注記

このお話は劇場版ナデシコと『ろうにんナヴァ』掲載中の拙作『眠れる森の美女』との間をつなぐものです、一応。

木星プラントで眠りについた某君の復活話ということで、多分。

 

 

 

 

 

 

もう、目覚めるつもりはなかった……。

──でも、『あの娘』が呼んでいる。

ふと、傍らに目を遣る。そこには一人の女性のシルエット。

僕がすべてを奪ってしまった女性。愛しい人、ささやかな夢、そして彼女自身の命までも……。

だから、僕は眠りについた。償うため、許しを請うため、ずっと彼女のそばにいるため。

──でも、『あの娘』に危機が迫っている。

 『あの娘』の悲しみ、苦しみ、幾度も感じてきた。助けに行きたかった。でも分かっていた。『あの娘』なら、『あの娘』と仲間たちならきっと大丈夫、と。そして、事実そのとおりになった。

──でも今回は違う。

 いかに『あの娘』たちでも今回だけはどうすることもできない。助けに行かなければ死んでしまう。それが分かるのだ。

──だから、今一度目覚める。

 分かっている、それが何を意味するか。凍りついた時間を再び動かすその意味を。

──それでも、いや、それだからこそ。

 捧げたい。この身を、心を、命を。『あの娘』に、僕の最愛の少女、ホシノ・ルリに。

この限られた、『命の時計』が砕け散る、その瞬間まで……

 

 

 

 

機動戦艦ナデシコMissing Link

『木星(ホシ)から来た男』

 

 

 

 

「あの人は大切な人だから」

ルリは微笑んでいた。やっと言えたのだ。自分の正直な気持ち。アキトに対する、ずっと胸の奥にしまいこんでいた素直な想い。

 周りのみんなを見回してみる。案の定驚いている。ハーリーにいたってはほとんど硬直している。

そんな中、ミナトだけがこちらを優しく見つめ、そしてゆっくりと頷いてくれた。

 内心、ちょっと後悔するところが無いわけでもない。自分らしからぬ自分を見せてしまったかもしれない。

でも、ルリの心は澄み渡っている。

(きっとこれで吹っ切ることができる。今度アキトさんが戻ってきたときは、ユリカさんとふたり笑って迎えることができる)

 ルリはふと、心に寂しさを感じる。それは、もしかしたら『失恋の痛み』とでもいうものなのかもしれない。

(でも大丈夫、私にはみんながいる。大切なみんなが。それに……それに………『あなた』が……)

ルリはいつしか、一人の青年に心を馳せていた。アキトともうひとり、想いを抱き、だが伝え切れなかった人。澄んだ瞳と誰よりも純粋な心の持ったあの青年。

(あれからもう2年……。ううん、大丈夫ですよ。たとえもう会えなくても、私は、私は……)

「ほえ? ルリちゃんて……え、えっえっ!!」

起き抜け状態からようやく事態を把握し始めたユリカ。だが、その言葉を最後まで続けることはできなかった。

「ユリカ〜、何を言って……!!」

ジュンはユリカの視線を追い、そして同様に言葉を失った。

 自分たちから離れること十メートル弱。その地面が急速に盛り上がっていく。

『待ちかねたぞナデシコ! この瞬間(とき)をな!!!』

外部スーピーカー越しの『男』の声。大量の土砂が跳ね上がり、そして一機の機動兵器がその姿を現す。

「夜天光!!?」

「馬鹿な!! 北辰!?」

そんなはずはない。北辰はたった今、アキトの手で葬られたのだ。現に、彼らの視界の端には、まだ黒煙を上げ続ける夜天光の残骸がある。

 だが、目の前にいるのはまぎれもなくあの夜天光だ。

「ど、どうなってるの?」

ヒカルが呟く。事態が全く把握できない。

「……はめられたようね」

イズミの低い声が響いた。

 その言葉がヒントになり、ルリは事態の全貌を悟った。

「草壁春樹、最期の策……」

 今回ナデシコCが行ったボソンジャンプによる奇襲攻撃、だが、その有効性を最初に実証して見せたのは他ならぬ草壁だ。ならば、それがいつか自分自身に向けられることを予測していたとしても、なんの不思議もない。

 もちろん草壁といえども、奇襲攻撃の内容がナデシコCのシステム掌握であることまでは予測し切れなかった。それゆえ、ここまで短時間で『火星の後継者』を鎮圧できたのだ。

 だが、草壁は予測できぬまでも、最悪の事態を想定して策を練っていた。それが目の前の第二の夜天光だ。

 『火星の後継者』を鎮圧したナデシコが次にするのは、遺跡に融合させられたユリカの救出。仲間意識の強いナデシコクルーのこと、おそらくは全員がナデシコから降り遺跡に向かう。そして、仮にその頃宇宙軍か統合軍の増援が到着していても、『火星の後継者』の武装解除に忙殺されているはず。

このことは結果的に、遺跡周辺に局地的な『戦力の空白』を生み出す。もしその場にあらかじめ戦力を潜ませておいたら……。その答えがこの光景だった。

『人の執念……。どうやら最後に笑うのは我らの様だな!!』

その『男』の言葉に合わせるように、さらに多数の積巳気が地面より現れ、ルリたちを取り囲む。

「…………絶体絶命、か」

ゴートがぽつりと言う。

草壁がこの光景を予測していたとすれば、目の前の夜天光の『男』はおそらくは草壁が最も信頼する懐刀中の懐刀。そしてこの様な最後の賭けを託されるということは、間違いなく『火星の後継者』最強の戦士。

「…………」

ルリは無言で目を閉じた。最後の最後で草壁の策に嵌ってしまった。

この目の前の敵は自分たちを生かしておいてくれるだろうか? ルリとナデシコCを人質に草壁の釈放を要求するつもりなら、その可能性もある。

だが、地球側は決してそんな取引には応じまい。そして、そのことは敵にもよく分かっているはずだ。

では自分たちを殺した後、遺跡とユリカを再び奪っていくのだろうか。あるいは自分たちも捕らわれ、そして研究所でアキトやユリカたちのように……。

「…………」

ルリはまたあの青年のことを思い出していた。2年以上も前のあの日、自分の心と唇を奪い去っていった、誰よりも優しくて、そして哀しい人。

(……不思議……)

いま心から思う。もう2年以上も前のことだ。気持ちの整理はできていたつもりだった。事実、『彼』の夢だって最近はほとんど見なくなっていた。

 なのになぜだろう、今この時この瞬間、彼をとても身近に感じるのは。

(死んだら……また、あなたに逢えるんでしょうか? ううん、違いますよね。あなたは『あの時』からずっと、あそこにいるんですから)

 うっすらと目を開ける。その視界にライフルを構えた積巳気の姿が映る。

(……逢いたい………もう一度逢いたい…………カイトさん!!!)

その瞬間、何かが光った。積巳気のライフルが右腕ごと砕け散る。

『うお!!』

たまらず尻餅をつく積巳気。

『遠距離からの狙撃か!!』

『男』が即座に攻撃の正体を見抜く。それは『男』がいかに優れた戦士かを示していた。

『ぐお!!』

さらに一機の積巳気のライフルが砕ける。

『あっちだ!!!』

わずか2回の攻撃で敵の正確な位置をつかむ。『男』が指し示す方向には機動兵器のシルエットがかすかに臨める。

だが、今度は『男』のその優秀な能力が仇となった。配下の積巳気が次々と敵のいる方向へ飛び立ち始めたのだ。

『いかん!! 持ち場を離れるな!!』

 敵が2回ともライフルを持った右手のみを狙ったのは、機体を極力損傷させないためだ。もし、この状況で積巳気を爆発させれば、近くにいるルリたちまで巻き込んでしまう。狙撃手はそれを避けようとしているのだ。

 つまり、敵はこの人質たちに特別以上の感情を持っている。ならば、この状況で人質を置いて敵に向かっていくということは、敵の思惑にみすみす嵌ることになる。

『中佐! 奴を! ここは自分が!』

『ちい!!』

部下の声に『男』も止むを得ず後を追う。部下たちを突き動かしたのは、一方的に攻撃を受ける恐怖心だ。恐怖によって引き起こされた行動を押し止めることの困難さは、『男』自身よくわかっている。それゆえ自らも動き、部下たちの被害を少しでも減らそうとする。

……チャンス、か?」

 愛機に近づこうとするサブロウタ。だが、一機残った積巳気がライフルを向ける。

『動くな、と言っている!』

「ちぃ……」

 

 

「あれか……」

夜天光の『男』は視界に敵の姿を捉えていた。レールガンを構えたステルンクーゲル。かつて統合軍に身を置いた『男』にはよく見知った機体だ。良い機体ではあるが所詮夜天光の敵ではない。

「……撃て」

 部下たちに斉射を命じる。この数の火線、かわせまい。あれだけの精密射撃が行えるパイロット、できれば手合わせをしてみたかったが。

「………なに!」

 ステルンクーゲルの機体が突如消える。

「ボソンジャンプ!? ぬかった!!」

オトリだ。それも自分自身を使った。

 

 

『動くな、と言っている!』

「ちぃ……」

積巳気のパイロットの声。彼は仲間の混乱を最小限に抑えるため、指揮官である『男』を敵に向かわせ、自分は人質への抑えとして残った。おそらく優秀な兵士なのだ。

だが皮肉にも、その優秀な判断が彼の命を奪った。

「?」

 突如、彼の目の前にジャンプアウトするステルンクーゲル。そのままレールガンをこちらに向け、そして、撃つ。

「……」

 彼はその光景の意味を悟ることもなく、次の瞬間には砕け散っていた。

『…………』 

積巳気のコクピットを零距離射撃で射抜いたステルンクーゲル。呆然とするルリたちに向き直る。

『ナデシコに! 急いで!!』

「!!!」

 ルリは全身に電気が走るのを感じた。この声、知っている。

『早く!!』

 二度目の声。間違いはない。

「みなさん! ナデシコまで走ってください! リョーコさんたちパイロットはエステに! 私たちを援護してください!!」

 了解の声と共に走り出す一同。この状況でこの命令が出せたルリはやはり賞賛に値する。

「(あの声……やっぱり……)……きゃ!」

 みんなから遅れ始めたルリをゴートが担ぎ上げ、それが思考を中断させる。彼の背にはすでにハーリーがおぶさっている。

 ちなみにジュンはユリカを抱きかかえようとして、イネスとミナトに取って代わられていた。

「(……でも、でもあの人は)」

 そっと振り返るルリ。その視界の端ではすでに機動兵器同士の戦闘が開始されていた。

 

 

「ええい!!」

 夜天光コクピットの中、『男』は舌打ちをしていた。

 敵はたった一機。墜とせぬ道理はない。だが、敵はこちらの攻撃をことごとくかわし、そのつど味方に痛手を与えていく。

「おのれぃ!!」

 そして『男』の夜天光の攻撃に対しては徹底して『逃げ』をうっている。機体の性能差というアドバンテージがある。まともに戦えば『男』に分がある。それがわかっているから『男』はしきりに敵と組み合おうとするし、敵もそれゆえ逃げに徹している。

「ぬ!」

 また一機、味方機が損傷を受ける。

「ちぃ!!」

味方機の動きがことごとく障害となっている。部下の技量が低いのではなく、『男』と敵パイロットのそれが高すぎるのだ。

『ちゅ、中佐!! あれを!!!』

「む……」

 部下の声に前方を見遣る。そこにはゆっくりと上昇してくるナデシコCが。

「時間稼ぎであったか。フフ、まんまと……」

 目の前の敵が強敵であるがゆえに、その者との勝負を望み、結果この光景を招いてしまった。

『貴様は優秀な武人である。だが武人でありすぎるゆえ、一人の兵としては未熟』

『男』はかつて、草壁にそう評された。

「(我、未だ未熟なり……閣下……)」

 それが草壁に疎まれ、本来切り札たる『男』が、この一種の保険のような任務につかされた一因であった。

「そこのパイロット!!」

『…………』

 未熟ついでとばかりにステルンクーゲルに呼びかける。

「我が名は南雲義政!! 貴様の名、聞いておこう!!」

『ミカズ……いや……カイト、だ』

「カイトか。フム、良い名だ」

『僕もそう思う』

「覚えておくぞ!!!」

 跳躍。ボソンの光と共に消える機体。

 

 

「……敵機、離脱しました」

 ハーリーがほっとしたように言う。

事実ほっとしていたのだ。ほとんどぶっつけ本番でシステム掌握を行ったナデシコCは、現在回路のほとんどがショート中。まともに飛ばすだけで精一杯、本来とても戦闘が行える状態ではなかったのだ。

「……あのマーク」

 副長席のサブロウタがひとりごちる。夜天光の左肩に描かれた紋、『赤い兜』を思い出していた。

「紅武者、南雲義政……」

 掛け値なしに旧木連最強の漢。かつての優人部隊の三大エース、白鳥九十九、月臣元一朗、秋山源八郎、そしてあの北辰ですら、こと戦闘技能にかけてはことごとく南雲の後塵を拝した。

「よりにもよってあいつが生き残っちまうとは…………」

 背筋に寒いものを感じる。かつて一度だけ見た南雲の実力。悔しいがサブロウタとて彼の敵ではあるまい。

ふと、艦長席のルリに目をやる。思考に夢中で気づかなかった。ルリは誰かに呼びかけている。

 

 

『カイトさん! そこにいるのはカイトさんなんでしょう!?』

「………」

 ステルンクーゲル(無断借用)のコクピットに身を沈めるカイト。無言で通信を切断する。

「ルリちゃん………」

 右手をシート脇のボックスにやり、ゆっくりと銃を取り出す。それはかつて、ひとりの女性を手にかけた銃。

「最期に……君に逢えて……良かった」

 弾丸を一発だけ残して床に落とすと、そっとこめかみにあてがう。

「…………」

 カイトの視界にナデシコが入ってくる。初めて見るタイプの、だがまぎれもなくナデシコだ。

「………あそこには……みんなが……でも……」

そっと指に力を込める。

「!!」

 撃てない。右手がカイトの意思を拒んでいる。

「……ぐ!!」

 小刻みに震えだす右腕。思わず左腕で押さえつけるが、はずみで銃がこぼれ落ちる。

「こ、これは……!!?」

──ダメよミカズチ……逃げてはダメ……

「……イツ……キ…?」

 懐かしい声。視界が揺れる。意識が遠ざかっていく。

 

 

 

 

 ゆっくり目を覚ますカイト。少し固めのベッドの上。もう何度目だろう。いつもこういう夢を見ていた。

 夢の中で目を覚ますと、いつもあの船に乗っていて、そして目の前にはいつもあの少女が……。

「……ルリ……ちゃん?」

 そっと少女の名を呼ぶ。

「……はい」

 なにかに耐えるようなルリの声。

「…………」

ルリにはわからない。どうしていいのか。言いたいことはたくさんあった。だがそれ以上に、ただカイトに逢いたかった。

「…………」

 ルリにはわからない。泣けばいいのか、笑えばいいのか、それとも怒ればいいのか。

「…………」

 カイトはそっとルリに手を伸ばす。手が微かに震えていた。怖かった。触れようとすることで、またいつもの夢のようにルリが消えてしまうのではないか。だが、ルリに触れたい。夢でない証、ほんのわずかな『ぬくもり』が欲しい。

「……カイトさん」

 それに応えるようにルリも手を伸ばす。そしてその手が触れ合ったその瞬間。

「てんめぇぇぇぇ!!! カイトォオオオ!!!」

 扉を蹴倒さんばかりの勢いで医務室に駆け込んでくるリョーコ。

「「!!」」

弾かれた様にあさっての方を向くルリとカイト。触れ合っていた手は、咄嗟に指相撲の形をとっている。

「あ、リョ、リョーコさん、どうもご無沙汰……どぇ!!」

 いきなりリョーコの拳が飛んできた。

のけぞるようにして何とかよけるカイト。だが、いつの間にか背後に回りこんでいたウリバタケが両腕で首を捕らえる。いわゆるスリーパーホールドだ。

「こんのヤロォ〜! 今頃になって戻ってきやがって〜!!」

「……ロ、ロープ……いや、ギブ、ギブ・アッ……プ」

もがくカイト。その右の頬をヒカルが力一杯つねる。

「ホンっっっトだよ! いっぱい心配させておいてぇぇぇ!!」

 さらに空いた左頬にイズミが取り付く

「呼吸器官………心肺……」

「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさぁぁぁい!!」

 

 

「ふぅ……」

 ため息を漏らすルリ。次々現れるクルーたちによって次々ボコられていくカイト。ルリは完全に環の外に押し出されてしまった。

「あの……」

「え?」

 いつのまにか、ハーリーが隣に立っている。

「ミスマル大佐は無事医療班に。イネスさんとゴートさんが同行してくれています」

「そう、ご苦労様」

「あ、あの……」

「はい?」

「あの人は……いったい?」

 至極ごもっともな質問をするハーリー。

「あの人は…………」

 そうあの人は、

「あの人は………カイトさんです」

 微笑むルリ。

「…………」

 ハーリーは何か、釈然としなかった。こんな嬉しそうなルリはかつて見たことがない。

「………」

 ルリとハーリーの視線の先、なだめに入ったジュンのお陰でなんとかボコリが中断しつつある。ユキナとミナトが不満そうにカイトの両耳から手を離す。

「……お」

 リョーコがいまさらルリに気づく。

「わ、ワリイ。すっかり邪魔しちまったな」

「え?」

「ほらあ、感動の再会ってヤツ? やっちゃいなよ。ルリルリ」

 すかさずヒカルがルリの背中を押す。今度の新作の参考にしようとしているかどうかは分からない。

「あ、あの……ちょ」

 そのままカイトの前まで押しやられる。

 顔中をつねられ真っ赤なカイトと、それとは違う理由で真っ赤なルリ。

しばし無言のふたり。

「ほらカイト君、何か言ってあげないと……」

 ジュンが気をきかせる。人の世話を焼いている暇があったらだが、それゆえ彼はジュンなのだ。

「え、ええと……その……」

 必死に頭を働かせるカイト。確かこういう場面でのお約束のセリフがあったはずだ。

「ル、ルリちゃん………」

「……はい」

「し、しばらく見ない間に……その」

「………」

 ゴクリ。固唾を呑む一同。

 カイトゆっくりと手を伸ばし、そしてルリの頭に置く。

「(は?)」

「お、大きくなったね」

「……………………………………………………………………………………………………………………ブチッ」

 その後しばし修羅場が繰り広げられたという。喧騒の中ハーリーが密かにガッツポーズをとっていたとかいないとか。

 

 

 

 

「…………」

 深夜になって部屋をそっと抜け出すルリ。行き先は医務室。

「…………」

そっと周りを見回す。誰にも見られていない。

 扉の前に立つ。とたんに背後から声がかかる。

「あら、ルリルリ?」

「!!! み、ミナトさん」 

「なにをして……って、聞くまでもないか」

 医務室には部屋無しのカイトがまだいる。確かに聞くまでもない。

「ち、違います。そんなんじゃ……」

「はいはい、言い訳はいいから」

 ミナトは毛布をルリに手渡す。

「……え?」

「カイト君に。この部屋寒いから」

「……で、ですから……」

「しっかり捕まえとかないと。彼、意外と競争率高いわよ」

「!! ミナトさん!」

「大丈夫よ。私はいつでもルリルリの味方だから。じゃ、頑張ってね」

 無責任に炊き付けて行ってしまうミナト。本当にただの味方ならなんで毛布を持っていたのか。

「だから、違うのに……」

 呆然とたたずむルリ。だが、ため息ひとつと共に扉に向かう。ところで何が違うのだろう。

 開く扉。

「か、カイトさん! 毛布です! で、でも、これは別にミナトさんから頼まれただけで決して…………」

「…………グウ」

 カイトは熟睡していた。

「…………」

 思いっきり自爆というかお約束を踏んでしまったルリ。

………ハァ」

 せめて毛布だけでもと、カイトのベッドに近づく。

「ホント、よく眠る人ですね」

 寝る子は育つ。

「………………」

カイトの静かな寝息。子供のような寝顔を見せられると、流石のルリも苦笑してしまう。

「ごめんなさい。ホントは私、またあなたに逢えて、あなたが戻って来てくれて……その……とても……」

 やさしく毛布をかけてやる。

「あ……」

 気づくとカイトの顔がルリの間近にある。

「あなたがいなくなって……アキトさんやユリカさんまでいなくなって、私、さみしくて、だから……カイトさん……」

 そっと唇を寄せる。少しでいい、ここにカイトがいるという事実を確かめたい。

「……う」

 ルリの吐息にカイトが身をよじる。まぶたが震える。起こしてしまったようだ。

「えっ! そんな、まだ……」

 慌てて手近な棚の陰に身を隠すルリ。

「ん?」

 身を起こすカイト。毛布に気がつく。一瞬顔を綻ばすが、何故かすぐ沈鬱な表情を浮かべる。

「(………)」

 物陰からそっと様子を伺うルリ。そんなルリに気づかず、呟くカイト。

「イツキ……」

「(!)」

「イツキ、君の声が聞こえない…………」

 胸のポケットからイツキの写真をとりだす。

「僕は『ここ』にいてもいいのかい?」

 ルリは肩を震わせていた。夢中で何かを噛み締めていた。それが何なのかはルリ自身にも分からず、だが、噛み締めていた。

 

 

 

 

「…………」

 ネルガル・オマエザキドック。真新しい軍服に身を包んだカイトが、これから乗り込む船、ナデシコBを眺めていた。

懐かしいというのとは少し違うが、不思議な感慨もある。

 帰還から数週間。死人が生き返ったゆえの数々の事務処理やら、S級ジャンパーの認定やらから解放されたら、いつの間にかこうなっていた。

 襟には形ばかりのA級ジャンパー章に加え、大尉の階級章。

「器じゃないんだけどな……」

 分不相応、そう思う。だが実際ミカズチ・カザマとして彼の最終階級は中尉だ。今回の活躍の功績によって昇進をすれば、カイトは必然的に大尉殿になってしまうのだが、これもようはネルガルや統合軍にS級ジャンパーを引き抜かれまいとする宇宙軍からのアメ玉なのだろう。

「もっとも、そのお陰のナデシコB配属なんだろうけど……」

カイトの新たな機体、純白のスーパーエステバリスが搬入されていく。

「まあ、おおむね良好……かな」

 自嘲。だが、すぐに引っ込め、愛機と共に格納庫にむかう。まずはメカニックの皆さんにご挨拶だ。

 

 

「艦長。カザマ大尉、到着されました」

「了解。ただちにブリッジへ」

「いえ、それが……」

「どうかしました?」

「整備班に歓迎されてるというか、いじられてるというか……」

 格納庫の様子をウィンドウに表示させるハーリー。

『…………ガヤガヤ

ウリバタケ以下メカニックに捕まっているカイト。どうやらルリとの関係を吐かされているようだ。

「まったく……」

 呆れるルリ。微妙に頬が赤い。隣でサブロウタが笑いを噛み殺しているが、ルリに睨まれ中断する、とりあえずだが。

「ちょっと行ってきます。あとヨロシク」

「りょ、了解」

 そのまま行ってしまうルリ。

「うぅ〜」

 泣きそうな顔のハーリー。

 

 

「いや、その、スミマセン……ホント」

 ようやくの様に開放されたカイトは、救出の恩人ルリの後をとぼとぼと歩いていた。

「カイトさんは主体性が無さ過ぎます」

「……はい」

「ヒトが良いというのは長所ともいえますが、モノには限度というものがあります」

「……はい、ごめんなさい……」

「それです! 仮にも(外観上)年少者の私からこれだけ言われて何の反論も無いんですか」

「……えと、ごめんな……あわわ……」

 おもいっきり口ごもるカイト。それは草食動物に生肉を食えとか、三毛猫に百獣の王になれと言っているようなものなのだ。

「今回の件だって……」

「え?」

「(本当は目覚めたくもないのに……ナデシコの危機を見かねて、渋々……助けに来たんじゃないんですか?)」

ルリの問いは言葉にならない。

本当は、ルリには聞きたいことがたくさんある。ルリからの通信を一方的に切ったこと、ステルンクーゲルのコクピットに拳銃と銃弾が転がっていたこと、そして盗み聞きしてしまったカイトのあの言葉の意味。

「…………」

聞けない。変にプライドが邪魔する。本当は泣き叫んででも聞き出すべきなのかもしれない。そうしなければ、何か悪いことが起こる予感もある。

「……ルリちゃん?」

聞くことができない。聞くことで何かが壊れてしまうのではないか、カイトを何処かに追い遣ってしまうのではないか。

こういったことに対してルリはあまりに無垢であったし、同時に臆病だった。

「あなたは……隠し事が多すぎます!」

 そのまま駆け去ろうとする。

「………信じて欲しい」

 ふと、カイトの声がした。

「………」

 足を止めるルリ。

「僕が再び目覚めたのは……ルリちゃんを助けに来たのは! ただこのことだけは……」

 搾り出すようなカイトの声。

「…………」

「僕自身の意思だ…………僕が……そうしたかったからだよ、ルリちゃん」

振り向くルリ。

「…………カイトさん」

 いまはただ、その言葉だけで十分だった。

 

 

───いつか、光となるその日まで

 

 

─────────その日は近い

 

 

 

 

 どこかの暗がり。鉄格子のついた扉の向こうで男が胡坐を掻いている。

「?」

 不意に扉が開いた。男の顔に光が挿し込む。

 扉の向こうに誰かがいる。逆光で顔は見えない。右手には長大な太刀を携えている。

「お迎えに上がった」

「死刑執行人にしては……なんだ南雲君か」

 男の声に軽く顔をしかめる南雲。

「(こんな俗物の力まで借りねばならぬとはな)」

 苛立ちを隠すように、男に何かの端末を投げ渡す。

「お、おおお?」

 男の顔が見る見る綻んでいく。

「フフフ〜。やっとその気になってくれたか」

…………取引だ。それ以上でも、以下でもない」

「では……アハハハハ。第二幕、開幕だ〜〜」

 端末のディスプレイ。そこにはカプセルの中で『眠る』、イツキ・カザマの姿が………。

 

 

 

 

『眠れる森の美女』につづく

 

 

 

あとがき(出張版)その一

 

異  界「初めまして異界と申します」

ハーリー「マキビ・ハリです」

異  界「そのうち書きたいな〜と思っていたカイト君の復活編。こういう形の発表になろうとは。まさに嬉しい誤算ですね」

ハーリー「冒頭のシーン、僕や艦長たちがいたのは地下で、サブロウタさんたちがいたのは地上の筈ですが」

異  界「個人的に好きな南雲さんも活躍させられたので異界的には結構満足です」

ハーリー「なんで、南雲さんたちの機体はシステム掌握されていなかったんですか?」

異  界「では、また近いうちにお目にかかったりかからなかったりしましょ〜」

ハーリー「もしもし、聞こえてますか〜!!」

異  界「聞こえてるけど聞いてません」

 

 

あとがき(出張版)その二

 

異  界「再びまして異界です」

ハーリー「マキビ・ハリです」

異  界「えー、ご存知の方もおられるかもしれませんが、本作は以前、大塚りゅういちさん主催の『カイト祭』に投稿させていただいたものの『ちょっとだけ改訂版』です」

ハーリー「やっちゃいましたね多重投稿」

異  界「ははは……こころよくご許可いただいた大塚さんにこの場を借りて感謝いたします」

ハーリー「思えばRinさんと知り合ったのも『カイト祭』がきっかけですね」

異  界「ええ、今回はRinさんからSSのネタ使用をご許可いただいたことへのお礼と言うわけで、本作を投稿をさせていただいたんですが……」

ハーリー「なんだ新作じゃないんですね」

異  界「ギクッ!」

ハーリー「そんな暇があったらさっさと『The knight of chrome』の続きを書いたらどうですか?

異  界「ギクギクッ!!」

ハーリー「結局、Rinさんの仕事増やしただけなのでは?」

異  界「ギクギクギクッ!!!」

ハーリー「……なぁ〜んて言われないといいですね」

異  界「(このおガキ様め……次作でメタメタに書いてやる……)」

 

サブタイトルの由来

今回、あんまり明確なヤツはないんです。強いて言えば某宇宙人80の唄の歌詞とか、某アニメのサブタイトルでしょうか。

当初は『木星(ホシ)の王子さま』だったんですが諸事情により現在のものになりました。その辺の話はまたいずれ。ではでは。

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