力的にだろうか、性格的にだろうか。
「う……」
 突如、カイトは軽い目眩を覚える。ジャンパーでないものの身を守りながら、時間移動までさせたのだ。少々馬鹿が過ぎている。
 だがこれも、ルリが襲われかけたという事態が、この優しすぎる青年のなかに、ある種の苛立ちを生じさせた証なのかもしれない。
 だが、休んでいる暇はない。鍵を取り出すと手早く扉を開ける。
「あ!!」
「わ!!」
 ちょうど扉の前に来ていたルリとぶつかりそうになる。
「ル、ルリちゃん! いつからそこに……いや、それよりすぐに荷物をまとめて!」
「え?」
「この場所がバレたんだ。急いで離れないと!」
「!! わかりました!」
 ルリもすばやく状況を飲み込み、部屋の中に取って返す。こういう時のために、最低限の荷造りはしてある。
 ふと、おでんの鍋がカイトの目に入る。
「(返しに行く時間は……ないだろうな)」
 少々お節介焼きだが気の良さそうな、あのおばさんの顔が浮かぶ。
「………」
カイトは心の中で、そっと詫びてみた。


「急ごう!!」
「はい!」
 シャトルとエステバリスは近くの山内に隠してある。そこに向かおうとするふたり。
 と、その時、
「……!!」
 夜空が突如閃光に包まれる。
「ボソンアウト!?」
「巨大な何かが……」
 やがて閃光はある形を取り始める。
「……ユーチャリス!?」
 その特徴的過ぎるシルエットは間違いようはない。
「アキトさん!? 助けに来てくれたんだ!」
 ふたりはまだ知らない。アキトがアカツキの側についたことを。
だが、次の瞬間、ユーチャリスから聞こえてきた声はさらに意外な人物のものだった。
『ホシノ・ルリ、並びにミカズチ・カザマに警告します』
「「ユリカさん!!?」」
 そう、その声は間違いなくミスマル・ユリカのものだった。ただひとつ違うのは、以前は春の陽だまりのごとく暖かだった声が、今はひどく冷たいそれになっていることだ。
 だが、ふたりの動揺を無視するように、ユリカの声はつづく。
『直ちに投降しなさい。さもなくば、この付近一帯ごと、あなたたちを焼き払うことになります』
「!!」
「そんな……」
 馬鹿な、とカイトは呟く。そんなことをすれば、数百数千の付近住民まで巻き添えになる。あれに乗っているのは本当にあのユリカなのか。
『繰り返します。直ちに投降しなさい。30秒だけ待ちます』
 そのまま淡々とした口調でカウントを始めるユリカ。そこにはいささかの感情の揺れも感じ取れない。
『…15』




『10』




「う、ウソでしょユリカさん……そんなこと、あなたにできるはずがない……」
 顔面蒼白のカイト。ルリは気丈にもユーチャリスを無言でみつめている。だが、かすかに肩が震えている。

『5』
『4』
『3』
『2』
『1』 
『0。ラピス、攻撃開始』
『了解。出力10%。グラビティブラスト発射』
 閃光。
「!!!!」
「く!!」
 カイトは咄嗟にルリを抱き寄せ、ボソンジャンプ。近くの山中にボソンアウトする。
「……」
 みおろす眼下、ルリとカイトが過ごしてきた町が炎に包まれている。
「そんな………」
 ふたりは呆然とたたずむ。あのユリカが、あの優しいユリカが。
「何故…何故なんです……ユリカさん!!!」
 だが、それに答える者はいない。
目の前では町の炎と夜の闇が、ユーチャリスの純白のボディを赤と黒に染め上げていた。


────黒き衣を染めるは血の紅────


つづく



あとがき(激短)
わーい、やってもうたー。前回のアカツキ、アキトにつづいてユリカまで。というわけで風雲急を告げる(かもしない)次回へ。




次回予告
アキト「カイト、お前があの日ナデシコに、俺たちの前に現れたときから、すべてはこうなる運命だったんだな……。カイト、お前は俺の友。カイト、お前は俺の弟。カイト、お前は俺の、俺の……。次回、機動戦艦ナデシコ『The knight of chrome』 第四話 『白』と『黒』 ───貴様が……殺したんだ!!」



続、今だから(略)

このラスト書いた後、こりゃやり過ぎかなと思って急遽作ったのが次回のラストのラピスの報告内容です。アキトにはこのぐらいやっちゃうくらいの覚悟がある筈なんですが、それをユリカやラピスにまで背負わすのはあかんかなと、ちなみにどうやって○○させていたかについては劇中触れずじまいでしたが、多分、天使さんたち大活躍と。
ナヴァでの公開当時、この辺りへの抗議とかがこないかと、結構冷や冷やしていたんですが、早速届いたRinさんからのメール。
『ビバ同棲!!』(注、要約)

…………。みなさん暖かいなぁ……。










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