機動戦艦ナデシコ

第3部

a castaway






 第5話 『それでも僕は力がほしかった』 後編 





 「で、よく覚えていない戦闘でまたTYPE−Eを壊したわけね」

 「はい。ろくなデータは残ってませんでしたが、フィリアさんたち、何か発見したらしく、頑張って修理してましたよ」

 「そんなことはわかってるわよ!! でもね、その予算はどこから出てるの!? ネルガルのお台所事情は知ってるでしょ!!」

 キーンとエリナの高い声が、カイトの耳を貫く。

 ここはネルガル月支社の支社長室。先の緊急事態と並び、“火星の後継者”の情報が入ったためカイト達は至急呼び戻された。

 「しかし、あれは何だったの? 提出された資料からは何ら原因がわからないのだけど」

 エリナは耳を押さえているカイトに提出された資料を渡した。

 「実際、僕もよくわかりません。いきなりでしたからね。イネスさんもフィリアさんもよくわからないみたいですし」

 「あの二人はどうなの? ラピスとメノウなら何かわかるんじゃない? マシンチャイルドだし」

 エリナは期待するようにカイトをみたが、カイトは肩をすくめた。

 「まあ、あの二人にも見せたんですけど、やっぱりわからないみたいです。現実問題、あの二人じゃ、経験が少なすぎますからね。イネスさんら以上には……」

 「そう。パイロットとしてのあなたの意見は?」

 「まったくわかりません。すみません」

 胸を張って答えるカイトにエリナはほほが引きつった。

 「いばって言われても困るんだけど。まっ、当事者としては死ぬか生きるかだったんですもの。しかたないわね」

 「そういってもらえると助かりますよ。何で“生きてたか”よく分かりませんから。とにかく“死にたくない”それが精一杯でしたから」

 そういうと、イツキの指輪をもてあそんだ。

 雪崩に巻き込まれてから基地へ着陸態勢にはいるまでの記録はTYPE−Eのブラックボックスはもとより、カイトの記憶からも消えていた。

 コーヒーを飲み終え、カイトは手を組み、エリナを見つめた。

 「で、ここに呼び出された情報は……どういう経路で入ってきたんですか?」

 すぅとカイトの目が細まる。

 「プロスペクター経由と言いたいところだけど、実際のところよくわかってないわ。情報元は死んでしまったから」

 「どうもきな臭すぎます。あの襲撃の後ということは罠の可能性が高いでしょうね」

 情報屋からの情報を元に調べた結果をウィンドウに出す。探索宙域はかなり広い。戦艦クラスでも待ち伏せは十分可能だった。

 「そうね。確認しようにも手だてがないから」

 「なら、虎穴に入らずんば虎児を得ず、ですね。ナデシコA改はどこまで仕上がっています?」

 「基本改装は終わって最終調整中よ」

 「それが終わり次第、伐って出ます」

 「それは許可できないわ。あまりにリスクが高すぎるわ。だいたい今までのあなたのやり方じゃないでしょ。あまりに不安要素の高い情報で動くなんて。誰が艦を動かすの?」

 エリナは冷ややかにカイトを見たが、カイトはそれ以上に冷たく微笑んだ。

 「何を今更。不安要素なんて、今までの任務とさして変わりませんよ。危険なんて百も承知。

 とにかく、敵の罠に乗ります。そうしないと、らちがあかない。艦はメノウが動かしますよ。決して、断りませんし。もちろんラピスちゃんもね」

 冷ややかな笑みを浮かべるカイトから暗い執念が立ち込めた。

 馬鹿! なにあなたが嫌いなやり方をしているのよ。人の想いを利用して、駒とするなんて!!

 それを言葉に出す事はしなかったがエリナはカイトを睨んだ。

 「今回はTYPE−E,ブラック・サレナ、ナデシコA改、アキト、ラピス、メノウ、サカグチ整備班、自分で出ます。それじゃ、準備がありますから失礼します」

 エリナの眼孔を歯牙にもかけず、カイトは一方的に言い放つと部屋を出て行った。

 そのようなカイトを見たエリナは言葉を失った。初めてカイトの変化がはっきりとわかった。

 以前、イネスとカイトのことを話したことがあったが、すでにこの変化がわかっていたのだろう。そして、その変化を止めようと必死だっただろう。いや、今でもだろう。

 とうとうエリナでもわかるレベルになった。流れはどうしようもなく悪い方向へ、止まらない方向へ流れているのだろうか。なら、ネルガルの役員としてはカイトを切り捨てるべきではないだろうか。

 だが、それはアキトも切り捨てることに繋がりかねない。

 アキトとカイトは役員達にとって同じような存在としかみていない。いや、軍位を持っている分、カイトの方が利用価値は高い。公にあまり出てこなくなった現在でもカイトの機動兵器乗りとしての評価は宇宙軍、統合軍内でもトップクラス、信頼も高い。さらにNSSとして、危険な依頼だろうが何だろうが、プランを立て、どれだけの屍を築き上げても結果を示し続け、その実力を認めさせている。

 アキトもある一定以上の結果を出しているが、ナデシコ時代の前歴があるため煙たがられているのが現状だ。

 唯一の頼みはアカツキの好意だけ。

 ゆえに切り捨てられるとしたらアキトの方が先なのは明確だった。

 現実問題、カイトを切り捨てるとして、どういう風に切り捨てればいいのか。暗殺はおそらく無理だろう。NSSの隊員が死ぬ確率の方が遙かに高い任務を引き受けるとは思えない。外部に頼むとなれば、世界トップクラスのアサシンを頼まなければならず、内部でも一悶着も起こるだろう。単純にネルガルとの契約を切るのもまた難しい。表向き、彼は宇宙軍の任務で出向してきている。それを反故するのは宇宙軍との関係上まずい。

 それにここで引き留めておかなければ、何をしでかすか分かったものではない。首輪をつけておき、ある程度はコントロールできる位置に置いておくのがベター。おそらく、アカツキもそう考えているだろう。

 「……怖い考えね。かつて、ナデシコの仲間だったのに」

 イツキとユリカの救出に手を貸しているとはいえ、企業を、そこで働く社員を守るという義務が役員のエリナにはある。だから、危険なカイトを排除するなり、首輪をかけようと思うのは当然の行為。

 それでもかつての仲間。今、愛する人を守れる数少ない人であるのは確かなのだ。

 二律背反アンビヴァレンツ

 どうしようもなく泥沼にはまっていく。アカツキもこういう思いをしているのだろうか。

 足掻けば、足掻くほど沈んでいく。

 「出口はどこなのかしらね。二人を助けたところ、あなた達は……」

 視線を落とすと、先ほどカイトが使っていたティーカップが目に映った。

 そのティーカップはどこからか、じわりとコーヒーが漏れていた。





 「ちっ。いったいどうなってんだ。迷宮かここは?」

 忍び装束をまとったホクシは頭の中で施設の位置を想像した。自分の空間認識能力には自信がある方だが今は全く当てにならない。まるでルービックキューブのように部屋が移動しているのではと思う。

 仕方ないので研究員の一人でも捕まえて、吐かせた方が、早く目的の場所が分かるだろう。

 ゲスのやり口だが、仕方ねぇな。こんな施設じゃ、いつばれるか分かったもんじゃねぇ。やるっきゃねぇか!

 覚悟を決めたホクシは腰にある、くないに毒を注入する。

 即効性の麻痺の毒だ。これを使い、不幸な研究員を拉致する。後は催眠術を使って、記憶操作をすればいい。

 周囲に気配がない事を確認するとホクシは手短な部屋のタッチパネルに手を伸ばした。

 「こんなところでそんなモノを持ってちゃ、危ないよ」

 突如、背後から幼い声がかけられた。

 馬鹿な!! この通路には誰もいなかったはずだ。

 脊髄に突きつけられた銃の感触よりも幼い声がホクシに脂汗を流させた。

 「ほら、そんなモノ締まってよ、ホクにい」

 「まさか……ヒロシか?」

 ホクシの手から、くないが滑り落ちる。

 「そうだよ、ホクにい。すごいでしょ。ぼく、この位できるようになったんだよ」

 ヒロシは笑顔を向けながら、足下に落ちているくないを器用に蹴り上げ、手に取った。

 「危ない、危ない。締まっておくよ」

 抱きしめるように手を回してくないを納める。

 「……どうして、解った?」

 「どうしても何も。ホクにいはコハクにモニターされてたんだよ、はじめっから。それを教えてもらって、跡をつけてたって訳」

 気配を解放するとにっこりと澄んだ笑みを浮かべるヒロシ。振り返るホクシ。

 こいつ、明らかに変だ。この気配の絶ち方、どんな才能があれ、努力をしようとも一ヶ月そこらで到達できる領域じゃねえ。何かやらされやがったな。

 「たくよ。俺たちに内緒で修行をしていたって訳か。ナツ達に心配かけるんじゃねえよ」

 内心はどろどろと渦巻いているが、それをおくびにも出さず、おどけるホクシ。

 誤魔化しついでに頭をなでようと手を伸ばすが、はじき飛ばされた。

 「ぃつう。おいおい、べつにいつもの……」

 「障るなぁ!!!」

 おどけるホクシに怒鳴り声をあげ、銃を構えるヒロシ。

 「冗談きついぜ。いつものように頭をなでようとしただけだろ」

 ホクシはわずかだが、すり足で後退し、いかなる状況にも反応できるようにする。

 何かの禁断症状のようにぶるぶると震え出すヒロシ。構えていた銃が手からこぼれかけ、体も崩れ落ちる。

 「さわる……ぼくは守られるだけ……がっ……ちがっ……がが!」

 「おい、どうしたん、ぐはっ!」

 あわててヒロシを支えようとしたが、はじき飛ばされる。

 「ぐっ……どうしたんだ。ヒロシ、おい!」

 はじき飛ばされたとき頭を打ったせいで多少ふらつきがあるが、ヒロシを介抱するように抱きしめる。

 「さ、がががぁぁぁ!!!」

 「ちったぁ落ち着け。くそっ」

 常識ではあり得ない力で暴れる。麻酔薬でどうにかすればいいのだが、少しでも隙を見せればふりほどかれる。

 「くぅぅ……体力勝負かよ。俺、ふつうなんだけどよ!!」

 必要以上に力を入れられないホクシ、そんな事お構いなしに暴れるヒロシ。無軌道な拳や肘が入る。

 「……やべぇ。そろそろやめてくれないか? 力を調整するのって結構大変なんだぜ」

 「なら、少し頭を動かしなさい」

 「っ?」

 声が聞こえてきた方へ反射的に頭を向ける。

 顔がずれた事により、ヒロシの首元がさらされる。そこに一本の針が刺さる。

 「かはぁ……」

 たった一本の針により力を失ったヒロシはだらりとホクシにもたれ掛かる。

 素早くヒロシを背後に隠す。ホクシの視線の先には金色の瞳のコハクと機関銃を構えた護衛が5人、立っていた。

 「ヒロシを止めてくれたくれたのは感謝する。ついでに逃がしてくんねぇかな?」

 「驚かないか。ま、ヒロシが監視してるって言っちゃってたものね。逃がしてくれってお願いだけどそれは無理ね。まだ、ヒロシは舞台から降りられないもの。安心して、まだ死なないから」

 ふぅと肩をすくめるコハク。

 「被検体の回収を。あたしは客人を持て成すから」

 第二成長期に入ったばかりの少女は大男達をあごで使う。

 ホクシは素直にヒロシを引き渡す。この状況下であがらうほど彼は馬鹿ではない。

 男達はヒロシを担ぎ上げ、回収していく。

 「何か、疑問があってここにきたのじゃないの、お兄さん?」

 疲れて壁により掛かり座っているホクシにコハクは蠱惑な笑みを近づける。

 「それより……ガキがいるところじゃねぇだろ」

 状況を理解仕切ってはいないが、ホクシは精一杯の強がりを吐く。コハクは鼻で笑った。

 「ガキでも、あたしはここにいる。それで十分じゃない?」

 「あのな……ガキがこんな事してるとろくな大人になれないぜ」

 「そうね。実例が目の前にいるから」

 「だから、言うのさ」

 「嫌いじゃないわ、そう言う考え。でも、馬鹿。あたしより、ヒロシを気にするべきじゃない?」

 「そうなんだがな」

 そう言って肩をすくめる、ホクシ。

 「だけど、がむしゃらに行動するより、お前をどうにかした方が早そうだ」

 「そうだけど、乱暴しないんだ。こういう場合って、婦女子は犯されて、言う事言ったら殺されるのが相場だと思ったけど」

 「そうされたいのかよ。それ以前にそんな事したら、先にぶっ殺されてるわ」

 あきれた視線を向ける。

 「ふふっ、そうね。それにあなたは絶対にそう言う事はしないもの。からかっただけ」

 コハクはにんまりと笑う。

 「全く大人をからかうなよ」

 「ふつうはね。でも、あなたは別。気に入ったから」

 「なら、ついでにいろいろ話してくれないか?」

 「無理よ。一応、ここにいるのだから」

 「……やっぱり無理か!!」

 眼力で催眠術を仕掛けるホクシ。

 コハクは涼しげな笑みを浮かべるだけで何一つ変化がない。

 「あたしでなければ大半のやつには効いたかもね。でも、“フェア”のあたしには一切精神催眠は効かないよ」

 「参った。ガキを力づくってのは趣味じゃないんでどうしようもできないな」

 「くすっ。本当に気に入った、お兄さん。あたしの領域であれば、質問に答えるよ」

 本当にホクシを気に入ったコハクは年相応の笑みを浮かべた。

 「やっぱり、お前を落とした方がはやいじゃねぇか」

 「それって口説き文句?」

 「ばーか。もう2・3歳年取ってからいえよ。そうしたら、デートの一度や二度、誘ってやる」

 「ふぅん。期待しておくわ。大事な彼女にばれないように誘ってね」

 「OK。それまでにいい女になってろよ」

 二人とも笑った。

 「ここ、いやなやつが多いからお兄さんと暫くお喋りしていたいけど、あたし、あまり時間ないから。本題に入って」

 「わかったよ……」



しばらくの間、少女が青年を見下ろすという光景が続いた。



 「それは本当か?」

 「ほんと。ヤマザキはやなやつだけど、間違えなく天才だもの。そして、目的を達するためには、自分のルールを必ず守る。じゃ、話はここまで」

 「ちょっとまってくれ!」

 後ろを向こうとしたコハクをホクシが呼び止める。

 無視して後ろを向いたコハクだったが、腰に手を当て、「はぁ〜」と深いため息をついてホクシに向き帰った。

 「もう、時間がないんだけど、お兄さん」

 「最後だ。ヒロシを解放してくれ! 俺たちじゃ、手遅れになってしまう。たのむ!」

 なりふり構わず、年下の少女に頭を下げるホクシ。それだけ、彼らにとって、ヒロシは大切な人なのだ。

 コハクの表情が消える。消さなければならなかった。

 この目的を達するためには拉致だろうが、なんでもやる腐った組織の中、純粋に仲間、いや家族の事を真剣に考えている彼の力になりたかった。

 だが、それは許されない。今回のシナリオは“あの人”がたてたモノ。コハクは断る理由はすべて消え去る。

 目的が何か判らなかろうと、たとえ、毛嫌いしているヤマザキとでも平然と仕事ができる。汚いと分かっていてもそこに手を入れられる。ただ、“あの人”のためだけで。それゆえに返す言葉は、

 「無理。彼はあたし達のオーディションに合格してしまった役者。舞台から降りる事はできない」

 整った表情からは何も感じられない。ホクシに絶望がのし掛かる。

 「でも……あなたもまた、舞台に上がっている役者の一人。あの人のシナリオを超える演技ができればどうにかなるかもしれない」

 それだけを残し、コハクはホクシの目の前から消え去った。

 「なら、超えてやるさ……嬢ちゃん」

 決意を新たに、ホクシは疲れ切った体に鞭を打った。





 指定エリア XAF−1987

 プロスペクターから得た情報に記載されていたエリア。

 ここでは火星の後継者と思われる部隊が重要軍事行動を行っているらしく、そこにはボソンジャンプに関することも行われているらしい。

 敵戦力は戦隊クラスから分艦隊クラスあると予測している。

 だが、九分九厘ガセネタ。罠という前提で行動している。

 幸い、ナデシコクラスでも周りに察知されずに行動できるが、その分、敵を察知しづらいエリアだった。

 そのため、カイトは偵察行動に出て不在、アキトはブラック・サレナのコックピットで待機している。

 「こうもデブリが多くてはかなわん。ラピス、そちらはどうじゃ?」

 メノウは隣に座っているラピスに問いかけたが、ラピスは首を横に振っただけだった。

 「むぅ。先ほどから似たような光景ばかりでつまらん。たいくつ、たいくつ。ひまひまひま〜〜〜〜〜」

 「静かにして。集中できない」

 「じゃが、暇なものは暇なのじゃ〜〜〜」

 「……なら、帰れば? ダッシュとフレイヤだけでアキトとカイトの補佐はできるから」

 堪忍袋の緒が切れたラピスは冷たく突き放した。こっちはこっちで索敵が忙しいのだ。

 「ふぇ……ラピスがおこったぁ」

 冷たく言い切るラピスに半泣きになるメノウ。ラピスはこうなることが分かっていたが、かれこれ1時間近くわがままにつきあえばいい加減頭にくる。

 AIであるダッシュとフレイアは自分たちの主にどうフォロを入れていいのか分からず、わたわたとフォロのウィンドウを出していた。

 かれこれ5時間近く神経を使う索敵を行っていれば年下のメノウならずともラピスもかなり疲れている。ラピスの方は一方的に愚痴られるのでよけいに疲れが出ているのだが。

 とかいえ、未だ二人とも気を抜いているわけではないく、懸命にやっている。ただ、成果が何も出ない。それが二人の精神を圧迫させ、じわじわと集中力を奪っていっている。

 「えぐえぐ……うぅぅぅぅ。ラピスがほんどに怒ってるぅぅ……」

 「メノウ。早くすませば、カイトが遊んでくれる。それまでがま……!?」

 メノウが大泣きを始めそうになったのでラピスは諫めようと声をかけたが、突然の振動に言葉が詰まる。

 「ダッシュ。さっきのは何?」

 『レーダーに写らないから、分からないよ、ラピス』

 「フレイヤ。被害状況から、敵の位置を割り出すがよい!」

 『はい。リトルプリンス』

 半ばあきれていたラピスと泣きかけだったメノウの意識はすぐさま切り替わり、てきぱきと行動を始める。

 『ダメージは左エンジンブロック、被害は軽微。攻撃距離はかなり遠方からと推定。正確な威力は不明ですが、小口径グラビティーブラストクラスと推測』

 「攻撃前にわずかじゃが光学センサーに反応があった。サイズから考えれば、機動兵器サイズじゃな。数は不明」

 「ダッシュ。アキトに連絡、出撃。カイトには帰還してもらって」

 『うん、ラピス』

 メノウは目にたまった涙を袖でふき取り、厳しい表情をとったが、ラピスは至ってポーカーフェイスだった。

 「機動兵器サイズでグラビティーブラスト級の攻撃、レーダーにも写つらん。ハイパーステルス級のステルスが付いているのか?」

 ネルガルで両技術とも急ピッチで開発だが、今現在では実用化されていない。

 「かもしれない。メノウ、艦を移動させて。デブリを盾にする」

 「しかし、ハイパーステルス級じゃとこの艦では察知できぬから、苦しいぞ」

 「アキトも出る。攻撃箇所を限定できるから、大丈夫」

 「なら、後は兄上らに任せるか」

 メノウの額に冷や汗が流れる。

 敵は見えないが、防御力には自信があった。これからはいかに時間が稼げ、敵の行動パターンをいかに収集できるかが問題だった。

 カイト帰還に約一分。ディストーション・フィールドを展開して、アキトが敵を引っかき回し、時間を稼ぐ。そして帰還したカイトとアキトで敵を追い込むのがベター。

 不意打ちは受けたが、ダメージは軽微。たとえDFを突破されようと対空火器は初代ナデシコより遙か上。これ以上いいようにさせるつもりはなかった。

 だが、すでに敵はDF内に進入し、ステルスモードを解除し、ナデシコの腹部に姿を現す。

 その姿はカイトが渓谷で死闘を繰り広げた敵、フェンリル。

 フェンリルは火力アップのため、双肩に装備している簡易グラビティーカノンを構える。

 「そんな!? フレイア! 対空防御を開始せよ」

 『間に合いません。ピンポイントDFを展開します』

 「ダッシュ、アキトは?」

 『今、カタパルトについた。迎撃には間に合わないよ』

 ラピス、メノウの苦労をよそに簡易グラビティーカノンが火を噴いた。

 一撃 二撃 三撃 四撃

 先の攻撃の振動など比にならない激震がナデシコを襲う。

 「「きゃぁぁぁぁ!!!!」」

 冷酷無比な射撃はディストーションブレードの付け根に致命的なダメージとエンジンブロックに少なからぬダメージを与えた。

 『何だ、さっきの衝撃は』

 発進しようとした矢先の衝撃に驚いたアキトはブリッジの二人に尋ねる。

 「左ブレードの付け根とエンジン2番4番にダメージ。エンジンコントロールに支障、DFの展開率は約30%にダウン」

 『ちっ。ラピス、距離をとれ。これ以上は足手まといだ』

 アキトの指示にうなずくラピス。

 「敵は一機。小口径グラビティーブラスト2門、ハイパーステルスを装備していると思う」

 『ブラック・サレナ、出るぞ! ハッチ、開け!!』

 その瞬間、警報が鳴り響く。

 『敵からのハッキングです。先ほどの攻撃の際、通信機を埋め込まれたようです。ハッチが開きません』

 「なっ。ハッキング進行状況はどうなっておる?」

 『敵ハッキングの現状検査……現在、カテゴリーC陥落。カテゴリーB、35%浸食。速度落ちません』

 「ラピス、艦の制御を任す。わらわはシステムを取り戻す」

 メノウはファイアーウォールを展開させ、システムの奪還を試みる。

 「わかった。アキト、ハッチは開かないから、壊して」

 『了解』

 アキトのウィンドウが消え、ラピスはモニターに視線を戻し、コンソールに手をかざした。ダメコンは起動しているが、ダメージの浸食は深刻だ。何とか生きている対空システムを操るが、敵の機動兵器はひょいひょいと遊ぶようにかわしていく。

 ハッチを破壊しナデシコから出撃したアキトのブラック・サレナが追撃を加えるが、フェンリルのスペックが一枚上手のため、翻弄される。

 「これだけ軌道修正する。フレイヤ、できる?」

 『エンジン出力が安定しませんので微妙な調整は不可能です。応急処置でも約十分かかります』

 「待ってられない。おおまかでいい。ダッシュはアキトの行動をトレース。サレナ経由でカイトに知らせて。後、整備班にエンジンの応急処置を頼んで」

 『うん、判ったよ』

 ラピスはぽんぽんとダッシュ達に指示を出していたが、メノウのIFSの反応がない。

 横目でメノウを見ると膝の上で拳を握りしめ、歯を食いしばって肩を震わせていた。

 「メノウ?」

 「勝てぬ……この相手には勝てぬ……兄上のファイアーウォールがなければもう掌握されておる」

 ラピスはライブラリーから経歴を呼び出す。確かにメノウの言うとおり、かろうじてカテゴリーAを把握されていないだけ。ハッキング相手の腕は自分たちより明らかに上。全くあらがえないとは思えないが、事前準備の差が決定的な差になっているのだろう。だが、短時間でここまで差が開くとは思えなかった。

 そうこうしているうちにまた一つ、対空火器が制御を離れた。

 ああ、メノウは怖いんだ。こんなに力の差をまざまざと見せつけられたから。

 「復讐をするためにこの場におるのに何一つ役に立っておらん。挙げ句の果てにただの足手まといじゃ」

 ぽたり ぽたり

 メノウの握りしめた拳に雫がかかる。

 「……メノウは足手まといじゃない。メノウは自分のするべきことをしきってない」

 「わらわより、ラピスの方がうまくできる!」

 「この艦の艦長はメノウ。ほかの誰でもない」

 メノウは嫌々と首を振りながら否定する。

 ラピスはIFSにかざしていた手を離し、メノウの涙で濡れた手を握った。

 「メノウ。私達はもう逃げられない。前に進むか、死ぬかどちらかしかない。メノウ、あなたは何のためにここにいるの? もう一度思い出して。私はアキト目、アキトの手、アキトの耳。メノウ、あなたは何のためにここにいるの? もう一度思い出して。怖いのは誰だって一緒」

 「えぐえぐっ……でも、でも、みんなが死んじゃうのは、いやぁ」

 自分より腕が上で未知の敵。何者かしれない敵。目的が分からない敵。壊れていく船体。翻弄されるアキト。未だ戻らないカイト。

 ワカラナイ、コワイ、コワイ、コワイ。

 だから、首を激しく振るメノウ。

 そうしているとぽろりと和服の襟から、ペンダントが飛び出した。

 ペンダントがぱかりと開き、優しい音色を奏でだした。

 「あ゛あ゛……」

 「……」

 ラピスは何も言わなかった。メノウのたった一つの過去と誓いが囁いているのだ。これ以上、かける言葉は何もない。ただ、気持ちを込めてメノウの手を握り続けた。

 少ししてメノウは顔を伏せていた顔を上げた。

 その顔には涙の後、そして、未だ流れる涙があった。

 「ラピス。今から足掻いても、勝てぬかもしれん。いや、負ける可能性の方が高いじゃろう。それでもわらわを信じてくれるか?」

 「うん。メノウは友達。だから、その言葉信じる。フレイヤもダッシュも」

 『当然です』

 『もちろん』

 「……フレイヤ、マニュアルモード起動。やるぞ」

 『はい、リトルプリンセス!』

 メノウはラピスの手を払い、キーボードに手をかざした。

 とっさの行動に驚くラピス。

 『ラピス様、怒らないでください。その、リトルプリンセスは……』

 フレイヤのフォロにラピスは首を横に振った。

 「解ってる。メノウは照れているだけだって。だから、怒ってない……でも」

 『な、何でしょうか?』

 にやっと、ブラックテンカワスマイルをするラピス。

 その不敵な笑みにウィンドウに汗を浮かばせるフレイア。

 「さっきのメノウの表情。私のライブラリーに入れて頂戴」

 『何のことでしょうか?』

 しらばっくれるフレイア。だが、ウィンドウの汗は消えない。

 ナデシコA改の目ともいえる彼女が先ほどのメノウが照れているが凛々しい表情を見逃していないわけがない。だからこそ、いろいろな表情をするメノウを見て、学んでいるラピスにとって先ほどの表情は喉から手がでるほどほしいモノだった。

 「そう言うなら、メノウのアクセス権限を借りて、調べるけど」

 『ぐっ。ラピス様のコレクション、5点と交換なら』

 「だめ。3点まで」

 『レア度はこちらのほうが上です』

 「それでも3点。口止め領分、差し引いてるから」

 『わかりました。その条件で提供します。ラピス様、意地悪くなりましたね』

 一瞬きょとんとしたが、ラピスはフレイアににっこりと微笑み返した。

 どうやら、感情を学ぶためではなく、単にメノウの表情コレクションになっているようだ。まあ、並以上の美少女でころころ豊かに表情を変えるメノウは彼女たちの格好の獲物かもしれない。

 当のメノウは、隣の喧噪など耳に入らず、僅かに目を閉じ、キーボードに手をかざした。

 マニュアルモードと言ってもIFSからキーボードに変わるだけで、IFSと比べれば速度は確実に落ちる。

 だが、あえてメノウはキーボードを選択した。原点に戻るために。

 「反撃開始じゃ!」

 メノウの指がキーを打ち奏で始めた。





 ナデシコA改より、約100万キロ離れたところに一隻の艦がいた。

 大きさはナデシコA改を2回り大きくしたサイズだが、華麗さに置いて大きく違っていた。

 まるで宮殿を象ったような白い流麗な戦艦だった。

 その戦艦のブリッジにはただ一人、コハクが居た。

 「他愛もない。本当に“フェア”の一人“メノウ“なのかしら。他愛なさすぎるわ」

 つまらなさそうにつぶやく。

 先ほどまでナデシコA改にハッキングを掛けていたのは彼女だ。つまらなさそうに言うのも当然だろう。

 前回、カイトのTYPE−Eの飛行訓練の際、ハッキングを仕掛けたのも彼女だ。

 そのときは完璧な事前準備を行って、仕掛けたので分かりきった結果だった。

 その後、遊びでネルガル月支社にハッキングを掛けた事があるが、“遊び”で突破できるレベルではなかった。たとえ、“本気”であったとしても、かなりのリスクを負う事になるだろうと予想できた。

 その予想は裏切らず、そうそうに撤退する羽目になった。さすがはミナヅキ・カイトの居るお膝元。まだ、発展途上ではあるが、プロとしてのプライドはいたく傷つけられた。

 さらにだが、Aクラス以上の情報は物理的に遮断されていたため、情報は引き出せない。それ故にカイトやアキト達について事前調査はほとんどできていない。

 だからこそ、TYPE−Eが離れた隙をねらい、フェンリル「ヒロシ」を投入した。

 そして、もくろみ通り、この艦とナデシコA改の通信ラインを無理矢理確保し、ナデシコA改を無力化するために仕掛けた。

 そして、あまりにもあっけなく8割が落ちた。あれほどの人物の下にいた“珊瑚”と“瑪瑙”がいてだ。

 拍子抜けにもほどがあった。あとは時間がかかるが、オートプログラムで掌握できるのでそれに任せても十分だった。

 ヒロシもサレナをほどほどにあしらっている。サポートシステムの情報収集も順調。

 すべては予定通りだった。

 「ほんと、茶番ね。紅茶でも飲んでのんびりしようかしら」

 紅茶の準備を終え、飲む前に状況を確認するため、コントロールパネルに手を当てたとき、状況が変わっているのを感知した。





 「お前と馬鹿やってる場合じゃあ!!」

 『それでも、つき合ってもらうぜ!』

 そのころ、カイトはヒロシを捜し回っているホクシに捕まっていた。

 「戻らなきゃいけないのに。通信もうまく繋がらないってのに」

 未だ、サレナ経由でもナデシコA改との通信はぎくしゃくしている。

 焦るカイトを尻目にホクシはうまく距離を取り、間合いに入らせない。

 ホクシは前回の敗北の教訓から、下半身をブースターユニットに取り替え、恐ろしいほどの機動性を手にし、カイトの間合いになるべくいないようにとフィールドランスでヒット&ウェイを繰り返した。

 カイトはTYPE−EをHFで対応している。

 AFモードで追えば、追い切れるが、武器の取り回しがあまり効かない。その点、ホクシの夜天光改の上半身はそのままのため、取り回しが自由なのだ。

 本来、それだけの推力を発揮するには狭すぎるフィールドだが、多少の大きさのデブリはおかまいなしで縦横無尽に駆けめぐるホクシはカイトにとってこの上ない厄介者でしかなかった。

 「ちっ。どうしようもならない。アキト、ホクシを振り切れない。このまま、ホクシごと行く。そっちの敵とは連携を取って無いと思うから、どうにかなると思う」

 『なら、早く戻ってこい。A改がもたん』

 「解った」

 音声オンリーの通信。どうやら、通信量がかなり制限されているようだ。それ故にナデシコA改の状況が察せられる。

 「ホクシ! ついてこれるならついてきてみろ!」

 AFモードに切り替えるとスロットルを全開で踏み込んだ。





 淡く輝くメノウの周りに数多くのウィンドウが開き、閉じていく。

 瞳を閉じ、ウィンドウの展開にあわせ、白魚のような指は旋律を奏でる。

 先ほどまで戦意喪失しかかっていた者が行っている事なのだろうか。

 速度はたかがしれている。熟練者かIFS持ちであれば、十分ついていけるレベルだ。むろん、ラピスクラスなら余裕で。

 しかし、この精度はどうだろう。普段のメノウでは考えられないレベルだ。

 彼女はどこかおっちょこちょいで、どこか甘さが目立つ。それでも、直感と奇策でラピスとそこそこやり合えるレベル程度だった。

 だが、今はひたすらに真っ直ぐ素直に奏でる。

 初めてコンピューターに触った時、

 『すべての動作には音が出るの。その音を全身で感じなさい』

 『音は耳で聞くんじゃないの?』

 『ううん。感じるのよ。そうすれば、自然と音の方が教えてくれるから……』

 義母から教えてもらったことを思い出していた。

 そのキータッチ音色は強くとも儚い、メノウの音だった。

 それに一番驚いたのはコハクだった。

 いつのまにやら、総崩れだ。整然としていたオートプログラムはただの瓦礫に変わっていた。念のために打っておいた楔で辛うじてもっている状態だった。

 確かに手は抜いた。それはチェックメイト後の話だ。それまでは全力でないにしろ、手加減はしていない。

 いや、元々勝つつもりもなければ、負けるつもりもなかったのだ。適度に危機感をあおって、混乱させるのがコハクの役割でメインはヒロシなのだから。

 その甘さが今、明確に出ている。

 「いくらあの人が“ウェイカー”を渡したからって、この落差は……。“覚醒”した?」

 IFSを起動させたまま、思考に入る。

 “覚醒したフェア”と相まみえることができる機会など、当分先にしかない。

 「ふふふっ。たぶん、これもシナリオの内なのでしょうね」

 ぱん! と、頬をたたき、気を入れ直すとIFSパネルに手を当てる。

 「今更だし、すぐ逃げられるでしょうけど、こんな機会は逃がさない!」

 コハクの金色の瞳が燃え、その髪は輝きを発し始めた。

 「“本気”で行くわよ!」





 「!?」

 突然、メノウがキータッチからIFSパネルに手を差し替えた。

 先ほどとはうってかわって、高速で切り替わる情報ウィンドウ。

 メノウの額にうっすら汗が噴き出す。

 はっきりと解る、相手が本気モードに入った事が。そっちが本気なら、こっちも本気。小細工など仕掛けず、実力の差でねじ伏せるという、意志がありありと伝わった。

 まずい……立て直し掛けているのに。おのれ、わらわの実力では……敵わぬか。

 ようやく自分のペースがつかめてきたメノウは口惜しいが、無駄に意地を張っても元の木阿弥になるだけなのはよく分かった。

 「ラピス。生体回線を除き、全通信回線を遮断。アンカーを打ち込まれたエリアは閉鎖後、強制的に爆破させ、切り離す」

 「……メノウ!?」

 あまりに乱暴な方法にラピスは目を丸くし、オペレートを中断してメノウを見た。

 「今は勝てぬわ、この相手には。じゃから、すべて切り離す。安心せよ、そなたとアキト殿のラインは必ず守りきってみせるぞ」

 「なら、私も!」

 「無理じゃ、わらわ達では経験が足らなすぎてそこを狙われる。互角にもっていけるとしても、アキト殿のサポートはどうするのじゃ?」

 「そ、それは……」

 はっとなり、顔を伏せるラピスにメノウは不敵な笑みを浮かべた。

 「安心せよ。必ず、ラピスとアキト殿のラインは守ってみせる! じゃから、全力を尽くそうぞ」

 「うん。

 整備班、メノウが無茶をするから、一時作業を中断。全員待避場所へ移動」

 ラピスはこっくりとうなずくとアキトのサポートを再開した。





 A改のそばではブラック・サレナとフェンリルが凌ぎを削りあっていた。

 「速い! こうも振り回されては、照準が付けられない。ちぃ!」

 デブリを利用しながら、死角を付いてくるフェンリルにアキトはいらだちを隠せなかった。

 ここ最近は対北辰戦を想定して、近接・近距離戦をメインに訓練していたため、中・遠距離での高速戦は勝手が悪かった。

 何より、ハンドガンと近距離ミサイルしか装備していないブラック・サレナにとっては、遠距離から放たれる、グラビティーブラストとレールガンは脅威であった。

 『ほらほら、避けろよ、落ち武者』

 「ガキのくせにごちゃごちゃ言うな!」

 時々、こうやって割り込んでくる幼いヒロシの声はアキトの神経をいらつかせた。

 『ま、避けてばっかりじゃ、いつか落ちるけどね。くくくっ』

 それは百も承知である。いつかはあのグラビティーブラストの直撃を受ける。

 そう考えていると後方にいるナデシコA改が爆発する。

 「ラピス。無事か!?」

 驚いたアキトは大声でラピスに呼びかける。

 『大丈夫。アンカーが突き刺さった場所を切り離しただけだから』

 いつも出るはずのラピスの画像は出なく、音声のみだった。

 「無茶をするな」

 『大丈夫。ほかには被害はないから。でも、回線はこれだけしか使えない』

 「いったいどうなって……ちぃ」

 音声のみの会話で焦るアキト。だが、次に聞こえたラピスの声には安心できる声だった。

 『アキトは敵に集中して。メノウがこの回線だけは絶対に守るって言ったから! それに私はアキトの目、アキトの耳、アキトの手……アキトは私が助けるから』

 「………ラピス」

 アキトは皮肉っぽい笑みを浮かべる。

 まさか、ラピスがここまでしっかりしてるとはな。

 嬉しいやら寂しいやら複雑な気持ちになったが、感傷に浸るまもなく、フェンリルからの激しい攻撃に集中した。

 フェンリルはサレナの兵装特徴を把握しているため、中遠距離をとり、サレナを近づけさせない。

 アキトも自分のフィールドへ追い込むため、ラピスのサポートの元、懸命に戦っているが、少々の隕石を砕くグラビティーブラスのため、思うようにいかなかった。

 「ラピス、熱源センサーへ切り替え。戦場の3D化を1km拡大」

 『熱源センサー切り替え完了。ナデシコのサポートが得られないから、これ以上の拡大は無理』

 「ちっ! サレナだけでは無理があるか」

 舌打ちしたアキトは諦めたが、ラピスはふとした可能性を思いついた。

 『アキト、少し時間を頂戴。もしかしたら、広げられるかもしれない』

 「無理をするな。これでも戦える!」

 『大丈夫。今までのデータと今の戦闘状況から、かなり正確な予測はできる』

 「信じるぞ」

 こっくりとうなずく気配だけがアキトに伝わった。

 ライバル心を燃やしているわけではないが、ラピスの隣では、立ち直ったメノウが懸命に頑張っている。だから、自分だけ諦めるわけにはいかなかった。アキトを支えると決めた自分に。

 この戦闘開始前に調べた周辺宙域のマップを立ち上げる、そして、現在の戦闘状況を重ねる。そして、見えない変化を予測し、形づけていく。

 さっきより、レスポンスが速い。いけるか!?

 感覚が失われているはずなのにアキトの背にちりちりと電気が走る。

 重いはずのサレナが軽く感じられる。アキトのカンとラピスの予測がしっくりかみ合う。

 DF OFF。スロットル全開。

 死角から放たれる、フェンリルのグラビティーブラスト。

 分かっているので避けるのにわけはない。だが、ただ避けているだけでは何も解決しない。

 グラビティーブラストを紙一重で回避する。余波で装甲が僅かに悲鳴を上げ、歪む。

 その悲鳴などお構いなし、スロットルは緩めず、一直線にフェンリルへ突撃するサレナ。

 一気に間合いが縮まる。いや、縮まりすぎた。銃が使える間隔がない。

 それもアキトの目論見だった。いくら相手が性能で優れようが所詮、可変機。こちらは多少歪めど追加装甲機だ。防御力の差は歴然。

 フェンリルがあわててレールガンを構えるが、それより速くサレナが突っ込んでくる。

 『ふざけんな。この馬鹿野郎!!』

 「油断した貴様が悪い!」

 射撃体制に入っていたレールガンの事などお構いなしにサレナをフェンリルに激突させる。

 二機の間に挟まったレールガンが爆発する。

 当たり所はよく、グラビティーブラストの砲身も一緒にへし折れる。

 その衝撃でフェンリルはなすすべもなく吹き飛んだ。

 サレナも吹き飛んでいるが、フェンリルより速く姿勢を立て直した。

 役に立たなくなった正面・頭部装甲をパージ。防御面の低下は否めないが、ハンドガン、追加スラスターなどは正常に動くので問題はない。

 今なら、やれる!

 ハンドガンの照準をフェンリルにあわせる。

 フェンリルは衝突の際、故障でもしたのか、姿勢制御がうまくいかず、不格好なまま漂っていた。

 ハンドガンが咆吼を吹く!

 『アキト、いけない! まだ、敵は生きてる!!』

 「!?」

 ラピスの警告通り、フェンリルに吸い込まれていくはずだった弾丸はその直前ではじき返された。

 『あはっ。気づいてたんだ、お人形さんは。へっぽこパイロットよりはずっといいよ』

 けらけらとヒロシは笑いながら、フェンリルの姿勢を正し、折れ曲がったグラビティーブラストをバックパックごと切り離す。

 『けど、ここまでやるかと思わなかった。北辰以下だと思ってたのに結構タメかも。あの化け物を倒す前にいい準備体操ができたよ』

 「武器を無くしたお前に何ができる! 降伏しろ!」

 アキトはサレナを油断無く構える。ラピスから送られてきたデータにはフェンリル本体にほとんどダメージが無いとあったからだ。

 『降伏? 君はさぁ。化け物の生け贄なんだから、ちょっとは怯えてよ。でも、怯えてくれそうにないね……

 じゃ、ちょっと本気でやってあげるよ!!!』

 無手で突っ込んでくるフェンリル。

 不気味な気配に身構え、ハンドガンを撃ち込む。

 一撃一撃はたいしたダメージを与えられないが、何度も当てていれば、DFに負荷がかかり、DFと言う鎧は消え去る。

 確かに素早く、捉えるのは難しい。だが、ラピスのサポートがあれば必ず捉えきれるという自信はあるはずだが、

 なんだ、このざらつく感じは……

 えも云えぬプレッシャーがアキトを包む。

 ハンドガンは徐々にだが、フェンリルのDFを削っているはずだ。

 十分、自分の間合い。ペースも握っている。なのに、何故こんなに不安になるのだろうか。

 不安を振り払うように近接ミサイルをフェンリルにロックオンさせる。

 全六発。全弾命中しなくとも半分も当たれば、DFは負荷に耐えきれず、消えるはずである(現在ネルガルにおけるDF最高出力機TYPE−Eを参考にして、だ)。

 そのはずなのにフェンリルは回避運動をせず、ミサイルを全弾受けた。

 爆発の煙が視界をふさぐ。

 「本気と言った割にはたいしたこと無かったな……」

 『アキト、よけてぇ!!』

 「なに!?」

 昔見た事のある輝きをもった剣が爆煙を切り裂く。

 アキトは反射的に機体をずらしたが、左腕と左足の半分が切り取られた。

 ラピスの助言がなければ、機体そのものが真っ二つにされていただろう。

 「DFCSか……」

 『ご明察だよ。よく避けれたね、でも、もう戦えないでしょ』

 煙が消え去り、フェンリルが現れる。その右手にはかつてカイトが作り出したDFで象られた剣と似たものがにぎられていた。

 『さてと、下準備完了。あとは……来た来た』

 サレナの後方からは、スラスター全開にして迫ってくるTYPE−Eと夜天光改がいた。





 カイトは焦っていた。

 振り切れはしないのは分かっていたが、ホクシの夜天光改はわずかながら差を縮めて追いついてきた。

 着いてみれば、サレナは半壊。ナデシコA改は船体の至る所から煙を出し、ディストーションブレードの一本はへし折れ掛けている。

 何より、自分を手玉にとったフェンリルがいたからだ。

 やばい。ナデシコとサレナを守りながら戦える相手じゃない。殺られる……

 冷や汗が背中を流れる。

 『くくくっ。安心してよ、こいつらはお土産だから、これ以上手は出さない。これだけ傷つければすっ飛んでくると思ったよ』

 「どういう意味だ」

 初めてフェンリルのパイロットからの声。想像より遙かに幼く、聞いた事のある声だった。

 『意味ぐらい分かるだろ。あんたは最凶の敵なんだ。あんたをやれば……』

 『ヒロシ。ヒロシなんだな。やめろ、こいつはあのミナヅキ・カイトなんだぞ!!』

 カイトとフェンリルのパイロットとの通信にホクシが割り込む。

 『ホクにい……ここまでこれたのはすごいと思うけど……黙ってみててよ。以前やり合って、実力は把握しているし、この結果を見て、僕に勝てないと思ってるの?』

 『そう言う問題じゃねぇ!!』

 聞いた事があると思ったら、あのときの少年兵か。でも、あの技量、いくら何でもおかしい。スペック差があろうとアキトがここまで手玉にとられるのは……でも、今がチャンスだ。

 ホクシがあの少年兵とどんな因果があるかは知らないが、二人ともあつくなり、自分よりも二人の間合いの方が近い。

 カイトは悟られぬようにTYPE−Eを夜天光界の陰に入れる。

 いまだ!

 AFモードからHFモードへ切り替え、レールガンの照準をフェンリルへ合わせる。

 『そのくらい、分かってるよ!』

 トリガーを引くと同時に掛けられる声。だが、引くわけにはいかない。その後も二射続けざまに放つ。

 全弾回避。一発も当たらないとは思わなかった。最後の一発など回避運動しながら、切り払われるとは思いもしなかった。

 『卑怯者。くくくっ』

 ののしられた事ではなく、あっさりとかわされたと言う現実がカイトとヒロシの間合いをつめさせた。

 DFCSで素早く剣を形成するフェンリル。TYPE−Eはレールガンを盾に回避する。

 紙のように切り裂かれるレールガン。カイトの瞳が碧くあおく染まる。

 TYPE−Eの左腕に仕込んである速射砲を放つ。

 これほどの至近距離で撃てば兆弾やフェンリルの装甲の破片をもろに食らう。そんな事お構いなしだった。

 しかし、食らったのは兆弾だけだった。フェンリルはピンポイントでDFを展開していた。

 『ばーか。DFCSの特性を忘れたの? あんたが、基礎理論を作ったんだろ』

 ヒロシの罵声を気にせず、DFを纏ったTYPE−Eの右腕を振り降ろす。

 それも軽々かわされた。

 死ぬな……

 二機はヒット&ウェイの高速戦へ移っていった。





 カイトとヒロシが戦っている間に、ホクシはアキトのサレナを救出していた。

 「ひどいな……動けるか?」

 『貴様、何のつもりだ』

 「なにもかんも……あー、うまく云えねぇけど、敵なんだが、敵じゃないって言うか。ともかく、俺はお前を倒す気はないって」

 『……信用はしない』

 「とーぜんだ、こんな事で信用されたら、お前の頭の中身をうたがっちまう。とにかく、あの艦までは送ってやるから。あ、攻撃させないように言っておけよ」

 アキトにはホクシが何を考えているのか全く分からなかった。

 先ほどまではカイトと戦闘をしていたはずだし、何度か、相まみえた事もある。

 何より、ラピスとメノウを火星の後継者から逃がそうとした。

 それでもまた、敵として自分たちの前に現れる。

 疑問はさておき、ナデシコに送ってもらえるなら、送ってもらうだけだ。ホクシのターゲットは自分たちではないのは分かった。

 『あれぇ、ホクにぃ。敵とじゃれ合って、何やってんのさぁ』

 「ヒロシ!?」

 いつの間にかTYPE−Eとやり合っているはずのフェンリルが夜天光改の背後にいた。

 『そいつら、ラボへのお土産品なんだから、丁重にね。でも……逃がそうとしてるわけじゃぁないよねぇ』

 ホクシの背中に冷や汗が流れ落ちる。

 「へぇ……余裕だな、まだミナヅキは落ちてないんだろ?」

 なんかやばい、本格的にやばいぜ、これは。

 戦士としての本能がホクシを警戒させる。以前あったときよりもさらにヒロシはおかしい。

 『へぇぇぇぇ。ホクにぃ、いつのまに節穴になったの? あそこで片肺飛行してるやつ、誰だっけ?』

 ヒロシの指さした方角のモニターを拡大する。

 そこには背中から煙を噴いているTYPE−Eがいた。

 「……まだ落ちて無いじゃないか。あいつは粉々にでもしないとすぐ甦るぜ」

 『ふふふっ。どうしてさ? 肝心のエンジンは死んでるから、DFCSは使えないし、武器もない。どうやっで抗うのさ? あれもラボにもっていったら喜ばれるがな、いろいろ得体の知れないところがあるし。新しい力をくれるかも? そしたら、もっど守れるんだ』

 「誰も喜ぶか。そんなことして! お前は何を考えてる! 俺たちが一番嫌いな事だろ。他人に無理強いさせられる事が!!」

 怒るホクシを不機嫌そうに見るヒロシ。その瞳は冷たく濁っていた。

 『何言ってるのさ。力がなきゃ、あの化け物も倒せながったんだよ』

 「倒したら、俺たちが解放されるとでも思ってるのか?」

 『敵は全部倒せばいいんだよ!! じゃまする奴らは皆殺しだぁ!! じゃが……ずるながぁぁぁ!!』

 ヒロシは殺意をホクシに向ける。

 クスリの副作用か。思考もむちゃくちゃになってやがる。

 「なら、俺はお前の兄貴だから、止めなくちゃな……わりい、テンカワ・アキト。こっから先は自力で行ってくれ」

 『貴様、死ぬきか?』

 「冗談。俺はまだやる事が山積みなんでね」

 アキトの推測は正しいのだろう。ホクシ自身、止めるより、殺される方が遙かに高いと思っている。

 あのミナヅキがやられたんだ。せめて、時間は稼がなきゃな……無意味に死ぬ。たぶん、ヒロシも。

 ホクシもコハクの情報から、ヒロシに投与されているクスリの事を調べたが、間違えなく劇薬に類するクスリと推測していた。今止められなければ、遅かれ早かれ、ヒロシは死ぬ。

 ブラック・サレナをナデシコ改の方へ投げると、夜天光改のスラスターを全開にさせる。

 「馬鹿ヒロシが! 後でナツに尻百たたきになってもしらねーぞ!!」

 『           』

 声にならない奇声で答えるヒロシ。

 絶対速度ではフェンリルに優る夜天光改。しかし、ヒロシが暴走しようと、その他の部分の優位性が覆るわけではなかった。

 ホクシは夜天光改の速度を生かし、射撃で足を止めようとしたが、まるで先読みをしているようにひらりひらりとかわすフェンリル。ヒット&ウェイに切り替えるが、軽々と切り替えされた。

 暴走しているがために、詰めが甘く致命的なダメージは回避しているが、ぎりぎりで命をつないでいた。

 なろー。マジでミナヅキよりつぇえじゃねぇか。殺るか、殺られるかになっちまう。

 僅かに迷いを見せるホクシ。

 それを見逃すフェンリルではなかった。

 『やめてよ、ホクにい!』

 「!?」

 ヒロシが通信を開き、助けを求める。

 唐突な事でホクシの思考が止まってしまった。どうしていいのか解らず、無防備になってしまう。

 それを確認したのか、ヒロシの頭ががくんと落ちる。ヘルメットの後頭部からは、無数のコードがシートに繋がっていた。

 「まさか……!?」

 ホクシが最悪な事を想像した瞬間、フェンリルは夜天光改の下部のスラスターを切り裂いた。

 「なっ、そう言う事か。異常な反応速度も神懸かりな予測も……全部、機械にあわせるため、機械の足りない部分を補うための生体CPU化か」

 要するにだ、ここは試験場って訳か。生体CPUの精度と耐久性の。

 フェンリルがDFCSの剣を振り上げる。ああ、もうおしまいか。助けてやれなかったんだ、当然の報いか、とホクシは諦め、目を閉じた。

 しかし、終わりはやって来なかった。目の前にはぼろぼろのはずのTYPE−Eが蒼く淡く輝き、フェンリルの剣を受け止めていた。





 「きざまがぁ、ミナヅキ!!」

 「……」

 瞳を閉じたまま、何も答えないカイト。息を吹き返したかのように吼えるヒロシ。

 カイトの足下にはヒビの入ったヘルメットが転がっている。

 『やめろ。あいつは、まだ助かる方法があるはずなんだ!』

 『そう、すべてはシナリオ通りなのね』

 何で聞こえるんだろ。僕が聞きたい声はたった一人なのに……

 フェンリルにいいようにあしらわれてより、意識が白濁とするカイトには聞こえないはずの声がずっと聞こえていた。

 それは心の声か、音として出ている声なのかは解らなかった。

 しかし、聞こえるのは声だけではなかった。ここにあるすべてと思われる情報も頭の中へ流れ込みだした。

 薄く開かれるカイトの碧く(あお)染まった瞳。そして、開かれるほどに変わる髪の色。闇から、藍へ。藍から、蒼へ。

 「君は勝てない。何より、自分自身に。だから、終末へ導こう」

 『巫山戯るな!!』

 鞭のように呻るフェンリルのDFCSがTYPE−Eに迫り来る。

 『カイト!!』

 『ミナヅキ!!』

 『いやぁぁぁ!!』

 『……』

 誰もがTYPE−Eが切り裂かれたように見えた。

 しかし、切り裂かれたTYPE−Eはすぐに元の形に戻る。

 『いったいどういう事……だ』

 「……いつかは僕を超えれたろうに。自分の力で歩み続ければ。見てしまった未知の力。飲み込まれたのは無理無い事なのか。

 これが、本当に得たかった君の力なの。クスリに頼って、機械に操られて? 何より、他人に弄ばれて!」

 『違う! おまえをたおせばぁぁぁ!! どこにいった!!』

 「……真上だよ」

 フェンリルの真上には正面に立っていた時と寸部変わらぬ格好でTYPE−Eはいた。

 『そんなわけ……あのタイミングでそこへ行けるわけがない!』

 初めてヒロシにおびえが走る。体がすくむ。

 『ボソンジャンプ……か』

 アキトはつぶやくようにこの状況を推測した。

 「そうだよ、アキト。僕はフェンリルの攻撃が当たる瞬間、“DFを残してBJした”。それに攻撃が当たっただけだよ」

 本来、あり得ない速度だった。ジャンプアウトから、ジャンプインまでにどの機体もボース粒子を感知できなかった。

 『あああ!!』

 ヒロシは恐怖を振り払うためにTYPE−Eへ突っ込んでいく。

 無造作に振るわれるDFCS。カイトは瞬間ボソンジャンプと言うべき速度で、かわしていく。

 フェンリルのコックピット内に響く、ロックオン警戒音。

 徐々にスピードが落ちていくフェンリル。コックピットのヒロシは恐怖で体がすくんだ。

 バケモノ、バケモノ、バケモノ、バケモノ、バケモノ、バケモノ、バケモノ、バケモノ、バケモノ、バケモノ、バケモノ、バケモノ、バケモノ、バケモノ、バケモノ、バケモノ、バケモノ、バケモノ、バケモノ、バケモノ、バケモノ、バケモノ、バケモノ、バケモノ、バケモノ、バケモノ、バケモノ、バケモノ、バケモノ、バケモノ、バケモノ、バケモノ、バケモノ、バケモノ、バケモノ、バケモノ、バケモノ、バケモノ、バケモノ、バケモノ

 コントロールスティックからヒロシの手が離れ、体を抱きしめた。

 『終わったな。ヒロシ、帰るぞ』

 ヒロシが戦闘不能になったのを察したホクシがフェンリルへ近づく。

 「まだ、終わっちゃいない。フェンリルの本性はこれからだから」

 『オイオイ。ヒロシの戦意は無くなったんだ。パイロットが戦えない機体がなんで!?』

 フェンリルは不用意に近づいた夜天光改にDFCSを振り下ろした。

 「言ったでしょ。彼を終末へ導くって。もう、助からないんだ、彼は。メインCPUが起動している以上、あれは動く」

 TYPE−Eは二機の間に割って入り、フェンリルを蹴り飛ばし、間合いをとった。

 フェンリルは姿勢を立て直し、DFCSを構える。

 『どういう意味だ、ミナヅキ!』

 「どういう意味もなにも、彼はもう生体CPUなんだよ。機体が死ねば、彼もまた死ぬ。理解した事でしょ。だから、僕は彼を終末へ導く」

 『何でこう……どいつもこいつも決まった事のように言うんだよ!!』

 必死のホクシに対して、カイトは冷ややかな碧いあおい瞳のままだった。

 「ここまで来たら……!?」

 カイトは会話を一時中断し、攻撃を仕掛けてきたフェンリルに素早く反応し、刃を受け止める。

 DFCS同士が、次元を歪める。

 と、同時にTYPE−Eの姿が僅かにぶれる。

 『『高速BJ!?』』

 背後に現れるTYPE−E。これで決まると二人は思った。

 しかし、フェンリルは残像の刃を受けたまま、回し蹴りを浴びせた。

 「づぅぅ!」

 かなりの衝撃がカイトを襲う。それでも、フェンリルに隙を与えはしなかった。

 瞳は冷たく輝いたままだった。

 そのころ、フェンリルのコックピットの中にいるヒロシは体の自由がきかなかった。

 動けないわけではない。動けないのなら、フェンリルは起動していないはずだから。

 体が勝手に動く。電気パルスが走り、手足を操る。

 数値が勝手に頭の中に入ってくる。そして、その結果を頭が勝手に選択している。

 ただフェンリルの状況処理の肩代わりをさせられているだけだった。

 『いやだ、いやだ、いやだぁ。違うんだ!!!!』

 猛然とTYPE−Eを撃墜するために攻撃を仕掛けるフェンリルの中でヒロシはフェンリルの直接介入のため、強制的に正気を取り戻しつつあった。

 言葉とは反対に手足は正確にフェンリルをコントロールし、TYPE−Eに追いすがる。

 「君は最後までこのままでいいのか?」

 『そんなに言うなら止めろ、馬鹿野郎!!』

 「!? 割って入るな、死にたいの!」

 今のカイトの状態でもフェンリル一機で手一杯なのに動きの鈍い夜天光改が入れば、混迷の度合いが変わってくる。

 フェンリルに理解できない状況だったが、チャンスであるという事は理解した。

 『夜天光改の行動を予測……完了。TYPE−Eの行動を予測……夜天光改の行動予測を前提とし………………完了。行動開始』

 ヒロシの頭に入ってくるフェンリルの機動予定。これは二人の殺害予定。

 正確には、夜天光改ごとTYPE−Eを破壊する。

 「やめろぉ……」

 コントロールスティックを動かす右腕を止めようと力を入れるが、神経が反応しない。

 ヒロシが必死の抵抗をしている間にもフェンリルは揉めているTYPE−Eと夜天光改に迫る。

 「!?」

 「なろぉ!」

 カイトは邪魔でしかないホクシの夜天光改を振り払うために、二本の剣を形成する。

 「ホクシ、頭を冷やせ! どうやっても彼は助からないんだ」

 「俺はあきらめねぇ!!」

 「お人好し!」

 カイトは夜天光改の左腕をなぎ払い、機体をずらそうとした。

 そう、その隙をフェンリルは予測していた。ホクシを殺さぬために行動不能にする。射撃武器は既に無いため、どうしてもDFCSに頼らざるを得ない。その瞬間こそ、カイトを落とす最大のチャンス。

 フェンリルは右に回り込み、DFSCの剣を振りかざす。

 カイトにもこうなる事は判っていた。ホクシの事を考えて、迷ったために出た結果だった。

 死の可能性が頭をよぎった時、すぅっと、心が冷えていった。

 別にホクシは他人なんだ。僕はイツキに会うまでは死ねない。彼も、あの子も今はただの障害でしかないんだ。

 カイトは諦めた。

 ホクシは、DFCSはおろか、機体自体がぼろぼろ。この状況では自分はもう何もできないと悟った。

 アキトもまた、ただの傍観者であるしかできなかった。

 ラピスとメノウもまた、傍観者であるしかなかった。

 コハクは観客者として、見守るだけだった。

 だが、ただ一人諦めていないものがいた。

 ヒロシだった。すべての精神力を左腕に込めて、ヘルメットからシートに伸びるコードを掴んだ。「がぁぎゃぁぁぁぁぐぅぅぅ!!!」

 激痛が走るというレベルではなかった。フェンリルは体のコントロールを戻すため、過度の電気パルスをながし、千切れかけているコードからは、ノイズが大量に流れ込む。

 フェンリルから、左手を外せと命令がでるが、コードを掴んだ左手は握りしめたまま離れなかった。

 そのせいでフェンリルの動きは緩慢となり、DFSCは消えた。

 この状況にカイトを把握できず、動きを止めてしまった。

 ホクシはノイズの走るスクリーンが映し出すフェンリルを見て、はっとした。

 「ヒロシ、あいつ……ちくしょぉ。俺は何にもできないけどよ、負けるな、ヒロシ!!!」

 理由は分からないが、ヒロシが懸命に抵抗しているのがホクシには判った。だから、聞こえているいない構わず叫んだ。

 「俺もナツもショウマもサクヤも誰もが、お前が帰ってくるのを待ってんだ。だから、帰ってこい!!」

 意識が薄れていき、徐々に左手の握力がゆるんでいたヒロシは懐かしい声が聞こえたような気がした。

 「がぁぁぁっ!!」

 ぶちぶちぶち

 ヒロシは最後の力を振り絞り、コードをすべて引き千切った。

 体が自由になるヒロシは右手を振り上げ、モニターを殴り壊した。

 がくんとフェンリルのメインカメラの光が落ち、頭を垂れる。

 「はぁはぁはぁ……ごぶっ、ごほごほっ」

 力を使い切り、緊張の切れたヒロシは吐血した。バイザー部分が真っ赤に染まる。

 赤く染まる視界。でも、何かに解放されたヒロシの頭の中はクリアーになっていった。

 自然に走る指。サブシステム起動。もう一度フェンリルのメインカメラに明かりが灯る。

 「な、何やってんだよ、ヒロシ……もう、終わったんだろ。帰るんだろ?」

 「まだ……なにも、はじま……ごほっごほ、てないよ……ほくにぃ」

 前の見えないバイザーを上げ、両手はコントロールスティックをしっかり握っていた。

 「くあぁぁぁぁ……」

 ヒロシの全身にナノマシンの光が走る。

 形成されるDFSCの剣。

 「やめろ、そんな事したって!」

 「判ってる、わか……るんだ。でも、何かをしなきゃ、何かを始めなきゃ……」

 「しなくていい。まだやり直せるんだよ、判ってくれよ!」

 「だから、こんな事終わらせなきゃいけないと思うんだ、ホクに、ごぶっごふ」

 「もう喋るな。そこから降りるんだ!!」

 「おりれ……ないよ。だから、“僕の戦争”を始めるんだ!」

 ヒロシは時折血を吐くが、フェンリルの剣は揺るぎもしなかった。それだけの覚悟はついている。

 「でしょ、ミナヅキさん」

 今まで沈黙を守っていたカイトはTYPE−Eの右腕にDFSCを纏わす。。

 「そうだね。最後に一つだけ聞きたい。何故、あんな力を求めたんだい?」

 天を仰いで、一息つき、ヒロシは答えを返した。

 「間違ってるとか正しいとそんなんじゃなくって、みんなを守れる力がほしかった。

 間違ってるって判ってても……

 それでも僕は力がほしかった」

 「そうか……そうだよね、誰もがそうなんだ。だから、だれもが間違える」

 その言葉を最後にはっきりと戦闘モードに入るフェンリルとTYPE−E。

 なんだ、フェンリルのコックピット部を中心に淡く蒼い光が発している……まさか!?

 ホクシがその光がなんなのか察するほんの僅か前にフェンリルとTYPE−Eは動いた。

 フェンリルの剣が振り下ろされる。だが、それより早くTYPE−Eの右腕は蒼い光に吸い込まれるようにヒロシを貫いた。

 その光の中、

 ホクにぃ、ごめんね。みんなにも謝っててね。でも、それ以上にありがとう。僕の最初と最後を見続けていて。たったこれだけの言葉しか返せないのが悲しいけど、貴方を兄と呼べてうれしかったです。

 誰も聞けなかったメッセージ。

 微笑んだままヒロシは蒼い光の中へ消えていった。





 一時間ほどたったその戦場にはホクシの夜天光改と幾多の残骸が漂っていた。

 「まだ何もないところに漂ってるの?」

 残骸が押しどけられて白亜の戦艦が姿を現す。コハクだった。

 「何も言えない立場だけど、よくやった方だとおもうわ。あの予告は」

 「予告ははずれたんだろ。結末は一緒でも、過程はな。あいつはあいつのまま、逝ったんだからな」

 「……どうなのかな。どうしてこうする必要があったのか、どうして彼はそうしたのか。予告なんて彼には関係ないのにね」

 結果として、ヒロシはすべて自分の行いを後悔しても、それを認めた上でカイトに挑んだ。それで死んだ。

 それだけしか解らなかった。

 それでも助けたかった。

 「たぶん、彼の気持ちを一番解ってるのはあなたでしょ。なら、ほんの少しだけど彼は救われたんじゃないかな……」

 「さあな。わかんねーよ」

 ホクシは素っ気なく答えた。

 「だれにもわかんねーよ。分かるのは残ったやつの感傷、ぐらいか」

 「だね……そろそろ帰るけど、途中までなら送ってあげるわ」

 「今はその情けが気持ちいいわ。頼む」

 半壊した夜天光改を白亜の戦艦が回収するとボースのきらめきの中に消えていった。

 残されたのは打ち砕かれたフェンリルだけだった。




ああ  殺して殺して……殺し続けてぇ!!!!!!!!!!!






 娘達の雑談

 

 ルーシア:えー、そーのー、あのー

 ルリ:のっけから、こういういいわけを言わないといけないんですか?

 ルーシア:うぅぅ。仕方ないんだよ、ルリちゃん。背後さんがものすごーく遅筆だったんだから。

 ルリ:ふぅ、仕方在りませんね。では、

 ルリ・ルーシア:一話を書き上げるのに三年もかかってごめんなさい。

 ルリ:byへっぽこさくしゃ

 ルーシア:あわわ。事実だけど、言っちゃダメだよ。

 ルリ:まあ、謝罪はこのくらいにして、私の出番はどうしたんですか?

 ルーシア:だーかーらー、ルリちゃんの出番は劇場版までいかな……

 ルリ:ふふふふっ……(垂れ下がった前髪で目は見えないはずだが、何かが光っている)

 ルーシア:あわわわわっ。背後さん、背後さん、次の話のプロットくださーい。ルリちゃんがブラックすぎて怖いんですー!!

 ひ〜ろ:ほっほっほほー。仕方ない、助けてやろう(空の上に急に現れて、ぽんとプロットを投げると消えていった)。

 ルーシア:ありがとーございまーす。次のマイ締め切り破っちゃだめですよー!

 ひ〜ろ:よけーなおせわだー!!!!

 ルリ:ふんっ!(何故か有ったちゃぶ台を声のあった方に投げつけた)

 がこ!!

 ルーシア:……はっ(あわててプロットをながし読む)

 ルーシア:あ、ルリちゃん。次、出番があるよ♪

 ルリ:何ですって!!(ルーシアからプロットをむしり取る)

 ルーシア:よかったね、ルリちゃん。出番があって。

 ルリ:(熟読中)

 ルリ:……ななななななんですかこのプロットは!!!(顔真っ赤)

 ルーシア:はにゃ?(ルリからひょいっとプロットをとると読み直した)

 ルーシア:ひやぁぁぁ……(同じく顔が真っ赤)

 ルリ:いつからこんな(ぴー)なシーンが出るような話になったんですか!!

 ルーシア:えっと、その、大人な関係?

 ルリ:貴方はどストレートに言ってるんじゃありません!!

 ルーシア:だって、それ以外に言いようが……あ、カンペさんからもう絞めないとダメだって。

 ルリ:この内容をどう絞めろって言うんですか、私、少女ですよ。

 ルーシア:私だって、16歳だもん。

 ルリ:貴方は永遠の16歳です。年齢詐称じゃないですか!

 ルーシア:……えっと、次回ですけど。

 ルリ:しれっと誤魔化さないでください。まあ、時間がないから仕方ないですけど。

 ルーシア:とーもーかく、次回、どれだけ抱きしめられようが、傷の癒えないカイト。

 ルリ:そんな中、ルリとカイトは出会った、イツキ不在で。

 ルーシア:カイトは真意をルリに気づかれないように誤魔化し続ける。

 ルリ:しかし、その真意に気づく人がいた。

 ルーシア:それは幸か新たなる不幸か。

 ルリ・ルーシア:次回、機動戦艦ナデシコ  〜 acastaway 〜  第6話 『ダーリンは誰も信用してないのね』

 ルリ:何で私よりあの女が出てくるんですか。そ、そ、それに……そんなに大きい方がいいんですか!!

 ルーシア:エッチなのはいけないと思います。

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