04

─お姫様は悪い妖精によって死の呪いをかけられてしまいました。

─良い妖精がその呪いを和らげてくれたのですが、15才になったある日、お姫様は紡錘(つむ)に刺されて100年の眠りについてしまうのです。



「三番艦、応答ありません!!」

「グリム小隊、全機活動停止!!」

『隊長!! わが艦は現在……ぐお!!!』

「何が起こっているのだ!!?」

「わかりません!! 原因不明の爆発が各艦で!!」

「七番艦より入電、『ワガ艦ハ艦長以下コトゴトク……』だめです! 通信途絶!!!」



─お姫様が眠りにつくと間もなく、お城はうっそうとした森におおわれてしまいました。

─やがて、噂を聞いた数多の騎士・勇者・そして王子様たちは、眠り姫を一目見ようとその森に入っていきました。



『ペロー中隊、我が機を残しことごとく……わああああ!!!』

「通信切れました!!」

「馬鹿な!! 味方の反応は……」

「あれは要塞か!? たかがプラントごときに!!」

「閣下!! 我が方は既に戦力の40%を…」

「ありえん!!!」

「撤退命令を!!!」

「こんなことはありえんのだ!! ぬ!? ぬおおおおお!!!!」

「閣下!? 閣下!! う、うわあああ!!!」



─ですが森の呪い阻まれ、だれひとりお姫様のもとへ辿り着くことはできなかったのです。




機動戦艦ナデシコ
「眠れる森の美女」





第四話 『既知』との遭遇(後編)



『……以上が4時間前の統合軍派遣艦隊の戦闘記録だ』

ウィンドウ内には、連合宇宙軍少将秋山源八郎の張り詰めた表情が映し出されている。

ここはナデシコBブリッジ。ルリを始めとするクルーが秋山の指令を受けている。

「圧倒的、ですね」

ルリが至極当たり前の感想をもらす。だが、それは皆も同意見だった。

『うむ、ポイントX−18999に浮かぶプラント中枢部を発見したのが9時間前。周辺の部隊を編成、ポイントに急行させたのが4時間半ほど前』

「へー、大した早さだ」

『立て続けに艦を沈められたんだ。統合軍としてもメンツがかかっているんだろう』

「それが、まんまと……いえ、失礼しました」

口をつぐむハーリー。木連出身の秋山やサブロウタには統合軍にも友人が多い。彼らが今回の作戦に参加していないとは限らない。

『うむ、今回の司令だった男とは酒を酌み交わしたこともある。決して無能な奴では無かったが……』

「たったの数十分でほぼ全滅、ですね」

ルリが後を取る。

 こういう時に妙にクールだからカイトとのことをからかわれるんだよな、とサブロウタは思った、が、もちろん黙っていた。

『うむ、君たちから報告のあった例のボソンジャンプによる超ピンポイント爆撃、『ボソンボム』が使われたとみて間違いないだろう』

「へ、そんな名前の攻撃だったんすか?」

『今俺がつけた』

「………」

ただひとりうつむいているカイト、これで一連の事件の犯人がイツキであるとほぼ確定したことになる。

『とにかくこれをなんとか止めねばならんのだが……』

「ナデシコCは使えませんか?」

ルリは宇宙軍最後の切り札の名を挙げた。

「そうですよ、ナデシコCのシステム掌握があれば……」

『現在、ミスマル総司令やムネタケ参謀長が走り回ってくださっているが……正直難しいだろう。地球連合も統合軍も、ナデシコCのシステム掌握が自分たちに向くことを怖れている。しかも連中、今回は統合軍だけでカタをつけるので宇宙軍には手を出すなと言ってきた』

前の反乱を終結させた最強の船、今はそれがナデシコCの足枷となっている。

「そんな! そんなことを言ってる間にたくさんの戦死者が……」

「よせよハーリー。政治ってのはそうゆうもんさ」

「でも、サブロウタさん!!」

「それに、秋山少将のせいじゃありませんから……」

ルリがぽつりと補足した。

「あ、…申し訳ありません!」

『いいんだ。ひとえに我々の力不足の結果だ』

上司という立場にも関わらず頭を下げる秋山。本来なら厳罰ものだが、これも彼の実直な性格ゆえである。

「では、我々はどうすれば?」

『統合軍に話をつけて、なんとか作戦への同行を取り付けた。ただし、戦艦二隻のみという条件付だが』

「二隻、ですか?」

『うむ、一隻はもちろん君たちナデシコB。もう一隻も間もなくそちらに到着する。合流して待機、しかる後に統合軍と合同でプラント中枢部攻略に当たってもらいたい。詳しい作戦内容および開始時間は増援の者に伝えてある。以上だ』

「了解」

通信が切れる。

と、それと前後して、

「前方にリアトリス級戦艦の反応ひとつ!」

「多分、秋山少将の言ってた増援ですね」

「オモイカネ。艦船識別」

『識別信号………でました。第三艦隊所属 戦艦『アマリリス』です』

「アマリリス? どこかで……」

『やあ、みんな!』

「アオイさん!?」

開いたウィンドウ。そこにはアオイ・ジュンの人懐っこい笑顔があった。

 カイトにもようやく笑顔が浮かぶ。

「アオイさん……、いえ、アオイ中佐、お久しぶりです」

『やだなカイト君。他人行儀はやめてくれよ。友達じゃないですか』

「(……カザマ大尉って、ソッチ系もありなんですか?)」

「(いや、俺もよく知らねぇけど、世話になったり危ないところを助けられたりで仲良くなったらしいぜ)」

顔を寄せてヒソヒソ話のサブロウタとハーリー。ルリの咳払いで元に戻る。

 かつて、記憶喪失だったカイトがナデシコBに乗船するにあたって、いろいろ骨を折ってくれたのがジュンだった。以来、カイトはなにかとジュンの世話になっている。

 一方のジュンも戦闘において、度々カイトに命を救われている。なにより、カイトの性格に近親感を覚えている。

兄弟も同然のアキトが『ああなっている』いま、ジュンはカイトにとってもっとも親しい友人なのだ。

「では、アオイさん。詳しい作戦内容を」

『了解、ルリちゃん』

ルリもジュンも互いを階級で呼び合わない。かつてナデシコで戦ったもの同士の信頼のなせるわざだろうか。





 六時間後。統合軍、分遣艦隊旗艦内。艦隊司令ゴーダ大佐は苦りきっていた。

「何だ貴様ら!!」


自分で呼んでおいてこの態度。

「地球連合宇宙軍アオイ・ジュン中佐です」

「同じホシノ・ルリ少佐です」

「そんなことはわかっておる!!」

「なら聞かなければいいのに」

「そうですね」

しれっとしたジュンとルリ。

反対にゴーダ司令の血圧はどんどん上がっている。

「何をしに来たと言っておるのだ!!」

「ミスマル総司令から話は行っていると思いますが……」

ルリはアマテラスに行ったときのアズマ准将を思い出していた。統合軍の人は皆こうなのか。

「上の連中の政治工作など知ったことか! この作戦は我々だけで遂行してみせるわ!!」

「し、しかし」

「その発言、問題になりますよ」

迫力に押されぎみのジュン、相変わらずのルリ。

「う……ま、まあ、貴様らにもメンツがあろう。同行は許可してやる。
ただし指揮下にはいれてやらん。我々の戦闘を勝手に見物しておれ!」

ほとんど子供の仲間はずれのような発言。

だが、

「了解しました」

ルリはそう言うとジュンを残し踵を返す。

「あ、ルリちゃん」

ジュンも慌てて後を追う。



二人が出て行くとゴーダはやれやれとばかりにため息をついた。先ほどとは別人のように穏やかな顔になっている。

かたわらの副官が声をかける。

「司令、よろしいのですか? 彼らの増援は今の我々にはありがたいはず。それにナデシコと言えば、宇宙軍でも最強クラスの…」

「だからだよ、こんな戦闘で散るべきじゃない」

「は?」

ゴーダは副官に向き直る。その表情は人を諭すときのそれだ。

「敵の戦力は前の戦闘で明らかだ。本当に勝ちたいなら一個艦隊を動員する必要がある」

「はい」

「だが、司令部の馬鹿どもは体面にこだわっておる。『火星の後継者』の反乱終結から間のない時に、艦隊を動かすのは世間に聞こえが悪い、自分たちの失点になる、とな」

「…そのための我々、ですな」

「そうだ、艦隊派遣の口実づくり。分遣艦隊が敗退するほどの敵ならば仕方がない、とな」

「捨石ですか。まあ、薄々感じてはいましたが」

「そうだ、すまんな俺が不甲斐ないばかりに……」

ゴーダの顔に苦渋にゆがむ。これが彼本来の姿なのだ。

「ふふ、司令の部下でなければ、自分はとうに統合軍を辞めておりました」

「ならば、よけいに謝らなければならんではないか」

ゴーダの言葉にふたりは大声で笑い合う。

「あのふたり、いい眼をしていましたな」

「ああ、こんなところで死ぬべき奴らではない」

満足げにお互い微笑を浮かべる。ある種の決意なくしては出来ない微笑を。





ふたたびナデシコBブリッジ。

パイロットの3人がモニターを前に作戦の打ち合わせをしている。

「危険ですね。この陣形」

モニターを目に、考えるふうのカイト。そこにはプラントとそれを包囲する統合軍艦隊とが表示されている。

「そうか? 立てこもる敵には全面包囲が有効だろ?」

戦闘指揮は本来サブロウタの職分だ。

「全面包囲は敵の士気が低いとき、例えば戦力差が圧倒的なときや、それによって敵に降伏勧告をするときに有効な陣形なんですよ」

「今回の場合、戦力はよくて互角、悪ければ……」

「はい、下手に圧迫し過ぎれば窮鼠猫を噛むになりかねません。それにこの陣形の最大の欠点は機動力の低さです。例えば……」

カイトは手元の端末を操作して、包囲の輪の一部に向け外側から矢印を書き込んだ。

「このように敵の増援があった場合…」

「こっちの目はプラントに集中しているから…やべえなこいつは」

リョーコにもようやくわかってくる。

「そうです。そして救援に行こうにも、味方が邪魔になってすぐには向かえない。後はお決まりの各個撃破ですね」

「おいおいこりゃ……」

「司令の奴に教えてやるか?」

「残念ですが、我々は日和見です」

扉が開きルリが入ってくる。

「そんな! 見殺しにする気ですか?」

カイトがおもわず声を荒げる。正義感からだが、カイトが人、特にルリに食って掛かるのは珍しい。

「むしろ、それが彼らの望みのようです」

ルリはゴーダの真意を見抜いていた。それを皆に伝える。

「ではどうしますか?」

サブロウタもいつになく真剣な顔をする。

「止めたいのは山々ですが聞き入れてくれそうにありません。ただこちらの単独行動は許可してくれましたから、アオイさんとも協議した結果……」

「少しでも被害が減るようにバックアップ、ですね」

「残念ですが…それしかありません」

「たく、どうして軍人てのはこう…」

リョーコが声を絞り出すように言う。だが他に方法は無い、何とか納得しようとする。

ひとり態度のはっきりしないカイト。

見かねたルリは、

「カイトさん。それでよろしいですか?」

「ええ、決定には従います」

だが、その瞳にはある決意が見える。ルリはそれを確かめようとするが、

「プラント中枢部見えました!!」

ハーリーの報告に妨げられる。

「艦内警戒体制パターンA。エステバリス隊出撃用意!」

「了解!」

ルリはカイトの背中を横目で見送りながらシートに身を沈める。

「システム統括!!」

オモイカネとコネクトしつつ、ルリは先ほどのカイトを思い出す。

(あれは、いつも無茶をするときの目……)

ルリはこみあげる不安を抑え、任務に集中しようとした。





「プラント中枢部、照準内!」

「全艦主砲発射よーい!」

ブリッジにゴーダの声が響く。

「全艦主砲発射用意!」

オペレーターの復唱。

年々ハイテク化していく戦艦の中で、こういうところはいつまでたってもひどくアナログ的だ。

だがこういう行為には人に気合を入れさせる不思議な効果がある。

ゴーダは深く息を吸い込むと、

「てぇーーい!!!」

数十条にもおよぶ光線がプラントに吸い込まれていく。それはこの世に貫けぬものの無い、無敵の光矢。

だが、

「主砲、拡散しました! ディストーションフィールドです!!」

「これだけの数をか!!」

「想像を絶する高出力ですな……」

副官も言葉を失う。

「……!! 三番艦! おい、どうした!!」

「何事だ!?」

「通信が途絶して…。いえ、レーダの反応はあるのですが…」

「八番艦! 応答しろ!!」

別のオペレーターたちも声を張り上げ始める。

「司令、これは……。例のピンポイント爆撃にしては爆発が見えませんが…」

「うむ……」

ゴーダは一瞬考え込むが、あることに思い当たって、

「三番艦内のボース粒子を測定!」

「は、はっ!」

ブリッジに三番艦の3面図が映し出される。

「ボース粒子…少量のかたまりが艦内に無数にあります。ですが例のMK5型爆弾を飛ばしたにしては、ひとつひとつの量が少なすぎます」

「決まりだな…」

「司令…自分にはなにがなんだか……」

「おそらく対人用小型爆弾だ」

「は?」

「船はそのまま。乗員だけを攻撃している…。超々ピンポイント爆撃でな!」

「な!」

ブリッジに戦慄が走った。

そして追い討ちをかけるように、

「プラント内から機影多数! 無人兵器です!!」





 ナデシコB。こちらでも同様に事態を把握していた。

「まさかここまで……」

古来から人がその身に鎧をまとうのは、戦いに対する恐怖心からだ。白刃に生身をさらすのは誰であろうと怖い。

やがて白刃が鉛の弾玉となり、いつしか重力波砲となった。鎧もそれの伴い、戦艦となり機動兵器になった。

これら巨大兵器に対して、生身でのゲリラ的戦法の有効さは度々指摘されている。だが、いまもってそれが試行さえされていないのも、巨人に生身をさらす恐怖からに他ならない。

戦艦という最強の鎧の中にある生身という恐怖。それを直接狙う攻撃。使用法によってはナデシコCのシステム掌握以上の効果をあげかねない。

「まさに最凶最悪の攻撃…」

ハーリーも二の句がつげない。

「!! バッタきます!!」

「エステバリス隊出撃!」

『『『了解!!』』』





「くっ! 打って出るな! 防御を固めるんだ!」

アマリリスのジュンも有効な手が打てない。

「このままじゃいずれ……どうする? こんなときユリカならどうする?」





戦況は一方的なものになりつつある。こちらの攻撃はフィールドにことごとく阻まれる。バッタ達は艦隊の動きを封じるように牽制をつづける。そしてプラントからのボソンボムによって一隻ずつ確実に…。

「司令! 損耗率30%突破」

「ぬぅぅ……」

「司令! これはもはや戦闘ではありません。一方的な殺戮です!!」

「止むを得ん!! 全艦撤退!!」

上層部への義理は果たした。死んでいった部下たちには申し訳ないが、このままでは全滅を待つだけだ。

 しかしその時、

「こ、後方、ボース粒子増大! 多数!!」

「なに!」

プラントを囲む艦隊を、さらに取り囲むように現れる艦影。

「統合軍…?」

確かにその艦隊は統合軍カラーに塗られている。

しかし、

「熱源! 攻撃! きます!!」

「味方じゃありません!!」





「退路を完全に遮られました! か、艦長!! これは!!」

「ハーリー君落ち着いて。手近な艦のブリッジを拡大」

「は、はい」

ズームアップされていく謎の艦のブリッジ。

そこには無数のバッタが取り付いている。

「バ、バッタに乗っ取られています」

「!?」

『しまった……完全に読み違えていたわ』

イネスのコミュニケが開く。

「イネスさん! それはどういう…?」

『私たちはMK5型爆弾の威力にとらわれ過ぎていたのよ』

「……?」

『最初に被害にあった4隻の船。1,2隻目は完全に消滅。3隻目は残骸のみ。そして私たちが調査した4隻目が中破』

「は、はい」

『私たちはこれをテロ的なものと考えていた。1,2隻目が成功で、証拠の残った3,4隻目が失敗。MK5型の破壊力を抑え過ぎ、うっかり証拠を残してしまったのだと』

「でも違うと?」

『そう、1,2隻目は完全な失敗。3隻目も失敗。4隻目がまあ成功、といったところね』

ルリは少し考えてから、

「あれだけ正確なボソンジャンプが出来れば、船をまるまる消滅させる意味は無い。無キズで手に入れバッタに制御させれば、そのまま戦力に出来る…」

「そ、それじゃあの艦隊は!?」

ハーリーの問いかけ、イネスとルリは絶望的な答えを返す。

「『先遣艦隊のなれの果て』」





「ちぃ!!」

カイトはラピッドライフルを連射しつつ横に薙ぎ払った。バッタが3機まとめて爆発する。

 予測はしていた。だが、事態はそれを上回りつつある。

「このままじゃみんなが…」

やるしかない。

だが下手をすれば死ぬ。うまくいってもルリに怒られる。

(後者のほうが怖い、かな?)

それでも、やるしかない。





「カイト機の周囲、レトロスペクト増大!!」

『ダメよ! プラント内部にジャンプするつもりだわ!』

「カイトさん! いけない!!」





『カイトさん! いけない!!』

「いま行くぞ! イツキィ!!」





「はっ! レトロスペクト、拡散します!!」

「!?」

『……まさか!? でも』






「キャンセルされた……のか? ボソンジャンプを……イツキ…」

カイトは驚愕していた。その意味するところは、





『理論上はともかく……カイト君の遺跡へのアクセスを、より強い力でアクセスをかけることによって妨害した。他に考えられないわ……』

イネスも驚きを隠せない。イツキの能力はカイトをも上回るのか、それとも……。





力尽きたようにうずくまるジュン。

「万策尽きたか……ユキナ…」

無意識のうちに彼女の名前を呼んでいた。





「まだだ!!」

『カイトさん!!』

カイトのスーパーエステバリスが身を翻し、プラントに突進していく。

『無茶です!!』

「ジャンプできないなら自分の足で行くまでさ!!」

叫びながらカイトは、自分の中でスイッチが切り替わるのを感じていた。

シミュレーションでは決して感じない、自分が戦闘兵器へ変化する瞬間。

右手のレールガンを投げ捨てると、両腕にそれぞれラピッドライフルを構える。乱戦になればこの方が戦いやすい。

「はあああああ!!!」

絶叫と共に撃つ。乱射、いや撃ち出された弾は全てバッタに吸い込まれていく。

高まる心拍数。それに反し冷静になっていく頭。感覚が自分の体を飛び出し外へと広がっていくのがわかる。





「ナデシコB前進! カイトさんを追います!!」

「りょ、了解!!」

「タカスギさん! リョーコさん! カイトさんの援護に!」

『『了解!!』』

『必要ありません』

カイトのコミュニケが開く。バイザーのスモークがおりていて表情は見えない。

『馬鹿ヤロ!! 1機じゃ無理だ! 俺たちも…』

『足手まといです』

『な…』

別人ように冷徹な声が響く。

『それよりナデシコBの援護にまわって下さい』

ナデシコBの武器はグラビティブラスト1門のみ、それも正面にしか撃てない。バッタに取り付かれれば手が出ない。

『わ、わかった』

さすがのリョーコもカイトの指摘の正しさを認めざるを得ない。


『それから艦長』

「は、はい」

『自分のエステの後を一定の間隔でついて来て下さい。多分それが一番生存確率が高い』

「……了解」

指示を出しながらも、カイトの周りは常に無数の光芒で彩られている。





『アオイさん』

「カイト君!?」

『理由はわかりませんが、敵はナデシコBに対しては積極的な攻撃は仕掛けていません』

「な、なんだって?」

カイトの広がった感覚は戦場全体を把握しつつある。

『ナデシコBにぴったり随行してください。それしか助かる道はありません』

「りょ、了解」





「ふっ!!」

両腕のラピッドライフルでそれぞれ別の標的を狙う。いや、狙うという表現は正しくない。撃った瞬間にはそこに機影はない。その一瞬後に、バッタが自ら弾に当たりに来るのだ。

カイトの眼には敵の動きがスローモーションで見えている。のみならず、次に動く先が『見える』。

 バッタの反撃。だが、すでにそこには白いスーパーエステバリスの姿はない。まったく違う方向からの射撃で四散するバッタ。

 敵の次の移動ポイントが見える。次の射撃ポイントが見える。

 無論本当に見えているわけではない。いかに今のカイトといえど万能ではないのだ。

すべては狂的なまでの予測能力。見切りといってもいい。

狙いをつける必要も無い。回避する必要も無い。ただ敵のポイントを外し、自分のポイントを当てる。

しかも、これだけの戦闘をこなしながらエステバリスの足は止まっていない、依然としてプラントに向け全速での飛行を続けている。戦場全てを見渡しながら、背後に無数の輝きを残しながら。

新型の兵器が開発されるとき、あるいは英雄と呼ばれる人物が出現したとき、決まって問われる命題がある。

『たったひとりで戦況を変えることが出来るか?』

答えはノーだ。

 最強の戦士が相手なら、無理に戦わなければよい。その者を無視し、他の敵を全滅させればいい。いくら強かろうと、所詮ひとりはひとりなのだ。

 それゆえに最強の戦士をひとり作るよりも、それなりの戦士を多数作ることを選んだ。それが近代以降の軍の選択だ。

 カイトの能力、それは明らかに時代に逆行したものだ。先の命題に真っ向から挑む、時代遅れの産物。

 戦場全体を見渡し、現時点でもっとも有効な攻撃を目の前の敵に叩き込む。S級ジャンパーという力すら、その前では補助能力に過ぎない。なにより常人ではその情報量をさばき切れない。その前に発狂するのがオチだ。

カイトにもなぜ自分にそれが出来るのかわからない。あえて言うなら、そうゆう風に出来ているから、だ。

そしてこの時、カイトの行動は確かに戦況を動かしつつあった。





「ナデシコB、突撃をかけています!!」

「あの嬢ちゃんがか!?」

「司令!」

「ふむ……しかしいけるかもしれん」

「では!」

「全艦突撃!! ナデシコにつづけ!!」

ゴーダは手を振り上げる。

「しかし、背後から一方的に攻撃を受けることになります!」

「乱戦になれば敵も簡単には撃てん。それに味方だった船と潰し合うくらいなら、プラントを一発殴って死にたいとは思わんか!?」

「同感であります!!」

「全速前進!! 同時にグラビティブラスト発射用意!!!」

「相転移エンジン目いっぱい回せ!! ぶっ壊れてもかまわん!!」

わずかな可能性に命を掛ける。この点、ゴーダは名将ではないかもしれないが、確かに『勇敢』だった。





無数のバッタを従え、なおもプラントに向かうカイトのスーパーエステバリス。

コクピットのウィンドウが、ライフルの弾切れを伝える。





「ウリバタケさん」

ルリがブリッジから呼びかける。

『おおよ! いつでもいいぜ』

ウリバタケの目はいつにも増して生き生きしている。

「ラピッドライフル射出!!」

『ラピッドライフル射出ゥ!!』

カイト機はバッタの攻撃をものともせず、射出されたライフルをキャッチ、そのまま戦闘を続行する。

もう数えるのが億劫なほどの敵を血祭りに挙げている。

そしてついにプラントに取り付く。

『マキビ少尉』

「は、はい! 何でしょうカザマ大尉」

『プラントのディストーションフィールド出力を測定。結果を自分のエステに逐次転送』

「りょ、了解!」

特攻とも思えるゴーダ達の攻撃を受けて、さすがのプラントもフィールド出力が低下してきている。





満身創痍の統合軍艦隊。それでも前進をやめない。

「撃てぇ! 撃ちまくれぇぇ!!」

「司令! これ以上は!」

「エンジンが焼付いたら止まってやる! ……うお!!」

小型の爆弾がボソンアウト。ブリッジごと閃光に飲み込まれるゴーダ。





『ディストーションフィールド出力最低値まで下がりました!! 今なら突破できます!!!』

カイトは両手のライフルを捨てると、背部からフィールドランサーを取り出す。

「でぇやああああ!!!」

そしてランサーごとフィールドに突き刺さる。

当然、足の止まったカイト機に攻撃が集中する。両肩の連装キャノンで牽制。

『おっと! お前らの相手はこっちだ!!』

『そういうこと!』

リョーコとサブロウタがフォローにまわる。

『中和率上昇! もう一息です!!』

「いけえええ!!!」

だが、ついにフィールドを突破すると思われたその瞬間、

『いや……』

「なに!?」

ドクン。

カイトの心臓が一度大きく脈打つ。

『来ないで……』

2年以上聞くことのなかった、だが決して忘れることのなかった声。

「イツキ!?」

『いや……ミカズチ…。来ないで…』

「…なっ!」

泣いているようなイツキの声。一瞬その場で棒立ちになるカイト。

『危ない! カイトさん!!』

「!!」

至近弾。ディストーションフィールドのおかげで直撃は免れるが、衝撃までは吸収してくれない。反動でプラントから引き剥がされる。

「イツキ!!」

カイトにはそれがイツキの拒絶のように感じた。

 機体を立て直そうとする。だが、操作系をやられたのか反応しない。

「く、イツキ!!」

カイトはもどかしさから右腕を前に突き出す。できるものならこの手でプラントを掴みたい。

「ぐっ!!」

ふたたびあの声が響く。

『お願い…。私を見ないで…ミカズチ…』

「何故だ!? イツキ!!」





同時にハーリーは計器の異常に気づいた。

「プラント周辺にレトロスペクト増大!! プラント飛びます!!」

だが、カイトの被弾を目の当たりにしたルリは冷静な判断が下せない。

「カイトさん!!」

『マキビ少尉、ジャンプ先をトレースするんだ! ナデシコなら!』

代わってジュンが命令を下す。

「りょ、了解! …………………だめです! ジャミングされています!」





ゆっくりと消えていくプラント。

「ぐっ…」

それを見ながら、カイトは泣いているようだった。流されていく機体はまったく反応してくれない。

先ほどの攻撃でどこかやられたのか、『力』を使い過ぎたのか、意識が徐々に遠くなっていく。

「イツキ……何故…」





─ですが森の呪い阻まれ、だれひとりお姫様のもとへ辿り着くことはできなかったのです。




つづく


あとがき(であったりなかったり)

異  界「どうもご無沙汰です。さて今回…」

リョーコ「オス」

異  界「を、お招きしております」

リョーコ「で、なんで今回は俺なんだ」

異  界「だって、なんか君地味で可哀想だし、他の方のSSでも……」

(バキッ!! 肉を打つ音)

リョーコ「てめぇ!! 殴られてぇか!!?」

異  界「……もう殴ったじゃない…」

リョーコ「……ようするにカイトじゃ突っ込みが弱いから俺が呼ばれたんだろ?」

異  界「わかってんなら聞かなきゃいいじゃない……わー! ロープ! ロープ!!」

リョーコ「(拳をしまいながら)……まあいい。じゃあ聞いてやる。前回のカイトの台詞、『──』には何が入るんだ?」

異  界「当分内緒」

リョーコ「時々妙な奴の台詞(?)が入ってるが、誰なんだ?」

異  界「話のオチだから教えない(マア、想像ハ着イルイルコトデショウガ)」

リョーコ「俺とサブの話を書く気はないのか?」

異  界「全然」

(バキッ!! 肉を打つ音)

リョーコ「てめぇ!! 殴られてぇか!!?」

異  界「……もう殴ったじゃない…」

チャンチャン。
次回予告


イツキの真意は? 全てを見下ろす謎の男の正体は? 『王子』と『悪い妖精』
の狭間に立つカイトは? そして、ついにあの男が! 次回、優しい『罪と罰』」

ル  リ「あなたは刻の涙を見ます(作者への哀れみの)」





思いつきの用語解説(人物編)

・ゴーダ大佐

なんとなく地球出身な気がする。もしかすると東京は練馬区かもしれない。趣味はカラオケかもしれない。妹がいるかもしれない。実家は雑貨屋かもしれない。下の名前はタケシかもしれない。副官の苗字はホネカワかもしれない。あだ名はジャイ……ゴホ! ゴホッ!!


で、今だから言うけどのコーナー

その一
今話でようやく名前のついたボソンボム。ストーリーをはじめるに当たってなにかインパクトをと思って、ボソンジャンプによる爆撃を考えてみたのがそもそものコンセプトです。
しかし『今だから言いますが』この第一話の時点でボソン砲の存在をすっかり忘れてました(自嘲)。あわてて第二話でイネスさんを登場させて何とか差別化をしてもらったのも今となってはいい思い出です、いろんな意味で。

その二
本編中のどこかで出てくる『ポイントX−18999』という単語。某アニメのパロディです。最初は軽いお遊びで、後で直しておくつもりだったんですが、忘れてそのまま投稿。
メールいただいた方の中で、この単語だけで異界が某アニメファンであることを見抜いた方がおられ、非常に焦りました(最近は開き直ってますが)。







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