ターミナルコロニーアマテラス建造地より、数千キロ離れたデブリ帯。

 「くそっ。いい位置に配置して、容易に近づけさせないつもりか」

 『距離を必ず取って3機でコンビネーションを組むんだ。近接は俺に任しておけばいい。あせるな』

 『はい!』

 「何だよ、この部隊は。ホクシをのぞいて、全員子供か?」

 カイトはいらだたしく、TYPE―Dを振り回し、ホクシの夜天光を振り切ろうとするが、距離を取った位置にいる、9機のスレルンクーゲル改が斜線上にレールガンを放つため、うまくいかない。

 射撃だけなら子供どころか、並みの兵士の域を超えている。しかし、殺気はほとんど無い。

 さらに意図的なのかどうかはわからないが、あえてフリー無線にしているため、そのパイロットの声が聞こえる。殺意無き攻撃とあって、無意識に攻撃をゆるめてしまう。

 それ以上に最悪なのはアキトのブラックサレナ=ストライカー装備とかなり距離を置かれてしまったことだ。

 ただでさえ、数が少ないのに各個撃破の対象にされている。

 アキトは北辰と北辰六人集を相手取っている。数、質ともに今のアキトには明らかにキャパシティーオーバーだ。

 時間もまた、かかりすぎている。ミッション時間の残りはほとんど無い。

 このまま、消耗戦を続けられれば、遠からずこちらの方が先に参ってしまう。

 しかし、焦っているのはホクシ達も同様だった。

 ホクシをのぞけば、実戦経験など無いに等しい10歳前後の子供達。短期決戦でけりをつけられる相手ではないとわかっていても、子供達の疲労を考えればそろそろ限界時間に近づいている。

 むろん、それを悟られないように緩急を付けているホクシは一流の指揮官だろう。だが、どれだけ一流の指揮官だろうが、個人の感情を御するのは難しい。

 ホクシの率いる部隊の中の最年長であるヒロシはホクシの指示に解せないものがあった。

 もっと積極的に攻めたって僕たちなら大丈夫なのに。兄さんの足は引っ張らないのに。

 背伸びをしたい時期なのだろう。自分たちを拾い育ててくれた"親"に対して何かをしたい。ただ、それだけでの理由でこの戦いに身を投じているのだから。

 そう言う意味ではメノウやラピスとこの子供達は似ている。

 だが、実践と言うところはそう言った感情を除去してしまう空間だとヒロシは知らなかった。

 近接戦でダメージを受けたのかカイトのTYPE―Dがバランスを崩す。追い打ちの射撃もまだ組織的に行っており、DFがあるとはいえ、何度か被弾し、煙を噴き、ふらふらと舞う。

 そのチャンスを逃さず、ホクシがとどめを刺そうと刀を振りかぶる。

 しかし、それはカイトのシナリオ通りだった。

 ホクシにとっては唐突で、カイトにとっては当たり前のようにTYPE―Dのハンドガンが後方を向く。

 射撃開始。

 背後からの攻撃だというのに正確に刀を持つ腕を吹き飛ばす。

 『な!?』

 カイトは背後を向いたまま、ハンドガンを撃ち続ける。

 構造上、腕の関節は前後130°動く。だが、スラスターやテールバインダーなど後方射撃の最、射撃は出来るがねらいを付けるなど無理に近い。

 しかしカイトは神懸かりな精度で射撃する。

 驚愕に震えるホクシ。たまらず、DFを展開して後退する。

 TYPE―Dがその間にくるりと旋回する。

 間合いがほしいホクシはマイクロミサイルを放つが、すでに流れはカイトに傾いており、軽々とかわされる。

 やられる!!

 だが、2人の予想外のことが起こった。

 『おまえなんかにホクにいをやらせるか!!』

 レールカノンとハンドガンを乱射しながら、ヒロシのステルンクーゲル改が一人突貫してきたのだ。

 DFを展開して後退するカイト。急なことだったので、何発かダメージを受ける。

 ほら、僕だってやれるんだ!!

 いい気になったヒロシはそのままTYPE―Dにとどめを刺そうと突っ込んで行く。

 しかし、カイトはすぐに冷静に状況を分析する。

 正面にいるステルンクーゲル改は確かにレベルが高い。しかし、ホクシと比べるも無い実戦経験のない新兵だ。

 ホクシが危機に陥ったのとこのクーゲルが抜けたことにより、他との連携が乱れている。

 方針は決した。後退する速度をわずかに緩め、自分の間合いに誘い込む。

 そのようなことはつゆ知らず、ヒロシはカイトが観念したのだと思いこみ、カイトの間合いに入る。

 カイトはすでに機体疲労の限界に達しようとしているTYPE―Dに鞭を打ち、スロットルを踏み、ブレードに武器を換装する。

 『そん……』

 ヒロシがその科白を言うまもなく、ステルンクーゲル改はTYPE―Dに四肢と頭部を切り取られていた。そして、サブディスプレイに映るのはTYPE―Dのスラスターだけだった。

 豪っ

 大量の推進剤を浴びたクーゲルは軽々とはじき飛ばされ、ホクシの夜天光改にキャッチされた。

 『おい、ヒロシ。外観は派手にやられてるが内部まではそうダメージがないはずだ。おい、返事しろ』

 ヒロシはコクピットの中でサブディスプレイを見ながら放心していた。

 自分の目標としてきた人物を超す力、圧倒的なプレッシャー。それを初陣と言っていい状態でぶつけられたのだ。こうなっても無理はない。

 ホクシもわかっている。すでに距離があることをいい理由にカイトを追走しようとしなかった。





 『アキトが、アキトがぁ!』

 『落ち着け、ラピス。今、兄上が向かっておるからもう安心じゃ』

 「大丈夫、アキトはあの位じゃやられないさ。それよりも逃げる準備を。急いで」

 こくりとラピスとメノウが頷くのを見るとカイトは安心して微笑んだ。

 だが、内心は焦りがあった。ラピスから送られてくるデータからはブラックサレナはかなりダメージを受けており、TYPE―Dのエンジンはいつ止まってもおかしくない状態だ。逃げる算段もかなり限られている。

 「アキト、生きてるな!!」

 『カイトか……じゃまをするな』

 憎まれ口を叩くアキトだが、フェイスガードに傷が入っており、わずかながら出血していた。おそらく、衝撃で内部のモニターの一部が割れ、その破片で切れたのだろう。

 『ミナヅキか。よく愚息の包囲網を破った。しかし、その機体では我が手を下すほどのことはあるまい。烈火!! 烈地!!』

 『『はっ!!』』

 「ちぃ!」

 北辰はカイトの進撃に気づき、ホクシからのTYPE―Dのデータを素早く計算し、部下に指示を送る。

 たった二機しか迎撃にこなかった。自機のダメージを考えるとこのくらいが当然だが、小競り合いをしたときは北辰六人衆全員を相手取っても引け劣るどころか、押し切っていたカイトのプライドを踏みにじった。

 違うだろ。アキトの驚異を下げれなかったんだ。自分のプライド考えてる場合じゃないだろ、アキトが死んでしまうかもしれなんだぞ!!

 気を入れ直し、戦況に集中する。するとカイトの瞳が碧(あお)く染まる。

 だが、どれだけカイトが戦況を理解しようと神経が研ぎ澄まされようとダメージもあるせいでTYPE―Dが追いつかない。

 捕らえよという命令があるのか、ただ、慎重になっているのか。どちらであれ、烈火と烈地はプロである。先ほどのヒロシのように先走るようなことはない。ヒット&ウェイを繰り返し、じわりじわりとカイト追い込んでいく。

 『カイト、早く。アキトが、アキトが!!』

 『ラピス!! えぇい。兄上、はよせんか!』

 『ふはははっ。何も出来ぬまま朽ちるがよい』

 『っ!! なめるな!!』

 『『滅!!』』

 見えた……

 カイトはただひたすら待っていた。相手がとどめを刺しに来るのを。唯一、逆転できるタイミング。

 二機の六連が傀儡舞でTYPE―Dへ突進してくる。

 カイトはためらいもなく舞の中心点へ突進していった。

 あわてたのは六連の方だった。まさか、考え無しに突っ込んでくるとは思っていなかったからだ。

 あわてて軌道修正するが遅く、TYPE―Dの分厚い装甲に吹き飛ばされるが、Dのライトショルダーガードも砕けた。

 カイトは二機の包囲を抜けるとそのままブラックサレナと夜天光へ向かった。

 だが、六連もただ吹き飛ばされてはいなかった。気丈にも手にしている錫杖を投げつけてきた。

 TYPE―Dのコックピットに響く、鈍い音。二本の錫杖が左メインスラスターと右肩に深々と刺さっていた。

 素早くその2つをパージするが、左メインスラスターの爆発で軌道がずれる。

 「こんのぉ!!」

 瞬時に修正プログラムを走らせるが、すでに修正しきれるレベルではなかった。

 爆走しながら、突っ込んでいく。

 北辰達は素早く身をかわすと同時に蹴りをいれた。

 運良くなのか、悪くなのか、その先にはアキトのブラックサレナがいた。

 むろん、アキトにそれを回避する余裕があるわけでもなく、カイトが機体を制御できる状況ではないので、二機はぶつかり、絡み合った。

 「やあ、アキト。生きてるみたいだね」

 『……おまえのおかげで死にそうだ』

 アキトの左頬は増えた出血で赤く染まっていた。

 「ごめん。ともかく、逃げるよ」

 『どうやって? 北辰はそれほど甘くない』

 「TYPE―Dを自爆させる。その隙にボソンジャンプとんで逃げる」

 『そうか。ラピス、ナビゲートを頼む』

 アキトは顔をしかめたが、BJの体制に入る。カイトは自爆コードを走らせ、わずかな期間であったが慣れ親しんだコックピットに別れを告げる。

 「ありがとう。僕の愛機D」

 カイトは機から離れ、ブラックサレナにとりつく。

 それを確認したTYPE―Dは主人との別れを惜しむことなく、夜天光に向かっていき、その任を果たした。





 火星の後継者 ロストチルドレン艦隊旗艦 桜花

 「まったく、心配させて。危険なことは北ちゃんに任せて、ヒロシ達は後方援護に徹しなさいって言ったでしょ」

 ぺしっとヒロシの頭を叩いた。

 「ごめんなさい……」

 「でも、よかった。無事に帰ってきてくれて」

 ヒロシを胸に抱きしめたナツキの目尻には安堵のため涙が浮かんでいた。

 ホクシ達が帰還した後、格納庫で待っていたのは柳眉を逆立てたナツキだったが、一目みんなの無事が確認できるとこうなってしまった。本当は叱るつもりだったのにである。

 「おいおい、ナツ。いい加減にしないとヒロシのやつ、窒息するぞ。そのまな板で」

 ホクシの発言で周りの空気がぴりぴりと痛いほど冷え切った。

 周りにいた子供達はずざざざっと3mほど離れた。

 「誰がまな板ですって?」

 「いや、だからナツだって」

 「これでも86よ」

 「本当か? 着やせするタイプだったとは知らなかった」

 「な゛。あなたがそう言うことをいうかしら?」

 ナツキのヒロシを抱きしめる力が強くなる。

 それを見かねた子供達が遠巻きながら止めようとする。

 「ナツねー、ヒロシの顔が本当に青くなってるって」

 「ホクにーのつまんない嫉妬だって!」

 「いちゃつくんなら、二人っきりの時にして」

 「あなた達……どこでそんな言葉を覚えているのよ」

 「その前に何でいちゃついてるように見えるんだよ」

 少しばかり頬を染めながらホクシとナツキは諍いを止めて子供達に振り返った。

 「よかったぁ。2人とも止めたよ」

 「ここで仲直りのちゅーだよ、ちゅー」

 「「「「「ちゅー、ちゅー」」」」」

 子供達のからかいに再びボルテージの上がるナツキ。

 「あなた達、いい加減にしなさい!! 疲れているのだから、早くお風呂に入って寝なさーーーい! 余力がある子は報告書を書きなさい!!」

 ナツキの怒声を子供達は楽しげな悲鳴を上げながら、格納庫を出て行った。

 「全く。誰に似たのかしら」

 「子は親に似るって言うからな。特に減らず口は」

 「何か言ったかしら」

 「なんでも」

 ナツキの鋭い眼光を知らぬふりをしてホクシはナツキが抱きかかえていたヒロシを取り上げ、背負った。

 「ど、どうしたのよ」

 何の事情かわからないナツキが詰め寄る。

 「ヒロシのやつ、緊張が解けたみたいで寝てるんだ。だから、静かにしろよ」

 「そっか……無理させちゃっているものね」

 ナツキは愛おしそうに眠っているヒロシの頭をなでた。

 自分たちはともかく、半数のメインクルーは10代になるかならないかの子供達だ。それの中でも特に危険な立場に立っているのが、ヒロシ達パイロットをやっている子供達だ。

 不甲斐なさで心が締め付けられる。

 「もっとわたくしに力があれば……」

 「あせんな。ナツは十分やってる。後は俺の仕事だ。すまん」

 「そうね……そうね、ホクちゃんのせいね」

 「かわいくねー女」

 ホクシの皮肉にナツキは微笑んで返した。

 ホクシも安心して、笑った。

 だが、その瞬間真剣な顔になる。

 「かわいげ無くても、どんな手を使っても、この子達はラビオのように普通の生活をさせてみせる」

 「だな。それまでは俺たちで守ってやんなきゃな」

 そう言うと2人はヒロシを背負ったまま、格納庫を後にした。

 ホクシの背中でヒロシはおぼろげな意識の中、2人の確固たる意志を聞いた。だからこそ、思った。

 2人を助けられるだけの力がほしい……











機動戦艦ナデシコ

第3部

a castaway






 第5話 『それでも僕は力がほしかった』 前編





 ギラギラと太陽が輝き、砂埃の舞う滑走路を見ながら少女が2人ぽかーんと立っていた。

 「行くぞ、ラピス」

 「どうしたんだい? そろそろ行くよ」

 格納庫で手荷物を持ったアキトとカイトが、砂漠を見ているラピスとメノウを呼んだ。

 呼ばれて気づいた2人はとてとてと走ってくる。

 「百聞は一見に如かずとはよく言ったものよのぉ。砂漠がこんなにすごいとはおもわなんだ」

 メノウが手を広げて砂漠の大きさを表現している隣でラピスも頻りに頷いていた。

 「あははっ。砂漠見学が出来るかどうかわからないけど、今は所長さんに挨拶しないとね」

 ラピスはアキトの隣に、メノウはカイトの隣で今からしばらく世話になるユーラシア大陸ゴビ砂漠にぽつんとあるネルガル秘密試験場のビルへ入った。

 本来、ここに来る予定だったのはカイトだけだったが、ブラックサレナ=ストライカー装備が完膚無きに破れたため、第2プランのアーマード装備を急遽進めなくてはいけなくなった。そのため、大気圏内での追加ユニットの試験も同時に行わざるを得なくなり、アキトとラピスも地球に降りてきた。

 そこで一人になるのが嫌がった(当人に枠は、退屈だからだそうだが)メノウも着いてきたというのがここまでの背景である。

 IDカードを通し、無機質なウィンドウに連れられ、所長室まで案内される。

 「俺はここの所長のアラン・ファルメーラだ。こんなへんぴなところまで来るとは物好きだな。まあ、ゆっくりしろ。それとカイト、久しぶりだな」

 「久しぶりだね」

 迎えに出たひげ面の所長、アラン・ファルメーラはがっはっはっと笑いながら4人に席を勧めた。

 「世間話はいい。これからのスケジュールを言え」

 「若いの。どんなことがあれ、人生楽しまんと損だぞ。そう、急くな。今から、フォートラン君とフレサンジュ女史を呼ぶからな」

 はやるアキトの殺気を軽くいなしながら、アランはインカムで2人を呼ぶ。

 「そうだ、頼む。そうそう、そこのお嬢ちゃん達、とりあえず、アイスでいいか?」

 「はっ?」

 「……?」

 急に話を振られた2人はきょとんとアランを見た。

 「おいおい。お嬢ちゃん達はアイスクリームも知らずに育ってきたのか? 人生の半分は損してるぜ」

 ふぅと言ったようにあきれ顔をするアラン。

 思考が固まっているのはメノウとラピスだけではなかった。アキトもだった。

 「しかたねぇな。特製バニラを2つ出してくれ。あと、野郎のために苦い紅茶を2つだ」

 そうしてしばらくするとイネスとフィリアとともに特製バニラと紅茶がやってきた。

 「4人とも元気そうね」

 「お久しぶりです」

 「まあ、これでメンツはそろったわけだ。だが、その前に一服してくれ」

 そう言って面々に茶菓子を回す。

 あまり香りのたつ紅茶で唇をぬらす。その中でラピスとメノウはじーっと特製バニラを見ていた。

 「どうしたんだ、お嬢ちゃん達?」

 「どうしたもこうしたも、わらわ達は遊びに来たわけではないぞ。それにアイスクリームぐらい知っておる」

 と言いつつもメノウの視線は特製バニラに釘付けだった。

 「おいおい、そんな顔をしても説得力無いぜ。これくらい食う時間はあるだろ」

 「うむ……」

 目の前には白い大地に小さな赤い花を咲かせている特製バニラがある。まるで食べるのが惜しいほどかわいらしいアイスクリームだった。

 「このむさいおじさんがつくったものだけど、味はそこらのパテシエなんか、足元にも及ばないほどおいしいから食べてごらん」

 アランを知るカイトが2人に特製バニラを勧める。

 2人はおそるおそるバニラにスプーンを差し込み、口に含む。

 「「……!?」」

 2人は驚きつつもスプーンを一口二口と進めた。

 その顔はみるみる至福に替わっていく。

 その様子を見たアランは、にんまりと笑みを浮かべ、頬の無精ひげをなでた。

 「2人ともご満悦ね」

 「私達の時も初対面でガトーショコラとミカンプリンを戴きましたね。あのときのイネスさんと同じ表情を2人もしてるわ」

 「あなたもよ、フィリア」

 イネスとフィリアは苦笑しながら、紅茶に口を付けた。

 「アランのお菓子は今まで食べたものの中で五指に入るからね。こんなむさいおっさんなのが残念だけど」

 「おお。言ってくれるじゃねえか」

 「これだけおいしいアイスは初めてじゃ。兄上が言われるのも当然じゃ、わらわの中では2番目じゃ」

 「おお、うれしいこと言ってくれるね」

 賞賛するメノウに対し、ラピスは一心不乱にハムハムとバニラを食べていた。

 しかし、その中で一人いらだつ人物がいた。

 「ここに茶菓子を楽しむために来た訳じゃないだろ!」

 びくっと和やかな空気が固まる。

 五感が、特に味覚が失われているアキトにとってこの状況は拷問に等しかったのだ。

 「まあ、そうだけどよ、あわてる乞食はもらいが少ないって言うぜ、若いの」

 「貴様!!」

 いきり立ってアキトは立ち上がった。顔がナノマシンで光る。

 殺気立つアキトを目の前にしても、アランは不敵な笑みを崩さなかった。

 「若いの。そういえば、五感がほとんど無いんだってな。だからか?」

 「知っててのことか!」

 「ああ。だから、出来る限りのものを用意した。でもよ、おまえ、それがわかったか?」

 「理解する必要がどこにある?」

 「……いわれてみれば、こまったな。特にないもんな」

 無精ひげを撫でながら答えるアランの態度がバカにされたように見えたアキトはアランの襟首をつかみ引きずりあげようとしたが、わずかも動かなかった。

 「フレサンジュ女史とプロスの奴から、おまえらのことはだいたい聞いてる。おまえ、五感を失ってから、何かを感じようと思ったか?」

 「何?」

 アランの表情がうって変わって真面目なものになる。

 「このちゃらんぽらんにも言われただろ。"解ろうとしない限り、決して解らない"ってな。これはな、別に戦場で生き残るための言葉なんかじゃねえ。普通に生きるためにある言葉なんだよ。これくらい解らなきゃ、ちゃらんぽらんがいなくなると死んじまうぞ」

 アランの指さした"ちゃらんぽらん"カイトは苦笑しながら2人のやりとりを見た。

 かつて、カイトも似たようなことをアランから言われたことがあるからだ。

 アキトは苦笑しているカイトを睨むとアランから手を離した。

 「まあ、こんな辛気くさい話はいいわ。若いの、味がわかる解らないは置いて、とりあえず飲んでみろ。近くの山に生えている天然茶葉とオアシスの若草の朝露でつくった紅茶だ」

 アキトは言われるままに紅茶に口を付けた。

 むろん、味などわかりはしなかった。

 「……甘い」

 だが、ほんの一瞬、何となく感じたことが言葉としてもれた。

 「ふんっ。やれば出来るだろ」

 「そんなことはどうでもいい……」

 先ほどと同じようにアキトの顔は発光しているが、刺々しさはなくなっていた。

 十数分後、茶菓子も片づけられ、移動の疲れも癒えたところで、ここに来た本来の目的に入った。

 「さて、おまえ達の乗る機体だが、サレナ=アーマード装備は80%、TYPE―Eは65%ほどの出来だ。サレナに関してはパイロットにあわせたリセッティングとHPU(ハード・ポイント・ユニット)の開発、BJのテストがメインだ。

 イージスはパワートレインの効率化とVS(Variable System)の熟成がメインだ。担当はサレナがフレサンジュ女史、イージスがフィリア君だ。細かいことは彼女らに聞いてくれ」

 「イージスってTYPE―Eのコードネームなのかい?」

 細かいことはおおざっぱなアランにカイトは尋ねた。

 「ああ。TYPE―Eのままなのも何だろ。俺が付けた」

 「あの子にはお似合いの名前だと思うの」

 なぜか自慢げにするアランとのほほんと答えるフィリア。

 「サレナは分離だけで変形とかにならないのか……」

 二機のスペックデータを見ていたアキトがぽろりとこぼす。

 この場にいる全員の目が点になる。もちろんラピスもだ。

 「今からでもVSを採用できるかしら?」

 「ここまで完成していますと難しいですね。基本フレームから見直さないと」

 イネスとフィリアはアキトの呟きに真面目に考えていたが、

 「……お、おい。この若いの真面目そうな顔して、結構中身はガキか?」

 「う〜ん……アキトはゲキガンガーが好きだったから影響されてるのかも?」

 「ぷ……ぷっ……くすくす……面白いぞ、アキト殿」

 「……」

 未だに目が点になっているラピスをのぞいた3人は今にも吹き出しそうになっていた。

 「わ、悪かったな。子供っぽい発想で」

 アキトはごまかすように空のティーカップをあおるが、それがまた爆笑を買った。





 その日はこれからのスケジュールの確認や各マシンのレクチャーで時間が過ぎていった。

 そして、夜。皆と別れたカイトは何かに誘われるように宿舎の屋上に来ていた。

 砂漠の夜は寒い。だが、空気は澄んでおり、夜空が舞降るがごとく美しかった。

 カイトはそれを良く見たいと思い、冷たい強化プラスチックの床で寝そべった。

 「よお。なんかいいもん見えんのか?」

 「アランか……夜空は綺麗だよ」

 いつの間にか現れたアランは瓶とグラスを持って、カイトの隣に座った。

 「綺麗か。俺には見慣れた空だし、おまえはちょっと前までそこにいたんだろ」

 「それでも、綺麗だよ。世界はこんなに綺麗なんだよ……でも、何でこんなに汚く見えるんだろうか」

 カイトは自分の手をかざし、夜空を見た。

 自分で思うのも何だが、細く整った綺麗な手だ。だが、所々が、赤黒く見える。

 むろん、手が汚れているわけではない。ただ、その赤黒いものが夜空を汚していくように見えた。

 「おまえが何を考えてるのか、時々解らなくなるなぁ。やっぱ……イツキちゃんがいなければ、おまえはだめ男か」

 「どこまで知ってるんだい?」

 カイトはアランがイツキの名を言い淀むのを聞きのがさなかった。

 「まあ、だいたいだな。プロスペクターの奴から聞き出した」

 「なら、ぼくがシュバイツァーを殺したことも?」

 かつての戦友を殺めたことを告白する。

 「ああ。聞いた。それがどうした?」

 「それがどうしたって。かつての部下が互いに殺し合ったんだぞ、それに一人は死んだんだぞ!」

 カイトは起きあがり、アランにくってかかった。

 「たく。俺は男にもててもうれしくないんだよ」

 けだるそうにアランはカイトを突き飛ばした。

 「おまえらが、意味無く殺し合うなんて思ってねえ。譲れない何かがあったからこそ、殺り合ったんだろ。だから、俺にとってはそれがどうした。おまえらが決めたことだろ。たとえ、おまえが死んでいてもシュバイツァーを責めたりしねぇよ」

 突き放すような視線で語るアランにカイトは殺気のこもった視線を向けた。

 「おまえ、いつまでもガキだな。慰めてほしいのか、それとも責めてほしいのか? あまえんじゃねぇ! てめえのやったことぐらい、自分で処理しな」

 カイトは言い返すことも出来ず、地面を睨みつけた。

 しばらくすると、トクトクと液体をグラスに注ぐ音がした。

 「とりあえず、飲めよ」

 カイトは奪い取るようにグラスを取り、液体をのどに流し込んだが、すぐさまむせ込んだ。

 「……げほげほっ。な、なんだこれ?」

 「はっはっはっ。さすがのおまえでもこれは駄目だろうと思ったよ。ヘルファイア、アルコール度99%の酒なんだか、アルコールだかわけ解らんしろもんだ」

 してやったりとアランはげらげらと笑った。

 「へぇ……そーゆーしろものかい」

 カイトはそう言うと、アランの手にあったヘルファイアを奪い取るとアランの頭にぶちまけた。

 「てめえ。何しやがる。以外と高いんだぞ」

 「あんたがそうする時は大抵まともなものを隠してるんだ。それを出させるためにさっさと処分しただけだ」

 「相変わらず、口だけは達者だな。ほら」

 アランは胸ポケットから、携帯ボトルを取り出す。

 「これじゃ、少ないぞ」

 「文句いうな。これでもかけなしの小遣いから出したんだぞ」

 「今も昔もアイリアさんに財布握られてるんだね……結婚してないのに」

 「やかましい。まー今は結婚してるからいいだろ」

 「いぃ!!!!」

 「そんなに驚くことかよ……それに子供がいるっていったら、おまえ、絶対に信じないだろ」

 「いや。あんたがアイリアさんを騙したって思う」

 「……アイリアが騙させるタマか?」

 「でもね……」

 確かに、シュトゥール時代、ラビオらがそうはやし立てたこともあったが、あの聡明なアイリアがぐーたら隊長のアランと結婚するとは考えにくかった。

 嫌い嫌いも好きのうち、とはいうが……

 「素直に祝福しろ、バカ!」

 アランは半信半疑のカイトの頭をこづいた。

 「全く、あんたと話してると悩んでるのがばかばかしくなるよ」

 「当たり前だ。俺の座右の銘は"世の中は甘く見ること"だからな」

 がっはっはと笑うアランをあきれ顔で見ながらカイトは奪ったボトルを口にした。

 そうやって馬鹿話を小一時間ほどした後、カイトは眠りにつくため、屋上を後にした。

 一人残ったアランは、空になったボトルを玩びながら、これからのことを思っていた。

 マシンのテストのことではない。カイト達の行く末だ。

 正直、アランはプロスペクターの話を聞いた時、すべてを信じようとは思わなかった。久しぶりに会ったのにこんなたちの悪い冗談を持ってくるなと怒鳴り返しもした。

 しかし、プロスペクターがそう言う冗談を言わない男なのは知っていた。それに何度も訪問してき、ついにはネルガルの内部資料まで見せてきた。

 ここまでされれば、信じない訳にはいかなかった。

 イツキが帰ってきたというのは手紙で知っていた。それだからこそ、信じたくはなかった。

 火星でカイトと出会ったとき、カイトの表情は平穏で満ち足りようとしていた。おそらく、イツキと再会したことでそれは満ち足りたのだろう。

 だが、運命とは皮肉なもの。そんな平穏は平然と踏みつぶされていった。

 記憶のない自分を助けてくれた友人夫婦の死、イツキの誘拐。本当は死んでいなかったが、変わり果てた友人。捨ててしまった、妹、新しい仲間。殺してしまった、戦友。

 アイリアはカイトをこう評していた。

 “カイト君は優しい。表面上はどれだけお調子者でも、その心は繊細で優しさに満ちています。常に相手のことを考えている。それは単に寂しがりなだけかもしれませんが、それが故に脆い。なまじ、才能がある故に現実と理想のギャップが広がれば広がるほどカイト君の優しさは繊細な心を砕いてしまうかもしれません”

 まさに今、砕かれつつあるのかもしれない。

 アランは空を仰ぐ。

 「アイリア。俺にはあいつにしてやれることなんかこれっぽっちもねえ。だけど、あいつは、強いやつだと信じている。こんな逆境にも負けないやつだ。
 ……テンカワってやつほど強くなると思ってる」

 満天の星空はアランの呟きに涙一つ流さなかった。





 「はぁ……全然強くなれない。また、足手まといになる」

 「なにいってんだよ、ヒロシ。おまえ、十分強いじゃん」

 「そうだよ。フォーメーションとかヒロシ君がいないとまとまりが悪いし。よくできてると思うよ」

 火星の後継者のシミュレーター室で訓練をしていたヒロシは家族の前でぽつりと漏らしてしまった。

 家族と言っても、保護者のホクシとナツキは不在で、パイロットチームのみだ。

 本来、彼らロストチルドレンがこのような施設を使うことは出来ないのだが、特別な配慮(と言われている)で使用している。

 だが、ヒロシは自分の技術に不満を持っていた。

 先の戦いでカイトの圧倒的な力の前になすすべ無く負けた。その後、常にその悪夢にうなされている。

 診断した医者は、自己の強迫観念によって生まれたものだと言った。ホクシもナツキも兄弟達に心配をかけている。

 ホクシは自分がみんなを守ると。ナツキはその場にいなくとも、生き延びるための策を考えると。兄弟達はみんなで足りないところを補い合えばいいと。

 だからこそ、自分が許せなかった。力無く、無様に足を引っ張った自分が。

 “力がほしい。あの人知を越えたあいつに勝つための力が”

 いっこうにらちのあかないヒロシにパイロットチームは一人にして、落ち着くまで待った方がいいと思い、先に部屋を出て行った。

 しばらくして後、ヒロシは一人になっていたことに気づいた。

 みんなに見捨てられたかな、と思ったが、みんなが出て行く時、声をかけてもらったことを思い出し、赤面した。

 仕方ないよな。まだ、経験も足りないし、場数も践んでないし。よし、明日からはみんなと一緒にフォーメーションとかを考えてみよう。

 そう思い、ヒロシは部屋を出ようとしたが、その扉の前にはヤマザキがいた。

 「こ、こんにちは」

 「こんにちは。やれやれ、君ぐらいですね、私に挨拶をしてくれるのは」

 そう言ってヤマザキは笑った。

 ヤマザキに関してはいい噂を聞かない。平然と人をモルモットに使うとか、裏でどこと繋がっているのかわから無い、実は火星の後継者すら道具にすぎないとかある。特に数ある噂の中でも、自分たちロストチルドレン達を標的にしているとある。

 警戒して、そのまま横を通り過ぎようとした時、ヤマザキがヒロシに話しかけてきた。

 「あの蒼き闘魔、ミナヅキ・カイトに勝ちたいですか。その願い、かなえて差し上げましょうか?」

 「何でそれを!?」

 このことは家族しか知らないはずだ。そもそも、ロストチルドレンはナツキによって周りからは過剰と言っていいほど保護をされている。個人的な想いなど、ほかにもれる訳はない。

 だが、その一言はヒロシにとって聞き逃せないものだった。

 「というか、何で僕になんですか? エースのホクにいにかける言葉じゃないですか」

 聞き返してきた、ヒロシにヤマザキは手を広げた。

 「いえいえ。あの闘魔を討伐したいのは皆、一緒。その中でもその思いが一番強いのが君だと聞きました。だからこそ、君に声をかけたのですよ。君が、選ばれたのです」

 むろん、危険人物と言われているヤマザキからの言葉だ。ヒロシは警戒したが、すでにヤマザキの術中にはまりつつあった。

 だが、うれしさ反面不安でヒロシは一歩下がった。

 「おやおや。警戒されますか。私には悪い噂が多いですからねぇ。仕方ないことでしょう。

 先刻、ホクシ君にも提案したのですが、断られていますからねぇ」

 ヤマザキは肩をすくめた。

 「怪しい実験とかするんでしょう」

 「いいえ。私は君に勝てるだけの力を上げるだけですよ。実際に戦うのは君自身です。君の、ヒロシ君専用のマシンでね」

 ごくり、ヒロシの喉が鳴る。

 自分専用のマシン。パイロットなら一度はあこがれる代物だ。それにいくらスペックが上がっているとはいえ、自分のクーゲル改には不満が出つつあった。

 「まあまあ。私の話に乗る、乗らないは別にして、そのマシンを見てみませんか?」

 「……解りました。でも、見るだけですよ」

 「ええ。それでかまいません」

 そう言うとヤマザキは手招きをして歩き出した。

 それについて行くヒロシ。

 見るだけなら、大丈夫だよね。

 だが、すでにヤマザキの術中にはまったヒロシは、抜け出せない巣へと向かっていった。





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