機動戦艦ナデシコ 異伝 風の行方





僕にはわからない

僕にはわからなくなってしまった

艦長のことも

テンカワ大尉のことも

ミスマル・カイトのことも

僕の

僕の艦長への想いも

わからない

なんにもわからないよ





第5話「想いの行方」

「ふぅ」

僕は連合軍宿舎の僕の部屋で今日何十回目かのため息をついていた。僕の気分は沈んでいる、深く、深く。

原因はハッキリしている。「あれ」以来まともに艦長と話が出来ないせいだ。何とか話をしようとしても艦長の顔を見た瞬間、「あの時」の艦長の顔が頭をよぎる。それに僕は耐えきれなくていつも逃げ出してしまうんだ。

絡み合う艦長とテンカワ大尉、その時の艦長は見たこともないような顔をしていた。イツキ・カザマの声がよみがえる。

「これがあなたの尊敬する艦長の本当の姿よ」

違う、違う違う違う!そんなはずがない、僕の艦長に限ってそんなはずが・・・

延々とこの不毛なループを僕は続けている。ここのところ毎日こんな感じだ。

艦長はサブロウタさんとテンカワ大尉の3人で元ナデシコクルーを集めるために出掛けている。でも、うまくいってないんだろうなぁ。サブロウタさんとテンカワ大尉は最悪というほど仲が悪いし、「あれ」以来テンカワ大尉は艦長に対して周りをはべからずに言い寄ってるし、サブロウタさんと艦長も「あれ」以来ギクシャクしたままだし。艦長も「あれ」以来鬱ぎ込んだままだし・・・

僕はどうしたらいいんだろう・・・

このまま自分の部屋にいたんじゃあ気が滅入るだけだ。僕は外に出ることにした。少しは気分が晴れるかもしれない。

外は暑いくらいの陽気だった、最近ずっと部屋の中にいた僕にはこの陽気は少し堪える位だ。

街には当然のことだけど人が溢れている、でも誰も僕の事は知らないし、僕も知らない。なぜかそんな当たり前の事がとても寂しく思えた。

「はぁ」

僕が俯きながら今日百回は越えただろうため息をつきながら歩いていると・・・

「ふみゃ!」

むぎゅっとしたそれでいて柔らかい感触が僕の顔中に広がった。これは一体・・・?

「これは世に言う痴漢さんですか〜?とうとう私痴漢さんの毒牙にかかっちゃいました〜!」

もっ、もしかしてこれは女の人の!!!

「すっ、すいません!!!」

僕はすぐに後ろに跳び下がって謝る。自分でも分かるくらい顔が真っ赤になってる。

「きゃ〜!どうしちゃいましょう〜!だめよっルナ、私の全てはいつかマスターに捧げる為の物なんだから!あっダメです、マスターそんな所触っちゃ・・・」

その女の人は両手一杯にまん○らけと書かれた紙袋を持っているのに両手を上気した頬に当ててイヤンイヤンと悶えてる。完全に自分の世界に行っちゃってるようだ。

「あのー・・・すいません」

「ふぇ?マスターは?」

いい加減に周りの人の注目を集めだした頃、ようやく僕の呼び声に応えてこちらの世界に戻って来てくれた。

「あれ?こどもの人でしたか。だめですよ〜そんな歳で痴漢さんになっちゃあ」

「僕は痴漢なんかじゃあありません!!!」

僕は大きな声で即答した。なんて事を言い出すんだこの人は。

「ほえ?そうなんですか?」

そう言ってその女の人は僕のことを覗き込むように顔を近づけてきた。近づいてきてイヤでも分かった、この人がもの凄い美人だって事が。柔らかく綺麗な金色の髪の毛は短く切りそろえられ、好奇心旺盛なまるで猫のような目はすいこまれそうな深い深い紅い色をしている。それは完全に一つとして完成された芸術品の様に神秘的で綺麗だった。

「ひったくりよっ!!!」

その時通りの奥の方からそんな叫び声が聞こえ、犯人らしき男が走り去るのが遠目に見えた。

「これお願いしますね」

返事を聞かずに僕にまん○らけの紙袋を預けると女の人は人混みの中をまるで猫のようにすり抜けて犯人らしき男を追いかけだした。

「ちょっ、待ってくださいよー!」

僕もすぐに追いかけたけどあっという間に離れていく。ホントに猫みたいなひとだなぁ。

しばらく犯人を追いかけていると突然犯人の目の前の立て看板が倒れかかってきた。犯人は堪らずバランスを崩す、その瞬間。


「ふらいんぐどろっぷき〜っく!!!」


女の人が犯人に後ろからドロップキックを浴びせる。なぜそんな派手な技を・・・

僕が追いつく頃には犯人は縄でぐるぐる巻きにされていた。あの縄はどこから出したのだろう・・・あんな縄持ってなかったのに・・・

「あなたもナイスアシストでしたよ〜」

女の人がそう言った先には桃色の髪の毛をした僕と同じくらいの歳の女の子がいた。どうやら立て看板を倒したのはこの子らしい。

「困っている人は助けてあげなさいってミナトが言っていたから・・・」

ミナトって人はお姉さんか何かなのかな?僕がそう思っていると。

「あああああ!!!」

女の人が叫びながらまん○らけの紙袋を僕から奪い取るように受け取る。

「中身は見てませんね?」

「えっ?別に僕は「見てませんね?」

凄みを利かせて僕に迫ってくる女の人。僕はただ頷くことしかできなかった。

「中身は・・・何なの・・・?」

桃色の女の子が金色の女の人に尋ねる。

「これは『マスター撃沈大作戦〜マスターは萌えているか〜』の中核を担う重要な物ですからたとえナイスアシストなあなたでも教えることは出来ません!」

金色の女の人は両手で大事そうにまん○らけの紙袋を抱えながら答える。何が入ってるんだろう?

その後、盗られたハンドバックを持ち主の人に返したり、犯人の男を警察に突き出したり、迷子だという桃色の女の子の保護者の人を捜したりして気付けば夕暮れ時になっていた。

僕達は夕暮れ時の公園で一息つくことにした。そう言えばまだお互いの自己紹介もしていないことに僕達は気づき自己紹介をする事にした。

「私の名前はルナ・エヴァンって言うんです、よろしく〜」

金色の女の人はえへんと胸を反らしながら自己紹介した。

「ラピス・・・私の名前はラピス・ラズリ・・・」

桃色の女の子はポツリと呟くように自己紹介した。

「僕の名前はマ「痴漢さんですね〜」

「違います!!!」

僕の自己紹介を遮るように話すルナさんに僕は叫びながら否定する。

「痴漢・・・変態・・・」

「かわいそうですね〜、あの歳で変態さんだなんて」

僕を哀れむように見つめる二人、だから違うって言ってるのに・・・

「僕は痴漢でも変態でもありません!!!マキビ・ハリです!!!」

僕は泣きそうになりながら力一杯叫ぶ。

「まあそう言うことにしておきますか」

ルナさんはとても残念そうな様子で納得する。

そんなこんなでしばらく談笑していると、

「さて、そろそろ何を悩んでいるのか話してもらえませんか?ハーリー君」

優しい微笑を浮かべながらルナさんが僕に問いかける。僕は内心ドキッとしながら平静を装って答える。

「やだなー、別になにも悩んでなんかいませんよ」

「嘘です」

そんな僕を見透かすようにルナさんは否定する。

「初めて会ったときは私悩んでます〜って顔をしてましたよ?」

図星だった。僕は言葉に詰まってしまってなにも答えられなかった。

「誰かに聞いてもらうことで楽になることだってあるんですよ?」

「何か悩んでいる時は誰かに相談しなさいってユキナが言ってた」

二人とも優しく僕を見つめている。この二人なら話しても良いような気がする・・・

そうして僕は観念して話した。

ナデシコBの事、サブロウタさんの事、テンカワ大尉の事、ミスマル・カイトさんの事、イツキ・カザマの事、ミカズチ・カザマの事、艦長の事、そしてアマテラスでの出来事・・・

「僕はわからなくなったんだ・・・」

二人はじっと僕の話を最後まで聞いてくれて何かを考えるように押し黙っている。

すると突然ラピスが口を開いた。

「・・・ハーリーはその人が好きなの・・・?」

「べっ、別に僕はあくまで純粋にその人に憧れているというか。そ、そう、その人の能力に少しでも近づけたらなぁなんて思ってるだけであって〜〜〜」

不意を突かれて慌てる僕に構わずラピスは言葉を続ける。

「・・・それとも・・・あなたの中のその人が好きなの・・・?」

「・・・えっ・・・?」

僕には何のことだかわからない、僕の中の艦長?一体何のことだよ・・・

「生きるっていうことはとてもつらいこと、生きるっていうことはとても苦しいこと、そして生きるっていうことはとても大切なこと」

ラピスはまるで何かを思い出すようにどこか遠くを見つめながら呟き続ける。

「想うことはとても大切なこと、でもそれは自分の中だけじゃあだめ」

「想いは伝えあうべきもの、本当にその人を想ってるのなら」

「本当にその人を想っているのなら、その人の全てを包み込んであげて」

そう呟くラピスの横顔は何故かとても大人びて見えた。

「でっ、でも!艦長は、艦長には・・・」

「おそっちゃえば良いんです、だって痴漢さんですし〜」

それまで黙っていたルナさんが名案!といった感じで僕に話す。

「そんなこと出来るわけないじゃないですか!!!」

「冗談ですよ〜、やだな〜ハーリー君本気にしちゃって〜」

にゃはは、と笑いながらそう言うルナさん。絶対本気だったな・・・僕はジト目でルナさんを睨む。

「まあ、冗談はこのぐらいにしておいて、それにしてもラピスちゃん詩人ですね〜。あんな言葉がすらすら言えちゃうんですもの」

ルナさんが強引に話題を変える。さすがにジト目で睨み続けられるのはルナさんもイヤらしい。

「・・・あれは全部教えてもらった・・・」

「ほぇ〜、誰に教えてもらったんですか?」

ルナさんは感心した様子でラピスに尋ねる。

「・・・ミナトとユキナ・・・それと『白い人』・・・」

「白い人?」

ミナトっていう人とユキナっていう人はラピスと一緒に住んでるらしい保護者の人というのはラピスのこれまでの話からわかるのだけれど、白い人っていう人の事は初めて話に出てきた。

「・・・そう、白い人・・・私を助けてくれた人、私に名前をくれた人、私に生きることを教えてくれた人・・・」

「その人の事、話してくれますか?」

ルナさんが優しげな口調でラピスに話しかける。

「・・・今よりずっと前のこと・・・ミナトやユキナに出会うよりもっと前・・・私はどこかわからない所にいた・・・」

ラピスはポツリポツリと話し出した。





「・・・そこで私は名前もなくてただ番号で呼ばれていた・・・それが当たり前だと思っていた・・・なにも思わない人形だった・・・」

なにも思わず、なにも考えず、ただ毎日を言われるままに実験をする毎日だった。

ある日、その研究所が何者かに襲撃された。

私の周りには日頃私を実験材料としか見ていなかった研究員が血を流し横たわっていた。

私はなにも思わなかった、思うことも知らなかった。

恐怖も感じなかった。自分に向けられる爬虫類のような視線にすらなにも感じなかった。

そしてその時、白い人が私の前に現れた。

そして私に問いかけた。

                                「・・・死にたいのか・・・」

「・・・わからない・・・」

                                「・・・生きたいのか・・・」

「・・・わからない・・・」

                                「・・・泣きたいのか・・・」

「・・・わからない・・・」

                               「・・・君は・・・誰だ・・・」

「・・・・・・・」

                                     「・・・・・・・」

「・・・わからない・・・」

                                     「・・・・・・・」

                   ドォゥウン

「・・・・・・・」

                         「・・・たった今、ここで君は死んだ・・・」

「・・・・・・・」
 
                         「・・・ここにいるのは・・・ラピス・・・」

「・・・ラピス・・・」

                              「・・・ラピス・ラズリだ・・・」

「・・・ラピス・・・ラズリ・・・」

                                 「・・・生きるんだ・・・」

「・・・・・・・」

                            「・・・強く・・・生きるんだ・・・」

その後、私はミナトに引き取られた。

それ以来、白い人には会ったことがない。

もう一度会いたい、会って話がしたい。

それが私の想い。




僕はなにも言えなかった。僕と同じくらいの年なのにラピスは僕なんかより遙かに強い想いがある。それが痛いほどよくわかったから・・・

僕に想えるだろうか・・・ラピスのようにひたむきに、そして強く艦長のことを・・・

「甘えちゃえば良いんですよ」

僕の考えてることを知ってる様にルナさんが僕に優しい言葉をかけてくれる。

「最初からなんて誰にもできませんよ、誰かに甘えて、誰かに支えてもらっていいんです」

なぜだかわからない、だけど涙が溢れて止まらない。みっともないから、男が泣くわけにいかないから僕は必死に堪えるのだけれど、そんな僕を嘲笑うように涙は止まらない。

「泣いてもいいんですよ、泣きたいときには」

その言葉が決定打になって、僕は声を上げて泣いた。

そんな僕をルナさんとラピスは優しく見守ってくれていた。

それからしばらくして僕が泣きやんだころを見計らって、

「さて、そろそろ私はお暇しちゃいますね」

ルナさんがよいしょっと立ち上がり、まん○らけの紙袋を両手に抱える。

「えっ?でもラピスの保護者探しはどうするんですか?」

僕はぐすっと鼻を啜りながらルナさんに尋ねる。

「大丈夫です、もうすぐ見つかりますよ」

ルナさんは自信たっぷりにそう答える。その根拠はどこから来るんだろう?

「それじゃ、また会いましょうね〜」

「・・・バイバイ・・・」

ルナさんはぶんぶん腕を振り回しながら、ラピスは小さくお互いに手を振りあっていた。それが妙に個性を出しているようでおもしろかった。

しかしラピスの事はどうしようかなぁと考えた矢先、

「ラピラピ〜!どこにいるの〜」

「・・・ミナト・・・」

どうやら本当にすぐ見つかっちゃったようだ。ラピスはそのミナトって人の方に走っていっている。

僕も行こう、前に進もう。それをルナさんとラピスが教えてくれた。

そう思うとあれほど悩んでいたのが嘘のように晴れ晴れとした気分になった。

「ハーリー!」

ラピスが僕を呼ぶ声が聞こえる。走って行く途中に僕はふと思った。

結局あのまん○らけの紙袋の中身ってなんだったんだろう?




僕にはまだよくわからない

だけどハッキリしたことが一つだけある

僕は艦長のことを想っている

その想いがどんなものなのか

何を意味するのかはわからない

それでも僕は前に進もうと思う

いつか

女神を振り向かせる為に

風は変える

想いを

弱さを

強さへ

誇りへ

風は変える
 
風は包み込む

想いを乗せて




あとがき

第5話お送りしました〜。
このお話は全体的にほんわかムードです〜。
ハーリー君には苦労させられました。
ではでは星風でした〜。









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