02

 薄暗いどこかの倉庫。

床に敷かれた二畳の畳に、二人の男が向かい合うように座っている。

「・・・・・・では、どうあっても我々に協力するつもりはないと?」

男の一人が口を開く。

理知的だがひどく押し殺した声。顔は見えないが、彼のきっちりと折り目のついたスーツは、その性格を雄弁に物語っている。

「まあ、そういうこと」

もう一方の男が、どこか人を食ったような口調で答えた。

こちらは対照的に、かなりくたびれた白衣を着ている。しかし、それを恥じている様子はない。襟元の垢さえ、彼にはさして問題ではないようだ。

「理由を聞こうか」

男の放つただならぬ殺気、そして鋭すぎる眼光、どちらも彼がただ者ではないことを示している。

「うーん、・・・・・・つまりだねぇ」

だが、白衣姿の男はその眼光に怯む様子もない。

「私の興味は、ボゾンジャンプの解析とその制御。それも先の『実験』で一応の成果は得た。第一人者といわれてきたフレサンジュ博士が何年かかっても得られなかった成果をねぇ」

「・・・・・・・・・」

平和の中での挙兵、そしてそれにともなう非人道的行為の数々、大儀のため理想のため、止むを得ざること。そう自分に納得させてきた。だが、それを一言に『実験』と言い切る目の前の男、スーツ姿の男は非常な不快感を覚えた。

(学者とはこういうものなのか。・・・・・・しかし)

その様子すら意に介さず、白衣姿の男は両手を挙げる仕草をする。

「とりあえず私は満足した、そういうことだね。まして私は君達の言う『新しき秩序』なんてものには、最初っから興味がない」

「・・・・・・っ!!」

スーツ姿の男の背後、闇がゆらめく。そこには銃を抜き放ったダークスーツの男がふたり。

「よせ!」

だが、スーツ姿の男の軽い静止に銃を降ろす。ふたりが彼に、いや彼の志に絶対の忠誠を誓っている証であろう。

「邪魔をした」

スーツ姿の男は立ち上がり靴を履く。

出入り口の扉を開けたところで、ふと立ち止まる。

「それで、あなたはここで何をするおつもりだ?」

「なに親としてね、ふたりの子供の成長を見守りたいだけさ」

『子供』そして『ふたり』、その意味に思い当たり、スーツ姿の男は顔をしかめる。

だが、白衣姿の男はその表情の意味を取り違えたようだ。

「ああ、親といっても正確には親のひとりだがね」

訂正を無視するように扉を閉める。

目の前に晴れ渡った空と、濁った海が広がる。

「中佐、よろしいのですか。あの男を脱獄させるためにどれほどの犠牲を……」

ダークスーツひとりが尋ねる。

「よい、必要だったのは奴の持つ情報であって奴自身ではない」

「しかし、奴は何かを企んでいます」

「大方の予想はつく。我々の行動のめくらましにこそなれ、妨げとなるものではない。それに・・・・・・」

「それに・・・・・・なんでしょう?」

「あのような志なき物。我らが同士にはふさわしくない!!」

中佐と呼ばれた男は、そういうと足早に歩き出す。

「中佐! 南雲中佐!! 待ってください!!」

元統合軍中佐そして火星の後継者残党軍司令南雲義政、彼が歴史の表舞台に立つには今しばらくの時を待たねばならない。





機動戦艦ナデシコ
「眠れる森の美女」






第二話 「空間」飛行



 ここはナデシコBブリッジ。

イネス・フレサンジュを中心に、ホシノ・ルリ少佐以下主なクルー達が集まっている。

「さて今回の事件・・・・・・」

「やれやれ、いきなりの解説モードかよ」

「使用された爆弾は、エステバリスの映像から判断すると・・・」

ウリバタケの野次も彼女の耳には入らない。

イネスの背後にウィンドウが開く。そこには前回の黒い立方体が。

「このMK5型爆弾が使用されたようね」

「MK5型・・・・・・。あいつか・・・」

木連出身のサブロウタがつぶやく。

「そう、このMK5型は旧木連で開発された爆弾で、主に大規模テロ・要人暗殺・大型対象物の破壊と多様な目的を果たすため破壊力最重視の設計がされたのだけれど、当時の技術力不足から・・・・・・」

イネスの言葉に合わせ、爆弾の両横にエステバリスと人間のシルエットが表示される。

「でけぇ・・・」

リョーコの言葉を聞くまでもなく、エステバリスの腰までもあるそれがいかに巨大か、一目瞭然である。

「こんな爆弾持ってたら、おかしいと思わない人のほうがおかしいですね」

ハーリーもうなずく。

「まったく、こんな爆弾俺様にかかれば・・・・・・」

「はいはい」

イネスが手を叩き、ウリバタケの話をさえぎる。

「ま、そういうことね」

「でも、あの破壊力は相当な物です。軍事用への転用は考慮されなかったんですか」

ルリのツッコミ。

「あら、さすがするどいわね。確かにそういうプランもあったようね、でも・・・・・・」

サブロウタがその後を引き継ぐ。

「まあ、あのデカぶつをどうやって敵サンまで持っていくかってことですね」

「あ・・・・・・」

「機動兵器に持たせれば格好の標的。ミサイルの弾頭に収められたとしても・・・・・・」

またサブロウタが割り込む。

「ミサイルが巨大すぎる。ジンタイプの一機も作ったほうが断然お得ってわけだな」

「そう、ただルリちゃんの言うように破壊力は折り紙つきね。誘暴があったとはいえ、一発でリアトリス級を沈めたんだから」

その凄惨な光景はまだ皆の瞼に焼きついている。

「でも、あれってよ〜」

「そう、ボソンジャンプによるMK5型の超ピンポイント『爆撃』。ボソン砲が可愛く思え るわ。同じ方法を使えば、このナデシコBのブリッジごと私たちを蒸発させるぐらいわけないわね」

イネス言葉にブリッジが静まり返る。今この瞬間にそれが起こらない保障は何もないのだ。

「でもまあ、それはたいした問題じゃないわ」

「「「「「どこが!!」」」」」

「カイト君」

ふたたび全員のツッコミを無視すると、イネスは存在を忘れられていた主人公を呼ぶ。

「は、はい」

ブリッジの入り口付近にカイトは居た。

なぜか両手に水の入ったバケツを持っている。その理由は・・・・・・首から下げた大きな札に書いてある。

『私は大事なエステバリスを壊しました。それだけでなく艦長にセクハラをしました』

前回のボソンジャンプの失敗の件のようだ。

エステバリスをハンガーに突っ込ませたことと、ルリのお尻の下にジャンプアウトをして

彼女を『ひゃぅ!!』と叫ばせたことだ。

予断ながらこの時のルリのリアクションを見ていたサブロウタは後に『なんだかものすごくいいものを見た気がした』とコメントしている。

なお札の文字の前半部がウリバタケの、後半部がハーリーの筆跡なのは言うまでもない。

「今回の事件ようなボソンジャンプ。どう、あなたならできるかしら?」

「そうですね……」

カイトは精一杯シリアスな顔を(もっともバケツと札で見事に相殺されたが)作ると、

「できなくはないと思います」

「やってもらえるかしら?」

「今、ここでですか?」

「ええ」

「・・・・・・・・・・・・」

カイトはゆっくり両手のバケツを置く。そしてポケットから何かを取り出し右手に握ると目を閉じた。

右手が淡い光に包まれる。

「「「「「・・・・・・・・・・・・」」」」」

一瞬の後、皆の輪のほぼ中央にスピードガンガーのカードが現れる。

「「「「「おお〜」」」」」

驚く一同。カイトの能力と、その携帯品に。

「さすがね。物体を任意の場所に送る『投擲』。反対に任意の物体を取り寄せる『引寄せ』。ボソンジャンプの精度や耐性の差を別にすれば、これの可能・不可能が私たちA級ジャンパーとS級ジャンパーとの明確な違いね」

「エステ壊したりセクハラしたり、随分無節操なジャンプですけどね」

「うぅ・・・・・・」

ハーリーの突っ込みにうなだれるカイト。彼にまでいじめられるようでは救いようがない。

このあたりが、艦内で少佐のルリや先任大尉のサブロウタに次ぐNo.3の地位にいながら、オペレーターの女の子たちに『カザマ大尉ってカワイイ〜』などといわれてしまう所以だろうが。

「もっともS級ジャンパーの存在は、暗黙の了解。カイト君も書類上はA級ジャンパーとして処理されているしね」

カイトの右襟についているライセンス章もA級ジャンパー用である。

「でも」

気を取り直したのか、カイトが突然真剣な声を出した。視線が彼に集まる。

「いまイネスさんの言ったとおり、これはあくまで『投擲』、目標に向かって物を投げるようなものです。飛ばせる範囲は限られますし・・・・・・」

カイトはもう一枚ゲキガンカードを取り出す。

ふたたび『投擲』。

先ほどのスピードガンガーの少し右に剣を構えたゲキガンガーのカードが現れる。

「この距離でも精度はこんなものですよ」

また静まり返るブリッジ。

やがて、

「と言う事は・・・」

「最低でもカザマ大尉と同等の能力を持った敵、ですね」

「でもよぉ。S級はカイトだけなんだろ?」

リョーコの問いかけに、カイトは微妙に表情を曇らせた。何かを考えている。

それに気づいたルリ、

「と、とにかく現時点ではまだ明らかに情報が不足しています。これ以上の推測はかえって危険でしょう。いったん司令部に報告、指示を仰ぎます」

極めて妥当な判断。それゆえに違和感を覚えるが、

「以上、解散します」

「中尉〜、飯でもどう?」

「馬鹿、顔止せんじゃねぇ!!」

「さて、じゃあ例のシミュレートを…」

ルリの声にとりあえず三々五々となる。

「あ、ルリちゃん・・・」

ルリに話し掛けようとするカイト。まだ前回のセクハラジャンプのことを謝っていない。

が、

「おら、カイト。手前で壊したんだ、エステの修理手伝え」

ウリバタケに捕まり、

「あああ・・・」

引きずられていく。

「ふう・・・・・・」

そんなカイトをため息で見送るルリ。

最近すれ違いが多い。

お互いに大切な人なのは確かなのだが、どうもそこから先に踏み込めない。

カイトの表情の曇りを思い出す。

とりあえず今は報告の前にその備えをしないと。

「ハーリー君」

「は、はい艦長」

先ほどからこちらの表情をうかがっていたらしいハーリー。ルリの突然のご指名に背筋を伸ばす。

「今晩、ヒマ?」

確かハーリーは非番のはずだ。

「え・・・・・・」

固まるハーリー。やがて、その意味するところを悟り、

「はい、ヒマですヒマです、すっごいヒマです!!!」

ハーリーの満面の笑みと勢いに苦笑するルリ。

(もう少ししっかりしてくれないと、愛想尽かしちゃいますよ、カイトさん?)





「クシュン」

格納庫。鼻をこするカイト。

エステバリスに取り付けられた端末を操作している。

しばらくして上からウリバタケの声がした。

「どうだカイト?」

「2番から3番にかけて、少しノイズがあります」

「えーと、おうこれだな。よしっと、これでどうだ?」

「はい、OKです。ウリバタケさん」

「おし、整備完了」

リフトからウリバタケが飛び降りる。

「どうもすいませんでしたウリバタケさん」

「なんだなんだ、神妙な顔しやがって」

軽く笑ってみせるウリバタケ。

「いえ、ほんとに皆さん、特にウリバタケさんには迷惑をかけっぱなしで」

心底すまなそうな顔。

「・・・・・・」

カイトのその顔にウリバタケはテンカワ・アキトを思い出していた。

こういう時のカイトは驚くほどアキトに似た表情をする。

当のアキトはもう決してしないであろう表情を・・・・・・。

「ま、まあ、さっきは言い過ぎちまったが、それが俺たちの仕事なんだ。あんまり気にすんなよ」

「すみません、本当に」

「もういいって、おかげで整備も早く終わったしな。それよりどうだ、食堂で夜食になんか食わねえか? ま、ホウメイさんの料理じゃないのが残念だがよ」

「すいません、今夜はちょっと・・・・・・」

「ちょっとぉ?」

「ええ」

「なんだなんだデートかぁ?」

「うー、まあ、そんなとこでしょうか」

微妙に言葉を濁すカイト。

「まったく、妬けるね……って、おい、ルリルリは今日夜勤じゃねえか」

「いやー、まあー、そのー」

視線が泳ぎまくっている。

「リョーコ? いやまさかな」

即座に否定するウリバタケ。一時、カイトに気のあるそぶりは見せていたが、あくまで昔の話。第一いまはサブロウタからアプローチを受けている最中だ。

「おいおい、まさかとは思うがオペレーターの女の子かぁ? おまえ、ルリルリを独占できる今の自分の立場がどれほど幸せだと……」

言いかけてふとやめるウリバタケ。かつて妻子持ちながら、アマノ・ヒカルを口説きかけた身。言えた義理ではないかもしれない。

「まあいい、だがほどほどにしとけよ」

「ええ、まあ、はい」

一点の曇りもない笑顔のカイト。ウリバタケは少しカイトが怖くなった。

(変にもてる。こんなとこまで似てるわ、アキトによ)



「ふぅ」

ウリバタケが出て行くのを見送るカイト。

何とか誤魔化せた。

自室に一旦戻る。そして、頃合を見て部屋から忍び出る。背中にバックパック、腰の銃を確認する。

先ほどのウリバタケとの会話を思い出する。

うん、嘘は言っていない。何も言っていない気もするが。

実際のところカイトはその笑みの下に、ウリバタケの想像以上の物を隠していたのだ。

誰にも見られぬように、格納庫に向かう。

日常においてカイトは決してボソンジャンプを使おうとしない。

その気になればタクシーに乗るより気軽に使えるだけの能力を持ちながらである。

使いたくない、そう思っている。

たったひとりのS級ジャンパー。だが、カイトは内心この肩書きが疎ましい。

こんな力、本当はいらない。

だが、今だけはこの力が必要なのだ。

修理したての愛機のハッチを開ける。

「確かにデートのようなものかもしれない。ただ問題は相手とその行き先」

「相手がイツキさん、行き先は木星ですね」

「どわっ!」

コクピットからのクールボイスに思わず叫ぶカイト。

シートにルリがちょこんと座っている。

「ル、ルリちゃん。何でここに?」

「この場合。それは私の台詞だと思いますが」

「い、いや、その、コクピットに忘れ物しちゃって。そう、うん」

「それを取りにきたと」

「うん、うん」

「そんな荷物や、銃まで持って」

「うっ、ほ、ほら、夜って物騒だし……」

ここまで嘘が顔に出る男も珍しい。もっともこの男の場合それが長所といえなくもない。

「木星に行くつもりですね?」

カイトと同等以上のジャンパー。だが、S級ジャンパーはカイトひとり。ならば、単純に考えて未認定のジャンパーの仕業だ。

そして、その可能性の最も高いのは木星に眠るカイトの『対の存在』。

「げっ、……や、やだなあルリちゃん。エステで木星まで行けるわけないじゃない」

カイトは最後の悪あがきをしてみた。

「S級ジャンパーのカイトさんなら、それほど難しくはないでしょう」

「そ、そんなのやってみないとわかんないよ」

「じゃあ、やってみますか? 忘れ物も見つかったようですし」

「え、いいの? じゃない、わ、忘れ物って?」

「私です」

「えっ、え?」

「だから、忘れ物。カイトさんが言ったんじゃないですか」

「そ、それはつまり……」

「私も行きます」

きっぱり。

「だ、だけど」

「連れて行かないと後悔しますよ」

「そんな、で、でも」

危険だと言おうとしてやめる。火に油だ。

「司令部の命令はその場で待機。カイトさんはこの時点で8個の軍規に違反しています。艦長命令の拒否も入れれば9個ですが。これの意味するところは、減給、営倉、降格、懲戒……」

「ルリちゃん、な、なんか性格変わってるよ」

「誰のせいですか?」

「ああ、昔はあんなに……」

「……2年以上も待ったんです」

突然うつむくルリ。声のトーンも低い。

「……ルリちゃん」

「最後の半年はもうほとんどあきらめていました」

「……」

「もう、待つのはいやです」

顔をあげはっきりと言い切るルリ。その瞳が潤んでいる。

「…ふぅ、わかったよ、ルリちゃん」

「え……じゃあ?」

「ただし、僕の指示にはしたがってもらうからね?」

「……はい」

要するに、君を守ると言いたいのだが遠まわし過ぎてほとんどルリに伝わっていない。

が、それでもルリの頬はわずかに赤く染まっていた。

「あ、でもルリちゃん夜勤じゃ……?」

「ああ、それは大丈夫です」

「なんで?」

「それは、その……」





誰もいないブリッジ。

いや、ひとりいた。それも最高に不幸なのが。

「ううう…」

本来ルリがいるはずのシートに座り、うなだれているハーリー。

先程のルリとの会話が頭の中でリフレインする。

『はい、ヒマですヒマです、すっごいヒマです!!!』

『そ、じゃ夜勤代わって』

代わって代わって代わって………。

「ひどいですよ艦長ぉぉぉ!!!」

天を仰いで泣き叫ぶハーリー。

ハーリーを慰めようとするオモイカネ。

『よしよし』『イイ子イイ子』『ベロベロバー』

そのウィンドウが一層哀れを誘った。





「じゃあルリちゃん、できるだけ僕にしっかりつかまって」

「はい」

ギュウ。

「いくよ」

「はい」

ルリは目を閉じる。

木星までの超長距離、それもエステバリスとルリをかかえて。

普通に考えなくとも危険だ。

それでも、ルリは安心することができた。体に伝わってくるカイトの体温と呼吸が無性に心地よかった。

「ふっ!」

カイトの軽い声とともに、光に包まれるスーパーエステバリス。





「ルリちゃん・・・。ルリちゃん」

「・・・・・・え」

「着いたよ、木星プラントだ」

「はい……あ!」

今頃なって気づいたが、はからずもカイトに抱きつく形になっている。

互いの息がかからんばかりに顔が近づく。

「………」

「………」

「…ルリちゃん」

「はっ、はい」

「そこのドリンクパック取ってくれる」

「…」

憮然としてパック取るルリ。

「はいっ!」

カイトの口にストローごと運んでやる。

「うん、ありがと」

計器に目をやりながらカイトはストローをくわえる。

「………」

「あの…」

「なに?」

「私ってそんなに魅力ないですか?」

「はっ?」

「い、いえ、なんでもないです!」

「そう」

こういう時カイト最大の美徳がいかんなく発揮される。相手がなんでもないと言えば本当になんでもないのだ。

(この人、ちゃんと私のこと女性と認識してくれているのかしら?)

今のリアクションからするとその望みは薄い。



「あの頃のままですね」

カイトに抱きかかえられるようにしてエステバリスを降りるルリ。
周りを見まわす。

「うん、あの頃のままだ」

そう、あの頃のまま。

カイトを待ち続けたルリにはあまりにも遠い記憶。

そして眠り続けたカイトにはあまりにも生々しい記憶。

「そうだ、ルリちゃん。……これを」

ホルスターから銃を抜くとルリに差し出す。

「そんな、私がなんかよりカイトさんが持っていたほうが………!」

銃を持ったカイトの右手が震えていた。

「ぐっ!」

左手で押さえつける。

「『あの時』以来ね、撃てないんだよ。エステの銃は撃てるのにね…。可笑しいだろ……。ははは」

苦しそうに笑うカイト。

『あの時』

───ルリに向かって銃を撃むけるイツキ

───割って入るカイト

───銃声

───そして……


「カイトさん……」

「銃も撃てない軍人。情けないよね」

「……わかりました」

「え?」

「私がカイトさんを守ってあげます」

そっと銃を受け取る。

「ありがとう」

「……いえ」

照れ隠しか、顔をそむけ歩き出すルリ。

が、ルリはプラント内の道をよく知らない。

自然、カイトが前を歩くことになる。

「あの状況。イツキが生きているとは考えられない」

カイトはルリにというより、自分自身に向け話し始める。

「常識的に死者が事件に関われるわけがない」

「はい」

「でも、イツキも僕もまともな人間じゃない。A級ジャンパーたちのデータを基に作られた人造生物。遺伝子のひとかけらまで、遺跡と同調するためだけに作られた生体兵器」

「……カイトさん」

「いや、ごめん。それでも生き物であることには変わりない。死ねばそれまでさ。イツキの遺体を確認して、それでこの空間飛行もおしまい」

「そうですね」

その目的地は近づきつつある。

ルリは不安が高鳴る。

あの時、カイトを連れ戻すことができなかった。

今回はできるのだろうか。

イツキは生きているのか、それとも……。

そして自分はどちらを望んでいるのか。

気を紛らわそうとカイトに話し掛ける。

「でも、カイトさん撃てないならどうして銃を?」

ルリの同行はカイトにも予想外だったはず。

「いや、万一の時にね」

さすがに言えなかった。その『万一』の時はイツキに撃たれるつもりだったとは。
かつてイツキを撃ったその銃で…。

そして……。

立ち止まるカイト。

そこにあるのは空間のみ。

「ない」

ボソンジャンプで来たために気づかなかったのだ。

プラントの一部がそっくり消えている。

その中心部にあったのは間違いなくイツキの眠る研究施設。

「そんな……」

「……カイトさん」

「イツキ……。イツキー!!!」

カイトは叫んだ。

今はそうすることしかできなかった。

たとえ、とどかないとわかっていても……。




───動き出した時間は何処へ向かうのか





つづく




今だから言うけどのコーナー

あうあう、というわけで第二回です。今回はタイトルの「眠れる森の美女」の由来なんかを少々。
第三話のあとがきでもいってますが白雪姫への引っ掛け。でも第一話を書き始めた時点で考えてたタイトルがあんまりにもつまらないので(確か、「過去より来るもの」だったような気がします)、急遽変更したのが真相です。
真のヒロインたる某女のシチュエーションなんかが、わりと似てるような気がしたんですが、どうだったでしょうか?
しかし、『今だから言いますが』この時点で「眠れる森の美女」に対する知識はな〜んもありませんでした。
タイトルにしてしまった以上ちょっと調べとくかなと近所の図書館に出かけたのが確か、第三話執筆中ぐらい。まあ、結果的に当初より、若干は話に厚みが出たように思えますが、我ながらいい度胸してるというかなんと言うか。
ハハハ……。
で、ではまた次回お会いしましょう。









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