地球と月のほぼ反対側にある暗礁空域。

 ヒサゴプランのコロニー建設地の候補としても上がった空域だが、あまりに隕石や残骸が多く、それらを除去するよりは若干計画上のずれはあってもより安全な場所へと変更があったため、うち捨てられた空域だが、ヒサゴプランのコロニーからもほどほどの距離で、隠れるのにはもってこいの空域、そこが"火星の後継者"達のAクラス重要施設だった。

 その施設から少し離れた隕石の一つに船が隠れていた。カイト達の乗るNSSの小型艇だ。

 今まで乗ってきた小型艇でも基本的に暗礁空域なのでセンサー外から隠れるのは難しくはないのだが、それ故に対策を練られた中心部には小型艇とはいえ、うかつに進行するとばれてしまう。そのため、各自宇宙服を装着して、素潜りで施設に潜入する。その後の回収も施設を混乱させ、その隙をねらって小型艇を接舷させ、逃げるという無茶、無謀な作戦だった。

 故に潜入工作員は限られ、月臣を筆頭にNSSのトップクラスを集めチームを作った。

 潜入チームの9人はステルス迷彩のノーマルスーツを装着し、エアロックに集結していた。

 「これより潜入を開始する。知っての通り、この船は定刻には帰還するので時間には十分注意す……」

 ゴートがおさらいをしていると急にブリッジクルーから通信が入ってくる。

 『目標施設から、シャトルの発進を確認』

 「まずいなこれは」

 「いえ、逆にチャンスでしょ。発進後、潜入開始ですね。あちらさんも非合法な施設ですから、ここから出るときはそれなりに気を配っているでしょうから」

 「気のゆるみをねらうというわけだな、カイト。だが、ゴートが心配してることはそう言う事じゃないだろ」

 アキトの指摘にカイトは苦い顔をする。

 「わかってるよ。でも、今突っ込んでもばれて、シャトルのブースターが点火すれば逃げられてしまう。よしんばシャトルに取り付いても最悪、自爆されかねないよ」

 「する前にジャンプすればいいことだ」

 「それじゃあ、駄目だよ。だいたいリスクが高すぎる」

 「怖じ気づいたか? 今更、リスクなど」

 「それでもリスクは減らすべきだろ」

 『シャトル、通常航行ルートまであと1q』

 「問答をしている暇なくなったな、テンカワ、ミナヅキ。初期の計画通り行くぞ!!」

 ブリッジからの通信のタイミングを逃さず、月臣が2人を制し、気を引き締め直す。ここでいきなり殴り合いを始めるような2人ではないが、チームの雰囲気を乱すのには十分な殺気を放っていた。

 だが、彼らはプロである。すぐさま、気持ちを入れ替える。

 「いくぞ!!」

 月臣の号令でエアロックは解放された。





 「敵襲? シャトルでなく、この施設がか?」

 ホクシはウィンドウ先から、叫んでいる通信士を半眼で見ていた。

 『はい。侵入者は10人ほどだと思われますが、手練れらしく。うわっ!!』

 「ちっ。俺が行くまで遅延対処をしていろ。あと、シャトルに気取られるな。余計な心配をかけることになるからな。ついでに東郷には連絡しなくていい。俺がさっさとけりをつける」

 『はっ!!』

 (来るのはわかっていたが、休もうとした矢先にだ。やってらんねえぜ。さて、いつまで東郷のやつに隠しておけるか……)

 ホクシは起きあがるとベッドの横にある一振りの日本刀を掴み、抜き放った。

 わずかながら軽いと思うが、しっくりくる手触りがこれからの困難さを容易に想像させる。

 「さってと、やるか」

 不適に笑うと刀をさやに収め、部屋を出た。





 侵入からすでに10分。

 潜入チームは月臣、ゴート、カイトの三チームに分かれて、行動していた。

 月臣、ゴートはターゲットの奪取に。カイトは脱出のためにシャトル発射システムの占拠を担当していた。

 "火星の後継者"が油断していたのと、潜入口からシャトル制御室が近かったこともあり、カイトたちは早々にシャトル制御室を占拠して、今は施設内にハッキングをかけ、全体掌握を仕掛けているところだったが、ハッキングをかけていた男は忌々しげにキーボードを叩いた。

 「ミナヅキさん、だめです。ここからでは全体にアクセスするための権限がありません。どうやら、ハードに問題があるようです」

 この答えにカイトたちの落胆はなかった。元々予測できていたことだったからだ。

 「施設案内は出せる?」

 「出せますが、一部制限が掛かっています」

 「他のチームは?」

 「Tは順調のようですが、Gは先ほどから一進一退のようです」

 ここでカイトは思案をめぐらした。

 実力的には二チームとも同等。個人戦闘能力でTチームの方が若干上と言うぐらいの差だ。となると、Gチームの方は抵抗が大きいと予想した。

 しかし、Tチームには目立ちすぎる真っ黒くろすけのテンカワ・アキトがいる。何度か作戦を同行しているが、アキトがいるとわかると一点集中のごとく、抵抗がかなり激しいものになる。おそらくは生き証拠人であり、大切な実験体である故に再び捕らえるか、殺してしまうためだと思うが、今回はそれがない。

 しかし、長々と悩んでいる暇はない。

 「僕はGチームを支援しに行きます。二人は予定通り行動してください」

 「「OK、リーダー」」

 二人の返事を聞くと同時にカイトはドアの外を窺い、何もないことを確認すると走り出した。





 若い男が一人立っている。

 フワ・ホクシだ。

 猛禽を連想する鋭い視線を廊下に這い蹲っている三人に向けていた。

 (な、なんてやつだ。たった一人で、それも銃器を持たずに我々3人を倒すとは。あの北辰以上の化け物か?)

 ゴートはあきらめずに隙あらばと狙ってはいるが、ホクシはいっこうに気をゆるませず何かを待っているようだった。

 「この化け物が……」

 「それは違うぜ、おっさん」

 ゴートのつぶやきにホクシは興味を持ったのか答えた。

 「別に俺が化け物じゃないさ。おまえ達が一流の工作員だったからひねれたのさ。銃器や刃物の使い方、とてもよく訓練されてる。実際、たいした腕だよ」

 ここでホクシは声のトーンを落とした。

 「だが、あまりに洗練されすぎている。視線、銃口、気配、すべてが目標を向いている。故に対処しやすかったよ。まあ、それが当然なんだけどな」

 「……それがわかれば十分化け物だ」

 苦し紛れにゴートが反論するが、ホクシの興味はすでにゴートから離れていた。

 「やっときたか。こいつが本物の化け物だ」

 そこに現れたのはゴートたちの救援に駆けつけたカイトだった。





 「どうした、テンカワ?」

 ふと立ち止まったアキトに月臣が尋ねる。

 「……いや、なんでもない」

 アキトはもやもやとした悪い予感がしたがそれを振り払い、再び走り出した。

 角を曲がり、目標の部屋の前では多少の抵抗があったが、それも難なく退けロックの掛かったドアに起爆装置を仕掛け、サングラスをつける。

 ぱくんっ

 爆発にしては小さな音を立てて、ドアが前のめりに倒れる。

 そして、閃光弾を部屋の中に投げ入れる。

 パンパンパンと何度か銃声がしたが、閃光弾が炸裂すると同時に悲鳴が上がる。それと同時にアキト達は内部に潜入した。

 内部にいたのは研究員だけだったようで、瞬く間に血の海と化した。

 「内部にはもう誰もいないようだな」

 「テンカワ、何も皆殺しにすることはなかっただろ。尋問する相手がいない」

 「すまんな。まだ手加減まではうまくいかない」

 そういいつつもゆがんだ笑みを浮かべる。

 アキトも殺してしまえば困るのはわかってはいるのだが、研究室に科学者がいると自制心が甘くなってしまう。

 月臣もそれはわかっているのでこれ以上は触れなかった。

 そして、二人は辺りを見回す。

 「今までとは違う感じだな」

 「ああ、ジャンパーをどうこうする感じではないな」

 "遺跡"へのシンクロメーターなどがあるが、遺跡に直接というよりはナノマシンに関する機材が多かった。

 「隊長、奥にまだ続きの部屋があるようです」

 射殺してしまった研究員の生死を確認していた隊員が柱の陰に隠れていた扉を見つけた。

 扉のロックは解除されてあり、安易に内部に侵入できた。

 「これは!?」

 内部の中央には巨大なシリンダーがあり、その中には液体と一緒にコードに繋がれた少女が入っていた。

 「標本という訳じゃあないな。睡眠モードになっている。すでに逃げる算段でも考えていたようだな」

 アキトはディスプレイから情報を読みとると睡眠モードを中断し、覚醒モードに切り替える。

 「どのくらいで覚醒する?」

 「3分ほどぐらいだな。詳しいことは緊急時用のセキュリティーが掛かっているからわからんが、どうやら"マシン・チャイルド"のようだ」

 シリンダー内の少女の身体はぴくりとも動かないが、桃色の髪は黄緑色の液体に揺らされ一種の神秘性があった。

 「こんな子供までも利用するとは……」

 「何を今更。まあ、後でアカツキを問いつめる必要があるな。組織的にマシンチャイルドクラスを生み出せるのはネルガルぐらいだからな。"ハリ"で終わったと思っていたがまだ、いたのか」

 「いや、ネルガルで把握しているのは"ルリ""ハリ""メノウ"の3人。うち、"メノウ"の居た施設は実験時の動作不良による爆発事故が起こって死亡したという事になっている。もしかするとこの子は"メノウ"か?」

 「実験事故を装った誘拐というわけか。まあ、名前は起きてから聞けばいい」

 月臣は部下に外部からの侵入を防ぐように指示するとアキトと並んでデータ採取に着手した。

 しばらくすると液体が流れ落ちる音がした。そして、シリンダーが下に降りた。覚醒モードが終わったのだろう。

 中にいた少女は目覚めきっていないのか、体が動き出す気配はなかった。

 アキトはその少女に近づくと少女の半身を起こし、軽くほほを叩いた。

 「……」

 うっすらと開かれる少女の瞳。

 (っ!! この金色の瞳、間違えなくマシンチャイルドだ!)

 解っていたとはいえ、現実を見せられると衝撃が走る。

 少女は状況が把握できないのか、あたりをきょろきょろと見たが、目の前にサングラスをかけた男を見て体をこわばらせた。

 それを見たアキトはお構いなしに言葉を紡いだ。

 「おまえを玩んでいた研究者どもは死んだ。おまえはどうする?」

 「……」

 少女は何も答えず、ただふるえているだけだった。

 「ここで死ぬか、俺たちと来て生きるか、それとも一人でどうにかするか、選べ」

 少女は自分を抱きかかえている男の言葉はきついが、声は心なしか次第に優しく聞こえた。

 だから、未だある恐怖を押しこらえ、アキトの方を見上げた。

 「どうするんだ?」

 「……アナタハ、ダレ?」

 「テンカワ・アキト。復讐者だ」

 言葉少なく、サングラス越しに見えるのは冷たい瞳。だが、なぜか感じる暖かい光に少女は決心した。

 「……ツイテ、行ク」

 アキトは少女がうなずくのを見ると黒いマントをはずし、少女にくるませ、抱き上げた。

 タイミングよく月臣達も作業は終了しており、手で撤収の合図をした。

 アキトはそれに従い抱き上げたまま月臣達を追う。

 研究室を出たとき、アキトはふと立ち止まった。

 「そういえば、おまえの名前を聞いていなかったな。どういう名前なんだ?」

 「ナマエ……No.06」

 「それは名前とはいわない」

 アキトの顔が引きつる。

 「ソレ以外、知ラナイ」

 少女は少しおびえた顔で答える。

 「しかたない、後でちゃんとした名前を考えよう」

 「……ウン!」

 乾ききっていた少女の心に少し潤いの戻った瞬間だった。





 遅かれながら、先に出立したシャトルも基地の異変に気づいた。

 「おやおや。どうやら侵入されたみたいですね」

 「不甲斐無い」

 「おやおや、息子さんのことを悪くいうものではありませんよ、北辰さん」

 モニターから基地のありようを見ていた北辰はくるりと後ろを向いた。

 「どこへ行かれるつもりで?」

 「ふっ。しれたことよ」

 「ああ、それならついでに後始末もお願いします。"あれ"が彼らの手に渡ると面倒ですからねぇ」

 「応」

 短く返事をした北辰は部屋から出ようとしたがぴたっと足を止めた。

 「一つ尋ねる。なぜ、"マシンチャイルド"も連れて行かなかった?」

 「それはご存じでしょう。東郷君がごねたからですよ」

 「おぬしならそれを退けられたはずだ」

 「リスク分散ですよ。現にA級ジャンパーは確保できましたから」

 「……」

 北辰は軽く睨みつけると去っていった。おそらく緊急用に備え付けてある夜天光で出撃するつもりなのだろう。

 睨まれても何ら表情の変わらないヤマザキはふうと肩をすくめた。

 「そんなにNo.06と07がお気に入りだったのですかねぇ。やはり、ロリコンと思われても仕方ないですよ」

 基地が写るモニターにヤマザキはにやりと笑った。





 「たしか、フワ・ホクシ君だったよね。こんな組織にはいるような人には見えなかったんだけど僕の見誤りかな?」

 カイトは床に転がっているゴートたちを見ると刀を持っているホクシを睨みつけた。

 「まあ、諸事情諸々でここにつかざるを得ないんだよ、教官殿」

 ホクシは刀を一振りするとさやに収めた。

 「ともかく、敵なんだわ」

 「やるしかないのか。ゴートさん達を殺さなかったから、君も殺さないでおいてあげるよ。っと、その前に」

 カイトはゴートたちを仰向けにすると一人一人「はっ!」と軽く気合いを入れて胸部を突いた。

 「「げほっげほっ!!」」

 「これで良しと。しばらくしたら動けるようになると思うんで、静かに見学しててください」

 そう言うとカイトは再びホクシと対峙した。

 「気を入れ直したのか。さすがだな」

 「武道の心得があればこのくらいは。でも、ますます解らなくなったよ。3人とも刀傷はなかったからね。……君は何を考えているのかい?」

 「さあな、単に殺すほどのやつじゃなかった、だけだろ。さて、やるか」

 ホクシは鞘に収めた刀を再び抜きはなった。

 それを見てカイトも手にしていたサブマシンガンを手放した。

 「ミナヅキ、何を考えているんだ!!」

 まだ動きが緩慢なゴートは壁により掛かって怒鳴る。

 「馬鹿だと思いますけど、ホクシだって飛び武器は持ってないんですからこうしないとアンフェアじゃないですか」

 「そう言う問題じゃないだろ!!」

 「怒鳴ると傷に響きますよ。まあ、どのみちこんなものじゃ勝てませんけど、素手なら勝てる気がします。それにこうした方が良さそうですから、勝っても負けても」

 ゴートは唖然としつつもカイトに失望した。自分より、プロフェッショナルだと思っていたからだ。

 「さて、外野は黙ったみたいだし、やるか」

 「そうだね……」

 未だ唖然としているゴートを無視して構える二人。

 「この刀、卑怯だと思うか?」

 「いいや。優れた戦士の武具はその実力の延長上にあるものだから」

 「それを聞いて助かったよ。俺も素手なんだから、おまえも素手にしろなんていわれたら困ったからな」

 ふわりと二人が前に出る。

 それから先の行動はゴートたちには二人の動きは見えなかった。

 気づけば、10mほどあった間合いは既に無く、ホクシの振り下ろしただろうと思われる刀の間合いぎりぎりにカイトがさけているという体勢だった。

 いくら怪我をしているからとはいえ、常軌を逸脱した速さだった。

 「疾いな……教えているときには実力を隠しているのは知っていたけどこれほどとはね。正直、感心するよ」

 「よくいうぜ。振り下ろした後、つっこんでくるかと思ったらそこで止まるんだからな。ほんのわずか、突くために刀を引いたのを見切りやがって」

 「このくらいできなきゃ……何も守れやしないよ。じゃあ、本気で行くよ」

 (なっ。瞳の色が変わった!?)

 カイトの眼が黒から碧くあおく輝く。

 ホクシが驚いた分、カイトが前に出る。もう、突きを出すだけ間合いはない。切り払うように振り払うが、カイトは体を沈めかわすが、姿勢が崩れる。

 それを見て、振り払った刀を突き戻す。が、カイトは積極的に姿勢を崩し、くるりと反転して手を廊下につき逆蹴りを放つ。

 ホクシは僅差でかわすと突き位置をずらし勢いをつけた。

 「ちぃぃぃ!!」

 カイトも負けずと蹴り足の膝を曲げ、変則かかと落としをしようとするが、ホクシの突っ込みの方が早く不発に終わる。

 (もらった!!)

 突きが決まると思った瞬間、ホクシの眼前に人差し指があった。

 「!!!!」

 僅差でかわすが、こめかみが切れる。

 カイトはその横を何もなかったかのようにすり抜けていく。

 とんっとカイトが着地すると同時にホクシも振り向き構える。

 そして、再び二人に間合いができた。

 「けっ。どこに眼がついてんだ、あんたは。確実に死角になってるだろ」

 「よく言うよ。それをかわしていてなんなんだか」

 ふたりともにぃと笑うが、ゴートの背中は冷や汗でいっぱいだった。

 二人の攻撃は当たれば確実に死へつながる一撃だ。ゴートでもそれが解るのだ、対峙している二人がそれを解らないわけがない。なのに楽しそうに笑っている。

 まるでそれを察したかのようにホクシは言葉を紡いだ。

 「何の気なしに実力が出せるのはやっぱいいもんだな」

 「救いがたい性だね」

 二人とも苦笑する。本当にしなければならないことがあるのにどうしようもなくこの瞬間が楽しくてしかたなかった。

 ほんの一瞬とはいえ、自分で定めたとはいえ、柵から脱し、自分の実力をすべて出せ、それを受け止められる相手がいる。この至福の時がうれしくもあり悲しくもあった。

 そして、また地を蹴る二人。

 繰り出される必殺の一撃。それでも一つもまじらず、空を切る。

 幾度もそれを繰り返す。まるでそこだけが別次元といわんばかりに。

 だが、それも人の身なれば限界はおのずとくる。

 幾度の交わりを経て、ゴート達にも見切れるほど(体力が回復しているとはいえ)に2人の速度が落ちつつあった。

 ギィンッ!!!

 カイトが拳で刀の平を叩く。

 ホクシがわずかにそれに振られたが、バックステップで間合いを作ることで隙を作らなかった。

 「はぁはぁはぁ……くそっ!」

 ののしるホクシの頬からは滝のように汗が流れ落ち、呼吸は整わない。それに比べカイトは三度深く呼吸をすることで体勢が整った。

 「そろそろ降参してくれないかな? これ以上は無駄だよ。ただ、もう少し身軽になれば違ったかもね。たとえば、鞘を外すとか」

 こともなしに言うカイトにホクシはふっと皮肉った笑みを浮かべる。

 「まあ、おまえのいうとおり、ほんのわずかでも軽い方がいいだろうな。だがな、鞘は剣の帰るところだ。一時とはいえ、それを捨ててまで勝とうとはおもわねぇよ」

 一歩前に出る。だが、呼吸は整わない。それでも、戦う姿勢は崩していなかった。いや、以前より、力強く見えた。

 ギシッ

 カイトの奥歯が鳴る。その瞬間、一気に間合いを詰めた。

 「おぉぉぉ!!!!!!!」

 怒濤のラッシュ、初撃のスピードよりなお速く、重い攻撃だった。

 呼吸すら整わないホクシにとってこのスピードはかわしきるなど無理だった。致命打だけ受け流し、それ以外はすべて受け止めるしかなかった。

 カイトはホクシの態度が無性に気にくわなかった。理由は解らない、解りたくもなかった。

 叩き伏せる。ただ、それだけだった。

 ホクシはこれだけの豪打の中、刀を手放さずにあるか無いかの隙を待つ。ただ、ひたすらに。

 カイトにはホクシの考えなど手に取るようにわかっていた。

 無造作だが、疾さが格段に違うためこう長引いているだけで、冷静に攻撃を出せば難なく倒せる。それもわかっていたが、先ほどのホクシの言葉が心の中で嵐となって吹き荒れていた。

 いらだたしかった。カイトにはもうこの戦いの価値は見いだせなくなっていた。

 「はっ!!!!」

 気合いごと掌打でホクシを吹き飛ばす。それでも倒れず、戦う姿勢を崩さない。

 「なんにいらだってんのかしらねえけど。そんな腑抜けた一撃なんかきくかよ」

 ホクシは強がってみせるが、身体の方はがたがただった。至る所で内出血や打撲。運良く骨は折れていないが、ひびぐらいは入っているだろう。

 だが、このまま倒れるわけにはいかなかった。

 当初は適当に戦ったふりをしながら、話をつけるつもりが、いつの間にか本格的にやり合いだし、カイトに火が入ってしまったか、このままではヤバイ状況になりつつあったからだ。

 何がカイトに油を注ぐ羽目になったのかを考えるほど余裕はなかった。だが、これから先にあるものを頼むには冷静にさせる必要があった。

 (全くどこで間違えたのか。単純にナツのいうことをちゃんと聞いておけばよかった)

 といえ、満身創痍。あと一太刀が限界だろう。

 (一発に賭けるか……)

 カイトはこのわけのわからない感情に振り回され、訳がわからなくなった。

 フワ・ホクシは生徒としていたときにはかなり気に入っていた。ここであったときは驚いたが、何らかの事情があって従っているというのは何となくわかった。だから、ほどほどにして話し合いで決着をつけようと思った。

 どこで何を間違えたのだろうか。常に間違えてばかりなのだろうか。だが、この先に進まなければならない。

 (一撃でけりをつけよう……すべてが終わってから、考えよう)

 カイトの瞳は濁ったあおだった。

 二人の思考は終わり、再び対峙した。

 ホクシは上段に構える、カイトは姿勢を低くする。

 ひどく張りつめた空気。

 それに気圧されたNSSの一人がくしゃりと空薬莢を踏みつぶした。

 その音が合図だったのか二人ははじけ飛んだ。

 満身創痍と思えないホクシの剣速。むろん、後先など考えていない。先の先を必ずとるという意志だけだった。

 ゴートはカイトが自分の間合いに入った瞬間切り裂かれると思った。

 だが、振り下ろされたはずの刀はカイトの左一の腕で止まっていた。そして、ホクシは崩れ落ちた。

 よく見ればカイトの右膝の位置が立っていればホクシの脇腹の所で止まっていた。

 カイトは膝をおろしホクシを見下ろしたが、その顔には後悔しかなかった。

 「何しけた面(つら)してんだよ……」

 ホクシは痛みすぎた空を無理矢理仰向けするとカイトを見た。

 「生きてたのか……」

 「何とかな。こいつのおかげだな」

 ホクシはにやりと笑い筒口が砕けた鞘を見せたが、カイトはどういう顔をしていいのかわからなかった。

 「だから、しけた面(つら)するなっていってるだろ。これから頼み事があるってのに」

 「頼み事?」

 「ああ、本当は早々にそれを頼むつもりだったんだがやりすぎてしまった。すまん」

 「謝るのは僕の方だよ。なんだか、かっとなってしまって」

 「まぁいい。しゃべれるぐらいは生きているからな。時間がないので本題だ。こっから先の施設に女の子が二人捕まってる。その子達をここからというかこの組織から連れ出してくれ」

 「二人だけか?」

 「ああ、わりぃな、あんたの女性(ひと)はさっき出て行ったシャトルだ。もっとも居たとしても最重要人物だ、そうそうに次元跳躍門(チューリップ)で逃がされちまうよ」

 「そっか……解った、その子達だけでも必ず助け出す」

 「ありがとよ。さすがに俺たちじゃ、その子達は守れないからな」

 ホクシはふぅと息を吐き出すと気が抜けたように大の字になってルートデータを見せた。

 カイトが何に迷っているかは解らなかったが、こういった約束を違えるような相手ではないので安堵した。

 しかし、ホクシは横を通り抜けていくカイトを呼び止めた。

 「まてよ」

 「なに?」

 少し眉間をしかめて振り返るカイト。

 「その腕に刺さっている俺の刀返せよ」

 「……あ、忘れてた」

 「わすれんな、ぼけ!!!!!」





 「ミナヅキ、本当に信用してよかったのか?」

 ホクシと別れていくばかの通路を曲がったところでゴートは尋ねてきた。

 「信用できますよ。今の僕よりも遙かに」

 「何か言ったか?」

 「いえ、なんでも。速くいってその子達を助けましょう」

 そう言うと路地から飛び出し、警備兵を一掃する。

 それに続くゴートたち。廊下に敵はもうおらず、部屋に侵入する準備を素早く始める。

 「ミナヅキ、無理をするな。ターゲットを保護できてもおまえが倒れては意味がない」

 「……ですね」

 カイトはゴートの心配を聞いているのか聞いていないのか解らないように返事をする。

 それに先ほどホクシ戦で傷を受けた左腕の包帯が赤くにじんでいた。

 「隊長、開きます」

 ゴートの部下がドアに仕掛け終わった爆薬を炸裂させる。

 ぼんっと鈍い音がしたと思ったら、ドアが向かい側に倒れていく。

 セオリー通りにスタングレネードを投げ込み、内部を無力化させ、即座に制圧する。

 二人ほど研究員が生きていたので尋問しようとしたが、しゃべろうとした瞬間痙攣し吐血して倒れた。口の中を調べると舌が切れており、何かの薬物の匂いがした。

 「口止めですかね?」

 「間違えないだろう。仕方あるまい、直接調べるしかない」

 「じゃあ、僕は奥の部屋を調べます。彼の言っていた女の子が見つかりませんから」

 「解った」

 カイトは慎重に奥の部屋を空ける。人の気配が一つ、二つ…。一つはひどくおびえている。

 「抵抗はするな。しなければ命までは取らない!」

 その声に驚いたのか、白衣を着た男は狂ったような悲鳴を上げて立ち上がり、手にしていたハンドガンを乱射した。

 錯乱しているのがよくわかる。どのみち尋問されようとしたら何らかの装置で自害するようにされているのだ。

 (なら、味方の口止めよりもぼくの手で)

 スペアとして持っていた30口径の拳銃を抜くと二度引き金を引いた。一発は男の持っていたハンドガンをはじき飛ばし、もう一発は額に穴をあけていた。

 「ふぅ……」

 息を吐き出すと部屋の明かりをつけた。マズルフラッシュで見たとおり、各所にモニターがあり中央には巨大なシリンダー。アキト達がたどり着いた部屋とさして変わらなかった。変わっているとしたら、シリンダー内にいる少女が覚醒しているだけだろう。

 その少女は恐怖で身を抱きしめすくみ上がっていた。それも当然だろう、いきなり銃撃が始まり一人の人間が死んだのだ。これを恐怖に思わない方がおかしい。

 カイトは困ったように少女を一瞥したが、コンピュータにアクセスし、少女のいましめを解いた。

 「これで大丈夫……」

 と、カイトが振り向くと少女が涙を流しながら震える手で拳銃を構えていた。

 いつの間に銃を手にしたのだろう。おそらくは先ほど撃ち殺した男が持っていたものだろう。

 (そっか……脅えられて当たり前か。目の前で人が死ねば怖いよな)

 カイトは敵意を無いことを表すため手を広げた。

 「怖がらなくていいよ。僕は敵じゃない……」

 「こ、こないで……」

 「大丈夫だって。僕は君を助けに来たんだ。さあ、そんなもの危ないから渡してくれないかな。君みたいな子が持つものじゃないよ……」

 少女は恐怖でまともな思考ができないのか、嫌々といわんばかりに首を振る。

 カイトは困ったように苦笑して、それでも優しくほほえみかけた。

 「危ないってそれ……」

 「いやぁ!!」

 ヴォン……

 カイトがさしだした手が原因なのか、少女が怖さのあまり視線を外してしまったのが原因なのか、弾がはじき出された。

 「ぐっ……」

 「ひっ……あぁぁぁ……」

 自分で何をしたのか解らなく、ただ涙をぼろぼろ流す少女にカイトは意地を張って笑いかけた。

 「だから、危ないでしょ……」

 「ミナヅキ、どうした!!」

 あわてて銃を構えて入り込んでくるゴート。

 「銃を下げて!! この子が怖がるから!」

 痛む身体を無視して、カイトは振り向きゴートを制止させる。

 「し、しかし……」

 「僕は大丈夫ですって……ただ、できれば救急キットを」

 「わかった……」

 そう言うとゴートは部屋を出て行く。

 「ふぅ……ごめんね、怖がらせちゃって」

 そう言うとこわばっている少女の手から、拳銃をとり、ぽいっと投げ捨てた。

 「これで危なくなくなったね」

 「……そ、そなたは痛くないのか? 痛いのか?」

 常に優しくほほえんでいるカイトに安心したのか少女は気を少しばかり落ち着けて尋ねてきた。

 「う〜ん……ちょっぴり痛い。でも、大丈夫だよ」

 少女はカイトの顔と傷口を見るとまた泣き始めた。

 それもそうだろう、素人目からしても傷口からは血が流れ出しているのだから。

 「ごめんなさい。ごめんなさい」

 「だいじょうぶ。泣かないで。女の子が泣いているのを見るのはつらいから」

 「ひっぅ……ひっく……その怪我よりも?」

 「うん。だから、泣かないで」

 「うん……ぐしゅぐしゅ……」

 「えらいえらい」

 ぽむぽむと頭をなでる。

 気丈な子なのか、本当に安堵したのか泣きやもうと努力する姿が微笑ましい。だが、カイトの傷は言うほど浅くはなかった。

 弾が貫通しているのが幸いとはいえ、流れ出す血がいっこうに止まる気配がない、正直辛い。とかいえ、つらい顔をすればこの少女が再び泣き出すだろうと言うことは想像できるので笑い続けるのをやめる訳にはいかなかった。

 「ミナヅキ、救急キットだ」

 「ああ、助かります。ついでにこの子の服みたいなもの無いですか」

 「わかった、すぐに探そう」

 ゴートは何一つ文句を言わず行動に移る。カイトはその姿に感謝しつつ、治療を始めようとしたが、

 「あの……ちょこっとだけ離れてもらえないかな?」

 「……」

 そでをつかんだままの少女は上目遣いで涙をためて嫌々と首を振る。

 (ぐはっ。今日一日で受けたダメージの中で最高かも。でも、でもでも……やばいかも)

 この苦悩はゴートが服を持ってくるまで続くのであった。





 「いったいどういうことですか? 基地が襲撃を受けているのに私に何一つ連絡がないのは!!」

 東郷は室長室に呼んだ直属の部下を怒鳴りつけた。

 「フワ守備隊長が所長に知らせるほどのことはないと……」

 「"マシン・チャイルド"を二人とも奪取されておいて何を……あの小僧には連絡が付いたの?」

 「そ、それがその……連絡が付かないのでおそらくは」

 「監視につけた二人は?」

 「その二人からも連絡はありません」

 おそらく、侵入者に殺されたか、フワ・ホクシに"殺された"のかのどちらかだろう。

 (獅子心中の虫を飼おうとしたのが甘かったようですね。草壁閣下も何を考えているのやら)

 フワ・ホクシとキリシマ・ナツキが嫌々従っているのは最高幹部クラスでは有名な話だ。

 とかいえ、北辰がいない以上、得られる最高のカードはホクシしか居なかった。武の者で言えば、南雲、西条という、四天王があがるが、この二人は人体実験には否定的なので協力は得られないと予想できる。となれば、多少信用できなくともホクシが選ばれるのは必然だった。

 (しかし……今回の不始末であれらがどんな目に遭うのか想像もつかないのでしょうか)

 ふふふっと東郷は怪しい笑いを浮かべた。彼はホクシ達の足かせを知る数少ない幹部。

 「まあいいです。死んだにしろ、生きているにしろそれ相応の罰は下るでしょうよ。今は侵入者どもを抹殺することが先決。生きている者を集めなさい」

 「はっ!」

 「ふふふっ。まってなさいよ、No.06,07!!」





 ゴートを先頭にカイトと抱きかかえられた少女、その後ろを固める二人のNSSというフォーメーションで帰還するために走っていたが、前方で戦闘状態になっていた。

 「月臣達か。このようなところで足止めとは時間が足らないぞ」

 「むっ。ゴートか。拙いところに来たな」

 月臣は振り返りもせずに答えた。

 どうやら長い時間足止めを食らっているようだった。

 「ちょうどいい。この子預かってくれませんか。もう一人助けなきゃいけない子がいるんで」

 「この娘のことか?」

 カイトは抱きかかえている少女をひょいっと差し出すとアキトも抱きかかえている少女をひょいっと出した。

 「「……」」

 少女達は訳がわからず首をこくんとかしげた。

 「「いつから幼女誘拐魔になった?」」

 「「ぼけるな、二人とも」」

 すかさずゴートと月臣がつっこむ。

 「とりあえず、それは置いておいて。どうしたんですか、期限時間までろくにないですよ」

 「それどころじゃない。シャトル制御室が爆破された」

 「なっ!?」

 通信が繋がらないので何かあっただろうと思ったがこれほどのこととは想像していなかった。カイト達に焦りが浮かぶ。

 「どうやら、よほど俺たちを逃がしたくないらしい」

 「そりゃそーでしょ。この子達を逃がそうとしてれば」

 二人の少女がびくっと震える。

 「大丈夫だって。このくらいのこと元々覚悟していたから」

 「問題はない」

 カイトはにっこり笑い、アキトは笑いも表情も換えはしなかったが生真面目な雰囲気が彼女たちを落ち着かせた。

 「さて、どう突破するか……」

 「いや、シャトルを呼び寄せて、エアロックから出よう」

 「アキト、君って以外とやることが派手だよね……」

 「しかし、管制室が使えない以上、強攻策しかあるまい」

 「でも、どうやって連絡を取る?」

 「エアロックから出て直接呼びかければいいだろ。そいつ以外はエアロックを死守だ」

 「ハンドガンが各一挺とマガジンが五つ。マシンガンが一挺とマガジンが二つ。爆薬が一キロ。ゴート、どのくらいある?」

 「だいたい同じぐらいだな。マシンガンとサブマシンガンが二挺、マガジン3。ハンドガンは手持ちだけ。爆薬は0,5キロほどか」

 これだけの火力では正直心許ない。今の瞬間にもマシンガンのマガジンがまた一つ消費された。

 「迷っている暇はない。行くぞ!」

 「あ、待った。僕は陽動をします。みんなは急いで脱出してください」

 カイトの申し出に月臣とゴートは迷った。

 全員でじりじりと後退するよりは誰かが陽動を行った方が生存率は高い。だが、陽動に行った人間が生き残る可能性はきわめて低い。何より、カイトはメンバーの中で一番ダメージを受けている。左腕と脇腹の出血が止まっているとはいえ、いつ傷口が開いてもおかしくない状況だ。メンバー内トップの実力を持つとはいえ、無謀としかいえなかった。

 「月臣、ゴート。迷っている暇はない。それでやる。カイト……やれるんだな?」

 月臣とゴートの迷いをそっちにアキトは冷たい瞳でカイト見た。

 「もちろん。ただ、回収だけはよろしく」

 「ああ」

 カイトの回答に満足したのか、アキトはハンドガンのマガジンを手渡した。

 月臣とゴートもカイトの確固たる意志の前に折れ、武装のやりとりを始めた。

 「さて……行きたいんだけど、手を離してくれないかな?」

 武装の交換の際でもカイトが助けた少女はカイトの服を放さなかった。今も放そうとせず、泣きそうな顔を横に振って懸命にいやがっていた。

 「放してくれないと僕はいけない。僕が行かないとみんなが助かる可能性が少なくなるんだ。だから、放してくれないかな? ここにいるみんなは優しいし、強いから、えっと……君のことをちゃんと守ってくれるよ」

 「……やだぁ。逢えなくなるかもしれないから嫌じゃ!」

 その言葉はカイトにとってものすごくうれしい言葉だった。

 「大丈夫。僕は打たれたって平気だったでしょ。えっと、そう言えば君の名前聞いてなかったね。僕の名前はカイト。君の名前は?」

 「わらわの名前?」

 「そう、君の名前」

 カイトは泣くのを忘れてきょとんとしている少女を抱き上げて視線を合わした。

 「……メノウ。ミナヅキ・メノウ」

 「そうか。メノウか。いい名前だね」

 「うん。母上がつけてくれた。わらわの宝物」

 同じ姓に驚いたが少女は初めて誇らしげに笑った事でその驚きは吹き飛んだ。そして、カイトもつられて微笑んだ。

 「じゃあ、メノウちゃん。指切りしよう。僕はちゃんと帰ってくる。約束する」

 「うん!」

 二人が小指を出し、絡ませた。

 「「ゆびきりげんまん、うそついたらはりせんぼんのーます。ゆびきった」」

 どれだけちゃちな約束の仕方でも二人にとっては神聖な約束。違えることは許されない。

 「アキト、この子、メノウちゃんを任せる」

 「ああ」

 カイトがメノウを預けようとアキトに渡そうとしたら、

 「真っ黒くて怪しいのじゃ……」

 メノウは不信感全開でアキトを見た。まあ、初対面で何も知らない子供が見れば黒一色のアキトを不審がるのも無理はない。

 アキトもそれは自覚しているが、子供からあからさまにそう言われるとさすがに顔が引きつる。

 カイトもどうフォロを入れようとか悩んでいたが、アキトが助けた少女が口を開いた。

 「アキトハ怪シクナイ」

 「どうしてじゃ?」

 メノウの視線はアキトから少女に変わったが不思議そうな顔をしている。

 「アキトハ私ヲ助ケテクレタ。カイトハメノウヲ助ケテクレタ。ダカラ、怪シクナイ」

 「むむむっ……」

 逆説的に言えばアキトが怪しいのならカイトも怪しくなる。メノウはカイトが怪しいなどみじんも思っていないし、思われるのはいやだった。アキトに連れられている少女もまた同じ思いなのだろう。

 「すまなかった、アキト殿……そう言えば、わらわはそなたの名前をしらぬ。わらわはメノウじゃ」

 「私ハ名前ガナイ。デモ、アキトガ後デチャント考エテクレルッテ言ッタ」

 「そうなのか。でも、そなたは今からわらわの友じゃ」

 「友?」

 「うん。友じゃ」

 「ワカッタ。メノウハ私ノ友」

 二人は見つめ合うと、にぱっと笑った。

 「なら、アキトの言うことをちゃんと聞くんだよ、メノウちゃん」

 「うむ。アキト殿、エスコートをよろしく頼むぞ」

 「こしゃまくれたガキだ」

 「わらわはガキではない。少女じゃ!」

 「ああ、わかった、お子様」

 「少女じゃ。があー!!!!」

 安堵したためか、饒舌になるメノウを適度にあしらうアキト。わずかに口がつり上がっている。

 「こらこら、あばれないの。さて、続きはまた後にということにして、そろそろ行こうか」

 「むぅ。アキト殿、後で覚えておれ」

 「気が向いたらな……」

 「メノウ、ケンカハダメ」

 「ち、違うぞ、わらわはそうでなく……」

 「はいはい。本当に今はお開き。さて、行こう!」

 カイトはゴートから仕掛け爆薬を受け取り、立ち上がろうとしたが、未だメノウが服をつかんでいた。

 メノウも無意識だったのか、それに気づきあわてて手放した。だが、瞳は不安に揺れていた。

 どれだけ気丈に振る舞おうと不安が消えることはないのだ。

 「約束」

 そんなメノウにカイトは小指をさしだした。

 「うむ、約束!」

 メノウはカイトの小指に小指を絡ませ、二度振り、指を離すと安心しきったのかメノウはそのまま倒れ込んだが、とっさにアキトが器用に支えた。

 「過度の疲労みたいだな。緊張感がとぎれたんだろう。……任されてやるから、とっとと行ってこい」

 アキトは二人を抱きかかえ直すと走り出した。後ろ向きになっている桃色の髪の少女の表情変化は乏しかったが"メノウは大丈夫"と言わんばかりにカイトにこっくりと頭を下げた。

 「ありがとう」

 カイトはつぶやくと背を向け、手だけ振った。





 カイトは一人、基地の制御室を目指して走っていた。幸いなことにホクシに見せてもらったデータがあるため迷いはしなかった。そして、制御室への最短ルートをとることで敵の目を欺けていた。

 これだけを見ると事は順調にいっているようだが、火星の後継者も素人ではない。カイトのルートが推測できる以上、それなりの火力で対抗してきた。

 それでもカイトは"約束"のため、生きて大切な人イツキを助け出すため死ぬわけにはいかなかった。

 「はあはあはあ……」

 息が上がるが、陽動の時間にはまだ余裕がある。しかし、基地制御室まで約100m。

 カイトはここを落とすなり、ブラフをかけるなりして脱出することに決めた。

 「!!!」

 銃撃が鳴りやむと同時にカイトは飛び出し、基地制御室を守っている3人の兵士の額に鉛玉を与える。

 「……ふぅ。あと一息だ。この部屋を爆破して!?」

 カイトが部屋のドアを壊そうとした瞬間、それを嫌がるかのようにドアは開いた。

 あわてて身を翻し、壁に背を貼り付けるが一切の攻撃はなかった。

 慎重に部屋の中を覗くが、薄暗くよくわからない。

 「お入りなさい、薄汚い侵入者」

 中から呼びかけられる。声の反響からするとドアの正面にいるようだ。

 どうするか迷ったが、カイトはその呼びかけに答えることにした。

 「動くな。動けば撃つ!」

 「物騒ですね。まあ、部下を皆殺しにする相手にそれを期待するのは無理というものなのかもしれません。

 お初にお目に掛かります、当基地の責任者東郷です」

 粘着質な笑みを浮かべる東郷をカイトは汚物を見るような視線で一瞥した。

 「おや、名乗らないのですか? 不礼儀ですよ」

 「こんな事をやっている連中に名乗る名はない」

 銃口を下げずに東郷の額にねらいをつける。

 「やれやれ。まあ、そのままでかまいません。

 さて、私は一つあなたに提案をするためにここまで来てもらいました」

 「なら、無用に部下を殺させるようなことをするな」

 「いえいえ、それはあなたに対するテストです」

 「テスト?」

 カイトの背中に嫌悪感が走る。

 「そう、テストです。どうです、我々の仲間に入りませんか? むろんそのためにあなたの大切な女性は返しましょう」

 「信じられるか!! それに子供を平然と、命を平然と玩ぶ奴らに与するなんてそこまで落ちてはいない!」

 「そうそう。あなた方が奪ったNo.06と07は返してください。大切な"実験材料"ですから」

 「そんなことができるか!!」

 カイトは人の話を聞かずメノウ達を実験材料と言い切る東郷に引き金を引いたつもりだったが、まるで撃たれたような高熱で身体がはねた。ハンドガンが手からこぼれ落ちる。

 「かはっ!」

 口から血がこぼれる。テーピングなどで塞いでいた二つの傷口がまた開いた。

 「野蛮な人ですねぇ」

 東郷は立ち上がると、転がっていたハンドガンを部屋の隅へ蹴り飛ばした。

 「……な、何を」

 眩暈がする頭を振り、意識を覚醒させようとしたがしびれてうまくいかない。そのカイトの姿を見て満足したのか東郷は手を開いた。

 「見えますか? このスイッチはあなたの立っている場所に高圧電流を流す装置です。あなたはもう私に逆らえません。だから、従いなさい」

 「……冗談」

 「やれやれ、残念です」

 優越感に浸った東郷はもう一度のそのスイッチを押した。

 今度は部屋を煌々と照らすほどの電流が流れる、さながら稲妻のようだ。

 「!!!!!!!!!!!!!!」

 カイトの声にならない悲鳴が上がる。そして、稲妻が流れ終わっても二度三度と身体がはね、倒れた。

 「素直に私に従えばいいものを。仕方ありません、モルモットとして多少なりに私の役に立ってもらいましょう。おや、うごきませんね……死ぬほどは強くしていないのですが」

 東郷はカイトの頭を蹴り、反応を見る。

 カイトはぴくりと動いた。

 「ふぅ。安心しました。私の部下と同様に雑魚なのかと失望しかけましたよ」

 「ざ、雑魚って……おまえの仲間だろ……」

 カイトは気力を振り絞って東郷を睨みつける。だが、東郷はそれを意には返さなかった。

 「仲間? 部下は所詮駒。軍属であったあなたにわからないわけはないでしょう。それに……この程度で死ぬ雑魚ぶかは早々に死んだ方がいい」

 「死んだ方がいい……そんな分けないだろ!」

 カイトは起きあがろうと力を入れるが、まだ痺れは抜けず、もがくだけだった。

 そんなカイトを無駄な努力をしている愚者を見る目で見下す東郷。

 「そんな偽善を。直接殺したのはあなたでしょう」

 「そうだよ。でも、おまえは上司だろ」

 「だから? 私はせめて雑魚にも見せ場をつくってあげたのです。感謝される立場なのですよ」

 「ふざけるなよ……死に場所は見せ場なんかじゃない」

 カイトは顔を伏せたまま電源の入った人形のようにゆらりと立ち上がる。

 今まで余裕しか浮かんでいなかった東郷に焦りが浮かぶ。一撃目はともかく、二撃目は手加減してはいない。軽く気絶できるほどのレベルに設定していたはずだ。

 「それなら、あなたには死に場とは別の見せ場をこの後つくって差し上げましょう」

 東郷がスイッチを押そうとするよりも速くカイトはフロアーを軽く踏みつけた。たったそれだけのことで高圧電流は発生しなかった。

 「……そ、そんなばかな!! さっきは動いたじゃないか。きさま、何をやったんだ!」

 かちかちと狂ったようにスイッチを押す東郷をしり目にカイトは左腕を横にあげた。

 その手から紫電のようなものがわずかに発生する。

 「ば、ばけものめ!! 電流をため込んでいるのか!?」

 東郷は腰を抜かしたのか、地べたに座り込み、おぼれた羽虫のように暴れた。

 「どれだけ偽善だろうと矛盾してようと。誰だって死ねば全部おしまいなんだ。だから、だから、だからぁ!!」

 カイトは東郷の襟首をつかみあげた。

 「ひぁぁぁぁぁ!!!! この化け物化け物!」

 「あの世で殺してった人に謝ってこい!」

 暴れる東郷を殴り、黙らせた。

 「……」

 もうこの部屋で動いているのはコンピュータとカイトだけだった。

 その静寂の中、一つのモニターが輝きを戻す。

 『ふふふっ。お初にお目に掛かります。私、マッドサイエンティストのヤマザキと申します』

 いつもへらへらしているヤマザキだが、今はかしこまった礼儀正しい紳士のように振る舞った。

 「……イツキとユリカさんを連れ出したのはおまえだな」

 カイトはヤマザキを睨みつけた。

 『そう睨まれていると寿命が縮まりそうですよ、ブルーアイ』

 「縮めたくなければ、二人を返してくれ」

 ヤマザキは困った顔をして、そのまま首を横に振った。

 『あいにく私どもにも予定がありまして、姫君にはそれまでご協力をして貰わなければならないのです』

 「そんな勝手が通じるわけ無いだろ」

 『ですが、それが終わればお返ししますよ。もちろん、五体満足で』

 「信用できるか」

 『それはテンカワ……アキトのことでしょうか。前例があるから信用できない?』

 カイトのみには力が入り、震えている。それを肯定と見たヤマザキは言葉を続ける。

 『ご安心ください。姫君は高貴なお方。本来、このようなことは非常にご無礼なことですが、何分これだけは姫君以外にしかできないことなのです』

 「じゃあ、何であれだけ犠牲者が出てるんだ……」

 『もちろん、姫君の安全の確保のための実験です』

 「それであれだけ犠牲が出たのか」

 『むろんです。しかし、いくら雑種がどうなろうとかまわないでしょう』

 「そんなわけない!」

 『すべて忘れられたのか、それとも忘れたふりをしているのか。あなた様と私たちにはあるのです。この世のすべてを利する訳が』

 ヤマザキは邪のある笑みを浮かべる。

 カイトはそれを否定したかった、だが、出来なかった。心の奥底にある何かがそれは真なりと囁いた。

 言葉に出来ない代わり、うつむくことが精一杯の否定だった。

 『今すぐお解りにならなくてもかまいません。まだ、期は来ておりません。それまで考える時間はまだあるのですから』

 「っ!」

 『さて、考える時間があるとはいえ、この基地の寿命はそろそろ尽きます。北辰さんが証拠隠滅のために向かいました。そろそろ到着する時間です。

 それでは"珊瑚"と"瑪瑙"を鍛え直してくださいませ』

 「"珊瑚"と"瑪瑙"ってどういう事な……」

 カイトの問いかけもむなしく、ヤマザキは優雅に礼をして、一方的に通信をきった。

 素早く通信を再開させようとキーを叩いたが、ばちっと音が鳴り、モニターから室内の電気までが落ち、非常灯に切り替わった。続いて大規模な爆発と思える振動が伝わる。

 「くそ。悩んでいる時間はないか……うわっ!」

 再度揺れがおそう。今回の揺れで基地の機関部がやられたのか重力制御が停止し無重力になる。

 「ぐっ!」

 急に重力から解き放され、バランスを崩し左腕から壁にぶつかる。

 「……いそがないと」

 大量の出血と未だに残る高圧電流のダメージで頭がぼんやりするが、カイトは帰るために誰もいない部屋を出た。





 時間は少し戻る。

 カイトを囮とした、アキト達本体は無事エアロックに到達し、小型艇を呼び出し、収容作業も後わずかで終わりになっていた。

 アキトも少女と未だ目を覚まさぬメノウを席に座らせ、一息ついていた。

 「疲れてないか?」

 「ウウン、ダイジョウブ」

 「なら、しばらくそこで待っていろ」

 アキトはそう言い席を離れようとしたが、

 『アンノン一つ。各員警戒せよ。くりかえす、アンノン一つ。各員警戒せよ』

 「月臣、どういう事だ?」

 アキトはコミュニケでブリッジにいる月臣を呼び出す。

 『テンカワか、所属不明の機体が近づいている。軌道からすると奴らの基地に向かっているようだ』

 「ちっ。増援がくるにしても速すぎる。となると、あのシャトルの護衛機だな。基地の騒動を確認にきたんだろうな……エステを出す、ハッチを開けろ」

 『わかった。しかし、ミナヅキの回収はどうする気だ?』

 「俺が回収する。シャトルはさっさと逃げろ」

 『任せるぞ』

 短く会話を終え、アキトは格納庫へ行こうとしたが、服の袖に抵抗を感じた。

 ふりむけば、桃色の髪の少女がつかんでいた。

 「どうした?」

 アキトは高圧ともとれる態度で少女を見た。

 だが、少女は意志のこもった金色の瞳でアキトを見た。

 「すぐ戻ってくる。それまでメノウを見ておいてくれ」

 少女はこくんと頷いて手を離した。

 「メノウハ私ノ友。ダカラ、見守ル。アキトハカイトト友?」

 違うといいたかったが、真摯な瞳は何一つ曇らずアキトを見つめ続けていた。

 その瞳に負けたのか、アキトはふっと頬をつり上げて笑うと、

 「そうだ」

 と言った。

 桃色の髪の少女はこくんと頷くと席に座り直し、アキトは格納庫へ向かった。





 『アンノンとの距離10000。健闘を祈る。グッドラック!』

 「こっちの心配をする前にそっちの心配をしろ」

 アキトは小型艇からエステバリスを切り離すと素早く姿勢を正す。

 スクリーンにはスラスターノズルから出る光だけが見えるが、拡大モニターには深紅のアンノンの機体を移していた。

 (嫌な感じだ……だれだ?)

 スロットルを踏み込み、アンノンに近づく。モニターの数値があっという間に少なくなる。

 ラピットライフルの射程に入った瞬間、警告を出さずにトリガーを引く。

 だが、相手も予想していたのだろう。素早く身をかわす。

 『ほお。警告も無しか。ならば容赦するまい。滅!』

 迫りくる深紅の機体。だが、アキトは動かなかった。彼の身体に行き道理のない怒りが駆けめぐる。顔にナノマシンパターンが輝く。

 「……きさまぁ!! 北辰か!!!」

 『ほぉ。この声はテンカワ・アキト。再び我に囚われるか』

 「ぬかせぇ!!」

 すでに間合いは詰められていたが、ほとんどゼロ距離でラピットライフルを撃つ。

 『笑止!』

 深紅の機体は手にしている錫杖でラピットライフルを打ち砕く。

 「ちぃ!!」

 『まだまだ未熟!』

 北辰は連続して錫杖を振り下ろす。アキトはかろうじて受け止めるが早々にフレームが悲鳴を上げ、ダメージモニターが赤く染まっていく。

 「マシン性能差がありすぎる」

 『言い訳がましい。道具もそろわず、戦場に来るなど愚か者よ。夜天光の前にくだるがよい!』

 劣るところを補うためにアキトのエステバリスの学習ナビゲーションシステムは少しずつ学習していき、アキトの動きにあわせ、夜天光の動きを読み正確にピンポイントDフィールドを展開していく。

 それでも悲しいかな、ハード面での性能の差は如何としがたく、じわじわと基地の方へ追いやられる。

 「このぉぉ。なめるな!!」

 『ふっ』

 起死回生を狙って出す攻撃は容易にかわされ、蹴り飛ばされ基地の外壁にぶつかる。

 「ぐうぅ……」

 その衝撃は受け止めきれず、アキトへ直接ダメージがいく。わずかに意識が飛ぶ。

 それを見逃すほど北辰は甘くない。すかさず、夜天光のミサイルを放った。

 絶体絶命。これを食らえばよくて行動不能。悪ければ即死だ。

 だが、アキトの意識が戻るよりエステバリスは反応していた。

 「……はっ!!」

 アキトはそれに気づかずエステバリスを無我夢中で操作し、爆風にあおられつつもミサイルから逃れた。

 「くっ……」

 『cool down』

 「なっ…………そうだな」

 メインモニターに映る警告文を見たアキトは、一呼吸入れる。

 (ふん。あいつの言っていた言葉と似たようなことを。いつもクールに、すべてを見渡せるように。生みの親に似るか)

 アキトの顔から、ナノマシンの光が引いていく。

 冷静になれたアキトは改めて現状を把握した。

 先ほどのミサイルの攻撃で基地が崩壊し始めている。もしくは自爆シークエンスが起動している。どちらにしろ基地は長く持たない。

 目の前の北辰と夜天光。自分の実力もハードのスペックも間違えなく勝てない。

 そして、今自分がなすべき事は北辰を倒すことではない。

 そう、今なすべき事はどうしようもなくお人好しでお節介な親友バカを回収することだ。

 幸い、小型艇の方はすでに離脱している。自分たちが逃げる手だてはただ一つ。

 「まだジャンプは出来るな?」

 『yes master』

 予測していたかのように簡潔明瞭にナビゲーションシステムは表示したこたえた

 問題はカイトが出てくるまでBJのエネルギーを維持し、いかに北辰をやり過ごすかだ。

 幸い、間合いがあるというのにミサイルなどの遠距離攻撃をしてこない。となれば、ひたすら間合いをとり続ける。

 だが、アキトの深く暗い部分は殺せ殺せ、やつを殺せ! と叫び続けた。

 (落ち着け、今はどうやってもやつに勝てない。それを認めろ、テンカワ・アキト! 生き残ればチャンスは……必ずくる!!)

 その思いが通じているのか、かろうじて夜天光の猛攻をいなす。

 だが、想像以上にエネルギーの消費が激しい。すでにデッドラインに近づきつつあった。警告灯には再三単独でBJするようにと出るが無視をした。

 『なかなか粘る。何が目的だ、テンカワ・アキト? とうに小型艇はいないぞ』

 「貴様の知ることじゃない!」

 『なら、ラボで嫌と言うほど話して貰おう!』

 夜天光から発せられる殺気がさらに膨れあがる。

 (くっ。ここで終わりか。……何も出来ないまま、逃げるしかないのか)

 覚悟を決め、アキトの手がBJ機動スイッチに手が伸びたとき、突然警告音が鳴り響いた。

 (いったい……救難信号!? そこか!)

 明らかにエステバリスの動きが変わる。自らの腕を引き離すと夜天光に投げつけた。

 夜天光はそれを難なく回避するが、それは致命的な間になった。

 アキトは腕を投げた瞬間、結果など考えずその反動を利用して脱出ポットへ向かった。

 『抜かったわ!』

 北辰がそう叫ぶより速く、ポットを確保するアキト。

 その中より素早くノーマルスーツに包まれた人物を保護し、迫りくる夜天光にポットを投げつけた。

 錫杖でポットを破壊するが、その後にはボース粒子の残光しかなかった。





 崩壊する基地。その中でも基地から脱出しようとするものがいた。

 「かは……あいづら……絶対皆殺しにじてがる」

 「無様だな。東郷さんよ……」

 「ぎざま……フワ!」

 脱出ポットのある格納庫にはいつくばるように現れた東郷をホクシは見下していた。

 「こっぴどくやられてるなぁ。テンカワあたりだと生きてるわけはないだろうから、ミナヅキあたりか。ともあれ、そんな状態でよく生きてるもんだ」

 東郷の顔を見ると鼻はへし折れ、あごは左右でずれている。おそらく頬骨が折れているのだろうか頬は青血になっていた。さらに平衡感覚も狂っているのか、まともに立つことすら出来ないようだった。

 ホクシは薄ら笑いを浮かべたまま、東郷に近づいた。

 「な、なんなんだ……だずげないが、私を!」

 「なんでだよ?」

 「ぎざまは、私の部下だろ! たずげるのが同然だろ!」

 叫ぶことでバランスを崩した東郷をホクシは肩をすくめて殺気を込めた目で見た。

 「な……なんのづもりだ」

 その殺気に気づいた東郷は、ずりずりと後ろに下がった。

 「ご、ごのことを報告すればおまえどて……あいつらだっで」

 「"ロスト・チルドレン"のことか。そうだな、困るな、あいつらは俺の家族だからな……」

 「……ぎざま、だがらNo06と07を」

 ホクシはここで東郷から目を離し、遠くを見た。

 「そうさ……あいつらと似たような境遇の子供だったからな。せめて子供だけでもって思っただけさ。さて、本命に移るか」

 「わ……わだしをごろすぎか?」

 「そうさ……裏で俺の家族を実験材料にしようとしているダニを始末するのがここに来た理由だ」

 キィン……

 筒口の砕けた鞘から、刀を抜き放つ。所々にあがっている炎のせいか、刃は煌々としていた。

 「ひぃ……ごろさないでぐれ、ここであっだことはこうがいじあい。おまえのがぞくにもでおださない!」

 「……信用できるか、貴様のような外道など。おまえたちは俺たちの敵だ」

 「だずげで……」

 ひゅんと刀が弧を描くと耳障りな音は消えた。

 「さて、俺も逃げないと巻き込まれるな」

 ホクシは準備しておいた自らの機体に乗ると爆散していく基地を後にした。





 そのころ、月にあるネルガルの秘密ドッグではちょっとしたパニックになっていた。

 ボース粒子が検出されたと同時にアキトのエステバリスが現れ、急落下し、フレームからコックピットを切り離し、ハッチは起爆ボルトでパージされたからだ。

 至急に警備員は招集されたが、エステバリスから出てきたアキトの第一声は「医者だ、医者を呼べ!!」だった。

 訳のわからない状況だが、現場スタッフの行動は素早かった。すぐさまエリナとイネスに連絡を取った。

 そして、二人が到着したときには意識が戻らず血でべったり塗れたカイトが簡易ベッドの上で寝かされており、その傍らに憮然とした表情でアキトが立っていた。

 その後、イネスはキョーコを第一助手としてカイトとともにオペ室へ入った。アキトもまた、事情聴取のためにエリナに連れ去られた。

 それより三日後。二人はふたたび少女たちと出会った。





 約束は違えなかった。ただ、それだけが救いだった。





娘達の雑談会





 ルーシア:お久しぶりのルーシアでーす。私はルリちゃんに呼ばれてきてるんですけど、この部屋暗くって誰もいなそうなんですよ。(不安そうにきょろきょろ)

 ルーシア:ルリちゃ〜ん。いないの?

 (ぱっと中央にスポットライトが当たる)

 ルーシア:びくっ!!

 (そのライトの下にルリ登場)

 ルリ:お久しぶりです、ルーシアさん。

 ルーシア:お、驚かさないでよ。びっくりして心臓が止まっちゃうかと思ったよ。

 ルリ:ふっ。すみません。

 ルーシア:某ひげおじさんのように手を組んでにやっと笑うと別の意味ではまりすぎて怖いよ、ルリちゃん(ぉぃ)。

 ルリ:よけいなお世話です!! まあ、立っているのも何ですから、そこら辺に座ってください。

 ルーシア:はあ……(よくわからないままいすに座る)えっと、後書きコーナーなんなんだけどどうしていつもの所じゃなくて、こんな暗いところでするの?

 ルリ:ふっ。しれたことですよ。(にやっ)

 ルーシア:だから、それはまりすぎて怖いよぉ。

 ルリ:(ルーシアの突っ込みを無視して)さて、ここにお呼びした理由ですが、こちらです。

 (ルリが指を鳴らすと同時にその後方上5メートルほどの位置に明かりがともり、十字架が写る)

 ルーシア:えっと……ああ、背後さんじゃないですか。それに刺さってる槍は○ンギ○スの槍。

 ルリ:そうです。長々と人を待たせに待たせた上に私の誕生日をぶっちした悪徳作者ひ〜ろです!

 ルーシア:(あ、そっか。カイトさんがルリちゃんの誕生日にこなかったんだっけ)

 ルリ:それになんですか、あの二人は。(ぴ〜〜)は原作にも登場しているから仕方ないとして、何ですか、あの小娘は。

 ルーシア:(小娘って言っちゃうとルリちゃんもそーなちゃうよ……)えっと、メノウちゃんですね。

 ルリ:そうです。これじゃあ、ますます私の出番が……

 ルーシア:それってこの第3部じゃ仕方ないことだよ。ルリちゃんの出番ってプロット段階でほとんど無いんだから。

 ルリ:………………があーー!!!!

 ルーシア:きゃっ。ルリちゃんが暴れ出した。なんだか、収拾がつかなくなりそうなので次回予告です。

 ルーシア:次回、機動戦艦ナデシコ  〜 acastaway 〜  第4話 『血が繋がった親子じゃない』

 ルリ:があ!!!!!!!!

 ルーシア:痛い、痛い。もの投げないで暴れないで〜〜(涙)









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