機動戦艦ナデシコ

第3部

a castaway






 『君はどこから来たのかな?』

 『火星』

 『へぇ、ずいぶん遠くから来たのね。ちっちゃいのにしっかりしてるわ』

 『……』

 『どうしたのかな、急に黙りこくって』

 『見ず知らずの人と長々と話す気はないんです』

 『あ、おばさん、名前を教えてなかったわね。ごめんね』

 『そう言うことを言ってるわけではないんですが』

 『おばさんの名前はね……』





 第4話『血が繋がった親子じゃない』





 ぽかぽかと暖かい日差しが振り降りてくる。

 ああ、もうお昼近くなんだ。少しまどろんだみたいだな。

 カイトは膝の上に置いてあるハンドパソコンを見ると、微睡んだ頭を切り換えるため少し頭を振って、窓の外を見た。

 人工の光であるが、優しくぽかぽかとしていたが、少しまぶしく目を細めた。

 ただ、日々の喧噪が嘘のように穏やかだった。

 ずいぶんと昔の夢を見たなぁ。あれはイツキと会うよりすこし前。地球に来たばかりの頃か……

 「兄上、見舞いに来たぞ!!」

 バン!! と、予兆もなしにドアが勢いよく開き、和服の少女が現れ、唐突に物思いにふける時間は終わったが、カイトはまんざらでもない表情で迎えた。

 「いらっしゃい、メノウ。元気がいいのはいいことだけど、ノックぐらいした方がいいよ」

 「うむ。兄上は元気そうじゃな」

 「全く、メノウは元気いっぱいだね」

 「それも兄上のおかけじゃ」

 満面の笑みを浮かべて、そう言うと少女、メノウはベッドのそばにあるいすにちょこんと座った。

 カイトは膝の上のハンドパソコンを閉じるとここ最近の日課になりつつあるお昼ご飯まで"兄上"と慕うメノウとたわいのない話を始めた。





 あの火星の後継者の基地強襲より、約一ヶ月。カイト達の周りは落ち着きを取り戻しつつあった。

 だが、それまでは大変だった。

 BJで先に帰還したカイトとアキト達は、片は意識不明の重傷、もう一人は非公式役員会へ召還された。その中、過度の疲労のためアキトはナノマシンの不調を訴え、病院送りとなった。

 その後、戻ってきた月臣達もまた疲労の極地にあった。特に問題だったのは助け出した桃色の髪の少女とメノウだった。

 三日間緊張の極地にあったのが悪かったのか、助け出した2人がいなかったのが悪かったのか、それとも基地での扱いのためかは定かではないが、2人ともネルガル月支部に着く頃には、ぐったりと憔悴しきっていた。

 だが、2人のマシンチャイルドはすぐに病院に収容され、順調に回復した。

 「そう言えば……よく一緒に来ているあの子はどうしたの?」

 カイトはふと思い出したように、メノウに連れ回されている桃色の髪の少女のことを聞いた。

 「むぅ……ラピスのことか?」

 「え……らぴすって?」

 「ラピスはラピスじゃぞ?」

 メノウは不思議そうにカイトを見たが、ふと思い出したのか、一人で頷いた。

 「ふむ。そう言えば、兄上は知らなかったのぅ。昨日、アキト殿からようやく名を戴いたそうじゃ。あやつは昨日より、ラピス・ラズリ。じゃから、ラピスじゃ」

 「へぇ。そうか、だからラピスちゃんか。いい名前を貰ったんだね、あの子は」

 「うむ。あやつによくあった名じゃ」

 まるで自分のことのように喜ぶメノウ。そのまぶしい笑顔にカイトは少し眩しく思いつつ、微笑み返した。

 初めて逢ったときはやせ細って今にも折れそうだったのに……やっぱり、この子はすごいな。生命力にみちあふれている。もう一人のラピスって子もそうなんだろうな……

 「で、ラピスちゃんはどうしたの? いつも一緒なんでしょ」

 何の気無しにカイトが尋ねるとメノウは顔をしかめた。

 「どうしたの、あの子に何かあったのかい?」

 「悪いことがあったわけではないのじゃが……」

 いつは歯切れのよいメノウの言葉が何か奥に詰まったような話し方になり、カイトは不安をかき立てた。

 「病気とか、研究所での副作用とか」

 「そうではないのじゃ……ただ、アキト殿とラピスがリンクしただけじゃ」

 「は? リンク」

 「ナノマシンを使ったリンクじゃ」

 「だから、何のリンクなの?」

 飲み込みが悪いカイトをメノウは柳眉を徐々にあげていった。

 「決まっておろう。アキト殿の五感補助のための感覚リンクじゃ」

 「なっ。それって、よくないよ」

 「むろん、皆反対したぞ! じゃが、ラピスの意志は揺るぎもせなんだ。終いにはアキト殿も折れ、即手術となったのじゃ!!」

 がぁーと吼えるメノウ。

 この治療方法は前々から考えられていたものの一つであったが、ナノマシンの情報処理能力や当人同士の相性があり、お蔵入りしていた案だ。

 「だからって、ラピスちゃんは女の子でしょ。生理的なずれは致命的だよ」

 カイトは顔をゆがめた。

 「仕方あるまい。イネス殿もキョーコ殿もこれはあくまで一時的な治療として、ほかに完璧な治療法を考えると言っておられた。それに期待するしかないじゃろ」

 「そりゃあそうだけど」

 いまいち納得できないカイトは深くため息をついた。

 「兄上は心配性じゃのぉ。少しは2人を信用したらどうじゃ?」

 「信頼はしてるよ。でも……何でもないよ。あの2人ならやってくれるさ」

 「はぁ。わかっておるのならよいが、気のない返事じゃのぉ」

 そう言いながらカイトは苦笑いを浮かべた。メノウの仕方ないのぉといった態度がとてもルリに似ていたからだ。

 よく見れば、蒼銀と灼銀と髪の色、口調は違えど、顔の輪郭やちょっとした仕草はルリとメノウはよく似ていた。

 そう思うとカイトはメノウを見るのが辛くなってしまい、メノウから視線を外し、開け放たれた窓の外を眺めた。

 どうも入院していると考えがネガティブになっていく。自覚症状はあるため、よけいにたちが悪い。

 これ以降カイトが口を閉ざして外を見たため、メノウはこれ以上話しかけるタイミングを失ってしまったが、部屋から出ても遊ぶ相手もいないので椅子に座ったまま足をぶらぶらさせた。

 その状態が30分もしただろうか、さすがにこの状況が辛くなったメノウが席を立とうとしたとき、新たな来客が現れた。

 「あははっ。2人ともしけた顔をしていますねー。本当の病人みたいですよー」

 大輪のひまわりのような笑顔を持ったキョーコが毒舌と一緒に部屋に入ってきた。

 「キョーコさん!?」

 「キョーコ殿、手術中ではなかったのか? それにわらわはしけた顔はしておらん!」

 メノウは怒った口調だが、表情は安堵していた。

 「で、なにをしにきたのじゃ、キョーコ殿」

 「テンカワさんとラピスちゃんの手術が終わったから、患者さんの検診ですよ。だから、ちゃちゃっとやっちゃいますねー」

 「むむっ……わ、わらわは健康体じゃから診察はいらん。びょーいんも退院じゃ!」

 医者が嫌いなのか、キョーコが苦手なのか、診察という言葉が出た瞬間メノウの腰が引けた。

 キョーコはめざとくそれに気づき、わざとらしく手をわきわきさせ、にこやかにメノウに近づいた。

 メノウは器用に椅子に座ったまま、ずるずると後ろに下がるが、個室の狭い病室、すぐに壁にぶつかった。

 「なぁに逃げてるんですか、メノウちゃん。別に痛くないですよぉ」

 「痛くないのはわかっておるが、その仕草は何じゃ! 怪しいどころではないぞ!!」

 メノウの顔が引きつる。

 「あはははっ。大丈夫ですよー。イネス先生ほどじゃないですから」

 「い〜やぁ〜」

 「キョーコさん、あまりメノウをからかわないでくださいよ」

 涙目になりつつあるメノウをかわいそうに思ったのか、カイトはのほほんとキョーコをたしなめた。

 メノウにおいでおいでと手招きすると、素直にメノウはカイトに寄り添った。

 「もう。それじゃあ、私が悪人じゃないですか」

 キョーコは頬をふくらましているが、表情は笑っていた。

 「メノウ、キョーコさんの冗談だから。怖くないって。何かあったら僕が守ってあげるから」

 「本当?」

 「本当」

 カイトは優しくメノウの髪を梳いた。

 「ごめんね。私、冗談が過ぎたみたい」

 キョーコはまじめにメノウに頭を下げた。カイトとメノウの間にわだかまりっぽいものを感じたための行動だったが、医者としてはやりすぎだったと反省していた。

 「うむ、許す」

 メノウも2人の自分を大切にしていると言うことは十分わかっているのでいたずらっぽい笑みを浮かべた。

 「さて、メノウちゃんからお許しがでたので検診をちゃちゃっと済ましちゃいましょう。もーすぐ、ミスマッドサイエンティスト・イネス先生が来る前に」

 キョーコはいたずらっぽい笑みを浮かべているが、カイトとメノウはキョーコを哀れむような視線を向けた。

 とうのキョーコは何がなんだかわからず、頭の上に?マークを浮かべていたが、首元に薄ら寒さを感じて、後ろをおそるおそる振り返った。

 「ミスマッドサイエンティスト……いい称号ね。さながらあなたは、その弟子かしら?」

 キョーコの後ろには額に青筋を浮かべ、注射器を手にしたイネスが立っていた。

 「あは、あははははっ。イネス先生。もう、回診は終わったんですか?」

 「ええ、あなたがここで遊んでいるうちにね」

 「あはははっ。じゃあ、私はメノウちゃんを診察するのでイネス先生はカイトさんをお願いしますね」

 キョーコはカイトからあっけにとられているメノウを奪い、小脇に抱えると部屋から出て行った。

 「たく、あの子は。あとできっちりお仕置きをしないと……」

 「……ほどほどにしてあげてくださいね」

 腰に手を当てて仕方ないなとしているイネスにカイトは苦笑を浮かべ席を勧めた。

 「カイト君、あなたがしっかりしてないから」

 「否定はしませんけど、あの2人、コミュニケーションはうまくいっているみたいですから大丈夫ですよ」

 「私がマッドサイエンティストっていうのは?」

 「……気にしない方がいいと思いますよ」

 一瞬詰まったが、スルーした。余計なことを言うと入院期間がのびる事は間違えない。

 イネスもそう言う反応が返ってくるだろうと思っていたので、カルテを取り出していた。

 「加速度的にあなたの身体よくなっているわね……」

 カルテをめくりながら呆れたように言った。

 本来なら、リハビリを込めれば1年以上かかるところが3週間ほどでほぼ完治している。もう退院させてもなんの問題もない。だが、あえて入院させているが、もう限界だろう。

 「時々、自分が人間じゃないんじゃないかなと思いますよ」

 イネスはカイトの独白と何とも言い難い笑みに心が締め付けられるような思いになった。

 別に自分自身を卑下している訳ではない。ただ、自分が見えているカイトの心の内側がヒビどころではなく、さらさらと細かく砕けていっているのではと錯覚した。

 こんな時にイツキ・カザマがいれば、いいのだけど……

 そう思いつつもカルテを握る手に力が入る。

 嫌な感じだった。科学者としても、医者としても超一流・第一人者と言われる自分が、彼一人に何一つ気の利いた言葉をかけられないのだ。歯がゆい。そして、イツキがいればどんなときのカイトにも声をかけられるだろうと思うと辛かった。

 「イネスさん、どうしました?」

 「何でもないわよ」

 イネスは内心は複雑でも医者としての立場上、ポーカーフェイスを崩さなかったが、視線にカイトがチェーンに通した指輪をいじっているのを見てわずかに頬が引きつった。

 「診察するから、上着を脱ぎなさい」

 「わかりました」

 こうやって診察をしているときも指輪を肌身から放そうとしない。実際、手術後の第一声は「あの指輪はどこですか?」なのだ。ここまでするといっそうその指輪を捨てたくなった。

 だが、そうしたところで何かが変わるわけでもなく、イネス自身が惨めになると言うことはわかっていた。

 「イネスさん……やっぱり、疲れてるんじゃないですか。アキトとラピスちゃんの手術をしたって聴いてますから」

 「予定手術だったから、大丈夫よ。ちゃんと仮眠もとっているわ」

 「そうですか……それなら、僕が聴きたいことはわかってますね」

 「わかっているわ。"なぜ、リンク手術をしたのか"ってことでしょ」

 「ええ、そうです」

 開け放たれている窓から、2人の間に風が割り込んだ。

 しばし沈黙が続く。そして、それは唐突に破られる。

 「それは2人が望んだからよ」

 「わかりました」

 今更討論したところで、過去が変わるわけでもないので2人の言葉は短かった。どのみち、2人ともこれから何をすればいいのかは分かり切っているのだ。

 診察も終わり、カイトが上着をイネスはカルテをまとめているとウィンドウが開いた。

 『お久しぶりだね、カイト君。おや、ドクターも一緒かい』

 「ナガレさんはおげんきそうで。で、どうしたんですか?」

 『おやおや、つれないねぇ。せっかくラピス君とメノウ君の情報を教えてあげようとしたのに』

 今まで、瞳にあまり精気が通っていなかったがその一言でがらりとカイトの雰囲気が変わった。

 『おお、さすがに目の色が変わったね。なら、単刀直入に話に入ろうか』

 アカツキはしてやったりとにやりと笑ったが、目は笑っていなかった。

 「なら、私は席を外すわ」

 イネスは立ち上がり部屋から出ようとしたが、カイトが手を握っていた。

 「あ……すみません。でも、聞いてください。あの子達の主治医はイネスさんでしょ」

 「そう言うことならいるわ。主治医として患者のことをよく知っておく必要はあるものね」

 だが、それは建前で本音は手を握ってきたカイトの手が何となく不安げに感じたからだ。

 「ナガレさん、かまいませんね」

 『もちろん。ドクターには知っていてもらった方がいいからね』

 男達はイネスの心情も知らずに話を進めだした。

 『まずラピス君だけど、彼女はどうやら前会長派が関わっていたみたいだね。詳しいことはさすがにわからなかったけど、やってたことは"ルリ"を超えるマシンチャイルドを作り、量産化させる。まあ、ひな形を作っていたんだろうね。だけど、結局、量産はむりだったみたいだったようだよ』

 「しかし、ナガレさんが知らなかったのに火星の後継者はなぜ知っていたんでしょうか? 実際、強襲されるまでわからなかったのでしょ」

 カイトの指摘にアカツキはにやりと笑った。

 『痛いところを突くね。まあ、派閥争いの結果だね。それにやっぱ落ち目のネルガルより、鰻登りのクリムゾンへって考えるやつもいるって事だよ。木星トカゲ戦争では前会長派は冷遇されてたからねぇ』

 自分が行っていたのにもかかわらず、他人事のように話す。

 「なるほど。だが、外部には慎重でも内部には甘かったようですね」

 『そうだろうね。実際問題、襲撃されるまではわからなかったんだから』

 アカツキは肩をすくめる。

 「もう起きてしまったことを悔やんでも仕方ありませんね。早くこの茶番劇を終わらせないと」

 カイトの視線はアカツキからはずれ、シーツをぎゅっと握った手に移った。

 『まあまあ。君たちならすぐに終わらせられるさ。さて、次はメノウ君だ』

 再びカイトの視線がアカツキに戻る。

 『メノウ君だが、彼女が名乗っているようにミナヅキ・メノウというのは列記とした彼女の本名だ』

 「そう言うことを嘘で言えるほどあの子は器用じゃないですよ」

 『まあ、そうだね。

 元々メノウ君も旧会長派の人類研究所の一つで育てられていたそうだよ。だが、その内情はラピス君とはかなり違っていたらしい』

 「違っていた?」

 カイトとイネスは首をひねった。

 『ああ、どうやらそこの所長、ミナヅキ・サヤカが相当変わり者だったらしい。何を思ったのか自分の娘のように扱っていたそうだ。周りの研究員もそれを容認していたらしい』

 「ホント、相当変わり者ね。科学者としてはどうかしら?」

 「だけど、人としてはいいんじゃないですか。あのように素直な子に育ったんですから」

 「そうね」

 救出後、本来の性格が戻ると率直な物言いをするメノウを思い出すと、カイトは微笑んだ。

 カイトの優しい笑みにつられたのか、イネスも表情を崩した。

 『まあ、そんなこんなで彼女はその研究所のちょっとしたお姫様扱いみたいだったらしい』

 あの古風な言い回しはそのためかと2人はこくこくと頷いた。

 「しかし、そんなことをしてれば圧力とかがあったんじゃないですか?」

 『そこら辺はミナヅキ所長がうまく取り繕ってたらしいよ。まあ、実際の所はメノウ君の許容範囲内で実験を行い、ごまかしたということなんだろう。そうでなければごまかせ続けないだろうね』

 「それでも……その人達にとってメノウはとても大切な子だったんでしょうね」

 『そうそう、そのミナヅキ所長とメノウ君の写真があるけど見るかい?』

 唐突にアカツキが提案する。

 カイトは正直に見たいと思ったがためらい、しばし考えた。

 自分と同じ名字。先ほど夢で見た、昔、地球で初めて知り合った女性と同じ名前。そして、そのときに教えてもらった"とある研究所の所長さん"という肩書き。メノウの育て親。

 それらが、何に繋がるのかを知るのはいけないことのように思ったが、知りたいという欲望に負け頭を縦に振った。

 別ウィンドウが開き、写真が映し出された。

 今より少し幼い、Vサインをしているメノウとその頭をなでている40ぐらいの女性が写っていた。

 その女性は写真越しにでも一緒に写っているメノウを愛してるとはっきりわかる慈母にあふれた優しい表情をしていた。

 似てる……あのときにあった人に。初めてあったときと別れたときの表情に。あれは予知夢なんだろうかな。

 『おや、カイト君。ミナヅキ所長を知ってるのかい?』

 カイトの変化をめざとく気づいたアカツキが尋ねる。

 「この人と断言は出来ませんが地球に来たときにそっくりの人と会いました。名前はサヤカといってましたから、間違えないだろうと思います」

 別に隠すほどのことではないと思い告白した。

 『事実だとすると、以外と世の中は狭いもんだねぇ』

 アカツキは肩をすくめて、苦笑した。

 カイトもつられて、苦笑した。

 「ほかにわかったことは?」

 『ほかのことは直接彼女たちから聞くしかないと言うのが現状だね。切り札中の切り札だったんだろ、管理も厳重で厳重で。さらにその施設がなくなってるとなるとこれ以上の進展は望めないね』

 「なら、仕方ありませんね。あの子達にそれを聞くわけにも行かないですし」

 『そう言うと思ったよ。それじゃ、次の成果を期待しているよ』

 「その前にその写真をくれませんか? メノウにあげたいので」

 『そのくらいかまわないよ。データはカイト君の所に送ってあるから。それじゃ』

 「ありがとうございました」

 アカツキの映っていたウィンドウが消える。そこでようやくイネスが口を開いた。

 「相変わらず、甘いのね。聞き出せれば何か得られるでしょうに」

 「あまり過去をほじくり返されるのは、僕は嫌ですから。特に何も出来なかったときの過去は」

 イネスの意地の悪い言いようにカイトは困った表情を浮かべた。

 「けど、過去っていうものは自分にとって無くてはならないものです。写真を渡すことによってメノウがどう思うか、どうするかは彼女次第ですよ」

 イネスは、かつて記憶喪失になったカイトが言う"過去"という言葉は、何ともいえぬ重さを感じた。

 「それなら、ちゃんと責任持ちなさいよ」

 「もちろん。

 さてと、リハビリがてらメノウを探さなくちゃ」

 「そうしなさい。私もキョーコを探さないといけないからつきあうわ」

 カイトはふわりとベッドから降りるとイネスに先導され、病室を出て行った。





 それより、時を前後して、ミスマッドサイエンティストの魔の手から逃れたキョーコと巻き沿いを受けたメノウはICUの待合室まで来ていた。

 「ふぅ。ここまで来れば大丈夫です。あのミスマッドサイエンティストもここで騒ぎを起こすようなことはしないでしょう」

 「そのまえにおぬしが騒ぎを起こしておるのだろう……」

 小脇に抱えられたままのメノウはジト目で汗をぬぐうふりをしたキョーコを見た。

 「そーゆーことは気にしちゃいけないんですよ。わかりましたか、メノウちゃん」

 「気にする、気にしないはどうでもいいが、そろそろ降ろさぬか」

 「あははっ。メノウちゃんは軽いから、すっかり忘れていました」

 そう言うとキョーコはメノウを少し抱き上げると立たせて、名残惜しそうに手放した。

 「ふぅ。キョーコ殿は……しかし、ラピスのいるICUの前か。中に入ってもよいか?」

 「大丈夫だと思うけど、念のため、確認するから少し座って待っていてくださいな」

 そう言うとキョーコはコミュニケを開き、医局にラピスのことを問い合わせた。

 「あらあら。もう一般病棟に移っちゃったみたいですねー。それじゃ、部屋番号もわかりましたから、行きましょうか♪」

 そう言うとキョーコは再びメノウを抱えた。今度は普通にお姫様だっこ(?)だ。

 「や、やめぬか、キョーコ殿。は、恥ずかしい!」

 メノウは顔を真っ赤にして恥ずかしがり暴れるが、キョーコは意に返さず、にこにことしながら歩き出した。

 「あはははっ。メノウちゃん、かわいいですよー」

 「そう言う問題ではないぞ!!」

 あわてふためくメノウにご満悦なのか、キョーコの足取りは軽く、ラピスのいる病室へ向かった。

 その病室には悪魔がいるのも知らずに。





 「とうちゃくですよー」

 そう言うとキョーコはラピスの病室を開き、入り込んだ。

 「いい加減に降ろさぬか。うぅ、これからは恥ずかしくて病院内で遊べないではないか」

 「あはははっ。大丈夫ですよ。みんな、メノウちゃんのことが好きですから、誰でもだっこしてくれますよ」

 にこやかに笑うキョーコをしり目に、メノウの顔に縦線が入った。

 「メノウ……新手の遊び?」

 「遊びというか、遊ばれてるというか……まあ、楽しそうだからいいと思うよ」

 この病室の主の一人、ラピスは目をまん丸として、なぜか居るカイトは微笑ましそうにメノウを見ていた。

 「別に遊んでおるわけではないぞ!」

 「あははは。私は楽しかったですよー」

 「メノウとキョーコは友達?」

 「うん。そうだよ」

 「違うわー!」

 「うるうる。おねーさん、悲しいわ」

 「あれは嘘泣き?」

 「うん。そうだよ」

 「ともかく、おろすがよい!」

 「おまえ達、いい加減に静かにしろ。ここは病室だぞ」

 もう一人の住人、アキトの声に皆、ぴたっとしゃべるのをやめた。

 「キョーコ殿があまりにはしゃぐからじゃぞ」

 「あはははっ。私のせい?」

 「でも、楽しそうだった」

 「まあ、アキトの言うとおり、少しばかり静かにしましょう。反省もね」

 「そうね。患者の気持ちを考えない新人医者は少しばかり指導医が反省させた方がいいかもね」

 そう言ってキョーコの後ろにあるカーテンからイネスが現れた。すでにキョーコの行動パターンを読んでアキトとラピスの病室へ先回りしていたのだ。

 すでに廊下への退路は断たれている。カイトが居る時点で警戒すべきだったが、それを怠ったキョーコは観念してメノウをラピスのベッドに座らせた。

 「少しばかりおいたがすぎたようね。さあ、行きましょうか、キョーコ」

 珍しく猫なでな声を出すイネス。相当、怒っているようだ。

 「はぁい……」

 キョーコは肩を落としてイネスに連れて行かれそうになった時、メノウがベッドからぽんとはね上がった。

 「イネス殿。キョーコ殿はちゃらんぽらんに調子に乗りすぎただけじゃ。テンカワ殿はどうかしらんが、わらわは別に嫌がっているわけではないのじゃ。それじゃから……ともかく、キョーコ殿はほどほどしか悪くはないのじゃ」

 「大丈夫よ。ほどほどにしておくから」

 あわててキョーコを弁護(?)するメノウをイネスは優しい顔で答え、病室を出て行った。

 メノウは一安心して、再びラピスのベッドに座った。

 「……メノウ、心配?」

 「うむぅ。イネス殿は"ほどほど"と言ったが、どうじゃかのぉ」

 以前にいたずらをしてイネスにこっぴどく怒られたことのあるメノウはそれを思い出し、少し身震いをした。

 そのときにラピスもいたが、巻き沿いを受けた一人として、そんなには怒られていないのでこれからキョーコが受けるお仕置きに対しても想像がつかず、小首をかしげただけだった。

 とかいえ、キョーコのことを心配してないわけではない。

 確かに、やりすぎな事もあるが、心底自分のことを心配してくれている人間の一人だ。出来ることなら、あまりひどいことはしてほしくない。

 メノウとラピスが顔を合わせて悩んでいるのをカイトは微笑ましく見ていたが、アキトは少し顔をしかめた。

 「ラピス。そんなに悩むなら、行動しろ」

 「!?」

 「アキト殿が建設的な意見を……明日の天気は雨だったかのぉ」

 「こらこら。メノウ、珍しいからってそう言うことを言うとラピスちゃんにお仕置きされちゃうぞ」

 苦笑しながら、カイトはメノウを嗜めた。

 メノウは驚いてラピスを見ると、ラピスの表情は親しいものがわかる範囲でしかめっ面になっていた。

 「むむっ。少々言い過ぎだった、すまぬ、ラピス」

 「謝るのはアキトに」

 「ぐっ。すまなかった、アキト殿!!」

 ふてくされたように謝るメノウをアキトは相手にしなかったが、ラピスは納得したようだった。

 「しかし、手術後だけど、簡単に動いていいの?」

 もっともな疑問をぶつけるカイト。

 リンク手術など、今までに前例がないことだから、心配するのもむりはない。

 「身体的な問題は今のところはない。ここは病院内だ。何かあっても心配はない」

 「それもそうだね。イネスさんの所に行くわけだから、なお安心か」

 両保護者の了解を得た2人は、いそいそと出かける準備を始めた。といっても、ラピスだけだが。

 それを終えた2人は、ドアの前でカイトとアキトに「「行ってきます」」と手を振って出て行った。

 自然とカイトの顔に笑みがもれる。

 そんなカイトを見たアキトは冷笑を浮かべた。

 「そんなに変かな?」

 「いや。"らしくない"と思っただけだ」

 「何でだよ。僕はあの2人が微笑ましく思っただけだよ」

 「代わりか、ルリちゃんの」

 「そんなことはない。あの子達は……関係ない」

 アキトの肺腑をえぐるような言葉にカイトは弱々しくしか答えられなかった。それを完全に否定できる気はなかった。特に物静かに本を読んでいるメノウを見るとまるで幼いルリを見ているような錯覚に落ちる時もあったのだ。

 アキトもまた人のことはいえない。桃色の髪の少女に"ラピス・ラズリ"という名を与えている。和名は"瑠璃"。その意味は語るべくもない。

 2人とも口ではどうこう言いつつも、残してきた大切な少女のことが忘れられないのだ。

 「……それより、リンクの件。ラピスちゃんへの足かせかい?」

 「利用できるものを利用しただけだ」

 「そうかい」

 カイトにはアキトが強がっているのはよくわかった。自分のエゴイズムに他人を巻き込みたくないが、ラピスの場合、たとえ捨てていっても勝手に付いてくるだろう。だから、多少危険とはいえ、自分の元に置こうと考えたのだろう。それが、結果としてベターだと信じて。

 そう言った悩みはカイトもまた持っている。

 いや、もっとたちが悪いのかもしれない。

 ラピスの行動理念は助けてもらったアキトに恩を返したい。だが、メノウは自分のすべてを奪った火星の後継者への復讐心だ。

 以前にメノウと今後のことを話した時、『すぐにとはいえないけど、普通に暮らすことが出来るよ』と言ったが、メノウは『嫌じゃ』とだけ言った。そのあともいくつか言葉をかけたが、何もしゃべらなかった。

 その晩、メノウは食事もとらず、電気もつけず、壁をただ見ていた。

 それに痺れを切らしたキョーコがカイトを呼んで食事をとるようにと説得を頼んだ時、メノウはぽつりと『あのもの達はわらわの大切な人達を奪った』とだけ呟いた。

 薄暗い中、メノウの瞳はただ深く暗く輝いていた。

 もう一度、メノウの表情を確認する。間違えなく、その瞳の輝きは普段と違い、怒りと憎しみ、そしてわずかな悲しみに支配された鋭い眼光だった。それはカイトとキョーコの身を凍らせるのに十二分な迫力を持っていた。

 たった一瞬だけとはいえ、2人がメノウの心に巣くう闇の一端を理解するには容易だった。

 翌日、カイトは条件付きでメノウの復讐を認めた。それ以来、メノウは復讐のことに関して何も言わなくなり、普通の元気な少女へ戻っていった。

 カイトもまた、メノウの"暴走"を自分でコントロールできる範囲に押し込めたのだった。

 「ろくでもないな、僕は」

 「分かり切ってたことだろ」

 「割り切れることと割り切れないことがあるよ」





 「で、何じゃあれは?」

 「……紙の山?」

 医局に来たメノウとラピスは部屋の一角が紙で埋まっており、その中からしくしくと女の鳴き声が聞こえるのを不気味がった。

 「あ、2人とも気にしない方がいいよ」

 「そうそう。こっちでお茶しない?」

 医局にいる医師達はなるべく紙の山を見ないようにして、仕事をしたりお茶をしていた。

 メノウとラピスは訳のわからない表情でお茶に誘われた。

 しばらくは談笑や2人の身体の気遣いなので話が進んだが、次第に2人は紙の山が気になりだした。

 「やはり気になる。あの山は何じゃ?」

 痺れを切らしたメノウが医師達に尋ねた。ラピスも隣でこくこくと頭を振った。

 医師達は互いに顔を見合わせて、はぁ〜と深いため息をついた。

 「あれはアサクラ君だよ。どうもフレサンジュ君を怒らせたらしく、ここすべてのカルテのまとめや学会への準備やらをしているのだよ。まあ、雑用全般だね」

 代表して初老の外科部長が答えた。

 「アサクラ君も普段はいい子なのだが、お調子者なところがあるから。まあ、今回はいい薬じゃろうて」

 といいつつも、視線は紙の山を見てはいなかった。

 どう言いつくろっても、キョーコをここにつれてきた時のイネスは恐ろしく、誰も止めることなど出来なかった。よからぬ仏心で手伝おうとすればどういう事になるやら。それを思い出した外科部長は身震いをした。

 「ま、まあ……死ぬようなことはないようじゃな」

 「うん……触らぬ神にたたりなし」

 メノウとラピスも納得したらしく、紙の山を忘れて、お茶を飲んだ。

 「ひどいよぉ……メノウちゃん、ラピスちゃん……たずげでよぉ〜〜〜」

 「き、気のせいじゃな、気のせい。触らぬ神にたたりなしじゃ」

 「う、うん……気のせい。後が怖い」

 2人の素早い切り返しに医師達の涙を誘ったが、表情が固まった。

 「こら、どういう事かしら?」

 ぽんぽんと

 「い、イネス殿!!」

 「イネス……」

 さぁ〜と2人の表情が青くなる。医師達は素早く回診に行ったり、外来へ向かった。

 こちこちに固まった2人を見て、イネスは困ったようにため息をついた。

 「別に取って食べはしないから。全く、子供の前で怒るものじゃないわね」

 「わらわは子供じゃない、少女じゃ」

 「私も」

 「ごめんなさいね。お詫びじゃないけど、いいことを教えてあげましょう」

 別の意味で2人がびくっとする。

 「失礼ね。別に細かく正解に説明しようとなんて思っていないわよ」

 といいつつもイネスは冷や汗をかいた。しかし、本音はたっぷりじっくり説明をしたかったが。

 イネスはメノウとラピスの正面に座り、ポケットから一枚のポスターをさしだした。

 「盆踊り?」

 「ボンオドリってなに?」

 「盆踊りとは……」

 「盆踊りは簡単に言えば、先祖の霊を供養するために始まった祭りじゃ。今は単なる夏祭りじゃがな」

 「そうなの」

 イネスの説明を封じるため、かけ無しの知恵を披露するメノウ。苦肉の策である。

 ラピスが納得した以上、多少引きつったがこれ以上イネスは説明をしようとはしなかった。

 「いいのぉ。じゃが、病院から出るわけにはいかんからのぉ」

 「わたしは……アキトを困らせたくない」

 興味を示しつつも、2人の保護者のことを思ってか、2人はあきらめかけたが、

 「ふぅ。近くであるから、2人とも行ってらっしゃい。その代わり、アキト君とカイト君から離れないことが条件だからね」

 イネスは何のためにポスターを見せたの? と言った表情で2人を見た。

 「行ってもいいのか、イネスどの!?」

 「いけるのなら、行ってみたい」

 「いいって言っているでしょ」

 2人のきらきらと輝く笑顔をイネスは苦笑しながら見た。

 「うむ。感謝するぞ、イネス殿。そうと決まれば、浴衣を選ばねば……ゆくぞ、ラピス」

 「うん。イネス、ありがとう!」

 「はいはい。どういたしまして」

 韋駄天のごとく走り去っていく2人をイネスは微笑んだまま見ていた。

 「イネスせんせ〜。わだじはいっちゃだめでずか〜?」

 「あなたはその山を片づけなさい」

 「うぅぅ。しくしく。だれかたすけてー」

 キョーコの叫びはイネスしかいない医局に響き渡った。





 笛や太鼓のにぎやかな音がする境内。そこには楽しそうな子ずれの親やカップルが多くいた。

 その中でカイト達一行は異彩を放っていた。

 サングラスをかけた厳つい兄ちゃんと肩を落とした優男。それだけでも十分目立つが、興味深そうに辺りを見回す美少女2人がそれに拍車をかけていた。

 美少女コンビ、ラピスは白に金魚の柄の浴衣、メノウは青に朝顔柄の浴衣がとても似合っていた。

 ただでさえ、元がいい2人にちゃんとした着付師がコーディネイトしたのだから、目立たない方がおかしい。

 物珍しそうにあたりをきょろきょろするラピスは子犬チックで保護欲を誘い、メノウは興味を持った店の親父にいろいろと質問していた。

 だが、2人の保護者の表情は硬かった。

 「アキト……何で僕が四人分の浴衣の支払いをしなくちゃいけなかったの?」

 「おまえが買い物に行こうと言ったからだろ」

 「だからって……浴衣だけで100万超してたんだけど」

 「俺に払えと?」

 「キャッシュは無理でもローンなら……」

 「死んだ人間の金に価値などあるか」

 「き、きたないよ」

 「知るか、高給取り」

 「なーに困った顔をしておるのじゃ、2人は。ほれ、今は祭りぞ。楽しまなければそんじゃ」

 メノウは不毛な話をしている2人の間に割っては入り、にんまり笑って、カイトの手を取った。

 ラピスもアキトの袖を引いていた。2人のお眼鏡にかなった夜店があったのだろう。せかされたカイトとアキトは2人に連れられるまま、振り回された。

 今日一日は不思議と平穏だった。次第にカイトの顔もほぐれてきて、アキトもまた祭りを楽しむ2人につられてなのか、頬が少しゆるんでいた。

 はじめはうまくいかなかったが、次第に金魚すくいが上手になっていくラピスにムキになって挑むメノウ。

 射的では2人のお嬢様方にせびられたアキトとカイトがいかに早く目標物を落とすかが賭になったり、盆踊りでは、ラピスは初め、輪の外から見ていたが、メノウが手を引いて輪の中に連れてこんで、おっかなびっくり踊ったが、最後の方ではかなり様になっていた。





 盆踊りも夜店もたっぷり堪能した2人の疲れが見え始めたころ、カイト達は帰路につくことにした。

 からんころん♪ からんころん♪

 四人の下駄の音が路地に静かに響く。

 メノウとラピスの手には金魚すくいで取った金魚がのんびりと泳いでいた。

 もうすぐ、病院が見える。

 もうわずかで、"普通の生活"と長い別れを告げなければいけない。もしかしたら、永遠にだ。

 それを敏感に悟っているのか、メノウの足が次第に遅くなり、それにつられるようにラピスの足も遅くなった。

 次第に2人の足が止まった。

 「久しぶりの外出で疲れたの?」

 カイトは2人の足が止まった理由が何となくわかったが、気づかないふりをして尋ねた。

 はっと顔を上げる2人。その表情はとても複雑だった。

 メノウは久しぶりに触れた外の優しい世界。ラピスは初めて触れた好奇心にあふれる世界。

 ここで2人が、"普通の暮らしをしたい"と言えば、すぐさま叶うだろう。そして、何も知らされないまま、出来るだけの平穏な生活が与えられる。

 非常に甘美な囁きだった。思い起こされる感情、初めて触れる感情。2人の心をかき乱すのには十分だった。

 カイトは改めて2人の思いを知り、苦笑いを浮かべた。アキトもまた、表情にこそ出さないが、複雑だった。

 僕が、

 俺が、

 一言言えば、2人は自分の意志で手を染めなくてすむ。

 だが、その言葉は出せなかった。出せば、すべてが揺らぐ。自分たちもまた、この2人も。

 もう、後戻りできるのは2人の意志だけなのだから。

 誰も声を出せなくなった時、二つのオルゴールの音色が聞こえてきた。

 敵かと思い、反射的に音の聞こえる方向に振り返るカイトとアキト。

 そこには、行きにはなかった、アクセサリーなどを扱った夜店があった。

 「ふぉっふぉっふぉ。嬢ちゃん達はお疲れのようじゃのぅ。ほれ、じいの店で一休みしていかんかのぉ」

 夜店の端の方にいた白髪のおじいさんが、メノウとラピスを誘う。

 「そうだね、ご厚意に甘えて、一休みしようか。行っておいで」

 一瞬だけ気を引き締めたが、特に害を与えるようなタイプに見えなかったのでカイトは2人をその店に誘った。

 別段、たいした小物がある店ではなかった。ごく普通の安っぽい小物が多い夜店だったが、雰囲気だけはよかった。

 初めは興味なさげに小物を見ていた2人だったが、おじいさんの巧みな会話で次第に笑いながら、これは何? など聞き始めていた。

 しかし、あまり時間がかかりすぎるとイネスとエリナから大ブーイングがでる。

 十分休んだことだし、そろそろ切り上げようと2人に声をかけようとした時、また、あのオルゴールの音が聞こえた。

 メノウとラピスはその音色に聞き惚れた。

 カイトとアキトは、それをじゃまするわけにも行かず、声をかけるタイミングを逃した。

 「そなた、このオルゴールの音はどこから出ておるんじゃ?」

 音色が緩慢になり、止まった時、夜店のおじいさんは2人に声をかけた。

 「この音、気に入ったかい嬢ちゃん」

 「うん。わらわはとても気に入ったぞ」

 ラピスもこくっと頷いた。

 「ふぉっふぉっふぉ。それじゃあ、じじいからのプレゼントじゃ」

 2人の前に手をさしだし、ぱっと開く。

 そのしわしわの手の中にはペンダントが2つあった。

 「「???」」

 2人の頭にはてなマークが浮かぶ。

 「おや、きにいらなかったかい?」

 おじいさんは困ったように2人と手を交互に見た。

 「ち、違うぞ。そう言うわけではない。ただ、オルゴールを……いやいや、あれだけの音色、そなたが大事にしているものであるに違いない」

 メノウがわたわたとしているときもラピスはじっとおじいさんの手のひらの中を見ていた。

 「メノウ……ここから音がしていた」

 「じゃから、わらわはオルゴールがもら……そうなのか?」

 「ピンクの嬢ちゃんは鋭いのぉ。さっきのオルゴールの音はこの二つからじゃよ」

 あわててメノウもおじいさんの手のペンダントを見た。

 「ほれ、ここを回すと……」

 おじいさんは器用にペンダントのねじを回し、ぱかっと開いた。

 再び奏で出す音色。

 「……こんな小さいのにきれいな音」

 「うむ。心地よい音色じゃ」

 「わかってもらえたようじゃの。ほれ、持っていきなされ」

 おじいさんは2人にずいっとさしだした。

 「し、しかし、それだけのものを……」

 「ありがとう、おじいさん」

 とまどうメノウをしり目に余程気に入ったのか、おじいさんの手のひらからラピスはペンダントを受け取った。

 「灼銀の嬢ちゃんも気にせんでええ。じじいが持っているよりもよほどペンダントも輝こうて」

 「わかった。これ以上、断るのも失礼じゃ。ありがたく受け取るぞ」

 どうこう言いつつもメノウはそのペンダントを気に入っていた。

 きゃっきゃっとはしゃいでいる少女達をしり目にカイトはおじいさんに尋ねた。

 「お支払いはいくらですか?」

 「いいんじゃよ。これから大変な道へ向かう嬢ちゃんらへの些細な支援じゃからな」

 「いやだな、おじいさん。あの子達は普通の女の子ですよ」

 まるで何かを知っているようなおじいさんのいいようにカイトは差し障りない言葉で返す。だが、そんな気配は全く感じられなかった。

 「いやいや、人生はいつも苦労するものよ。くじけずがんばるのじゃぞ」

 「そうですね。あの子達にもいい励みになったみたいですから。2人ともおじいさんにお礼を言おうね」

 そう言って、メノウとラピスが頭を下げてお礼を言うのに満足したのか、四人が見えなくなるまでうれしそうに手を振っていた。





 そして、四人が見えなくなると夜店の裏から、ひときわ目立つ白い20ぐらいの女性が出てきた。

 「お疲れ様でした、主様」

 「労われるほどのことはしてないよ、君の方こそ、ご苦労様」

 白い女性はおじいさんの言葉に頷く。

 「これから、いかが致しましょうか?」

 「いや、何もする必要はない。ヤマザキがやりすぎてないか見に来ただけだよ」

 「そうですか、私は"カイト"を見に来たのと思っておりました」

 「君は鋭いな」

 その言葉におじいさんの瞳が碧く輝く。

 「あの状態では、私の出番はまだまだ先だな」

 「今出られても問題はないと思いますが」

 「私はだが、彼はそうはいかないだろ。まだ、待つべき時だ」

 「かしこまりました」

 そう言うと白い女性は裏に下がった。

 「そう、まだ、君と会うには時間がいる。なあ、カムイ」

 まるで愛おしいものを呼ぶようにその名を口にした。

 立ち上がったおじいさんにはしわがすべて無く、生命に満ちあふれた青年に変わっていた。





 三日後。正式にカイト達へ退院の許可が下りた。

 その日、メノウは一人、病院の屋上でペンダントのオルゴールを聴いていた。

 きぃぃ

 さび付いた音を立てて、メノウの背後にある扉が開いた。

 「メノウ」

 「んっ……ラピスか」

 メノウは振り返らず、ラピスに答えた。

 ラピスは気にせずにとことことメノウの隣にたった。

 「みんな、探してた」

 「そうか……迷惑をかけているようじゃな」

 メノウは我関せず、手のひらにあるペンダントを開いたまま、遠くを見ていた。

 オルゴールの音はすでに止まっていた。

 ラピスは話しかけずに一緒に遠くを見た。

 「夢を見た……」

 メノウがぽつりと呟く。

 「ゆめ?」

 「そう、夢じゃ。母上が出てきた」

 そう言うとメノウはラピスに開いたペンダントを見せた。

 その内蓋側には幼いメノウとミナヅキ・サヤカが写った写真が入っていた。

 「この人がメノウのお母さん?」

 「そうじゃ。

 じゃが、血が繋がった親子じゃない」

 「でも、メノウは笑ってる」

 ラピスはメノウの顔をのぞき込んだが、メノウは顔を伏せた。

 「夢に出た母上は、わらわが戦うのが嫌じゃといった。じゃが、わらわは戦うと言った」

 日差しも強くなく、風も柔らかい。ラピスは風に遊ばれる髪を押さえながら、メノウの言葉を静かに待った。

 「少しさみそうに母上は笑った。でも、止めようとせなんだ。

 ただ、心配そうにわらわを見つめていた。

 わらわはどうすればよかったのじゃろうか」

 「止めてほしかったの?」

 「もう、決めた事じゃ。それを変えようとはおもわん。じゃが、事を為し遂げた後、あのときのように母上は笑ってくれるのかと考えると自信がないのじゃ」

 「……私はよくわからない。けど、きっとメノウなら出来ると思う」

 「なぜじゃ。どうしてそう思う」

 メノウはばっと顔を上げ、ラピスに迫る。

 ラピスは一つも臆さず言葉を紡いだ。

 「メノウがその写真に誓えば、きっと違わない。

 カイトがそう言ってた。私もそう思う。私たちはもう一人じゃない」

 「そうじゃな……」

 メノウは服の袖で目元をぬぐうとにぱっと笑った。

 「うむ、わらわなら違わぬ。ラピスもいるし、兄上もいる。違おうはずがない」

 メノウはぱちんとペンダントを閉じ、ポケットに入れた。

 「このペンダントに誓おう、わらわは道を違えんと」

 2人はにこっと笑った。ここに聖なる誓いはたった。

 「ふむ……そう言えば、ラピスはペンダントに写真をいれんのか?」

 「私にはお父さんもお母さんもいない」

 少し寂しそうにするラピスにメノウは明るく言った。

 「何を言うておる。アキト殿がいるではないか。"ぱぱぁ"と呼べばいちころじゃ」

 「そうなの?」

 「そうじゃ」

 ぱっと明るくなるラピスにメノウの背中にあるプチでびるウィングははためいた。

 「試しにアキト殿にそう呼んでみるがいい」

 「うん」

 そうして、メノウはアキトとのリンクを開き、呼びかけた。

 しばらくして、怪訝そうな顔をして、ラピスはメノウを見た。

 「メノウ、アキトに"ぱぱぁ"って呼んだら、いきなりお茶を吹いた」

 「おかしいのぉ。あの手の男なら喜ぶと思ったのじゃが……」

 メノウはアキトの惨状が想像できるのかにまにまと笑った。

 「メノウ? アキトが来るから、しばらくここにいろって」

 にまにまと笑うメノウを不思議そうに見ていたラピスはよくわからない風にアキトの言葉を伝言した。

 「……気の小さい男じゃのぉ。すまぬが用を思い出した。アキト殿にはよろしく伝えてくれ」

 メノウはそう一方的に言うと駆け足で屋上から去っていった。

 ラピスは一人屋上に残り、ペンダントを開いた。

 優しい音色が屋上を満たしていく。時々下の方から、怒声が響いたりするが気にはならなかった。

 私もここに写真をいれてみよう。

 数日後、ラピスのペンダントにははにかんだラピスと少し誇らしげな素顔のアキトが写った写真が入っていた。






 私はまだ、何も知らない。でも、これからは何かを知っていける。






 娘達の雑談





 ルリ:むむっ。なんだかいい雰囲気じゃないですか。

 ルーシア:ええ。けど、みんな悩んでいるんですね。

 ルリ:そんなこと、私に話してもらえれば、即時解決です。ハッキングだろうが、クラッキングだろうが、楽勝です。

 ルーシア:わわっ。そんなことをしたら、話が崩壊しちゃいますよ(ぉぃ

 ルリ:ふんっ。私を蔑ろにするのが悪いんですよ。どうして、ナデシコナンバーワンヒロインの私が登場してないんですか!!

 ルーシア:だから、仕方ないんだってばぁ。代わりにだけど、ここでルリちゃんの近況報告をお願いします。

 ルリ:仕方ありませんね。それで我慢します。

 ルーシア:それでは誕生日の日のことからお願いします。

 ルリ:その日はミナトさんの家で、パーティーをしてもらいました。本当はコウイチロウおじいさまの家でする予定だったんですが、おじいさまの緊急の用事で変更となりました。ミナトさんやユキナさんとヒカルさんとウリバタケさん、あとサブロータさんとハーリー君も来てくれました。あ、アオイさんも来てましたね。

 ルーシア:うぅぅ。相変わらず、影が薄いんですね、ジュンさん。

 ルリ:あと、来れなかった方からも多くの誕生日プレゼントを戴きました。ここで改めてお礼をします。ありがとう。

 ルーシア:これない人もいたけど、楽しんだんだね。

 ルリ:ええ、今までの誕生日の中で2番目に楽しかったです。

 ルーシア:(1番目は言わずともしれてるよね)後は新ナデシコBのクルーについてお願いします。

 ルリ:サブロータさんとハーリー君ですね。副長のサブロータさんは以前と変わっていてびっくりしました。なにやら、地球文化に触れてということですが、何かあるみたいです。でも、副長としてはしっかりしているので、根っこの部分は変わってないと思いました。

 ルーシア:何があったのか聞きたいところですが、こういうのって聞かない方がいいですよね。ハーリー君の方はどうですか?

 ルリ:ハーリー君ですか? とても素直でいい子だと思いますよ、活発ですし。私と同じマシンチャイルドと聞いていたので、おとなしい子かなと思っていましたけど。最近、サブロータさんが、弟が出来たみたいで楽しいといってました。私も弟が出来たみたいでうれしいです。

 ルーシア:楽しそうにやってるんですね。よかったです。

 ルリ:でも、昔のように四人が帰ってきてくれた方がもっと楽しいと思いますよ。

 ルーシア:さてさて、時間もなくなってきたのでここで次回の予告!

 ルリ:次第に戦力が強化されていく火星の後継者! ネルガルもまた、改修機を作り対抗していくが、準備期間の差か、最後の一押しが仕切れない。

 ルーシア:とうとう、カイトとアキトの機体は修繕不可能な状態まで追いやられる。

 ルリ:それに前後して極秘裏に制作されていた、新型がようやく目を覚ます。

 ルーシア:だが、ヤマザキの暗躍はそれをも超そうとしていた。

 ルリ・ルーシア:次回、機動戦艦ナデシコ  〜 acastaway 〜  第5話 『それでも僕は力がほしかった』

 ルリ:マシンと人の一つの形。完成と未完成。

 ルーシア:機械との未来の答えがそこにあるかもしれない。

 ルリ・ルーシア:な〜んちゃって♪





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