The knight of chrome #02 



静かな湖畔にルリはたたずむ。

湖に注ぎ込む川のせせらぎ。やわらかな日の光、風の音。

空を見上げると小鳥たちが飛んでいる。幸せそうな鳴き声。

軽く手をかざすと、一羽の小鳥がルリの元に舞い降りてくる。

小鳥はルリの足元をじゃれるように歩き回り、それはやがてひとりの青年になる。

その姿は背中に真っ白い翼をもった青年。

青年はルリに手を伸ばし、そっと抱き寄せる。

ああ、これは夢なんだ、とルリは思う。

初めて見る、だが、とても懐かしい感じのする夢。

夢だというのに、青年の胸はとても温かい。

心臓は高鳴っているのに、とても安心することができる。

ふと、馬の蹄の音が、ふたりを引き離す。

森の中から、男が黒馬に跨って来る。

その姿は黒衣に身を包んだ、黒衣の王子。

王子はふたりの前までやってくると、馬上から翼の青年を見下ろした。

一方、翼の青年もルリをかばう様にして、王子を見返す。

長い沈黙の後、王子はおもむろに腰の剣を抜き放った。

『……!』

ルリは何か言おうとするが、声が出ない。

無常に振り下ろされる剣。
青年の右の翼が切り落とされる。返り血が王子とルリを赤く染める。

『……っが…』

青年は声にならない悲鳴をあげた。だが、そこから動こうとはしない。踵を踏みしめ立ち続ける。ルリを守ろうとしていのだ。 

王子は苦痛にゆがむ青年の顔を満足そうに眺めると、今度は青年の左の翼を切り落とす。

『……ぐぁ…』

ルリは青年に駆け寄ろうとするが、足が地から離れようとしない。

『ククク……』

王子は、再度残酷な笑みを浮かべると、青年の頭上に高々と剣を振り上げた。

『……!!』

ルリはふと気づく。自分は笑っている。青年が切り刻まれていくのを見て笑っている。

『(違う!)』

だが、言葉にならない。依然、自分の顔には冷たい笑みが張り付いたままだ。

やがて、王子の剣が青年めがけて振り下ろされる。

ルリの視界が真っ赤に染まり、意識が遠ざかっていく。だが、ルリは確かに聞いていた。自分自身の笑い声を。





機動戦艦ナデシコ

『The knight of chrome』





第二話 『108(ワン・オー・エイト)』

「!!」

跳ね起きるルリ。慌てて辺りを見渡す。と、そこは自分の部屋だ。

自分の顔を両手で確かめてみる。血はついていない。

「夢……だったの?」

全身を悪寒が走る。冷たい汗が身体をつたっていく。

「いやな……夢」

気持ち悪さだけではない。夢に出てきたふたりの人物は、ルリにとってごく近しい人達と同じ顔をしていた。

ピッ。

傍らの時計が音を立てる。

艦内時間で6:00A.M.。まだ少し早いが、ルリにとっては起床しても問題ない時間だ。

 ベッドから降りるルリ。ふと自分を覆う寝汗の始末を考える。部屋のシャワーで済ませてもいいのだが、少し考えてから浴場に行くことにした。

夢見のせいか、人恋しくなったのだ。昔のルリでは到底考えられない感情かもしれない。

「……」

これを成長と言うのか、堕落と言うのかは当のルリにもわからない。





 現在ナデシコCは地球への帰還コースをたどっている。前回の正体不明の敵の攻撃を受けた後、それが宇宙軍司令部の決定だった。

 正体不明、本当にそうなのか。カイトのスーパーエステバリスは、軍の正式採用機の中では最強クラスの機体だ。それを圧倒できる敵となると限られてくる。

そして、その敵機動兵器はアルストロメリアに似ていた。

 アルストロメリアはネルガルで開発されたばかりの最新型で、アキトのブラックサレナを別にすれば、現時点での最強の機動兵器と言っていい。

だが、なにより重要なのは最新型ゆえ、まだどの軍にも配備されていない点だ。

 だとすると今回の襲撃を行えるのは……。ここで思考はストップする。これ以上は一介の軍人たちの立ち入れる領域ではない。

『あとは我々に任せておきなさい』

というのが、ミスマル総司令の最後の命令だった。それは暗に、これが非常に高度な問題に発展し得ることを示している。

 強大な武力を持ったものは、往々にして権力から遠ざけられる。今のナデシコはまさに、それを体現していた。





 湯上りの火照った身体を冷ましていたルリは、ハーリーにつかまった。

そのまま朝食に誘われる。もちろんルリに異存はない。

と、食堂に向かう途中で、カイトの部屋の前を通りがかる。

「……」

ルリはふと、カイトの顔が見たくなった。これも夢見のせいだろうか。コミュニケで時間を確かめる。7:00A.M.。おそらく熟睡中だろう。

「……」

起こしてやろうかと思うが、隣にいるハーリーに遠慮して、言い出すことができない。思わず扉の前でそわそわと足踏みしてしまう。

 カイトならこんなとき『トイレなら我慢しないほうが』などと言って、ルリを怒らせてしまうのだが、さすがはハーリー、恋する少年は敏感だった。

「カザマ大尉、ですか?」

「え、えと、食事は大勢のほうが楽しい……ですし」

「……ええ、まあ」

「そ、それに、起こしてあげないと多分、その、いつまでも起きて来ないでしょうし……」

「……でしょうね」

ルリとのふたりきりの食事。それだけのことのためにハーリーが費やした勇気の量は察して余りある。だが、ハーリーはここでもルリ至上主義者だった。

「では、艦長のお好きなように」

「じゃあ、ちょっと、起こしてくるので、待っててください」

「いえ、艦長。僕が行きます」

ハーリーのささやかな抵抗だった。

「え、でも……」

ルリの返事を待たずさっさとカイトの部屋に入っていくハーリー。相変わらず扉はロックされていない。

 閉まる扉、たたずむルリ。

扉越しに中からハーリーの声が聞こえてくる。

『カザマ大尉〜! あれ、何処にもいない』

『ん? なんで押入れが……』

『わ!? なんでこんなところで寝てるんですか!?』

『ほら、大尉! いつまで寝ているんですか。もう朝です。起きてください!』

『「ん〜?」じゃありません。まったく! 「ん、ん〜?」でもありません! なんでこんな人を艦長は……わ!!!?』

突然ハーリーの悲鳴があがる。

『っわ!!! わ!!! わ〜っ!!!』

「あ」

ルリはハーリーに、カイトの『抱きつきグセ』を教えるのを忘れていた。おそらく、この扉の向こうでは……ルリは考えたくない。

『カ、カザマ大尉!!! 何をするんですか〜!!! ぎゃああああ!!!』

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十数分後、扉の向こうから、髪と息を乱したハーリーと、寝ぼけ顔に紅葉を貼り付けたカイトが顔をのぞかせた。

「……ご苦労様」

それが、彼女が彼に言える、せめてもの……だった。





 その頃、

「ミスター。あなた何かご存知なのでは?」

「いえいえ、私は何も」
レクリエーション室の片隅で、ゴートとプロスペクターが碁を打っている。だが、ふたりの意識は勝負とは違う方向に向いているようだ。
先程響き渡った、ハーリーの貞操の危機に瀕した乙女のような悲鳴も、ふたりの注意を引くにはいたっていない。
「あの機体、あのパイロット……」
「ゴートさん。手元が留守のようですな」
プロスペクターがごそっと石を持っていく。
「差し上げますよ。そのかわり、教えてください」
「なんでしょう?」
「会長の思惑」
「いやいや、あの方の腹の内など、私ごときに……教えてくれるはずがありません」
「聞かされてはいない、と?」
「はい」
「いないがしかし、想像はつく、そう聞こえましたが?」
プロスペクターはしきりに眼鏡をいじっている。だが、やがておもむろに顔を上げると、
「問題は、ですな。ゴートさん」
「はい」
「『我々』はどうするか、ですよ。どうします? あなたご自身は」
「……どういうことです」
「彼らは軍人である前にナデシコのクルーです。私たちはどうでしょう? ネルガル社員である前にナデシコの一員だといえますかな?」
眼鏡の下で、プロスペクターの目がするどく光る。普段見せることのない、冷徹な輝き。
「……」
ゴートですら、背中に冷たいものを覚える。
「いや失礼。では勝負に戻りましょうかな?」
ふたたび目を碁盤に戻したプロスペクターは、ゴートに次の手を促した。そして、
「いや、もう『黄昏』時ですかな?」
誰に言うともなしに呟いた。
 そして次の瞬間、その言葉に応えるかのような衝撃がナデシコを襲った。


ナデシコを囲むように次々とジャンプアウトしていく機動兵器の群れ。その姿は前回、カイトと死闘を繰り広げたあの機体と同じものだ。
「完全に包囲されました!! その数……100機を越えています!!」
「あれらが、前回のものと同じものだとすると……絶望的ですね……」
『ナデシコC! 聞こえるか!』
ブリッジに男の声が聞こえる。
「外部より入電! こちらの回線に強制介入しています」
「発信源は!?」
「わかりません! 妨害されています」
だがこういう場合、ナデシコに対しそれだけのことができる、ということが敵を知るヒントになる。
「ネルガルさん、ですか?」
ルリの問いかけ。
コミュニケが開く。
『ふ、確かに今の俺はネルガルの犬』
そこには白い制服に長髪の男、月臣源一郎の姿が。
『月臣中佐! 何故あなたが!』
格納庫内にいたサブロウタが割り込む。月臣からの通信は艦内中に中継されているようだ。
『俺ではない。飼主様の陰謀さ』
月臣はすっと身体を横にずらす。
 ルリたちの目にどこかのオフィスのような部屋と立派なデスクが飛び込んでくる。
デスクの傍らにはエリナ・キンジョウ・ウォンが、そしてデスクのチェアには、
『やあ、みんな。ご機嫌如何かな?』
「アカツキさん!!」
『そういうこと』
『何故ですアカツキさん! 何故こんなことを!?』
『てめえ!! 一体どういうつもりだ!!?
カイトとリョーコのコミュニケも開く。ふたりとも根が純真なだけに、こういうシチュエーションはにわかには信じられない。
ただひとりウリバタケの姿は見えない。何処にいるのか。
『ルリ君は想像がつくんじゃないかな?』
「……理由はわかりません。でも、ナデシコCの出航をゴリ押ししたのは、こうして生け捕りやすくするため……」
『正解、さすがだね。軍のドッグにいられてたんでは何かとやりにくくてね。まあ、定期点検だとか言ってかっさらってしまってもいいんだが……』
「それだと、ネルガルのシワザだと教えるようなもの」
『そ、まあ付け加えるなら、ついでにルリ君たちの身柄もおさえたいなっと』
アカツキの視線はルリ、そしてカイトへと向かう。
「何が目的なんですか?」
『世界征服』
「……」
『といったらどうする』
「呆れます」
『フフフ、相変わらず厳しいね。ではおとなしく投降してくれないかな?』
「それはできません」
『困ったな』
「お互い様です」
『はっはっは、やっぱキツイねぇ。だが考えても見たまえ。これだけの数の敵。どうやってさばくんだい?』
「……」
『ついでだ、種明かししておこうか。君たちの回りにいる機体はウチの超最新型、アルストロメリア改、通称『ケルビム』。さらに問題はそのパイロット、彼らの正体は時空を翔ける翼を持った『天使』。いわば『超A級ジャンパー』とでも言った存在でね』
「……超…A級?」
『そう、火星の後継者たちに拉致されていたジャンパーのなれの果てさ』
『会長。そういう言い方は……』
エリナが横から口を挟む。
『誤解しないで頂戴。あくまで治療もしくは延命のための措置を行ったのよ。その結果、更なるボソンジャンプ能力を彼らは身につけたの』
『ふふふ、個人の『人格』と引き換えにね』
『……』
『そういうわけさ、ルリ君。ここで僕が指ひとつ鳴らせば、『彼ら』は一斉にナデシコに襲い掛かる。『彼ら』の実力はこの前見ただろ? あんなのが107人もいるんだぜ? いくら君たちでも勝ち目がないだろ? 頼むよ。僕も君たちを傷つけるのは本意じゃあないんだよ』
「そういう風には聞こえません」
ルリは懸命に打開策を考えていた。だがそれはアカツキの罠に完全にかかってしまったことを再認識させただけだった。
 今回イネスを乗船させなかったのもボソンジャンプをさせないためだろう。いや、カイトがいる。だが、仮にボソンジャンプで逃げたとしても果たして逃げ切れるのか。
「まあまあ、会長」
いつの間にか、ルリの背後にプロスペクターがいる。その横にはゴートの姿も。
「ルリさんにも艦長としての面目があります」
『しかしだねぇ』
「こういった交渉ごとは私にお任せ願えませんかな? そもそもそれが本来の予定のはず」
『フム……』
「ご安心ください。きっちり耳をそろえて、ナデシコCを引き渡させて見せますよ」
『まっ、いいか。ただし1時間だけだよ。やれるのは』
「いやいや、30分もあれば結構」
『ふっ、期待させてもらおう。』
通信が切れる。
それにあわせて『天使』たちもナデシコから離れ、前方に終結していく。ナデシコなどいつでも沈められるという余裕だろう。
「さて」
プロスペクターは軽く辺りを見回すようにすると、
「カイトさん」
『……』
「ちょっとブリッジまでご足労願えませんかな?」
『プロスさん。……あなたはどちらの味方なんですか?』
「困りましたな。そのようなことを話している時間はないのですよ」
『……質問に答えてください』
「答えたら来ていただけますかな?」
『返答の内容によります』
「では……」
プロスペクターは懐から銃を取り出すとルリに向けた。
「!!」
「ミスター! 何を!?」
「これで来ていただけますな? カイトさん」
『く!!』
「艦長!」
ハーリーがルリに駆け寄ろうとするが、ゴートに静止される。
「ぐ!」
「(今は無理だ。チャンスを待て)」
「え?」
「ご苦労様。おっとゴートさん、一応あなたにも動かないでいてもらいましょうか」
「む……」
一瞬のゴートとのやりとり。その隙を突いて、カイトは『跳』んだ。
「この!」
プロスペクターの背後にジャンプアウト。後頭部に手刀を叩き込む。
 だが、それはすんでのところでかわされる。
「不意打ちの時の掛け声は感心しませんな。相手にタイミングを知らせることになる。まあ、なにはともあれ、ようこそカイトさん」
「く……。何が要求です」
「そうですな……」
そういうと、プロスペクターはルリに突きつけていた銃を懐に戻した。
「すみませんなルリさん。不快な思いをさせてしまって」
「いえ、わかっていましたから。プロスさんはそんな人じゃないって」
「お見通しですか。ではカイトさん。あなたはルリさんを連れて逃げてください」
「「「!!!」」」
今度はルリも驚く番だった。
「何故です!?」
「会長が一番欲しがっているのは、『電子の妖精』と『S級ジャンパー』のおふたりです。だったらみすみす渡す手はないでしょう」
「でも!!」
「本来なら、ナデシコクルー全員をお助けたいところですが……そこまでの工作はできませんでした。申し訳ない」
サブロウタとリョーコもいまさらのようにブリッジやってくる。無論銃器で武装してだが、事態の変わり様にまだついて行けていない。
「皆さんを置いて逃げるだなんて、そんなことできません!」
「うーむ。恩に着せる気はありませんが、ここまでの私の苦労をくんではいただけませんか?」
下手に大きな工作を行えば、アカツキに察知されナデシコ乗船という役割を剥奪される。細心の注意を払いながら最小の工作で最大の効果を、プロスペクターの心労はいかばかりか。
が、
「別に頼んでません」
「(…うわぁ)」×5
ミもフタもないルリの返答。
「ルリさん……」
「私はナデシコCの艦長です」
「ではどうあっても?」
「はい」
「これほど頭を下げても?」
「はい」
「仕方ありませんな」
プロスペクターは、今度は銃とは逆の懐から、霧吹きのようなもの取り出すと、右手で自分の口と鼻を押さえながら、ルリに吹きかけた。
「ぅぅ…」
倒れこむルリを手早く受け止める。
「プロスさん!」
「ミスター!」
「ご心配なく。ただの催眠ガスです。害はありませんよ」
カイトはルリの顔を覗き込んでみる。確かに呼吸は正常なようだ。
「さあ、ルリさんを!」
「しかし!」
「勝てるのですかな? あなたおひとりで、あの『天使』とうい名の化け物どもに」
「う……」
「まして……いや、はっきり申し上げて、ルリさんひとり守ることとてできないのではありませんかな?」
「……プロスさん」
「ご無礼はお詫びいたします。ですが、ほかに方法がないということはご理解いただけましたかな?」
「……しかし、そんなことをすればあなたが」
プロスペクターは胸を突かれる思いだった。この期におよんでカイトは自分の身を案じてくれていたのだ。
「……なあに、私の任務はナデシコCの拿捕。どこにもカイトさんやルリさん付でという条件はありません」
それで片付く話ではない。それはカイトとてわかっているが、
「時間は我々が稼ぎます。……っと、それでよろしいですか、皆さん?」
プロスペクターは周りを見渡した。説得のためとはいえ、他のクルーの意見を蚊帳の外に置いてしまっていたことに気づいたのだ。
「直前まで騙されてたのは納得いかないっスけど……」
「ま、しゃあねえか!」
「およばずながら協力しよう」
三者三様に納得するサブロウタ・リョーコ・ゴート。
「……」
ひとり無回答のハーリー。
「おい、なに黙って……」
リョーコが詰め寄ろうとするがそれを遮って、
「ハーリー、お前も艦長達と一緒に行ってもいいんだぜ?」
サブロウタが優しく言う。ハーリーのルリへの気持ちは、誰よりも知っている。
「いえ、僕も残ります」
「いいのか?」
思わずハーリーの顔をのぞきこむサブロウタ。ハーリーの顔は澄んでいる。自棄で言っている訳ではない様だ。
「カザマ大尉!」
「あ、はい」
「艦長をお願いします」
「うん……了解」
「でも勘違いしないで下さい。僕は絶っっ対に諦めたわけじゃないですからね!!」
それでも、彼はカイトだった。
「うん、この困難な状況を諦めずに突破できることを祈ってるよ」
「……そう言うと思いましたよ」
いじけるハーリー。爆笑に包まれるブリッジ。
 そんな中、ひとりプロスペクターはコミュニケを開くと、
「ウリバタケさん、準備はできましたかな?」
『おう、注文どおり、シャトルにカイトのエステを括り付けておいたぜ』
「予備の弾薬とバッテリーは?」
『つめるだけつんだ。抜かりはねーよ。……っかし、あんたも人が悪いね。こういうことだったのか』
「すみません。生まれでして」
 苦笑してみせるプロスペクター。ナデシコの一員である誇り、それは他の誰にも負けていない。彼のほんのささやかな自負だった。


「残り時間は?」
「あと10分少々です」
「ふむ」
「会長……」
「ん? なんだい?」
「何を……お考えですか……?」
「……さてね」


「残り時間5分になった時点でこちらから攻撃を仕掛ける。作戦目的は時間稼ぎとこちらの意地だ。無理はするな。」
ゴートが淡々と指示を出す。
「カイトはナデシコの攻撃開始とともにボソンジャンプ。シャトルで艦長を連れて逃げろ」
攻撃開始まで後3分。艦内の空気が張り詰めていく。


カチャ、
カイトはシャトルのコクピットで、小さなバックパックを弄っていた。
──『これを持ってお行きなさい』
──『これは?』
──『色々役に立つものが入っています』
「(みんな……)」
そっと傍らのシートを見る。シートにベルトで固定されたルリが、小さな寝息を立てている。
「(目を覚まさしたら、また怒られるかな?)」
カイトは笑おうと努力した。だが、その無意味さに気づき、また黙り込んだ。目の前にあるのは、ただ、絶望と使命とバックパックだけなのだ。


「残り2分」


「1分」


「30秒前。カイト、ボソンジャンプは!?」
「いつでも行けます」


「攻撃開始5秒前!」
「4!」
「3!」
「2!」
「1!」
「0! グラビティブラスト発射! 同時にタカスギ機、スバル機発進。カイト! ボソンジャンプ!」
重力波の閃光が宇宙を走る。さらにレールカノンを構えた二機のエステバリスが飛び立つ。


「すみません! 皆さん!!!」
カイトの絶叫。閃光と共に消えるシャトル。


「カザマ大尉、跳躍成功のようです」
「よし、敵被害は!?」
「敵被害……ゼロ!? そんな……グラビティブラスト完全に回避されました」
「なんだと!?」
「ボース粒子反応……多数!! 補足し切れません!!!」
「ぐう!!」
ナデシコCを取り囲むようにジャンプアウトするアルストロメリア改。一斉攻撃。ナデシコ全体が衝撃に揺れる。


「この! やめろってんだ!!」
サブロウタのスーパーエステバリスが割って入る。あたかも蒼い流星のごとく射撃体勢に入りレールカノンを連射。だが当たらない。
「こ、この!!」
ロックオンしている。だが、必中の一撃はことごとくボソンジャンプによってかわされていく。
「ううう……」
さすがのサブロウタも恐怖に慄く。レールカノンをでたらめに乱射する。
ようやく一機の敵をレールカノンが捉える。だが、次に瞬間、
「ぐおお!!」
死角からのアルストロメリア改の攻撃。エステバリスの右足の膝から下がなくなった。
無重力戦において、人型兵器の四肢は飾りではない。機体安定のため常に数センチ単位で動き、全体のバランスを整えている。
当然、そのひとつを失ったタカスギ機はバランスを大きく崩す。通常なら数秒で機動プログラムが変更され、オートで機体の安定が取り戻されるのだが、この強力すぎる敵の前ではその数秒が死秒となり得る。
「ごあ!!」
今度は右腕がレールカノンごと切り落とされる。
「サブ!!」
リョーコが援護に向かおうとする。
だがその時、背後から、
『君の相手は俺だ』
「!!!」
リョーコの全身を何かが走った。体中の神経がささくれ立つ。この声の主を忘れるはずはない、この声は、
「アキト!!」
果たしてそこには呪いの名を冠する黒い機体が。
「てめえ一体どうい……」
リョーコは最後までつづける事ができなかった。至近距離からハンドカノンの連射を喰らったのだ。アサルトピットを射出しながら砕けていくエステバリス。
「……ア…キ…ト……」
「………」
バイザーの下、アキトは冷めきった瞳でその様を眺めていた。
向こうでは、両手両足を失った青いスーパーエステバリスが、首やコクピットに無数のクローを突きつけられている。
「……へへへ…どうやらこいつら、殺さずに置いてくれるようだぜ……」
ナデシコに通信を送るサブロウタ。もう打つ手がない。


「ここまでのようですな……」
プロスペクターがぽつりと言う。
「……止むを得ん。マキビ少尉、降伏を打電」
「……了解…しました」
すでにナデシコ自身も壊滅的な被害を受けている。撃沈しないで済んだのは、ひとえに敵が本気でなかったからだ。
「あのふたり、逃げ切れましたかな?」
「信じるしかありません。さもなければ、我々の命が無駄になる」
二度もネルガルを裏切ったプロスペクターとゴート。彼らの処分は苛烈なものとなるだろう。だが、ルリとカイトが無事でいてくれるなら、自分たちへの慰めくらいにはなる。


「ブラックサレナから通信。ナデシコC、降伏するようです」
エリナが事務的に報告する。
「ああ、そ」
アカツキもそっけなく応じる。当たり前だ、すべては当然の結果なのだから。
「しかしあっけないものですね。あの最強といわれたナデシコCが」
「ふふふ」
「それだけ、我々の『天使』が強力ということでしょう」
もうひとりの側近、月臣が無感動に言った。
「いや、それは違うよ月臣君」
「は?」
アカツキは不敵に微笑むと、
「彼らが本気じゃないからさ」
瞳に決意の光を宿らせる。その光が照らし出すものは一体何か。



つづく



あとがき(短)
といわけでアカツキ+アキトが悪役街道暴進中の第二話。ふたりのファンの方々すみません、次からもっとすごいです(汗)。


次回予告
ルリ「ナデシコ、それは私の家。ナデシコのみんな、それは私の家族。アキトさん、それは私の大切な人。カイトさん、それは私の、私の……。どれかひとつしか選べないなら、それが他のすべてを犠牲にするものなら、私は何を選ぶのでしょう。その問いを突きつけるように、カイトさんと私の前に現れた『あの人』。それはとても悲しく……そして残酷な再会でした。次回、機動戦艦ナデシコ『The knight of chrome』 第三話「黒衣の『白雪姫』」 ──それは白雪姫の復讐」



「帰ってきた」思い付きの用語解説
・超A級ジャンパー
もともとは火星の後継者によって拉致され、実験体やナビゲーターにされていた人達。乱の鎮圧後、あるものは自分の意志で、またあるものは強制的に、ネルガル傘下の研究所に。そこで『再調整』(ネルガル側は治療行為と主張)を受けた結果、更なるボソンジャンプ能力を得た。『再調整』の副作用として、個人の意思、人格はほとんどの者が失ってしまっている。当然、個体ごとの能力差は大きく、現在はリミッターによって一定レベルに調整されているが、それでもそのジャンプ能力はA級ジャンパーをはるかに凌ぐ。(ごく一部にS級と同等の力を発揮できるものもいるが、その力を使用した場合肉体が能力についていくことができず崩壊してしまう) 
時空を翔ける翼を持つもの、として『天使』、『エンジェルズ』のコードネームで呼ばれる。
2.『S』をカイト用に使ってしまったための苦肉のネーミング(涙)。


・アルストロメリア改“ケルビム”
1.アルストロメリアの改造機。アルストロメリア自体が現在時点の最新技術の結晶であるため、爆発的な性能アップは果たされていないが、『エンジェルズ』専用機として様々の仕様変更が施されている。
  最大の変更点は、ボソンジャンプ能力の強化、また、ボソンジャンプによる接近→インファイトを基本的戦法とするため、クローの大型化・装甲の強化等、接近戦にウエイトを置いた調整がなされている。
  外観的特徴は背中の翼状の大型重力波ユニット。
ちなみに第一話で着けていた外部装甲は擬装用のもの。
2.『天使』の乗機とのことから『ケルビム』の通称で呼ばれる。



今だから思うけどのコーナー

・別にジャンパーだからってパイロットとは限らないのでは?
・カイト君って、シャトルの免許もってたっけ?
・天使×107+1+アキト=109では?
・こんなコーナーやめればもっと早く投稿できるのでは?


また次回ィィィ!!!







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