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「ああ、星野先生。少しいいですか?」
春も爛漫。
四月になって入学式が終わった後、プロス理事長先生は気軽に私を呼びとめました。
「はい、なんでしょうか理事長先生」
「はい。実は星野先生に折り入ってお話がありまして」
ほっほっほ、といつもの飄々とした笑みを理事長先生は浮かべています。
「…………」
嫌な予感がしますけど、一介の教師である私に理事長先生に愛用のコルトパイソンを撃ち込んだりする事はできません。
「実はですねえ、新入生のクラス分けがまだ完了していないのです。なにぶん今年度は特殊な若者が多くて」
「はあ。特殊な若者ですか」
「はい。成績は良いのですが何かと問題のある生徒たちがおりまして。面倒ですからこのさい、彼らを一まとめにして特別クラスを作ってしまおうかと思っておるのです」
思っておるのですって、入学式が終わった後でそんなことを言い出すあたり理事長先生はどうかしています。
「仮にQクラスと名付けましょう。先生にはですねえ、これから授業がてらに彼らの特性を見ていただこうかと思いまして」
「はあ。お断りしたいのですが、拒否権はあるのでしょうか?」
「ほっほっほっ、そうおっしゃらずに。何も厄介ごとを先生に押しつけようというのではありません。先生にはですね、Qクラスでもっとも試験結果の良い生徒を一人お預けましょう。先生のクラスに編入させるなり個人授業をするなり、お気にめさなかったらマグロ漁船に乗せて上前をはねるなどして結構ですぞ?」
ニヤリ、とメガネを光らせ、凄みのある笑みを浮かべながら話す理事長先生。
「……はあ。そういう事でしたら引きうけます。どうせ断っても無駄なんでしょう?」
「いやあ、先生は物分かりがよくて助かりますなあ」
ほっほっほと先ほどの凄惨な笑みが嘘のように朗らかに笑う理事長先生。
そして、私は校長先生に連れられて特別クラスへ。
……ああ、なにか思いっきり気が乗りません……
教室の中に入っても私の気分が晴れることはありませんでした。
「えー、彼女が今日一日君たちの担任となる星野先生です」
理事長先生が教室に集まった生徒たちに声をかける。
……いつからこの学校は私服制になったんでしょう。教室には実に多種多様な生徒達が集まっていて、ますます気分が滅入ってきます。
「はい、それでは皆さん、先生に挨拶をして」
生徒たちは席を立って挨拶をします。
ツナギ姿のおじさんがいたり、編み笠をかぶった時代劇コスプレがいたり、ボディコンお姉さんがいたり、アホ顔脳天気艦長がいたり、どこぞの大企業の会長秘書がいたり、紫髪のストーカーがいたり、黒ずくめの長い黒髪のくわえ煙草がいたり、もこもこのぬいぐるみを着込んだ幼児体型がいたり、どこかの穴掘り名人がいたり、白衣を着込んだ説明おばさんがいたり……。
Qクラスの生徒たちはみな一癖も二癖もありそうで、本当に見ているだけで…………。
その時、一番後ろの窓際に座っている男の人と目線が合って……。
―――――――――――― 一目惚れ、しちゃいました。
すぐに脱兎の如く教室から出て。
「理事長先生、理事長先生っ……!」
「はい、なんですか星野先生」
「なんですか星野先生、じゃないですっ!あの子、窓際でぼーっと外を見てたあの男子生徒が誰ですか!?」
「はいはい、あの生徒はカザマ・カイトくんですな。別にこれといって問題のない、Qクラスでは唯一まともな生徒だと思いますよ」
「……カイトさん……ええ、カザマ・カイトさんですね!って事は、つまりその、あの子を私の好きにしちゃっていいんですか……!?」
「まあ、彼が最も良い成績を残せた場合はそうですな。授業内容は星野先生にお任せしますから、しっかりと勉強させてあげてください」
「ふ……ははは、あははははははは!」
来た。
今年最大の波が来ましたっ……!
もう理想ばっちり、あのいかにも流行に反して生きていそうなところとか、メガネをかけているところとか、我が強そうで押しに弱そうなところとか、けど怒ると手が付けられそうに無いところとか、そこはかとなく色気のある細い腰とか、サラサラした黒髪とか、ふわふわの子犬みたいなところとか、もう全部ツボ、クリティカル、ストライク、ファイナルアンサーっ……!
「うわ、どうしよう私……!あんな子が自分のクラスにいてくれるだけで嬉しいのに、放課後個人授業したり準備室でお茶を淹れてもらったり、果てには部屋に軟禁して色々なコトを教え込んでいいんですね!」
「ほっほっほ。我が校に迷惑がかからない程度に、警察沙汰を避けていただけるのでしたらよろしいのではないでしょうかねえ」
「素晴らしいです理事長先生……!そして何より腐れ作者にこのSSを書かせた神さまに感謝を!」
「ほっほっほ、おかげで『風の行方』の投稿がさらに遅れたそうですよ。それでは特別授業を始めるとしましょうか」
ふふ。
うふふふ。
うふふふふふふふ……!
萌えてきました。
作者に虐げられて幾年月、今回こそ全ての借りを返す時!
まっていてくださいカイトさん、私、今度こそヒロインになってみせます!!貴方のルリになります!!!
がんばれルリルリ!!
〜教師編〜
「さて、それではルールを説明しましょう。星野先生には今日一日、彼らの一般常識を測っていただきます。星野先生は通常通りの授業をこなしつつ、生徒たちに問題を与えてください。
質問の内容は先生にお任せします。放課後になるまで最も正解の多い生徒がQクラスの代表という事で。また、お手つきは三回まで。問題を三回間違えた生徒は教室から退場させて結構ですよ」
とQクラスの教室で今回の説明をする理事長先生。
「はいっ。で、理事長先生、その問題というのは現代社会からの出題という事でよろしいんですね?」
「いえいえ、そういった教科書上の知識では彼らの道徳性は判らないでしょう?ですから問題はあくまで一般常識です」
「一般常識、ですか。しかしこれでは正しい解答は難しいのではないでしょうか。常識の尺度は人それぞれですから」
「ご安心を。正否の判定は私がします。教室の後ろで様子を見ていますので、判断に困りましたら声をかけてください。それと生徒の中にも一人、授業内容を記録する試験官を設けました。星野先生はどうぞ、気兼ねなく普段通り授業を進めてください」
「……なるほど。生徒の中に、一人試験官がいるのですね」
さりげなく教室を流し見てみて、それらしい人は……
――――――いた。
やんややんやのいつもの大騒ぎをしている生徒の中でも一際元気に騒いでいる見知った女性。
萌えるっしょ♪という作者の安直な理由で、真っ黒いコートに大きなリボンを付けた某使い魔のコスプレを着込んでいるラピス・ラズリ。
そしてその隣でそのラピスを人形みたいにぎゅ〜っと抱きしめている女性。
というかやっぱり艦長さんです。
彼女を意図的に退場させるのはやめておきましょう。
……なんとなく、彼女は苦手です。
それはそうとして……
「……校長先生。問題児の集まりにしては女生徒が多いのですね」
「ほっほっほ。そういう事もありますな」
それでなんでも誤魔化せると思っているのがうちの理事長先生の悪いところです。
……まあいいでしょう。
あとの女生徒はみんな敵です。
ズバリ女の勘で判ります。
とくにあの、いかにも肉親ぶってカイトさんの近くに座っている紫の髪の長いのと、離れた席からじーっとカイトさんを観察しているゲーム脇役は要チェックです。
「それでは後はお任せしましたよ。私は後ろで様子を見ていますからね」
理事長先生は飄々とした身軽さで歩いていく。
さてっ。
まずは自己紹介から始めて、きっちりと教師としての威厳を見せなくてはいけません。
/試験官は語る
「はい、それでは授業をはじめますね。先生はA組の担任をしていますが、今日だけ皆さんの授業を受け持つ事になりました星野です」
……年の若い教師、というよりまだ一六歳の社会科の星野先生は丁寧な挨拶をした。
で、あとはお決まりの自己紹介が始まった。
「イツキ・カザマです。木連女学院高等部からやってきました」
「まあ、木連女学園といえば名門中の名門じゃないですか。そんなところからこんな二流の進学校にやってくるなんて、よほど破天荒な問題を起こしたのですねイツキさんは」
人の良さそうな笑みを浮かべながら、さらりと危ない発言を放つ星野先生。
「いいえ先生、そのような事はないわ。私はただカイトに悪い虫がつかないよう、わざわざこんな場末の進学校を選んだの。そして、その選択は間違っていなかったとたった今確信したわ」
「そうですか、そんな事情は知った事じゃありませんので、次の人どうぞ」
……などと、まるで星野先生と生徒たちの一騎打ちめいた自己紹介が続いていく。
「女教師。いいね」
「――――――っ!」
突然そんな声がして、がたん! と思わず椅子ごと後退してしまった。
「な、なんだ、どこの変態かと思ったらアキトさんじゃないか。あなたもこの学校に入学したの?」
「変態って……確かに本編では鬼畜街道まっしぐらだけど、なんでまた今回もこんな配役なんだ?」
と肩を落としてため息混じりに呟くアキトさん。
しょうがないよ、そこら辺は作者の独裁だから。
「はい、次の人。出席番号一七番、カザマ・カイトくん」
「あ、はい」
妙な哀愁を漂わせているアキトさんを無視して立ち上がる。
…………と。
なにか、妙に皆さんから注目されているのは気のせいだろうか。
「カザマ・カイトさんですね?入試テストで平均点70点、面接はA判定、身長177センチ、体重67キロ、血液型はA型、視力は両方とも2.0、正確は温和で協調性があり……」
「あ、あの、先生」
星野先生はつらつらと人のデータを読み上げていく。
はては胸囲から脚のサイズまで口にした後、
「以上に間違いありませんね?」
なんて、笑顔で確認されてしまった。
「あ……はい。大方間違いはないと思います、けど」
「結構です。それでは自己紹介はこのヘンで切り上げて、さっさと授業を始めることにしましょう」
「なぜかしら、まだ私たちの説明が済んでいないわよ」
「はい、はいはいはい! せんせいっ、わたしもまだ順番が回ってきていないんですけどっ!」
「時間の都合上、貴方たちにはかまっていられないからです。さ、それでは授業を開始します。授業態度が悪い人はすぐに退場していただきますからねー」
イネスさんとアサミちゃんの抗議に全く聞く耳持たずといった感じで話を進めていく星野先生。
「それではこれから道徳の本を配ります。教科書ではありませんからそう構えないでくださいね。はい、では生意気にメイド服などを着込んでいる……てなんですか、それは?」
「あははは〜♪ ねえねえ似合う?ルリちゃ〜ん♪ 今回はカイト君のお屋敷に勤めているメイドさんって設定なんだよ〜♪」
メイド服を着込んでいる天才艦長……ていうかユリカさん。
「なんなんですか?その三文エロゲ〜のような設定は。貴方はせいぜいアキトさんとよろしくやっていれば良いんです」
絶対零度の眼差しをユリカさんに向ける星野先生。
しかしそんな眼差しに全く堪えずにユリカさんは話す。
「え〜! だって本編じゃあアキト完全に外道で鬼畜で変態さんなんだよ〜? あんなのよりはカイト君の方が何百万倍もいいよ〜!」
あんなの呼ばわり……アキトさん、かわいそうに。
でも、しょうがないですよ。
なんたって作者が嫌いなんですから。
「まあ良いです。たとえユリカさんでも容赦はしませんよ」
そう呟く星野先生をしり目にユリカさんはニコニコしながら本をみんなに配っていった。
「はい、それでは皆さん本に目を通してください。これには世間一般の常識が物語形式で描かれています。この本の内容から皆さんに問題を提示しますが、皆さんにも自問に思った事があったら遠慮なく質問してくださいね」
「はぁ、やっぱり言わなきゃいけないのかなぁ……」
とためいき全開な様子で質問ですと手を挙げるアキトさん。
「さっそくですね。はい、なんでしょうかアキトさん?」
「『風の行方』で俺とルリちゃんの関係はやっぱり愛人関係ですか?」
どきゅんどきゅんどきゅ〜ん!!!
神速の速さで愛用のコルトパイソンでのクイックドロウを容赦なく放つ星野先生。
「なんでこんな役回りばっか〜!!」
と世の中の不条理を叫びながら弾丸を喰らい窓の外へと吹っ飛んでいくアキトさん。
かわいそうに……全ては作者の依怙贔屓のせいだから(爆)
……チェックチェック。早くも一人脱落、と。
「皆さん、百六ページを開いてください。劇場版長編アニメーション機動戦艦ナデシコ、通称劇ナデにおける主人公の心理状態について考えてみましょう」
そして何事もなかったかのように授業を始める星野先生。
アキトさんの退場が効いたのか、授業は平坦に、極めて平和的に進んでいった。
何問かの問題を主にイネスさんが答え、そろそろ授業も半ばに差し掛かろうとして。
星野先生が動いた。
「さて皆さん。もう一通り本を読んだと思いますので、ここからは先生からの問題とします。問題に答えるのは挙手制ですが、たまに指名する事もありますので気を抜いちゃダメですからねー」
はーい、と頷くQ組の生徒たち。
さて。いよいよここからが本題である。
――――――戦いは熾烈を極めた。
二〇人はいた生徒も今では自分とイネスさん、あとは数名の女生徒を残すばかりになってしまった。
星野先生の人のトラウマを突くピンポイントの出題によって、残った生徒たちも精神的なダメージを負っている。
いまのところ不正解を出していないのは僕とラピスちゃんだけだ。
もっとも、なぜか自分は星野先生のターゲットにされておらず、ユリカさんは星野先生に指されないかぎり問題に参加しないためである。
「……残ったのはイツキさんとラピスさん、ユリカさんとアサミさん、それにイネスさんとカイトさんですね。全五十題の問題も残り七つ。先生、正直みなさんを見なおしました。先生の予想ではこの段階でたいていの邪魔、いえ、生徒は退場していると踏んでいたんですよ」
さらりと危ない発言をする星野先生。
「ふん、あまり甘くみないで先生。さっきからあからさまな依怙贔屓をしているみたいだけど、そんなモノに膝を屈する私たちじゃないわ。残り九問、きっかり答えきって終わりにしてあげる。ねえ、そうでしょう、艦長」
「うん。カイト君の回答数はいまだゼロ。わたしとイツキさん、アサミちゃんとラピスちゃんの回答数は五つを越えてるよ。……残り七問でカイト君の逆転はまずないかな」
……むむ、ユリカさんもイツキもきっかり他人の点数を把握していたらしい。
「……そうですね。
僕がマイナス0のプラス0、
ユリカさんがマイナス0のプラス1、
イツキとラピスちゃんがマイナス1のプラス5、
アサミちゃんがマイナス1のプラス3、
イネスさんがマイナス2のプラス15。
いやもう、どう考えても逆転はないでしょう」
僕はノートにチェックしていた点数を読み上げる。
「そうですね。このままではどう足掻いてもイネスさんがトップです。同じくおばさんなエリナさんは案外潔く舞台から降りたというのにまだ残っているなんて、大人げないんじゃないですか」
不機嫌そうにイネスんにそう言い放つ星野先生。
「生来手が抜けない性質なの。でも、二問のマイナスは不本意だわ。あなたの問題の出題はいささか客観性が欠けているんじゃないの?」
「ご忠告どうも。それでは四十四問目をイネスさんに出題しますねっ!二千八百ページ、『風の行方・第5話』にてその回の主人公が街中にて金髪の女性と出会っていますが、その金髪の女性が持っていた『まん○らけ』とプリントの入った紙袋の中身はなんでしょう?」
……うわ。
星野先生、いくらなんでもそんな絶対分からないような問題を出すのはどうかと……
「ネ○ミ○よ」
「……え?」
「だから、○コ○ミ○ー○よ」
「あ、あの……?イネスさん、それはなんでしょうか?」
「あら、良いのかしら?これ以上言ってしまうとヤバげな程のネタばれになってしまうのだけれど」
イネスさんは椅子にふんぞり返っている。
「…………」
星野先生は困った後、教室の後ろに鎮座しているお方に視線を向けた。
「理事長先生、判決を」
「ほっほっほ。まことに惜しいのですが、イネス博士の回答は適切ではありません。ネタばれはいけませんなあ」
「……ふん。いくら阿呆な作者でもネタばれは怖いらしいわね」
潔く席を立つイネスさん。
「じゃあね。いくら本編で虐げられているからって、あまりにあからさまな依怙贔屓はどうかと思うわよ。『電子の女神』さん」
「よ、余計なお世話です!敗北者はさっさと退場しなさい!」
どきゅんどきゅんどきゅ〜ん
神速の速さでコルトパイソンを貫き放ち、立て続けに三発連射する星野先生。
恐ろしく速く正確な銃撃を何故か白衣で受けとめ、イネスさんは部屋を後にした。
「さて、気を取り直して次の問題です! これはそうですね、アサミさんに出題しましょう。『罪と罰』である女性が本来ヒロインであるはずだった妖精さんを差し置いてヒロインになりやがっていますね?」
「うっ……はい、なってます、けど」
アサミちゃんは星野先生の迫力に圧されながらも、なんとか返事をする。
「さて、ここで問題です。この脇役さん、分不相応にも『夏祭り』でもヒロインなんかをやりやがり、そのハンパな知名度と人気ッぷりから『風の行方』本編でも出番があるのでは?というトンンデモネエ噂が立ちましたが、実際の所はどうなのですか?」
……すごい。
星野先生、まさにアサミちゃん用の最終兵器を持ち出してきた。
「――――――っ、〜りません」
苦しげに、正解を口にしようとして、どうしても口に出来ないアサミちゃん。
当然だろう。なにしろこの問題は彼女自身の存在がかかっているのだ。
「はい?聞こえませんよ、アサミさん」
そこへ追い討ちをかける星野先生。
「くっ…………」
悔しげに呻くアサミちゃん。
そして……
「えーっと、わかりませんっ!」
と、アサミちゃんはプライドを優先した。
「ほう。回答欄に答えがないのでは減点としか見るしかないですなあ」
にやり、と邪悪な笑みをこぼしながらそう言い放つ理事長先生。
「いいんですっ!こんな問題で正解なんかとるより、わたしの出番のが大切ですっ!」
お。開き直ったぞアサミちゃん。
「先生、質問! わたし、どこかの悲劇のヒロインぶっている女神よりヒロインに相応しいアイドルの女の子がヒロインになってカイトさんとらぶらぶをするお話が『風の行方・外伝・夢月夜』にあるって聞いたんですけど。なんで何処にもないんですか!」
あ。そうそう、それは確かに興味深い。
「没ですから」
きっぱり星野先生は言った。
「え……ボツって、逆さまにした壺?」
「半端なボケをありがとうございます。ですが、その脇役ヒロインの外伝はばっさりカットです。電波そのものは『風の行方』よりもはやく飛んできていたらしいので、まあ運が良ければ日の目を見るんじゃないんですか? そもそも別に良いじゃないですか、『罪と罰』でヒロインになれたんですから。死んじゃってますけどね。も一つおまけに『夏祭り』でもヒロインでしょう? オリキャラに喰われまくってますけどね」
ふっ、と嘲笑を浮かべながら鼻で笑う星野先生。
「わー。サクシャはウソツキだー」
と抑揚のない、極めて平坦な口調で呟くアサミちゃん。
その平坦さが余計にイタイタしい。
「って、納得いかないですっ……! ひどいです理事長先生、こんなお馬鹿なパロディ物を作るならわたしの話を優先しれくれたっていいのにぃ……!」
後ろで陣取る理事長先生へ駆けよるアサミちゃん。
「……………………」
理事長先生は慈悲深い笑みを浮かべた後。
「…………没な物は没でしょ!」
と、激しくのたまった。
「うわあ、あんまりだぁー!!」
泣きながら教室を飛び出していくアサミちゃん。
まさにリベンジ大失敗。
「ふん、私の出番でさえ没になったのですから他の者の出番など許すものですか」
ほっほっほ、と凄みのある笑みを浮かべるプロス理事長先生。
一説によるとネルガル側の立場からの視点で一本短編の予定があったりなかったりしたとか……
「……アサミちゃん、残念だね」
「そうね、けど私たちには良かったのかもしれないいわよ? なにしろあの娘はあのサターンの名作ゲームにおいて作者の一番のお気に入りと聞くわ。下手をするとまた作者が何かしらの電波を受信してしまうかもしれないし。そうなれば一番その煽りを喰らうのはそこの不幸女……」
「イツキさん、くだらないお喋りはやめましょうね。まだ授業ちゅうですよー」
どきゅぅん、と星野先生愛用の黒光りするコルトパイソンから銃弾が打ち出される。
それをひょいと首をかしげる動作だけでかわすイツキ。
ふふふ、と睨み合う教師と生徒。
……なんかこの二人、本編でもこんなんばっかりのような気がするなぁ。
「あー、星野先生。時間もありませんし次の出題にいってくれませんか」
「……はい、それでは次の出題です。五千百二十一ページ、『風の行方・第五話』において、ある少女が昔助けられた恩人の事を思いだしていますね?仮にこの『自分を助けてくれた白い人』をその少女の初恋の相手とした場合、この初恋は成就するのでしょうか?」
「……………………」
ざ、と教室の空気が重くなる。
これは間違いなく、ラピスちゃんへのキラーパス。
そして、これは星野先生の罠だ。
初恋は成就する、なんて美しい話、他の人間はともかくあの理事長が認めるとは思えない。
席を立つラピスちゃん。
その際頭に付けた大きなリボンがふわりと揺れる様が作者的にプチ萌えポイントらしい。
「…………わたしは……」
それを承知の上で、
「……その女の子の初恋は……必ず成就すると思う……」
はっきりとラピスちゃんは回答した。
「うがーーーー!それじゃ陵辱がないでしょ!」
理事長先生大激怒。
「…………けち……」
大人しく椅子に座るラピスちゃん。
「はい、残念でしたねラピスちゃん。先生、ちょっと感動してしまいましたが理事長先生の決定には逆らえません。ラピスちゃんはあと一度の間違いで退場です」
「…………うん……」
「それでは続けて『風の行方』シリーズから。わりと苦労性な主人公の周りには若干能力がかぶっている人物がいますね〜。大きくなって大人の魅力全開なAさんか、それともロリロリなだけのロリっ娘Bか、主人公にお似合いなのはどちらの人物でしょう?」
「……………………っ」
息を飲むラピスちゃん。
またしてもラピスちゃんへのキラーパス。
星野先生のスピリチュアルアタック(精神攻撃)も激しさをさらに増してきたようだ。
「……ただ発情してるだけでしょ……」
「何か言いましたか〜? ちょっと雑音が多いですよ〜イツキさん」
ぼそりと呟いたイツキの呟きを星野先生はきっちり聞き逃さずにこやかな笑顔で愛用の黒鉄の塊を突きつけている。
……額に青筋がきっちり浮き出ている辺り、本編での扱いに対しての深い不満が感じ取れる気がする。
二人は待たしても無言で睨み合っている。
その最中、答えなければいいものを、ラピスちゃんは大きく息を吸ってから、
「……わたしは…………Bの方がいい……」
と、またも星野先生の思う壺になってしまった。
「それはいけませんねえ。主人公は苦労性なのでしょう?でしたらロリロリなBより大人なAの方が相応しい。これ以上主人公を苦労させるわけにはいきませんからなぁ」
がく、とうなだれるラピスちゃん。
こうして教室に残ったのは三名。
僕とイツキとユリカさんだ。
「さて、それではユリカさんへの出題です。風の行方主人公がテレビ版主人公の家に4人で住んでいた時、テレビ版の主人公がラーメン屋台を開業するまで結構な期間がありましたね? その間の金銭的な面でこの4人はどうやって暮らしていたでしょう?」
「はあ、それは困っちゃったなぁ。その問題は本編でも明確に語られていない事だから」
「当然ですね。物語という性質上そんな現実的で世知辛いエピソードを入れるわけにもいきません」
なんだか、実体験に基づいているかのようにため息混じりに話す星野先生。
「でも、その問題だったら答えちゃおうかな。ルリちゃんやカイト君には知られていないけど、その期間の経済的な面で面倒を見てたのはやっぱり私だったりするんだよね。アキトはナデシコA時代に保険に入っていなかったからお給料の殆どを賠償に当てなきゃいけなかったし。ある意味借金が無いだけましみたいな感じだね」
「まあ、予測できた答えでしたけどね。あの人に四人もの扶養家族を養ってゆけるような甲斐性が有るとは思えませんし。結局ウリバタケさんの奥さんにこっそり屋台のお金を払ったのもユリカさんでしたし」
呆れ気味に呟く星野先生。
「ということは、その期間のテンカワ・アキトは言うならば――――――」
「うん。ぶっちゃけ私のひもだね」
……うわあ、恐るべしユリカさん。イツキさえ口にするのを躊躇うような切ない事実を平然と口にするなんて。
「さ、ルリちゃん、残り二問だよ。もうじき放課後だし、早く終わらせちゃおうよ」
意味ありげな視線を星野先生に送るユリカさん。
星野先生もそれに頷いて、それでは、と黒板に向かい直した。
「一般常識です。何かと早い方が良いと言われている昨今ですが、その波は女性の平均結婚年齢にも訪れています」
「……………………」
ぴくっ、とイツキの眉が動く。
「さて、それでは二十代も過ぎ、だんだんと友人達が結婚を決めていっても、未練がましく血縁関係のあるような男性に迫っている女性は焦る必要は無いのでしょうか?」
「そんなもの当然でしょうっ!」
がたんっ、と物凄い勢いで席を立つイツキ。
「ほうほう。答えてしまいましたね、イツキさん」
「あ…………」
「それでは理事長先生に訊いてみましょう。理事長先生、その女性はまだまだ焦る必要は無いでしょうか?」
星野先生と秋葉の視線が理事長先生に向く。
「……………………」
理事長先生はいつもの顔をした後。
「…………………ハッ」
呆れたように視線を逸らした。
「……プロスペクター、今のはいったいどういう意味かしら?」
「はいはい、理事長先生を脅してもダメですよイツキさん。無い物は無い、有る物は有るんです。別にイツキさんが行かず後家になってしまうなんて話をしていたわけではないんですから、そんなに敏感に反応しなくてもいいんじゃないですか」
くっ、と席に座り直すイツキ。
さて、次でいよいよオーラスだ。
長かった一日もようやく終わろうとしている。
「……さて。今まで散々主人公について出題してきましたが、最後は主人公とその姉についての問題です。主人公と姉は兄弟なわけですが、姉は極度のブラコンであり、弟が連れてきた恋人を刀で刺して殺そうとしてしまうほどの変態さんです。そんなブラコンかつ変態さんな姉を持つ主人公は姉と共に居ることで幸せになることなどできるのでしょうか?」
「そんな事論ずるまでもないわっ! 当然します、いえ出来ます!!」
があーっ! と火を吹く勢いで席を立つイツキ。
「イツキちゃん、それはちょっと……さすがに無理なんじゃないかなぁ」
「そうですね、それにこの主人公は真面目な人ですから近親である姉となんてやっぱり道徳的に躊躇すると思われますし」
ユリカさんが一筋汗をかきながらイツキにフォローを入れ、星野先生がそれに続く。
「そんなの、たとえ誰がなんと言おうと、愛し合う二人の邪魔なんてさせないわっ!例え邪魔をするのが神であろうと排除するだけよっ……!」
「う〜ん、イツキちゃんの気持ちはよく解るんだけど、今回回答を決定するのは神さまじゃなくてね」
ユリカさんは教室の後ろを指差す。
そこには……
「……兄弟でしちゃったらダメでしょっっ!!」
活火山のように猛る理事長先生の姿があった。