機動戦艦ナデシコ 外典 『罪と罰』







それは償うべきもの



それはいつか降りそそぐもの

後悔

それは過去に囚われること

懺悔

それは弱き心の表れ

贖罪

それは心弱き者の傲慢

情愛

それは形のないもの

憎悪

それは消え去ることのないもの

人の執念

それは忌むべき程に

強きもの




機動戦艦ナデシコ

外典

『罪と罰』




一人の青年が禍々しき鉄の塊を黒尽くめの男に向けている。

青年は鮮やかに染め上がった紫の髪を無造作に括っている。まるでそれが戒めのように。

周りにいる者はまるで呪縛をかけられた様に微動だに出来ずにいる。

「なぜ……コロニーを襲った」

静かに、それでいて強い意志を込めて紫の青年は黒き男に問いただす。

「………………」

ドォゥゥン

「ッ!!!」

周囲を取り囲んでいる者達の息を飲む音があたりに響く。そして、安堵のため息。

黒き男の頬に一筋の血が流れる。

紫の青年の放った銃弾は正確に黒き男の頬に傷を刻み込んだ。

「答えてください、なぜコロニーを襲ったんですか?」

紫の青年の呟きには明確な意志が込められていた。

次は、外さない。

「……仕方がなかった……」

黒き男の呟きは弱々しい、まるで絞り出したように。

「仕方が……なかった……?」

紫の男は無表情に呟く。まるで信じられないといった風に。

「助け出す為にはしょうがなかったことなんだっ!!」

黒き男は何かをぶつけるように叫ぶ、後悔を、罪悪感を、塗り替える為に。

「……しょうがなかったんだ……」

まるで怯える子供のように呟く黒き男。顔は酷く歪み、手は小刻みに震えている。

「愛する「愛する者の為にはたとえどんな犠牲を払ってでも助けなければならなかったですか?」

黒き男の言葉を遮って紫の男は問いかける。その口調は酷く冷たい。

「その為に貴方に殺された人々を愛する者がいないと思うのですか?」

紫の青年の言葉は深々と傷を抉る。黒き男の心の傷を。

「貴方にとってはしょうがない事かもしれない、だけど残された者達にとっては、失った者達にとっては貴方は薄汚れたテロリストでしかないんだっ!!!」

初めて紫の青年は声を荒げた。

それは核心を突く言葉、誰もがわかっていながら言葉に出せなかった言葉。

怖いから、己の犯した罪を直視するのが。

苦しいから、己の罰を受けるのが。

弱いから、全てを投げ出してしまうほどに。

「己の罪を知り、そして受けるべき罰を受けろっ!!!」

そう叫び紫の青年は黒き男に向けた銃を強く握る。

そして……





ドォゥドォゥドォウゥゥゥン






立て続けに三発、あたりに銃声が鳴り響いた。

紫の青年は一瞬何が起こったのか理解できなかった。

しかし腹部から気道を辿り灼熱の熱さを誇る血液が駆け上がる感触で紫の青年は何が起こったのかハッキリと理解した。

自分は……撃たれたのだと。

「ごふっ!」

血が口から溢れてくる。紫の青年は痛みは感じなかった。あるのはただ焼けるような灼熱の熱さだけ。

「近寄るなっ!!!」

周りの者達が駆け寄ってくるのを紫の青年は激しく制した。

そして振り返り、己を撃ち抜いた瑠璃色の少女を紫の青年は見つめる。

瑠璃色の少女は呆然と紫の青年を撃ち抜いた銃と紫の青年を見つめている。

かつて共に暮らした瑠璃色の少女を見つめる緑の瞳は何を想い、何を伝えるのか瑠璃色の少女が理解するには彼女は幼すぎた。

紫の青年は歩き出す、黒き男へと。

一歩歩くごとに流れ出る血が紫の青年の体から熱を奪い去っていく。

既に下半身は血に染まり、流れ出る血は足元に紅い湖を作り出している。

それでも紫の青年は止まらない。まるで止まることを知らぬ様に。


「……絶対に護るって誓ったんだ……」

彼女は泣いていた。自分の為ではなく、自分を応援してくれ人たちへの思いの強さ故に。

だから私は護るって誓った。理由なんてない、ただ護らなければならないと思ったから。

この腕の中で泣いている強き少女を。


「ごふっ!!」

大量の血が気道を通って口から溢れてくる。手足の感覚はとうの昔に消え去り。

すでに致死量を超えるほどの血が紫の青年から流れ出している。

顔色は土気色に変わり果て、死相を醸し出している。

しかしその緑の瞳はまだ輝きを失ってはいない。


「……やっと二人で生きていけるようになったんだ……」

彼女はそれを聞いて、一瞬キョトンとして、急に泣き出して、私は本当に焦って、おろおろして何を言ったらいいのかわからなくて。

それでも彼女は涙を流しながら何度も頷いてくれて、私も訳もなく何度も確かめて。

お互いに信じられないくらい不器用で、本当に不器用で、本当に幸せだった。


黒き男は呆然と紫の青年を見つめている。

何が紫の青年を駆り立てているのか、一体何が。

黒き男は己が敵に味わわせてきた思いを味わうこととなった。

それは、人の執念。


「……やっと二人で静かに暮らせるようになったんだ……」

何度も二人で事務所と話し合った。

根気よく、何度も、何度も。

何度も弱気になった、何度も諦めかけた。

その度に彼女は私を励ましてくれた、一番つらいのは彼女のはずなのに。

そしてやっと認めてくれた、このコンサートを最後にする事を。

二人で静かに生きていく事を。


まるで時が止まった様に周りの者達は動けないでいた。

眠れる白雪姫は何が起こっているのかわからぬ様子で。

博識の女性は憐れみを持って二人を見つめ。

瑠璃色の少女はその金色の瞳を大きく見開き、まるで全てを焼き付ける様に二人を見つめている。


「……護るべき彼女を私は護れなかった……」

それは突然だった。

突然の爆発が私から全てを奪っていった。

愛する者を、まだ見ぬ愛でるべき者を、幸せなはずの未来を。

まるで嘲笑うように、全てを奪われた。


ドチャッという音を立てて紫の青年は黒き男の足元に倒れた。

血にまみれ、四肢は痙攣を起こし、もはや助からないことは明白だった。

それでも紫の青年は黒き男を睨みつける。

「……私は貴方を許さない……たとえ誰が許そうとも絶対にっ!!!」

それは叫びではない、もうそれは叫びと呼ぶべきものではない。

それは、魂の咆吼。紫の青年の全てを込めた咆吼。

黒き男に浮かぶ感情は、恐怖。

体を震わせ、言葉を紡ごうとする唇はただ震えるのみ。

「……アサミを奪った貴方を……私は……許さない……」

そう呟きながら力を失っていく紫の青年。

緑の瞳が……死んでいく。

その時、紫の青年の体を光が包み込んでいった、それはボソンの煌めき。

そして紫の青年は消え去った、跡形もなく。

ただあたりに散らばった大量の紅き血が紫の青年のいたただ一つの証となった。




「火星、極冠遺跡を占拠していた武装組織である火星の後継者は宇宙軍の誇るあの史上最年少美少女艦長、ホシノ・ルリ少佐の活躍によって鎮圧されました。尚、連続コロニー襲撃事件の犯人を特定したと宇宙軍から発表されました。犯人は火星の後継者の一員でもある、ミカズチ・カザマ。ミカズチ・カザマは未だ宇宙軍の捜査から逃れており、一刻も早い逮捕を、そして正義の名の下に犯した罪に対する罰を受けることが望まれます。最後に先の連続コロニー襲撃事件で不慮の死を遂げた人気アイドル、アサミ・ミドリヤマさんの追悼を込めて彼女が初めて地球圏レコード大賞を受賞した2200年度・レコード大賞の模様をお送りしてお別れさせていただきます」

アナウンサーの無感情な声に従い、華やかな映像が流れ出す。

「それでは、2200年度・地球圏レコード大賞は……アサミ・ミドリヤマさんです!」

司会の男性がそう言うと同時にスポットライトがステージ上のアサミに当てられる。

アサミはまだ信じられないといった様子で涙ぐみながら呆然としている。

「今の気分はどうですか?」

司会の男性がお決まりの質問をする。

「私なんかが大賞なんてもう信じられなくて、もう胸が一杯です!」

興奮しているのか、涙ぐみながらやや早口で答えるアサミ。

「今の気持ちをどなたに伝えたいですか?」

またしても定番の質問をする司会の男性。

「今まで私を応援してくださったファンの方々、支えてくれた事務所の人たち。それと、私がつらい時、弱気になった時、いつも側にいてくれて私を励ましてくれたあの人に伝えたいです」

気持ち頬を染めて答えるアサミ。

『あの人』という言葉が気になりつつも司会の男性は時間通りに進める。

「それでは、アサミ・ミドリヤマさんで『星座の海を行こう』です!」

前奏が鳴り響き、ステージが彩りを増していく。

そこは特別な世界。

音楽の神の寵愛を受けし者のみが立つことを許された聖域。

その世界で、アサミは横を振り向き、舞台袖を見つめる。

そして、柔らかな、本当に綺麗な、最高の笑顔を浮かべる。

歌が、響き渡る。


JOY あなたとなら ずっと歩いて行ける

SKY 広がっていく 蒼く無限の世界

JOY FOR LOVE この世に生まれて

本物に出逢えたこと

SKY SO BLUE 瞳の中にそっと

閉じこめたい愛しさ

かけがえのない人に 愛を伝えるために

総てを守りたいから 強くなれるよ

宝石を散りばめた 星座の海を行こう

ここが私の居る場所 明日へ旅立とう


「泣いているのか?」

木連の志を継ぐ武人が紫の青年に問いかける。

「違う、私に泣く資格など有りはしない」

紫の青年は俯いたまま呟く。

「そうか」

武人もそれきり押し黙る。


TRY 迷わないで きっとうまく行くから

FLY 翼広げ 可能性が近づく

TRY ONE MORE ためらいは捨てて

みんなの力を信じて

FLY SO HIGH 未来のドアを開けて

高く遠く飛ぼうよ

かけがえのない人の 想いを受け止めたい

こんなに優しくなれる 切ないほどに

流星が歌っている 星座の海を行こう

ここが私の居る場所 夢まで飛んで行こう


「いいのか?」

武人はまたも紫の青年に問いかける。

「構わない、私にはそれしか残ってはいない」

紫の青年は自嘲するように呟く。

「そうか」

沈黙が場を支配する。


かけがえのない人に 愛を伝えるために

全てを守りたいから 強くなれるよ

宝石を散りばめた 星座の海を行こう

ここが私の居る場所 明日へ旅立とう



「先ほど、自分にはなにも残っていないと言ったな?」

「ああ」

武人の問いかけに紫の青年は答える。

「それは間違いだ、確かに貴様にはなにもないかもしれん。しかし貴様を愛した者の想いは確かに貴様の中に息づいているはずだ。貴様が愛した者に与えた貴様の想いと同じ様にな」

「私の……与えた想い……」

呆然と俯き、自分の掌を見つめる紫の青年。

「愛しき想いを捨て去ることなどできはせぬ、貴様も、もちろん私も、な」

武人はまるで遠い昔を懐かしむように呟く。

「……アサミ……」

紫の青年はポツリと呟く。

万感の思いを込めて。

「たとえそうだとしても、もう私は……私には引き返すことなど出来はしない」

そう呟いた紫の青年の瞳には迷いはもうなかった。

「そうか」

武人はそう呟き、その場を後にする。

再び一人になった紫の青年はずっと握りしめていた手を開く。

そこには所々欠け、ひしゃげた指輪が一つ鈍い光を放っていた。

まるで別れを告げるようにその指輪をその場に残し、紫の青年はその場を後にする。

薄暗い部屋にただ一つ、壊れた指輪だけが哀しげに鈍い光を放っていた。




愛しき者を助けるため人は戦い

そして

人は死ぬ

そしてまた人は愛する者の為に

戦い

死にゆく

何かを失い

傷つき

それでも

戦い続ける








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