『整備員並びに格納庫にいる全スタッフに通達。“イージス”発進します。進路上にいるものは退去せよ、繰り返す、退去せよ』

 その放送後、Aircraft Form(以後AF)のTYPE―E“イージス“を乗せたパレットが、地下格納庫から出るエレベーターへ向かっていく。

 その光景を全スタッフは見つめていた。一年半以上かけ作り上げた渾身作が、今から翼を広げ自由に羽ばたくのだ。

 これまでも、テスト飛行で宙を舞ったことはあるが、あくまでもピンポイント的なテストであり、全開で、実戦を想定して飛ぶのは初めてなのだ。いやがおうもなく、緊張し、心が弾む。

 イージスを乗せたパレットはエレベーターに到着し、イージスを差し渡す。がくんと衝撃が伝わり、エレベーターは上り始めた。

 暗い回廊を機械音とともに上昇していく。

 コックピット内はモニターの明かりのみが輝く。

 登り切る前、シャッターが開く音がする。

 コックピット内に光が入り込む。

 エレベーターが止まり、オートで滑走路に誘導されていく。

 その間、ウィング、スラスターが小刻みに動き、最終チェックを行う。

 滑走路につき、ぴたりと動作を止める。

 グリーンシグナル

 それより一呼吸置き、くんっと後部が沈み、機首が上がり、加速した。

 ふわりと地からはなれる。

 そして、あっという間に大空に身体を預けた。





機動戦艦ナデシコ

第3部

a castaway






 第5話 『それでも僕は力がほしかった』 中編 





 「はぁ〜。あっという間に飛んでいったのぉ」

 「ええ。滑走、50mすらいらなかったわね」

 イージスが全開で飛ぶ姿を直に見るためにメノウとフィリアは滑走路の見えるラウンジに居たが、イージスはあっという間に飛行機雲だけを残して遥か彼方に行ってしまった。

 「さあ、メノウちゃん。モニター室に戻りましょうか。そうやって空を眺めてももう見えませんよ」

 「そうじゃの。早く戻るぞ!」

 「そうね、早く戻らないと……空力限界領域を過ぎちゃうから」

 「はっ? そのようなわけないであろう」

 「どうかしらね。うふふっ」

 不思議そうに見上げるメノウにフィリアは意味ありげな笑みを浮かべた。

 ラウンジから、モニター室まで歩いて一分ほど。

 2人は並んでモニター室へ向かった。


 2人が入り込んだモニター室はモニターとわずかに発光しているライトの明かりしかなかった。

 「戻りました。TYPE―Eの現在地は?」

 「現在は地球衛星軌道上。降下体制の準備に入っています」

 「解りました。降下プログラムおよび航空機動プログラムの準備をしてください」

 「了解」

 「観測班は先ほどの上昇プログラムのデータを見せてください。あと、予想以上の出来みたいだから航空機動プログラムの観測批准をB3からA2に変更。いい結果が出そうね」

 「はい。解りました」

 フィリアは早次に指示を出し、一流の手腕を遺憾なく発揮する。

 メノウはじゃまにならないようにラピスのいる隣の席へ移動した。

 「ラピス、兄上が飛び立ってから、わらわ達が戻るまであまり時間はたっておらんと思うが、兄上は空力限界領域までどのくらいで行ったのじゃ?」

 「40秒フラット。よくわからないけど、みんなすごいって喜んでた」

 「それは普通のシャトルの1/50ほどの時間じゃからな……」

 半分あきれ顔のメノウにラピスは不思議そうに小首をかしげた。

 その後ろではアキトとアランが壁により掛かって、テストプログラムを見ていた。

 「加速力で敵う機体は現状ではありそうにないな」

 「まあな。しかし、よくあのイージスのスロットルを踏み込むよ、あのばかは」

 「……」

 カタログスペックを見ただけでもエステバリスカスタム,ステルンクーゲルとは大きな差をつけている。

 それ故に比較対照はサレナタイプだが、サレナは武装換装などで一点では優れることはできても、トータルでは常にTYPE―Eが一歩先んじていた。ただし、パイロットが乗りこなせればの話だが。

 サレナの対Gに関してはかなりの重装備をしている。ハイリニアシート、Gコントロール、対Gスーツ。そのほかにも繊細な装備を施してあるにもかかわらず、パイロットにかなりの負担をかける。

 それに対し、TYPE―Eの対G装備はかなり簡素化されている。VSを組み込むため、余剰と思われる部分はすべて排除され、あくまで機動兵器として完成されていた。そのため、サレナ以上にパイロットにかける負担は大きい。

 アランはカイト達が来るまでこの二機のテストパイロットをしていた。

 乗り比べた結果、TYPE―Eを全開にするのはおそらく不可能。だが、サレナは完熟が進めば扱いこなすのは可能と思った。

 それらの経験を得て、次期主力量産機のプロトモデルはサレナタイプになるだろうと予測している。どの兵士もアキトやカイトのように常識レベルからかけ離れた実力を持っているのならともかく、並みの人間より少し上というレベルが大半だ。双方乗りやすいが、サレナタイプの方が遙かに乗りこなしやすく、幅が広い。何より、エステバリスをベースにしている分、次期エステバリス(アルストメリア)にわずかな変更で装着可能。故に、軍配はサレナタイプに上がる。

 だが、TYPE―Eに憧れる部分もある。徹底して機能を追求した姿は芸術域に達しようかという勢いだからだ。

 それを “天才”と称されるパイロットが性能を100%以上発揮する姿はどれだけ美しいものだろうか……

 『降下プログラム準備完了です、アラン所長』

 「……よし、領空警戒を一ランク上げろ。降下プログラム開始。降下プログラム終了次第、航空機動プログラムを開始しろ」

 アランの号令により、モニター室は緊張に包まれた。


 「呆れる性能だね……空力限界高度まで約80%の推力で軽く行くんだから。まあ、これくらいの推力がないとどこでも彼処でもって訳にいかないか。それに、フィリアさん達も前に言ったことを踏まえてこれを作ったんだから、乗りこなしてみないとメンツが立たないよね」

 降下プログラムまで若干余裕があったカイトは、イージスのテレメトリー・システムから、テストデータと自分の乗り方との差を計算していた。

 今、カイトの乗っているTYPE―E“イージス”はバージョンUに当たる。

 バージョンTはパワーや操縦性はバージョン2に見劣りしなかったが『違うんですよ。誰もいない安全なテストエリアでじゃないんだ。敵のいる、命のやり取りをする領域で扱うことの出来るマシンでなきゃ、意味がないでしょ』と酷評した。

 その言葉を理解するまでに右往左往したが、フィリア達5研のメンバーは休日返上でこのバージョンUを仕上げたのだった。

 そして、先日、5研メンバー全員が固唾をのむ中、TYPE―EバージョンU“イージス”はカイトの前に公開された。

 そして、カイトはぽんぽんと装甲を叩くと、

 『いいみたいだね、今回は』

 と言った。

 『乗りもしないのに解るんですか?』

 カイトの実力はTYPE―Dの時に解っているが、ただ装甲を叩いただけだ。訝しむ者もいる。

 『本当にいいマシンには雰囲気があるというか。周りの空気がちがうというか……なんとなくいいなって直感的に思えるんですよ』

 具体的にどういいのかはさすがに乗ってみないと解らないが確信はあった。これは理想に近いマシンだと。

 だが、直感という曖昧な言葉では人は納得できない。

 当人すら具体的な事は分からないので説明に困り、頬をかいた。

 しかし、それを見たフィリアは確信してスタッフを見渡した。

 『あらあら。みんな、自信を持っていいんですよ。私達が認めたパイロットが最大の賛辞をくれたんですから。みんなも自信があるでしょ。だから、明日からのテスト、大いに期待してがんばりましょう』

 ぱんぱんと手を叩くと納得したようにみんな、隠し事に散らばっていった。ここら辺は問題児集団である5研をまとめているフィリアのカリスマによるものだ。

 「……ととっ。回想している場合じゃなかった。期待に応えなきゃね。でも、それ以上に楽しめそうだな、こいつは」

 カイトは子供っぽい笑みを浮かべる。

 それと当時にミッションスタートのシグナルが輝く。

 モニターに向けて、サムズアップするとスロットルを踏み込む。

 それにイージスは応え、矢の様に地球へ降下していった。


 テストの終わった観測室にはちりとりとほうき、掃除機などを持った多数の職員が忙しそうに歩き回っていた。

 その指令席では不機嫌そうに席に座ったアラン、その正面にカイト、両脇にイネスとフィリアが立っていた。

 「大変そうだな、中も外も。誰かさんのお遊びのおかげで」

 「……うっ。すみません、少しはしゃぎすぎたみたいで」

 「まあ、おまえがはしゃぐ気持ちもわからないこともないがな……加速しながら地表に降りてくるなんて、なに考えてるんだ、このうすらバカ!! 衝撃波でここのガラスや計器類を壊しただけでなく、外の第一滑走路、真っ二つになってんだぞ!! そのあとコントロール不能になってイージスまで……おまえ、喧嘩うってんのか! ああんっ?」

 怒鳴るアランの後ろに本当に真っ二つに引き裂かれた第一滑走路が映り、そこで懸命な復旧作業をしている重機や作業員がいた。

 「謝罪してすむ問題じゃないですよね……」

 「当たり前だ。始末書は俺がごまかしておくが、ここの連中の口封じはおまえがやってこい、今すぐだ!!」

 「は、はい!!」

 カイトはすぐさま回れ右をすると走り出していった。

 カイトがモニター室から出て行ったのを確認して、アランはイネスとフィリアに口を開いた。

 「たく、あのばかは、節度のねぇガキだな。わりいな、あんたらには」

 「……」

 「多少は怒っていますが、TYPE−Eにはたいしたダメージもなかったので問題はありません」

 口を開かないイネスの代わりにフィリアが答えた。

 しかし、2人の表情は芳しくない。

 それを解っていた、アランは深く息を吐き出した。

 「テストは二機とも良好だ。あいつらの実力を考えれば、実戦配置も後一ヶ月もかからないうちに可能だろうな。こわれてなきゃな」

 頭を抱えるアランにフィリアは困ったような笑みを浮かべた。外装の一部と左腕の第二関節を軽く打っただけなので修理そのものの時間はかからない。

 「間違えないでしょうね。2人の実戦データを元に進めてきたのだもの。でも、そんな話をする訳で私達を残した訳ではないのでしょ」

 「ああ、あの2人の精神状態だ。ドクターとしてと、研究者としての意見と個人的な意見がほしい」

 アランの真剣な視線に2人はしばらく考えるように沈黙した。

 「そうね。今、比較的安定しているのはアキト君でしょうね。ラピスちゃんとメノウちゃんがいい役目をしていると思うわ」

 「お嬢ちゃん達のことはよくわからんが、まあ若造はそんな感じだな。フィリア女史はどうだ?」

 フィリアはまだ、考え込んでいるようだったが、結論が出ないと思ったのか答えた。

 「パイロットの精神面で見ればまだカイトさんの方が上です。ただ……」

 「ただ、どうした?」

 「今日のTYPE−Eの壊れ方を見ていると、普段のカイトさんではあり得ない事が起こりそうで……」

 「枠からずれ出す加速度がアキト君より、カイト君の方が早いのじゃないかって事でしょ、フィリア」

 フィリアの心情を読みとったイネスが代弁する。

 しばらくの間、掃除機とガラスを片づける音だけが聞こえた。

 「結局、二人とも同意見かよ」

 そう言うと肩をすくめ、煙草に火をつけた。

 深く吸い込み、紫煙をはき出す。煙草嫌いのイネスは顔をしかめたが、アランはお構いなしだった。

 「俺はトカゲ戦争でなんかを失っていかれた奴をよく見かけたもんだよ。まあ、あいつらみたいに運や実力には恵まれず大半が死んでいったがな。

 中には生き残った奴はいるが、やけになるか、抜け殻みたいなった場合が多い。まれに宗教走ったり、そのまま軍に残った奴もいる。まあ、ろくな生き方はしてねぇ」

 フィリアの表情はわずかにゆがんだが、イネスは能面のように表情を変えなかった。

 「私はとんでもないモノを彼らに渡そうとしているのでしょうか?」

 「いんや。単に生存確率や撃墜数が上がっているだけだろうよ。あんたらには悪いが、あの2人は状況を利用しているだけにすぎんよ」

 「……それは辛辣な答えね、所長」

 迷うフィリアをしり目に何一つ表情を揺るがせずにいるイネスにアランは恐ろしく冷たい視線を放った。

 「止めとけ。どんな理由であの2人を手伝うか知らないが、深追いしたところで、ろくでもないところに行くんだ。今のあいつらでは関わる人間を不幸にするしかできないんだ」

 「そうかしら。何であれラピスちゃんとメノウちゃんを不幸から救い上げたのは事実だわ。それに手をさしだした以上、後には引けないわ」

 アランの冷たい言葉に何一つひるまずイネスは答えた。

 「それに今優秀なパイロットを失うのはネルガルとしても痛手ですし、友達からアキトさんのことをよろしくと言われていますので私としても彼らが死なないように全力を尽くすのは当然です」

 フィリアはにっこりと微笑みながら応えた。

 「あんたら……そんな性分してるな」

 2人の意見にアランは呆れて姿勢を崩した。

 「くすっ。当然ですよ、月のエリナもイネスさんも……」

 「余計なことは言わなくていいのよ、フィリア」

 いつの間にかフィリアの首元にはイネスの手にある赤い謎の液体が入った注射器が刺さらんとしていた。

 「あらあら、困りましたね」

 フィリアは本当に困ったように小首をかしげた。

 (いつの間にだよ……で、何で刺されかけているのに平然としてるんだよ)

 これには歴戦の強者のアランも背筋を冷やした。

 「ま、まあ。フレサンジュ女史、その物騒なモノは引っ込めてくれ」

 「しかたないわね」

 イネスはため息をつくとフィリアから注射器を離し、白衣の下に納めた。

 「ともかく、今更後には引けません。彼らに関わった以上、私達は。

 それはアランさんもよくわかっていると思いますけど」

 フィリアは困った表情のまま、瞳だけ真面目に言った。

 イネスもうなずき、その言葉を肯定した。

 「あんたら……そんな性格をしてるぜ。たくっ、あのバカから離れればそれなりに“いい”生活が出来ただろうに。不器用なことだ」

 アランはぎしぎしと椅子を揺らした。

 「そんないい生活なんて価値がないわ。それに所長に言われたくないわね。軍を引退して、結婚して、子供もできて、年金生活でのうのうとしていたあなたがわざわざ妻子と別れてこんな辺境まで来るなんて。その方こそ不器用じゃなくて」

 イネスの意地の悪いいいようにアランは「けっ」と悪態をつくが、苦笑を浮かべる。

 「まあ、何とでも言ってくれ。所詮、俺が出来ることはこのくらいまでだ。あんたらほど、あいつに入り込んでいける気力はないさ」

 それは己の不甲斐なさを悔やむ懺悔なのか、本当にこれ以上は出来ないという突き放しなのかはイネスとフィリアでは解らなかったが、アランのカイトに対する、そして自分たちに対する不器用な優しさだけは感じ取れた。

 「最後に忠告と頼みがある」

 「ええ、なにかしら?」

 「はい、なんでしょう?」

 「きっとあんたらはこれから先、“後悔”するだろう。だがな、“納得”できない生き方だけはするんじゃねぇぞ。あと、不器用でバカで弱くて優しいあいつらを頼む。俺はあいつらに優れた武器をやることだけしかできない。頼む」

 アランは椅子から立ち上がると机にこすりつけんばかりに頭を下げた。

 「余計なお節介ね」

 「でも、ご忠告痛み入ります」

 その2人の言葉にアランの心は少しばかり救われた気がした。


 広い指令室でナツキはいらだたしげに机を指で叩いていた。

 現在している、ヒサゴプランの航行警備の運用状況にいらだっている訳ではなく、一週間前から、ヒロシの姿が見あたらないからである。

 ナツキは立場上、個人的に探索は出来ないが、代わりにホクシが中心をなって探索は続けている。

 その懸命な努力の結果、行方不明になる数日前から、ヒロシにヤマザキが接触していたことが解った。

 今までにも、ロストチルドレンの子供達にちょっかいを出したことはあるが、個人に長々とモーションをかけたことはなかった。

 それに、ヒロシは年長者であると言うだけで、遺伝子をいじって先天的能力を強化して生まれてきたタイプではない。ましてや、A級ジャンパーなどではない。

 遺伝子に強化を施し、先天的に優れた子は年端がいかないとはいえ、ほかに多くいる。

 なぜ?

 ヒロシはヤマザキの趣旨に離れる。“訓練”を施すには少々年を取りすぎている。研究材料としての魅力はないに等しいはずだ。

 なぜ?

 ヒロシは真面目で周りに配慮がよくきく“いい子”というのが妥当な評価だ。

 ステルンクーゲルの操縦もホクシに敵うレベルでもなく、ほかの子と比べてずば抜けているわけではない。

 ただ、嫌な予感だけがある。

 わたくしの嫌な予感はよく当たるから……

 ナツキはそれを振り払うようにたまっている電子書類を展開し、淡々と処理していく。

 小一時間ほどで書類整理に一段落つき、秘書にいれてもらった煎茶でゆったりしていたとき、暗号通信が入ってきた。

 コードを確認するとそれは軍司令部からのものに似ているが、細部はヒサゴプランコードを用いられている。

 そして、後半のコードは忌み嫌う人物が所属している部署であることが示されていた。

 「ちっ」

 いらだたしく舌打ちすると秘書を下げさせ、室内の警戒ランクをSSへ引き上げた。

 警戒ランクSS。普通、佐官級クラスの部屋にはついていない代物だ。ついているとすれば、上級将官級クラス。ヒサゴプラン、いや、火星の後継者がいかに統合軍内部に入り込んでいるかが解る。

 指紋、音声パターン、網膜パターン、パスコードを入力し、セキュリティーのためノイズのはいるウィンドウを横目で見た。

 「今は仕事中……な、なんであなたが。この通信コードはヤマザキのでしょ?」

 『うん。無理言って頼んだんだ。ずいぶんと連絡をしてなかったから。ごめんね、ナツねえ』

 ウィンドウに映ったのはいつも人を小馬鹿にしているようなヤマザキではなく、少し痩せて力無く見えるが瞳だけ、ギラギラしているヒロシだった。

 「ヒロシ!! あなた、何人、人に心配かけさせれば気が済むの。何のためにそこにいるのか知らないけど、ふざけてないでさっさと戻ってきなさい!」

 激怒して机を叩いて立ち上がった。

 椅子が倒れる。

 『大丈夫だよ。後少しなんだから。後少しで手に入るんだ。期待しててよ。じゃ、もう時間だから。次にあう時はきっとみんなを守れるから。悪い奴らを倒せるから』

 ナツキの怒りを受け止めながら、少しだけ不敵に笑うとヒロシは一方的に言うと通信を切った。

 「待ちなさい、ヒロシ、通信を開きなさい!!」

 素早くヤマザキへ通信を試みたが、ロックが掛かっており、繋がることはなかった。

 「なんなのよ。あのヤマザキのルートからだなんて。いったいどうなっているの!」

 解らない状況に対して、怒りの形相をしたままナツキは憂さ晴らしにデスクをもう一度叩いた。

 「ここで怒っていても仕方ないわね。しかたない、ホクちゃんに頼むかしら」

 息を入れ直すとホクシへのシークレットコードを入力した。


 高度30000フィート

 ここにTYPE―Eイージスとブラック・サレナ=エアロモードが浮いていた。

 先ほどまで、高々度戦闘のテストで待っていたが、標的はすでに空を舞うことは叶わず、地へ落ちていっている。

 「このくらいでは訓練にならんな」

 『アキトの反応が早すぎるんだよ。いくらラピスちゃんの力を借りてるからって、呆れるほどだよ』

 「よく言う。標的の7割近くを落としておいて」

 『それを突っ込まれると痛いんだけど。まあ、それは経験の差という事で』

 ウィンドウに映るカイトは誤魔化すようにヘルメットの頬をかいた。

 さらにメノウとラピスのウィンドウが映る。

 『そーじゃ、そーじゃ。アキト殿が兄上に敵うなど10年早いわ』

 『そんなことはない、アキトはすぐカイトを抜く』

 『そうかのぉ、ラピス。兄上はここに来てさらに腕を上げられたように見えるぞ。たしかに、テンカワ殿も腕を上げておられるが、兄上に勝ろうなら、まだまだ精進が足らぬと見えるぞ』

 扇を広げ我が事のように言うメノウをラピスは少しむっとした表情で見ていた。

 『こらこらメノウ。そんなに言うもんじゃないって。実際、アキトはすごいよ。僕だって、初めからこれだけ出来てた訳じゃない、吸収力で言えば、僕の上をいってるよ』

 メノウを優しく嗜めるように、ラピスを励ますようにカイトは言った。

 だが、アキトは別の感想を持っていた。

 カイトは腕を上げている訳でも新しい何かを手にしている訳じゃない。ほぼ、昔の何かを確認しながら、精度を高めるだけであれだけの実力を発揮できる。本当の実力はこんなレベルではないはず。

 それは許せないことでもあり、語られないカイトの深いところにあるものだろうと推測している。

 だからこそ、解せない。

 昔に何があったのかは知らないし、知ろうとは思わない。誰にも触れられたくない過去はある。だが、その過去にあった何かをすべて引き出せば、イツキはおろか、ユリカも火星の後継者のこともすべて解決できるのではないだろうか……

 つまらん幻想だ。

 いくら何でも個人で出来ることではない。

 アキトは首を振り、くだらない妄想を振り払おうとした。

 所詮、人一人が出来ることなどたかがしれている。それはナデシコにいた時も、今復讐に身を費やしている今も痛感している。

 だが、その考えは離れなかった。

 もしそれが出来るなら、もうそれは人ではない。人の理を超えた化け物だ。世界を敵に回すことすら、道端に転がっている石をける感覚で行えるだろう。

 だからこそ、“ミナヅキ・カイト”という存在は危険だ。語られない何かが解放された時、自分の予測通りになるのではないか。火星の後継者などより遥かに危険な存在なのでは。

 『おい、テンカワ機。帰投命令だ。さっさと返事をしないか!』

 かなり深刻に考え込んでいたようだった。いつの間にか、アランのウィンドウが立ち上がっており、怒鳴っていた。

 「ふんっ、帰投する」

 帰投状態に入っているイージスに並ぶようにブラック・サレナのスティックを動かそうとしたとき、AIより警告が入る。

 『所属不明のECMの侵入を受けました。3秒後にエンジンストール。パイロットは衝撃に備えてください』

 「なに!? ラピス!」

 『……から……じゃ……ブツ!』

 謎のECMのせいでコントロールと通信がとれない。ECCMはオートで行っているが、すでにハッキングされているのか効果が薄い。

 おそらく、ラピス達もいきなりのECMの対処に大あらわになっているのだろうがその効果は現れない。

 アキトとラピスのリンクもECMのせいか時々切れる。

 キーボードを取り出し、プログラムにアクセスするが、アキトの能力では処理できないほどの高速で情報が流れていた。

 各メーターも異常値を振り切っている。

 修正もできないうち、機が高度を急激に下げ始めた。エンジンストール。

 一気に電圧が下がり、補助機能が落ちる。

 「くそっ。気圧コントロールも……だめだ、意識が……」

 降下によるGと急激な気圧変化がアキトの意識を刈っていった。

 滑稽だな。青い空に黒いシミが見える。ああ、あれはカイトのイージスか。

 意識が閉じる前に見えたのは、何かに導かれるように離れていくイージスだった。


 二機の戦闘機が雪化粧した渓谷ぎりぎりを滑走していく。

 その背後には美しいシヴァの吐息ダイヤモンドダストが流れる。

 そのラインはまるで二機がじゃれ合っているように見えるが、すでに死線上のやり取りになっている。

 「ちっ! 疾い。まさか、高機動戦でこのTYPE−Eと互角以上の機体があったなんて」

 必死の思いで再プログラムをし、謎のECMから解放されスクリーンに映った風景は、見知らぬ吹雪の舞う渓谷だった。

 この状況ではどこなのかが全く皆目つかないため、高度を取ろうとするとエラーが発生した。まだECMの後遺症が残っているのでまともな調整をするためどこか着地できる場所を探していると背後から急に攻撃を受け、逃げ回っている真最中である。

 敵の機体は吹雪でちらっとしか見えていないが、現行機ではなく、TYPE−Eと同じように一世代前の機体をベースに造られているらしく、垂直尾翼と後退翼が二枚ずつ見えた。

 狭い渓谷を音速前後の速度で滑空し、この猛吹雪と後方乱気流の中、平然と付いてきている。恐るべき機動性と安定性である。

 「づっ!」

 機体に振動が走る。わずかだが地表に掠った。

 カイトの背中からは、冷や汗が吹き出す。

 数々の戦場を駆けめぐったとはいえ、これだけ非常識な環境での戦闘経験はない。

 相手からはこの環境下でも、不安や焦りは感じ取れない。普通どんな状況でも、パイロットの心理は機体の動きに現れる。背後から迫り来る機体からはそれを全く感じない。まるで、機械を相手しているようだった。

 ただの機械なら、別段ここまで緊張はしない。だが、技量は今のカイトより上の可能性が高い。

 これほど高性能のAIはネルガルでも開発されてはいない。世界最高峰のAI“オモイカネ”ですら、人間の瞬間反射にはかなわないのだから。

 もしかしたら、とんでもない連中を敵に回しているのかもしれないな、僕らは。

 それでも勝つしか未来あすはない。勝機を捜すようにぺろりとかさかさになった唇をなめる。

 「この先の景色……ここら辺の渓谷地帯をぐるりと一周するように行動制限しているのか。なら、チャンスは十分ある」

 想像通り、2週目にはいる。

 2週目なので、1週目より速度が乗る。それは敵も同様で、ロックオンされるだけでなく、機銃にさらされるようになった。

 このペースで精度が上がっていけば、3週目に入れば、確実に捉えられるだろう。この周回でけりを付けなければ死ぬ。

 カイトの顔から、歪んだ笑みが零れ落ちる。

 ガツッ!!

 精度の上がった機銃が左尾翼に弾丸が掠る。

 わずかな衝撃だが、高速機動しているイージスの姿勢安定を崩すのには十分な一撃だった。

 正面には崖が切り立っており、右に90度旋回しなければならない。

 バランスを崩した機体はブーメランのように横回転し始める。

 瞬間的にフラップ、ギアダウンなどを駆使しても減速はできたが、回転を止められず、そのまま強引に右に旋回した。

 視界から消えたTYPE−Eにとどめを刺すため、敵も旋回する。

 そこには予想も出来ない光景があった。

 なんとTYPE−Eは敵と正面を向いて、バックする形で滑空していた。壊れた左尾翼を計算に入れ、回転速度に合わせ、主翼形状を変更させ、神業とも言える、姿勢変更を行ったのだ。

 敵にとっては予想外の展開になるはずだったが、冷静に状況を把握し、敵は航空機状態から可変を始め、いかなる状況にも対処しやすいように人型へ変わっていった。

 「このぉ! 何でもありかよ!」

 反射的に固定機銃をフルオートで掃射。

 敵もぬかりなく応戦する。

 前進して撃つのと後進して撃つのでは威力が違うというアドバンテージがあるとはいえ、カイトの行動を完璧に読み切り、ピンポイントでDFを展開し、ライフルを掃射してくる。

 追い打ちを掛けるように、無茶な姿勢制御を行ったためカイトの意識は徐々にだが刈り取られていった。腹部に激痛。耳の奥からは、水が流れているような感覚。

 確認する間は無いが確実に出血しているだろう。

 こうなれば何が何でも早く落とすしかない。

 「づぅぅぅ……」

 安直だが、ここまでくると手数の少ないのでHFに切り替え、格闘戦に持ち込みたい。

 それは相手も承知。HFに切り替えこそさせたもの、格闘戦に持ち込ませようとさせない。

 猛吹雪の中、機関砲マシンカノーネの咆吼と悲鳴を上げるマシンの音だけが木霊するなか、突如、巨大な地鳴りが響いた。

 「雪崩!?」

 山岳を背にしているため、このままでは巻き込まれる。と、思った瞬間、足を取られるTYPE−E。

 しまったと思うが、もう遅い。こんなところで超高速戦や銃撃戦をすれば雪崩などいつ起こるか分からないという事を失念していた。

 そのまま雪崩に巻き込まれていく。

 コックピットは一瞬だけ、白く染まり、機体異常を示す赤に染まり、それをも塗りつぶす漆黒と化した。

 ぐるぐると回転していく。みしみしと機体が悲鳴を上げていく。

 ……しぬ?

 しぬ、しぬ、しぬ、しぬ、しぬ、しぬ、しぬ、しぬ、しぬ、しぬ、しぬ、しぬ、しぬ、しぬ、しぬ、しぬ、しぬ、しぬ、しぬ、しぬ

 冷たく、ぐるぐると回る。

 ぐるぐるとぐるぐると……死が……イツキとの距離を離していく

 「いやだぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」

 がちんっ!!

 カイトの中で、何かが入る。

 「                」

 音にならない叫びをあげる。

 瞳が碧くあおくなるだけではなく、髪までも蒼く染まる。

 それに反応するように推力も下がり、悲鳴を上げていた機体が突如、轟音をあげ、雪崩を突き破り、敵へ突撃していく。

 そのまま激突。

 両者、火花をあげ離れていくが、素早く姿勢を立て直す。

 敵は素早く、ライフルでTYPE−Eを攻撃する。

 「                」

 今までとは比較にならないDFですべてはじき返し、両手でDFの剣を形成する。

 敵も左手でDFの剣を形成するが、反応速度が違う。ライフルを持っていた右腕を切り取られる。

 「                」

 苛立たしく吼えるカイト。脳天から真っ二つにするつもりが、右腕だけだったからだ。

 その苛立たしさを体現するように機体の限界反応を超えた斬撃を繰り出すTYPE−E。

 それをかろうじていなす敵機動兵器。だが、右腕がないため、バランスが取りきれず、細かな傷を増やしていく。撃破されるのも時間の問題だろう。

 30秒とたたないうちに細かな傷から、煙が吹き出し、見た目に分かるほど反応が遅くなった。

 わずかに間合いを取るTYPE−E。敵は健気にも戦闘態勢を取ろうとするが、構えを取ろうとした左腕は爆発した。

 その反動で、崩れ落ちていくはずだったが、TYPE−Eはそれを許さず、頭部を掴み、渓谷へ埋め込んだ。

 その衝撃で、さらなる雪崩が発生した。とはいえ、一度雪崩が起きているため、到達するまでにはかなり時間がかかる。

 「                」

 TYPE−EはDFで巨大な槍を形成し、投擲する。

 敵をめり込ませた位置より約10mを中心に渓谷全体へヒビが入る。

 雪崩に巻き込まれないように、だが、敵が肉眼で見える距離へと移動する。

 敵は必死に足掻いているが、すべはなく、力が入りすぎ、左足まで脱落していった。

 その姿をうすら笑みすら浮かべ眺めるカイト。以前では考えられない行動だ。

 雪崩が槍で突き刺さった後に近づくにつれ、崩れていく渓谷。

 その中に敵もまたのまれていった。小さくだが、光が見えた。

 それを確認すると、機体をオートモードに切り替えた。

 「……くくくっ、あはははははっ!!! あっははははははははっ!!!!!!!!!」

 気が狂ったように笑うカイトのことなどお構いなしにオートモードに切り替わったTYPE−Eは敵がいないことを確認し、高度を取り、飛び去った。


 巨大モニターの前に座っていた少女が優雅に立ち上がり、まとめてあった琥珀色の髪を解いた。

 「全く無駄な時間ね。あれだけの驚異を見せつけられながら、放置だなんて。あなた、勝つ気がないでしょ?」

 少女の金色の瞳が、後方で一部始終を眺めていたヤマザキを射抜いた。

 「それは“我々”の事ですか、それとも“火星の後継者”ですか?」

 「解りきった事を」

 さらに眼光を鋭くしたが、ヤマザキにはそよ風程度にしか感じられなかった。

 「コハク、解っているなら聞かない事ですよ。それこそ、無駄です。すべては予定通りに向かっているのですよ」

 「全く、こんな事ならあたしじゃなく、コンガネかシロガネを使って頂戴。あの二人なら、おもしろおかしくあなた好みにやってくれるわよ」

 「ですが、今回は実験です。確実でなければ。あなたの方が確実ですから、コハク。で、あの二人の性能はどうですか?」

 「ほぼ白紙ね。あの子達の才能はまだ開花すらしてないわ。あなたの言う“性能”なんて夢のまた夢よ」

 性能という言葉に侮蔑を込めてはき出す。彼女にとって自分に言われていると同等なのだから。

 「ふむ。やはりまだまだですか。なら、今回の結果は上出来でしょう」

 「そんなわけないだろ!!」

 備え付けのコックピットから、出てき、コードの着いたヘルメットを地面に投げつけたヒロシは怒り任せに怒鳴った。

 「何だよ、勝てるっていったのお前だろ。途中からレスポンス遅れるし、パワーは落ちるし。だめじゃないか、あのフェンリルは」

 先ほどまでカイトと戦っていた敵はフェンリルと言い、操作していたのはヒロシだった。

 「いやぁ。すみません。どうやら、遠隔操作ではこれが限界みたいです。その対策案はすでにたっていますよ」

 「ちっ。ちゃんとしてくれよ! そこのあんたも、いざとなったら、バックアップするって、何にもやってないじゃないか!」

 コハクに対しても指を指して怒鳴る。

 「……そう、ごめんなさいね」

 コハクの態度は冷ややかで、あなたが勝手にすればいいでしょ、あたしは手を貸さないといっているようだった。

 その態度がよけいヒロシを苛立たせた。

 コハクに向かって一歩踏み出したときヤマザキが転がっていたヘルメットを拾った。

 「まあまあ。生きているのですから、チャンスはありますよ。まだ、フェンリルも改善の余地ありですから」

 「ふん……いいさ。チャンスがあるんな!?」

 唐突にヒロシの体が震えだし、崩れ落ちた。

 「……何が……うぐぐぐっ、がっぁ……」

 「おやおや。どうやら、お疲れのようですね。続きはまた明日にしましょう。医療班、ストレッチャーを」

 一分とたたないうちに医療班が到着し、ヒロシを連れて行く。

 「これも予定通り?」

 「もちろん。フェリオβ2が切れれば、あのざまですよ」

 「無様ね」

 「だが、いい基盤になってくれますよ、彼は。くくくくっ」

 一人笑っているヤマザキをほおって、コハクは部屋を出た。

 嫌悪感が彼女を包む。

 それはヤマザキに対してなのか、ヒロシに対してなのか、自分自身に対してなのか解らなかったから、無性にあの人に逢いたかった。

 コハクもヤマザキもすべてを統括するあの人に。


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