機動戦艦ナデシコ 異伝 風の行方 |
初めは捨てられた子犬みたいだった だからあの名前をつけた それからいろいろあって そう いろいろあって いまじゃあ大切な 大切な 義弟で家族 それがカイト君 そうだよね そのはずだよね 第6話「幸せな日常」 私はナデシコ長屋での生活の後、アキトとの結婚を認めてくれないお父様と喧嘩をしてルリちゃんとカイト君を連れてアキトのアパートで新しい生活を始めた。 四人での生活は家計が苦しかったけどとても楽しくて、とても幸せだった。 アキトとカイト君が屋台を引いて、私がそれを横から手伝って、ルリちゃんが一生懸命チャルメラを吹いて。 毎日、ウリバタケさんや、ヒカルちゃん、エリナさん、イズミさん、プロスさん、ゴートさんまで屋台に通ってくれた。 そんなある日、私はふとした事からみんなに秘密のデートをカイト君とすることになった。 それはとっても楽しかった。みんなに秘密っていう事がドキドキするようなスリルを生み出してた。それから私はみんなに秘密でカイト君と二人で時々会うようになった。 でも・・・それからアキトは何か変わってしまった。 何かに取り憑かれたようにラーメン作りに没頭するようになり、私に対してどこかよそよそしくなり、それからカイト君に対してキツイ態度をとるようになった。 そんな事がしばらく続いたある日、カイト君が作ったラーメンを試食していた時アキトが突然カイト君に殴りかかった。 それから前にもまして私とアキトとカイト君はギクシャクするようになった。 「っていう夢をみたの!」 私は学校から帰ってきたルリちゃんと夜の分の仕込みを終えたカイト君とでお茶をしながら身振り手振りをふまえて話した。 「なんだか大変な夢ですね」 ルリちゃんが紅茶を飲みながら興味なさげに答える。 「僕が殴られちゃうの?アキトさんに?」 カイト君は苦笑しながら答える。 「そうなの、もうボッコボコよ!」 私はカイト君お手製のクッキーを頬張りながら握り拳をぶんぶん振り回し元気よく答える。 「夢は深層心理の表れと言いますからね」 「ひどいな〜、僕ユリカに殴られる様なことなにもしてないよ?」 カイト君とルリちゃんは私を虐めようとする。 「む〜、私はカイト君を殴る様なことしないよ〜」 私は口を尖らせながら答える。 「別にそんなことは言ってません、それにその夢ではカイトさんではなくアキトさんと婚約しているようですし、案外そんなことをユリカさんは願ってるのかもしれませんね」 「私はそんなこと願ってないよ〜!私が愛してるのはカイト君だけだよ〜!」 私は当然のことを言っただけなのにカイト君は頬を赤くして照れている。相変わらず照れ屋さんなんだよね、カイト君。 「はいはい、ごちそうさまです。よくそう飽きもせず惚気れますね、ユリカさん」 ルリちゃんはあきれた様子で私とカイト君をジト目で見つめる。 「む〜、ルリちゃん高校生になってとってもいぢわるになった〜!」 「四年以上も延々と同じ人の惚気話を聞かされ続ける身にもなってください」 「まあまあ、ユリカもルリちゃんも落ち着いて」 私もルリちゃんもカイト君も本気で言っている訳ではない、三人で暮らし始めた時からずっと続いている掛け合い、いうなれば挨拶のようなものだ。 その後も私たちはたわいのないお喋りに華を咲かせていた。 「さて、そろそろ店を開けようか。僕はドミグラスソースの具合を見てくるからユリカは表の看板と水まき、ルリちゃんはテーブルとカウンターの拭き掃除お願い」 その言葉で私とルリちゃんはてきぱきと動き出す。 私は表に出て私達のお店を眺めた。「洋食処〜ナデシコ亭〜」看板にはそう達筆な文字でそう書かれている。これは開店祝いだってお父様が贈ってくれたもの。 ここからの眺めが私は一番好き。私の、私たちの夢が叶ったのが実感出来るから。 そして私はお店の前で水をまきながらさっき話していた「夢」について考えていた。 あれは何だったんだろう?夢にしてはあまりにもハッキリしすぎている。私たちが住んでいた部屋の細部までハッキリ思い浮かべる事が出来るくらいに。けれどもあれは夢以外のなにものでもない。 決定的に違うのはカイト君、夢の中のカイト君は火星の遺跡をナデシコごとボソンジャンプさせて私たちが月中域にボソンジャンプした直後にナデシコに表れた事になっている。でも現実のカイト君はもっと前から私と一緒にいるわけで、そこに誤差が生じる。と言うことは、夢の世界はカイト君が「もし」表れるのがもっと遅かったらの世界と言うことになる。そう考えれば辻褄が合うような気がする。夢の世界ではカイト君が「いなかった」からアキトがエステバリスのパイロットになることになった。現実ではカイト君がエステバリスのパイロットになりアキトはずっと食堂の見習いコックだった。 何故そんな夢をみたのだろう?ルリちゃんが言うように私の深層心理の表れなのかな?そんなはずがない、と自分で自分の考えを否定する。 「ユリカ〜!水まき終わった〜?」 と、カイト君の声で意識が考え事から戻ってくる。いけない、いけない。どうやら結構な時間考え事をしちゃっていたみたい。 「はいは〜い!もうすぐ終わるよ〜!」 夢の事を考えてもしょうがないよね、「もし」なんて考え出したらきりがないもの。それに今の私は幸せだから、嘘みたいに幸せなんだから。そう思いながら水まきを終えて私はお店の中に戻っていった。 それから、私はその夢をよく見るようになった。 ある日、朝起きるとルリちゃんとカイト君の姿がなかった。置き手紙はひどく簡素な内容だった。 「探さないでください。カイト、ルリ」 もっと驚かせられたのはそれを見たアキトの言葉だった。 「探さなくていいぞ、あんな奴探さなくていい」 そう言ったアキトの顔は信じられないくらいに・・・冷たかった 私はそんなアキトを押しのけてアカツキさんに頼んでカイト君とルリちゃんを捜してもらった。あの二人は本人達が望む望まないを関係なく目立ってしまう。その事が今回は役に立った。 数日もかからずにカイト君とルリちゃんはネルガルのシークレットサービスの人たちとプロスさんに連れられて帰ってきた。 カイト君を見た瞬間アキトはまたカイト君に殴りかかったけどプロスさんに抑えられた。 「なんなんだよ!!おまえはっ!!!」 アキトがプロスさんに押さえつけられながら叫ぶ。俯いたままだったカイト君はアキトの叫びにビクッと体を震わせる。その仕草はまるで怯える子供のようだった。 そしてそのカイト君をかばうようなルリちゃんが印象的だった。 それから前にも増してアキトはカイト君につらく当たるようになった。それと同じようにルリちゃんともギクシャクしだした。 みんなが・・・ばらばらだった。 そんなときにネルガルの新造艦であるナデシコBの艦長にルリちゃん、パイロットにカイト君をスカウトする話が舞い込んできた。 アキトはいい顔しなかったけど私は賛成だった。私たちには時間が必要だと思ったから。帰ってくる頃にはまたみんなで前のように仲良く暮らせると信じていた。 だけど、カイト君は帰ってこなかった。 「〜〜カ?〜リカッ!ユリカッ!!」 カイト君の呼ぶ声で私はお客さんが注文で私を呼んでいることに気がついた。 「お待たせしました〜、ご注文はいかがしますか?」 私はなんとか取り繕った笑みを浮かべて対応する。 「やっぱり今日は朝からちょっとおかしいよ、どうしたの?」 注文を取り終えてカイト君に伝える私をカイト君が心配そうに見つめる。 「ユリカさんが変なのはいつものことです」 いつの間にかレジを打っていたルリちゃんがすぐ側に来ていた。 「それはそうかもね」 「むぅ〜〜〜!!!私はいつも変じゃないよ〜!!!」 軽く笑いながらルリちゃんに答えるカイト君に私はぷっと頬を膨らませながら抗議する。 「はいはい、二人とも手が止まってます。ただでさえ今は忙しい盛りなんですから」 そう言って手をしっしっと振るルリちゃん、私は犬じゃないよ〜。あっ、カイト君は犬かも・・・ 「ユ〜リ〜カ〜」 カイト君がジト眼で私を睨んでくる、どうやら考えていたことを口に出しちゃったみたい。 「あっ、お客さんだ。またねっ!カイト君〜」 ジト眼で睨み続けるカイト君から逃げるように私は新しいお客さんの所に逃げだした。 「今日は本当に忙しかったね」 「うん!いっぱいお客さんが来てくれたね」 閉店後のお店で私とカイト君は一息ついていた。後片づけの後でこうしてお茶を飲んで一息つくのが私たちの日課になっている。今日はルリちゃんはいない。なんでも明日、生徒会の集まりで朝が早いらしい。大変だって珍しくルリちゃんがぼやいていた。 「何があったの?」 カイト君が真摯な表情でじっと私を見つめながら尋ねてきた。吸い込まれそうな深く黒い瞳に見つめられると全て見透かされてるような気がしてくる。けれどもそれはとても暖かく、優しく私を見つめてくれる。 「あの夢の続きを見たの。とてもとても怖い夢」 それから私は全てカイト君に話した。 体が震えているのが自分でもわかる。怖い、段々とあの夢に押し潰されているような気がする。 その時私はふわりとカイト君に抱きしめられた。暖かい。カイト君の温もりがカイト君の匂いと共に伝わってくる。 「僕はここにいる。どこにも行かない、ずっとユリカの側にいるよ。そう約束したからね」 カイト君がそう私に言ってくれるだけで不思議と体の震えが治まってしまう。 カイト君が側に居てくれるだけで心の底からほっとする。 カイト君に抱きしめられるだけで怖いくらいに幸せを感じてしまう。 この幸せがずっと続けばいい。 そう思ってしまう私は弱くなったのだろうか・・・ 帰ってきたのは変わり果てたルリちゃんだけだった。 初めてみたときはルリちゃんだとわからなかったくらいだった。数年分一気に成長したような大人のルリちゃん、だけど・・・頬は痩け、痩せ細り、目に生気はなかった。 ミナトさんの話だとカイト君が行方不明になった木星プラントから帰ってからすぐに食べ物を受け付けなくなり栄養補給の点滴で何とかしのいでる様な状態らしい。 ルリちゃんはミナトさんに引き取られた、これは私が望んだことだ。今の状態のルリちゃんに私がしてあげられることは何一つないように思えたから。 けれども私には信じられなかった、考えれらなかった、カイト君が死んだなんて。今にもひょっこりとあのふんわりとした笑みを浮かべて帰ってくるような気がしてしょうがなかった。 だけどルリちゃんの様子にそんな甘い幻想は粉々にうち砕かれた。 アキトはカイト君の事を初めて聞いたとき笑い出した、何がおかしいのか自分でもわからない様にただ嗤っていた。 それからアキトは部屋に残っていたカイト君の物を全て捨ててしまった。まるでカイト君の存在を塗り消すように。 そしてまるで初めからカイト君がいなかったようにアキトはふるまいだした。ルリちゃんとカイト君がいない部屋はせまいはずなのになぜかとても広く感じられた。 それからすぐにアキトから結婚を申し込まれた、返事は・・・聞かれなかった。アキトは当然のように式の日取りやパーティの準備などを進めていった。 嬉しいはずだった、アキトから結婚を申し込まれたのだから。嬉しいはずだった・・・だけど私が感じたのはポッカリと何か胸に穴のあいたような喪失感だけだった。 式は盛大に執り行われ私とアキトは結婚した。ルリちゃんは式には出なかった。あれからなんとか食べ物は食べられるようになったようだけど、精神的にはまだまだ回復したとは言えないようだとミナトさんは言っていた。夜になると決まって空を見ているそうだ。いや、空じゃない。ルリちゃんの金色の瞳はただ一点を、ただ一人を見続けているのだから。 そして、私はアキトとの新婚旅行で火星へと向かった 私たちが乗っていた火星へと向かうシャトルが突然爆音と共に激しく揺れた。 私たちの周りの人たちが一瞬で血をまき散らしながら切り刻まれていく、それはひどく現実感のない光景だった。しかしむせかえるような血の匂いでこれが現実だと嫌でも認識させられる。 返り血を浴びながら爬虫類の様な眼差しで私を舐めるように睨みつける編み笠の男。 「ミスマル・ユリカ、それとテンカワ・アキトだな?」 アキトは編み笠の男の強烈な殺気に声も出せずに震えている。 私が頷くと同時に首筋に軽い痛みが走った。そして私は意識を失った。 次に私が気を取り戻したのは監獄のような所だった。 私のすぐ隣にアキトがまだ気を失っていた。薄暗い部屋の中で段々と目が慣れてきて周りに何かいるのがわかった。 それは、人の形をした『何か』だった。いったいどんなことをすればこんな風に人が変わり果てるのだろう。 いつの間にかアキトも気を取り戻し、顔色を蒼白にしてその『何か』を見ている。 私の中で急に恐怖がむくむくとわき出てきた。自分たちもこんな風にされてしまうのだろうか。考えただけで体の震えが止まらなかった。 それからしばらくして扉が開き研究員のような風貌の男が数人入ってきた。私を連れて行こうとしているようだ。 言いようのない恐怖が私を支配した。私はついに泣き叫んで連れて行こうとする研究員に抗おうとした。私は叫んだ。 「助けてっ!!!アキトッ!!アキトっ!!!アキトッ!!!」 アキトは恐怖に支配された表情で固まったままだった。 そして私は叫んでしまった。彼の名を・・・ 「助けてっ!!!アキトッ!!!カイト君っ!!!」 私は研究員の手を振りほどいてアキトの所へ助けを求めて手を伸ばした。 その手をアキトは・・・はじいた・・・ そしてボソンの光と共にアキトは消えていった。 私は何が起こったのかわからなかった・・・ 「はあ!はぁ、はぁ、はぁ・・・」 夢から覚めた私は荒い息を吐きながら額の汗を拭った。全身にべっとりと汗に濡れた不快な感触が広がる。 「今のは・・・夢・・・?」 私は震える声で呟いた。夢のはずがない、あんなにリアルで、あんなに、あんなに・・・ 「どうしたの?またあの夢でも見たの?ユリカ」 隣で寝ていたカイト君がいつの間にか起きて私に尋ねる。 私はカイト君に応えることが出来ずにだた震えていた。 カイト君は私の考えていることがわかるように私をまたふわりと抱きしめてくれた。 私はそれでわかってしまった、全てが・・・ 「あなたはカイト君じゃない・・・」 私は俯いたまま呟いた。 「僕はカイトだよ?『君の望む』ね・・・」 カイト君がそう呟いた瞬間、周りの風景がぐにゃりと歪みなにもない真っ暗な空間になった。 「ここはあなたの望む世界・・・幸せな夢」 どこからか表れたルリちゃんがそう呟く。 違う、私はこんな事望んでなんかいない。 「否定してもなにも変わらないよ?これは確かに君が、ミスマル・ユリカが望んだ夢なんだから」 カイト君がいつもと変わらぬ優しい口調で私を諭す。 違うっ!私は・・・私は!!! 「なにも違わないよ?これは私が望んだこと・・・」 そう呟いたのは・・・私・・・ 「認めてしまえば楽になれるんだよ?」 また別の私が呟く。 「何を苦しむ必要があるの?」 「素直になるだけでいいんだよ?」 「本当は気づいてたんでしょ?」 「本当は誰のことが好きなのか」 「本当の王子様は誰なのか」 認めてしまえば楽になれるのかなぁ? 私は、本当は私は・・・ 「でも、それじゃあ、彼がまた傷つくだけ・・・」 そう悲しそうに呟く私・・・ 私は、わたしは、ワタシハ・・・ ワタシハ・・・ 「ユリカ〜!水まき終わった〜?」 「はいは〜い!もうすぐ終わるよ〜!」 また今日が始まる。 幸せな日常が・・・ 認めてしまうのが怖かった 認めてしまうのがつらかった 自分の本当の想いを 心の奥底の想いを 怖かった つらかった そして ただ愛しかった 風は回る 壊れた歯車のように ただ回り続ける あとがき 第6話「幸せな日常」お送りしました〜。 今回は全て白雪姫の独白となっております〜 なかなか今回も大変でした〜。 相変わらず感想、ダメだし、カミソリメールなんでもお待ちしております〜。 ではでは星風でした〜。 |
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