The knight of chrome #01


『12/3 8:30A.M.』
「ふう」
ホシノ・ルリはコミュニケの時計を見ながら、階段を駆け上がっていた。体の上下に合わせて制服のマントがパタパタとはためく。
急ぎ足。そんな表現がぴったり当てはまる。
「このままじゃ遅れてしまいますね」
几帳面な彼女が遅刻しそうなのか。
もちろん違う。遅れているのは相手の方だ。
コンコン。
とあるドアの前で立ち止まりノックをする。表札には『325 ミカズチ・カザマ』の文字。
「……」
応答はない。
「カイトさん」
部屋の主のもうひとつの名を呼んでみる。
もちろん返事はない。
「はあ……」
軽いため息をつく。まあいつものことだ。
開閉キーに触れると何の問題もなく扉が開いた。ロックがされていない。軍専用の宿舎とはいえ無用心なことだ。
「カイトさん」
明らかに特注と思われる畳敷きの部屋。申し訳程度の家具類。部屋の一角を占めるゲキ・ガンガーと特撮怪獣グッズの数々。ナデシコクルー達との写真。インテリア代わりのつもりかもしれないが、結婚式の引き出物の写真皿をテーブルの上に飾るのはどうか。もちろん皿の中から笑いかけているのはユリカとアキトだ。
「カイトさん」
部屋の中には尋ね人の姿はない。だが、ルリは不審に思うことなく部屋の押入れに向かう。
「カイトさん!」
気持ち声を大きくしてふすまを開ける。果たして、押入れの中には熟睡モードのカイトの姿が。
「カイトさん。起きてください」
「ん〜?」
「『ん〜?』じゃありません。今日は司令部に出頭の日ですよ」
「ん、ん〜?」
「『ん、ん〜?』でもありません。起・き・て・く・だ・さ・い」
活動を始める気配はない。
「まったく、しょうがないですね」
口調とは裏腹に、ルリの顔は少し笑っている。手のかかる弟の世話でも焼いている気分なのか。
 カイトを本格的に起こしにかかるため、覆い被さるような体勢になる。と、ちょうどその時、
「きゃっ」
寝ぼけたカイトがルリに抱きついてきた。傍目にはルリが押入れの中に引っ張り込まれる形になる。
「ちょ、ちょっと、カイトさん!」
当然、このふたりはまだ『そういう』関係ではない。ルリは顔を真っ赤にしながら、逃れようと身をよじる。
「ン……ルリちゃん……」
カイトの声が耳元で響く。はっと顔をあげると、まだ、夢見心地のカイトの顔が目の前にある。
「カイトさん……」
夢の中でも自分を抱きしめているのかもしれない。だとすると、思わぬところで愛の告白を受けてしまったことになる。
「こ、困りました、どうしましょ……」
が、眠っていてもカイトはやはりカイトだった。
「ルリちゃん……この抱き枕……骨ばってて痛いから……別の取って……」
「(………ブチッ)」





機動戦艦ナデシコ

『The knight of chrome』





第一話 『翼』は燃えているか


連合宇宙軍基地。統合軍にお株を奪われ、落ち目の評価にも負けず、今日も頑張る兵隊さんたち。
彼らの喧騒や砂埃の中、およそこの場に不似合いな人物たちが自転車にふたり乗りして行く。
「……」
無言でカイトの肩につかまるルリ。照れか怒りか頬が赤い。
「……なに怒ってるの?」
ペダルを漕ぎながら恐る恐るたずねるカイト。こちらもルリとは違う理由で左頬が赤い、というか腫れている。ようするに思い切りつねられた跡だ。
「別に怒ってません」
「寝坊なら謝るよ。ごめんなさい」
「怒ってません」
「押入れで寝てるとどうも朝がわからなくて……」
そよ風、カイトの少々伸び過ぎの髪とルリのツインテールがなびく。
「怒っていません!」
「いや、狭いところに収まってるとなんかこう落ち着いて、アキトさんの部屋での居候生活の名残だろうけど……いや、これがいわゆる母体回帰願望かも……」
遺跡の股から生まれた男が何を言うか。
「怒ってない!!」
「は、はい」
思わぬルリの大声でハンドルを放しそうになるカイト。この状態でルリを地面にダイブさせたら命に関わる。もちろんカイトの、だ。
「それより急いでください。本格的に遅刻ですよ」
「了解」
ペースを上げるカイト。この夫婦漫才コンビが連合宇宙軍の要だなどと誰が信じようか。


 司令部のロビーではタカスギ・サブロウタが既に二人を待っていた。軟派なようで、こういうところは非常に律儀な男だ。
「はよッス」
やや崩れた挨拶が親しみを感じさせる。
「「おはようございます」」
こちらはきっちり返礼するルリとカイト。
ふと、気がつくとサブロウタがこちらを不思議そうに見ている。
「どうしたんだよ、それ?」
「あ……いや」
左頬を押さえるカイト、
「その、襲われたというか、襲ったというか……」
しどろもどろ。
ニヤリ、カイトに顔を寄せ、思わせぶりに表情をうかがうサブロウタ。
「ふーん、襲った相手はツインテールだったりするのか?」
そして、ルリとカイトの顔を交互に眺める。
「(ジロッ)」
が、ルリの視線。固まるふたり。
「あ、いや、サブロウタさんが言ってるのはツインテールですよ、ツインテール。知りません? 『古代怪獣ツインテール』」
「そ、そうそう『地底怪獣グドン』が天敵の。ああ、エビ喰いてーなー」
肩を組んで、意味不明な言い訳をする宇宙軍大尉約2名。
「それで?」


「ああ、ご苦労」
司令室。出頭してきた3人を宇宙軍総司令ミスマル・コウイチロウが迎える。
「ん? カイト君その頬っぺた、どうしたね?」
かつての居候への親しみからか、コウイチロウは敢えて彼を『カイト』と呼んでくれる。
「いえ……その……、やっぱ『宇宙大怪獣ベムスター』かなと」
「ん??」
カイトの頬の腫れが右側にも転移していることは言うまでもない。
「いいですから総司令。さっさとご命令を!」
「ん、んん。わかった」
ルリの剣幕に、身の危険を感じ取ったコウイチロウは、この場を事務的に終わらせることを選んだ。
「君達にはナデシコCで、宇宙に出てもらう」
「宇宙へ? またモメゴトですか?」
前回、前々回とナデシコの任務といえばもっぱら火消し役。ルリがそう考えるのも無理はない。
「いや、ナデシコとエステバリスの運用テストだ」
「それにしたってナデシコCとは……よく使用許可が降りましたね」
「ネルガルからの強い要望でね。統合軍も連合も押し切られた形だ」
「……前回あんだけ渋っておいて」
サブロウタが履き捨てるように言う。
「システム掌握は封印という条件でだがね」
「……ど〜りで」
「まあまあ、ナデシコCは完成後も火星の後継者との一件以後、格納庫でホコリをかぶってる状況だったからね。こういう時でもなければデータ収集もままならん。この際、のっかってみてはくれんかね?」
「ご命令とあらば従いますが……」
ルリが具体的なテスト内容を尋ねようとすると、
「それは、彼らから話してもらう」
「アッハッハッ、お任せください!」
聞き覚えのある声。
「「「え?」」」
ルリとサブロウタは反射的に水槽のほうへ目を遣る。だが、誰もいない。
「あっちですよ」
 カイトがコウイチロウの右手にある植え込みを指差す。
「茂みっの中から、こんにちは〜」
 果たして、植え込みからプロスペクターは踊りながら、ゴート・ホーリは直立不動で登場。
「プロスさん。前にもこんなシーンが……」
「いやいや、火星以来ですな皆さん」
「早速だが、本題に入らせてもらう」
挨拶もそこそこにゴートがテスト内容の説明を始める。登場方法に関して、個人的に突っ込まれたくないのだろう。


「要するにナデシコCのより実戦に近い運用データが欲しい、ということですか」
「なかでも」
と、ゴートはつづける。
「S級ジャ……カザマ大尉の戦闘記録が欲しいようだ」
「また、何か企んでるんじゃないですか? 落ち目の会長さん」
ルリの冷静な突っ込み。
「いやいや」
曖昧にかわすプロスペクター。
ひとり黙っていたカイト、ぼんやりと自分が呼ばれた理由を納得していた。宇宙軍大尉にして、ナデシコ艦内ナンバー3とはいっても所詮はパイロット。命令系統でいけば最末端にあたる。通常こういう場合であれば副長補佐のハーリーが呼ばれるはずだ。
 要するに事前にカイトの承認を取っておこうということなのだろう。そして、それを裏づける様に、
「よろしいですかな? カイトさん」
プロスペクターから声が掛かった。総司令からの直々の命令なのだ、良いも悪いもない。
「ええ、協力させていただきます」
見た目によらず非常に切れる人物。だが、その人柄は信頼に値する。それが、カイトのプロスペクターに対する人物評だ。それゆえ、こういう返事ができる。
だがその一方、カイトは心の何処かで『引っ掛かり』も感じていた。
「(……なんだろう? この感覚)」

そして、それははからずも的中することになる。




「さあ、出番だよ。『天使』君」
『リ……了…解』




 静寂の宇宙。それを切り裂くように飛ぶ3機のエステバリス。
「中尉、そっちだ!」
「なに! どこだ!?」
赤・青・白と色鮮やかに塗り分けられた3機。彼らが宇宙軍の3大エース『トリコロール』と呼ばれる所以である。
「そこ!」
白のスーパーエステバリスがラピッドライフルを斉射。その火線に吸い込まれるように赤のエステバリスカスタムが被弾。
「後ろ、もらった!」
だが、すぐに背後に青のスーパーエステバリスが取り付く。ロックオン。が、既にそこには白のスーパーエステバリスの機影はない。
「な! 何処だ!?」
サブロウタの問いに答えるように頭上からの攻撃。
「く!」
咄嗟に機体を右に流す、がその瞬間。
『YOU LOOSE』
ウィンドウが開く。移動先にはさらに白のエステバリスが待ち構えていた。
先程の射撃と同時に移動していなければこうはいかない。サブロウタの動きをあらかじめ予測していた証だ。
「ちっ、やってらんねーぜ」
リョーコにいたっては先程の一斉射で撃破扱いとなっている。
ボソンジャンプは使用禁止、さらにリョーコ+サブロウタVSカイトという二対一の変則マッチをものともしない、カイトの一方的な勝利だ。
「いやー、たまたま読みがあたっただけですよ」
カイトの言葉にウソはない。リョーコもサブロウタも掛け値なしに宇宙軍のトップエースのひとりだ。その操縦に無駄はほとんどないといって良い。
だが、カイトのレベルまでいくとそれゆえ動きが読みやすくなる。逆にふたりがもうワンランク下のレベルであったら、カイトの予測もこれほどの冴えを見せることはないだろう。
「っかしよー。まるで4、5機の敵と戦ってるみたいだったぜ。いや、7機はいたな〜」
当然これらの戦闘は実際のものではない。銃器は模擬戦用の物を使う。それをオモイカネとリンクした各エステバリスのモニターがあたかも実弾であるのようにパイロットに見せるている。
欠点としては格闘戦、いわゆる『どつき合い』が再現できないことだが、こと射撃戦に関しては被弾の際の衝撃・機動性の低下まで再現できる。
 カイトは軽く苦笑しながら、機体の状況を手早くチェックを始める。純白のスーパーエステバリスの左肩では出航前に描かれたばかりのカイトのエンブレムマーク『稲妻とユニコーン』が誇らしげに輝いている。
『さて、ウォーミングアップも終わったところで、いよいよ本番、よろしいですかな?』
三人の回線に割り込むようにプロスペクターのウィンドウが開く。
「はい、大丈夫です」
息ひとつ切らせていないカイト。
「ちぇ、俺たちゃ前座かよ」
リョーコがすねるように言う。
だが内心、次のカードの勝敗には非常に興味がある。


「ルリさんもよろしいですかな?」
プロスペクターはメガネの奥の目を細めながらルリを見た。
「いつでもどうぞ」
ナデシコCはすでにワンマンオペレーションモードに移行済みだ。
「ハーリー君?」

「はい、こちらも同じく!」
ハーリーのシートも同様に前方にせり出している。
「(S級ジャンパーと電子の妖精の勝負か……)」
ゴートは勝敗を予想してみた。
単にスーパーエステバリス一機とナデシコCの勝負なら予想するまでもない。だが、スーパーエステバリスを駆っているのは文句なしに宇宙軍のエースにして、地球圏ただひとりのS級ジャンパーだ。
対するナデシコCも地球最強の戦艦、それを電子の妖精とその右腕、そしてオモイカネが操っている。くわえて、この勝負においてはシステム掌握の使用が許可されている。もちろん、これはシミュレーション上でのみ起動するダミーシステムで、この場合、カイト機にのみ本物と同様の効果を発揮することができるものだが。
「(やはりホシノ・ルリが有利か。だが戦術しだいでは……)」
その戦術がどういったものかはゴート自身にもわからない。
「(だが、あの男ならあるいは)」
『ルリちゃん。手加減しないからね』
「望むところです」
ふたりのやりとりはゲームで対戦するかのように気安い。いや、実際そのくらいの気持ちなのだろう。
「絶っっっ対に負けません!!」
ひとり気合が入りまくるハーリー。
「では、カウント開始しますよ」
プロスペクターが秒読みを開始する。
「5」
「4」
「3」
「2」
「1」
「ゼ…」
『!!』
突然カイト機を衝撃が襲う。
「なに!!」
「カイトさん!!」
「現状! 確認!!」
カイトですら予測できなかった突然の攻撃。ということはボソンジャンプによる接近ということだ。


「く!」
いち早くショックから立ち直るカイト。敵影を探しながらも損傷を確認する。
「損傷軽微。急所は外れたか。あるいは……」
6時方向に機影を見つける。
「外してくれたのか……」
白いずんぐりとした機体が見える。
「識別コード……対象なし」
どの機体にも似ていない。敢えて言うならブラックサレナか。
「ハーリー君機種を確認!」
『了解! 該当データ……ありません!』
『カイトさん! 攻撃きます!!』
「ちい!」
いったん距離を取るカイト。手持ちの武器は全て模擬戦用、現状での戦いは不利。だが、その距離を一瞬でつめる敵機動兵器。
「は、早い!」
かろうじてかわす。カイトの反応速度についていけず、エステバリスの関節が悲鳴をあげる。


「敵機動兵器、スピード・出力ともスーパーエステバリスを大きく上回っています!!」
ハーリーの悲鳴のような報告。
「サブロウタさん。リョーコさん。今のうちにナデシコに帰還。武器の換装を!」
『しかし艦長!』
『カイトはどうすんだよ!』
「カイトさんなら……大丈夫」
 ナデシコCの武器はグラビティブラスト一門しかない。システム掌握が封印中の今、巴戦に入ってしまったカイトを援護する方法はない。
いまルリの胸にあるのはカイトへの深い信頼。だが、それはカイトへの依存心へと偏りかねない危険なものであることに、ルリは気づいていない。
「ウリバタケさん! カイトさんの武器を射出用意!」
『おうよ!』
「……」
ただひとり、不気味に沈黙を守るプロスペクター。


「この人……強い!」
コクピットの中でカイトはうめいていた。機体の性能だけではない。乗っているパイロットもただ者ではなく、サブロウタやリョーコと同等か、
「……あるいはそれ以上」
本来ならその予測能力で先手を掴むカイトが、ことごとく後手に回らされている。
「せめて武器があれば……くっ!」
出力の差を生かして、敵機動兵器がカイトの頭上を取る。必殺の射撃、避けきれない。
「ちぃ!」
その瞬間、カイト機の姿が消える。
「はっ!」
そして敵機動兵器の背後にボソンアウト。
 カイトのボソンジャンプに対する嫌悪感は、以前に比べればかなり和らいでいる。だが、それは『ヒトとして生』を諦めた結果によるものだとしたら、それは多分、悲しいことなのだろう。
「ごめん!!」
そのままコクピットと思しき場所にパンチを叩き込む。できればこのまま技量を競い合いたかった。だが死ぬわけには、『彼女』を悲しませるわけにはいかないのだ。
だが、
「な!」
カイトの必殺のパンチが空を切る。
「ボソンジャンプ!?」
カイトと同様、敵もボソンジャンプで攻撃をかわしたのだ。
「馬鹿な……」
カイトのボソンアウトから攻撃に移るタイミングはほとんど同時だった。そんな一瞬でボソンジャンプを行うことなどA級ジャンパーですら不可能だ。
「何者なんだ、このパイロット……」
確かなのは依然カイトにとって圧倒的に不利な状況だということだ。
かつて感じたことのない威圧感が、カイトの身を押しつぶそうとする。
『カイトさん!!』
ルリの声と共に、ナデシコCからラピッドライフルが射出される。
「く!」
キャッチしようと手を伸ばす。が、敵機動兵器のタックルがそれを阻む。
衝撃が機体を激しく揺さぶる。絶体絶命。いや、手はある。
「(……来い!!)」
右手をラピッドライフルにかざし、レトロスペクトを集めるカイト。S級ジャンパーにしか使えない変型ボソンジャンプ『引寄せ』。一瞬の間を置いて右手に納まるラピッドライフル。
「このぉ!!」
カイトの攻撃。
ボソンジャンプでかわす敵機。
カイトのボソンジャンプ、追撃。
『……』
「!」
敵機、再度のボソンジャンプ。
カイトも2度目のボソンジャンプ。
『……』
「この!」
そのまま両者ほぼ同時に3度目を実行。
「(こいつ『六連』まで?)」
だが、そこで敵機動兵器の息が切れる。機体を覆っていた光が消滅する。
カイトのボソンジャンプ4度目。敵の背後から一撃、装甲がはじけ飛ぶ。
さらに5度目、頭上からの攻撃。両肩と頭部が吹き飛ぶ。
とどめの6度目、正面からの斉射。機体前面が爆発。
 撃破。いや、爆発の中から新たな機体が。
「新手? いや、違う!」
破壊したと思ったのは機体の増加装甲だったのだ。装甲を排除した敵機、右手のクローが迫る。
「!」
『ボソンジャンプ六連』の後はしばらくボソンジャンプは使えない。回避も間に合わない。
だが、ここで漸くの様にカイトの予測能力が働き出す。
ギン!
 巨大なクローにラピッドライフルを噛みこませることで防御。
「このぉ!」
左に受け流しつつ、がら空きになった胸部へ左のパンチを叩き込む。
それは強力なカウンターとなって敵機装甲を貫いた。


『敵機動兵器、沈黙!』
「ハア……ハア……」
カイトは荒い息の下でハーリーの報告を聞いていた。エステバリスの左拳は敵機動兵器のコクピット上部あたりを粉砕一歩手前で止めている。
 かろうじてコクピットを外す余裕があった。保障はできないが、おそらく死んではいない。
『こちらは連合宇宙軍所属機動戦艦ナデシコCです。おとなしくコクピットを開け投降して下さい』
ルリがパイロットに呼びかけているなか、カイトは敵機の機体形状を確認していた。
(アルストロメリア?)
よく似ている。頭部形状や巨大な背中のウィング、その他機体細部は異なっているが、そのシルエットは間違いなくアルストロメリアのものだ。なにより先程喰らいかけたクローはアルストロメリアの代表的な武装だ。
『……ガ…ガー』
(ん?)
敵機からと思われるノイズ。それにパイロットのものと思われる音声が混じり出す。
『……第一…任務…ガー…達成…失敗…』
それは機械の音声のように無機質な物だった。
『コレヨリ、第二…務ニ…移行……』
「む!!」
危険な予感がカイトに奔る。
「よすんだ!!」
果たして、
『第二任務…自爆……ジッコ…ウ』
一瞬の間を置き、閃光に包まれる敵機動兵器。
 敵パイロットは証拠隠滅のため、自分の肉体ごと機体を消滅させたのだ。
「な……」
敵パイロットは『任務』と言った。たったそれだけのために自らの命の火を吹き消してしまったのだ。
それは兵士としてはある意味理想の、そして人間としては間違いなく最低の行為。
「……」
呆然とたたずむカイト。敵機の残骸が機体を弄っても、その場を動くことができない。
「また、何かが起ころうとしている……。僕の知らないところで……僕に関わる何かが……」
それは根拠も何もない、だが、カイトの確信だった。



とある室内。モニター越しに一部始終を見ていた二人の男女。
部屋の中央にある数珠のようなものがついた装置、その珠のひとつが光を失っていく。
「どうやら、『天使』がひとり堕ちたようですわね」
女の方が口を開く。
「やはり、単独では敵わなかった、か。ま、さすがは『閃光の白』というところかな?」
男の口調はその内容ほどには落胆した様子はない。
「では、負けを認めると?」
「馬鹿言っちゃいけないよ、これはホンの前哨戦。本番はこれからさ」
「……やはり、おやりになるのですか?」
「当然さ、僕をいつまでも落ち目だと思ってもらっては困る。それに……」
男は立ち上がると背後のカーテンを開け放つ。
 そこには膨大な数の機動兵器が。そして、その形状は先程カイトと戦った機体と全く同じものだった。
「彼らが戦いたがっているのさ。108人の天使たちがね」



つづく


あとがき(お久しぶりですお元気でしょうか?)
ピンポンパンポーン(上り調子)。前回作者が、ホシノ・ルリに撃たれて重傷を負ったため、対談集はしばらくお休みさせていただきます。へ? じゃ誰が本編を書いたって? さあ、ゴーストライターかな? ……ゴースト……。シャレになりませんな。ピンポンパンポーン(下り調子)。



次回予告
カイト「信じていた仲間の裏切り、そして圧倒的な敵の前に、僕は運命に手を引かれ、逃げ出すことしかできなかった。でも、あとにつづくあの悪夢を見なくて済んだだけ、僕は幸運だったのかもしれない……。次回、機動戦艦ナデシコ『The knight of chrome』 第二話「『108(ワン・オー・エイト)』」 ──堕天使たちの宴が始まる」



おまけ
その一 第一話ボツタイトル 『カイト』と翼の勇者たち(爆)
その二 今回登場のカイト君のエンブレムマーク『稲妻とユニコーン』。稲妻は『ミカズチ』からの着想、て言うかそのまんま。ユニコーンは……違う漫画の違うカザマ大尉へのパロディー。



続、今だから言うけどのコーナー

前、「今だから……」がご好評(?)だった様なので、調子に乗ってもうちょっとだけ継続。
おまけその二でいってるパロディーの元ネタ、『続、今だから言いますが』某88番地の外人戦闘機部隊の主人公です。
そもそもカイト君が大尉なのもその漫画へのパロディーだったりします。でもその主人公は下の名前プラス大尉で呼ばれてたんだよなといまさら思い出してたりして。
あと『閃光の白』なんて単語が唐突に出てますが、これカイト君およびその愛機の二つ名です。
『白』で『ミカズチ』だから『白い稲妻』。おいおいそりゃあないぜジョニー。やっぱりそうかシン。てなわけであとは適当に弄ってたらこうなりました。
ベタベタとダサダサの中間を割りとうまく突けたような気がして自分ではわりと気に入ってるんですが、反響は……特にありません(寂)。





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