第4話:鬼ごっこ



「―――猫、ですか?」
駅を出て、通学路の並木道を同じ歩幅で歩く。
どうもこの二人、体感サバイバルシューティングゲームの一件で打ち解けてしまったようだ。
「そいつ、かなりのイタズラ好きでね。 この辺りで知らない人はいない。 お前も気をつけておいた方が良いよ」
「でも猫ですよね。 とても、脅威になるとは思えませんが…」
「被害にあったヤツらの証言を明かそうか。
 一つ、病院送りにされた。 二つ、所持品が切り刻まれた。
 三つ、その速さはまさに疾風迅雷だった」
この悪戯猫が未だに捕まらないのは3番目の理由にある、カイトはそう付け足した。
(えっと、それ…本当に、猫?)
飽く迄も疑うルリ。 猫は炬燵(こたつ)で丸くなっているというのが、彼女のイメージだった。
「しかし…今日も、平和で退屈な一日にはなりそうにないな」
「え?」
カイトが苦々しい表情で呟く。
彼の目線の先を、ルリは金の双眸を凝らして視た。
「久しぶりだな、ユーリ。 1ヶ月ぶりって処か…」


対象は、木の上に居た。 ユーリと呼ばれたその猫は、上機嫌で毛繕いをしている。
怨みをあらわにするカイト。 それもそのはず、彼もまた被害者だった。
「ルリ、荷物頼んだ」
「…頼まれました」
思わずそう答えていた。
まだ状況を把握できていなかった為か、無意識からの発言だった。
彼の黒瞳はギラギラと燃えていた。 その場に居たもの圧倒するほどの闘志。
カイトは、にやりと会心の笑みを浮かべる。 ユーリと対峙できたことが余程嬉しいらしい。
隣にいるルリは、カイトにもこんな表情が出来るんだな、と思った。
姉弟で争っている時以外、基本的に彼は冷めている。
自分も人のことは言えないが、彼はほとんど笑わない。 ただ、似た雰囲気を纏う二人には決定的な違いがあった。
ルリをクールとするならば、カイトはクレイジー。 カイトは"あの時"、死線を楽しんでいた。
金色の瞳が大きく見開かれる。 俊敏に動くカイトを見て、ルリは驚かずにはいられなかった。
そして、跳躍。 比較的太めの木の枝にカイトは着地した。
あっという間にユーリとの距離が詰まる。 その身のこなし、とても人間業ではない。
ユーリは自分に向けられている殺気に気付いた。
「……にゃあ」
可愛らしく泣いて見せるユーリ。 相手を油断させるこの手段に幾多の人達が陥れられたのだった。
そのことを既に知っているカイトに、牽制は無意味だった。
「貴様を、許すわけにはいかない」
「ふにゃあああー…」
知るかバカめ、と言わんばかりに大きく欠伸をする。
カイトの中で、何かが切れる音が確かにした。
「……勝負だ」
こうして、犬(カイト)と猫(ユーリ)の死闘が始まった。

 
 
ユーリはカイトを挑発している。 それは絶対の自信そのものだった。
不安定な足場を物ともせずに、ユーリ目掛けて駆けるカイト。
すかさず野良猫は回避行動に移った。
「――――予測済みだ」
迅速な反応を以って対処する。 そして間髪入れずに捕獲に移った。
しかし相手もさることながら―――。
ユーリは信じられない行動を取った。
素早く、少し高い位置にある別の木の枝に飛び乗る。 ユーリもまた、猫の限界を超越していた。
障害を突破するほどの蹴り。
飛び蹴り。
ユーリは猫の主武装であるかぎ爪を使わずに、その短い足で攻撃してきた。
予想もしてなかった行動に、カイトは驚く。
―――そして。
「………しまった…ッ」
足を、踏み外した。
踏ん張り切れなかった。


「大丈夫ですか?」
「……なんとか、な。 代わりに逃げられちまったようだが」
木がそれほど高くなかったのが不幸中の幸いだった。
打ち身に、軽い頭痛。 大したケガはない。
「取り敢えず学校に行きましょう。 追い駆けることは不可能です。 それに――」
完全に遅刻です、その言葉がとどめとなった。
一瞬に思えた二人の争いは、実はかなりの時間だったようだ。
「…道連れにして、悪い」
カイトは心の底から申し訳なく思った。 私怨にかられて、ルリのことをすっかりと忘れていた。
「謝ること、ないですよ」
ルリは言葉を続けた。
「私、言いました。『頼まれました』って。 その時点で、私も同罪です」
―――少し、救われた気がした。


学校に辿り着いた時、二人は異変に気付いた。
妙に騒がしい。 既に一時限目が始まっているハズだ。
しかしこれはなんなのだ。 生徒の喚き声や叫び声が至る所から聞こえる。 とにかく普通じゃない。
「なんだか煩いですね。 有名人でも、来てるんでしょうか」
「それは無いだろ。 せいぜい転校生どまりがいい処だ。 でなければ、宇宙人かな」
「転校生で、普通叫びます?」
「飢えた男子、女子なんて沢山居る。 充分ありえる話だ」
「…厭な環境ですね、ここ」
「全くだ」
肩をすくめて言う。 この学校に、擁護すべき処など無い。
「あの、カイトさん」
「……何だ?」
「私、目がオカシイみたいです。 保健室に連れて行ってくれませんか?」
「…は?」
「いや、ですから保健室に」
「悪い。 僕は耳がイカれちまったらしい」
「もしかして……幻覚じゃありませんか?」
「こっちが訊きたいな。 どうだ、聞こえるか?」
「騒がしかったのはこういうワケですか。 良かったですね、リベンジできますよ」
「それは皮肉か?」
「解釈は、ご自由に」
こっちに走って向かってくる、数多の影。 その中には何故か教師の姿も混じっていた。
一見、授業を脱走した不良を捕まえるための追いかけっこが行われているようにも見える。
だがそれとは主観の行為の対象となるものが違った。
真先で逃げているのは、古代エジプト以来神聖な動物とされるもの。
夜行性で、本来は肉食性。
指先にはしまい込むことのできるかぎ爪があり、長いひげを有している。
ユーリだ。
真逆(まさか)、学校にまで入り込んで悪戯をしていようとは思ってもみなかった。
二人はユーリが目の前を横切るのを呆けるように見ていた。
合わせて追いかける、教師とその他諸々。 彼らは遅刻したカイト達に気付かず通り過ぎた。
「……皆、余程酷い目にあったようだな。 なんてゆーか、情熱がある追跡劇だ」
「ユーリ、でしたっけ? あの野良猫の名前。 素晴らしいほど追跡者を翻弄してますね。 流石です」
「でなくては、僕の宿敵は務まらない。 敵ながら、天晴れだ。 事件の内容は、生徒の弁当を奪い去った、ってところだろうな」
「して、その相関者がこんなところで油を売ってて良いんですか? 中庭に行ったみたいですけど」
「授業に参加…しなくて良いと思うか?」
「知りませんよ、私に訊かないで下さい」
――けれど、
「今は緊急時ですし…融通ぐらい、効くとは思います」
怖ず怖ずと自分の意見を述べる。
ルリの考えを聞いたカイトは、授業をサボるという、怠け者の行動を実行する決意を固めた。
「今度こそ、奴を仕留めてみせる。 ―――行くぞ、ルリ」
「了解です……って、え?」
今の言葉に違和感を感じたルリは、カイトの方を見やる。
しかし其処に残されていたのは、通学バッグのみ。 既にカイトの影は無かった。
「…私も、行くんですか?」
慌てて、カイトを追いかける。 その姿は、まるで消えた飼い主を求める仔猫のようだった。


背中に続く追っ手を振り切ったユーリは、束の間の休息を取る。
ユーリに罪悪感というモノは無い。
これは自然の摂理。 ユーリは動物の本能でそう感じ取っていた。
勝手に生み出され、用済みになると無責任に棄てられる。
野良猫とは飼い主がいない猫のこと。 だがユーリは、自分を棄てた飼い主のことは別に恨んでいなかった。
恨むべきは、この世界。
救いを求めているモノは人間だけではない。 自分だって、そうなのだ。
――生き残る為に他人の食料を奪って何が悪いのか?
考えていると、いつも眠くなる。 
だからというワケでもないが、其処で思考を止めた。
――敵が、来た。
「お前は本当に、木の上が好きなんだな」
中庭から見上げるカイト。 彼は誰よりも早く宿敵を探し出したのだった。
「僕はお前を一番理解しているつもりだ。 …行動理念、そして思考。 逃れることは、出来やしない」
独り言のように呟く。 両者の間には言葉という境界線が引かれているのだ。
話し合いなど、無意味。
カイトの気迫に呼応するかのように、ユーリは構える。
けれども両者は動かない。共に、相手の行動を伺っている。
誰かが仲裁しない限り、カイトとユーリはこの状態を維持し続けるかもしれない。
場の空気の色は永遠に朽ちることがないほど黒く、そして重かった。
時間が長引くと他の人間が集まってくる。 状況は、ユーリが不利。
逃亡が困難になってしまう恐れがあるからだ。
静寂を破る、疾という音色。 ユーリは地面に飛び降り、学校内に逃げようとする。
カイトはユーリの思惑に気付いた。 軽く、舌打ちをする。
――奴は室内戦に縺れ込ませる気だ。
「混雑した空間の方が姿を隠しやすい。 木を隠すなら森の中、か。 …少し表現がオカシイかな」
森は人、木は野良猫。 語弊は充分にある。 
「オーケー、挑発に乗ってやるよ。 そっちの方が面白そうだしな」
言って、暫くその場で佇んだ。 カイトはスリルを楽しむために、わざとユーリを見逃すつもりだった。
そしてまたカイトとユーリの鬼ごっこが始まる予定だった。
だが、今回は都合が悪かった。
ユーリの向かう先に一つの小さい影が見える。 金の瞳に銀の髪を持つ少女。
その姿を確認して、考え直すカイト。 これ以上、ルリを含むその他大勢の人に迷惑をかけるわけにはいかないか。
ルリは前方、カイトはユーリの後方に位置していた。 つまり、挟み撃ちという形になる。
自分の前を立ち塞がるルリを見て、ユーリは走るのを止めた。
「……」
自分に危害を加える者か、円らな瞳でじっくりと観察する。 少なくとも、敵意は感じない。
ルリは屈み、警戒しているユーリに右手を差し伸べた。
「――おいで」
落ち着きを含んだその声には、何所か優しげな響きがあった。
他に余計なことはせず、一声を掛ける。
たったそれだけで―。
状況ユーリは自ずと、導きに応えた。
潜り込むようにルリの腕の中に身を預ける。
ルリはユーリを抱いたまま、ゆっくりと立ち上がった。
「捕獲、成功ですよ」
事態は、あまりにも呆気なく終わりを告げた。
カイトの努力も虚しくルリが容易く捕まえてみせた。
これは、犬と猫は相容れない仲である、ということの証明なのだろうか。
「捕まえたまでは良いものの、この子どうしますか? まさか、逃がすわけにはいかないでしょうし」
「……ちょっと、そいつを貸してみろ」
「え? ……はあ、判りました」
ユーリをカイトに渡そうとする。 だが当のユーリは、ルリにしがみついて離れようとしない。
あれ? という顔をするルリ。 放したくても、離れない。
「やっぱりな。 どうやらコイツは俺のことが嫌いらしい。 ルリにだけ、懐いているようだ」
責任を以ってそいつを飼うしかない、カイトは嫌みったらしくそう言い放った。
「もしかして、拗ねてます? 私があっさりと捕まえてみせたことに対して」
「…フン」
明白(あからさま)に不服そうなカイト。
事実としては間違っているが、獲物を横取りされたような気分だった。
ルリはと言うと、彼女は内心とても驚いていた。
というか理解できなかった。 カイトの苛立ちの背景が、これっぽっちも。
カイトは普段、損な役割を請け負う傾向にある。 彼にとって、損得などどうでも良いことだった。
だから余計に判らない。 たとえ捕らえたのがカイトであったとしても、状況は今と全く変わらないからだ。
「もう良い――、取り敢えず帰ろう。 話はそれからだ」
其処に、追い討ちが入る。 唐突すぎる発言にルリは少し眩暈がした。
彼の脳内は一体どうなっているのだ。 学校には遅刻し、授業は放棄し、更には今から家に帰ろうかと言い出す。
楽しんだり、拗ねたり、意外と感情の起伏も激しい。 なんですかこの特殊電波回路人間は。
妙な人格ばかり揃っていたナデシコクルーをあらゆる意味で超える人物、ミスマル・カイト。
たった今、ルリの中でカイトが定義された。
「……"変な人"」
ボソッと呟く。 多分、彼には聞こえていない。
「ルリ、何か言ったか?」
ほら、やっぱり。 内容が聞こえなければそれは発言自体が聞こえてないのと同じだ。
もうじき人が集まってくる。 学校を抜け出すには今しかない。
――ああ、なんでだろう。 私はいつのまにか彼のペースに乗せられてしまっている。
ユーリは私にしか懐いていない。 そして学校にはこの子を置いておけない。 捨て猫ならともかく、ユーリは学校に迷惑をかけているのだ。
だから、面倒を見るために一度家に帰るという選択肢は間違いじゃない。 けど正解というわけでも無い。
「父さん達も判ってくれるさ。 さあ、見つからないうちに帰ろう」
いや、家族が理解してくれても学校が理解してくれないと思いますが。 そう考えているのに、私は無意識に彼の後に続く。
――きっとこれは興味本位。 彼があまりにも"変"すぎるから、だから。
だから、私はもっと彼のことを知りたくなったのだろう。




後日、二人揃って職員室に呼び出されたのは言うまでもない。

 

 



▼△▼△▼△あとがき〜カットカットカットカットッ!〜▼△▼△▼△

コピペで済む予定だったこの話。 気が付けば殆ど書き直してましたね。
本当は校内で白熱した追跡劇を行う予定だったのですが、気力が尽きて終(つい)には没に。
後半部分が投げやりなのはその所為。 カイトとルリが協力してる姿、書きたかったんですけどねー…精進せねば。
全体的に短いというか、丁寧でないというか、展開が唐突すぎるというか…そう『判り難い』。
反省を、どう活かすか。 それも課題の一つ。 上達を臨むのは別に悪くないですよね? たとえ趣味の一つだとしても。
あと、前話を書いてて思ったわけですよ。
「あっれ…? 学園モノなのに、それらしい描写が全くないのは気のせいかな?」
それを解消すべく作られた4話。 書き上げてみると、学校出番無し。 次行こう、次。

……それにしてもおっかしいなー、オリキャラ出さないって散々誓った筈なんだけどなー。
キャラも変わってるような。 ルリとかルリとかルリとか。
兎に角、言葉に責任を持て、自分。 駄目人間の烙印を改めて押されるハメに。 遠慮なく罵倒してください。
でもナデシコ本編に人外なんて居ましたっけ?
オモイカネにオモイカネにオモイカネ…駄目、記憶に無い。 潔くメルトダウン。
関係ないケド、猫と聞いて真っ先に猫ア○クが思い浮かぶ私。 同類の方ー、挙手して下さい。 お前もネコミミになれ。
嘘です。 先ず浮かぶのは、友人の猫。 私が遊びに行くと必ず寝てるのは新手の嫌がらせでしょうか。
スノーベルの可愛さは反則ですよ。 ごめんなさい、映画ネタです。
ユーリの名前の由来、ユーリ→ユリ(百合)。 なんてネタが浅いんだ私は…。


最近やったゲーム
*GBA
・MOTHER1+2 ・スーパーロボット大戦D
*SS
・蒼穹紅蓮隊 ・電脳戦記バーチャロン ・プリンセスクラウン ・デバイスレイン ・ガーディアンヒーローズ
*PS
・ブラックマトリクス クロス ・ワイルドアームズ2ndイグニション ・ゼノギアス(4週目)
*PS2
・リリー、ユーディーのアトリエ ・ジェネレーションオブカオス ・ぷよぷよフィーバー ・テイルズオブリバース ・Xenosaga
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・エスプガルーダ ・虫姫さま ・KOF NEOWAVE ・ビートマニアUDX RED ・メルティブラッド アクトカデンツァ
*PC(SRC)
・精霊装騎ナインナンバー ・魔術師の宴 ・真紅の微笑 ・マーブルファンタズム ・無限のトリプル

最近読んだ本
*漫画
・エレメンタルジェイド ・スクールランブル ・セラフィック・フェザー ・蟲師 ・特公 ・ジョジョの奇妙な冒険
*小説
・ブギーポップシリーズ ・GOTH、っていうか乙一作品全部 ・パズル …エトセトラ

最近見たアニメ
・蒼穹のファフナー ・スターシップ・オペレーターズ ・プラネテス
最近見た映画
・ヴァン・ヘルシング ・マスク ・スチームボーイ …エトセトラ


方向が偏っている点については、黙殺で。
作風の影響源は恐らくコイツら。 勿論茸も。


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