「決行の予定はその日以外あり得ませんか?」
「なんだ、ミナヅキ? 君ならわかっているだろ、事の重大さが」
議事進行役のゴートがあきれた視線をカイトに向ける。
「わかっていますが、その、早くなりませんか? 三日ぐらい」
そう言ったカイトはここにいる全員から怪訝そうな視線を受けた。
ここはネルガル月支社の特別棟の地下にあるNSS専用のミーティングルーム。
先日、シュバイツァーからの遺産であるディスクから"火星の後継者"の重要施設の位置が判明した。
しかし、当然ながらそれなりのプロテクトがかけてあり、それの解除にはかなり手間がかかった(フィリアの協力がなければ、倍近く時間がかかっただろう)。
さらにディスクから得た情報の施設は統合軍の基地がすぐ近くにあり、なおかつ暗礁空域の中であることから事前調査にも時間がかかり、準備も困難に拍車がかかってしまった。
「焦る気持ちはわかるが、これだけ重要な施設ともなると相手もそれ相応の警戒はしていると思われる」
「いえ、わかってはいるんです。ただ……いえ、すみません。何でもありません」
周りの空気のこともあり、カイトは引き下がることにした。
「こほんっ。では、特に問題はないな。作戦は一週間後、0800時より開始だ。各自準備を怠るな。以上!」
ゴートの締めの発言により会議室からバラバラと人は去っていった。
カイトはその中で席から立ち上がらず、ぼけっと椅子に座っていた。
「……」
「……カイト」
呼ばれた声にはっとして後ろを振り返るとアキトが立っていた。
「珍しいじゃない、声をかけてくれるなんて。どうしたの?」
「らしくない、と思ったからだ」
「そうかな。だって、早くすませないとあの日に間に合わなくなるから」
カイトは困ったようにほほをかいた。
「あの日……そうか、ルリちゃんの誕生日か」
「そっ。置き去りにしてしまったルリちゃんのね……」
第3話 『アナタハ、ダレ?』
そこに灯りはちゃんとついていて、暗さなどは見えないが、どこか冷たく狂った感じのする廊下だった。
プシュー
その廊下の中の一つの自動ドアから出てきたのは男が5人。白衣を着てほくほく顔をしている。
「今日の実験は簡単にいきましたね」
「本当に俺たちは楽でいいよな。MCLT2の連中が気の毒になるぜ」
「けど、どうしてここまで違うんですかねぇ。同じ"モノ"なのに」
「やっぱ、できが違うんじゃないか?」
「そんなのわかるわけ無いだろ。まあ、あ……げっ!」
男達の行き先にあるもう一つの自動ドアが開き、同じような服装をした一組の男達が出てきた。
出てきた男達は歩いていた男達と違って怒気があり、疲れ切った表情をしていた。
「ふんっ。お気楽そうだな、MCLT1さんよ」
リーダーらしき人物が挨拶をするが、とても好意的とは言えなかった。
「いやぁ。たしかにおまえらよりは楽かもしれないが八つ当たりはよくないな」
MCLT1のリーダーはにやにやと笑いながら答えた。
「たくっ。やってらないぜ。そっちはおどしゃ何でもやるが、こっちは脅そうが何しようがすっげえ眼孔でにらみ返してくる。くそっ、薬や催眠ができりゃなぁ」
「そういえば、精神系薬物は禁止なんだってな。そりゃ大変だ。一度そっちの見学をしたけど、やりたくなる気持ちもわかるけどな、やっちゃまずいだろ」
「ちっ、ヤマザキ博士がい……」
突然その場の体温が下がった感じがした。
「おやおや。ぶっそうなお話ですねぇ」
場違いな明るい声が曲がり角から聞こえてくる。
「ヤ、ヤマザキ博士……」
ひょこっと現れた男ヤマザキは彼らとは違い、場違いな落語家の服装でのうのうとした表情を浮かべていた。
「は、博士、何用でしょうか。実験でしたら滞りなく……」
「別に私は気にしてないよ。君たちが停滞しているから、西条君から文句を言われた事なんて」
言葉の刺が彼らに突き刺さる。ただの棘ならいいだろうが、ヤマザキの棘は違う。じわりじわり浸食していく。
MCLT1・2の研究員の背中に冷や汗が流れる。
「あ、釘うっとくけど、バカなことはしない方がいいですよ。彼……誰だが忘れたけど、ああはなりたくないでしょう?」
研究員達の頭に数日前、彼らの中で一番の若手が埒のあかない実験体に使用禁止の精神薬物を投与した後、ヤマザキに発覚したときの悪夢が甦る。
ヤマザキは研究員を全員集めると彼らの前で泣きわめく若手にまだモルモットにすら試したことのないナノマシンを楽しそうに注射した。
そのナノマシンはボソンジャンプの研究の傍らに行っている身体改造用のナノマシン。
何ら保証など無い。さらってきて使い物にならなくなったジャンパーに投与される代物。
その結果は悲惨どころではなかった。異常な成長に耐えられず、各部の血管が止り、臓器が爆ぜ、脳も自らの頭蓋を割り吹き出て、若手はぐしゃぐしゃのただの肉塊になった。
しかし、ナノマシンが彼を無理矢理生かしているのか、口元がひくひくと動き、ひゅーひゅーと喋っているのか、息をしているのかわからない音がした。
それを見つけたヤマザキは"なんだ、まだ生きてたの?"と不思議そうな顔をして頭部であったモノを踏みつぶした。
そして、
「さあ、続きをがんばりましょう!!」
と、さわやかにいったときの表情は誰1人として忘れていない。
そして、そのとき彼らは知ったのだ。"ヤマザキにとって自分たちは実験体とさして変わらない"と言う事実を。
研究員達が、恐怖を思い起こしているのを知ってか知らずかヤマザキは彼らの横を通り過ぎていく。
「それじゃ、おつかれ〜」
「「おつかれさまでした」」
なんの気無いヤマザキの挨拶にリーダーの2人だけが反応できた。あとの研究員は額に汗を浮かべて落ち着きがなかった。
完全にヤマザキがすれ違ったのを確認して研究員達はそそくさにその場をあとにした。
「やれやれ。彼らはあのくらいでいいんですが、あと2人が問題ですねぇ〜」
そうヤマザキはつぶやきながらマスタールームへ入っていった。
そこにはすでに先客が2人いた。は虫類系の顔をした北辰とこの研究所の総責任者、東郷だった。
(いつの間に来たんですかねぇ、この2人は)
ヤマザキは1人ごこちになりながら周囲を見回した。
マスタールームは2班の研究がいつでも見渡せ、なおかつ全てがモニターしている。むろん実験対象のマシンチャイルドもすぐ見られるようになっている。
先客はセンターのモニターに映っている2人のマシンチャイルドを見ていた。
1人は桜色の髪をした少女は無気力な、もう1人は銀色の髪をした少女は疲れ果てた顔をしていた。
「くっくっくっくっ。何とも対象だな」
「ふふふっ。なんとも表情が最高だね!」
「全く悪趣味ですねぇ」
「君にだけは言われたくないね、ヤマザキ君」
東郷はくるりとヤマザキの方を向く。表情はにやにやとしていて、ヤマザキの台詞をとがめる様子はなく、まるで同胞を見るような目だった。
「しつこいようですが、私はロリコンじゃありません」
「我もそうではない」
「もちろん私もですよ」
「「あっはっはっはっ」」
東郷とヤマザキは声を出して笑ったが、北辰はにやりと頬を動かしただけだった。
「で、どうしたんですか、2人そろって。モルモットの観察ですか?」
「私は研究の確認ですよ」
「我はそれに誘われただけだ」
「そうですか」
そう言うとヤマザキは自分の席に座り、研究の進み具合をチェックする。
所々にある実験中の少女達の表情をピックアップしていくと手が止まる。
(おやおや。こっちのは北辰さんが喜びそうな絵ですね。こっちは東郷さん好みですか)
桜色の髪の少女は研究員に脅えふるえて、灼銀色の髪の少女は憔悴しながらも気丈ににらみ返している対照的な写真だった。
「さて、そろそろ時間ですか。北辰さん、"あれら"の護衛はお願いしますよ」
「応。すでに手はずは整っている」
そう言うと北辰は立ち上がり、ヤマザキの入ってきたドアと違うドアから去っていった。
「ふふふっ。君はこれよりあっちの方がお気に入りかい?」
「プランの要、ですから」
嫌らしい笑い顔を浮かべる東郷にしれと答える。
「しかし、ここの警護も薄くなる。代わりは用意しているのかい?」
東郷の顔からにたにたした嫌らしい表情が消え、鋭い眼光をヤマザキに浴びせる。ここ最近、カイト達NSS(ネルガル・シークレット・サービス)の襲撃数が増えているため、居心地があまりよくないからだ。
「もちろん。彼の息子を手配していますから」
「不穏分子を?」
「でも、優秀です」
「それはそうだな。いいわ。私が管理すればいいことだから」
飄々としてはいるがヤマザキの手際の良さに満足したのか東郷はまた2人のマシンチャイルドに集中し始めた。
「それじゃあ、私の仕事は終わったので失礼しますよ」
「……」
何も言わずにやにやしている東郷にヤマザキは肩をすくめ、データディスクを抜き取り部屋から出た。
「やれやれ。彼も舞台から退場ですか。まあ、仕方ないでしょう。あれらはあのような汚物のおもちゃではありませんから。ひゃっひゃっひゃっ」
無人の廊下に狂気じみた笑い声が木霊する。
彼が何を考え、なにのために動いているのかは今、誰も知らない……
カイトはアキトと別れたあと近くにある総合病院へ来ていた。
3階にある集中治療エリアの前にある医局のドアが開き、イネスとキョーコが出てきた。この2人は時間があれば派遣医としてここで手腕をふるっていた。
「あ、ちょうどいいところに」
「どうしたのカイト君?」
「あはははっ。こんにちわ、カイトさん」
2人の顔色は少しよくないが、晴れ晴れとしていた。
「ここ最近は準備で忙しかったので見に来たんですよ。ミリアちゃんはあれから? 2人の顔を見ると大丈夫そうですけど……」
ミリアはカイトが殺してしまったシュバイツァーの一人娘でつい先日まではクリムゾン系列の病院にいた。先天的に免疫能力が無く、治癒技術も莫大な金銭が必要であり、保護者を失い、親族関係もいないので知人が引き取るという形でこちらにつれてきていた。
「もっちろんです!! 完治までにはかなり時間はかかりますけどばっちり大成功ですよぉ」
キョーコが満面の笑みとヴイサインをしてカイトの不安を吹き飛ばした。
「アキト君のナノマシンのおかげね」
「えっ、どういう事ですか?」
アキトの症状についてはナノマシンの過剰投与による神経圧迫とぐらいしか聞いていないので不安に思った。
「別に大丈夫よ。投与されていたナノマシン全部が全部悪性というわけじゃないのよ。むしろ……」
「すとーっぷ。先生の説明は難しくて長いんですから、時間あんまり無いんですよ。それにそう言う説明は学会のおじーちゃん達にだけしてください」
キョーコがすかさずイネスを止める。さすがにイネスの弟子である分、扱いもなれている。なにげに「学会にいけないのに誰に説明すればいいのよ」という言葉はスルーしている
別段カイトはイネスの説明を嫌ってはいないのでいいかもしれないが、二度も聞かされるキョーコにとっては迷惑以外でもなんでもない。
「もお。でも、時間がないのは確かね」
仕方なさげにイネスは肩をすくめる。
「まあ、また時間があるときと言うことで」
「相変わらず人がいいんですねぇ」
カイトとキョーコはまだ未練があるイネスを見て苦笑した。
「で、あの子はどうするの? 預かっておくのはかまわないけどいつまでも正式な保護者なしというのも困るから」
「……本当は僕が引き取るのが筋なんですけど、正直なところ自信がありません」
「なら、私が引き取りましょうか? 一時的かもしれませんけど、私ならお二人よりは時間がありますし、自由に行動もできますから」
キョーコの申し出はカイトには願ったり叶ったりだったが、ここまでつれてきておいて、非常に無責任だが、いつ会えるのか、いつ死ぬのかわからないカイトに断ることは出来なかった。
「ありがとうございます。すみませんが、お言葉に甘えさせてもらいます」
カイトは深々と頭を下げた。
「いえいえ。今回の任務がうまくいけば私はお役ご免ですからお気になさらずに」
キョーコはにっこりと笑って答えた。
「そうね。うまくいくといいわね」
「ええ。あ、帰る前にミリアちゃんを見てきていいですか?」
「いいわよ。でも、ちゃんと服を着替えてね」
「はい。それじゃ、いってきます」
カイトは改めて2人に頭を下げ、歩き出した。
その日、キリシマ・ナツキは朝から非常に不機嫌だった。
彼女の秘書官や副官は用が終わると鬼から逃げるようにして彼女の部屋を出て行く始末である。
今もいらだたしげに肘掛けをたたいている。
その原因は朝届いた匿名のメール。
いつも通り、朝起きてニュースウィンドウを開きながら、メールをチェックしていく。ダイレクトメールなどは削除し、軍からのメールは適当に読んでさっさと削除していく。
ぱらぱらとメールを見ていくと送り元が不明のプライベートメールが目についた。いつもなら、見向きもしないで消去したはずだが、今日に限ってなぜかしら見なくてはいけないと思い開いた。
なぜかと問われれば、乙女の勘だろうか。
内容はただのいたずらとしか思えないただ、文字が羅列してあるだけのメールだったが、よく見てみると旧木連の暗号コードだった。それもかなり古く使われていないタイプ。ついでに隠してあったとはいえ、解読コードまで圧縮ファイルとして添付されていた。
ここまで来るとあからさまに怪しい。まるで解読してくれと言わんばかりである。
不審に思いつつも好奇心を優先し、解読コードを使って解読してみた。
だが、内容は非常に不愉快な内容だった。
(好奇心、猫をも殺すと言うけど、まさにそれね)
気を取り直し、公務にその不快さを入れまいと努力はしたが、すでに述べた通り、その不愉快さは隠しきれるものではなく、周りの人間を戦々恐々とさせていた。
『フワ・ホクシ少尉、出頭しました』
「ああ、そう言えば呼んでいたわね。入りなさい」
ナツキは自室のロックを解除して、ドアを開く。
「全く。そう言う言い方を部下にするなよ。いい気しないからな」
「あなただからいいのよ」
と言いつつもホクシは一応の礼儀をわきまえているのか、脱帽して敬礼をするが、ナツキはうんくさそうにしか見てなかった。
「全く不機嫌だな。指令官がこうもだと周りがぴりぴりしてたまらねーよ」
ナツキの態度に肩をすくめつつも、軍帽を指でくるくると回しながら歩み、平然と机の上に腰掛け、すみにあるハンガーに向かって軍帽を投げた。
「おっ。ストライク」
「あなた……人のデスクの上で何をしてらっしゃるのかしら?」
「ただ座ってるだけだぞ、他に何に見える?」
「ここはわたくしが執務をするところで、あなたが座る場所じゃなくってよ」
「別にいいだろ、もう終わってるんだし」
「……下りなさい」
いつもなら「仕方ないわね」と言って本題にはいるのだが、ナツキはいつまでも机から下りないホクシを冷たく見つめながら、いつの間にか手にした指揮棒をホクシの首に突きつけた。
(こりゃ、まじで切れてるな)
さすがにこれ以上ふざけると誰も彼女の機嫌をなだめる相手がいなくなるので肩をすくめ、机から下り、彼女の隣へ回った。
「で、なんのようだよ?」
ぶっきらぼうだが優しく話しかけるとようやくナツキは多少溜飲を下げたのか、肩に入っていた力を抜き、指揮棒を納めると一つのウィンドウを開く。
「これを見て」
ホクシはウィンドウを流し読みしていくが、だんだん不愉快になっていくのが冷静にわかった。
「……なるほどな。どーりで冷静なおまえがいらつくはずだ」
内容は火星の後継者の中でもトップシークレット。ジャンパーらの生体実験を克明に記述されていた。
「でしょ。それは今日の朝のメールできていたのよ。ご丁寧に旧木連の大昔の暗号でね。さらに解除コード付き。バカにされているのかしら?」
「さあな。送ってきた相手が誰だかしらないが、俺たちがこのくらいのこと知らないとでも?」
「さあね……それはどうでもいいの。問題はそれより下よ」
ウィンドウをめくり、最終ページを開く。
「なっ!?」
「やっぱり驚いた?」
「……そりゃ驚くさ。これからの俺の"本当"の異動先を知ってなきゃ、この予定を見せるのは無意味だからな」
「それに"火星の後継者"の身内でも知らないことがかなり載っていたわ。南雲、西条あたりに流したらもめそうね」
思案顔になるが、その気はなさそうだった。
「なるほど。でもな、この襲撃予測ってなんだ?」
「正直な話、まさかとは思うけど……」
「で、俺を呼び戻すのか? 建前上はくそ親父がいなくなるため、警備が手薄になるからだろ? あいつらの優先順位から考えて当然なんだが、だからってこのタイミングってのはいくら何でもできすぎだぜ?」
「そう、いくら何でもタイミングがよすぎる。NSSがいくら優秀だからといって、全宇宙を把握できるわけがない。それは今までの襲撃結果からわかっているわ」
カイト達が襲撃した研究所や基地は末端の部署なので人的被害はともかく、物理的被害はたいしたことがない。よしんばデータリンクから重要なデータを引き抜いたとしても、特殊コードと専用のハードがなければ閲覧・解読しようがない。それらの解決策が得られなかったのは重要度の低い施設しか攻撃を受けていない事から推測できた。
「それなら、何らかの理由で推測できたのか? それとも捕虜からゲロらした?」
「頭悪いわね……それとも本気で言っているのかしら?」
ナツキはできの悪い生徒を見るように指揮棒でホクシの頭をこんこんとたたいた。
「まさか、誰かがリークしてるっていうんじゃないだろうな?」
「それ以外に何かあるの?」
さも当然のようにいう。
それを否定する素材は少ない。逆にそうであればつじつまの合うことが多い。
だが、火星の後継者の人員は元木連関係者が多く、次に多いのはクリムゾン関係や旧連合地上軍の関係者だ。多くのものが口は堅い。軽いといえば、研究者関係だが、今のところ逃亡や捕縛されたという情報はない。
たとえあったとしても、北辰らに"抹消"されるのは間違えないだろう。
「……でも、1人だけ心当たりがあるのだけど。あり得ないわよね」
「それこそ考えすぎだろ。"ヤマザキ"になんの利点があるんだよ?」
そう言って、肩をすくめる。
しかし、2人ともヤマザキという人物には得体の知れないものを感じていた。BJについての造詣は深く"火星の後継者"に非常貢献しているのは重々承知だ。だが、元々どこの組織にいたなど過去については不明瞭なところが多い。本当に"火星の後継者"の味方なのかはわからなかった。
「そうね。と思っても何か引っかかるわ」
「何か言ったか?」
「なんでもないわよ」
これから現地に行くホクシを不用意に不安がらせるのはよくないと思い、最後のつぶやきは胸にしまい込んだ。
「さてはて……これからどうしたものか。ナツ、おまえのことだからプランの一つや二つはあるんだろ?」
「……」
たしかにプランの一つや二つぐらい考えにはあった。だが、ナツキが現地でフォロをできない上、ホクシ独りの負担を考えるととても良策とは言えなかった。
「ナツ。言え」
顔色が徐々に曇っていくナツキを励ますようにホクシはいった。
「リスク、高いわよ」
「何を今更」
二人して不敵な笑みを浮かべる。今更こうなろうとも互いを信用している。昔から信用していなければ2人とも生きてこられなかっただろう。
「それじゃ、目的だけ簡潔に言うわ。方法はあとでまとめて渡すから」
「わかった。もったいぶるなよ」
「あの子達、2人を脱出させなさい。それと施設の完全破壊および総責任者を……消しなさい」
「わかった。あの野郎を殺っとかなければ、あいつらも安心できないからな」
「そうね」
「まかせとけよ。これでもあいつらの親代わりだからな、俺たちは」
「なら、わたくしは不出来な母親かしら?」
「だいじょうぶさ。2人でやればどうにかなるだろ。それに、ナツはいい母親だ」
ホクシは優しく微笑む。
ナツキは気分屋な所もあるが、いつも大胆不敵で自信に満ちあふれているが、どうも二人きりになるともろい部分を多く見せてしまう。
別にそこが嫌いというわけではない、逆に自分しか見せない姿というのは保護欲をそそらせられるが、そのもろい部分がいつしかナツキ自身を食いつぶさないかと心配になる。
本来、ナツキは気の優しい娘なのだ。周りに見せている気丈な性格は女性であるということから周りから舐められないためのパフォーマンスにすぎない。
「ナツが考えて俺が動く。いつもこれでうまくいくんだ。頭脳担当はじっくり考えてくれ。手足担当はそれで安心してがんばれるんだからよ」
「……ふっ。わたくしとしたことが。ほくちゃんに慰められるなんてね。あーぱーなあなたをほっておいたらどうなることやら」
「おぃ」
「しかたないわね。わたくしがじっくり考えるから、ちゃんとそれ通り動きなさいよ。あーぱーなほくちゃん」
「て、てめぇなぁ」
さすがのホクシも額に青筋が浮かぶが、さすがに手は出さない。
(こ、この女はどうしてこう素直じゃないんだよ。一度しばいたろうか?)
と思いつつも一度すら実行したことがないのを思い出して、逆に気落ちした。だが、にっこりと笑っているナツキを見るとそのような思いは消えていった。
「まあ、安心しなさいな。ちゃんとうまくいくように考えるから。あなたもそれを信じて」
「おう。任せろって」
そう言うとホクシは手をナツキの頬に添える。
「な、何考えてるのよ、バカ! ここはオフィスよ!!」
いきなりの行為にナツキの顔が赤くなる。
「確かに不謹慎かもな。でも、今は幸福の女神のおまじないってやつがほしい」
そう言いつつも顔を近づけていく。
「……不幸の女神かもしれないわよ」
「それでも俺にとっては幸福の女神さ」
2人はそっと唇を合わせた。
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